1. 許嫁の好きな人 

2016/09/06
1. 触れられない背中】を書いた時に、急に書きたくなった東風先生のお話です。
登場回数に関わらず、乱あの馴れ初めを語る上で欠かせない存在なのが東風先生。
二話までは原作を勝手な解釈でなぞっています。※ 全四話予定
乱馬視点で思い切り私個人の妄想の塊りとなっていますが
"こんな解釈もあるのね"と生温く見守っていただけると嬉しいです。

+ + + + +



フェンスの上から3m前方斜め下、長い髪を束ねた黄色のリボンが揺れている。

雨の日も風の日もその光景は変わらない。
一度 こいつの姉ちゃんに言われた。


「なんで隣を歩かないのよ。あ、わかった!照れちゃってるわけね。ふーん」


ニヤニヤ笑いながら「そっかそっか、お互い意識するお年頃だもんねー」などとふざけたことを ぬかしてやがる。



そんなんじゃね―。
そんなわけねー。


男嫌いで、言葉の前に手が出る暴力女。
人の顔を見ると露骨に不機嫌そうに眉をひそめ、おれを見つめる顔には常に眉間にしわを寄せている。



"あんたなんて お断りよ"


まるでそう書いてあるような このかわいくない女は、一応 おれの『許嫁』。
だけどそんなことは関係ねえ。
親が決めた許嫁だろうが婚約者だろうが、おれはこいつの笑った顔に男の姿で一度もお目に掛かったことはない。
初対面が最悪ならば、その後もずっと最悪ってわけだ。






そんな男のおれに こいつが初めて見せた柔らかい表情は 初登校の日に東風先生とやらの話になった時だった。


「あいつ 強えだろ」
「えーっ、わかるぅ?」

いきなり声のトーンが一段高くなる。ったくわかりやすいったらありゃしねえ。
自分のことのように誇らしげに語っちゃってさ。
聞いてもねえのに小さい頃からお世話になってるなんて饒舌になっちゃって。
必死でポーカーフェイス気取っててもバレバレだっつーの。



道草をくった分、目的地に向かって歩くその足は徐々に速度を上げる。
それは歩きから早歩きになり、いつの間にか全力疾走に変わっていた。
真横に一定の距離を保って並走する。
まるで何かの勝負のように、目を見ながら話すこともなければ ただ前だけを向いて必要な用件のみ確認するだけの会話。
許嫁同士なんていう甘い響きとは無縁の、ただ目的の場所が同じだけという そこらの歩行者と同じ扱いだ。

お互い、口に出さなくともこれだけはわかる。



『おれは、あたしは、 こいつを許嫁なんて認めない』



それだけは 明確だった。













初めての風林館高校では二つの驚きがあった。
一つは、意外にもこいつがモテること。
もう一つは素面で木刀を振り回す とんでもねえ変態がいるということだ。
しかもどうやら、この変態もこいつの事が好きらしい。

口が悪くて凶暴で 愛想笑いの一つも出来ない頑固な女。

一体こんな女の何がいいんだ?
せいぜい、百歩譲ってちょっと顔がいいだけじゃねーか。
そのくせ、一たび おれが女になっちまうと どこから調達したのか湯を片手に自分を挺して時間稼ぎなんかしてくれちゃってよ。そんな事、おれは一言も頼んでねーっつーの。
…おまけに礼の一つも言わせてもらえねえんだからな。やっぱりどうも こいつとは相性が悪いらしい。











それから数日後のことだった。
九能が持っていた おれとこいつの写真のことをきっかけに、殴る蹴る、散々な報いを受けたおれは全身打撲脱臼でほねつぎやに運び込まれた。


あのな、おれは「せめておれの半分くらいの色気身につけねーと嫁のもらい手が…」、そう事実を述べただけだぞ?
なのに見るも無残なこの仕打ちったらねえ。
一やったら百返ってくる 最低最悪な凶暴女。
そんな凶暴を絵に描いたような女が、東風先生を目の前に急に借りてきた猫みてえに大人しくなってやがる。

なんでい、急にしおらしくかわいこぶりやがって。
そんな頬なんか染めてよ、手なんかもじもじしちゃってさ。
一度でもおれの前でそんな態度見せたことあんのかっつーの。

裏の顔を知っているおれは思わず乾いた笑いが漏れそうになる。

女ってこえーよな。
こうやって人によって態度使い分けてころっと表情を変えるんだからさ。
ま、おれに こんなはにかんだような顔を向けられることはおそらく一生ないんだろうけど。
別にいーんだけどさ。おれだって こいつに優しくおべっか遣う気なんてさらさらないし。
別にいーんだけど。

…あーあ。"許嫁"ってなんなんだろうな。









ほねつぎやを後にする帰り際、思いがけず おれだけ東風先生に呼び止められた。

「許嫁はともかく、あかねちゃんと仲良くしてね」

…。

なんだよ それ。
仲良くって、そんなの おれ一人の意思じゃどうにもなんねえだろうが。
おれは面白くなくて言い返す。

「おれは別にけんかしたくねーんだけどさ。あいつ いちいちつっかかってくるんだもん」
「でも、やさしいいい子だよ」
「どこが?」
「そんなに力一杯聞かなくても…」

眼鏡の奥の優しそうな目が困ったように笑う。


そりゃあさ。東風先生の前ではやさしくていい子だろうよ。
でも おれに向けてそんな表情を見せてくれるわけじゃない。
あいつが男に対して唯一こんな女らしい態度を見せるのは……。


……。

…おれは一体何を東風先生に張り合ってんだ?くだらねえ。
あかねが心配そうな顔でこっちを見ている。
二人で何を話しているの?先生に暴力的って思われちゃった?
大方、そんなとこだろう。
せいぜい そうやってヤキモキしてればいい。
ついでにおれに対しての反省も含めてな。




そのまま、ポンと腰を叩くように押されて東風先生に見送られると、何かを言いたげなあかねと並んで歩く。
ほねつぎやが完全に見えなくなった頃だろうか。
いつも口を開けばかわいくねえことしか言わないその唇が不意に呟いた。


「…なに話してたの?」

…やっぱりな。

「別に」

普段、言われ放題なんだ。こっちだって仕返しの一つくらいはしたくなる。

「あかねは手のつけられねーはねっ返りだから大変だろーって、同情されちった」

瞬間、あかねの肩がぴくりと動いた。

(くるかっ)

身構えたその時、

「そ…か」

聞こえてきたのは 蚊の鳴くようなか細い声。



…………。


なんだよ。なに真に受けてんだよ。
いつもの調子で「なんですってー!」なんて歯向かってこねーのかよ。
まるでおれがすげー悪いことしたみてえじゃないか。
後ろにおれが歩いていることなんて忘れてしまったように、あかねの頭は東風先生のことで一杯というその態度。

そーか。
そーか。
そーかよ……。






「ウソだよっと」




この空気に堪りかねて髪留めの黄色いリボンを引っ張る。



「いっちょまえに傷ついてやんの。ばーか」
「…なによ ガキ」

そう。
目の前でこいつがあからさまに傷付いてるような表情を見せるから仕方なく…
仕方なく相手をしてやるんだ。
ただ それだけ。

そんなおれの気持ちを知ってか知らずか、まんまとあかねが挑発に乗ってくる。
だけどこの時ばかりは ぎこちない空気が紛れてホッとしたのも事実で。


「ケンカ売ってんの?」
「そーそー、そうやって鼻息荒くしてんのが似合ってんぜ」
「なによっ」
「おーっと」

さっきの台詞が嘘だと分かった途端、またいつものようにおれに向けて鞄をぶんぶん振り回してきやがる。
それをわざと当たるか当たらないかの間合いを取って ひょいと後ろに避けた時だった。



「あ…」



なんだ、これ?
カクンと。
突然 自分の下半身が地面に沈み込む。
まるで神経が通っていないように 足に全く力が入らない。


(…っ!あんにゃろ、さてはあの帰り際 腰に何か細工をしやがったな)


ちくしょう、かっこわりい。
よりによって こいつの前で……。



― と、"何やってんのよ あんたは"と言いたげにあかねが おれを覗き込んでくる。
そして小さく溜め息をつくと、思いもよらぬ言葉を口にした。

「しょーがないな、もう」
「なにすんだよ」
「おんぶ。歩けないんでしょ」

おんぶ!?
おんぶって…あの おんぶだよな!?
じょ、冗談じゃねえ!

「ばっきゃろー、男がそんな恥ずかしいこと…」

言い終わるか終わらないかのうちに 頭から勢いよく降り掛けられたのは水道水だった。
ホース片手にしれっと言う。

「女同士ならいいわけね」

…って この扱いかよ!
もっと他にあんだろ!?こう なんていうかさ、だから、その……



……。

…ばっかじゃねえの。
おれが水を被って女になったら おぶるおめーの背中だってびしょ濡れになっちまうだろうが。そんなことくらい、流石にこいつだってわかってるだろ?

この優しさはあれか。おれが、とか 許嫁だから、とかじゃなくて、これが爺さんでも婆さんでも犬でも猫でも…"困っている人を放っとけない"、きっとそういう優しさなんだな。
優しさ……違う。
お節介。そうだ、お節介。
きっとそれなんだ。



一歩ずつ歩く度に揺れる振動を胸の前で感じながら、さっきの先生の言葉を反芻する。





『あかねちゃんと仲良くね』


…別に仲良くしたくないわけじゃ、ない。






『本当にやさしいいい子だよ』


そーかなぁ。






『すぐわかるよ』


……。

まだわかんねーや。
わかんねー、けど…。



遠く幼い頃にしかない おんぶの記憶。
その記憶を上書きするように おれをおぶる華奢な背中は言葉がなくても優しくて。
そして じんわり温かかった。



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comment (2) @ Omnibus それぞれの初恋

   
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comment

モノローグ : はづき @/Dova3jY
kohさん、新作待ってました〜!
らんま1/2ってモノローグあんまりないんですよねぇ。
会話とキャラクターの表情だけであとは読者の解釈次第…。
ホントのホントはどんな風に感じてたの?!って気になりますし、
このマンガの魅せどころでもあるんですよね。
kohさんの小説、違和感なく読めてしまいました!
うんうん、きっと乱馬、そう思ってたんだよね、ってkohさんの小説読んで再確認…みたいな。
乱馬が「あいつ、強ぇだろ」と言って、あかねが「えーっわかるぅ?」って珍しくとげとげしくなく答えた時の乱馬の気持ち、すごく納得。なんかモノローグ化してくださってありがとうございます…😭って感じです。
あー。語彙力なくて伝わらないもどかしさ!また次作楽しみにしてまーす😊
2016/09/07 Wed 07:21:31 URL
Re: モノローグ : koh @-
> はづきさん

らんまの世界における東風先生ってすごく妄想を掻き立てられますよねー。
それでいて勝手に汚しちゃいけない聖域というか。
ずっと書きたかったけど躊躇して中々ペンの進まない領域にとうとう足を踏み入れてしまいました💦。
私の書く乱あは"こうだったらいいな"という個人の願望が多分に含まれているので
きっと違う解釈も沢山あると思うのですが、違和感なく…と言っていただけてホッとしました♡

言われてみると、確かにらんまってモノローグが殆どないですね!
だからこそ色んな捉え方が出来て惹き付けられちゃうんですよね~。留美子先生、ニクいわ♡
って言うか、今回初期らんまを穴が開くほど読み返していたら乱馬がイケメン過ぎるっ!
無意識のうちにあかねちゃんのことをすごく気にしてて、もうニヤニヤが止まらなかった(´▽`*)♪
(なのになぜ途中、あんなキャラになってしまったのか…いや、それも好きだけどw)

さて、あとはこの頭の中の妄想を急いで書かなくては💦
新学期の学校と仕事の忙しさをナメてました…チーン。
2016/09/08 Thu 05:20:00 URL

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