こちらは昼にTwitterで見つけた一之瀬けいこ様(@gesan11)のご提案される#今夜は乱あエイプリルフール大会のタグに便乗して。
原作終了後、高校二年生から三年生になろうとしている二人になります。
※ 拍手話と共にお楽しみください。
【 四月の嘘はコピーの恋 】
おれは鏡の前の自分に言い聞かせる。
いいか?
今日のお前は早乙女乱馬であって早乙女乱馬ではない、いわば別の人間だ。
この日ばかりはいつものシャイなおれではない。
もちろん、どこをどう取り繕おうともこの生まれ持ったカッコ良さを隠すことは出来ないが、ならば今日はそれを存分に発揮しようではないか。
なぜなら今日は四月一日。
そう、エイプリルフールだからだ。
思えば去年は散々だった。
忙しく超人気者のこのおれが ちょっとあかねに構ってやろうとサービスしてやったにもかかわらず、ものの十秒でおれの嘘を見抜いた上に
「あんたって暇人ね。悪いけどあたし、やることがあるから」
そう言って、まるで虫を追い払うようにあしらわれた。
まったく、今思い出してもなんてかわいくねー女なんだ。
普通だったらたとえ嘘だとわかっても、そこにかわいらしく乗っかってくるのが許嫁たるものなのではないかと大きな声で主張したい。
だがしかし。
同じ相手に二度負けるのを許さないのが格闘家。
ましてや、相手はあのあかねだ。
ちなみに──まず断っておくが、何もエイプリルフールに嘘をつく相手があかねしかいないわけじゃない。
ましてや構って欲しくてあかねを選んでいるわけでもない。
いかんせん、おれの周りを見渡してみると右を見ても左を見ても曲者しかいないのだ。
まず、流石におじさんに嘘をつくわけにはいかないだろう。
何といってもおれ達は一応居候の身。
更にここで下手な嘘なんぞついた日には、その仕返しとばかりにまた強引な祝言騒動を起こされかねない。
おやじもそうだ。
おふくろも言わずもがな。
時として我が子を子とも思わぬような図々しさをみせるおやじに、底抜けの天然仕様なおふくろ。
そこに一つの嘘というスパイスが混ざり合った日には、どんな化学反応を起こすか知れたものじゃないだろう。
そしてかすみさん……は、かすみさん自身に掴みどころがなさ過ぎてこっちの方が痛いしっぺ返しを食らっちまいそうだし、なびきに関しては一やったら十返されることは目に見えている。
まったく、なんて三姉妹だ。
これで容姿に恵まれているからまだ救いようがあるものの、よく考えてみたらとんでもねー曲者揃いだぜ。
もちろん、エイプリルフールの笑える嘘を春休み中でも部活のある学校に持ち込んでも構わない。
が、あいにく今年は暦の上で土曜日。
それを翌々日まで持ち越しちまったら、まるでいちいちイベントに浮かれる間抜けなお祭り野郎になっちまう。それは余りにも寂し過ぎるし、全校のおれのファンのためにも回避したいところだ。
じゃあウっちゃん…の店にわざわざ足を運ぶのもなんだし、猫飯店に行くのもちょっと違う。
大体 詳しいことは知らねーけれど、中国にエイプリルフールなんてあるのだろうか。
もしもシャンプーがそれを知らなかったとして一年で一日だけ嘘をついていい日があるなんて知っちまった日には、翌年からおれの身にとてつもない災いが降りかかるのは火を見るより明らかだ。
小太刀に関しては…あいつは毎日がエイプリルフールみたいな奴だから論外だろう。
流石 九能の変態と兄弟だけのことはある。
というわけで。
しょうがねえからな。
仕方がないから、今年のおれもターゲットはあかねに絞って作戦を決行することにした。
ほら、なんつーか「自分、そんなくだらないイベントになんて興味ありません」と澄ましてみるのもちょっとつまらねーだろ?
何といっても人生楽しんだもん勝ちだ。
そう、何もおれがあかねに構って欲しいからとか、去年は寂しかったからとかそんなつもりは毛頭ない。
ないといったら微塵もない。
ただ、ちょっと驚いてくれたりしたら……嬉しい、なんて思っちまうかもしんねーけど。
まあ、何はともあれ 賽は投げられた。
おれは鏡の中に映るいつも通りのイケてる顔を確認すると、もう一度念を押すように言い聞かせる。
「いいか?今日のお前は早乙女乱馬であって早乙女乱馬ではない。だから照れは厳禁だ」
よーし、待ってろよあかね。
今日こそ おめーの恥ずかしがって悶絶する様を横目に去年の雪辱を果たしてやるからなっ!
*
「邪魔するぜ」
おれは屋根伝いにあかねの部屋の前まで行くと、からりと勉強机の前の窓を開ける。
数学の参考書を開いたあかねが怪訝な顔をしておれを見つめるのもお構いなしに窓枠に足を掛けると、「よっこらしょっと」とわざとらしく掛け声を掛けながらカンフーシューズを脱いで机の上に一歩踏み込んだ。
「ちょっと。一体なんなのよ」
「なにが」
「部屋に入る時は扉をノックするのが常識でしょ」
「おっとそうか。わりーわりー」
そう言ってコンコンと窓ガラスを拳で叩いたら「だからそうじゃないでしょ…」と溜め息混じりに冷ややかな目を向けられた。
「で?」
「へ?」
「あんたが窓から入って来るなんて何があったの?」
「何って…」
「またおじ様と喧嘩したの?それともおば様を怒らせるようなことをした?」
「ち、ちげーよっ!」
「ああわかった。右京…はお店の準備があるから違うわよね。じゃあまたシャンプーに追われたりしてるのかしら」
「おめーなぁ…」
「何よ。あんたがあたしの部屋に突然やって来るなんてそんな理由くらいしかないじゃない」
「ん、んなことねーぞっ!おれだってちゃんと目的を持って――」
「そうね。確かに宿題を写したいっていう明確な目的を持ってやって来ることはあるわね。でも今日はノートも手に持ってないみたいだし」
「だ、だからそーじゃねーって!」
っかー!
なんてかわいげのねー女なんだ。
普通、おれが部屋に訪ねて来てやっただけでも
「忙しい中、わざわざあたしに会いに来てくれたの?あかね 感激!」
そう言って泣いて喜ぶとこなんじゃねーか?
いや、泣くまでいかなくても頬をピンクに染めてニッコリ笑うくれーのことはしてくれたって罰は当たらねえだろう。
…こうなったら本当に容赦しねーからな。
なんつったって、今日のおれはいつものおれとは違うんだ。
そんな強気でいられるのも今のうちだぜ。
おれはふ…っと前髪を手で整えると、わざとらしく寂し気な表情を作ってみせる。
なんといっても女性には生まれつき母性本能というものが備わっている。
寂し気な奴を見るとついつい放っておけなくなるというのならば、そこに付け込んでみるまでだ。
「寂しいぜ…」
「…は?」
「おれは純粋におめーに会いたくて来たのによ。それを親父やシャンプー、挙句の果てには宿題目的なんて言われちまうとはな…」
「しょうがないでしょ。普段の行いが悪いんだもの」
く…っ、こ、このアマ。
人が下手に出れば調子に乗りやがって。
「あかねは?」
「はい?」
「あかねはおれに会いたくねーの?」
「会いたいも何も、さっきだって隣同士で昼ご飯を食べたばっかでしょうが」
「だーっ!!そ、そうじゃねえよっ!」
まずい。
こいつが超がつくニブい女だってことをすっかり忘れてたぜ。
これがシャンプーやウっちゃんなら喜んでおれの腕に纏わりついてくるところだが、この鉄の女は一筋縄ではいかねーらしい。
おれは早くもポッキリと計画が頓挫しそうな予兆を感じながら、そうはさせまいと今一度自分に喝を入れる。
しっかりしろ、今日のおれは早乙女乱馬であって早乙女乱馬ではないのだ。
今年こそ、このかわいくねー許嫁のこっ恥ずかしい表情を拝んでやるぜっ!
そしてあかねがその気になったところでワハハと大声で笑い飛ばしてやるんだ。
おれは「はあ…」と思わせぶりな溜め息をつくと、じっとあかねの瞳を射るように見つめる。
「理由がなきゃ、会いに来ちゃいけねーのかよ」
「え…」
「普段は素直に言えねーけど、おれはいつだっておめーに会いたいって思ってんのに」
「…」
「そんなつれない態度取られて寂しいぜ……」
これでどうだ!?
ちらりとあかねの様子を覗き見る。
と、
「ら、乱馬がそんなこと言うなんて…」
両手を胸の前でぎゅっと握りしめながら、少し戸惑ったようにあかねが口籠る。
これは……効いたか?
「あんた、もしかして変なものでも食べた?」
「…へ?」
「わかった!やっぱりシャンプーね?また変な媚薬でも騙されて飲んだんでしょ?」
「ち、ちげーって!シャンプーは関係ねえっ」
「じゃあ強く頭を打ったとか?あんたって注意力散漫だから――」
「頭を強く打ったわけでもねえっ!おれはいたって正常だっ!」
「だっておかしいじゃない、あんたが突然そんなこと言うなんて」
「バカだなぁ、あかね。さっきも言ったろ?普段は素直に言えねーけど、おれはいつだって――」
「わかった!!」
自信満々というようにパンと両手を叩き合わせる。
そしてこれ以外の答えはないという様に自信満々に瞳を輝かせると、ここで予想外の言葉を口にした。
「あんた、乱馬のコピーでしょ!?また鏡屋敷から抜け出してきたのね!」
こ、こいつは……っ!
一体全体、何をどうしたらそんな結論に結びつくんだ。
と同時に日頃の自分の信頼のなさに少しばかり反省する。まあ、少しだけど。
本当に微々たる反省で風が吹けば呆気なく飛んでいく羽毛よりも軽い反省だけど。
そんなおれの胸中など知ったこっちゃないというように、あかねはどんどん話を進めていく。
「どうりでおかしいと思ったのよ。乱馬があんなこと言うわけないもの」
「あんなことって?」
「だ、だからその、あ、あたしに会いたいとか…」
お?
ちょっと顔が赤くなったんじゃねーのか、これ。
なんだかなあ。普段もこんぐれー かわいげがあれば二人の関係ももう少し違ったもんになるかもしんねーのにな、なんて。
おれは自分のことを棚に上げ、一瞬見惚れそうになったあかねの顔から視線を外すと速やかに頭の中を切り替える。
(よし、こうなったらとことんコピーのフリしてあかねをからかってやるか)
なんつったって、コピーだったら多少歯の浮いた台詞を言おうとも全て偽者のせいに出来るからな。
こう考えてみりゃ、願ったり叶ったりじゃねーか。
おれは小鼻がピクピク震えそうになる興奮を隠すと、敢えて決め顔を作ってあかねを振り向く。
「やっぱりあかねに嘘はつけねーな」
「で?あんた、鏡の世界でらんまと仲良くしてたんじゃないの?」
「ああ、まあそーなんだが…」
「そうなんだけど?」
…しまった。
突然のことで何も細けえ設定を考えていないおれとしては早くも しどろもどろだ。
元々嘘をつくことに慣れていない純粋ピュアで正直者のおれとしてはこういった類が最も苦手なことの一つで。
それでもこの冴え渡る頭をフル回転し、口から出任せを並べ立てる。
「い、いや、だからね?確かにあいつはかわいくて世界一魅力的な女だ。あの愛らしい顔、黄金のプロポーション、小悪魔的でおちゃめな性格。どこをとっても非の打ち所のない女と言えるだろう」
おめーと違ってな、という言葉はかろうじて飲み込んだ。
「ふーん。で?」
「へ?」
「あんた、わざわざそれをあたしにノロケに来たわけ?」
「だーっ、ち、違うっ!そうじゃなくて」
「だってそうでしょ。ご丁寧に人の勉強の邪魔までしてくれちゃって、わかったからそろそろ――」
「だからそうじゃねえっつってんのっ!」
ったく、相変わらず人の話を聞かねー女だぜっ!
思わずムキになると、おれは咄嗟にあかねの肩を掴んでいた。
えーい、嘘には勢いも必要だ!
躊躇う前におれは歯の浮くような台詞を言ってのける。
「お、おれはっ!あかねに会いたくて屋敷を抜けてきたんだよっ!」
「……は?」
「は?じゃねーだろ。もっとこう、"きゃー!嬉しいっ"とかねーのかよ」
「ばっかじゃないの。あんたが今言ったんでしょ。あんたの彼女のらんまが世界一かわいいだとかなんとかって」
「ばかだな。あれはまあ、ちょっとした照れ隠しみてーなもんだ」
「ふーん」
「あ、おめー、信用してねーな?」
「信用するわけないじゃない。大体何よ、あたしに会いたいってその目的はお金?それともらんまと喧嘩してその仲裁?」
「だ、だからそうじゃなくって!」
ダメか?
やっぱりこんなニブい女には直接的な言葉をはっきりと投げかけなきゃ伝わんねーのか?
じわりと背中に汗が伝う。
バカ野郎、これはちょっとした冗談じゃねえか。そう、四月一日のエイプリルフールのかわいい嘘。
何も緊張することはない。
だってこれは遊びなんだから。
おれはカアッと赤く染まりそうな熱を必死でやり過ごしながら、至極真面目な表情を作ってあかねの顔を覗き込む。
先程よりも間合いの詰まった距離感に、少しだけあかねが顎を引いて怯んだ気がした。
「おれはおめーに…あかねに会いたかったんだよっ」
「乱馬?」
「おれ、その、鏡屋敷でおめーのこと見たその時からずっと忘れらんなくて…」
「…」
「で、とうとう我慢できずに屋敷を飛び出して会いに来ちまったってわけだ」
「ちょっと…」
黒目がちの大きな瞳が揺れる。
おーい、そんな顔すんなよ。
これは冗談なんだからな?
近くで見つめた瞳に思いがけず心臓を撃ち抜かれそうになりながら、いやいや、これは別人格だと自分に言い聞かせて胸の高鳴りに気付かないフリをする。
「ねえ、冷静になってよ。あんたにはらんまがいるじゃない」
「わかってる」
「それにあんたはコピーでしょ?こっちの世界には本物の乱馬がいるのよ?」
「それもわかってる」
くそ…。こうやって聞くとなんだか切ない気分になるのはどうしてだろう。
予期せぬ真面目なあかねの口調に、思わずおれの胸の奥がズキンと痛んだ。
「大体、あんたなんてあたしのこと何も知らないクセに」
「知ってるよ」
「例えば?」
「へ?」
「例えば、あたしのどんなところを知ってるっていうわけ?」
「え、い、いや、だから、その…」
「ほらね。何も答えられないじゃない」
「ん、んなことねーよっ!」
コピー相手とはいえ、容赦ねえな。
やっぱりあかねはあかねだったか。
そんな妙な感心を覚えながら、おれはじっと目の前のあかねを射るように見つめ返しながら口を開く。
「一目惚れだったんだ」
「……は?」
「らんま以外でこんなかわいー子がいんのかって、おれビックリしたんだぜ」
「な、何言って…っ」
ほんと、何言ってんだろーな、おれ。
おれのほうがビックリだぜ。
「もっとあかねのことが知りてえ」
「ちょっと…!」
「もっとあかねと色んなこと喋って」
「乱馬」
「もっとおめーに近付いて」
「あ…、」
「ずっとこうしたいって思ってた」
「…っ!」
…おれ、本当に何やってんだろ。
あかねの髪を一束手に取って。
それに顔を近付けるようにしたら、爽やかなシトラスの香りが鼻先をくすぐった。
「あかねは?」
「な、にが…」
「おれのこと、好き?」
「す、すすす好きって…、あ、あんたコピーじゃないっ」
くくく。
そうそう、この表情を見たかったんだよな。
「いくら見た目が乱馬でも、中身は別の人で…」
ほら、こーやって頬をピンクに染めてさ。
「んじゃー、おれのこと嫌い?」
「ば、ばかね、嫌いも何もないでしょうっ!?」
「じゃあやっぱ好き?」
「だからそうじゃなくって…っ」
「ああもう、なんて言ったらいいんだろう」なんて両耳を押さえながら慌てふためく様といったら てんで間抜けで笑えてくる。
そう、これこそがおれが求めていた悪戯で。
だからこれ以上仕掛けるのはあかねにとっても、そしておれの今後の身の安全のためにもよくねーってことはわかってる。
わかってる…ん、だけど……。
……。
「あかね」
「な、なに…」
そんな。
「おれのこと、好き?」
そんな目で。
「な、何言って…、」
そんな耳まで真っ赤に染めた顔で、そんな反応するなよ。
頼むから。
「おれ、あかねのことが…」
……ほらな。
「好き…、なんだ……」
冗談じゃ、済まされなくなる。
そんならしくない空気をわざと壊すように、目を泳がせながらあかねがおどけてみせる。
その喋るスピードはいつもよりずっと、速い。
「ら、乱馬?…あ、正確にはコピーよね。ねえコピー、あんたやっぱりらんまと何かあったんでしょ」
「あかね」
「だっておかしいもの。突然そんな」
「あかね」
「ね、だから落ち着いて――」
「あかね…っ」
気が付くと両足とも机の上に置いてあかねの上に覆い被さっていた。
勉強机にしゃがみ込んであかねを覗き込むおれに、椅子に腰を掛けたままのあかね。
両肩を掴まれた状態のあかねは身動きを取ることも叶わず、大きな目を更に大きく見開いておれの顔を見つめ返す。
あかねの黒い瞳に反射して映るのは、コピーでも何でもない、素のおれの姿で。
その表情は自分でも笑っちまうくらいに余裕なんてどこにもなかった。
ごくり、と、
喉が上下して音が鳴る。
瞬間、二人の前髪が微かに触れた。
こんなはずじゃなかったのに。
自分の嘘に囚われてしまったのは、結局間抜けなおれの方。
触れたい、と思った。
その桜色の唇に。
自分のものを重ねてしまいたい、と。
体重を前に掛けたことで木製の天板がミシ…としなりを上げる。
キュイ…と椅子のキャスターが僅かに動く音がし、机の下で強張っているのはあかねの足だろうか。
「ちょ、ちょっと…冗談でしょ…!?」
「…、」
あと5cm。
4cm。
3cm。
2cm。
1cm……
そして互いの唇が触れるか触れないかといったところで、おれの身体は激しい轟音と共に漫画のように吹っ飛ばされる。
「や、やっぱりダメーッ!!」
「いってー!!な、何しやがるっ!」
「何するんだはこっちの台詞よっ!あ、あんた、今あたしに…っ」
「なんだよ、キ、キスくれーいいじゃねえか!」
「キ、キ、キスくらいって!そ、そりゃあ、あんたにとってはキスくらいなのかもしれないでしょうけどねえっ、あたしにとってはそうじゃないの!」
「なんで」
「な、なんでって…」
「だっておれのことが嫌いじゃねーんだろ?だったらいーじゃねーか!」
おれは自分が今、コピーという立場ということも忘れて単純にショックだった。
なにがって?
勿論、拒絶をされたことがだ。
まるでおれの存在を全否定されたような衝撃に、思わず強がりにも似た台詞が口を突く。
キスしたい。
あかねはおれが好きなんだってことをあかね自身に知らしめてやりたい。
四月の嘘はいつの間にか、おれの意地へと変わっていく。
「あかね」
「ダ、ダメ!いいから離れてっ!」
「やだ」
「なんで」
「好きだから」
「嘘ばっかり!」
「嘘じゃねーって」
「嘘よ、大嘘!大嘘つきっ!」
嘘つき……。
そりゃあ、確かに始まりは嘘からだけど。
引き際を誤った自分の嘘と思いがけないあかねの反応でまたおれの胸がぎゅっと痛んだ気がした。
「なんで嘘って決めつけんだよ」
「だ、だって…」
「おれはおめーが好きっつってんだろ?で、おめーもおれが嫌いなわけじゃねえ。だったらいーじゃねーか」
「よくないっ!」
「だからなんで」
「なんでもっ」
「納得いかねえ」
「納得しなさいよっ!だって…だってキスって…!、」
「キスって?」
「キスって本当に好きな人とするものでしょっ!?」
…って。
「…あかね。おめー、今 他に好きな奴いんのか?」
「あ…っ、え、えっと」
「答えろよ。そのくれー、おれにだって聞く権利はあんだろ?」
「なんの権利よ」
「だからその、許嫁のコピーとしての権利」
「なにそれ、意味がわからない」
そりゃあな。
おれだって意味がわかんねーよ。
でももっとわかんねーのはあかねの気持ちだ。
おれを拒絶してまで、唇を守りたい相手。
そんな男が傍にいた気配など、今までこれっぽっちも感じたことなどなかった。
それなのに。
おれは裏切られたような勝手な思いに内心ぐつぐつと腸が煮えたぎるような感情を滾らせながら、精一杯のやせ我慢を掻き集めて冷静な表情を顔に貼り付かせる。
「いいか。もう一度聞くぞ?」
「…」
「あかね。おめー…今、好きな奴がいんのか?」
「えっと…、」
「あかね」
「…」
…こくり、と。
細い首が小さく前に振れる。
「ど、ど、どんな奴なんだよ、そいつ……」
「え…」
「だ、だからっ、あかねの…おめーの好きな男って奴!い、いるんだろ!?」
「な、なんでコピーにそんなこと教えなきゃいけないのよっ」
頬に朱が走る。
だからそんなの おれだってわかんねえ。
っていうか、出来ることならあかねが他に好きな男がいるなんて知りたくもなかった。
けどなあ、知っちまったからにはしょうがねえじゃねーか。
もしかしたらその相手を知って更に傷つくことになんのかもしんねーけど、今更後になんか引けるはずもない。
「い、いーから答えろよっ」
「だからなんで…っ」
「あかねが正直に答えたら」
「なに?」
「あかねが正直に答えたら……そしたらおれも諦める。おめーのこと」
「コピー……」
…本当は。
おれ、コピーなんかじゃねーんだぞって今すぐ言っちまいたかった。
だけどもうそのタイミングはとうに逃していて。
やっぱりな。
慣れねえ嘘なんてつこうとするからだ。
こんなつまんない嘘さえつかなきゃ、知りたくねえ事実も知らずに済んだのに。
全て身から出た錆とはいえ、知らなければ知らないでまた傷が深くなっていただけだと自分に言い聞かせ、半ば自らを痛めつけるようにおれは敢えて聞きたくねーことを聞きだそうと試みる。
「その相手って、おれが知ってる奴か?」
「…」
…こくりと。
また小さくあかねが頷いた。
おれの見ている景色が一段暗いものに変わる。
「相手はその…お、おめーが好きってこと、知ってんのかよ?」
「…」
少し迷ったような素振りを見せた後、肯定とも否定とも取れる曖昧な態度で首を傾げ、困ったように薄く笑うあかね。
誰なんだよ、あかねにこんな顔をさせるのは。
男なら男らしく女の気持ちの一つや二つ受け止めてやってもいーじゃねーか。
おれは名前も知らない架空の人物を思い浮かべながら、そこにやり場のない怒りをぶつける。
「…どんな奴なんだよ、そいつ」
「え?」
「いいだろ、少しくれー教えてくれたって」
「…」
「もう二度と聞かねーからさ」
「…そうね」
そうね、か……。
なぜだかその言葉が、一生おれとあかねが気持ちを交わすことなどない宣告のように聞こえてくるから不思議だった。
「……あたしの好きな人はね」
ぽつり、ぽつりと。
目の前のおれを見ず、まるで遠くに視線を走らせるように目を逸らしたままあかねが口を開く。
「優柔不断でいい加減で女の子相手だと…ううん、男の人相手でもすぐに調子に乗っちゃう困り者」
なんだよそれ。最悪じゃねーか。
「口は悪いし、優しい言葉の一つも掛けてはくれないし」
ろくでもねーな。
「ちょっと見た目がいいからって それを謙遜するでもなく自信満々にひけらかす人で」
更に救いようねーじゃねえか。
「自分に都合が良ければ女男関係なく利用する、いわゆる自分第一主義ね」
…………あかね。
お前、そんな男のどこがいーんだ?
「でもね」
でも?
「粗忽で無神経でバカでセコくても いいところはあるのよ、一応」
……確認だけど、それ 本当に好きな奴のことだよな?
「例えばどんなとこだよ」
「どんなって?」
「だから、その粗忽で無神経でバカでセコい野郎のことでいっ」
だーっ!
もう聞いてるだけでイライラするぜっ!
そんな奴ならまだおれで手を打っておいた方がずっと幸せになれんじゃねーか!?
が、あかねはというとなぜだか少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべ、またぽつりと続ける。
「例えばね。意外にも義理堅いとことがあったりとか」
「…ほう」
「素敵な男友達にも恵まれてるしね」
「まあ、確かに友情は宝だっつーもんな」
「それからね」
すう…とあかねが大きく息を吸いこむ。
その姿になぜか、好きな奴を誇る自信みてーなものを感じて。
「どんなことがあっても、いざという時には必ず助けに来てくれたりとか」
「へえ…」
良牙…じゃねえよな?
確かにあいつも気は良いが、なんせ極度の方向音痴だ。
あかねがピンチだからといって毎度正確に辿り着ける保証はない。
いや、寧ろ辿り着ける方が奇跡に近えじゃねーか。
「極限の時にはね、絶対にあたしのことを責めないの」
「極限って?」
「例えば……あたしのせいで自分の身にとんでもない不幸が降りかかった時とかかな」
ん?
なんだか抽象的過ぎてよくわかんねーな。
きっと顔にもそれが表れてたんだろう。
「ふふっ、コピーに言ってもわからないわよね」なんて楽しそうに笑うんだ。
あー、もうそんなかわいい顔して笑ってんじゃねーよ。
そんなあどけねえ顔でさ。
細い指を口に当てたりなんかしちゃったりしてさ。
…んなの見たらまた我慢が出来なくなんじゃねーか。
「普段は図々しくて口が悪くて遠慮なんてこれっぽっちもしないくせに」
「…」
「いざとなったらしどろもどろになって全然男らしくないんだから」
「だったら…!」
「だけどね、それでもやっぱり」
…やっぱり?
「……好きなの。その人のことが」
……ああ、そうか。
あかねの中ではそいつの良いとこも悪いとこも全部丸ごと受け止めてて。
そんでも好きだっつーのかよ。
あーそうかよ。
そうなのかよ。
そんなの。
そんなの、もう。
入り込む余地なんて全然どこにもねーじゃねーか。
「……………わかった」
「コピー?」
「じゃあ、おれもそろそろ鏡屋敷に戻るかな」
「そうしてあげなさいよ。きっとらんまも喜ぶわよ」
「…そーかもな」
確かに。
鏡の中のあいつだったらきっと喜んでくれんだろうな。
もしも。
もしもあかねのコピーがいたとしたら、そいつはおれのことを選んでくれるんだろうか。
そんな情けねーことを考え、すぐにらしくねえと首を振る。
それにしても、あかねの好きな奴って誰なんだろうな。
おれじゃなくて良牙でもねえってことは、あれか。
まさかパンスト太郎ってわけでもねーだろうし、やっぱり真之介の野郎か。
そうだよな。
あいつも忘れっぽいだの何だの欠点がないわけじゃねーが、命を掛けてあかねのことを守ったんだもんな。
それに顔だっておれほどじゃないが、悪くもねえ。
そうだよな……。
……。
おれは自分の中で点と点が結ばれたような感覚を覚え、と同時に気付きたくなかった胸の痛みに堪えながら、このつまらない嘘のやり取りにピリオドを打とうとする。
そう、おれがこの部屋を出て行ったらあかねはまたいつも通りに過ごすだけだ。
おれ一人が心の傷を抱えたまま。
「…じゃあな」
入ってきた時と同様、再び机の前の窓枠に足を掛けた時だった。
「あ、ちょっと!」
突然、思いがけずにおさげを力一杯引っ張られる。
「いてえっ!なんだよ、突然っ!」
「あ、ごめん。あのね、コピーにどうしても言っておきたいことがあって」
「なんだよ」
まさか、二度と会いに来んなとか?
「…ありがとう」
「へ…?」
「あたしのこと、その…ひ、一目惚れって言ってくれて…」
「…」
「好きって言ってくれて…嬉しかった」
「あかね……」
……ダメだ。
なんかダメだ。泣きそうだ。
自分でも予期しない感情と鼻の奥からくる鈍い痛みに耐えるよう、おれはあかねに背を向けたまま、短く「おう」と返事をする。
「だけどね、やっぱりあんたじゃダメなの」
知ってる。
「ほら。やっぱりあんたとあたしは住んでる世界も違うし」
だから知ってるっつーの。
「だからね、そんな同じ顔して好きだなんて言われちゃうと…あたしもどうしていいのかわからなくなっちゃうのよ」
しつけーなぁ。
同じ顔してって知って……――。
…………ん?
「あーあ。本物もあんたくらい素直に気持ちを言ってくれたら嬉しいのにな」
ちょっと…
「あ、でもそれじゃあ乱馬じゃないわね。乱馬がそんなこと言ったら世界がひっくり返っちゃうわ」
ちょっと待て。
「でも、せめてあんたの十分の一でも優しさがあったら嬉しいのにな」
それって…。
「そ、それって、えっと、」
「なによ」
「お、お、おれのことが好きってこと!?」
「は?だから言ってるでしょ?あんたはコピーであって乱馬の代わりにはなれないの」
「だーっ!お、おれはコピーなんかじゃねーよっ!!」
「はいはい。早く帰んないとらんまが待ってるわよ。あ、それとももうナンパに繰り出して――」
「昨日、おめーはクッキーを作ろうとしてオーブンを爆発させたっ!」
「……はい?」
「それから、えーっと…そうだ、昨日の晩飯はエビフライで朝のおかずはアジの開きと目玉焼き!」
「ちょっと…」
「あ、あと思い出したっ!ハーブとの決戦な。あれは別におめーのせいじゃなくて、たまたま売られた喧嘩を買ったのがあーなっただけで」
「ちょ、ちょっと待ってよ!どうしちゃったの、コピー」
「だからっ!おれはコピーなんかじゃねーっつーの!正真正銘、早乙女乱馬でぃっ!」
思いつくまま、コピーでは知り得ない共通の話題を喚き散らす。
どうだ、これでもまだ信用出来ねーか!?
まさかこんな形で種明かしをする羽目になると誰が想像しただろう。
だけどもう、限界で。
つまんねー嘘を押し通すより、嘘から生まれた真実を貫き通す方が何倍も重要だった。
おれはくるりとあかねの方を振り返ると、勢いそのままに華奢な肩を掴む。
「や、やだっ、またふざけてるんでしょう?」
「ふざけてねえっ!た、確かに最初はからかってやろうって思ってたけど、今はふざけてねえ!」
「じゃあコピーは…」
「コピーなんて最初っからいねーよ!おめーが勝手に勘違いしたからちょっとふざけただけで」
「な、なんでそんなこと…っ」
「しょ、しょうがねーだろ!?その、エイプリルフールだからほんの冗談のつもりだったんでぃ!」
「っ!?……あんたって最低!ついていい嘘と悪い嘘があるんだからっ!」
「だから謝ってんじゃねーかっ」
「謝ってないじゃない!どこが謝ってんのよっ」
「だ、だから、それは態度で示してるっつーか」
「はあ!?よく言うわっ、あんたなんてもう知らな――」
もう拒絶の言葉なんて聞きたくなかった。
いや、言わせてなるものかと思った。
眉間に思い切り皺を寄せて、これでもかというくらいに感情を爆発させ怒るのは色気のいの字もねえ凶暴な女。
気が強くて頑固で泣き虫で。
でもとびきりかわいい、おれの許嫁。
そのまま伸ばした腕を自分のほうに引き寄せる。
「ひゃ…っ」とおよそ色気のねえ声を上げながら、おれの胸にあかねが低い鼻を打ち付ける。
「いったーい!!何すんのよっ!」
「い、いいかっ?よく聞けよ!?」
「何よ。まだあたしを騙す気っ?」
「だーっ!だからちげーっつってんの!お、お、おれが、その、す、す、す、…きなのはなぁっ」
「…、」
「い、色気がなくってずん胴で凶暴なかわいくねー女のことなんだよっ!!」
「な…っ、」
い、言っちまった…!
自分の心臓がありえねーくれーにドクンドクンと音を立てて騒いでいる。
チャイナ服越しでも分かるほどに隆起するその部分は、なんだか別の生き物が住んでるみてーだった。
いくらニブいあかねとはいえ、流石におれの気持ちは伝わっただろう。
おれはこの後に続く甘い展開に早くも淡い期待を抱きながら、胸に閉じ込めた肩をちょっと押し返してその表情を覗き込む。
と、そこに見えたのは、ほんのり頰をピンクに染めて…………とは一筋縄にいかねえ、唇を鼻よりも高くツンと尖らせたあかねの顔。
「…………ちょっと」
「なんだよ」
「参考までに聞くけど、その色気がなくってずん胴で凶暴でかわいくない女って誰のことかしら?」
「はあっ!?お、おめー、わかんねーの?」
「わかんないから聞いてるんでしょうが」
やれやれ、こいつはどんだけ鈍感なんだ。
おれは込み上げる溜め息を隠すことなく大袈裟に吐くと、至極真面目な顔で教えてやる。
「あのな?色気がなくずん胴で凶暴でかわいくねー女なんて、おれの周りに一人しかいねーだろ?」
「…」
「どうだ?心当たりねーか?」
「…どうかしら」
「あ、じゃあ最大ヒントをやる。おまけに料理の腕は壊滅的で怪力の持ち主――」
「怪力ってこれのことかしらっ!?」
ズガンッ!と。
今度こそおれは窓の外に吹っ飛ばされた。
が、そこは運動神経のいいおれ様のこと、トランポリンよろしく投げ飛ばされた地面を蹴り上げると再びあかねの部屋の窓へと着地する。
「お、おめー、人をポンポン投げ飛ばすんじゃねーよっ!」
「なによ、今のはあんたが悪いんでしょ!?」
「おれのどこがわりーんでぃっ!」
「さっきから聞いてりゃ、人のこと色気がないだのずん胴だの好き放題言ってくれちゃってっ!」
「あー、そーだよっ!だからそんなおめーが好きだっつってんじゃねーかっ!」
しー…んと。
一瞬、辺りが静まり返った気がしたのは気のせいだろうか。
ふと視線を落とした机の上は、せっかくの数学のノートもぐちゃぐちゃで。
さっきまでぎゅうぎゅうと胸に押し付けていたせいか、ボサボサに乱れた髪の毛に、これ以上染まることなど不可能というほど真っ赤になったあかねの姿…。
「あ…、えっと……、」
なにか。
なにか言わなきゃいけねーと思った。
だけど勢い任せに出た本音に続けて何を言ったらいいのか分からず、金魚のように口だけがパクパクと動く。
その緩やかな沈黙を破ったのはあかねの方だった。
「…それも、エイプリルフールなの?」
「ち、ちが…っ、そーじゃねーよっ!」
「四月一日の嘘ってね。午前中しかついちゃいけないんだから」
「え、そうなのか?」
ちらりと壁の時計に目をやる。
その時計の針はもうすぐ三時を指そうとしていた。
だけどそんなの関係ない。
おれがあかねを思う気持ちは嘘じゃなくて。
この胸の鼓動にも嘘偽りなんてどこにもない。
まだおれを疑るような視線がチクチクと胸に刺さり、やっぱりしょうもねえ嘘なんてつくもんじゃないのだとあらためておれは思い知る。
「ほら」
おれはあかねの手を取ると自分の心臓の手の上に重ねてみせる。
「す、すげードキドキいってんだろ?だ、だから、その…」
「…、」
あ、なんかやっぱダメだ。
あかねに触れられたことにより、更に心臓がバクンバクンとあり得ない程に暴れ出す。
これじゃあ、本当に早死にしちまうかもな。
そんなどうでもいいことが頭を過ぎりながら、おれはようやく謝罪の言葉を口にした。
「そ、その…さっきは、ごめん」
「…」
「ちょっと調子に乗り過ぎた…………わりい」
「…」
あかねは何も喋らない。
これじゃあ、まるで怒られる前の子どもだな。
一体おれはいくつのガキだ。
そんなおれの顔と手の平を置いた胸の上を何度も交互に見ながら、あかねがゆっくりと口を開く。
「これ……このドキドキいってるのは、嘘じゃないんだよね?」
「あ、当たり前だろーがっ!んな器用な真似できっかよっ」
「じゃあ」
「…」
「さっき言ったのも……本当?」
「さっきって……」
「あたしのこと……」
「……」
「……」
「……」
きっと、言葉にして言った方がいいんだとわかってる。
だけどもう、これ以上喋ったらまたどっかおかしくなっちまいそうで。
溢れる。
自分の感情が溢れて制御が外れる。
開けっ放しの窓からは春の風が吹き込んで。
遠慮なしに前髪を乱す風のいたずらに思わずあかねが目を閉じたのを合図に、気が付いたら自分の唇をあかねのものに重ねていた。
「…っ、」
…ちゅっと。
押し付けた唇を離しながら、本当に漫画みてーな音が鳴るもんなんだなと頭の片隅で思う。
残念ながら、その瞬間のあかねの表情を見つめる余裕なんて全くなかったけど。
「あの……まだ、怒ってる……?」
自分の意思で初めてしたキスの直後の台詞がこれってどうかとも思う。
それでも聞かずにはいられず、その火照った頬に手を滑らせ覗き込めば、ウサギの目のように赤くなったあかねが上目遣いにちらりと睨んで唇を尖らせた。
「……怒ってる」
だけどその顔が最強にかわいくて。
思わずぷっと吹き出すと、「何を笑ってんのよ」と小突かれる。
「なあ、機嫌直せって」
「…直らないって言ったら?」
「んじゃー直るまでする」
「なにを?」
「…コレ」
そしてまた、春の空気をいっぱい吸い込んだ部屋に響く小さなリップ音。
一人では鳴らすことのないその軽やかな響きに伴う恥ずかしさを誤魔化すため、おれは目の前のあかねを挑発するように見下ろすと気になっていた部分を訂正する。
「ところでおめー、あれ。好きな奴の説明が粗忽で無神経でバカでセコいっつーのはいただけねえ」
「なんでよ」
「おかげでおれの事を言われてるとはさっぱりわからなかったぜ」
「よく言うわ。そういう自分こそ最低じゃない」
「どこがだよ」
「色気がなくってずん胴で凶暴でかわいくない女って、どこにも褒め言葉が入ってない!」
「待て待て。料理音痴で怪力っつーのを忘れてんぞ」
「ばかっ!」
ポカッではなくドスンッと。
やっぱり凶暴で怪力ってのは嘘じゃねーじゃねえかと言いたくなるような衝撃で振り落とされる左胸への拳。
ああ。やっぱおれ、こんなことばっかしてたら心臓麻痺で早死にしちまうかもな。
そんなバカなことを考えながら、もう一度パンチを食らう前にその腕を封じ込め、ついでにかわいくねーことばっか言う唇も塞ぐ。
「あのさ。さっきの話だけど」
「…なによ」
「その…まだ怒ってる?ってやつ」
「……怒ってないって言ったらもうしてくれないんでしょ?」
「え?それって…」
「…、」
そのまま乱暴におさげを引っ張られると、小さく開いた"え"の形の口にあかねの感触が降ってくる。
え。
エ。
エイプリルフール。
嘘か真か、二人の想いが交わる日 ―。
「……今年だけ特別、だからね。来年は許さないんだから」
恥ずかしそうに、だけど気の強さは相変わらずのあかねがペロリと舌を出す。
はっきり言ってそんなのコピーじゃなくてもイチコロだ。
だけどやられっ放しじゃ終われねえ。
だって同じ奴に負けっ放しなんて格闘家の名が廃るだろ?
「じゃあ来年もこーしてんだな?」
精一杯 余裕ぶってゴツンと額をぶつけると。
「どうかしら。乱馬がどうしてもって言うならね」
そう言ってふわりと笑う桜色の唇。
くしゃりと触れた前髪は、温かい春の日差しを浴びた日向ぼっこの香りがした。
< END >
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こちらもポパイさん(@0430popai)が主催されている『桜乱あ祭り』へ便乗したお話になります。
一体どれだけ桜祭りに乗るつもりなんだ!?というもっともなツッコミはご遠慮ください(´▽`;)。
そして、pixivの頃から私の元気の源として支えてくれた 大切な友人二人が 今月の七日と十四日に
pixivへ投稿して丸一年を迎えます。
一周年おめでとうのお祝いと、これから新年度を迎えて一歩踏み出す皆様の背中を少しでも押せたら…。
そんな想いを込めて書いたお話になります。
ゆるりとしたお話ですが、拍手話と共に楽しんでいただけたら嬉しいです。
yokoちゃん、憂すけさん、いつも素敵なお話と 太陽のように心温まるメッセージをありがとう✨。
皆様のもとに これからも沢山の花が咲きますように…。
【 運命の人じゃなくても 】
「はあ…」
あたしは目の前に広げた雑誌に視線を落としたまま、また一つ溜め息をつく。
「よ。どーした、そんなむずかしー顔して」
「あ、乱馬」
「今日はあったけーなー」と呑気なことを口にしながら、よっこらしょとあたしの斜め隣に腰を下ろすのは許嫁になって四年目の春を迎える許嫁兼、あたしの恋人。
二人がいるのはいつもの天道家の居間である。
この時間はあたし達以外に誰の姿もなく、そろそろしまわなきゃと言いながら未だにその気配のない炬燵布団に乱馬が足を突っ込んだ。
家族がわざとらしく画作しなくても、こうして二人きりで過ごすことが当たり前になったのは、一体いつの頃からだろう。
あたしは横着して電気ポットに手を伸ばすと、乱馬のために熱い緑茶をいれる。
「はい、どうぞ」
「お、サンキュー」
ズズッと一口。
「お、今日は渋くねえ」
「あのねぇ。あたしだって美味しいお茶の一つくらい いれられます」
「よく言うぜ。昔は嫌がらせかってくれー苦いお茶を――」
「そんなに言うならいいわよ。もう入れてあげないから」
「待て待て。おれはおめーの成長を褒めてやってんじゃねーか」
「どこがよ」
まったく もう。
乱馬といると万事がこの調子。あたしの悩みなんて、風に舞う葉っぱの如くすぐに吹き飛ばされてしまうんだ。
とはいえ、それに目敏く気付くのがこの恋人で。
「で?」
「え?」
「んな難しい顔して何を悩んでたんだよ」
「…別に」
「あのな、あかね?おめーのずん胴もくびれた胸も今更だろ?おれだって努力したけど――」
「誰がずん胴でくびれた胸だっ!」
ビタンッと手の平に伝わる衝撃。
ああ、なんだか乱馬と話していると ちっぽけなことで悩んでいる自分がひどくバカらしい。
あたしは目の前の誌面をパタンと閉じ、ぐぐっと背中を反らす。
「どうせ大したことじゃないわよ」
「なにが」
「難しい顔してた理由。ただ、このままのあたしでいいのかなって思ってただけ」
「このままって?」
まだジンジンと痛むのか、頬を手でさすりながら乱馬が炬燵の天板に肘を乗せて尋ねてくる。
「だからね、例えば。例えばだけど、何かあたしにしか出来ないことってないかなぁとか」
「あんじゃねーか、女離れしたその怪力」
「生活に役立つ特技があったらなぁとか」
「そうだなぁ。天性の不器用さを活かせる特技はなかなかねーよな」
「思い切って資格を取ってみるとか」
「十年掛かりってか」
「…お、美味しくて栄養のあるお料理を作れるようになったりとか」
「栄養の前にまずは味見だ味見。間違っても隠し味なんて足そうとすんなよ?おめーの場合、全然隠れてねーからまずはレシピ通りに――」
「もうっ!」
やっぱりね。
乱馬に正直に打ち明けたあたしがバカだった。
あたしはようやく色の引いた頬にもう一発ボカッとお見舞いすると、もそもそと炬燵の中に両手を突っ込む。
要は「もういいです。あたし、拗ねちゃったからねっ」の意思表示である。
そんなあたしを宥めるように「まあまあ。あ、そーだ。桜餅買ってきたから一緒に食おうぜ」なんてへらりと笑ってみせるけど、そんなことじゃ誤魔化されないんだから。
「あかね」
「…」
「あかねさーん」
「…………お皿。乱馬が取ってきてくれたらね」
「なんでい。結局食うんじゃねーか」
「せっかく用意してくれたから食べてあげるのっ」
「へーへー。また太る…」
「何か言った!?」
「いや、なんでも」
ああ言えばこう言う。
なんだかんだでこんなテンポの良いやり取りが心地よくて、カチャカチャと隣の台所からお皿を重ねて運んでくる音に耳を傾けながら あたしも自分の湯呑みの中のお茶を一口飲む。
ほう…と吐いた息がふわりと温かい。
そこへもぞりと炬燵布団をめくって乱馬が戻って来ると、五つある内の二つをそれぞれの皿に置いて渡してきた。
「ほれ」
「ありがとう。どうしたの これ?」
「ああ、駅からの帰りに少し寄り道して桜の花を見てたらさ、無性に食いたくなって買ってきた」
「そう」
「ちょうど桜も満開で見頃だったぞ」
「ふふっ、桜が咲くと本格的に春が来たって感じがするわね」
「ああ、今年は例年に比べて寒かったからなー」
ねえ、不思議だね。
出会った頃はまさか、こんな季節の移り変わりを二人で語り合う日が来るなんて思ってもみなくて。
いつの間にか乱馬の隣にはあたし、あたしの隣には乱馬がいる。
その当たり前がこれ以上ないくらいに幸せで。
それと同時に少しだけこわくなるって言っても きっと乱馬にはわからないんだろうなぁ、こんな気持ち。
あたしは薄い有田焼の上に置かれた桜餅に黒文字を差し、一口 口に含む。
ふわりと舌の上に広がる上品な甘みと微かな塩気。
かつてあたしが作った桜餅とは大違いだ。
隣では手掴みでパクパクと豪快にかぶつきながら、乱馬がぼそりと呟く。
「運命の桜餅、か…」
「え?」
「そーいえば昔、おそろしく不味い桜餅食わされたなーと思ってさ」
「あ、あれは…っ」
「おめーさあ」
ぐびりとお茶で最後の一口を流し込み、乱馬があたしの顔を見る。
「本気であんな占い信じてたのか?」
「占いって?」
「ほら、顔に桜の花びらの模様が出たら運命の人ってやつ」
「そ、それは、その…」
「どーなんだよ、あかねちゃん」
「だ、だからっ、そりゃ、印が出れば、その…、」
「その?」
「ちょ、ちょっとは嬉しいっていうか……」
「ほー」
なによ、その余裕な態度は。
天板の上で腕を組みながら、目の前でニヤニヤと覗き込んでくる顔を真っ直ぐ見れずにあたしはぷいっと視線を逸らす。
そんなあたしの様子に満足したのか、「おめーにもそんな女の子らしーとこがあるなんてな」なんて笑ってるんだから憎らしいったらありゃしない。
「あのねえ。言っときますけどあたしはれっきとした女の子なんですからね?」
「え?女の子?どこどこ?あ、じゃあ確かめてやるからベッドに…」
「バカッ!」
もしかしたら乱馬って殴られたがりのマゾ体質なのかしら?
そんな疑問が浮かぶくらいに余計な一言の多いその頭目掛けて拳を振り上げると、今度はパシッと掴まれた。
「おめーなあ、人のことをボカスカ殴んじゃねーよ」
「なによ、今のはあんたが悪いんでしょっ」
「殴られ過ぎてバカになったらどーしてくれんでぃ」
「大丈夫よ。それ以上はなりようがないから」
「え?これ以上カッコよくなりようがないって?」
「もう、ほんと頭に来るっ」
結局、こうやって笑い飛ばされてしまうんだ。
あたしの小さな悩みも、小さな不安も。
そしてまた一口お茶を啜ると無言でお替わりを要求してくる。
ついさっき「お茶くらい美味しくいれられる」と宣言したばかりのあたしとしては、ここで失敗するわけにはいかない。
仕方なく今度は炬燵から出ると、先程よりも少しだけ丁寧にお替わりを注ぐ。
「はい」
「おう」
「やだ、なんか長年連れ添った夫婦みたい」
「夫婦って」
「あ、そ、そうじゃなくって、えっと…」
「…別にあながち間違ってねーんじゃねえか?どうせ来月には正式な夫婦になるんだからよ」
「……そうね」
そう。
五月二十七日、あたし達は晴れて祝言を挙げ、正式な夫婦となる。
とはいえ その後に新婚生活をスタートするのも変わらずこの家だし、道場の先生として既に生徒達に稽古をつけている乱馬の現状にはこれといって大きな違いはない。
ないのだけど。
何かこう、「特別なこと」を見つけたいのだ。
ううん、正確には少しだけ違うかもしれない。
願わくはあたしにしか出来ない、何か特別なこと。
だけどそれがなんだかわからなくって。
そもそも、あたしはけっして器用な方でも何でもない。
あるのは持ち前の根性と体力だけ。
だけどそんなあたしでもね、一つくらいは乱馬と一緒にいて「お似合いだよ」って言われる自信みたいなものが欲しいの。
そう言ったらこの許嫁はどんな顔をするかしら。
「おれはさ」
まだ白い湯気が立つ湯呑みの縁を指で挟むようにして乱馬が口を付ける。
「別に運命の桜餅なんて信じちゃいねーんだ」
「そう」
そうでしょうね。
これで乱馬が「やった、おれ達運命の相手だ」なんて素直に喜んだら それはそれで違和感が否めない。だけど実際、あんなに桜の花びらのマークが現れて。
乱馬にとっては些細なことだったかもしれないけれど、あの時のあたしは結構、それなりに……ううん、悔しいけれどすっごく嬉しかったのよ。
「今までだって縁結びの笹やら何やら、色々疑わしいもんに遭遇してきたけどよ」
「疑わしいって言うわりにはあんた、必死で短冊を取り返しに行ってたわね」
「やかましい。とにかくなぁ、おれはんなつまんねーもんに自分の人生勝手に決められたくねーの」
「なによ、ちゃっかり親に決められた許嫁の話に乗ったくせに」
「バーカ。最初は勝手な許嫁だったかもしんねーけど 決めたのはおれの意思だろーが」
「え?」
「…、」
……ずるいんだ。
時々。
ほんの時々、そうやって天然なんだか計算なんだかわかんないようなことを言ってのけるから、あたしの胸の奥がきゅんと引っ張られるように甘い疼きを覚える。
「乱馬」
「…なんだよ。まさか おめーは親に決められたから仕方なくおれと祝言挙げるとか言うんじゃねーだろうな」
「そんなこと言わないわよ、バカ」
「バカは余計だ、バカ」
「ただ、そんな風にはっきりと言ってくれるなんて意外だっただけ」
「へーへー」
「ありがとう、乱馬」
「おう」
「嬉しかった」
「…そりゃよかったな」
「あたしも大好きよ」
「え?あ、えっ…と……、」
「あ、照れてるー。耳まで赤くなってるわよ」
「バっ、バカ野郎!誰が照れとるんじゃ誰が――」
「すごーい、一瞬で顔が真っ赤。器用ねえ」
「…っ!も、もう二度と言わねーからなっ!」
「ウソウソ、ごめんね。機嫌直して?」
「うるせぇっ!」
あーもう面倒くさいんだから。
よしよしと髪を撫でて宥めるあたしを完全に無視するように 炬燵の天板に突っ伏す乱馬。
こうなってしまうと甲羅の中に閉じこもってしまった亀のようになかなか手強い。
あ、けどね。
「乱馬ってば。ね、機嫌直してこっち向いて?」
「…」
「あーあ、顔上げてくれたらご褒美があるのにな」
「…」
「そっかそっか。要らないんだ、ご褒美」
「……褒美ってなんだよ」
「こっちを向いてから教えてあげる」
「…」
「あと5秒ね」
「…」
「5、4、3、2…」
「…ったく!なんなんだよっ!」
「はい、ご褒美」
ちゅっと。
軽い音を立てて重ねたのは、もちろん乱馬の唇とあたしのそこ。
「ごめんね。機嫌直った?」
「……直んねえ」
「あんたもしつこいわねぇ」
「うるせえっ。こんな子ども騙しじゃ納得しねーからな!」
「まったく、……じゃあわかったわよ」
そう言って、あたしは羽織っていたモヘアのカーディガンをおもむろに脱ぐと炬燵の横にパサリと置く。
「特別だからね」
「え…、あ、あかね…!?」
「…」
「い、いいのか……?」
「…うん。今日はあたし達以外 誰もいないし」
「こ、ここでも…?」
「バカね。ここじゃないと出来ないでしょ…?」
「あ、あかね……っ」
途端にもぞもぞと炬燵の中から足を抜き、四つん這いになってこちらににじり寄って来る乱馬。
その腕に捕らわれる寸でのところでひらりと身を返すと、あたしは傍にあったエプロンに手を伸ばす。
「お詫びに何か昼食でも作ろうと思って。乱馬、何が食べたい?」
「お、お、おめーなぁ…っ!」
「なによ」
「人をその気にさせときやがって鬼か おめーはっ!」
「そんなの知らないわよ。あんたが勝手に勘違いしたんでしょ。それより何を食べたいの?」
「あかね!」
「はいはい、そういうのはいいから真面目に答えて」
「けっ!ずん胴っ!凶暴っ!かわいくねーっ!あかね、おめー最近性格わりーぞっ!」
「……さ、今日は久し振りに隠し味でも試そうかなぁ」
「だーっ、待て待てっ!い、今のはおれが言い過ぎたっ!」
わかればいいのよということで。
…結局、その後は二人で台所のシンク前に立ち、共同作業という名の元の監視下に置かれながら一緒にオムライスを作って食べた。
乱馬があたしに焼いてくれたふわふわひよこ色の卵と、あたしが乱馬に用意した燻製みたいな卵の色。その違いに軽くショックを受けながらも、乱馬は文句ひとつ言わずにそれをペロリと平らげる。
うん。
もしかしたら何だかんだで、あたしは結構甘やかされているのかもしれない。
食後にそのままゴロンと炬燵でまどろんだまま、乱馬が独り言のように呟く。
「にしても、昔に比べたらだいぶ食えるもん出すようになったよなぁ」
「何それ。嫌味?」
「いや、真面目な話」
縁側に視線を向けたまま、バカにして笑うでもなく答える。
「一時はさ、おめーが包丁持つだけで身の危険を感じるレベルだったもんな」
そんなに?とは、悔しいけど言い返せなかった。
なぜなら乱馬の表情にふざけたところはどこにも見当たらないから。
思わず言葉に詰まり、黙ってしまったあたしを横目に淡々と乱馬が続ける。
「けどさ。今日食ったオムライスはちゃんと食える代物になってて」
「…」
それは…あんたがさり気なく補助してくれたから。
「その…なんつーか、おめーのそーやって努力する根性はすげーって…おれも認めてる」
「え…」
「だ、だからっ、んないちいち暗い顔して悩んでんじゃねーよっ」
「く、暗い顔なんかしてないもんっ」
「いーや、してた。すげーぶさいくな顔で目ん玉寄せておもしれー顔してた」
「それ、暗いんじゃなくって面白い顔じゃないの」
「あ、そーか。ま、どっちにしてもかわいくねーってのには間違いねえってことで」
「失礼ねっ」
だけど。
その言葉の温かさがあたしを包み込んでいくには充分で。
「…自信持てよ」
「なに?」
「あかねはその、確かに色気はねーしずん胴だし凶暴だし素直じゃねー上にすぐ怒る乱暴者だけど」
「ちょっと」
「けど根性はあるし、努力もする。まあ、その努力が時々明後日の方向でおれとしては――」
「あんたは褒めてんのっ!?貶してんの!?」
「わっ、バカ!褒めてやってんじゃねーか」
「わかりづらいわよっ」
「だからこれから肝心の部分を言ってやろうっつーのにせっかちな奴だな」
「なによ、肝心の部分って」
よく聞けよ、とわざとらしく一つ軽い咳をする。
だけどやっぱりその表情はどこか真面目で、崩して楽にしていた足を思わず揃えるとあたしは乱馬の方に身体ごと向かせる。
口を尖らせながらあたしの目を見ず眉を寄せる時は、乱馬が素直な本音を話す際のわかりやすい癖だ。
「お、おめーはいつもおれのことを真っ先に助けてくれただろーが」
「え?」
「例えばヤカン持って追いかけて来たり そんで崖から落ちちまったり」
「ああ…」
「挙句の果てには自分が蒸発しちまうんだからな。あん時は本気で心臓が止まるかと思ったぜ」
「ごめんね」
「今でこそ笑い話に出来るけどよ。あーゆーのはもう勘弁な」
「うん……ごめん」
「別に謝って欲しいわけじゃねーけど……と、とにかくだな、その、そーやって後先考えずに無鉄砲に動けるのは ある意味おめーだけにしか出来ねえっつーか」
「なにそれ、褒めてるつもり?」
「褒めてはねえ。褒めてはねーが、あかねにしか出来ねえことではある」
「どういうこと?」
乱馬の言いたいことがわかるようでわからないような、そんなあたしはグッと身を乗り出して聞き返す。
「ったくニブいな」と大袈裟にかぶりを振りながら うーんと反らした乱馬の背骨がパキンと小さく鳴った。
「あかねだけだろ」
「だから何が」
「おれがどんな時でも迷わず飛び込んで来て余計なお節介してくる奴だよ」
「お節介とは失礼ね」
「まーな。ま、そんだけおれのことが好きでたまんねーっつーのはわかんだけど」
「そ、そんなこと 一言も言ってないもんっ!」
ついムキになって早口で反論するあたしをヘヘッと乱馬が嬉しそうに茶化してくる。
言葉の代わりに炸裂するあたしの拳。
なびきお姉ちゃんに言わせると、これがいわゆるじゃれ合いと言うそうだ。
「…けどさ、いつもおめーに守られてばっかなんてカッコつかねーだろーが」
「乱馬?」
「だ、だから、これからは、お、おれもそーでありてえっつーか…、」
「…」
「と、とにかく、おれがおめーを選んだんだから あかねは余計な事考えて悩むなっつーことでぃっ」
「乱馬……」
…うん。
もしかしたら、じゃなくて本当に。
あたしは知らず知らずにこうして甘やかされてきたんだと思う。
だって今、あたしは鼻の奥にツンと込み上げる痛みをやり過ごすのに必死なのだから。
「…ありがと。じゃあ悩むのやめる」
「おう」
「だって乱馬は今のままのあたしが好きなんだものね?」
「へ?」
「違うの?」
「う゛……っ、」
「どっち?」
「え…っと……、」
あらら。少し意地悪が過ぎたかな。
目の前には先程の桜餅よりも更にピンクに染まった乱馬がしどろもどろになりながら、指の先を付けたり離したりして額に汗を浮かべている。
まったく、こんなところも相変わらずなんだから。
「お、おれは別にそこまで言ったわけじゃねえっ!た、ただ、女は悩むと胸から痩せちまうから―」
「はいはい。あたしのバストの心配までご丁寧にありがとう」
「あ、なんだよ、その余裕な態度はっ」
「別にぃ」
「あーかわいくねえっ」
「かわいくなくって結構ですよーだ」
「ほんっとかわいくねーぞっ!」
「とか言ってそんなかわいくない女を選んだのはあんたでしょ?」
「う゛…っ」
はい、本日二度目の「う゛っ」いただき。
どうやら今日の勝負は完全にあたしの勝ちらしい。
フフンと笑ってみせるあたしを口を尖らせたまま睨み返してくるけれど、そんな顔したってちっとも説得力なんてないんだから。
「あ、でもやっぱり何か新しいことにはチャレンジしようかな」
「待て。一体何をする気でぃ」
「例えば英語の勉強とか」
「…料理」
「あ、洋裁なんていうのもいいわね」
「料理の勉強」
「それともアクティブにテニス教室とか?」
「だからっ!何か始めんなら大人しく料理教室にでも行きやがれっ!」
「もう、そうやってすぐ怒るんだから。血圧上がるわよ?」
「だったらせいぜい減塩料理の勉強でも励んでくれ」
意地悪。
意地悪じゃねーよ、真面目に言ってんでぃ。
…ちゅ。
とか言ってあたしのことが好きでたまんないくせに。
バーカ、そりゃおめーのほうだろ?
ちゅ…ちゅ……
…桜。
あん?
あたしも桜、観に行きたいな。一緒に行かない?
おー。いいけど。
いいけど?
ちゅ…
親父達がいねーんだったら、まずはこっちが優先かな。
……バカ。
ちゅ……
あの……ここで、いい……?
ここって…居間でってこと?
………ダメか?
……。………外から見えないようにしてくれるなら。
見えねーようにすんなら?
………………………オマカセシマス。
……ちゅ…っ
……りょーかい。
あたしの顔に落ちていた影が不意に離れ、掴んでいた肩を押し返すように立ち上がった乱馬が縁側の窓をカラリと閉める。
その瞬間、一枚の淡い花弁が風に乗って居間に舞い込んできた。
ふわりと軽やかに舞う、春の象徴。
それを乱馬が指で摘むと、あたしの頬にペタリとつける。
「ほれ。おめーの顔にも花びらのマーク」
「あ…」
「これであいこだな」
嬉しそうにニコニコと。
少年のように笑うその表情は、まるで三年前のあの日のよう。
……。
「……乱馬って」
「ん?」
「時々、すっごい……………………キザ」
「バカ。それを言うならロマンチストと言え」
「それは無理」
「即答してんじゃねーよ、かわいくねーな」
「でも好きよ」
「え?」
「運命の人でも 運命の人じゃなくても」
そう言って。
乱馬の鼻先に唇で触れると、そこにあたしの頬の花びらを取ってつける。
「…うん。乱馬にすごく似合ってる」
「ほー…。んじゃ、おめーには別の花のマークをくれてやる」
「…それってどんな?」
「わかってるくせに」
ああ、本当にバカバカしくて。
だけど とけていく。
小さな悩みも不安な思いも、あたしをとかすのはこの陽だまりのような温かい存在だけ。
すっかりブラウスの前のボタンが全て外され、障子一枚隔てた太陽の光に白く反射している素肌をあたしは乱馬の胸に押し付ける。
「…なんだよ」
「ううん。ただ、こうしてると気持ちいいなぁって」
「気持ち良くなんのはこれからだろ?」
「もう。ムードがないんだから」
「あいにく花よりあかねなんでな」
「…バカ」
乱馬の鼻に貼り付けていた花弁が二人の吐息でふわりと舞う。
ひらひらと空気をはらんで軽やかに遊泳する様に思わず集中する二人の視線。
そして その淡い桜色が畳の上へ静かに落ちたのを合図に。
おしゃべり過ぎる唇を乱馬が塞ぐと、あたしはそっと両目の瞼を閉じた。
< END >
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ポパイさん(@0430popai)主催の桜乱あ祭りに夜桜バージョンとしてもひっそりと…。
※ ヌルいですがR-18の描写・モブキャラによるやや不快な表現があります ※
R-18の類が生理的に苦手な方、原作のイメージを損ないたくない方は
絶対にお読みにならない様、お願いいたします。苦情等もご遠慮願います。
(後編はいつも通りパスワードを設けます)
《 20秒で分かる社会人編おさらい 》
こちらは社会人編になります。
高校卒業後 中国に渡って変身体質を治した乱馬は格闘の世界で頭角を現し、短大を卒業したあかねは
老舗スポーツメーカーに事務員として就職後、知識を買われて翌年から広報部所属に。
お互いもうすぐ23歳を迎える大人な未来設定です。(乱馬とあかねは今も天道家で同居中)
【 酔いしれの花嵐 】
何でこんなことになってしまったんだろう。
春の風が吹き荒れる度、ガタガタと忙しない音を鳴らすのは木造の小屋に設けられた頼りない小窓だ。
普段のこの時間帯なら真っ暗な景色しか映さないであろうそのガラスの向こうには遠く微かにオレンジ色の提灯明かりを捉え、部屋の中を隠すようにベタベタと桜の花びらが窓に張り付いている。
それでも人が近くを通ればその長く伸びた影がすっと室内を翳り、暗闇に潜んでいる身体が反射的にびくりと跳ねる。
いや、これは何も人影のせいだけではないのかもしれない。
はあ、はあ…と、木で作られた用具置き場の空気が二人の吐く息で濃度を変え、熱く湿ったものに染められていく。
「あ…っ、そこ…、…!」
「…声、他の奴に聞かせたくねーから、我慢して」
「~…、ん…っ…!」
薄い壁一枚隔てたすぐ隣では見ず知らずのカップルが営みを交わす中、あたしは自分の唇を噛み締め、その隙間から漏れる熱の塊を乱馬の前髪にぶつけた。
肩までたくし上げられたニットが二つの膨らみに沿うように緩やかなカーブを描き、春の冷たい空気に触れて淡い実は既に芯を持って硬くなっている。
それを口に含みながら、ちらりと上目遣いであたしの表情を伺う黒い瞳が妖しく光った。
「足…ちょっと開ける?」
履いていたズボンをするりと腰から滑り落とされ、剥き出しになった下半身を月明かりの下に晒しているのは顔を真っ赤に染めたあたしの姿…。
身に付けた下着は既に はしたないまでに濡れそぼり、それを指先で確かめた乱馬が嬉しそうに「やらしい」と口にした。
(どうして…)
くちゅくちゅと脳内まで侵していくような水音に早くも意識を手放しそうになる。
つま先までぎゅっと力の入る足を片方持ち上げられ、壁にもたれ掛かるようにして立つ不安定な身体を弄る手は止まりそうもない。
いや、寧ろここで止まるわけにはいかないだろう、お互いに。
(どうしてこんなことに…)
到底 言葉では表現出来ないような潤んだ音が部屋一杯に響き渡る。
そのすぐ横でギシギシと壁越しに規則正しく振動する薄い木の壁が、外で何が起こっているかを雄弁に物語っていた。
「乱…馬っ、あ…っ、」
くしゃりと胸の前の髪の毛に手を差し込み、手繰り寄せる。
のぼせ上がった頭の中で、あたしはつい先程までのことを思い出していた。
*
「へ?花見?」
「うん。毎年の恒例行事なんですって」
その話をしたのは十日程前のことだったか。
いつものように稽古の後の汗を流し、いつものようにあたしの部屋を訪れ、ついでにいつものようにあたしのベッドの中でその日にあった他愛のないことを話す二人だけの時間。
床に落とされたパジャマを着る気分にもなれず、乱馬の胸にもたれながら あたしはその日に備えようと半分愚痴をこぼすように「はあ…」と深い息を吐く。
「ほら、あたしも広報に配属になってちょうど一年でしょ?だから今年は二年目恒例の大仕事である花見の幹事ってわけ」
「え。っておめー、一人で仕切んのかよ」
「流石にそんなことはないけど。男性社員が場所取りやビールの手配だとしたら、あたし達女性はおつまみの調達や当日のお酌係ってとこかしら。簡単に言うと雑用係よね」
「……男もいんのかよ」
「あのねえ。男も、じゃなくて広報部全員がいるのっ。ゲストも含めてね」
「ゲストだぁ?」
「そう。ほら、うちって一応は老舗のスポーツメーカーじゃない?だから当然アスリートの方達にもお世話になっているわけだけど」
「…」
「普段は海外遠征で留守がちな選手の方にも桜を愛でていただく…っていう名目で、要は体のいい接待よね。それでもなかなか好評みたいで毎年色んな方がちょっと顔を出すみたいよ」
「へー。んなとこにわざわざ出向くなんてよっぽど暇人なんだな、そいつら」
「あら。あんたはそういうのに興味ないわけ?もしかしたらスポンサー契約に繋がるかもって意気込んで来る人もいるのに」
「へっ、くっだらねー。そんな酒の場での約束なんかアテになるかよ」
まあそうでしょうね。
そう言うとは思ってたけど。
あたしはやれやれと肩をすくめると、背後から絡みついている逞しい腕を外してベッドの下のパジャマに手を伸ばす。
「じゃあ乱馬の参加は無しってことで」
「あん?」
「この前あんたの取材した時にね、言われたのよ。"早乙女さんも来てくれたら盛り上がるのになー"って」
「誰に?」
「…………鈴木君に」
正確には目をハートにした女性社員たちと、それを引き気味で見ていた鈴木君に、なんだけど。
だけどわざわざ言う必要もないだろう。
乱馬が花見の場に来ないことに半分安堵し、もう半分はやや落胆しながらも「いや、来たら来たでまた何かと面倒だ」と頭の中を切り替える。
そう。
たかが花見。
会社の花見。
そもそも 年齢を重ねたいい大人達が集まる場なのだ。
流石に学生のようなノリもないだろう。
あたしは下着を足に通し、パジャマの上着だけ羽織ってボタンを閉める。
早くもそのネル地の下からもそもそと這い出す手の甲をペチンと叩きながら、ゆっくりと重たくなる瞼に身を任せるように夢の中へと溶けていった。
なのに。
それなのに。
コップの中のビールをグビリと煽る、この目の前のおさげは一体どういうことなのだろう。
あたしは思考の整理が付かないまま、まるでバケツリレーのように回ってくるビール瓶を両手に持っては宴席の奥からぐるりと右回りにお酌をして回る。
この様を見て「なんて時代錯誤な」と眉を顰めるものもいるかもしれない。
それでもあまりお酒の強くないあたしとしては、無理に飲まされるよりも「やることに追われています」という体でその場に引き止められないことの方がずっと重要だった。
時間と共に気持ち良く酔いが回り、他の社員と談笑して一緒に酒瓶を空にしていく女性社員。
幹事の業務から徐々に脱落していくメンバーを横目に見ながら、ちらりと乱馬の方に視線を走らせる。と、そのしなやかな筋肉の両側を可愛い女の子に挟まれ、満更でもない笑顔を浮かべている姿がそこにあった。
……。
(……ふーん。あんなに「来ない」って言ってたくせに)
あたしにはあんな優し気に笑う表情なんて滅多に見せないクセに、他の女性の前だと違うんだ。
なによ、高校生の時は「やめろよ」なんて一応口先だけでも言ってたクセに。
いつも家では憎たらしいことばっかり言う大きな子どもみたいなクセにね。
そんな社会人みたいな表情でニコニコしちゃって。
ふーん。
ふーん。
ふ―――ん。
…っていうか。
どさくさに紛れて腕、組まれてますけど?
胸、押し付けられてますけど?
気付いてますよね?それ。
いつものオフィス内と違って土の匂いのする公園とはいえ、今は立派な仕事中で。
にもかかわらず思わずじっとその様子を凝視していると、そこへ眼鏡を掛けた いかにも仕事の出来る見本のような男性があたしに声を掛けてきた。
「やあ天道さん、お疲れ様」
「あ、お疲れ様です。えっと…」
「ああ、申し遅れました。僕、△△に所属するNのマネージャーを務めている稲江と言います」
「稲江さん。あの…」
△△チームのNといったら、五年程前はその輝かしいばかりの成績と独特の勝利ポーズで一世を風靡したものだ。
が、この数年は怪我に悩まされ、表立って活躍する機会もめっきりと少なくなってきたと同時に、あれだけ毎日目にした数々のCMも今では別のタレントに入れ替わってしまっている。
これも旬の時期の短いアスリートならではの厳しさなのだろうか。
目の前の稲江が指差す方を向くと、なるほど、Nが広報部課長の横でビール片手に酌をしているのが見える。まったく、これじゃあどちらが接待をしているのかわからない。
「あの、でもなんであたしのことを…?」
「天道さん、先日 弊社の女子チームの体験取材にいらしてましたよね」
「ええ、確かに伺いました」
「あの時、正直言って僕 驚いちゃったんですよ」
彼が言うには体験取材というのはあくまで体験であり 要は撮影や紙面の構成に必要を迫られて行われることが殆どで、あたしのように本気を出して取り組む女性社員は珍しいらしい。
言われてみたらあたし、あの日は自前のジャージを持参した上に朝から身体を温めてお邪魔したんだったっけ…。
「やだ、なんかムキになって恥ずかしいですね」
「いやいや、そんなことないですよ。それだけ本気で体当たりしていただいて取材される側も冥利に尽きるというものです」
「そんな…」
どうやらその時に反対側のコートで練習をしていたのが男子チームであり、たまたまその取材の様子を見ていたというのだ。
「それで僕もNもすっかり天道さんのことが気になっちゃって」
「あ、ありがとうございます」
「ただ可愛いだけじゃなくて仕事熱心で。今日だって誰よりも率先して気を利かせているし、きっと天道さんは職場でも人気者なんだろうなぁ」
「そ、そんな、褒め過ぎですから」
とはいえ、大人になってここまで面と向かって賛辞を送られることは滅多にない。
確かにこの一年間、自分なりに右往左往しながらも時には歯を食いしばって奮闘してきたつもりで。
だからこそ、こうして自分を認めてくれる言葉がまるで魔法のようにあたしの中にするりと溶けては、胸の奥をじわりと温かくしていく。
「どうですか、天道さん。もしも迷惑じゃなければ休憩がてら、ちょっと一杯」
「ありがとうございます。でもまだ業務中ですし…」
「もうみんな酔いも回って好きにしてますよ」
「でも…」
「そういう僕も今まで挨拶回りでろくに桜も酒も楽しめていないんです」
なるほど。
確かに顔を見ても酔っている様子は一切なく、既に出来上がってしまっている一部の人達との温度差は明確だ。これでいきなりあの空気の中に飛び込んでいけというのもいささか酷な話だろう。
皆思い思いに好みの酒に手を伸ばし、デパートに発注したちょっと豪華なオードブルに箸を伸ばしては愉快な笑い声をあげている。
ここでわざわざ素面のあたしが酒の酌をして回る必要もない。そう思えるほどに、程よく宴は盛り上がっていた。
ちらり、と。
あたしはもう一度 甲高い声に挟まれたおさげの存在に目をやる。
一瞬不貞腐れたような視線とぶつかったような気がしたが、何事もなかったようについっと目を逸らすと先程よりも更に余所行き用の笑顔でまたグビリとコップを仰ぐ乱馬。
……ふーん。
そうなんだ。
そんな態度なんだ。
へー。
ふーん。
あー、そう。
「…そうですね。あぶれ者同士、"一緒に"飲みましょうか、稲江さん!」
「そうこなくっちゃ」
これ以上そんなデレた姿は見たくないと暗に伝えるよう、あたしはくるりと乱馬に背を向け腰を下ろす。
その後ろでコップに口を付けたまま、苦虫を噛み潰した様な表情で乱馬があたしを見つめていたことなど、その時のあたしは知る由もなかった。
それにしても、この稲江という男性はよく気が利くタイプらしい。
あたしの話を程よく引き出しては適度な距離感で相槌を打ち、相手の喜ぶポイントを突くように気持ちのいい言葉を投げてくれる。
おかげでいつもなら一杯目で止まるはずのビールが、今日は早くも二杯目のお替わりに突入していた。
「天道さん、お酒はいけるクチ?」
「いえ、それが全然で。こうやってすぐに顔が赤くなっちゃうから恥ずかしいんです」
「そんなことないよ。寧ろ男性からしたら可愛いけどなあ」
これもきっとほろ酔いのせいなのだろう。
いつもだったら安易に言われた男性からの"可愛い"なんて軽い嫌悪感を伴って無視するだけなのだが、仕事に対する情熱を褒められたあたしとしてはご機嫌以外の何者でもない。
ふふふと笑うことで照れくささを隠し、さり気なく話題を変えようと試みる。
「私 普段は殆ど飲むことがなくて、飲んでも甘いカクテルばっかりなんです」
「へえ」
「そんなのジュースじゃないかって言われちゃうんですけどね」
…恋人にね。
そこで女の子にベタベタされて振り解くこともなくヘラヘラ楽しそうにしている恋人にですけどね。
そんなあたしのどす黒い感情など気付く筈もない稲江といったら、どこから取ってきたのか手に小さな瓶を持っている。
そのパッケージにはパステル調の色使いでサクランボの絵が描いてあり、いかにも女性が好みそうな代物だ。
そういえばお酒の発注をする際、ビールだけではなんだからと他にも日本酒や焼酎、それから各種甘いカクテルに、こっそり自分達が飲んでみたいあれやこれなんかも追加して頼んでいたっけ。
「これね、今女性に人気のカクテルなんだって。天道さん、知ってた?」
「いえ、これは初めて見ました」
「そうだろうね。人気で品薄中ってテレビでやってたくらいだから」
「そうなんですか」
そんな風に言われると余計に気になるのが人の常で。
元々そんなに好んで飲むことのないビールに比べたら、可愛らしいイラストの描かれたそれのほうがずっと口当たりが良さそうな気になってくる。
「最後に一本残ってたの、天道さんのために取ってきちゃった」
そう言っておどけたように肩をすくめる稲江から素直に瓶を受け取るあたし。
「あ、でもコップを取ってこなくちゃ…」
「いいんじゃない、そのままで。みんなそのまま口を付けて飲んでるよ」
そう言われ、それもそうかとアルミのキャップに手を掛けた時だった。
「やめとけ。それ、見た目と違ってすげーアルコール度数高えぞ」
手に持っていたはずのカクテルを奪い取られ、振り向いたすぐ頭上にいたのは 先程まで女の子達と仲良く談笑していたはずの乱馬の姿…。
「大体、酒が弱いっつってる女にこんな度数のたけーアルコール渡すか?ふつー」
「ぼ、僕は別にそんなつもりは…」
「わざとらしく表示の部分を指で隠しやがってよー」
「乱…さ、早乙女さん!失礼じゃないですか!」
「ほー。天道さん…だっけ。じゃあおめー、それ飲むつもり?」
「もちろんですっ。せっかく持って来てくださったんですから」
「へえー…。後で後悔したって知んねーからな?」
「早乙女さんに言われたくはありません」
「あのなぁ」
「あ、ほら早乙女さん。さっきの女の子達が呼んでますよ」
「ちょ、あか――」
「どうぞ楽しんでくださいね、お・は・な・み!」
ふんっ!
さっきから女の子にベタベタ触られちゃって一体何を愛でに来てるんだか。
あたしは鼻息荒くにっこり作り笑顔で応対すると、乱馬から奪い返したカクテルの蓋をおもむろにキリリと回す。
プシュ…と微かに炭酸の漏れる音と共に鼻先をくすぐる甘いサクランボの香り。
言っときますけどねぇ、あたしだってこの一年で少しは飲めるようになったんだから!
いーっと舌を出したくなる衝動をぐっと堪えながら、コクリと流し込んだ液体が喉の奥に熱を伴って下に滑り落ちていく。
それがあたしの身体を本格的に酔わせるのに、そう時間は掛からなった。
*
それから30分程経った頃だろうか。
あたしの目の前でちびちびとコップを口に運んでいた稲江が不意に腰を浮かせた。
「天道さん、トイレってどこにあるかわかるかな?」
「あ、お手洗いだったらすぐそこにありますよ」
「うん、そうなんだけどね。さっきから人の往来が多いから混んでそうなんだよね」
それはそうかもしれない。
東京ドームが丸々30個分以上も入ってしまうこのだだっ広い公園は都内有数の桜の名所としても有名だが、この宴を設けているこの辺りは特に桜の大木がこれでもかというくらいに密集しており、右を見ても左を見ても人、人、人の混雑っぷりだ。
確か この大通りを真っ直ぐ横に突っ切ったところにも要所ごとにトイレが設けられていたような気もするが、それも記憶が定かではない。
というか、あたし自身この公園に来るのは人生で二度目なのだからはっきり言って分かるはずもない。
それでも何となく考えるフリをしていると、
「そういえば天道さんも随分と頬が赤いね。ちょっと酔い覚ましに歩いた方がいいんじゃない?」
「いえ、あたしは…」
もう一度ちらりと乱馬の方を伺う。
間違いない。
今度こそ不機嫌さを隠さずあたしの方をじっと見つめるその周りには、その近寄り難い雰囲気のせいか 先程まで取り巻きのように纏わりついていた女性陣の姿はどこにも見当たらなかった。
「水で顔を冷やすだけでも随分と違うよ」
「え、でも…」
「ね、それに夜の公園は女性一人で歩くには危険だし」
やんわりと断る姿勢に気が付かないのか、それともわざとなのかは分からない。
それでも強引なまでにあたしの腕を取ると、そのまま中腰になるように引っ張り上げる。
「きゃ…っ」
「ほら、やっぱり少し酔っちゃったかな?帰るまでにちょっと新鮮な空気を吸った方が良さそうだ」
「あの、本当に――」
「あ、じゃあ僕が天道さんをトイレまで送ってあげるよ」
一体どこをどうしたらそういう話の流れになるのだろう。
あたしは掴まれていた腕を反射的に突っぱねるとぎゅっと自分の胸元に引き寄せる。
と、途端にふわりと足元がふらつくような感覚が襲ってきた。
「さ、天道さん。行こう」
「え、ちょ、ちょっと待って下さい。あの…」
「なに?」
なんだか、人が変わったみたいだ。
でもこれはあたしが酔っているせいかもしれない。
だって相手は社会人で、身元もしっかりと分かっている人で。
もしかしたらあたしは自分が思っている以上に酔っぱらっているように見えるのかもしれないし、人前に晒すには恥ずかしいほど真っ赤な顔をしているのかもしれない。
なのにここであたしが大袈裟に拒否などしたら、それこそ自信過剰で笑い者になるとこだろう。
ううん、それどころか相手は大切なゲストであるアスリートのマネージャーなのだ。
今後も仕事を続けていく上で、あたしが勘違いも甚だしい行動を取った日には会社にも大きな迷惑を掛けることになるだろう。
いや、もしかしたらそれだけでは済まない事態になってしまうのかもしれない。
あたしは咄嗟に自分の鞄を手に持つと、脱いでいたコートも上から羽織ってようやく靴を履く。
「え?天道さん、荷物を全部持って行くの?」
「いえ、その、なんだか肌寒くなっちゃって。それに鞄の中にハンカチや化粧ポーチも入っているのでついでに…」
「ふーん」
「これは都合がいい」と顔に書いてあるように見えたのは気のせいだろうか。
「じゃあ行こうか」と今にもあたしの手を取りそうな勢いをさり気なくかわし、後ろを振り返る。
そこにはもう、乱馬の姿はなかった。
(乱馬のバカっ!もしかしてもう帰っちゃったとか?)
それも充分にあり得る気がした。
もともと こんな大勢の飲み会の場が特別に好きというわけでもない。
勿論 今日の様子を見ているとそれなりに楽しんでいた気もするが、美味しいとこだけ掻い摘んで長い夜になる前にさっさと姿をくらますなんて如何にも"らしい"ではないか。
それに引き換え、あたしが家に帰れるのは一体何時になることやら。
よく考えてみたらまだ日の明るいうちに公園に着いたにも関わらず、準備だ何だとろくに桜の花すら楽しめてはいない。
それどころか 乱馬と一緒にお花見が出来ると浮かれた気持ちは一瞬にして消え、気が付いたら何となく断りづらい状況に自らを追い込んで、行きたくもないトイレに立つ羽目になっている。
(こんなことなら他の女子社員みたいに途中でお酌なんて切り上げちゃえばよかったな…)
さり気なく乱馬の横に座って。
ゆっくりと頭上を見上げて満開の桜を眺めて。
そしたら少しは楽しい花見になったのかしら。
だけど乱馬が帰ってしまった以上、それも虚しい妄想になるだけだ。
あたしの目の前にはらはらと淡い花弁が舞い落ちてくる。
それがなんだか、あたしの寂しさを表しているようで。
「大丈夫?一人で歩け――」
「大丈夫ですから」
あたしはふらつきそうになりそうな足にぎゅっと力を込め、きりっと表情を作る。
しっかりしろ、あたし。
いざとなったらこの鞄でフッ飛ばして撒いちゃえばいいんだわ。
先程まで「社会人だから」「いい大人同士だから」と自分に言い聞かせていた思いが少しずつ警戒心を伴って別の感情へと変わっていく。
これで何もなかったら自信過剰の取り越し苦労だと笑い話にでもすればいい。
とにかく仕事の延長戦上とはいえ、用心するに越したことはないのだ。
「やあ、それにしても今日は月がきれいだね」
まるで歯の浮きそうな台詞を吐きながら、一歩前を歩く稲江が空を見上げて感動したように呟く。
こんな台詞、乱馬だったら絶対言わないわよね。
満月を見てもせいぜい「あー腹減ってきた。餅が食いてえ、突きたての餅。肉まんでもいいな」なんて言うんだわ、きっと。
思わず苦笑いを浮かべたあたしに何を思ったのか、先程よりも気を良くした調子であたしの横に立つように少しだけ歩く速度を緩めて稲江が口を開く。
「あの…こんなことを唐突に聞くのは失礼かもしれないけれど」
失礼だと思うならば聞かなければいいじゃない。
…とは言えなかった。
なぜだろう。お酒が入るともしかしたらあたしはちょっと攻撃的な性格になってしまうのかもしれないな、なんてどうでもいいことを考えながら、
「なんでしょう?」
と社会人三年目の作り笑顔を見せて応対する。
「天道さんって、その、お付き合いしている人とかいるのかな?」
「…どうしてですか」
……ああ、やっぱり。
この手の問い掛けは昔から沢山聞いてきた。
それは別にあたしのことが好きとか付き合いたいとかそういうものではなくて、その殆どは興味本位か隙あらばという感じ。
乱馬に知られたらまた「おめーは隙があり過ぎんだよっ!」と小言の一つも言われそうだが、
「今日は良い天気だね」
「そうですね」
「雨が降らなくてよかったね」
「そうですね」
「付き合ってる人いるの?」
「関係ないですよね、それ」
くらい極々ありがちな、一種の挨拶みたいなものなのだろう。
ましてや今はお酒も少なからず回っている。
その酒の勢いを借りて相手が会話を引き出そうというのなら、あたしも少しだけ無礼講に返すのみだ。
普段だったら「さて、どうでしょう」と暗に恋人の存在を匂わせる程度の回答だが、きっぱりと一切の誤解を招きようもない程に
「お付き合いしている人ならいますよ」
と顔を見ずに答えてやった。
まあ、そのお付き合いしている人はあたしを置いてとっとと帰っちゃったんですけどね。
他の女の子と楽しそうにして、あたしには何の声も掛けずにさっさとね。
きゃーきゃー言われて鼻の下を伸ばしてたあのおさげの男が、実はあたしの恋人なんですよ。
そう言ってしまいたくなる気持ちをぐっと堪え、「はい、この話はここでお終い」というようにようやく稲江の方を向く。
「そう…それはお気の毒に」
そう聞こえたのは果たして気のせいだろうか。
気が付けば彼の後について歩いてきたこの辺りは公園のやや奥まったところにあたり、先程と比べてうんと人通りも少なく感じる。
いや、もっと正確に言うとあたし達以外、人影などどこにも見当たらない。
一定間隔で設置された薄暗い外灯が二人の影をぼんやりと照らし、視界には桜の花びら一枚散ってはいなかった。
……。
「稲江さん、あの、一体どこまで行かれるんですか?」
「ああ、もうすぐですよ。ほら、そこに明かりが見えるでしょう?」
「え?」
「そこ、比較的空いてるトイレなんですよ」
まるで以前からこの公園のことを詳しく知っているかのような口ぶりだ。
あたしの中の警鐘がドクンドクンと早鐘を打つように騒ぎ立てる。
(まだ…まだはっきりとしたわけじゃない。そうよ、いざとなれば走って逃げ出したって構わないわ。それで後から何を言われようと、多少苦し紛れでも笑って誤魔化してしまえばいいのよ)
バッグの取っ手を握る手にぎゅっと力を込めると、あたしはわざと周囲に響くように明るく大きな声を出す。
そう、これは引っ掛けだ。
あたしは酔っ払いで、相手も酔っているから。
だから無礼講ってことでいいでしょう?
「なんだかやけにお詳しいんですね」
「そんなことないですよ」
「さっきはあたしにトイレの場所を聞いたくらいなのに」
「そういえば宴会場所に行く前にこの前を通ったことを思い出しましてね」
「へえ。なんだか随分と都合のいい記憶力なんですね」
「おかげさまで」
「稲江さん、どうぞ先に行って来てください。あたし、ここで待ってますから」
「いや、天道さんも顔を冷やした方がいいですよ」
「あたしは大丈夫です。歩いたおかげですっかり酔いも覚めました」
「そんなこと言わずに」
「大丈夫です」
「でも」
「大丈夫ですから」
「っていうか」
「ついて来てくれないと困るんですよ」
月明かりを背に薄ら笑いを浮かべたその顔に、もうどこにも紳士らしい面影なんて無かった。
「どういう意味ですか」
あたしは手に持ったバッグを胸の前に抱え、稲江から一歩距離を置く。
「言ったでしょう?僕、あなたが体験取材に来た時に一目見て気になったって」
「光栄ですけれど――」
「だけどそれは僕だけじゃなくってね」
気が付いたら、すぐ目の前にNの姿があった。
「おせーよ」
「すみません。なかなか自然にというのも難しくて」
「待ちくたびれて他に手ぇつけそうになっちまったぜ」
「それは流石にまずいでしょう。あなたの場合は世間に顔が知れてるんですから」
「だよなあ」
何を。
何を言っているんだろう。
じりじりとあたしを両サイドから挟み込むようにしながら、ゆっくりと近付いてくる。
その目はもう、獲物を狙ったケダモノそのものだ。
「やっぱ可愛いね、天道さん。広報の片隅に置いとくにはもったいねえな」
「ちょっと…どういうつもりですか」
「なーに、その意味は直ぐにわかるよ。大人しくしてればすぐに済むって、なぁ天道さん?」
「な、何言って……」
「おい、いつもの通り見張っとけよ」
「まったく…騒ぎにならない程度にお願いしますよ」
「そんなヘマはしねえって」
これは…これは一体、どういうことなんだろう。
はっきり言ってワケがわからない。
あたしも人並み外れた規格外と長年連れ添ってきたつもりだったけれど、それとは違うもう一つの異世界の話に頭が、思考がついていかない。
「こ、こんなことしてタダで済むと思ってるんですかっ」
「タダで済むかどうかはあんた次第だろうね」
「それ どういう意味よ」
「俺はね、国民的スターなわけ。そんな俺と一端のあんたの言うこと、世間はどっちを信用すると思う?」
「ふざけないで――」
「おーっと、そんな興奮すんなよ。大きな声出すのはアノ時だけにしてさぁ」
「な…っ」
…おかしい。
この人達、完全におかしい。
あたしは咄嗟に踵を返し、全力で地面を蹴る。
だけどどうしてだろう。
一生懸命地面を蹴っている筈の足はふわふわと雲の上を歩くように頼りなく、真っ直ぐに走っているつもりの足はまるで自分のものではないように絡みついて思うように動かない。
「天道さーん。お酒を飲んでそんな走ったらますます酔いが回っちゃいますよー」
背後で下品にギャハハと笑う声が聞こえる。
ゾクリと。
襲ってくるのは言いようのない不快さと貞操の危機感だけ。
『おめーはいつも隙があり過ぎんだよ。男を甘くみやがって』
ごめんね、乱馬。
悔しいけれどあんたの言う通りかもしれない。
あたしは今更ながらその言葉の意味を反芻すると、泣きたくなる気持ちに蓋をして己の心に喝を入れる。
逃げなきゃ。
とにかく今は泣いている場合ではないのだ。
人気のないこの場所から逃げ切れば、後は何とでもなるだろう。
が、あたしがその場を離れようと加速しようとするその前に、無情にもNの巨大な身体が立ちはだかる。
その顔は狙った獲物を逃がさないというように下品な笑顔を浮かべ、テレビで観る爽やかな印象とはおよそ似つかわしくない。
「いーから大人しくしろっつってんだろ」
「嫌よっ!」
「あれー、いいのかなぁ、大切なゲスト様にそんな口利いちゃって」
「誰が大切なゲストよっ!あんたみたいな卑劣な奴、男の風上にも置けないわっ!」
「見かけによらず気が強いねぇ。まあ、そういう女を服従させるのがまた堪んねえんだけど」
「卑劣!ケダモノ!人間のクズっ!あんたみたいな男の言い成りに何てなってたまるもんですか!」
「へえ」
「そんなんだからレギュラーからも外されちゃうのよっ!」
「っ!…の野郎。言わせておけば…っ」
殴られる…っ!
咄嗟に防御の構えを取り、手にしたバッグに顔を埋めるようにして歯を食いしばる。
せめて顔と頭だけでも守らなきゃ。じゃないと月曜日には出社どころじゃないだろう。
こんな時ほどそんなどうでもいい事が瞬時に頭を過ぎり、そして次に襲ってくるであろう衝撃に耐えるよう、ぎゅっと両目を閉じた時だった。
「汚ねえ手であかねに触んじゃねぇっ!」
…ウソ。
ウソ。
ウソ。
そこにいたのは。
あたしとNの間を遮るように相手の肩を押し返し立っていたのは、見飽きるほど眺めてきた あの揺れるおさげの後ろ姿だった。
「てめー、あかねに手ぇ上げるとはいい根性してんじゃねーかっ!」
「なんだお前は」
「てめーみてーなゲス野郎にいちいち名乗る義理なんてねーよっ!」
「なんだとっ!?」
激情したNが途端に目の前の端正な顔を目掛けて襲い掛かる。
が、その相手が乱馬だと知らないことが運の尽きだった。
まるで跳び箱を跳ぶようにひらりとNの肩を飛び越えると、反動でバランスを崩したNが加減のない勢いそのままにコンクリートの床に頭から転げ落ちる。
まさか避けられるとは思わなかったのだろう。
ゴンと鈍く響く音が暗闇に響き、それだけでも軽く脳震盪を起こしそうなほど激しく頭を打ち付けたことがわかった。
よろめきながらも反射的に立ち上がろうとする巨大な背中を更にちょいと踵で押し返す。と、また無様にもアスファルトへ顎をつくN。
その隙に一つの影がその場から一目散に逃げ去るのを視界の隅に捉える。
つくづく稲江という男は卑怯な奴だったのだ。
「て、てめー、よくも……!」
「それはこっちの台詞だっつーの!いーから立てよ、おらっ!」
…ダメ。
絶対ダメ!
こんなところでこんなつまらない相手に拳の一つでも振り落としたら、それだけで乱馬の選手生命を脅かしかねない。
あたしは咄嗟に乱馬の名前を飲み込むと精一杯の制止を試みる。
「あのっ、本当に大丈夫ですから!お騒がせしてすみませんっ!」
が、そんなことでは到底怒りが収まらないのだろう。
見上げた乱馬の横顔は月明かりの下ということを差し引いてもお釣りがくるほど、「危険」だった。
目を見た瞬間に貫いたのはマズいという直感。
Nが危険なのではない。
このまま暴走したら取り返しのつかないことになる。瞬時にそう判断し、先程とは違う冷たい汗が背中に伝うのがわかった。
揺れる黒髪。その間から爛々と暗く光る瞳が怒りの感情を滾らせている。
身体中から発する怒気を隠すことなく、まるで全身の毛を逆立てた虎のようだ。
ぎゅっと摑んだ腕がぶるぶると小刻みに震えてるのがコート越しでも伝わってくる。
きっと乱馬がその気になったらあたしの腕を振り解いて殴りかかることなど他愛もないことだろう。
それをせず紙一重のところで耐え忍んでいるのは自身のためと、そして何より、あたしのため…。
「てめー、今度こんな真似したら警察に突き出してやるからなっ!」
「け、警察って大袈裟な…ちょっとその女が物欲しげだったから誘ってやっただけじゃねーか」
「てめえ…っ、」
今度こそ乱馬の目の色が変わる。
そして道に転がったままで上半身だけをかろうじて起こすNの胸ぐらを掴むや否や、
「次そんなこと言ってみろ…っ、そん時は二度と表を歩けねー面にしてやるぜ!」
まるで汚いゴミでも見るように顔を歪ませ、吐き捨てるように言葉をぶつけると大きく首を振り上げた。
「っ、…ダメっ!頭突きもダメっ!!」
間一髪とはこういうことを言うのだろうか。
羽交い絞めするように後ろから抱きついたあたしの声で我に返ったのか、ハッと一瞬乱馬の動きが止まる。その隙をついて転げるように身を離すと、足をもつれさせながら一目散に暗闇の中へと消えていくNの後ろ姿。
「あの野郎…っ、逃がしてたまるかっ!」
そう言って後を追おうとするその腕を掴んだのは他でもないあたしだった。
「大丈夫!もう大丈夫だからっ!」
「けど…っ」
「お願い、行かないで…っ」
「…っ」
極度の緊張から解放され、多分あたしはゼリーみたいにふにゃりと摑みどころの無い顔をしていることだろう。
急に足の力が抜け、ガクガクと膝の震えが止まらない。
それを乱馬に悟られまいと内腿にぎゅっと力を込めて踏ん張って見せるけれど、情けないくらいに耳の奥で自分の歯の根がガチガチと鳴っているのが聞こえた。
はあ…と大きく息を吐き、Nを追う事を諦めるとしがみ付いているあたしの方へと身体ごと向き直す。
「…おめー、震えてんじゃねーか」
「だ、大丈夫っ!ちょっと寒くなってきたから、それだけっ」
「あかね」
「ごめんね、心配させちゃって。でもあんな奴、その気になったらあたしだって顎を叩き割って―」
「あかね」
「だから、その……」
「あかね」
「ぜ、全然こわくなんか…、」
「……」
…あれ。
あれれ。
目の前の乱馬の姿がぐにゃりと歪んで見える。
おかしいな。
そんなに酔ってるつもりはないのにな。
……ああ、そうか。
これはきっと。
悔しいけれど。
あたしの目から、大粒の涙が零れているせい。
「……っ、…ふ…、」
「……」
「…こ、こわかった……、」
「…うん」
「ふ、普段なら絶対あ、あんな奴に、捕まったりしないのに…、」
「うん」
「あ、足が思うように、う、動かなくって…」
「うん」
「く、やしくて…、」
「…うん」
「き、気が付いたら、乱馬が来てくれて……」
「…わりい、遅くなって」
「…っ」
ぶんぶんと首を横に振るあたし。
それを宥めるように頭ごとすっぽりといつもの温かい胸の中に包まれる。
「…あいつさ、すげー評判わりーみたいだな」
「え?」
「Nってヤツ。色々不穏な噂が飛び交ってたらしーけど あくまで噂レベルで証拠がねえつってた」
「…誰が?」
「さっき。花見の席で酔った勢いのまま、俺の周りにいた奴がベラベラ喋ってた」
「……ふーん」
「酒に弱い女に一見口当たりのいい度数の高い酒を飲ませるのも常套手段みたいだぜ」
ちらりと釘を刺す様にあたしを見下ろす瞳に居たたまれず、あたしはぎゅっと乱馬の胸に顔を押し付けることで表情を隠す。
「まあ、早い話が酔い潰してヤっちまおうっていう最低野郎ってことだ」
「でも、何でそんな…そんな事したらすぐバレちゃうでしょ?」
「それがさ。そんなNに付いて行く女も女だって言われんのが怖くて結局泣き寝入りしちまうみたいなんだよな」
「そんな…、」
だけど。
その気持ちも何だかわかる気がした。
本人の意思がどうであろうと、噂は好き勝手に一人歩きをしてしまう。
ならば元からなかった事にしてしまうその弱者の気持ちが、あたしには痛いくらいに理解が出来る。
「だからさ、あいつのマネージャーが度数の高い酒を持ってきた時にピンときた」
「あ…、」
「なのにおめーは人の忠告も聞かねーでグビグビ調子に乗りやがって」
「ちょ、調子に乗ってなんかないもん!あれだって殆ど飲んでないし…!」
「はーか、んな真っ赤な顔で言ったって説得力なんかねえっつーの」
「う…、」
「大体なぁ、男の前で無防備に瓶なんか口にしてんじゃねーよ。どこで野郎のスイッチが入るかわかんねーんだからな!?」
「な…っ、」
ある行為を連想させる様な事をさらりと言ってのける乱馬に、思わず言葉の詰まるあたし。
もしかしたらお互い、少しだけ酔っているのかもしれない。
だってこんな直接的な事を乱馬が口にするのは珍しい。
あたしはカア…と熱くなる頰を誤魔化す様に下を向いて髪で隠すと、話の矛先を変えようと試みる。
「で、でも、だったら声掛けてくれたらいいのに」
「何が」
「だから、その、一緒に飲もうとか。だったらこんな事にもならなかったでしょ?」
「ったくあかねは勝手だな」と吐き捨てる様に溜め息をつき、乱馬がおもむろに腕を組む。
「だから止めに入ってやったのに、それを拒否したのはおめーじゃねーか」
「あれ?そうだっけ?」
「そうだっけ?じゃねえ!"楽しんでくださいね、お花見"とか嫌味ったらしく言いやがって」
「だ、だってあれは、あんたの言い方が失礼だったから…!」
「こっちは万が一の時に備えて入念に情報入手してんのによー」
「なによ、その情報入手って」
「だからな?例えばこの公園の中だったらどこら辺がそーゆうスポットだとかさ」
「…」
「どんな風に誘われたら付いて行くかとか」
……なによそれ。
それってまさかとは思うけど、遠回しに誘われてるんじゃないでしょうね。
そんなつもりはないのだとしても、他の女の子とそんな話をしていたと思うとそれはそれで何だか面白くない。
あたしは乱馬にもたれ掛かるように肩でドンと小突くと、まるで条件反射のように再び腕の中に囚われる。
だけどこの腕に他の女の子が触れていたと思ったらまたつまらなくて。
「…へえー」
「あかね?」
「あんなイチャイチャしながら、そんな秘密のお話してたんだ」
「なんだよ、その言い方」
「別に。あーんな腕なんか組まれちゃって」
「ば、ばかっ、あれは別に組んでたわけじゃなくて――」
「ぎゅーって胸なんか押し付けられちゃって。良かったわね、あたしと違って大きな胸で!」
「お、おめーなぁっ、つい今さっきまで泣いてたんじゃねーのかよ!?」
「泣いてません。ちょっと目にゴミが入っただけだもん」
「ほー」
「…っていうわけで、そろそろあたしも会場に戻らなくっちゃ」
そう。
誰が通るともわからない公園のど真ん中でいつまでもこうしていられるわけもない。
あたしは取り乱してしまった恥ずかしさと、一連の隙を作ってしまったことの情けなさ、それから離れがたい今の感情全てを誤魔化すように宣言すると、硬い胸板をぐっと押し返す。
が、そんなことではビクともしないというように、まるで腕を振り解こうとしないのがこの恋人で。
あたしの話なんて聞いたこっちゃないというようにグイグイと自分の胸にあたしの顔を押し当てると
「今更 誰かが抜けても気付きやしねーよ」
と無責任なことを言ってのける。
「そんなことないわよ、あたしだって撤収の手伝いしなくちゃ――」
「へえ。じゃ、おめー、あの場でまたあいつらに会ったら普通に接することが出来んのか?」
「そ、それは…っ」
確かに出来ることなら会いたくない。
会いたくないけれど、何もあたしは別に悪いことをしたわけではないのだ。
だからけっして後ろめたい思いを抱える必要などどこにもない。
自らにそう言い聞かせてキッと乱馬を見上げると、そこでぶつかった視線は余りにも予想外なものだった。
じっとあたしを見つめる二つの黒い瞳。
そこには心配、不安、恐怖、それから安堵の感情が複雑に混ざり合った色が浮かんでいる。
「…っつーか」
「な、なに…?」
「俺が帰したくねーの」
「ぁ……、」
ぎゅうっと。
今度こそ、全身を強く抱きしめられる。
それに応えるように、精一杯の「もう大丈夫」を込めて両手を広げながら乱馬にしがみつくあたし。
もしも誰かがこの前を通り過ぎたとしても、互いの顔をそれぞれの身体に埋めているから見えることはないだろう。
あと十秒。
ううん、あと五秒だけこのままで……。
まるで全身の力が抜けていくようにクタリと乱馬の胸に身を委ねる。
それを支える逞しい胸板からは、いつもよりも少しだけ速く鼓動を打つ心臓の音と、それから汗の匂いがした。
「……、」
離れたくない…なぁ。
もしかしたらその思いを口に出してしまっていたのかもしれない。
ふ…とあたしを抱き締める腕の力を緩めたと思ったら、無言のままあたしの手首を掴んで足早に公園の奥に歩を進めていく。
「ね、ねえ、どこに行くの!?」
「…」
「ねえ、本当にもうあたし戻らないと…!」
これじゃあ、まるでちょっとした駆けっこだ。
言葉通り引き摺られる様に手を取られ、何一つ喋ることなくどんどん暗闇の中へと迷わず突き進んでいく。そしてトイレからさほど離れていない 木造の簡易的な小屋の前に到着すると、遠慮なしにその扉を足で蹴り上げた。
「きゃ…っ!」
めきり…と鈍い音を立てて呆気なく開く木の扉。
見ると気持ち程度に設けられた南京錠が、それを固定する木の板もろとも外れてしまっている。
「ちょっと、何して――」
「…っ」
強引なまでに身体を小屋の中に押し込められ、乱馬の後ろ手に閉ざされるたった一つの薄い扉。
その扉を背中で押さえるように立ちはだかると 事情の呑み込めていないあたしの二の腕を引っ張り、問答無用に唇を塞がれる。
「…っ、ん…、!」
「…」
ぐちぐちと。
余りにも性急で、優しくもない深い口付け。
咄嗟のことに息をするのも忘れてドンッと胸を叩くと、一瞬酸素を取り込む隙を与えられてまた口を塞がれた。
歯列をなぞり、ざらりとした舌の表面で口内を弄られる。
ふ…と香る苦いビールの味に思わず腰がゾクリと跳ねた。
それを目敏く感じ取ったのか、太い腕が背中からお尻の辺りに回され、尚も温かい舌があたしの中を侵していく。
「…だ、だめ、もう、本当に…っ」
あたしは持てる限りの理性を総動員して乱馬の身体を押し退ける。
だって、本当に もう。
これ以上したら、我慢が利かなくなるのはあたしの方。
呼吸が乱れ、息が荒くなる。
これはきっと、お酒のせい。
きっとそう、お酒のせいだから。
あたしは濡れた口の端をこっそり拭うと、今すぐにでも溶かされてしまいそうな自分の熱を隠して尚も抗う。
「ね、もう戻らなくっちゃ」
「…そんな目して何言ってんの」
「そ、そんな目って…」
「俺のことが欲しくてたまんねーって目ぇしてさ。ここで止めろなんつー方が無理だろ」
「そ、そんなことないっ、大体、今は仕事中で…っ」
「へえ。おめーはあーやって他の男にちょっかい出されんのが仕事なのかよ」
「違っ…、そうじゃなくって」
「お仕置きが必要だな」
「お仕置きってなんの――」
「男を甘く見た罰」
…ああ。
だから本当に、その瞳は危険なんだってば。
あたしを射貫く瞳には欲情の色がありありと浮かんでいて。
熱い息が耳に掛かる。
ダメなのに。
こんな所でこんなことをしている場合じゃないのに。
「あかね」
あたしを呼ぶ声一つで、その色香に酔わされるようにあたしの奥の何かがトロリと溢れてくるようで。
あたしの両腕を拘束しながら、挑むように上から見下ろしてくる表情はどこまでも憎らしくて愛おしい。
「…るい」
「え?」
「ずるいよ、そんな顔されたらあたし…っ、あたしだって…、」
「あかね」
風が吹き荒れる。
ゴウ…とどこからともなく桜の花びらを舞い上がらせながら、嵌め殺しの窓がガタガタと派手な音を立てた。
流されるわけにいかない。
こんな時に、こんな場所で。
だけどもう、あたしのもう一つの思考は完全に別の思いに乗っ取られてしまっている。
(いっそ、ここで……)
そんなあたしを試すように、乱馬が少しだけ背中の位置をずらすと後ろにある扉を半分あたしに見せる。
「…どうする?あかねがどーしてもってんなら無理矢理はしねーけど」
「…っ、」
「…戻る?それともここで、俺といる?」
…ずるい。
ずるい。
ずるい。
だってもう、あたしには考えるフリをする余地も残されていない。
「…あ……、」
だけど何かを言わなきゃ。
そう思って口を開きかけた時だった。
「ねえ、本当に人が来ない…?」
「大丈夫だって。こんな広い公園で誰も俺達なんて見つけっこないって」
「だけど……ん…っ、」
「…いい?」
ボソボソと。
それでもはっきりと聞こえてきたのは、薄い木の壁一枚隔てた所に居るであろう、見ず知らずのカップルの声だった。
それが何を意味しているのかは、嫌でもわかる。
「…はい。時間切れ」
そう言うや否や、壁に立て掛けられていたモップの柄を乱馬が手に取ると、音を立てないようにそっと扉の支(つっか)え棒として這わす。
その意味ももう、充分過ぎるほどにわかっていて。
「あかね」
「…っ、」
「待って」という体裁みたいな言葉は丸ごと、覆い被さるように重なった影と塞がれた唇に飲み込まれた。
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こちらの拍手話にて物語が終着します。
是非そちらも併せてお楽しみください。
(2017年夜桜乱あ祭り、無事 完走いたしました)
「…誰もいない?」
「おー」
「本当に?ちゃんとよく見た?」
「大丈夫だって。いーから早く出て来いよ」
「あ、ここの鍵……」
「どーせバレねえって」
「それにあんなチャチな鍵、遅かれ早かれ壊れんだろ」と好き勝手なことを言う。
その横顔は月明かりだけではなく公園の外灯にも明々と照らされ、先程よりもずっとはっきり窺い知ることが出来た。
ということは、すなわちあたしの顔もよく見えるのだろう。
あたしは急に恥ずかしくなり、顔を伏せると乱馬の腕に自分の表情を隠すように半分埋める。
「も、もう、恥ずかしい…」
「なにが。公園でエッチしたことがか?それともイッたこと…」
「バ、バカッ!何を言い出すのよっ!」
「バカっ、声がでけーって」
「あ…っ、」
だって乱馬がデリカシーのないことばっかり言うから。
そんなあたしの反応をいちいち楽しむようにしながら、わざとそういうことを言ってくるのだから本当にタチが悪い。
どこまでも意地悪な脇腹をドンと拳で叩くと、大して痛くもないクセに大袈裟に押さえて見せる。
「いやー、しかし今日は良いこと知った」
「なによ」
「あかねは余所でヤッてる声を聞くと興奮すんだな」
「こっ、興奮なんかしてないもんっ!それはあんたのことでしょ!?」
「いてて!だからボカスカ殴んじゃねーよ」
「……もう知らないっ!」
「あかね?」
知らない!
知らない!知らない!
あたしは夜の公園をズカズカと競歩のように大股の早歩きで闊歩する。
ただでさえ、乱馬の顔など見れないくらいに恥ずかしいのに。
それをからかわれては、今度こそどんな顔をしていいのか分からないというのが本当のところだった。
そんなあたしの後を追い駆けながら、乱馬が甘えたような声を出す。
「おい あかね。待てって」
知らない。
「あかね。俺が悪かったから」
知らない。
もう絶対に知らない。
「じょ、冗談だって。な?んな怒んなよ」
もう絶対、許してなんかやらないんだから。
「あかね。どうしたら機嫌直る?」
……。
気が付けば すれ違う人達があたし達のやり取りにクスクスと失笑を漏らしている。
あたしはその口を黙らせるべく慌てて後ろを振り向いた。
「い、いいからっ!大きな声でそういうこと言うのやめて!」
「なんだよ、おめーが人の話も聞かねーでズカズカ歩いて行くから謝ってやったんだろーが」
「謝って“やった”、ですってぇ?」
「ウソ、ごめん、もう二度と言いません。だから機嫌直して。な?」
「…、」
「あかね」
「…イヤ」
「なんだよ、さっきまであんなかわいー顔で気持ちいーって甘えて――」
「あんた ちっとも反省してないじゃないのっ!」
「わ、バカっ!こ、これは俺なりの照れ隠しっつーか愛情表現っつーか」
「もう知らないっ!」
もう本当に知らない!
とはいえ流石に他の花見客の注目を浴びるのも懲り懲りと、あたしは無言のまま怒りのオーラを隠さず黙って歩く。
今度こそまずいと思ったのか、「あかね」と腕を取ってくるけれど、その腕を無情に振り解くとまた無言を貫く。
ああいった行為の後でからかわれること。
それがあたしにはどうにも恥ずかしくて堪らないのだ。
「あかねー」
「……」
本気で怒っているわけじゃない。
「あかね」
だけどどんな顔をしていいのか わからなくて。
地面に張り付く水玉模様のような花弁に視線を落としながら歩を速めるけれど、この広過ぎる公園の出口は一向に現れる気配がない。
そこに先程までとは違ったトーンで呼び止められる。
「あかね」
「…」
「あかね、いーから聞けって」
「…」
「騙されたと思って上見てみろよ」
「…」
「すげー桜が綺麗に咲いてるぞ」
「……上?」
「そう」
そういえば。
この公園に着いてから、まともに花見の一つも楽しむ余裕のなかったあたし。
少しだけ迷う素振りを見せつつ、足を止めてゆっくりと顔を上に上げる。
と、
「わあ……、」
「な、すげーだろ?」
「うん……、ほんと…、すごく綺麗………」
真っ暗な夜空を覆い隠すように咲き乱れる桜の花。
所々ライトで照らされたその様は、まるで白く燃えて幔幕をめぐらせているようだ。
この幻想的な景色の前ではどんな言葉も出てこない。
ただ呆けたように口を開け、頭上の淡い群がりに目を奪われる。
「俺、今日ようやく桜見た気がする」
「うん……あたしも……」
「…こんな中にいるとやっぱ酔っちまうな」
「乱馬…?」
「…」
…本当だね。
はらはらと舞い散る花弁の中で佇むその姿に。
悔しいけれど目が離せなくなってしまう。
そんなあたしの視線に気が付いたのか、二人の距離を一歩分詰めると少しだけ腰を屈める。
「なあ、まだ怒ってる?」
「…………………怒ってる」
「じゃあ どーやったら機嫌直んの?」
「…わかんない」
「あかね」
「わかんない、けど…」
…どうしよう。
これじゃあ まるで駄々っ子だ。
正確には怒っているわけじゃなく、ただ恥ずかしくて。
だけど恥ずかしいと面と向かって言うのもまた恥ずかしい。
こんな気持ちを乱馬にわかれというほうが もしかしたら無理なのかもしれない。
あたしは一つ息を吐き、場の空気を変えるように少しだけおどけてみせる。
「……あーあ。せめて“この桜みたいに綺麗だよ”くらい言ってくれたら機嫌も直るんだけど」
「そりゃ無理だな」
「もうっ!」
「っつーか、んな口開けて間抜けな顔して上向いたまま言われてもなぁ」
「ほんっとデリカシーないわね」
「あ、でもさっきのあかねは充分かわいかったぞ?」
「まだ言うかっ!」
やっぱり乱馬に乙女心の何たるかを理解してもらおうと思うほうが間違っていたんだ。
あたしはやれやれと聞こえよがしに溜め息をつくと、また前を向いて今度はゆっくりと歩き出す。
それを阻止するように、背中のすぐ後ろで再びあたしを呼び止める声がした。
「あかね、待てって」
「なに?」
「もう一回こっち見て上向いて」
「なんで」
「あと一回だけだから。な?」
「…」
「あかね」
「…」
「あかねさーん」
「…、なんなのよ もうっ!」
後ろを振り向き顔を上げる。
そこにかざされたのは大きな手の平で。
その体温が瞼に触れたと同時に、柔らかい感触が唇に落とされる。
「…、」
「…機嫌、直った?」
「……ここ、外なんですけど」
「誰も見てねーって」
「調子がいいんだから」
「それより あかねの機嫌を直す方が優先だろ?」
「バカ」
だけどね。
温かい胸の中に捕らわれれば、抵抗することも忘れるのが酔っ払い。
いつものようにあたしの背中をポンポン叩くその胸からは、普段よりも少しだけ高い体温が伝わってくる。
ここは公園の真ん中で。
でも素直じゃない者同士、たまにはこんな風に甘えてみるのも悪くない……なんて思ってしまうあたしは やっぱりお酒に酔っているのかもしれない。
「……別に俺は意地悪で言ってるつもりねーんだけどなー」
「…なにが?」
「かわいーってこと」
「え、ちょ、ちょっと!?きゅ、急にどうしちゃったの?」
「なんだよ、言えっつーから言ってやったのに」
「あ、えっと、その……わかった、またからかってるんでしょ!そうやって――」
「からかってねーって。あー、酔っ払いのあかねはかわいーなー」
「っ!よ、酔ってるのは自分のほうでしょ!?」
「あー、そうかもしんねー。酔ってるからあかねが普段より三割増しでかわいく見えて…」
「だから!どうしてあんたは一言多いのよっ!」
「そんな怒んなって。せっかくかわいー顔が台無しだぞ?」
「も、もういいっ、やっぱり言わなくっていい!」
「言わなくっていいって これか?あー、甘えるあかねはかわいーなぁ、かわいー、かわいー」
「っ!…もう本当に知らないっ!!」
「なんだよ。結局何言っても怒んじゃねーか」
「怒らせてるのはあんたでしょうがっ」
どこまでが冗談でどこからが本音かもわからない。
ただ、顔を赤くしながら慌てるあたしの様子を楽しんでるのは明らかで。
冗談だとわかっていてもつい顔に表れてしまう自分の単純さが恨めしくて、それを誤魔化すように乱馬の腕を振り解くと再び背を向ける。
どこまでも同じことを繰り返す、乱馬とあたし。
「待てって。あ、そーだ!帰ったらちゃんとお詫びしてやるからそう怒んなよ。な?」
「お詫びって?」
「あかね、今日は一日労働して疲れただろ?重いもん持って腰もいてーだろーし」
「……」
「家に着いたらおめーの部屋でマッサージしてやるからさ」
「さ、そうと決まったらさっさと帰ろうぜ」
そう言って。
爽やかな笑顔を見せるその表情が これ程いかがわしく思えるのは何故なのだろうか。
そりゃ確かに腰はだるいけど。
そしてそれは仕事の労働というよりは明らかにその後の行為によってもたらされたものだけど。
悲しいかな、恋人の善意の言葉を素直に受け取ることの出来ないあたしは恐る恐る聞き返す。
「……ちょっと」
「あん?」
「マッサージって……それって変なことしない?」
「変なことって?」
「へ、変なことは変なことよ!」
「んー。あかねの言う“変なこと”の意味がわかんねーけど」
嘘つき。
「俺があかねに変なことするわけねーだろ?」
「よく言うわよ。変なことしかしないじゃないの」
「記憶にねーなぁ。ただ、俺は自分の素直な気持ちをあかねに伝えようと…」
「もう充分伝わってるから結構です!」
「何もそんな恥ずかしがんなくったっていーじゃねーか。いいか?元来生命の誕生ってのはだな、」
「あんたが言うと何もかもが胡散臭いのよっ!」
ああ、もうこの酔っ払い。
ううん。
正確には、酔った振りした都合のいい酔っ払い。
だけど。
「…ねえ」
「あん?」
「じゃあ もう一回かわいいって言って?」
「かわいー」
「もう一回」
「かわいー」
「もう一回」
「あーもう うるせ―な。まとめて言ってやる!かわいーかわいーかわいーかわいー」
「もう!それじゃあ ありがたみが薄れちゃうじゃない」
「わがままな奴だなー」
「へへっ。なんか今日だけで十年分のかわいいを言ってもらっちゃった気分」
「あ、じゃあ あと十年分のずん胴とかわいくねーを…」
「それは言わなくていいのっ!」
まぁったく素直じゃないんだから。
だけどやっぱり楽しくて。
植え込みとの境にある低い仕切りの上でふらふらとバランスを取りながら、いつの間にかあたしは上機嫌で鼻歌を口ずさむ。
それを呆れたように見ながら、時折よろけるあたしに横から手を差し出すのは、あたしに負けず劣らず笑顔の乱馬だ。
ああ、悔しいけど。
あたしはこの手の温もりが好きだなぁと感じるのはこんな時。
そんなあたしの顔をじっと見つめ、先程までのトーンと違って乱馬がボソリと呟く。
「……なあ」
「なによ」
「俺は?」
「俺はって?」
「俺はおめーにその、言ってやっただろ?」
「何、その“言ってやった”って」
「だ、だから、ついさっき褒めてやっただろーがっ」
「あのねえ。あれだけかわいいって言ってくれたんだから今更照れなくてもいいでしょ」
「やかましい」
「ほんっと天の邪鬼だから」
「そりゃあかねのほうだろ」
よく言うわよ。
一体どの口がそんなこと言ってるんだか。
「で?」
「え?」
「俺は?」
「俺はって?」
「だから、その、か、か、かっこぃ……とか」
「え、何?よく聞こえなかった」
「お、おめー、わざと言ってんだろ!?」
「わざとじゃなくて本当に聞こえなかったの。何?もう一回言って?」
「だからっ!お、お、俺も……!」
「俺も?」
「…」
「…」
「…だーっ!ニブい女だな、おめーはっ」
「あ、そういうこと言うんだ。……せっかく素直に言おうと思ったのになぁ」
「お、思ったんなら聞いてやらねーこともねえからさっさと言え!」
「あんたね……」
「なんだよ」
「そんなに言って欲しいの?」
「べ、別に、無理に言って欲しいわけじゃねーけど」
「…」
「ただ、あかねがどーしても言いてえっつーんなら聞いてやるっ」
この態度。
さっきまであたしにあんなコトをしていた人とは思えないかわいくない態度が、やっぱりいくつになっても乱馬は乱馬なのだと思い知らされる。
「…じゃあ。恥ずかしいけど」
「おう」
「思い切って言っちゃおうかな」
「あ、ああ」
でもね。
いつまで経ってもこんなやり取りがちょっと幸せで。
あたしはぐらぐらと危うい石の上からアスファルトの上に着地すると、乱馬の顔を覗き込む。
それはあたしの大好きな、真っ黒の瞳。
ぐっと一歩踏み込んで。
「乱馬」
「お、おう、」
「か……」
「か……?」
「……………顔」
「顔…?」
「顔がいやらしい。乱馬の顔」
「…はぁあっ!?」
一瞬 呆気にとられたようにポカンと口を開ける。
それから火がついたように猛然と怒り狂う乱馬に一歩距離を置くと、素知らぬ顔であたしは歩き出す。
「なによ、言えって言ったのは自分でしょ?」
「ふざけんなっ!俺はかっこいいって言えっつったんでぃ!」
「……」
「そこで黙んじゃねーよっ!」
あーもううるさい。
何もそんなムキになって怒らなくったっていいでしょう?
だってね、ここでそれを口にしたら いよいよ無事に家に帰れるかもわからないじゃない。
そんなあたしの自己防衛など知る由も無い乱馬はまだ怒りが収まらないというように食い下がる。
「あかねっ!おめー、家に帰ったら覚えてろよっ!!」
「わかんなーい。だって酔っ払いだもーん」
「都合のいい時だけ酔っ払いになるんじゃねえっ!」
なによ、それはお互い様なくせに。
それに。
それにね。
明日は土曜日でその次の日も日曜日。
それが何を意味するのかは薄っすらとわかっていて。
きっとこの我儘でデリカシーに欠ける恋人は、週末の夜をあたしのベッドでのんびり過ごすつもりなのだろう。
だからね、お酒の力を借りなくてもその時にちゃんと伝えるから。
「あかねっ!聞いてんのか!?」
「はいはい。ちゃんと聞いてるわよ」
「っかー!かわいくねーなぁ!せっかく助けてやったのに!」
「…助けた後でオイタしたくせに」
「あん?」
「何でもない」
「もう二度と助けてやんねーからなっ!」
嘘つき。
きっと次も、
その次も。
あたしがピンチの時には必ず真っ先に駆け付けるのは、この口の悪い許嫁だけ。
「いいわよーだ。そしたら素敵な人に助けてもらうから」
「あほっ!俺より素敵な奴なんているわけねーだろーがっ」
「じゃあまた乱馬に助けてもらうもん」
「…っ!」
「それでいいでしょ?」
そう言って舌をペロリと出してみる。
途端に「しょ、しょうがねーからなっ」とトーンダウンするのはご愛嬌。
それを茶化すようにザァ…っと春の風が枝を揺らす。
その花嵐の景色に溶け込む乱馬の横顔は、やっぱりいつもと少しだけ違って見えて。
「なんだよ」
「ううん、なんでも」
赤い顔した乱馬の周りを 桜の花弁がはらはら舞う。
その光景を来年までしっかりと覚えていられるように目に焼き付けながら。
あたしは口の中でこっそり、「たまには かっこいいわよ」と呟いた。
< END >
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こちらはふと降りてきたとある妄想です。
最初は卒業式にちなんだお話…と思っていたのですが、そこにずっと頭の片隅にあった
とあるイラストが離れなくなってしまって。
そう。またまた私の大好きな縞さんのイラストです。
ネタバレになってしまうのでお話の最後に貼らせていただいていますが、とても素敵な一枚です。
今回は少しだけ着色もさせていただいたのですが、お話と一緒に楽しんでくださると嬉しいです。
(長いですが、拍手話も置いてあります)
【 カプセルカーテン 】
「あら。乱馬、まだ帰ってなかったの?」
「まーな」
びっくりしたぁと素っ頓狂な声を上げるのは、胸に「卒業式対策委員会」と文字がプリントされたコサージュを着けているあかねだ。
九能やなびきの在学する卒業生を無事送り出し、十一時過ぎに終了した式からは優に二時間以上が経過している。
「おめー、今まで何やってたんだよ」
「何って、会場の撤収とか飾りの後始末とか」
「ほー」
「…何よ、その言い方」
「別に。ただみんな こんな色気のねえ女のどこがいーんだろーなぁと思ってさ」
「…っ!見、見てたの!?」
「バカ。勝手に視界に入ってきたんでぃ」
あのなー。どっかの見合い番組じゃあるまいし。
順番待ちみてーにそわそわした野郎共がさり気なくあかねを取り囲むように待機してて、あれに気付かねえほうがどうかしてる。
そしてそれに対するあかねの返事が全ておれの希望通りだとしても、何だか面白くなかった。
「卒業するから当たって砕けろってか。ったく、まだ良牙の爆砕点穴の方が役に立つっつーの」
「ちょっと、そんな言い方したら失礼じゃない」
「へえ。じゃあ おめーはチャラチャラ告白してきた奴らの肩持つ気かよ」
「別にチャラチャラなんてしてないでしょうが」
「……んだよ。色気づきやがって」
「はい?」
「おれと初めて会った時は“男なんて大っ嫌い”っつってかわいくねー態度してたくせによ」
「あ、あれは…っ」
「いつの間にか男の前でもニコニコしやがって。そんなんだから周りの男が勘違いすんだぞ」
例えば おれとかおれとかおれとか。
「さっきから聞いてれば本当に失礼ねっ!」
そんな鼻息荒く歯向かってくる姿ですらかわいーなんて、本当にずるいと思う。
そして。
「…誰のせいで男嫌いが治ったと思ってんのよ」
ぼそりと呟いたあかねの声は、残念ながらおれには届かない。
「そんなことより、あんたはなんでまだここにいるの?」
「あん?」
「だって在校生は式が終わったらとっくに帰宅してるはずでしょ?」
ギクリ。
突っ込まれるとは思っていたが、正当な理由が何もないおれは あかねから視線を逸らして適当な言い訳をする。
「そ、それは、その、昨日寝不足だったから気が付いたら教室でうたた寝しちまってて…」
されどそこは超の付く鈍感女。
「まったく呑気ねえ。まだ学校にいるんだったら力仕事の一つでも手伝ってくれたらよかったのに」なんて唇を尖らせながら、大袈裟に肩を揉む仕草を見せている。
「で?」
「あん?」
「なんで今日はそんな恰好なわけ?」
「ってこれか?」
「そう」
おれは自分が着ている服の胸元をつんと引っ張る。
それは学校指定の黒い学ラン、いわゆる制服だった。
「去年は一年生だから卒業式なんて関係なかったけどよ。今年は二年で全員出席だろ」
「うん」
「保護者達も正装して来んのに流石にチャイナ服じゃまずいってことで無理矢理着させられた」
「そうだったんだ」
卒対の仕事でおれよりも先に家を出たあかね。
式の最中も本部か何か知んねーがクラスメートとは離れた席に座っていて、そこからおれの姿を見つけた時は一瞬見間違いかと気が付かなかったらしい。
「許嫁を見間違うなんて薄情だな」
「よく言うわ。まさかあんたが大人しく制服着てるなんて思わなかったから驚いただけよ」
「あのなー。おれだって前の学校では真面目に制服着てたんだぞ」
「はいはい。じゃあ風林館に来てから不良になっちゃったのね」
なんだよ、その言い方。
もっとこう、他に言うことがあんだろう?
例えばほら、似合ってるとか
カッコいいとか
ずっと前から好きでしたとか。
せっかく あかねにこの姿を一目見せたくて残っていたというのに。これじゃあおれだけ浮かれてバカみてーじゃねえか。
(あーあ。ほんとかわいくねー女)
薄っすら淡い期待なんぞしちまった自分を軽く恥じながら、おれは堅苦しい制服を脱ごうとする。
と、こちらに一歩近づいてきたあかねがまじまじとおれの姿を眺めながら、意外なことを口にした。
「ふーん…なかなか似合ってるじゃない」
「え……、そ、そうか?」
「チャイナ服も乱馬って感じだけど、制服姿も悪くないわよ」
「悪くないってなんだよ。どうせならカッコいいって言え」
「うん。でも本当にちょっとカッコいいかも」
そう言ってもう一度上から下まで査定するように確認した後、「うん。カッコいい」と呟いた。
あ、あのなぁ!
その言葉に他意がないことはわかってる。
別に違う意味が込められてねーこともわかってる。
ましてや おれがかっこいいことなんか生まれた時からわかってる。
それでも勘違いしちまうのが悲しき男って生きものなんだからな!?
「何よ。そんな不貞腐れた顔しちゃって」
「別に」
「あーあ。せっかく素直に褒めてあげたのに」
「……つもそんくれー素直でかわいけりゃなぁ」
「何?よく聞こえなかった、もう一回言って?」
「何でもねーよ」
そう。
せめてお互い、あと少しだけ素直になれたら。
だけどその“少し”がおれ達にとってはこの上なく難しくて。
さっきあかねが口にした“カッコいい”だって、次に言ってもらえるのはもしかしたら十年後なのかもしれない。
そう思ったらおれは急に惜しくなり、頭のボイスレコーダーにさっきの台詞をエンドレスリピート機能付きで録音する。
まあ ともかく。
この制服姿をあかねに見せ、あわよくば感想の一つでも言ってもらおうというおれの小さな目的は達成された。
おれは今度こそ この制服を脱ごうと上着のボタンに手を掛け、あかねの顔目掛けて学ランを投げる。
「きゃ…っ!ちょ、ちょっと何よ!」
「おれ、今から着替えるからちょっと持ってて」
「え?着替えるってここで?」
「別にいーだろ。裸になるわけじゃあるめーし」
「な、何言ってんのよバカっ!」
「ズボン脱ぐからこっち見んなよ」
「誰が見るもんですかっ」
「とか言ってほんとは期待してるんじゃねーか?」
「いいからさっさと着替えなさいよっ!」
そう言いつつ みるみる顔を赤くしてるくせに。
あー、これだからあかねをからかうのは止めらんねーんだよな。
おれは白い制服のシャツを着たまま、先にズボンから履き替える。そして何気なく後ろを振り返ると、そこにはさっきまでおれが着ていた学ランを羽織り、机にちょこんと尻を乗せているあかねの姿。
長すぎる袖から細い指先を覗かせ、きれいに切り揃えられた爪の先でつんと唇に触れている。
チャイナ服と違って張りのある素材の学ランは、まるであかねの全身を後ろから包み込んでいるようだった。
おれの物じゃない、他の誰かの学ラン……。
「……おい」
「あ、着替え終わった……って何よ、まだ着替えてなかったの?」
「やっぱその学ラン返せ」
「え?」
「早くこっちに渡せよ」
「どうしたのよ急に。持っててって言ったのは乱馬じゃない」
「いーから」
おれはあかねの手からひったくるように学ランを奪い取ると隣の机の上にバサリと雑に置く。
そんなおれの態度にワケがわからないというように眉間に皺を寄せながら、不満を隠さずあかねが足をぶらぶらさせた。
「あーあ。せっかくちょっと漫画みたいだったのに」
「漫画って?」
「ほら、よくあるじゃない。男の子の大きな制服を着てときめくとかそういうやつ」
「……」
「あ、べ、別に、乱馬がどうとかじゃなくて、一般論よ、一般論!ただ、制服なんて珍しいから―」
「ほれ」
そして再びあかねの顔目掛けて投げたのは。
いつものおれのトレードマークである、赤い上着のチャイナ服。
「まだシャツ脱ぐから持ってろ」
「何それ。すっごい偉そう」
「バーカ。偉そうじゃなくて偉いんだよ」
「よく言うわよ。そんな季節外れのコスプレみたいな格好して」
そう言われて自分の服に視線を落とす。
下はカンフーズボンに、上はこれでもかというくらいに白く蛍光掛かった制服の長袖シャツ…。
慌ててシャツのボタンを上三つ分開けると、ようやくその下から普段の黒いタンクトップが現われた。
どうしようかな、と伺うような仕草であかねがチャイナ服をそっと広げる。
なんとなくそうしたほうがいい気がして、おれも向かいの机に腰を下ろすと白いシャツの袖を無造作に二回折ってたくし上げた。
不意に鳴った学校のチャイムが、二人きりの教室をよりドラマチックに演出する。
いつもなら窓の外から聞こえてくるはずの運動部の掛け声もなく、ただひたすらに静かな時間だけが四角い空間に漂っていた。
「…ねえ」
「あん?」
「いつもだったらお昼休みが終わって授業が始まる合図だね」
「まーな」
「三年生になったらクラス替えはどうなるかしらね」
「さあ」
なんとなく繋ぐ意味のない会話。
そして少しだけ迷った素振りを見せた後、
「…少し肌寒いから借りてもいい?」
あかねが言い訳のように口にすると、もぞもぞと赤い上着を制服の上に羽織った。
「うん…あったかい」
「そりゃよかったな。おかげでおれは寒くて凍えそうだぜ」
「っ!じゃあ返すわよっ」
「冗談だよバカ」
そう。ほんとに冗談。
だっておれはたとえタンクトップ一枚でも顔が火照りそうなほど急速に身体の奥が熱くなっているし、それを差し引いても今日のこの天候だ。
卒業式の新たな門出を祝うように春爛漫となった日差しはあかねの髪の毛一本一本まで眩しく照らしている。
よく陽の当たる、教室の窓際に近い席。
暑くもないが決して寒くもないこの陽気に「寒いから」とわざわざ断っておれの上着を羽織るあかねが、正直おれは愛おしくてたまらない。
なんだよクソ。
普段はちっともかわいげがねーくせに、たまに。
たまにこんなかわいーことをしてくるから、結局ノックアウトされんのはおれの方で。
赤いチャイナ服に負けず劣らず真っ赤になったあかねの顔をからかうことも忘れ、こうして見惚れてしまうんだ。
ふわり、と。
飾り気のない生成のカーテンが風に舞って教室の窓辺を泳ぐ。
「…そろそろ帰るか」
「そうね」
「あー腹減ったな」
「ほんと。もう二時近いもの」
それはすなわち、あかねに会いたくておれが待ってやってた時間だぞ、と言う気にはなれなかった。
制服のシャツのボタンを全て外し、袖がひっくり返るのも構わず雑に脱いだら
「…あーあ。タイムオーバー」
そう呟いた小さな声は聞き間違いだろうか。
「はい、上着」
「おう」
渡されたチャイナ服に残るあかねの体温。それだけでいつもの服が少しだけ柔らかな感触を持つ。
春の日差しを吸収した上着から香る微かなあかねの残り香に、不覚にもドキッと鼓動が跳ねた。
しゅるりと腰紐を巻く音がはっきりと聞こえるほど静かな教室。それが何だか、今日はやけに幻想的に思えてならなくて。
腹も空いて一秒でも早く昼飯にありつきたい。そう思っている筈なのに、もう少しだけこのまま…。
そんな空気を、おれだけではなくあかねからもはっきりと感じた。
力を抜いてぶら下げていたあかねの足が、机の脚にカツンと当たる。
「…今日のお式」
「うん?」
「素敵だったわね」
「そうかぁ?」
「女子の先輩とか泣いてる人もいたし」
「なびきはケロッとしてたけどな」
「あの九能先輩ですら、式中はキリッとしてたものね」
「あーやっていつも黙ってりゃあ 少しは見れんのにな」
「これからはもう学校で二人を見かけることはないのよね」
「ようやく学校生活に平和が訪れたってか」
「もうっ!さっきから茶化してばっかり」
「なんだよ。全部ほんとのことだろ?」
ニシシと笑ってあかねを見ると、機嫌を損ねたようにぷいっと顔を逸らす。
「あんたって全然ロマンチックじゃないんだから」
「あかねにロマンチックって言われてもなぁ」
「なによ。乱馬にはあたしの乙女心がわからないだけでしょ」
「……ふーん」
「…」
「…」
「…なによ」
「…なんだよ」
「何か言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「おめーなあ。いちいち喧嘩腰で突っかかってくんじゃねーよ」
さっきまであんなかわいー顔しておれの上着なんか着てたくせにさ。
「じゃーおめーは?」
「え?」
「乙女心っつーんなら、あかねにもそんなもんがあんのか?」
「そんなものって?」
「だから、例えば、あ、憧れのシチュエーションとか……」
「べ、別にそんなんじゃないけどっ」
「にしては やけに呆けてんじゃねーか」
「そりゃあやっぱり、あたしだって女の子だから少しはドラマチックな雰囲気に憧れるっていうか」
「よりによってドラマチックってなんだよ」
「うるさいわね。ただ、ちょっと羨ましいと思っただけ」
「……なにが?」
「え?」
「何が羨ましいんだよ?」
「あ、えっと、その……、」
「……」
わかり易いくらいに動揺を見せるあかね。
そんな赤くなんなよ。
おかげでこっちまで耳が熱くなってくるのを感じるけど、多分これは春の陽気のせい。
きっとそうに違いない。
しんと静まった時間がやけに長く感じたのも。
おれの喉がゴクリと鳴った気がしたのも。
全てはこの非日常のシチュエーションと春のせい。
胡坐の姿勢を組み替えると、踵が当たって机がカコンと間抜けな音を立てる。
その音にすら現実に引き戻されちまいそうで慌てて動きを止めたけど、どうやらそれは遅かったらしい。
「…そろそろ本当に帰りましょ。またなびきお姉ちゃんに色々言われちゃう」
「あかね」
「ね、乱馬も窓閉めるの手伝って」
「……」
あーあ。
いつもよりほんの少しだけ特別な雰囲気もここでお終いか。
別に何があったわけじゃない。
だけどなぜだか妙に胸が高鳴って。
そんな空気に終わりを告げるよう、無情にあかねが立ち上がると窓に一歩近付いた。
「あたしだって憧れの一つや二つくらいあるわよ」
そして小さな声で。
「……たとえば好きな人と、学校で思い出作ったりとか」
小さな小さな声で外を見ながら呟くと、向かって左側の窓に手を掛け施錠した。
つられるようにおれも窓辺に近寄ると、反対側の右からゆっくりと窓と鍵を閉めていく。
「すげー風だな」
「そうね」
飴色に輝く春の陽射しが午後の教室に細かな埃をキラキラと反射させて運んでくる。
光に色なんてないのかもしんねーけど、それでもうっすらとオレンジ色のように温かい春の色。
それを演出するようにまた一つ、大きな風が吹いた。
一箇所しか開いていない真ん中の窓のカーテンが ひらりドレスを翻したように宙に舞う。
そして最後の窓枠に二人の指が重なった時、生成のカーテンが二人の上半身を包んで隠した。
これは風の悪戯か。
それともこうなることは必然だったのか。
透明の窓越しに射す午後の光があかねの白い頬を照らす。
まるで小さなカプセルの中に閉じ込められた二人だけの世界。
わけもなく目が離せなくなるのは視線だけじゃなく、心まで奪われて。
気が付くとおれの腕はあかねの細い腰を捕らえ、その柔らかな頬に唇を落としていた。
「…か、帰るか、」
「う、うん……」
上擦りそうな自分の声を堪えながら短く声を掛けると、やっぱり短いあかねの返事が返ってきた。
脱いだ制服を筆記用具意外に何も入っていない軽い学生鞄に詰め込み、教室の扉に手を掛ける。
この時、おれは初めて廊下側から全てが丸見えになっていたことに気が付いた。
とはいえ 流石に今は誰もいない。
微かな足音一つ聞こえない廊下。
耳に響くのは互いの上履きがペタペタとタイルの上を歩く音だけ。
……。
「ん」
後ろを振り向かなくてもわかる。
一瞬の間の後、指先に伝わる温かな存在の表情は。
「…ねえ」
「あん?」
「誰かに…見られちゃうかもしれないわよ」
「今更だろ」
「…そうかな」
「そーそー」
「そっか……そうかもね」
今度こそぎゅっと、おれの手を握り返してくる細い指。
「学校の中で手を繋ぐなんて初めてね」
「…………っつーか」
「え?」
「だ、だからっ、その、……こ、こーいうことだろ?」
「何が?」
「お、おめーの憧れがどーたらこーたらっつーやつだよっ」
「やだ……、聞こえてたんだ」
「あかねの独り言はデケーからな」
「何それ、失礼ね」
『 せめてお互い、あと少しだけ素直になれたら 』
でもその“少し”がおれ達にとってはこの上なく難しくて。
だけど今日は、そのハードルが少しだけ低いものに感じる。
「……で?」
「え?」
「お、思い出作んのって、その……」
「……」
「が、学校限定なのかよ…?」
「…っ」
「…、」
「………ううん」
「…」
「…学校限定じゃ、ない」
「そっか」って。
返事したつもりが、渇いた喉に引っ掛かって上手く出てこなかった。
二年生の昇降口までは、あと少し……。
意図せずともいつもよりゆっくり歩く二人の影。
そして暫くの沈黙の後、口を開いたのはあかねの方だった。
「…ごはん」
「へ?」
「せっかくだからどこかでごはん食べて帰らない?あたしお腹が空いちゃった」
「お、いーな、それ」
「乱馬の奢りでね」
「はあ!?普通そーいうのは言い出しっぺが奢るもんだぞ」
「冗談よ冗談。あんたのお財布事情に期待はしてないし」
「余計なお世話だバカ」
「ね、それより何食べよっか」
「んー、そーだなー」
下駄箱から靴を取り出し、それに足を入れると再びどちらからともなく手を伸ばす。
さっきよりも少しだけ二人の距離が近付く。そんな気がした。
屋根に覆われた校舎内から外へ踏み出すその瞬間、光のトンネルに一瞬視界が白くなる。
足元をなぶって通り過ぎる春の風。
だけど触れた指先にいるのは、うらうらと照り渡る日差しよりも温かな存在で。
眩しさに堪らず顰(しか)めた目を薄く開けると、
「乱馬」
おれの隣でくすぐったそうに笑うあかねの髪の毛が、軽やかなカーテンのようにふわりと揺れた。

(縞さんの原画はこちらになります)
< END >
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拍手に乱馬とあかねのお話を置いてあります。
よろしければそちらも併せてお楽しみください。
いつも【Secret Base】に遊びに来ていただき、ありがとうございます。
当サイト管理人のkohです。
早いもので、らんま1/2の二次創作を始めて今日で丸一年を迎えました。
更に本格的にこちらのブログで投稿をしだしてから約八カ月弱。
とにかく飽きっぽい私が同じことを一年間続けてこられたのも、ここに足を運んでくださる皆様のおかげ以外にありません。
いつもお話を楽しんでくださる方、
拍手をして下さる方、
コメントを寄せてくださる方、
全ての方に ただただ感謝です✨。
で、丸一年を迎えたといっても私自身は特に何も大きな変わりはなく(^▽^;)。
ただ ようやく初心者マークを外す時がきたかぁという感じです。
あ、でもPCは確実に創作に染まってきました。
例えば入力変換で真っ先に出てくるのが
立つ → 勃つ
行く → イく
手の平の圧と → 手の平野篤人(違うっ)
だったり。
単語登録しているせいもあるのですが、こんなPC絶対主人には貸せないわ…ガクガク。
とはいえ、既に身内や一部の知人には私が二次創作していることは周知の事実なのですが(´▽`*)。
コメントで「なぜ二次創作がバレたんですか」と聞かれたのですが、まず家族にバレた最大の理由は、私が家の中で漫画を読み始めたからです。
自分の部屋に漫画を一切持ち込まない私はお気に入りだけを息子の部屋に置かせてもらい、たまに読んでもTSUTAYAでレンタルしてきたウシジマくんとかそんなのばかりで 笑。
それがいつの間にからんま1/2を買い揃え、あろうことかPCの周りにも数冊積み重ねている…。
これは現実の私を知る家族には相当意外だったようです。
で、最初こそコッソリ創作してたのですが、そりゃ毎日深夜や明け方にPCでカチャカチャしてたら怪しさ200%なわけで。
主人からしてみたら最初は浮気でもしてんじゃないのかと心配になったようですが(本当です)、二次創作とわかり「なんだよ」みたいに拍子抜けしていました。
やはりあれですね。
PC前にプリントアウトしたプロットを置きっぱなしにして出社したのがトドメでした 笑。←バカ
ちなみに知人にバレたのも置きっぱなしのメモを見られたからです。どんだけ油断してるんだ私。
そりゃ確かに職場で四コマ漫画のラフを置きっぱなしにしてランチに出てしまった時は、あまりのショックに「このまま消えてなくなりたい…」とふるふる震えましたが、誰も何も言ってこないので「まあ犯罪犯したわけじゃないし、いっかぁ」と二時間で立ち直りました。
要はクヨクヨしたところで撤回できない出来事に対してはあまり悩まないタイプです。
寧ろ「読まれても恥ずかしくないクオリティに仕上げるぞっ!」と無駄にポジティブ 笑。
そのくらい吹っ切ってしまうとすごーく楽です。あ、でも流石に わざわざ自分から打ち明ける真似はしませんけどね(^▽^;)。
意外と知人にも好評です♡←気を遣ってるだけという説も…汗。
ちなみに家族の反応ですが、娘は「ママ、乱馬好きねえ」と一緒になって絵を描き、息子は「お母さんって幸せそうだよね」とぼそり。「そうだよ。大人になって自分で稼いで自分で時間を大切に作り出せばこうやって好きなこと出来るんだぞ。だから今は自分のやることやれ」ともっともらしく語って誤魔化しています 笑。
主人?主人に関しては「kohちゃんが楽しいんならいいんじゃない」と一切ノータッチです。
そもそも主人はらんま1/2を読まないので何が何やらさっぱりみたいですが、私も主人がアホの一つ覚えのように歴史ものの小説ばかり読み漁り 且つドラマっ子なのを好きにさせているように、主人も私を放っておいてくれるタイプ。
基本的にお互い「ダメ」とは一言も言わないので、同じ部屋で全く違うことをしています。
私のHPも夫は読まないですね。あ、でも万が一コメントなんぞ書き込まれたその日には 盛大にお披露目いたします 笑。
とにかく、創作してまだ一年。
やっと一年。
ようやく一年。
そう。
こんなにアホみたいにガツガツ書いておきながら、まだ若葉マークだったんですよねぇ。
とはいえ、一年間でもその積み重ねとはバカにできないもので。
最初の頃は頭からダダ漏れする妄想をひたすら形にして残すべく、せっせせっせとお話を作っては投稿し、正直その文面は読めたものじゃありません 汗。
また原作を読み返せば読み返すほど、様々な解釈が出来たり新たな妄想が生まれたり…。
とにかく頭の中は「乱あ乱あで目が回る」な一年でした。
取りあえずキーを打つ速度が格段に速くなったことは確かです 笑。←仕事に活かされてる
*
ところで、こちらのHPに足を運んでくださっている方で 同じお話を何度も読んでくださっている方はどのくらいいらっしゃるのでしょうか?
私自身は投稿するまでに何度も何度も読み返しますが(PC入力→スマホからチェック→A4に4分割してプリントアウトし更にチェック。それでも無くならないのが誤字脱字… 汗)、投稿し終えたものを読み返すということは殆どありません。
いわゆる設定や連載物のストーリー確認の為、必要に迫られてざっと振り返るくらいです。
というのも、自分で浮かんだ妄想はそれを文字に起こして形にした瞬間に満足するというか。
脳のHDD容量が小さめなので、書ききったら頭から一度消してしまわないと次のお話へ移れないのです。
実際 中途半端に頭に残したまま同時進行で書き始め、途中で放置しているお話がどれだけあることか…(>_<)トホホ。
投稿したことで自分の中では一度区切りが付くため、後で読み返すと「ええ、この話ってこんな展開だったんだ」とか、「あーもう、じれったいな」とか。逆に「ああ、もっとここは引っ張るべきでしょ~もったいない」なんて思うこともしょっちゅうです。
無理矢理な急展開とかね。もうね。
どこのどの部分とは言いませんが、このお話の流れとかね。
今だったらここに行き着くまでにあと三~四話は最低でも挟み込むなぁ 汗。
特に文章を書く語彙や技術に関しては「…全て書き直したい。けど どこから手直ししていいのかわからない」と思うことが多々あります。いや、寧ろそれしかない。
だけど、やっぱり手直ししないでこのまま残しておきたいな、と。
だって それも含めて自分の記録ですし、その当時の自分の精一杯を作品にぶつけている筈なのでそんな恥ずかしさもいいかなぁと。
とはいえ、猛烈にゴロンゴロンのたうち回りたくなるんですけどね(´▽`;)。
例えば大学生編の【春の決意】シリーズなんかはトータルでも23000文字しかなく。
これって今ではせいぜい二話分~三話分の文字数なんです。
そこに五話を盛り込んでいるのですが、語彙足らずで説明的な文章がすっ飛ばされている分、話の展開が速くテンポが良かったりするんですよね。
そして自分の言いたいことがブレてないからわかり易い 笑。
色々考え過ぎず、ただ自分の“好き”を形にする勢いって大事だなぁと読み返す度に思います。
そんな恥ずかしさが大部分を占める私の創作ですが、転機になったのは【星に願えば】だったような気がします。
七夕から一週間遅れで投稿したこの作品。
意外にもこの作品で「kohのお話を読むきっかけになった」と言ってくださる方が数名いらっしゃり、そのコメントは私にとって大きな励みとなり今でも創作心の支えの一つとなっています。
本当にありがとうございます。
そしてその後に投稿した【揺れる金魚】シリーズ。
正直、このお話を書き終わったらもう二次創作はいいや…くらいに考えていました。
ふと冷静な自分がやってきてしまったんですね。
「なにも自分が書かなくてもいいじゃないか」って。
ですが、思いがけずこのシリーズに温かいコメントを寄せていただいたのと同時に続編のリクエストまで頂戴し、「二次創作って楽しいなぁ」って改めて感じたのでした。
また 初めてのプロポーズや第三者目線のお話にも挑戦することが出来、思考錯誤の詰まったシリーズになっています。
実は揺れる金魚第一話の【触れられない背中】創作に関しては それまでにないくらいに原作を読み直しました。
そしてその勢いそのままに書き上げたのが次の【それぞれの初恋】です。
それぞれの~は三話の途中までほぼ原作通りになぞっているだけなので、投稿する際にはちょっとした怖さも感じました。
「これを投稿して原作の世界観を壊してしまったらどうしよう。らんま1/2ファンの方にとって大切な一~四巻の流れに対して失礼があったらどうしよう」
そんな風に感じたりして。
だからこそ、(私としては)かなり真剣に考えながら創作した、非常に思い入れの強い作品になります。
また、今では当たり前になりつつある拍手話もこのシリーズから始めたんですよね。
(今では拍手話を書くのが楽しみな逆転現象が起こるくらい、私にとっての遊びが拍手小話です)
余談ですが それから半年ほど経った今年、日本語を勉強している海外の方から「それぞれの初恋がよかった」とメッセージをいただき、震えるほど嬉しかったです。
ありがとうございました✨。
それからでしょうか。
ただ乱あのお話を好きに書くのではなく、お話の中にそれが「乱馬とあかねじゃないとダメな理由」を考えるようになったのは。
「これは別に乱あじゃなくても他のカップル(漫画)でよくない?」と思うと、そこでパタリと妄想がストップしてしまうというか。
勿論 全てのお話がそうだというわけじゃありませんし、それこそ社会人編なんか「どこの誰?」状態かもしれません(笑)。
でもどこか。
どこかに原作になぞったエピソードを入れたり、変身体質ゆえの出来事を加えたり、何より呪泉郷で死闘を潜り抜けてきた二人の絆を意識するようになりました。
そうすると「あれだけの修羅場を潜り抜けてきた二人の絆はそう簡単には崩れたりしないんじゃないか」って思えてならなくて。
もしも延長戦でモダモダする期間はあっても、それはわざわざ口に出すまでもないお互いへの信頼とか、逆に近過ぎるから関係だからこその葛藤だったりするのではないか…。
なので具体的に何がどうとは言いませんが、私の中での二人の妄想の幅は意外にも枠が限られている気がします。
いわゆる自分の中で想像できないシチュやパターンが結構多く、似たような条件から何とか違うお話を捻り出す日々 笑。
ただの「素直じゃない二人」というありがち(?)な設定に、もう一つ何か「乱あらしい」要素を。
年齢的な成長による性格の違いはあれど、原作の要素を高校生編・大学生編・社会人編・お隣編とそれぞれ盛り込んでいけたらいいな。
そんな風に思いながら創作していますので、そこを少しでも感じ取っていただけたら嬉しいです。
ちなみに個人的な私の創作基準としては
高校生編 → 極力お金を掛けない。意地っ張りだけどスイッチが入ると暴走する。
大学生編 → 素直になれなかった時間を取り戻すため、全体的に甘め。
社会人編 → もう好きにして 笑。
お隣り編 → 原作1~4巻ベース。
としています(´艸`*)。
ちなみにバカバカしいまでにふざけたお話はこのどれにも当てはまりません 笑。
勿論、他の作者様の異なる設定は「おおっ!こんな捉え方があったのか~」と柔軟に受け止めているつもりですし、色々なケースがあるからこそ楽しいのが二次創作ですよね♪
そんな中、私の中で“走りきったー!”と思ったのが大学生編【何度でもつかまえて】でして。
この昭和なタイトルに見切り発車もいいところのこのシリーズでしたが、もういただくコメントにグイグイ背中を押していただく形で、何と言うか体中からアドレナリンをバンバン出しながら書いていたような気がします(´艸`*)。
間違いなくその時の全力を出しきり、毎日追われる仕事と創作活動に大袈裟ではなくクタクタでしたが、本っ当に楽しかった~✨。
後半になってからは自分でも「どうやって決着が付くんだろう?」なんて手探りのまま、書いた数分後に投稿するような綱渡りで連日UPをし……これが何だか学生時代の合宿のノリを思い出して、最終話を投稿し終えた時はふわーっと全身の力が抜けるほどでした(^▽^;)。
そして……ネタに困った時の救世主・社会人編ですよ。
更には私の中でR-18の扉を叩くきっかけとなった【ご褒美ください】。
今読み返すととってもマイルド(笑)な表現なのですが、その時はかなりビクビクしながら投稿した記憶があります。
あ、ビクビクってそっちのビクビクじゃありません。←
もちろんビクンビクン(あ…っ、)でもありません。←しつこい
それにしてもまさか、自ら進んでR話を書くようになるとは…。
多分 このお話に一件もコメントをいただいていなければ、後にR-18を書くことはまずなかったと思います。
その節は背中を押してくださった皆様、本当にありがとうございました♡
R話にコメントを寄せるってなかなかハードルが高いと思うのですが、だからこそとっても励まされております(*^^*)。
その後、お隣シリーズもスタートし(こちらは書きたいネタがてんこ盛りで逆にどこから手を付けていいのやら…💦)、悩みつつもまた新たな楽しさを発見したような気分でした。
そしてクリスマスを直前に控え、秋編をすっ飛ばして書いた【今宵、光の降る下で】シリーズ。
実は私、自分で創作しておきながら この最終話を書いてる時に初めて泣いてしまいまして。
勿論、自分の中で秋に何があったかわかっているから…というのもあるのですが、これから先の大学生編の終着点を少し垣間見たような気になり、気が付いたらじわりと視界が潤んでいました。
個人的にもこのシリーズは気に入っており、もうしばらくこんなお話やシリーズは書けないなぁと思ったものです。(自己評価あまーい!)
大学生編は設定がブレないようにプロットを書いてあれこれ考察するのですが、このシリーズはそういったものは一切なく思うがままに書き進めたので、その点でもすごく新鮮で楽しく書けました。
そういえばあとがきで本格的にふざけ始めたのもこのシリーズからでした(笑)。
そうして年が明け、自分の一番苦手意識のある高校生編を何話かお試しに。
意外にも【人魚姫】に沢山のコメントをいただき、ちょっと調子づいて他の高校生編も取り掛かったところで突如降ってきたのが【記憶に咲く六花】でした。
確かあの週は大寒波がやってくるということで、連日天気予報が大騒ぎしていたんですね。
そして私自身もさむーい地への出張が重なり、「これは寒さにちなんだお話を書けというお告げだ」と言わんばかりに書き出したのが、この記憶に咲く六花だったのです。
【記憶に咲く六花】作中で軸となる変身体質に対しての葛藤。
これは私がらんま1/2を読み創作をしていく中で、ずっと気になっていた変身体質の一つの決着の形でした。
乱馬が完全な男に戻る時。
それが二人の関係に対してはたして100%前向きなものとして捉えることが出来るのだろうか?
高校一年生だからこそ笑い話に出来た異性への変身も、年齢を重ねると共に…いえ、それだけではなく二人の想いが大きくなると共に厄介な問題になり得るんじゃないだろうか。
そんな疑問から とことん「男と女」に照準を当てて考えたこのお話。
元は「二人がちゃんと恋人のポジションにつく前後のお話を」「男女の性差を自覚して成長する二人の姿をもっと見たい」という、非常に具体的かつ創作意欲を刺激するコメントを頂戴し、それまで漠然とモヤモヤしていた変身体質に対して「だったら書いてみようか」と思い立ったのです。
あのコメントがなかったら もしかしたらこのシリーズは誕生していなかったかもしれません。
このような感想・リクエストをいただき、本当に本当にありがたい限りです✨。
実はこの頃の自分は二次創作に対して色々迷いがあり、とても苦しい時期でした。
その時に「kohの中で乱あは息をして泣いて笑って生活してるんだなと思う」とコメントをいただき、その言葉から沢山のパワーをいただいて…。
その上で、私の思いは全て作品に込めてお伝えするという考えに辿り着いたこちらのシリーズ。
私にとってもこの記憶に咲く六花は絶対に忘れられない、特別なものになりました。
ありがとうございました。
そんな思い入れの強い作品の後、間髪入れずに投稿したのが【セ・ツ・ブ・ン】です。
このお話、自分でも驚くべき超高速スピードで書き上げました 笑。
ほぼ一発書きに近いです。
そして密かに大のお気に入りです 笑。
シリアスの後にはバカバカしいお話を、
バカバカしいお話の後にはピュアな高校生編を、
そしてピュアでお尻が痒くなったらR-18を。
語彙と技術のなさは妄想のバリエーションでカバーする真面目な私です。←自分で言うな
あ、あとバレンタインの【線路沿いの帰り道】。
こちらは縞さんとコラボとなり、緊張しながらも丁寧にお話を考えました。(当社比)
例のアイデアが降ってきた時、「……勝った」と思いましたからね 私。←何が
そしてホワイトデーの【不器用な魔法使い】へと続くのですが、この二作はThe・ピュア✨。
そう、あんなに苦手意識のあった高校生編でも私だって書けるんだからっ!いや、書いてやる!と勝手にメラメラ情熱を注いだお話です。
縞さん、その節は図々しいお願いを快諾していただき ありがとうございました♡
また大学生編にしてはめずらしく、ほぼほぼR-18しかない【揺らめく陽炎】。
これは秋編に行く前にどうしても書いておきたくて。
恋人の性行為回数など調べては逐一メモしていた私。真面目か。
最後がちょっぴり切ない感じで終わっているため早く秋編を書きたいのですが、なにぶん大学生編を書くには体力と気力が必要で💦。
四月を乗り切ったらまたぼちぼち考えていきたいと思います。
あ、ちなみに温泉ネタはまた社会人編かどこかで乱馬にリベンジさせてあげたいなぁ 笑。
そしてしばしお話の創作から離れて二週間振りに書いたのが【飛花の誓い】だったのですが、この【飛花の誓い】・【四月の嘘はコピーの恋】・【運命の人じゃなくても】は書いていてすっっっごく楽しかったです。
一作一作を自分なりにじっくり考えることが出来(四月の~はほぼ一発書きに近かったのですが💦)、「やっぱりお話を書くのは楽しいな」と純粋に思えた三作でした。
この三作の拍手話も個人的にはお気に入りとなっています(*‘ω‘ *)。
自分で「お気に入り」と安易に言っちゃうのも恥ずかしいのですが、結局 自分の萌えを形にしているので、未熟な表現や作品に対する温度差はあれど どれもこれも愛しい我が子のような存在ということで。
自分に甘く幸せな考えだなぁと思いつつ、あくまで趣味なのでこのくらいゆるく楽しんでいきたいと思っています♡
先程も書きましたが、それこそ二次創作初期の頃の作品なんか読めたものではなく。
ちょろっと斜め読みしては「うわぁぁぁああ!」とゴロゴロのたうち回った挙句最後まで読み切れないという ある種拷問のような辱めを受けているのですが、シチュだけは。
そのシチュだけは自分の萌えを吐き出しているので、そりゃあ楽しいわけです。
きっとこれは五年後に読もうが十年後に読もうが、その設定だけは萌えるに違いない。
そうそう自分の趣味趣向なんて変わるものではないですからね。
そう考えるとやはり、『妄想の中の名作より、世に出る創作』なのだと開き直っています。
よく聞く「私、文章書くのは苦手なんです…」「私、絵はちょっと…」。
わかります わかります、その気持ち。
だって一年前の自分がまさにそうでしたからね。
でも一歩飛び込んでしまえば自分が思っている以上に二次の世界は優しく、そして寛大です 笑。
「何か書いてみたいな…」そう思われた方は是非、思い切ってチャレンジしてみてください♡
ソッコーで“いいね”しにいきますからッ(´▽`*)b☆
ちなみに…。
昨年の四月十七日から二次創作を始め、今まで投稿した記事は全てExcelで管理しています。
その集計をざざっと見てみると。
純粋なお話 計231話。(1532334文字)
拍手話 計62話。 (75588文字)
あとがき 計14話。 (58585文字)
その他、ご挨拶や日々の呟き。 計41話。 (131789文字)
全て合わせて348投稿、1798296文字。(+お遊びの漫画)
そこにお話の前書きや、いただいたコメントへのご返信などなど……。
(いただいたコメント(拍手コメントを除く)だけでも約25万文字になります…本当にありがたい✨)
最近では拍手話を考えるのが楽しくて、もはや拍手なんだか一話なんだか分からないボリュームになりつつあったり。
……そりゃあ、キーを打つ手も早くなるものです 汗。
よくもまあ、これだけ妄想してきたなぁと(´▽`;)。
そして、まだ妄想を形に出来ていないネタが軽くメモ50枚分くらいはあるため、先はまだまだ長そうです……ふう。
あとは意外と短い周期でやって来る"冷静になる波"をやり過ごすのみです 汗。
あ、でもどこまでいっても私の創作は""CPは乱あONLY&ハッピーエンド主義"なので、どれもこれも似通ったお話になってしまうかもしれません。(っていうか、既にそうなってるという…)
それでも これからもゆっくりお付き合いいただけたら、こんな嬉しいことはありません(´艸`*)。
*
最後に。
しつこいかもしれませんが、いつもこのSecret Baseに足を運んでいただき ありがとうございます。
今まで何度も書いていますが、私は本当に飽きやすい性格なのです。
そしてpixivと違い、個人サイトは一度訪問を止めるとなかなか戻りにくいんですよね。
それは嫌いとか飽きたからとかではなく、特に理由もなく ふと足が遠のく。
その現実も冷静に受け止めているつもりですし、それをどうこう言うつもりもありません。
実際、私も日々の忙しさに追われて訪問することのなくなったお気に入りのインテリア系ブログが数多くあります。
それは何もそのブログに飽きたからではなく、勿論嫌いになったわけでもなく、ただ何となく見に行かなくなったり、忙しくてそれどころではなかったり。
それまでは毎日…なんだったら一日に何度も訪問していたのが、気が付けば数カ月に一度 思い出したようにチロリと覗く程度になったりで。
生活に変化が生じる中で、それまで訪問していたブログとの付き合い方も変わるというのはよくある話だと思います。
そして久し振りにそのサイトを訪問すると何だか違う世界に変わってしまったような寂しさを感じたり、kohという奴はなんともワガママで面倒くさい性格なのです。
そんな私なので、このHPにパタリと来なくなった方を責めるつもりは一切ありません。
寧ろ 数カ月ぶりにふら~っと遊びに来ていただくことがあれば、「よく来てくれました〜」と純粋に嬉しい♡
それに尽きます(*‘ω‘ *)。
始動当時はTwitterなどもやっておらず ひっそり(?)とスタートしたこちらのサイト。
正直、私の話に需要なんてあるのかな?って本気で思っていました。
それでも毎日必ず誰かがお話を読みに来てくださる。
たとえお話の更新がなくても訪問してくださる方がおり、拍手をして応援してくださる方がいる。
だからこそ、私も楽しく二次創作が出来ると思っています。
先程もありましたが、pixivと違って個人サイトだからこそ、更新が滞ると読者の方のみならず私自身も足が遠のきがちになってしまう。
要はモチベーションが下がってしまうんですね。
それが個人サイトの最大のデメリットなのではないかとも思います。
けれど、楽しみに遊びに来てくださる方がいる。そう思ったら「よし!書こう」と思えたりして。
この感謝の気持ちを100%伝えることは難しいのですが、いつも背中を押してくれて本当にありがとう。そんな気持ちでいっぱいです。
これは あくまで私個人の考えですが…。
二次創作って大きく分けてイラストや漫画の「絵」と、小説や分析の「文字」の二つがあると思います。(他にはグッズ作成やコスプレなどでしょうか)
一瞬で目に飛び込んで雰囲気を感じ取れる漫画やイラストと違い、文字の集合体である小説というのはある程度読み進め、その方の中で噛み砕いていただく必要があります。
こちらが丁寧に書こうと思った分だけ文字数は膨れ上がり、物語の盛り上がりは大体後半にあることから途中で飽きたり疲れてしまうことだってあるかもしれません。
更にシリーズ連載物に関しては山に向かって必ず谷も存在します。
それでもこうして沢山の創作にお付き合いいただき、私の文章を読んでいただける…。
本当に本当にありがたい限りです。
最初は「自分の萌えを形に出来ればそれで満足」、そう思っていました。
いえ、自分にそう言い聞かせることで虚勢を張っていました。
でもこれはただの強がりであり、予防線なんですよね。
やっぱり沢山の方に読んでいただけたら嬉しいし、コメントをいただけたら跳び上がるほど嬉しい。
個人サイトでの二次創作活動は孤独なマラソンみたいなところがあり、寄せられるメッセージは沿道の応援と同じで物語を走り通す大きな力となって作者の背中を押してくれます。
それが全くなければ、正直 私は書くのをすぐ辞めてしまうと思います。
自分の創作で誰かが「楽しい」を共有してくれる。
これこそが二次創作の一番の醍醐味であり、喜びであり。
その魅力を知っているからこそ、今日も楽しく創作出来るのだと感謝しています。
かといって、お忙しい中無理矢理コメントを残す必要はありません💦。
ただ、毎日の中で10分、5分、このHPで息抜きし、また遊びに来ていただけたら嬉しい。
『また来ます』
『このサイトでお話を読むのが息抜きになっている』
『寝る前にチェックするのが習慣になっている』……。
その言葉にどんなに励まされているかわかりません。
どうか、よろしければこれからも気が向いた時にぶらっと遊びに来てくださいね。
そして時々。
本当に時々で構いませんので「このお話、好き」と思っていただいた際は、そのお話の感想など一言でも伝えていただけるととってもありがたく、また次の創作のモチベーションに繋がります。
余談ですが…ずっと前に投稿したお話にある日ひょこっとコメントをいただき、すごく感激した思い出があります。最近のお話ではなくても、何か琴線に触れた際には教えていただけるとこんな嬉しいことはありません。
人は一人では喜びを感じて生きていけない。
それを二次創作から感じる40歳の私です 笑。
それでは。
今日も長々とお読みいただき、ありがとうございました。
沢山の感謝を込めて…✨。

リビングの一角。ここでいつも妄想を形にしています。
koh
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こちらは高校生編・大学生編・社会人編のテレビにまつわるSSオムニバスになります。
短いお話ですが、気軽なお暇つぶしにどうぞ。
(作中に出てくる大変レトロな歌詞や個人名などは全て架空のものです)
※ 拍手にはまさかのあるシリーズ編を置いてありますが、そちらはシリーズ全編をお読みいただいた後でないと分かりにくいかと思います。
+ + + + +
「ちょっと乱馬。あんたがそこにいるとテレビが観えないんだけど」
「あん?」
「どっちか端っこ寄ってよ」
「ってあのなー。言っとくけど最初にここで観てたのはおれのほうだぞ」
「いーから……あっ!始まっちゃった!早く早く!」
そう言うや否や、おれの背中をドンと押し退けると その前にずいっと身体を滑り込ませる。
テレビに映っているのは何やらチャラチャラした衣装に身を包んだ、八人組だか九人組だかよく知らねー男のアイドルグループだった。
あかねはというと弾き飛ばされ肩をさすっているおれのことなど目もくれず、テレビの画面に釘付けになっている。
「…おい」
「んー?」
「おい」
「なに…あ、ちょっと待って、今いいところだから」
「あかね」
「しーっ」
「…、」
そういえば。
確かこの歌番組で人気男性アイドルが新曲お披露目どーたらこ―たらとかって女子達が騒いでたな。
っつーか あかねもこんなのに興味があんのかよ。
こんなチャラチャラにやけて 男か女かもわかんねーような軟弱野郎に?
「おめー、こんなのに興味あったっけ?」
「別にすごく興味があるわけじゃないんだけど」
「…」
「ただ、全然知らないと女子の会話に入っていけないんだもん。だからちょっと勉強してるの」
なるほどな。
おれからしてみたら“くだらねえ”の一言に尽きるその理由も、あかねにとっては意外とバカに出来ねえことらしい。
おれはあかねが積極的にこいつらに興味があるわけじゃないと知り、ほんの少しだけ溜飲が下がる。
なんでぃ、そーかそーか。
女同士の付き合いならそれも仕方のないことだろう。
とはいえ、ここにおれもいんのに こうも邪険にされると面白くはないわけで。
……。
「あのさー、今日のひなちゃん先生だけど――」
「それ、今じゃなきゃダメ?」
「べ、別にダメってわけじゃねーけど…」
「じゃ 後で聞くわね」
…うーむ。
なんだ、この謎の敗北感は。
テレビの中ではチャラチャラ着飾っただけの野郎が大袈裟に手を叩きながら、わざとらしく大きな声で笑っている。
っつーか 今の会話のどこがどう楽しいのか、おれにはさっぱりわからねえ。
「……」
「……」
「……」
「……
「…そう言えばおめー、もう宿題やったか?」
「やったわよ」
「ほー。それは感心感心」
「……」
「……」
「……あか」
「自分でやんなさいよ」
「ちぇっ」
「いーから少し静かにしてて」
……。
なんだよ。おれより こいつらの方がそんなにいいっつーのかよ。
あークソっ。
おもしろくねー!
おもしろくねー!
おもしろくね―――!!
言っとくけどこれは別にヤキモチでも何でもねーからな。
ただ このおれ様が軽くあしらわれたことがおもしろくねーだけだ。
決してあかねが他の男に夢中になってるのがおもしろくねーとか おれの方を向かねえかなとか おれの方が絶対こいつらよりカッコいいのにとか思って拗ねているわけではない。
あ、でもおれの方がカッコいいのはあながち間違いではねえか。
っていうか。
なに そんなほんのり頬を染めて見入ってんだよ。
そんな前のめりになんかなりやがって。
……。
「なーあかね」
「……」
「あーかーねー」
「……」
「あーかーねーさ―――ん!」
「…もう何よっ!?ちょうどこれから新曲が始まるのにっ」
「あーそうかよ。なんでぃ、せっかく道場で手合わせでもしねーかと思ったのによー」
「え?手合わせ?あたしと?」
「おう」
「ほ、ほんとっ?相手してくれるの!?」
「だからそーだっつってんだろ」
「嬉しい!じゃあこの曲が終わったらすぐ――」
「あー、でもあと5秒で準備しねーと今の話ナシな」
「ええっ、ちょ、ちょっと…!」
「ご―――お、よ――――ん…」
「ま、待って!今すぐ着替えてくるから絶対待っててよ!?」
「約束だからねー!」
そう言ってバタバタと階段を駆け上がっていく音を聞きながら、おれはテレビの画面に視線をやる。
そこにはくるくる踊りながら歌うアイドルグループの下に歌詞のテロップ。
"君の瞳をロックオン ぼくの魅力にロマンチックが止まらない"
……へっ。そいつはどうかな。
少なくともおめーらの新曲より、あかねはおれとの手合わせの方が魅力的らしいぜ。
おれはテレビに向かってニヤリと笑ってみせる。
「残念でした、…っと」
急に音が消え、真っ暗になる四角い画面。
そこに反射して映るのは、どこをどうやったってイケてる 不敵な笑みを浮かべたおれの顔。
「あーあ。あかねがどうしてもっつーなら仕方ねーよなぁ」
誰に言うでもなく大きな声で独り言を口にする。
そして頭の後ろで腕を組むと、今聴いたばかりの鼻歌を歌いながら 俺も道着に着替えに居間を後にした。
< END >
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片やオノ(斧)なら、片やヤリ(槍)。
私のネーミングセンス、こんなものです…。
+ + + + +
「ちょっと乱馬。あんたがそこにいるとテレビが観えないんだけど」
「あん?」
「どっちか端っこ寄ってよ」
「ってあのなー。言っとくけどここ 俺ん家だぞ」
「いーから……あっ!始まっちゃった!早く早く!」
そう言うや否や、俺の背中をドンと押し退けるとその前にずいっと身体を滑り込ませる。その勢いときたら遠慮がない。
あかねはというと弾き飛ばされ肩をさすっている俺のことなど目もくれず、早くも四角い画面に釘付けになっている。
テレビに映っているのは一人の男だった。
多分、映画の宣伝か何かなのだろう。背が高く何やら人の良さそうな俳優がにこにことインタビューに答えている。
穏やかに応対する丁寧な言葉遣いに柔らかな空気。眼鏡の奥の瞳が優しそうで、後ろで一つにまとめた髪型は男の俺から見てもなかなか似合っていた。
あれ、でも待てよ?
この感じ、どっかで見覚えあるような……。
……。
「…おい」
「んー?」
なんだよ。
返事する時くらい、こっちを見やがれ。
「あかね」
「なに…あ、ちょっと待って、今いいところだから」
「この俳優、なんていうヤツ?」
「さあ……あたしも芸能人に疎いからあんまり知らないんだけど」
「…、」
「確か矢理風水とか何とかって言ったんじゃないかしら?」
「………………ふーん」
「なんか落ち着いてて独特の雰囲気があるのよねぇ」
「……」
な・に・が 独特の雰囲気だよ、こんなのちょっと俺達より歳食ったおっさんがゆっくり喋ってるだけじゃねーか。こーやって勿体ぶって話せば誰だって落ち着いてるように見えるっつーの。
言っとくけど俺だってなぁ。
「…あかね」
「なに?」
「最近、学校の様子はどんな調子だい?」
「……」
「ん?どうかしたか?」
「…………ちょっとやめてよ、その変なモノマネ」
「モノマネって何のことかな。そんなことより、あかね――」
「…気持ち悪い」
「はあっ!?お、俺のどこが気持ちわりーんだよっ!」
「あのねー。そんなわざとらしくゆっくり喋っちゃって」
だ、だから、それは俺の大人の余裕を感じさせるためであって。
「大体何よ、そのわざとらしい喋り方。あんたそんな言い方しないでしょうが」
「そ、それは…っ」
「とにかくもう邪魔するのはやめて。この番組だけだから大人しく待ってて、ね?」
って おいっ、俺は犬じゃねーぞっ!
「…………っと かわいくねー」
「乱馬?」
「……」
「ねえ、乱馬ってば」
「……なんだよ」
「なに怒ってんのよ」
「怒ってねーよ」
「うそ。怒ってるじゃない」
「だから怒ってねーっつってんの」
「じゃあ拗ねてるんだ」
「誰が拗ねてるって?」
「あんた」
「はあ!?ふざけんな、俺のどこが――」
「そういうとこ。ほら やっぱり怒ってるじゃない」
「だーっ!だから怒ってもねーし拗ねてもねえっ!!」
「……ふうーん」
「…、」
「……」
「……」
「……」
「……」
なんだよ、あかねのバカ野郎。
せっかく俺の家に来たっつーのに、部屋に入るなり他の男に夢中になりやがって。
もう知らねーからな。
風水だか痛風だか知んねーけど せいぜいそのおっさんの顔でも拝んでニヤニヤしてりゃいーだろ。
俺はもう寝る。
寝るっつったら寝る。
いいか!?本当に寝ちまうからなっ!
知らず知らずに唇が尖っているのを自覚しながら、あかねの後ろ姿が視界の端に映る場所で胡坐を組んでむくれる俺。
と。
「もう……しょうがないわね」
そう聞こえた直後、俺の膝の上にずしりと体重が圧し掛かる。
「ほら。じゃあ こうして一緒にテレビ観よ?」
「……別に俺は観たいなんて一言も言ってねーよ」
「まだ拗ねてるの?」
「だから拗ねてねーっつってんの、自惚れんなバカ」
「あ、そういうこと言うんだ。だったらやっぱりあたしだけテレビの前で――」
「…っ、」
悔しいかな、ほぼ反射的に あかねの腹の前にしっかり回されたのは俺の腕。
「…なによ。やっぱり一緒に観たいんでしょ」
「ちげーよ。た、ただ、そのっ…テ、テレビに近付き過ぎると眼に良くねーから、」
「ふうーん」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…あーあ。乱馬が邪魔ばっかりするからCMになっちゃったじゃない」
「……今日。これからどーする?」
「そうねえ。お天気もいいし、お散歩でも行く?あ、でもその前にお昼ご飯作ろうか」
「…俺、ちょっと寝たい」
「めずらしいわね。もしかして稽古のし過ぎで疲れてるの?」
俺は返事の代わりに あかねの細いうなじに唇を押し付ける。
思わず痕を付けたくなるその白さ。
窓から射し込む柔らかな春の日差しに照らされ、微かに光る産毛は無垢な少女のようだった。
「いいわよ。じゃああたし お昼の材料買い出しに行ってくるから乱馬は少し休んで――」
「っつーか」
はい、反転。
さっきまで俺の胡坐の上に腰掛けてたあかねの身体が90度傾いて天井を向く。
「俺が寝るつってんだからおめーも協力すんのは当然だろーが」
「協力って…」
「はい、あかねはここな」
そう言って。
ひょいっと抱き上げた身体は、決して広くない部屋の中でベッドに向かって一直線。
「ね、ねえ 待って!あたし、」
「こら。寝るんだから静かにしろ」
「…っ!」
はい、今度は口封じ。
まだ昼前だからとか
明るいからとか
この部屋に来て一時間も経ってねーだとか、悪いがそんなの聞く耳なんか持っちゃいねえ。
「ちょ、ちょっと…っ、今 テ――」
「…、」
ついでにテレビ観てるからとか、そんなのはもう言語道断 即却下。
あかねが何か発しようとする度にその口を黙らせる。
もしかしてあれか?
こいつ、わざとこうして欲しくてこんなかわいくねーことばっか言ってんのか?
そう思う程に何度も繰り返される同じこと。
そして。
数えきれないくらいにバカバカしい このやり取りをした後に。
「………………テレビ。もう、消そ…?」
降参というように、少し息の上がった声で囁かれる 俺の大好きなこの瞬間。
俺の勝ちだな。
そう思って画面を振り向けば、そこにもう奴の姿はなく。
ペロリと舌を出しながら、俺はガラステーブルの上にあるリモコンの電源をプツンと消した。
< END >
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社会人編で焦点を当ててみたいと思い、ずっと温めていたお話です。
是非 拍手話と併せてお楽しみください。
+ + + + +
「ただいまー」
「あ、おかえりなさい。今日は遅かったわね」
「ああ……っておめー、こんな夜中に何やってんだよ?」
「見れば分かるでしょ。テレビ観てるの」
あのなぁ。
流石にそんくれーのこと、俺も見りゃ分かんだけど。
「なんで今頃こんなの観てんだよ」
そう。
あかねが釘付けになって観ている視線の先には、先週末に行われた某タイトルマッチの試合の模様が映し出されている。その画面の中では俺と対戦相手がリング上で組み合い、ちょうど俺が後ろから肘の関節を締め上げているところだった。
「ね、ここ何度観ても分かんないんだけど。一回あんたの手首をわざと取らせてそこから捻るわけ?」
「あー、そこは手首を取らせたと思わせといて拳を大きくしとくわけ。そうすると隙間が生じて逃げのスペースが……ってだからそーじゃなくて、なんで今頃これ観てるわけ?」
「だってあの日はお父さん達が大騒ぎするから集中して観れなかったし」
いかにもだな。
「それに あたしもやっぱり少しは緊張してたみたいだから今おさらいしてんの」
はい、と目の前に置かれるお茶。
「さんきゅ」と受け取り、口を付ける。
「っつーか、こんな結果の分かった試合なんか観て楽しいか?」
「そりゃ楽しいわよ。なんたって安心して観てられるし」
「なんだよ。もしかしてあかね、おれが勝負と名の付くもんで負けるとでも思ってんの?」
聞き捨てならねえと半ば意地悪く聞き返す。と、そこに予想外の言葉が返ってきた。
「別に試合結果は全然心配してないんだけど」
「ホントかよ」
「だって乱馬が負けるわけないもん」
「お、おう、」
なんだ?
ちょっと…いや、かなり嬉しーんですけど。
「あんたみたいに勝ちへの執念深い人、どんな手を使っても絶対勝つまで諦めなさそうじゃない」
「っておい。それじゃあ まるで俺が意地きたねえ勝ち方してるみてーじゃねえか」
「そうは言わないけど、まあ少なくとも簡単に負けるとは思ってないわね」
「あーそーかよ。んじゃ、勝つと分かってて他に何が心配なんでぃ」
「んー、たとえば 大きな怪我をしないかとか」
「え?」
「やっぱり試合だから何があるか分からないでしょ?」
「あ、ああ」
「だからね、選手生命に関わるような怪我をしませんように、って毎回心配しちゃうわけ」
「バカじゃねーの」
ほんと バカ。
帰って来たばっかの俺にいきなりそんなかわいーこと言うなんて。
こういうこと、不意打ちで言われると男は簡単にグラッときちまうもんなんだからな?
俺は声が上擦らないよう、また一口湯呑みの茶を口に含むと、視線を机の天板に落としたまま反論してみる。いわば照れ隠しってやつだ。
「大体 高校の時のほうが何でもありで無茶してたじゃねーか」
「本当よね」
あ、なんかまずい。
そうやって笑う顔すら いつもよりちょっとかわいく見えちまうから思ってるより重症かも。
「でも試合だと色々制限もあるじゃない?気弾もダメだし得意の空中戦ばかりっていうわけにもいかないし」
「まあなー」
「あんたの場合、先が読めない展開が多いから」
「バーカ。それを言うならバリエーション豊富と言え」
「だから思い掛けない事態にならないかって、試合が終了するまでハラハラするのよ」
「おかげで最後まで盛り上がっていーだろ?」
「はいはい。それが早乙女選手の魅力ですもんねー?」
「なんだよその言い方」
「別にぃ。あ、ほら。今あんたが関節決めた時、女の子達が喜んでたの見えた?」
「くだらねー。試合中にそんなのいちいち気にしてられっかよ」
「だからこうしてテレビで確認してるんじゃないの」
「ほら、ここ ここ!見えた?」だなんて画面を指でちょんちょん指差しては俺のほうを振り返る。
あのなー、んなピラピラしたスカートで四つん這いになってるのを目の前に、俺がテレビに集中出来るわけねーだろ?
「もーいーよ。試合ならその後ジムで何度も確認っつって観させられたし」
「いいじゃない。あんたはそうでもあたしは今観てるの」
っていうか。
「あのなあ。せっかく本人がいんだから テレビじゃなくてこっちのほう見れば?」
思わず本音が口から飛び出す。
と、一瞬キョトンとした表情を見せたあかねがフフッと表情を綻ばせ、さっきと同じ様に四つん這いのまま 今度は俺のほうに近付いて来た。
あーだから。そうやってると今度は胸の谷間が丸見えなんだって。
前門の虎、後門の狼……ってこれはちげーか。まあともかく、どちらにせよ目が離せねーってことだけは確かだな。
思わず目が釘付けになった胸元からなんとか視線を外し、素知らぬフリをする。
すると胡坐を組んだ俺の太腿にあかねが手を置き、俺の顔を覗き込むなり何やら愉快気に目を三日月の形にした。
「…ふーん」
「なんだよ」
「テレビの中の自分にまでヤキモチ妬いちゃうんだ。あんたってほんと分かり易いわね」
「何言ってんでい、ヤキモチ妬いてたのはおめーの方だろうが」
「あたし?あたしがいつヤキモチ妬いたっていうのよ」
「素直じゃねーなぁ。たった今、テレビを指差して他の女がどーたらこーたらっつって口尖らせてたのはどこのどいつでい」
「口なんか尖らせてないもん。あたしはただ、親切心でファンが喜んでくれて良かったですねって教えてあげただけよ?」
「だからそれがヤキモチっつーんだよ」
ほんと素直じゃねえ。
自分が今、どんな顔してテレビを観てたかなんてこいつは分かってねーんだろうな。
そしてその無自覚な振る舞いが密かに俺を喜ばせてることも きっとこいつは分かってない。
そんな俺の言葉に不満そうな顔をしながら、あかねがじっと俺の目を見つめてくる。
「ヤキモチとは違うわよ」
するりと首に回される手。
そしてギュッと自分の肩に俺の顔を引き寄せると、
「ただなんか。こうしてる乱馬とはちょっと別人みたいだなって思っただけ」
そう言って、おれの後ろ髪を細い指がゆっくり梳く。
するりと絹糸をすくように。
まるで楽器を弾くように 優しくあかねが俺の髪を撫でては甘やかす。
もしも俺がハープなら、その音はひどく穏やかな響きに違いないだろう。
……。
そっと力を抜いて頭の支えをあかねに預ける。
そして俺は ずっと疑問に思っていたことを口にした。
「…おめーさあ。一度くれー試合観に来ればいいのに」
「うん……そのうちね」
「そのうちっていつだよ」
「そのうちはそのうちよ」
「なんで?会場に来たくねーの?」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃあなんで?」
「……」
「あかね」
「別に深い意味はないのよ。ただ…」
「ただ?」
「よく言うじゃない。試合を観に行くと、その……ほら、色々と」
「色々ってなんだよ。やっぱおめー、俺が簡単に負けると思ってんだろ」
「簡単に負けるとは思ってないけど」
「けど?」
「……、…もういいじゃない。そのうちちゃんと観に行くから、ね?」
「あかね」
「……」
「おーい」
「…、」
「ちゃんと言えって。怒んねーから」
「…言えって何を?」
「観に来たくねえ理由。ホントは何かあんだろ?」
「そんな…別に観に行くのが絶対嫌っていうわけじゃない、けど」
「“けど”ってことはやっぱ理由があるんだろーが。いーからこの際吐いちまえ」
「………………………、やだ」
「なんで」
「なんでも」
「だからなんで」
「だからなんでも」
「こん…の 強情、意地っ張りっ」
「悪かったわね。大体何よ、あんたこそ なんでそんな理由にこだわるの?」
なんでって……そんなの決まってる。
格闘はまさに俺の生きてる世界そのもので。確かに怖くて家族のファイトを直視出来ないなんつー話はよく聞くが、あかねに至ってはそれが理由とも思えない。
もっと別の何か。
その何かがずっとハッキリせず俺の中で消化しきれないまま、今まで曖昧に来てしまったのだ。
「あのな?俺は格闘が仕事だし、そん中でも試合は一番の要だと思ってる」
「うん」
「だから試合に関する分かんねーことは 分からねーままにしときたくねーんだ」
「…」
「それにあかねの考えもちゃんと知っときてえ。その…俺、そーゆーの言われねーと分かんねーし」
「乱馬…」
「怒んねーから」
「…ぁ、」
「あかね」
「…っ、……、」
「いーから言えって。絶対怒んねーから」
あかねの肩に擡(もたげ)げていた頭を上げる。
俺の視線の先には、揺れるあかねの黒い瞳。それを逃がさないように尚も俺はじっと見つめ、真正面から向き合った。
そんな俺の態度に、観念したようにあかねが目を逸らす。
「……………ウソ」
「あかね?」
「くだらねえって絶対怒るもん、乱馬」
「だから怒んねーっつってんの」
「怒る」
「怒んねえ」
「絶対怒る」
「あのなー。いつまでも強情で意地張ってる方が怒るぞ?」
「……」
「あかね…」
二人の間に流れる沈黙を埋めるようにテレビからは煩いまでの歓声が居間に響く。
そして漸(ようや)くあかねがぽつり、重い口を開いた。
「…………………………だって」
だって?
「男の人でも女の人でも……ファンは大事にしなくちゃいけない、じゃない?」
再びギュッと頭を引き寄せられる。
首に回された腕には力が入り、まるで今の顔を見るなというように。
だけど逆だ。多分、見られちゃマズいのは俺のほう。
「応援されてるのはすごく嬉しいの」
「ああ…」
「本当に…本当にありがたいなっていつも感謝してる」
「うん」
「乱馬がね、こうして格闘の世界で生き生きとしてるのを見る度に幸せだと思うし」
テレビ画面の中では勝利のゴングが鳴る中で俺の右腕が高々と持ち上げられている。
声援はもはや声ではなく轟音の様に会場を揺らし、あの日リング上から見た光景が蘇ってくるようだった。
やや呼吸を乱しながらインタビュアーの質問に応える俺。その一言一言に現場は大きな一つの波となり突き上げてくる興奮の前で、今 あかねが一人、肩を小さく震わせている。
「嬉しいっていう この気持ちに嘘はないの」
「ああ」
「…………だけど」
「……」
それ以上、決して口にしようとはしないあかねの背中を手の平でポンポン叩き、それから赤ちゃんをあやす様 ゆっくりと上下にさする。
あかねは何も言わない。
俺もそれ以上は何も聞かない。
ただ、互いに伝わる鼓動の音で気持ちを交わす。
この二年。
俺達を取り囲む環境は大きく変わった。
年々衰退していく国内での格闘の位置付けの中、若干二十一歳そこそこで格闘界デビューした純日本人である俺の活躍は良くも悪くも世間の注目を集めた。
幸いにも高校時代の知人の配慮と中国に渡った空白の時間が功を奏し、変身体質もひっくるめて謎に包まれた扱いになっている俺の過去。まあ 高校時代に関しては、俺はともかくあかねが妙なトラブルに巻き込まれない様にとの箝口令だそうだが、何にしても有難いことだった。
更には親父と過ごした修行という名の放浪も 俺の過去をカモフラージュする一端を担っている。
あんな行き当たりばったりのスチャラカな行動がここにきて大いに役立つことになろうとは、家族の誰もが予想出来なかった。
そんな俺を最初は面白半分で取り上げられていたメディアだったが、結果を残すにつれ それは徐々に過熱さを増していく。と同時に少なからず暴走する輩が出て来ることは仕方のないことなのだろうか。
マスコミ、ファン、人気商売、あかねの職種、家族への影響……
そして何より、あかねの身の安全の保障。
何はなくともそれを最優先とし、二人で何度も話し合った末に 俺とあかねの関係は未だ公にはしていない。
けれどそれはあかねを守るだけではなく、時に不安な思いをさせることにもなる諸刃の決断で。
普段は一切泣き言を言わないあかねの感情が、触れた場所から俺の心臓へ洪水のように流れ込んでくるような気がした。
互いに抱き合ったまま、静かな時間が過ぎる。
テレビに映し出される録画した試合は漸く勝者インタビューを終え、CMに切り替わったところだった。
いつもならば良くてせいぜい、深夜の誰も観ねえような時間帯にちょろっと放送される格闘の試合ダイジェスト。そんな中、俺が出る試合としては初めて生放送として取り上げられたのが今回のタイトルマッチだった。
とはいえ、勿論 出場選手は俺の他にも多数おり、一番のメインとなるゴールデンタイムには恐ろしく体格のいい外国人選手二人の重量級にスポットを当てた構成になっている。が、それでもこうしてテレビを通す試合で結果を収めることにより、今後 俺の認知度が跳ね上がることは明らかだろう。
そしてそれは、あかねも俺も痛いほど理解している。
「…………この一週間、ちょっと つらかったな」
「なんで?」
「…意地悪。わかってるくせに」
「わかんねーから聞いてんの。なぁ、なんで?」
「……」
「あかね。いーからここまで言ったんだったら最後まで言えって」
「……、」
「っつーか多分、今だったら何言われても怒んねー自信あるから」
「…」
「あかね」
ふわりと俺の髪の毛にあかねの息が掛かる。
何か言いづらいことを言う前、こうして大きく息を吐くのはあかねの癖だ。
「……だって」
また、“だって”かよ。
「…触…れられ、なかったから、」
その声が心なしか震えているような気がするのは 俺の自惚れだろうか。
「ごめんね」
「…なんで」
「だって。あたし…、」
言い訳するようにスカートの裾を押さえながら、あかねが俯く。
「あのなー…んなことでいちいち謝ってたら怒るぞ?」
「なによ、何言われても怒んないって言ったのは乱馬のほうじゃない」
「だからそうじゃねーだろ」
ったく こいつは。
「そんじゃ まるで俺があかねとそーゆーことだけしたいみてーじゃねーか」
「…違うの?」
「そ、それは、その、ある意味強くは否定出来ねーけど」
「ほらやっぱり、」
「けど流石に生理現象にまで文句を言うつもりはねーよ」
この一ヶ月余り ――。
今後の選手としての在り方を左右するといっても過言ではない、そんな覚悟で挑んだ今回のタイトルマッチ。その直前は極限まで己を研ぎ澄まし闘争心を高めるため、あかねと肌すら重ねていない。いや、それどころか物理的にもしばらく離れた環境に身を置き、そういった煩悩からは一切遮断をされた禁欲の日々を送ってきた。全ての行動はただ試合で勝利を収めることのみに照準が絞られ、その為に必要とされること以外は何もかもが排除される。
そうして一見華々しく思える舞台の裏側で時に血を吐くような努力を重ね、ようやくあかねの待つ自宅に帰宅するや否や タイミング悪く月のものが始まってしまったというわけだ。
「じゃあ あの時、乱馬は期待しなかった?」
「そりゃー、まあ、期待しなかった…つったら嘘になるかもしんねーけど…」
「……」
「でもアレが来なきゃ来ないでマズいだろーが」
「…そうなんだけど」
「あかね?」
「……………あたしはね、」
「うん」
「…ちょっと……………期待、してた…」
「…っ、」
え…っと。
俺、今日なんかしたっけ?
やっぱあれか?今朝湯呑みの中に立ってた茶柱。あれって迷信じゃなかったのかよ。
それともコンビニのお釣りがちょうど777円だったからとか?
とにかく、俺を抱き締めるあかねの口からこんならしからぬ発言が聞けるなんて、はっきり言ってこの一週間のつらさなんて帳消しだ。
「あか…、」
「…っ」
ふにゅ…、と柔らかいものが俺の唇に押し当てられる。
柔らかいだけではなく温かいそれ。
少し冷えた指先が頬から耳にかけて添えられ、思わず肩がビクリと跳ねた。
「あかね…」
「…、」
いつの間にか俺の足の間に身体をすっぽりと収めるようにあかねが座り、先程と同じ姿勢で再び唇を重ねてくる。
だけど二回目のキスは明らかに性質が違った。
ピッタリと重ね合わせた唇の隙間から薄い滑らかな舌が唇の表面をなぞり、僅かに開いた隙間からおずおずとそれを挿し入れてくる。
「…、」
「……ん、」
つうっと耳の裏を撫でる指。
その感触に堪らず息を止めれば、今度はわざと仕掛けてくる。
なんだよこれ。
いくら無差別級とはいえ、こんなの反則もいいとこだ。
二人だけの静かな居間にピチャ…と潤んだ音だけが聞こえ、また角度を変えて重なり合う唇と唇。
主導権を取ろうと腰に回した手にグッと力を込めれば、そうはさせまいとまた甘い刺激で俺の理性をかっさらっていく。
ぬるぬると絡み合う滑らかな互いの舌と舌。それだけで思考が蕩け、身体の奥がジンと熱を持った。
こんな行為だけでこうなっちまうなんてもしかしたら中学生レベルかもしれねーな。
そんな自虐的な恥ずかしささえ頭を過ぎるけど、こうなったらもう止めることなんか不可能で。
それでもここは いつ誰が来るかも分かんねえ明かりのついた居間だ。
俺は残された極僅かな理性を掻き集めると、ピタリと寄り添う華奢な肩を少しだけ押し返す。
「乱馬……?」
だから もう。
その淡く染まった頬も 潤んで光る唇も、目の前の全てが反則で。
負けることをこの世で一番良しとしない俺が、唯一白旗を上げる瞬間だ。
一瞬 言葉に詰まって見惚れる俺に、あかねが赤い舌をペロリと見せる。
「…やっぱり、テレビより実物の方がいいね」
「当たりめーだろ、バカ」
「こんな口を利かない分、テレビの方がいい男だけど」
「何言ってんだよ、テレビの中からだったらこんな事出来ねーだろーが」
“こんな事”を教えるように。
今度こそ俺からあかねの唇に触れると、嬉しそうに目を細める。
その表情も、やっぱ反則。
「……どーする?あかねの部屋行く?それとも、」
「…乱馬の部屋…が、いい」
「わかった」
「このまま抱っこね」
「はあ?そのくれーの距離歩けんだろうが」
「ダメ?」
「べ、別にダメじゃねーけど、」
「…」
「ただ、部屋に着くまで服を着させたままっつー保証はねえ」
「そこは我慢しなさいよ」
「さあ、どーかなー」
「バカ」
「いーから行こうぜ。時間がもったいねえ」
もう一度額に唇を押し付けると そのまま横抱きにして膝の裏に腕をくぐらせる。
こんな仕草もすっかり慣れたものだ。
と、
「テレビ、消さなきゃ」
俺に担がれたまま、あかねがリモコンに手を伸ばす。
音もなく消えた黒い画面に映るのは、あかねを抱きかかえてる俺とあかねの二人の姿だけ。
「不思議。さっきまでテレビの中で大勢の人に囲まれてたのに」
「まーな」
「……もう少しの辛抱よね」
「ああ、」
その言葉にこの先の未来と覚悟なんてもんを感じながら、二人して額を突き合わせ ふっと笑う。
多分…いや、絶対俺達なら大丈夫。
だってもう そこに言葉なんか要らねーから。
「ちゃんと掴まってろよ」
「うん」
もしかしたらあかねは抱き上げられた今の体勢のことだと思ってるかもしんねえな。
まあ、いずれにせよ俺があかねを離すわけはないから そんな心配無用なんだけど。
俺の代わりにあかねの細い指が壁際のスイッチを押す。
パチンという音で 居間に訪れる静かな夜。
その暗闇に二人の姿を隠すように、俺達はそっと部屋を後にした。
< END >
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