2. かわいくねえ女 

2016/09/08


「ときにおまえ、あかねとどこまでいった?」


突然、ヒロシと大介が真顔で聞いてきた。
自分の恋愛事情は置いといて、取りあえず人の色恋沙汰が気になるオトシゴロ。
どうやら この二人もずっと聞くタイミングを伺っていたらしい。
まだ体育の授業中だというのに、鉄棒で自分の番が終わったおれ達はグラウンドに座りながら自然とそっちのほうの話で盛り上げる。

「あんなことやこんなこともしたんだろ?」
「してねーよ」

んなこと、考えたこともねーよ。

「ウソつけ。こんなことやあんなことや…」
「あまつさえ、あんなことまでしてんじゃねーのか!」
「っ!誰があんなかわいくねー女と…!」


くっだらねえ。
っつーか許嫁同士ったって、そんなのは所詮 親が勝手に決めただけの呼び名だ。
自分達の意思など100%関係なく、知り合ってまだ日の浅い ただの同居人。
それがどうこうなるなんて あるはずがない。
そんなこと あるわけねーじゃねえか。



そんなばかばかしいやり取りをするおれ達の視線の先では 同じく校庭でクラスの女子がソフトボールの試合を行っている。
別に見たくて見てるんじゃない。
ただ、視界に入るから。
だから結果、見てることになってるだけっていうか。
一応、同居人だしな。
許嫁だからとかじゃなくて、ただ ちょっと知った顔だからつい目に留まってしまうというか。うん、それだけなんだ。
そんなおれの胸の内の要らぬ言い訳など知ったこっちゃないというように、あいつは全力でプレイに熱中している。

(運動神経は悪くねえんだよな)

チーム対抗のその試合の中では いつの間にかあいつが中心となって回っていた。
同じチームの仲間の掛け声に反応しながら しなやかな動きで力強く地面を蹴ると、飛んできたソフトボールの弾をキャッチしたあかねが無邪気に笑って白い歯を見せる。


ドキ…。


ま、待てっ!なんだ、今のドキって。
間違ってんだろ、俺の心臓。
目を逸らすように慌てて下の土に視線を落とすと、あかねを見つめたまま隣でヒロシがしみじみと呟いた。

「かわいーよなー、やっぱ…」
「…わいくねーよ」




…なんとなく弁解じみた言葉が口を突いて出る。
あかねの想いのためにも。
おれの心臓が間違って誤作動を起こさないためにも。

「だいたい あいつはちゃんと好きな男が…」

そこまで言った時だった。
大きな歓声があがった直後、鈍い音と共に突然 おれの右の頬に強烈な痛みが走る。
どうやら あかねの打った球が顔面に命中したらしい。
…こういう時だけお互い惹き合うんだからな。ったく やってらんねえ。


「なあ、早乙女。おまえ 拳法の達人だろ?ヨケるとかウケるとかできなかったのか?」
「…ちょっと 考えごとを……」

その考えごとが他ならぬあかねのことだなんて 死んでもバレたくない。
脳天をつき抜けるような痛みを感じながら、おれは強がって冷静な振りをするよりなかった。









「ごめんね、まだ痛い?」

もう何度目になるか分からない謝罪の言葉を口にしながら、おれの右隣で艶やかな黒髪が揺れている。

(…なげー髪だな)

こいつも一応、格闘家の端くれなんだろ?なんつーか、見た目と中身が全然釣り合っていない気がするのは気のせいだろうか。
まあ、髪の毛だけ伸ばして一見 女らしくしてても中身はあれだもんな。
まだズキズキ痛む右の頬の原因を思い出しながら、あらためてこいつとの相性の悪さを再確認する。
こうして隣を歩く姿をちらりと見ても、それ以外 別に何とも思わない。

(やっぱ さっき感じた心臓の鼓動も気のせいだったんだな)

そう思うとホッとした。
おれは修行中の身なんだから。
ましてや、他の男に恋している奴なんて気にしてる場合じゃねえ。

今だってさ。
一緒に歩いているのは おれに怪我をさせちまった責任感が50%だとしたら、帰る家が一緒だからという理由が残りの50%。それ以外の理由なんて全くない。
そして家に着いたら 飯の時に顔を合わす以外は特にお互い用事もなくて。

"許嫁というより ただの同居人"。

しかもこいつには他に好きな奴が居て、こいつにとって おれは他の奴らと同じ クラスメートの一人に過ぎない。
即ち、おれにとっても こいつはただのクラスメートなだけで。
それでいいじゃねえか。
…うん、それでいい。



誰に示すでもなく もう一度頭を冷静にして納得したその時、不意に見慣れた白黒の毛皮が目に飛び込んできた。
それはパンダ姿のまま ほねつぎやの前でほうきを掃く おれの親父だった。
思わず声を掛けると、そこへひょっこり東風先生も顔を出す。
これは果たしてラッキーなのか、アンラッキーなのか…。

おれといつも仲良く二人で帰っているなんて誤解されたくないであろう あかねの胸中なんて知らない先生は、パンダ姿の親父を紹介しながら「乱馬くんのおとーさんだったのか。あんまり似てないね」と呑気に話している。
いやいや、これで「似てますね」なんて言われたら それこそヤバいだろ?
天然か?
先生はいわゆる天然ってやつなのか?
おそらく十歳近く離れてるだろう大人の先生は、その年齢差を全く感じさせずにおれ達を室内へと招き入れる。
あかねにしてみたら気まずさ半分、東風先生に会えた嬉しさ半分ってとこだろうか。



「お邪魔します…」


おれの脱いだ靴も一緒に玄関の隅に揃えると ベージュ色のビニールスリッパに履き替える。
他に患者のいない院内はやけに静かで、タイル調の床にペタンぺタンと二人のスリッパの音がよく響いた。
慣れた手つきでお茶を淹れる先生の横で 小さくなるあかね。その背中からは おれが先生の前で余計なことを言わないように…そんな緊張感にも似たようなもんをビンビン感じる。

ばーか。
別におれだってそこまで意地悪くはねえよ。
人の恋に首を突っ込むほど暇人なわけでもねえんだ。

そう。
そんな風に思っていた。
あいつがあんな表情を見せるまでは。






「東風先生 かすみおねえちゃんが好きなのよ。態度見てればわかるもん」





そう言って眉を少し下げながら、薄く笑う。

東風先生はかすみおねえちゃんのことが好きなの。
かすみおねえちゃんしか見ていないの。
あたしの想いなんか叶うわけないじゃない。

まるでそう 自分に言い聞かせるように。





かすみさんが来院して大きく取り乱す先生を前に、こいつは鉄壁の笑顔を崩さない。
だけどそこからはびっくりする程 情緒の一つも感じられなくて、まるでニコニコほほ笑むことを命令されたロボットのようだ。
それまでおれの前で見せていた感情的な顔が嘘みてえに、無理やり作ったにこやかな表情を貼り付けると、そのまま二人の邪魔をしないように下手な言い訳をしてその場を後にする。
二人の邪魔をしないため……?


違う。


堪えきれなくて、その場を去ったんだ。
パタパタと逃げるようにスリッパの音が遠くなっていく。その音が、なんだか今にも泣き出しそうなあかねのようで。
そんなあかねの心情など知る由もなく、目の前では浮かれる東風先生を見てかすみさんが微笑んでいる。




なあ、先生。

先生は痛みを治すプロなんだろ?なのに なんで…



なんであかねの心の痛みには気付いてやれねえんだよ。








…少しだけおれの胸の奥が チクリと痛んだ気がした。







家に戻ったおれは なびきに聞いてあかねの姿を見つけるも、どう声を掛けていいのか分からなかった。いや、本当は声を掛ける必要は無かったのかもしれない。
きっとあかねだってそんなことは望んでいなかっただろう。
それでも放っておけなかったこの感情は、やはり"お節介"と呼ぶのだろうか。
道場の裏でコンクリートブロックを割る後ろ姿を見ながら、そっとタイミングを窺う。





(泣いてんの…かな…)



泣くんだったら 泣いちまえばいい。
怒るんだったら 怒っちまえばいい。

ただ、なんとなく。
こいつが無理して笑えば笑う程 おれの胸がまたチクリと痛むような気がして。
さっきみたいな顔だけは見たくねえと思ってしまったんだ。



そしてあかねに言われるがまま 道場で向かい合って手合わせをする。
いや、手合わせっていうよりかは一方的なあかねの攻撃をおれがかわしているだけか。
さっきまでの能面みてえな表情が嘘みたいに、いつも通り眉間にしわを寄せて真っ直ぐおれを見据えるその目には怒り、ストレス発散、そんなもんを感じるけど そこに楽しさは見られない。

なんでこいつは いつも怒ってばっかなんだろうな。
怒りを持続するって すんげー疲れるんじゃねえのか。
格闘で身体を動かすのは確かにストレス発散になるけどさ、でもそれだけじゃつまんねえだろ?
大体そんなの…もったいねえよ。



「おまえさー、そんな怒ってばっかいて疲れねーか?」
「よけーなお世話よ!」


言葉通りを受け止めるあかねが また一突き拳を繰り出す。



「だけど おめー…」


その突きを難なく避けると、怒ってばかりのあかねに対して ついこぼれてしまったのは おれの本音。






「笑うとかわいいよ」






あんな無理な笑顔じゃなく。
あんな寂しい笑顔じゃなく。
ただ、昼間見た笑顔が眩しくて。




もう一度あの笑顔が見たい。



不意に浮かんだこの気持ちをなんと説明していいのか分からないまま、へたり込んでも尚 負け惜しみを言うあかねを前に おれは口笛を吹いて ただその場を誤魔化すしかなかった。









その晩、なぜだか自分でもわからないけれど もう一度あかねに会いに行こうと思った。

会いたいから?

…違う。
ただ、泣いていないか確認するだけ。それだけだな、うん。
けど、面と向かって部屋のドアをノックするのも それはそれで気恥ずかしい。
どうしたものかと迷いながら、結局おれは あかねの部屋の窓からごく自然な風を装って様子を伺うことにした。
屋根の上からひょいと覗き込むと、どうやらカーテンが空いているらしく窓からは部屋の明かりが漏れている。

(流石に泣いてはねえよな…)

そう思いつつも それは単におれの願望だけのような気がして、少し躊躇いながら窓枠に手を掛ける。
と、そこで目に飛び込んできたのは手鏡を両手に持って 似合わない作り笑いをしているあいつの姿だった。




「なに一人でにやけてんだ。気持ちわりーな」







……その後の惨事は言うまでもない。
せっかく治っていたおれの首は 再び"左にならえ"よろしく きれいに曲がっている。

あーあ。
なんだよ、人がせっかく慣れない気遣いをみせてやったのにさ。





"元気になって良かったな"なんて。


とてもじゃねーけど そんな優しいだけの気分にはなれねえ。




なんだよ。
なんだよ。
東風先生の前では あんなかわいこぶるくせによ。
こんな時間にわざわざ外で待機してたおれが ばかみてーじゃねえか。




…あーあ。


やーっぱり かわいくねえ女。



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comment (2) @ Omnibus それぞれの初恋

   
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comment

ああ、もう : yoko @-
上手く言えないんですが、すごくイイ!です!
『先生〜気付いてやれねえんだよ』の心の声、鳥肌がたちました…

九月、バタバタですね>_<
無理をされませんよう…と言いつつ、続き、楽しみにしてます(^^;
2016/09/08 Thu 21:32:07 URL
Re: ああ、もう : koh @-
> yokoさん

"すごくイイ!"、ありがとうございます(´▽`*)♪
シンプルな褒め言葉が身に沁みます~♡ ←謙遜を知らない素直なアラフォーw

5巻前半までのらんまってすごく乱馬が素直に顔で物語っているんですよね。
あらためて読み返してニヤニヤが止まりません。
眉毛の角度一つでここまで表現できる留美子先生は医大…あ、ちゃうわ。偉大✨です。

乱馬の心の声は毎回キーを打つ手が勝手に動いて出てくる感じなので
私にもどんな風にまとまるのか毎回「?」なのですが、
yokoさんの心に響いたようですごく嬉しいです(´艸`*)。
2016/09/09 Fri 16:29:29 URL

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