フレーバーティー(番外編) 

2016/10/03
こちらは【大学編① 4話 ほどけた糸 】の乱馬視点になります。

+ + + + +



買うつもりなんて全然なかった。本当に。




一人暮らしの部屋への引っ越しは 呆気ないほど簡単に終わった。
考えてみたらそれも当然か。
元はといえば天道家にだって許嫁という名の居候だったんだ。
自分の個室もなかったけれど、元々 物に固執することの少ない俺にとってはそれも大した問題じゃない。
むしろ必要な物は全て居間と道場に揃っていたし、今思えば自分の個室がなかったからこそ ああやってあかねの部屋に図々しく居座れた気もする。

「……」

季節外の衣類を除けば 大袈裟じゃなくリュックと大きめのボストンバッグ2個程度で収まるような荷物の量。
きっとあかねが見たら「あんた 肝心の勉強道具は?」なんて 小言の一つでも言うんだろうな。
簡単に想像出来て思わず笑っちまった後に感じる虚しさ。
テレビも無いようなこの部屋に唯一家具らしい家具のベッドが運び込まれるのも明日だし、俺は財布と携帯だけ持つと家の近くのスーパーやホームセンターをブラブラ散策する。
洗濯竿…は、取りあえずロープを張ってあとは洗濯バサミでいっか。
箸やスプーンなどカトラリーは最低限度の2セットずつおふくろが持たせてくれたけれど、果たしてそれを同時に使うかも疑問だった。
それに、もしも大介やヒロシが遊びに来て足りない時は 使い捨ての割り箸なんかで充分だろう。

こうやって考えると、本当に必要なもんって意外とねーんだな。
それでも一応、生活必需品と呼べる洗剤やシャンプーリンス、石鹸に歯磨き粉…
そんなモンをポンポン カートに入れながら、食器類のフロアの通りでふと足を止める。


「……」


…ま、必要ねーか。
ホームセンターで売られている食器らしく 可愛さよりも実用性とお手頃な価格帯が売りの白いカップ類が並んでいるのを見ながら、

(なーに考えてんだか…あほらし)

わざと悪態をつくように早足でその場から離れる。






それなのに。




次に立ち寄ったスーパーで見つけた"それ"。
最初は全然気にも留めていなかった。

これからの貧乏学生生活を送る上で、いちいちペットボトルの茶なんて購入していられない。大量に入った二百円そこそこの麦茶のパックを求めたついでに

(たまに甘いもんが飲みたくなんだよな)

そう思って立ち寄ったコーヒーやココアの粉が並ぶ棚の隅に見つけた、俺に似合わないクリーム色とピンク色の可愛らしいパッケージ。
その表面には"期間限定 春のフレーバー"の文字が躍る。


「……」


くるりとひっくり返して背面の賞味期限を見る。
そこには"20xx.2.17 賞味期限に関わらず開封後はお早めにお召し上がりください"の文字。
沢山の種類がある中でなぜだか目が留まったそれを片手に暫し迷った後、そっと棚に戻して 少し離れたところに並んでいるココアの袋に手を伸ばす。
うん。やっぱりこっちの方が俺らしい。

それなのに。





本当に 買うつもりなんてなかった。
現にレジでの支払いだって終えたのに。
諦めきれない己の未練がましさを笑うように、気付いたらシンクの上の棚の隅にちょこんと鎮座するのは サクランボ味のフレーバーティー。
可愛らしいものとは無縁の部屋の中で、なんだか少し居心地悪そうに見えるのは気のせいだろうか。
女々しい自分に また呆れて笑っちまう。

すっかり日が暮れた薄い壁のアパートは 備え付けのエアコンだけではとてもじゃないけど足元から駆け上がってくる寒さに耐えきれなくて。
そんな時のために買ってきたココアなのに、何を思ったのか その隣に並べてあるフレーバーティーに手を伸ばす。
密封されたシュリンクに爪を立てて薄いビニールを取ると、途端に鼻先をくすぐる甘酸っぱい香り。
カップ一杯分の湯を沸かしてゆっくり茶葉が蒸れるのをぼんやりと待ちながら、綺麗な琥珀色に色付いた紅茶を一口 口に含む。


「あち…っ」

たまにあかねの部屋でも感じたことがあったようなフルーティーな香り。
でも 砂糖もミルクも入れてない この手の中の紅茶はやけに苦く感じて。
それまであんまり気にしたこともなかったのに、本当は自分があまり好きなタイプの飲み物じゃなかったってことに今更ながら気が付いた。



"賞味期限に関わらず開封後はお早めにお召し上がりください"、か。



高級でも何でもないこんな紅茶の香りなんて、きっとすぐに飛んでいってしまうだろう。
まるで俺とあかねの思い出みたいだ。


「……」

きゅっとパッケージの封をゴムで留める。
この香りが完全になくなってしまった時、その時 俺とあかねは一体どうなっているんだろう ―?









大きさだけが取り柄の白いマグカップの中には 淡い琥珀色の紅茶。
両手をそっとカップの取っ手と反対側に添えると、湯気をふぅ…っとひと吹きした後口に含む。

「あ…美味しい」

あかねが目を細めるのを確認して、俺も一口湯呑みの中の紅茶を口にする。



不思議だ。
あんなに苦いと思ってたはずなのに、今はこんなにゆっくり味わいたいと思うだなんて。
こいつがなくなるまでは 約束された二人の時間。

あーあ。
せっかく二人きりだってのに なんであかねの顔を真っ直ぐ見ることが出来ねーんだろう。
近いようで遠い二人の微妙な距離を 仲良くゆらりと互いのカップの湯気が交わり、そしていつの間にか消えて行く。




ふと あかねが呟いた。


「好き……」
「…え?」
「あたし、こういうフレーバーティーって好きなんだ」



…知ってる。
んなの、俺は実家にいる時から知ってたっつーの。
何てことない独り言。
ただ それだけなのに。





「……学校、さ」



俺の中の何かが動き出した気がした。






< END >




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comment (4) @ 大学編① 春の決意 

   
1. 蛍光  | 19. あとがき 

comment

もう : yoko @-
大学編①を読み返しに行くしかないじゃないですかー!
しっとり乱馬も…いい。
あの紅茶の裏に、葛藤や期待や不安や色んな感情があったんですね…。
話の締め方がツボでした\(//∇//)\
2016/10/03 Mon 16:46:40 URL
Re: もう : koh @-
> yokoさん

度々こんばんは(笑)。
私、実はこういうはっきりしないけど何かときめく(自分で言うな💦)感じがすごく好きで。
ガーッと甘いのより、このくらいのさじ加減が個人的には一番妄想を掻き立てられます♡
普段は強気な乱馬があかねちゃんに心を揺さぶられる…(´▽`*)114 114♪ 若いっていいね!←?
大学編①がなければその後がないので、シリーズ①は特に思い入れが強いんです。
っていうか、確かこれ創作活動して5日目に一気に投稿してるんですけどね💦。
どんだけだよw
2016/10/03 Mon 22:02:09 URL
飲んでみたい : 憂すけ @-
いっつも思うのは、kohさんのお話ってリアルだ、と。ネタ元はギャグ感強めのラブコメ漫画の筈なのに。このお話も、乱馬の日常感が凄く丁寧に書かれていて、〝本当の日常の一コマ”を見てるみたいです。なんだこのしっとり感!あー、何か秋だし。このお話読んだら紅茶が欲しくなりました。(´ω`*)
2016/10/05 Wed 11:00:10 URL
Re: 飲んでみたい : koh @-
> 憂すけさん

あ、あれ…。私、疲れてるのかな?
朝の打ち合わせを終えて爆睡した後 憂すけさんからのコメントに気付き、
「飲んでみたい…ナニを?」と本気で心配しました。
(よりによって 直前に【エ・プ・ロ・ン】を投稿したところだったので💦)
こんなっ!こんな素敵なコメントをいただいたのに、私のあほあほっ!

話は戻って、大学編はよりリアルさを大事にして書いているつもりだったので、
そんな風に言っていただけて嬉しいです♡
ただでさえ超パラレルですからね。
その中で 読んでくださる方が想像しやすい世界だといいな~なんて思ってます(´艸`*)。
ちなみに私、紅茶が大好きなもので ついつい あかねちゃんにも紅茶ばっかり飲ませてしまいます。
2016/10/05 Wed 14:16:35 URL

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