揺れる金魚 番外編 ~家族編~ 

2016/08/31
【揺れる金魚】番外編です。
3. 重なる指先】の続きになりますので、そちらから先にお読みください。

こちらはコメント欄でリクエストいただきました家族編です。
未来捏造・乱馬とあかねの子どもが出てきますので苦手な方はご注意ください。




「おーい!まだかよ?」
「かあちゃん、はやくはやく!」
「ごめーん、お待たせ!」

一番最後に玄関をくぐると念入りに戸締りをし、その鍵を巾着袋の中にぽんと投げ入れてから ようやくこちらの方を振り向く。

「おい、浴衣でそんな走ったら転ぶぞ」
「大丈夫よ、これくらい」
「かあちゃん、おそいー」
「ごめんごめん。さ、蓮馬 行こっか」


藍色の地に白い花を咲かせた浴衣の裾をばさばさ蹴散らすように駆けてくるのはこの夏二十九歳になったばかりのあかねだ。
浴衣から生える白い腕を差し出すと、モミジの様な小さな手をきゅっと握りしめる。

「お祭り楽しみだねー。蓮馬は去年も行ったことあるの覚えてるかな?」
「きょねん?」
「んー。まだ二歳だったからもう覚えてないかぁ」


時折目線を合わせるように腰を折り曲げて話しかける横顔は 初めて出会った高校一年生の時から変わらない愛らしさを感じさせる。
そんなあかねに手を引かれて歩いているのは もうすぐ三歳と一カ月になる息子の蓮馬だった。
今年新調した 白地のちりめんに描かれたとんぼの甚平がよく似合っている。


「とうちゃん、とうちゃん、ぶーんして!」
「よっしゃ。んじゃしっかり手握っとけよ?」
「うんっ」

俺も蓮馬の手首を取り、まるで捕えられた宇宙人よろしく あかねと二人でまだ幼い体を宙に浮かせる。
振り子のように大きくジャンプしては着地し、またジャンプしては地に足を着けるのを繰り返す。
こんな単純な事だが、その身体が大きく浮く度に より高く跳ねるように足を折り曲げてきゃっきゃとはしゃぐ声を上げる。

「こうしてみると蓮馬もだいぶ大きくなったわね」
「そうかぁ?毎日見てるからあんま分かんねえけど」
「大きくなったわよ。だって今だって随分ずっしりと重くなってきたもの」
「ああ、まあな」
「そう考えるとこの"ぶーん"だって期間限定ね。そのうちあっという間に大きくなって持ち上げられなくなっちゃうわ」

ふふっと笑うあかね。
よく女性は子供を産むと綺麗になるなんて言うけれど、俺の隣にいるあかねはまさにその通りで。
元の容姿はもちろん、母性とか責任感とか内面から充実しているような美しさに加え、そこに女盛りの妙な色気が相まって童顔とのアンバランスな魅力を惹き立てている。
ついこの間まで寸胴、凶暴、色気がねえ、自然にそんなことばっか言ってた様な気がするのに(凶暴なのは今でも変わんねえけど)、いつからかそんなことを迂闊に言えなくなるほど あかねは眩く美しかった。






「わ、相変わらず人がいっぱいね」

蓮馬のペースに合わせてゆっくりと神社の縁日にやって来た俺達。
境内に続く通りは例年同様に多くの屋台で賑わい、まだ陽も落ちきっていないというのにどこもかしこも人だかりが出来ている。

「蓮馬。絶対にお母さんかお父さんの手を繋いでてね」
「わかった!」
「そーゆーあかねこそ迷子になんなよ?」
「わかってるわよ、失礼ねっ!」

ふんだと口を尖らすあかね。勿論、俺だって本気であかねが迷子になるとは思っていない。
ただ、なんせ一人になると未だ男が寄ってきては あかねに声を掛けて来やがる。
ったく、あいつら目が付いてねえのか!?ちゃんと左手薬指に結婚指輪をしてんだろーがっ!
なんだったらあかねもあかねで顔の横に左手をかざしながら歩きゃいいんだ。
ついそんな事を考えながら、俺は蓮馬の両肩をがしっと掴むと しゃがみ込んで目線を合わせる。

「蓮馬。お前、母ちゃん好きか?」
「すきー!」
「んじゃ、今日から蓮馬もしっかり母ちゃんを守ってやれ。わかるか?」
「しっかり まもる…?」
「そ。悪いおじちゃん達が母ちゃんに近寄ってきたらお前が母ちゃんの手を握って守ってやれ。これは修行だ。出来るな?」
「おうっ!おれ、しゅぎょーがんばるっ!」
「よし。流石 俺の子だぜ」

取りあえずはあかねの傍にしっかり蓮馬をくっつけときゃ大丈夫だろう。
蓮馬も迷子にならねえで済むし、あかねにも変な虫が寄り付かない。
よし、完璧だっ!
さあ、そうと決まったらあかねと蓮馬を…………あれ、あかね?
ふと後ろの方を振り返ると、五メートル程離れたところで何やらあかねが腰の後ろに手を回して逡巡している。

「あかね?どーした?」
「あ、ううん、なんでもないの」
「何でもなくはねーだろ」
「うん、ちょっと帯が気になっただけ」
「帯ぃ?」
「さっき蓮馬を沢山持ち上げて腕を振り上げてたでしょ?あれでちょっと緩んじゃったみたい。けどもう大丈夫よ」
「ったくおめーはいくつになっても鈍くせ―な」
「言うと思った!だからあんたに言うのはヤだったのよ。さ、蓮馬。お父さんなんか放っといて行こ!」

っておい。
心配して声掛けてやりゃあこれだ。
どんなに歳を重ねても、どんなにキレイになっても強気なあかねは相変わらずで、素直になれない俺もそのままで。
それでも蓮馬が生まれてからは俺もあかねも少しは成長して表立った喧嘩はだいぶ減った…と、思う。むしろ今はこんなやり取りを楽しんでいる自分達がいて、あかねが本気で怒っているわけではないことくらい分かっている俺は 蓮馬のもう一方の手をぎゅっと握る。

「ねえ、蓮馬は何が食べたい?たこ焼きとか焼そばとか、イカ焼きとかりんご飴とか色々あるのよ」
「っつーか、何気に三歳のガキにはハードル高えもんばっかだな」
「そうなのよねー。一応、蓮馬用のカトラリーセットは持ってきたんだけど」
「ま、こういうのは雰囲気を楽しむもんだからな」

俺の言葉に「へえ、あんたも親らしいこと言うようになったのね」なんてあかねが茶化してくる。俺からしてみたらお互い様だろと言いたくなるところだけど。
二十五歳で結婚した俺がもしも成長したというのなら、それは間違いなくあかねと蓮馬のおかげだろう。
結局、最初に戦隊ヒーローのお面を買ってもらってご機嫌な蓮馬のリクエストにより、俺達は焼そばの屋台の列の最後尾に並んだ。

「それにしてもすごい人ね」
「だな。今年は雨の心配もねえし、みんな張りきってんだろ」
「そうねぇ。だけどこうも人が多いと食べる場所にも困るわね。蓮馬もいるから流石に立ったままっていうわけにもいかないし」

確かに。
通りに何カ所か設けられたベンチは全て人で埋まり、若いカップルなどは片手にりんご飴を持ったまま歩き食いをしているが 子供のいる家庭には到底危険極まりない。
どこか空いている場所は無いか……と。



「おい、あかね。おめーと蓮馬だけ先に境内の裏に行って待ってろ」
「境内の裏って…あの階段を上ったとこ?」
「蓮馬連れだから階段は上りきらなくてもいいけどよ。あそこら辺まで行けばちっとは人も少なくなってんだろ」
「乱馬は?」
「俺?俺は適当に飲みもんとか食いもん買ったらそっちに行くから」
「了解。じゃあ、悪いけど先に蓮馬を連れて行ってるわね」
「おう」

そう言うとあかねと蓮馬は屋台の列を抜け、一度だけこちらを振り返ると小さく手を振って境内のほうへ歩いて行く。
その後ろ姿を見ながら「ま、蓮馬も一緒だし大丈夫だろ」と安心した俺は甘かったと後になって知ることになる。








はっきり言って子供の歩くペースは遅い。
それは何も身体能力的なものだけではなくて、あっちに気を取られ、こっちに気を取られ、視線を奪われる度にいちいちその場で足止めを食らう。
ましてや、それが祭り会場ならば尚更だった。
そんな好奇心に満ちた大きな瞳をキョロキョロさせる様にあかねの頬もついつい緩む。

「蓮馬。そんなよそ見してると転んじゃうわよ――」
「あれ?もしかして…天道?」

久し振りに旧姓で呼ばれたあかねは思わず足を止めて振り返る。
そこに立っていたのは自分と同じ年頃の、やや日に焼けた男性だった。

「あの、今、あたしのこと呼びましたか?」

天道という苗字はなかなか珍しい。それを呼ばれて無視することも出来ずに聞き返すと、日焼けの男が白い歯を見せて笑った。

「やっぱり天道だ!俺、中学校で一緒だった鈴木だよ、鈴木太一!覚えてないかな」
「えっと…」
「…その反応だと覚えてないみたいだな。冷たいなあ、天道は」
「ご、ごめんなさい」
そんなあかねの態度を笑い飛ばすように目の前の男が続ける。
「気にするなって。なんたって俺も最初はもしかして、と思ったくらいだし。中学校の時に天道と運動会の実行委員やった鈴木だけど覚えてないかなー」
「…あっ!あの鈴木君!?」
「そう、あの鈴木君」
鈴木と名乗る男が嬉しそうに笑って頷く。

「それにしても偶然ね!よくあたしの事がわかったわね」
「そりゃー天道のことは忘れないよ」
「すごい。そんなおべっかまで言えちゃうなんて、鈴木君も大人になったのね」
「はは…ちなみにこれ、今 俺が立ち上げてる会社の名刺なんだ。渡しとくよ」

さも意味ありげに返事をするが、あかねはその真意など気付くはずもない。
どさくさ紛れにさり気なく渡された名刺には 日本語表記の裏に英語でも同じ内容が記されていた。

「俺さ、中学卒業と一緒に留学しただろ?」
「そうだっけ?」
「そうなの!で、そのまま向こうで暮らしてて今年日本に帰ってきたばっかなんだよ」
「へえ。すごいわね」
「で、久し振りにこっちの知り合いに連絡しようと思ってもみんな就職とか結婚とかで住所が変わってるから、思い付きでこの祭りに来てみたんだ。ここなら地元の奴らが遊びに来るかな、と思ってさ」

そしたら天道に会えた…。最後に少し照れくさそうに呟く鈴木。
二人の会話が盛り上がるそんな中、不意にあかねの手がくいっと引っ張られた。

「どうしたの?」

見ると下から蓮馬が大きな目で見上げている。

「かあちゃん、てんどうっていうのは おひげのじいちゃのことでしょ?なんで かあちゃんが てんどうなの?」
「え?」
「かあちゃんの なまえは さおとめあかねでしょ?」

それを聞いて驚いたのは鈴木だ。

「え、て、天道って結婚してるの!?」
「うん。そうよ」

そう言って照れくさそうに左手の指輪をちらりと見せる。
中学校を卒業と同時に渡米した鈴木にしてみたら あかねと乱馬の賑やかな許嫁騒動など知る由もない。まさに浦島太郎状態といったところだ。
しかも苗字が"早乙女"とは珍しい。
早乙女って、まさか、あの格闘家の早乙女乱馬じゃないよな…。
いや、でも確かあかねの実家は道場を営んでいたはずだ。
それならば何らかの接点があってもおかしくはない。
スーパーコンピューターよろしく鈴木の頭で色々な情報が交差する。

「じゃ、じゃあこの子供って…」
「うん。あたしの息子で蓮馬って言うの。今ちょうど3歳でやんちゃ盛りなんだ」
「本当かよ!いやー、驚きだな」

そう言いながら、鈴木は腰を屈めて蓮馬と視線を合わせると挨拶をする。
それにしっかり返事する蓮馬。

「うん。こうして見てみると確かに天道にそっくりだな。特に目がデカいとことか」
「そうかな?」
「ボク、可愛いなぁ」
笑いながら蓮馬の頭を撫でる鈴木に「だから さおとめだってば」とぼぞり蓮馬が呟いた。

何となくその場を動こうとしない鈴木と、乱馬が来るまで他愛のない話をする。



「へえ。じゃあ鈴木君はまだ独身を謳歌してるんだ」
「謳歌って言うと聞こえはいいけどな。現実は仕事と家の往復でなかなかプライベートな時間が持てないだけだよ」
「でも仕事に一生懸命な男性っていいじゃない」

励ますようにふふっとあかねが笑う。
と、可愛らしい目の前の彼女の異変に気付いたのは鈴木だった。
何やら先程からモゾモゾと身を捩らせて落ち着かないあかねに声を掛ける。

「どうした、天道?さっきから。足でも痛めたのか?」
「あ、ううん。ちょっと帯が緩くなってきてるのが気になっちゃって…」
「どれ。ちょっと後ろ向いてみて」

素直に背を向けたあかねの帯を見てみると、なるほど、後ろで纏めた蝶結びの片方が垂れ掛けている。着付けに慣れているものならばさっと直すことなど造作もないことなのだろうが、そうでなければ自分で見えない後ろ姿は 家で姿見でもなければなかなか難しい。
ましてやこの祭りの雰囲気だ。忙しい人の流れにその場しのぎの応急処置は施してもすぐまた崩れてくるだろう。

「天道。俺が結び直してやるからそのまま後ろ向いてて」
「え、でも…」
「いいから遠慮するなって。別にやましいことをするわけじゃないんだからさ」

そんな風に先手を打って言われてしまうと 正直あかねには断る理由がなくなってしまう。そりゃ確かに下には着物下を着用しているし、万が一にも浴衣が肌蹴たとして色っぽい展開になることは考えられない。だが、果たして十何年振りに会った同級生にそこまで甘えていいものだろうか?
かと言ってここで頑なに拒めば、それはそれでその行為を深読みしているみたいだし 何より自意識過剰の様で憚られる。
ならば、せめて帯を解くことだけでも自分でしなければ…。

「えっと、じゃあ自分で一度やってみるから どうしても結べないときはお願い出来るかな」

そう言って再び鈴木に向き合うと、解き始めた帯を見られないように後ろ手を動かしながら返事をする。
こうしていれば少なくとも普通の浴衣姿とあまり変わりはない。
そんなあかねの浴衣の足元にはまるであかねを守るようにしっかりと蓮馬がしがみついている。

「それにしても天道がママかぁ。俺も歳食うはずだよな」
「やだ 何言ってるの。あたし達 同じ歳じゃない」
「そうなんだけどさ。なんか、天道は俺の思い出の中でいつまで経っても学生のままっていうか」

迷ったように少しだけ言葉を切ると、再び鈴木が口を開く。

「本当のこと言うとさ、さっき一瞬 天道が誰だか分かんなかったよ。なんて言うか 可愛いっていうより綺麗になったよな」
「そ、そうかな?ありがとう…」

鈴木のストレートな物言いに思わず戸惑うあかね。

「な、なんかびっくりしちゃった。鈴木君、中学校の時はそんな事言うタイプじゃなかったじゃない」
「そうかな?」
「そうよ」

確かに海外生活が長かったせいで感覚が少し違うのかな。そう首を傾げる鈴木の姿にあかねもなるほどと納得する。

「でもさ、別に嘘は言ってないよ。本当に天道、綺麗になった」
「もう!またまた気を遣って…」
「だからお世辞じゃないってば。それとも旦那はこういうこと言ってくれないの?」

言うわけない。
あの乱馬が素面でそんなこと、さらりと言えるはずがない。
大事にされている自覚は自惚れじゃない程度には感じているけれど、あからさまにそんな歯の浮くような台詞を言われ慣れていないあかねはドギマギする。…と、この会話に思いがけず参戦してきたのは あかねの足にしっかりしがみついている蓮馬だった。

「とうちゃんは いわない」
「へえ。父ちゃんはそういうこと言わないんだ」

愉快そうに鈴木が相槌を打つ。

「うん。とうちゃんは いつも かあちゃんのこと ずんどーっていうの」
「ず、寸胴!?」
「ちょっと蓮馬っ!」
「あとね、きょーぼーとか いろけがねえ とか」
「凶暴?色気がねえ???」
「こらっ!やめなさい!」

目の前のあかねのことをどう見たら一体そんな台詞が言えるのだろう。
目を丸くして聞き返す鈴木に顔を赤くして慌てる母親。
それは三歳の男の子が調子に乗るには充分だった。

「で?じゃあ天道は家でいつもそんな風に言われてるの?」

けしかけるように あかねではなく蓮馬に話し掛ける鈴木。その目にはうっすらと好奇の色が浮かんでいる。

「もう!あたしのことは別にいいじゃない!」
「いや、よくないよ。もしも天道が不幸な結婚生活を送ってるなら俺にだって口を出す権利くらいはあるから」
「またそんな悪い冗談言って!蓮馬、このお兄さんの言うことなんか真に受けちゃだめよ?」
「ひどいなぁ。まるで信用してくれないんだから」
「鈴木君も変なことばっかり言わないのっ!」

勿論、鈴木だって今更本気であかねをどうこうしようというつもりはないのだろう。
ただ、特にパッとしない中学生時代の思い出の中で唯一心をときめかせたのは あかねの存在であって。
あの時は特に用事がなければ話すこともままならなかった自分が、こうしてあかねと世間話…ましてや あかねのプライベートな話で盛り上がっていることが嬉しかった。

「で、蓮馬くん?家では父ちゃんと母ちゃんはどんな感じなの?」
「えっとねー、かあちゃんのことを いつもいじめて とうちゃんがなぐられてる」
「な、殴る…?」
「でね、そのあと きげんなおしてーって ちゅうってしてる」
「ちゅ…」「ちょ、ちょっとっ!」

「何言ってるの 蓮馬!」
「だって いつも とうちゃんがいってるよ?ふーふが なかよくて なにがわりーって」

この家の男共はあかねのいない場所で一体どんな会話をしているのか…。
それでも根が真面目なあかねは一応 軌道修正を試みる。

「そ、そうだけどっ!そういうことは普通、余所で言わないものなの!」
「このまえはね、よーちえんのせんせいが かあちゃんのこと かわいいっていって たいへんだったの」
「大変って?」
「かあちゃんのこと かわいいっていっていいのは おれだけだーって。それからおれ、まいにち とうちゃんと よーちえん いってるんだ」

ああ…と頭を抱えるあかねに、あっけにとられる鈴木。そんな大人の心情など知ったこっちゃないという風に、時に子供は残酷だ。

「だからね、おじちゃんも きをつけたほうがいいよ。かあちゃんを かわいいっていったから…」
「お、おじちゃん…?」

一応、君のお母さんと同じ歳なんだけど…そう言いたげな鈴木に更にとどめを刺す。



「たぶん とうちゃんに ぶっとばされる」


ぶっ飛ばされるって、またまたそんな大袈裟な…。そう笑っていた鈴木がふと殺気を感じて振り返る。と、そこにはいつの間にか、片手に焼そばとたこ焼き、片手に飲み物を持った乱馬の姿があった。
その顔に張り付いているのは 恐ろしいほどの作られた笑み……。



「蓮馬。このおじちゃん、誰?」
「えっとねー、かあちゃんの おともだち!」

横からあかねが「中学の同級生なだけだってば!」と慌てて釈明するのを蓮馬が遮る。

「ふーん。お友達、ね」

そう言っておもむろに鈴木の方を向くと、乱馬がにこやかな笑顔のまま話し掛ける。が、そこから放つどす黒い殺気のオーラは隠し切れていない。

「うちの嫁がお世話になってます」
「い、いや、お世話だなんてそんな、今日久し振りに再開したばっかりで…」

それよりも目の前に当たり前のようにいる乱馬の姿に鈴木は驚きを隠せない。
嘘だろう?まさか、あの早乙女乱馬が天道の旦那さん!?

「へー。再会したばっかで人の嫁さんを口説きにかかるのか」
「そんな滅相もない!」
「俺の聞き間違いじゃなければ可愛いって言ったとか…」
「そ、それは、その…」
「冗談。冗談っすよ」

…まさか、笑顔の人間に詰め寄られるのがこんなにも恐ろしいものだったとは。
鈴木は背中につうっと流れる一筋の汗を感じてゴクリと唾を飲み込む。
まさに蛇に睨まれた蛙。それを今日ほど感じたことはない。

「て、天道、蓮馬くん!またどっかで会ったら…じゃあな!」

そう言うや否や、逃げるようにその場を去ってしまった。
と同時に乱馬の顔からふっと笑顔が消える。



「ったくこの鈍ちん!俺というものがありながら ナンパなんかされやがって!」
「鈍ちんって何よっ!大体、今のはナンパじゃなくて元同級生。ただの再会。それ以上でもそれ以下でもないのっ!」
「とか言っていい雰囲気になってたじゃねーか」
「どこがよ!?もう 怒るわよ?」

コラッと言うように下から見上げられれば 流石にこれ以上追及することも出来ず。
蓮馬の手前上、一応は冷静を装ってあかねに目をやれば先程よりも更に帯が解けていることに気が付く。

「おめー、帯の蝶結びが完全に解けちまってんじゃねえか」
「解けてるんじゃなくて解いたの。もう一回結い直そうと思って」
「お、おめー、まさか、あの野郎に解かせたんじゃ……」
「そんなわけないでしょ、ばかっ!いいからちょっと手伝ってよ」

乱馬が持っていた食べ物を受け取って近くの岩の上に置き、早く早くと後ろを向けば乱馬の手が器用にそれを結っていく。

「ったく。浴衣を脱ぐにはまだはえーよ」
「え?何?聞こえなかった」
「…なんでもねー。それより蓮馬、あのおじちゃん 他に母ちゃんに何か言ってたか?」

どうやら、あくまで"お兄さん"とは呼びたくないらしい。
あかねと同級生ということは即ち自分とも同い年にも関わらず すっかり雑な扱いだ。
そんな乱馬の台詞にあかねが慌てて「蓮馬!」と声を掛ける。
こちらもまた"余計なことは言わないようにね?"という牽制らしい。
もう一度乱馬が蓮馬の名前を呼ぶ。

「蓮馬」
「……」
「よし分かった。蓮馬、正直に全部話してくれたら後で綿あめでもかき氷でも 何でも好きなもん買ってやるぞ?」
「ちょっと!」
「んだよ。おめー、まさかこんな小さい子供に気ぃ遣わせて喋らせねえつもりか?子供は正直なのが一番だろうが」
「…っ!」

ここぞとばかりに正論を振りかざす乱馬に あかねはぐうの音も出ない。

「さ、蓮馬。母ちゃんも納得したことだし、さっきのおじちゃんが母ちゃんに何て言ってたのか父ちゃんに言ってみろ」
「とうちゃんに?」
「そ。いいか?これは記憶力の修行だからな。出来るだけ詳しく具体的に教えるんだぞ?」
「わかった!おれ、しゅぎょー がんばるっ!」

ふんっ!俺に隠し事をしようなんざ、百年早えんだよ。
しかもこんな簡単に男に口説かれやがって…さて、一体どうしてくれようか。
焼そばを頬張りながら蓮馬からの詳細な報告を聞きつつ、頭の中ではこれからのことを考える。
そんな俺の様子など気にも留めないように せっせと焼そばを短くカットして蓮馬の口に運ぶあかね。この呑気な妻には一度、ガツンと言ってやる必要があるらしい。
勿論、口下手な俺は 言葉だけで伝えるつもりは毛頭ない。
ちらりと横に走らせた視線にあかねの白いうなじが光って見える。

(あかねに可愛いって言っていいのは俺だけなんだよ)

どうやら、いくつになってもこの俺の独占欲だけは変わらないようだ。







「とうちゃん。おれ、これやってみたい!」

そう言って蓮馬が指差したのは金魚すくいだった。

「んじゃー、一回やってみるか?」
「うん!」
「あ、待って待って。袖をまくらないと水に濡れちゃうわよ」
慌ててあかねが蓮馬の袖をクルクルとたくし上げる。
「あれ?かあちゃんは しないの、きんぎょすくい」
「う、うん。ママはちょっと…」
言い淀むあかねに
「無理言うんじゃねえよ蓮馬。こんな不器用な母ちゃんに金魚が獲れるわけねえだろ?」
金の無駄無駄と助け船を出したつもりが、あかねがムキになって突っかかってくる。

「無駄とは何よ!あたしだって集中すれば金魚の一匹や二匹…!」
「ほ~。獲れるってか?」
「そうよっ」
「じゃ、賭けしようぜ。あかねが一匹でも獲れたら俺があかねの願い事を何でもいっこ叶えてやる。その代わり 獲れなかったらおめーが俺の言うこと何でも一つ聞くんだぞ?」
「ええ!?それって…!」
「んだよ。獲れるっつったのはあかねだろうが。それともまさか、前言撤回か?だとしたら"乱馬様すみません、愚かな私をどうか叱ってください"くれえのことは言わねえと――」
「わかった!わかったわよ!やればいいんでしょ!?」
「おーし、そうこなくっちゃな。じゃあ蓮馬、三人で勝負だ!」
「言っとくけど恨みっこなしだからね!」
「そりゃこっちの台詞だっつーの。じゃあ…いざ、勝負っ!」











「いい加減、機嫌直せよ。最初からわかってたことだろうが」
「…知らないっ!」
「あーあ。同じ獲れないにしても よっぽど蓮馬のほうが大人だよなぁ」

そんな蓮馬の細い手首には、赤と白に鱗を光らす三匹の金魚がきらきらと水面を反射させながら気持ちよさそうに泳いでいる。
勿論、これは三回分のお代を払った乱馬が 自分の獲物の中からそれぞれ一匹分ずつ持ち帰らせてもらったものだ。


「さ、金魚も早く広い水槽に放してやんなきゃなんねーし、かき氷食ったらさっさと帰ろうぜ」
そう言って並んだ屋台の人の列は流れるように前に進み、早くも次が俺達の順番だ。

「とうちゃん、おれ めろんがいい!」
「おう。じゃあメロンとイチゴ、一個ずつお願いします」
「かあちゃんは?かあちゃんに きかなくていいの?」
「いーの」

毒々しいまでの緑とピンクのかき氷を両手に受け取ると速やかに列を離れる。

「母ちゃんは昔からイチゴ味と父ちゃんの事が好きって決まってるからなぁ…いてっ!おめー、氷持ってんのに殴んじゃねえよ」

まあ、流石に全然痛くはねえけど。
子どもの蓮馬と、もう一人大きな子どものあかねを石の上に座らせ 灯りのない通りの隅で三人並んでシャク…と氷にスプーンを入れては口に運ぶ。



「蓮馬、どうだった?祭りは。楽しかったか?」
「うんっ!かあちゃんは?」
「お母さんも蓮馬と一緒に来れて楽しかったよ」
「じゃあ とうちゃんは?」
「俺?俺は…まあ、楽しかったけど…」

…けど?
その続きが気になるようにあかねがじっと見つめてくる。
そんなあかねの視線を感じながら、わざと爽やかに言ってのける。

「どっちかっつーと父ちゃんはこの後のほうが色々楽しみなんだよな」

途端にぼんっ!と音がするくらい、真っ赤になるあかね。
その目は「子供の前で何てこと言うのよ!」と言っているようにも見える。


「とうちゃん、あとの たのしみって なあに?」
「楽しみは楽しみだよ。まあ、蓮馬に言っても今はまだ難しいだろーけど」
「乱馬っ!」

堪りかねたようにあかねが大きな声を出す。

「あ、あんた、一体何を言おうとして…!」
「お。あかね、もう氷食い終わったのか、早いなー」
「そ、そうじゃなくてっ」
「ん?なんか顔が赤いけどどうした?もしかして熱でもあんのか?まずいなー。蓮馬、今日 母ちゃん熱があるみてーだから移んねえように蓮馬はパンダのじいちゃんと一緒に寝ろよ?」
「わかった!おれ パンダのじいちゃんの もふもふまくら だいすき!」
「ちょ、ちょっとちょっと!」

二人の間に蓮馬を挟んだ状態で、その小さな体の真上にあかねが身を乗り出してくる。

「ちょっと乱馬!どういうつもりよ!?」
「どういうって…そのまんま、言葉通りだけど?」
「はぁ!?」
「本当のお楽しみはこれからってやつ」

そう言ってにやりと笑うと いよいよあかねがムキになって反論してくる。

「そ、そんなっ、あたし まだいいなんて一言も言ってないし…っ!」
「へ?あれっておめーの許可が要るのか?」
「あああ当たり前でしょ!?」
「いやー、知らなかった。金魚の水槽をセットすんのにあかねの許可が要るとは」

そうか、そうかとわざとらしく頷けば、これ以上無いというくらいに頬を真っ赤にして固まるあかね。

「俺さ、今年は絶対 蓮馬が金魚すくいやりたいって言うだろうなーと思って昨日からカルキ抜きの水用意しておいたんだよな。やっぱ次の朝に喜ぶ蓮馬の顔を見るのが一番楽しみだろ?」
「…っ!」
「それがまさか、あかねの許可が要るとは。いやー知らなかったぜ」

わっはっはと笑い飛ばせば 俺を指差してただ口だけをパクパクさせている。

「それより あかねの顔赤いなー。もしかして本当に熱があるんじゃねえの?測ってやるよ」
「だ、大丈夫!ノープロブレム!」
「いーから遠慮すんなって」

そのままゴツンとあかねの額に自分の額をぶつけると。
大きく見開いた瞳に思わず噴き出しそうになりながら、素早くキスを一つお見舞いする。




「…さーてと、蓮馬。食い終わったから帰るぞ!」
「おうっ」
「んじゃー、こっから家まで走って帰るぞ。走って走って疲れ果てたら 今晩はぐっすり眠れるはずだからな」
「おうっ」
「明日も休みだし、ちょっとくらい寝坊してもいいからな」
「おうっ」
「ちょっと!?」

食い終わった氷の白いカップをごみ箱に投げ入れると、ようやく我に返ったあかねが「何を勝手な事言ってるのよ」と言わんばかりに俺の背中を叩いてくる。
そんなあかねの両手を後ろから引き寄せて俺の腹の前で合わせると、パチンと乾いた音が辺りに響いた。

「なんだよ。さっき、なんでも俺の願い事いっこ叶える約束しただろ?」
「そ、それはそうだけど…っ!」
「それにさ」

掴んでいたあかねの両手を解放する。





「俺があかねに"可愛い"って言ってるのを ちゃんと証明しないといけねえしな」



…最後の言葉はもしかしたらあかねに聞こえなかったかもしれない。
それでもいい。
まだ夜の時間はたっぷりあるのだから。




「こら蓮馬!金魚が揺れるから父ちゃんに貸せ!」


走る蓮馬の背中を追うように 俺もポケットに手を突っ込みながらその後ろを追う。

猩々
更紗
六鱗

月の光に照らされた袋の中、鮮やかに艶めく金魚の尾がぱしゃりと跳ねた ―。





< END >



猩々…オレンジではなく真っ赤なもの
更紗…金魚では赤と白の模様をさす
六鱗…口、エラぶた、ヒレのみが赤くて他は白い個体




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comment (6) @ Omnibus 揺れる金魚-夏

   
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comment

No title : みにとど @-
いいですね〜/(//∇//)/家族編もやっぱりいいですね〜‼︎無防備にあかねちゃんに近づいたメンズが最後にぎゃふんってなるの、たまらなく好きです(笑)蓮馬くんもかわいい💕今回も楽しませていただきました〜‼︎
2016/08/31 Wed 21:08:39 URL
ありがとうございます : クリ @-
うわあ〜(。>﹏<。)リクエストを形にしてくださると思ってなかったので、めちゃ嬉しいです!
そのうち乱馬と蓮馬くんで、あかねを取り合うんだろうな(笑)
夏の夜のお祭りの、心はやるような独特な感じと、
乱馬とあかねのステップが本当に好きです。
また何度も読み返します。
素敵な作品ありがとうございます♪
2016/09/02 Fri 20:27:55 URL
Re: No title : koh @-
> みにとどさん

いつもありがとうございます♡
最初は高校1年生か、2年生編までしか頭になかったのに あれよあれよとここまで書いてしまいました(^▽^;)。
それもこれも ナイスなネタ提供をして下さる皆様のおかげです♡本当に!
ただ、続きで書いていると私のワンパターンさが丸わかりですね(ギクッ‼)
それでもよろしければ、是非是非今後もお付き合いください♡
2016/09/02 Fri 22:33:59 URL
Re: ありがとうございます : koh @-
> クリさん

こんばんは。
この度はリクエストありがとうございました♡
「こういうの読みたい」「こういう展開見てみたい」ってすごーく嬉しいし、刺激になるんです。
勿論、それに力量が伴うかは別問題ですが(^^;、クリさんのコメントのおかげで初めて家族編にチャレンジすることが出来ました♡
もうね、絶対乱馬と蓮馬であかねちゃんの取り合いですよね。間違いない!

また何か思いついたら是非是非教えてくださいね(*‘ω‘ *)。
2016/09/02 Fri 22:41:50 URL
良いです! : 憂すけ @-
何もかもがツボなお話です!ニヤニヤしながら堪能させて頂きました♡本編も情緒のある夏独特の切なさが満載で素敵でしたが、番外編もまた!あ~!結婚して子供が居るのに〝焼きもち満載乱馬”!堪らんです!「あかねに可愛いって言っていいのはおれだけ」とかもう!どんだーけー!と悶えまくりっス!ww子供の名前も素敵です!蓮馬君、良い名前です。幸せ家族乱あ、ご馳走様でした!(#^^#)
2016/09/21 Wed 12:06:28 URL
Re: 良いです! : koh @-
> 憂すけさん

私が実際に大きな子供と 中くらいの面倒くさいのと ちっこいギャングの母親をしてるので
なかなか家族ものだけは手が動かないのですが(書いたらリアル100%になっちゃう💦)
今回はありがたいことにリクエストもいただいたので挑戦してみました。
時間が経つほど、冷静なあかねに対して乱馬のほうが一人ヤキモキすればよろしいw
最近、妄想が書く時間のキャパを越えててネタばかりがポロポロと…。
乱あの神様、時間をください💦
2016/09/21 Wed 14:39:09 URL

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