1. 蛍光 

2016/10/04
こちらは【 大学編⑦ 何度でもつかまえてあとがきにてリクエストいただいたお話です。
(素敵なお題をありがとうございました♡)

“蛍”と一言キーワードをいただき、瞬間にしてパッと浮かんだストーリーなのですが
おそらくイメージとは違うかと思います…ひねくれ者ですみません(>_<)。
自分では全くなかった発想なので、個人的にとても楽しく書き上げることが出来ました。



【 蛍光 】



「俺が一人で行く近場の修行んとこで ホタルが見える場所があるんだよな」


何気なく乱馬が言った。
そもそも どうしてそんな会話の流れになったんだっけ?
えっと……そうだ。
あたしと乱馬が まだ希子さんのことで誤解をしている時、乱馬の部屋から帰り際に
「元気になったら二人でどっか行こう……どこでもいいから」
と抱きしめられて。
誤解だとわかった途端、元気になり過ぎた乱馬が 一緒にテーブルを挟んで朝食を食べながら切り出してきたんだった。






「ところであかね、どっか行きたいところは決まったか?」
「行きたいところって?」
「っかー!これだから おめーは薄情だよなぁ。前に俺が言っただろーが」
「前って……ああ、あんたが希子さんとこの部屋で二人きりで過ごした次の日のことね。はいはい、ちゃんと覚えてるわよ?」
「……おめー、今 俺のナイーブな心をすげー傷つけたぞ?」
「何言ってんのよ、あんならしくないこと言っちゃって。あたしの方が"何かあったのかしら"ってドキドキしてたわよ」
「あ…」
「でも今 こうして冗談にして言えるんだから良かったじゃない」
「ま、まーな」


希子さん…。
彼女のことを思うと切ないような、胸がきゅうっと掴まれるような気持ちになるけれど こればかりはどうしようもない。
あたしはかつての思い通りにいかない淡い恋心をふと思い出し、目の前の乱馬をじっと見つめる。

「な、なんだよ。俺は別にやましーことなんて……」
「そんなこと 誰も言ってないでしょー?」

いつもだったらペチンと頭をはたく手を乱馬の頬に添えて、反対側のほっぺに一瞬のキスをする。

「あ…あかね?」
「なによ」
「お、おめー、どうせすんならもっと他の……」
「ダメ。他のとこにキスしたら またあんたのスイッチが入っちゃうもん」
「別になんも問題ねーじゃねえか」
「あるのっ、問題 大ありなのっ!」


そう。
今日こそは朝食を食べたら一先ずあたしは 一度自分の家に帰る。
あの試合会場で乱馬と希子さんのことを誤解してから今日で五日目。
家族も心配するだろうし(あ、しないかしら?)、流石にあたしも今晩くらいはゆっくり休みたい。
食べ終わった食器を流しに運んでいると、その背中に乱馬がぼそりと話し掛けてきた。




「…んじゃ、来週末の夜 空けとけよ?」
「え?」
「ホタル。一緒に見に行くだろ?」
「うん、そりゃ行きたいけど…」

でも…。
蛍って 確か夜行性で活動するのは夜の八時とか九時よね?
乱馬が修行するっていうくらいだから流石に都心では済まないだろうし、いくら近場とはいえ そこから電車に乗って帰って来られるのかしら?
そんなあたしの心の声が聞こえたように、あたしの顔を見ずに乱馬が続ける。


「……泊まりで」
「え……?」
「た、たまにはいーだろ?夏休みなんだし。い、今までだって おめーも俺の修行について来たことだってあったし!」
「そ、そっか、そうよね!そんなこともあったわよね!」

なんとなく照れくさくて 二人で大袈裟に確認し合った後。




「でも言っとくけど、来週は修行 ナシだからな」


そう呟く乱馬の顔にドキリとさせられて。



「わ、わかってるわよ」


そう応えたあたしの声は すごく期待に満ちていたと思う。










「わりいっ!あかね!」



恋人から掛かってきた電話口での 開口一番目がこれってちょっとへこむ。
今度は一体何をやらかしたのよ?
そう言ってやりたいのも思わず躊躇してしまう程の、乱馬の心からの"わりい!"。
あたしはいつも通り 平静を装って聞き返す。
…まあ、なんとなく想像はついてるんだけど。



「わりいって何よ。エスパーじゃないんだから言ってくれなきゃわかんない」
「いや、その…週末のことなんだけど……」
「…」
「どーしても外せねー用事が出来て行けなくなった。……わりい」


…はい ビンゴ。
一緒に過ごした時間だけは長いせいか、言いづらいことを乱馬が切り出す前に その用件を心の中で当ててしまう自分がちょっとコワい。


「で?その外せない用事ってなんなの?」



聞けば 乱馬の所属するサークルの部長の頼みにより、木曜日から三日間 泊まり込みで試合会場の設営やプロモーション的な格闘のイベントを行うらしい。
部長としては大学で花形の乱馬の出場を、乱馬としては今回の件で色々お世話になった部長の頼みとあって無下に断ることも出来ないらしい。




「そんな理由なら仕方ないじゃない」
「へ?」
「だって先輩には普段から色々お世話になってるんでしょ?」
「そ、そりゃー、まあ」
「それに格闘のプロモーションだったら乱馬にとってもチャンスじゃない。きっとその方面の関係者だって少なからず来るだろうから 顔を覚えてもらういい機会よね」
「まあ そうなんだけど…」

なによ その気のない返事は。
せっかく あたしが応援してるというのに、逆に乱馬の声が小さなものになっていく。


「あのね。あたしだって子供じゃないんだから そんな理由で怒るわけないでしょ?で、会場はどこなの?」
「ああ、えーと確か、Y県っつってたな」
「Y県…ってことは、まあここから高速使って近いと言えば近いけど、イベント後の撤収も考えると電車で土曜日の夜に帰ってくるのはちょっと厳しいわね」
「そうなんだよなー。そこだけがネックっつーか…」
「ま、しょうがないじゃない。これも一つの修行だと思って頑張んなさい」
「あかね…」
「あたしもちょうど溜まってた夏休みの課題を片付けなくちゃなんなかったし。やってみたら意外と終わらないのよね、これ」
「あかね」
「だからあたしの方は気にしなくていいわよ。あ、当日は観に行けそうもないけど頑張ってね」


惨めにならないように。
責めたりしないように。
あたしにだってやることくらいあるんだから、と強がるように。

そのまま カラ元気で通話を切ると ぽすんとベッドの上に携帯電話を投げる。
続けてあたし自身もベッドの上にダイブすると、バウンと大きくベッドが跳ねた後に何回か全身が上下に揺れた。




(……仕方ないじゃない)



誰も悪くない。
こんなこと、付き合っていたら これからだってきっとあるはず。

頭ではわかっているのに急に鼻の奥がツンとしてきて、思わず軽く握った両手で目元を隠す。




夏休みだというのに 毎日乱馬と会えるわけではなくて。
通常の授業ほどではないけれど 平日は相変わらず稽古のため大学に通う乱馬に、夏休みの間だけ短期のアルバイトを始めたあたし。
もちろん、夜はメールをしたり電話をしたり 大学生のカップルらしく楽しい時間を過ごしているには違いないんだけど。

もっと傍にいられると思ったから。
"夏休みなったら"という憧れが強すぎたから。
……あたしが乱馬のことを考え過ぎてしまうから。


あたしばっかりが寂しがってるだなんて思われなくない。
そう思ったら自分の部屋なのに素直に落ち込むことも出来ない自分が急に可愛げないように思えてきて。


「……」

ベッドからのそりと起きて 机の上の卓上ミラーを覗き込む。
にっこり、笑って。
あまりにも笑っていない自分の目の奥に 思わず苦笑せざるを得ない。

…あーあ。
あたしだって別に 乱馬が生活の全てじゃないんだけどな。
あたしにだってやりたいこともあって、やらなきゃならないこともある。
さっきだってテレビを観たら思い切り笑えるし、道場では気持ちのいい汗だってかいたばかりだ。


だけど。


会えないとわかった瞬間、その楽しさはポシャンと弾けて消えてしまう。
あんなに楽しみにしていたカレンダーの赤い丸印だって、今は見ていられなくて思わず次の月へと先送り。
乱馬と付き合うまで自分がどんな風に一人きりの時間を過ごしてきたのかさえ すっかり思い出せなくなっていた。




(…これがどこでもドアならいいのにね)


指先で弾いたのはミントブルーの携帯電話。
本当にね。
もしもあたしのサイズが小さくなっちゃっても、乱馬のポケットに入ってどこにでも持ち運び出来たらどんな楽しいことがあるかしら?
そんな夢みたいなことを考えて、らしくないと首を振る。

大体 あたしが小さくなって会いに行ったら「おめー、なに小さくなってんだよ!?」なんて怒り出しそうよね。
そんな想像をしてふふっと笑った後、また虚しいような寂しさが襲ってくる。



ねえ、乱馬。
乱馬も少しはがっかりしてる?
ちょっとはあたしに会いたいって センチメンタルになったりなんかするのかしら?
…とてもじゃないけど、そんな姿は想像つかないけれども。
でも、たまには。
ほんのたまには そうだといいな。




もう一度鏡を覗き込んでにっこり笑ってみる。



(…うん、大丈夫)


あたしはもう一度自分に言い聞かせる。
チャンスなんて またいくらでもあるじゃない。
確かに夏休みの後半は乱馬の試合に あたしの実技前倒しの授業とちょこちょこ忙しくなるけれど、それも全部含めてあたし達大学生の夏休みなんだ。
手に入れた少しの自由と しなければならない目の前の現実。
きっとそのどちらかが欠けても 今のあたし達じゃなくて。
無理矢理にでも自分に言い聞かせると。



(……今日だけだから。落ち込むのは)



そう言い訳をして、そのまま着替えもせずに ベッドの上に突っ伏した。












「センパーイ、このマットって養生しときます?」
「おー、頼むわ」
「んじゃー ついでに周りにテープ貼っときます」
「おっ、気が利くじゃねーか。ありがとな、乱馬」




あー、あちい。

いくら天井が高くて窓が全開になってるっつったって、夏の陽射しが容赦なく降り注ぐ武道場のホールは蒸したセイロの中みてーに湯気が立っている。
次から次へと器材が運び込まれるため、エアコンをつけても全く歯が立たない会場は全ての窓が開けっぱなしになっているが、悲しい程に無風の今日は 時折間違って蝉が飛び込んで来るぐらいだ。



(あかね…どうしてっかな……)


今日はまた 例のアイス屋でさゆりと一緒にバイトでもしてんのかな。
それとも大学の友人と一緒に勉強とか?
何でもいい。
真之介以外だったら、あかねが一人で落ち込まないように傍にいてやって欲しかった。

…っつーか そもそもあいつ、本当に落ち込んでんのかな?
電話口で拍子抜けするほどあっさりと了解すると、自分も課題に追われてるからちょうどいいと言い放つ。
もちろん それがあかねなりの優しさだってことぐれーは俺だってわかってるつもりだけど、かといってそんな聞きわけがいいのもちょっと寂しいものがあるわけで。
仕方のねーことってわかっててもさ。
本当はもう少しガッカリして欲しかったんだよな…。
もちろん、ガッカリされたところで何もしてやれねーんだから 勝手な言い分極まりねえんだが。


……あー、クソッ。
まるで俺ばっかが あかねのことを考えてるみてーじゃねえか。
去年までの俺はどうしてた?
あかねがすぐ傍にいて、でも手を伸ばせばすぐに届く距離なのに あかねの心まで触れることが出来なくて…。
足繁く夏期講習に通うあかねの後ろ姿を ぼんやりと焼き付くような屋根の上から見送ってたっけ。


…くだらねえな。全く成長してねーじゃねえか、俺。



「乱馬―?そこ終わったら次 搬入の手伝い頼むわー」
「おーっす」


なんだよ。やることに追い立てられて助かってんのは俺のほうか。
パンッと両手で自分の顔を叩くと、俺は先輩について建物ゲート近くまでのろのろと歩き出す。

まだまだ暑くなりそうだ ――。










「お疲れー」
「あ、お疲れっす」


夕方に閉会したイベントも無事盛況に終わり、会場は慌ただしく撤収作業に取り掛かる。
といっても 後片付けは準備のそれに対して比べものにならない程スピーディーだ。
来客や出場者の安全確保はもちろんのこと、華やかな飾り付けからポスターまで 不足しているものはないかと細心の注意を払って進められた会場準備。

が、今はどうだろう。
みんな目の色を変えて必死に取り片付ける顔には その後にある打ち上げの上手いビールを飲むためとはっきり書いてある。
とはいえ、俺はまだ未成年だし つい先日のこともあるわけで。
主催者への挨拶や顔合わせも既に終えているし、今晩はとっととホテルに戻って 明日の朝一番であかねのとこに行こう…そんなことを考えていた時だった。


「乱馬。今日の打ち上げ、お前はパスか」
「あ、先輩」

会場を取り仕切る一員として先程まで本部に籠りきりだった先輩が 顔に玉のような汗を浮かばせながらやって来た。


「いやー、しかし今年は盛り上がったな」
「え?毎年このイベントってやってるんすか?」
「まあな。数少ない純粋な格闘イベントだから意外と全国からその道のファンも集まるんだよ」
「へえ…どうりで。ただ まさか俺、格闘の試合会場で法被(はっぴ)着て ペンライトまで振る羽目になるとは思わなかったけど」
「バーカ。これからは格闘でもなんでも話題性とパフォーマンスが重要になってくるんだぞ?いかに楽しそうに、いかに一般人を上手く取り込んでいけるか。これが我々格闘愛好者に迫られた課題であり、今後の道を切り開くための鍵だ」
「はぁ…そういうもんなんすかね」

確かに 言われてみれば会場には野郎だけじゃなく若い女の子の姿もちらほら見られた。
もしもここにあかねが来たら…いないはずのあかねを想像して慌てて首を振る。



「にしても乱馬、今日も会場でモテモテだったじゃねーか」
「モテモテって…別に男にモテても嬉しくはねーけどな」
「何言ってんだよ。女性軍だってみんな目がハートになってたぞ?」
「はぁ?女性軍って…あれ、下手したら俺のおふくろと同い年ですよ?」
「バカ野郎!その年代だからこそ こうやって地方まで足を運んでくれる財源を持ってんじゃねーか」

その目は暗に"お姉さま方を怒らすなよ"と物語っている。
何となく話の矛先があやしくなった俺は慌てて別の話題を探して先輩に振ってみる。


「そ、そういえば先輩、彼女とは夏休み中どっかに行かないんですか?」
「あー、まあなぁ。俺も就職活動は終わってるけど その分イベントで忙しいからなー」
「それで先輩の彼女、怒ったりしません?」
「ま、うちは付き合いが長いからな。それより何だよ。乱馬のとこは彼女がヘソでも曲げたか?」
「…別にそんなんじゃねーけど」



不思議だ。
去年までは男同士でこんな話を自分がするなんて思ってもみなかった。
就職、とか付き合いが長いから、とかそんな台詞が先輩の口から飛び出す度、たった三つ上の先輩がやけに大人のように感じるのは 俺があかねにとって頼りになる男でありたいという願望からだろうか?


「今日も彼女に頭下げて、また明日から大学で三年の就職相談だしな」

そう言って先輩が肩をゴキっと鳴らす。

「先輩…」

気付いたら俺は先輩に相談事を持ちかけていた。








「ふう…」

お風呂から上がったあたしは髪の毛をタオルで拭きながら、ギシ…ッとベッドの縁に腰掛ける。
さっきまで閉めきったままでエアコンをつけていた窓を全開にし、レースのカーテンも半分だけにして網戸にすると 夏の頼りない夜風があたしの身体の熱を取り冷ましてくれる。
そういえば最近、とんとPちゃんも遊びに来なくなったな…。
そんなことを思いながら、いつもの癖みたいに手にした携帯電話の表示窓には23:32の文字が浮かんでいる。



(イベント、無事終わったのかしら)


確か乱馬も出場すると言っていたっけ。
半分は余興で半分は勝負と言っていたから、おそらく前半は体の動きで魅せて 後半に畳み掛けていくスタイルだろう。
イベントとはいえ、あの負けず嫌いの乱馬のこと。
聞かなくても試合の勝敗はわかった。




(明日は日曜日だし、きっと会えるわよね)


そう思うと悔しいくらいに気持ちが浮き立って。
蛍を見に行くと約束して密かにコーディネートしていたハンガーに掛かったままの洋服も、ようやくその出番が来たかと嬉しそう見えるのは気のせいだろうか。
流石に蛍は無理でも 一緒に出掛けるくらいは出来るかもしれない。
とはいえ、まだ乱馬と具体的な約束は何もしていなくて。
大体、明日 何時の電車で帰ってくるのかすら まだわからないのだ。




(…この時間でも メールだったら大丈夫かしら)


そう。
もしもホテルで誰かと同室だったり、ましてや乱馬が既に疲れて寝てしまっていたらと思うとなかなか電話は掛けづらい。
けれどメールなら……。

そう思ってフラップを開けた時だった。






『起きてるか?』



ピロン…と短い電子音と共に送られてきたのは、相変わらずそっけない一行だけのメッセージ。
送り主の名前を見なくてもわかる。
乱馬からだ。



何となく 慌てて姿勢を正すと

『起きてる』


あたしも用件だけのメッセージを送る。
“お疲れ様、今どこにいるの?“……そんな言葉より、メールが届いて嬉しいという今の率直な気持ちを返信の早さで示したかった。






暫くして また液晶画面のバックライトが青白く光る。



ピロン…


『今日 無事イベント終わった』




『お疲れ様。試合はどうだった?』




ピロン…


『勝ったに決まってんだろ』




『おめでとう…って純粋に言いたくない態度ね』




ピロン…


『メールでまでかわいくねえな』




『そっちこそ。メールでもすっごく偉そう』




ピロン…


『バカ。偉そうじゃなくて偉いんだよ』




『……そろそろ寝ようかな』




ピロン…


『じゃあ寝れねーようにしてやる』




『どうやって?』




ピロン…


『寸胴』




『あんたねえ』




ピロン…


『悔しかったら言い返せ』




『望むところよ。ナルシスト』




ピロン…


『凶暴女』




『優柔不断』




ピロン…


『優柔不断に付き合うあかねも同類』




『どこがよ。スケベ』




ピロン…


『スケベってなんだよ。褒め言葉か?』




『そんなわけないでしょ。バカ』




ピロン…


『バカバカ言うんじゃねー、バカ』




『カバ』




ピロン…


『おめーは小学生か』




『乱馬に言われるとなんかムカつく』




ピロン…


『そっちは雨降ってねえか?』




『うん。少し風があって気持ちがいい』




ピロン…


『窓開いてんのかよ』




『そうだけど?』




ピロン…


『P助が入って来ねーようにしろよ』




『Pちゃん、来てくれるといいなあ』




ピロン…


『てめーは人の話を聞いてんのか』









さっきから手の中でピロン…ピロン…と鳴り響く通知音。
その音が堪らなく嬉しくて。
何となく手櫛でささっと前髪を整える。
両手で持った携帯電話がじわりと熱を持っているのは メールのせいだけではないはずだ。





その携帯電話が急に静かになる。



(あれ…もしかして もう寝ちゃった?)




こんな時、すごく困る。
乱馬と繋がっていたい気持ちが あたしの方が強いみたいで。
だけど時計を見ては あともう少し、あともう少しだけ待ってメールが来なかったら「おやすみ」と一言送ろう。
そんなことを考え、このやり取りが終わりになる寂しさと、目が覚めたら翌日になっているタイムワープみたいなご褒美に一人迷ってしまう。
やっぱりあたしも乱馬の言う通り、優柔不断なのかもしれないな。







……と。
先程のメールから十分ほど経った頃だろうか?
不意に手の中の携帯画面が 再び青白く光った。



ピロン…


『まだ起きてるよな?』




『うん』



悔しいけれど、即答。




ピロン…


『今日 すげー星がよく見える』




『そうなんだ』




星が見える…ってことは打ち上げ帰りに外にでもいるのかしら?
それともホテルの窓から見上げてる?




ピロン…


『ここ ホタルもいる』




『え、本当?』




『ほんと』






いいわね。あたしも見たかっ……。

そこまで打って消去する。
こんなこと、言ったらまるで責めているみたいじゃない。




「……」


しばし考えた後、12個並んだ小さなボタンを押す。






『やっぱり東京とは違うのね』




ピロン…


『そうかな』




『沢山とんでる?』




ピロン…


『いや 一匹だけ』




『そっか。ちょっと残念ね』




ピロン…


『でもすげーきれいだ』








…あたしも。
あたしも 本当は乱馬の隣で見たかったな。


思わずこぼしてしまいそうな本音をまた一つ ぐっと飲み込む。





ピロン…


『東京でも見れるけどな』




『なにが?』




ピロン…


『ホタル』




『流石に無理でしょ』




もしかして あたしを励まそうとでもしてくれているんだろうか?
いつになくロマンチックなことを言う乱馬に思わず笑みが浮かんでしまう。




ピロン…


『ウソじゃねーって』





尚もムキになる乱馬に あたしもつい意地悪な質問。




『本当?じゃあ どこで見れるの?』




暫しの沈黙の後。










ピロン…









『あかねの部屋の窓から』




そこに映し出されていたのは 短くもはっきりと断言した一行の文章。





そんなわけないじゃない。

そんなわけ……。





「……」



『じゃあ 見えなかったら何でも言うこと聞く?』




ピロン…


『おう。その代わり 見えたら何でも言うこと聞けよ』









ここまでの自信ってなんなんだろう。

そう思いながら、そっと窓に近付く。
ざっと辺りを見回したところ、特に変わった様子はない。

と、再び鳴る 携帯の通知音……。




ピロン…


『部屋の電気 消せ』






わけがわからない。
訳がわからないけれど、この奇妙な言いつけに心躍らされる自分がはっきりといて。
言われた通りにパチンと部屋の電気を消した時だった。






ゆらり、と。



かと思うと



ピ……ピ……と。



小さな光が あたしの窓の前を静かなイルミネーションのように飛んで舞う。







(まさか……そんなこと、あるわけない)







そう思ってもう一度身を乗り出した時だった。
目に飛び込んできたのは 真っ暗な庭先で佇む ここに居るはずのない乱馬の姿……。










「ど、どうして…っ!?」
「し…っ!」


口の前で人差し指を一本立てる乱馬の仕草に 慌てて両手で口を押さえる。
その様子を確認して乱馬が目を細めると、反動をつけて庭と道路の境の塀の上に跳び乗り、勢いそのままにあたしの部屋の前の屋根にシュタ…ッと着地する。
あたしはまだ目の前の光景の何もかもが理解出来ずに ただ口をパクパクさせているだけだ。



どうしてここにいるの?


そう聞きたいのに、本当にびっくりした時って言葉すらも失ってしまう。
それでも 大きな声を出してはいけないと最後の理性を総動員し、必死で口を塞ぐあたしの様子を楽しそうに覗き込んだ乱馬が 小さな声で囁いた。




「ただいま」
「…っ」
「おい。“乱馬様。おかえりなさい、お疲れ様”くれー、言えねえのかよ?」


なによその声。
あたしのモノマネのつもり?

そう言ってやりたいのに声が出なくて。




そんなあたしの頭の上にポンと手を乗せると

「……ごめんな、今日」

その言葉に包まれるように ゆっくりと抱き寄せられた。







「…ど…して?」
「あん?」
「もう帰りの電車、とっくになくなってたんでしょ?」
「ああ、まーな」
「じゃあ どうやって……」


帰ってきたの?



「先輩に乗せてもらった」
「え…?」
「器材を大学に戻すのにそのままトラックでとんぼ返りだっつーからさ。無理言って荷台に乗せてもらって途中まで送ってもらったんだ」
「に、荷台って…!」
「積荷の監視役として一人だけ許されてんだよ。つっても荷物がぎちぎちに積まれてる場合だけだけどな。幸いカバーが付いてたから外に吹き飛ばされる心配もねーし」
「でも どうして…?」
「へ?」
「どっちにしろ 明日の朝には帰れたんでしょ?なのに……」

どうして そんな疲れるような真似をしてまで帰ってきたの?
本当はその理由がわかり過ぎるくらい理解出来ていたが 聞かずにはいられなかった。
途端に 乱馬が頭をガシガシ掻いて恥ずかしそうに口籠る。


「ど、どうしてってそりゃー、なあ?…お、おめーだってわかんだろうがっ!」
「でも言って欲しいんだもん」

そう言って。
乱馬の言葉を待つ前に「会いたかった…」と言ってしまったあたしも 結構可愛げがあると思う。
ぎゅうっと抱きしめ返す乱馬の腕の力を感じながら、「俺も……」といつになく素直な気持ちを口にする乱馬も きっと我慢の限界で。
思わずぷっと噴き出すと、お互い引き寄せられるように屋根の上で交わすキス。


ゆっくりと
ゆっくりと。

ただ触れるだけのキスなのに なんでこの場所はこんなにもあたしにぴったりと寄り沿うのだろう。






「…わるかったな、約束守れなくて」

ようやく熱を帯びた唇が離れた後、ぽつりと呟く。


「約束って?」
「ホタル見に連れてってやるってやつ。俺さ、後は盆休みくれーしかまとまって休めないから―」
「…もういいの」
「あかね…?」
「さっき 見せてもらったもん。あれがすごく嬉しかったから…それでいい」


あたしにも こんな素直な乙女心があったなんて。
冷静になると顔から火が出てしまいそうな台詞だけれど、今夜だけは月明かりだけの暗闇に紛れて甘えていたい。
座り込んだ屋根の上で乱馬の膝の上に抱きかかえられると、そのまま胸に両手をついて頬を寄せる。
トクトクと心臓の鼓動の音だけが聞こえる、静かな時間 ―。






「……今日さ、会えねーなって最初は思ってたんだけど」
「うん」
「自分で言い出した約束を守れねえのが すげー悔しくて」
「…うん」
「本物じゃなくてもさ。あかねに見せてやりたかったんだよ」


そう言ってあたしの後頭部を指で梳きながら撫でる。
もう それだけで充分だと思った。



「…あたしだけかと思った」
「なにが」
「ううん…なんでもない」



寂しいと思ってるのも。
会いたいと思ってるのも。
あたし一人だけじゃなかったんだね。





「…おめー、まだ髪の毛の奥が濡れてんじゃねーか」
「うん。さっきまでお風呂入ってたから」
「……俺ん家だったら乾かしてやれんのになー」


そう呟かれた何気ない乱馬の言葉に あたしは思わず笑ってしまう。
それってまるで、あたしの髪の毛を乾かすのは自分の仕事みたいな言い方じゃない。



「おい、何笑ってんだよ」
「別にぃ」
「んだよ、さっきまですげー素直に感動して嬉しそうな顔してたくせに」
「あたしはいつだって素直だもん」
「よくゆーぜ。さっきは目をキラキラさせて“乱馬、素敵!かっこいい!”って言ってたのになぁ」
「言ってないから」
「いや 言ってた。あかねの顔に書いてあった」
「そういうこと言ってる時点で既にカッコよくないわよ」
「るせえ。そーいえばさっき、あかねの顔に“抱いて”って書いてあった」
「かっ、書いてあるわけないでしょっ!?ばかっ!」
「ば……っ!しーっ!!」
「あ…っ」
「ったく おめーはいつまで経ってもじゃじゃ馬だな」
「なによ、今のは乱馬が悪いんじゃない!」


ああ もう。

ああ言えばこう言う。
久し振りの甘い空気も五分と持たないあたし達は おでことおでこがくっつき合うような距離でお互いの悪口を言い合っては、その愛情の大きさを確かめ合うようにクスクス笑い合う。
きっと端から見たら、最高にバカバカしくて そして最高に幸せな時間。





――と。

もぞ…っとポケットに左手を突っ込んだ乱馬が、小さなペンのようなものをスライドさせると群青色の空に向かって真っ直ぐ 一筋の光を照らし出す。


「それ どうしたの?」
「これ?これは試合の時 盛り上げんのに配られたんだよ」
「なるほど。ホタルの正体はコレだったわけね」
「まーな」


ピ……ピ……と点滅する光はどこまでも人工的で。
きっとさっきの光だってそれと変わらなかったはずなのに、あたしはその光に心ごと目を奪われた。





「あのさ、今年は無理かもしんねーけど来年――」
「来年は一緒に見に行こうね、ホタル」


乱馬の言葉を遮ると。

“だから 来年もこうして抱きしめていてね”

そう 心の中で呟く。




「……おう」



その返事を言い終わるか終わらないかで また重なる二人の唇。







きれいな水もなければ 人工の外灯が明々と歩道を照らす こんなにも雑多な場所で。


あたしは今夜、とびきりの蛍に会えた ―。






< END >




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comment

管理人のみ閲覧できます : @
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2016/10/04 Tue 09:33:52
Re: わ〜(≧▽≦) : koh @-
> 2016/10/04 Tue 09:33:52 コメント主様

おはようございます。
蛍にはそんな思い出があったんですね、ロマンチック…♡

きっと二人で仲良くお出掛け&お泊りして…のリクエストだと思ったのですが、
貧乏学生かつ忙しい二人(そして夏休みが始まったばかり)ということで今回は
乱馬のニクイ演出に委ねました。
というか、パッとこのアイデアが浮かんでしまったら もうそこから動かせなくて(^^;。
でもって来年こそ、二人で蛍を見に行ければいいなぁって思います♡
(一粒で二度美味しい発言はここからです♪)

今回は素敵なお題をありがとうございました♡
なのに この余韻をぶっ壊すような次作でごめんなさい💦。
2016/10/05 Wed 06:14:39 URL
す・て・き!キャッ♡ : 憂すけ @-
切ないあかねちゃんの乙女心がーっ!お互いが、「さみしいと思ってるのは自分だけか」と思い込んでるとこが、ツボっス!あぁー可愛いぞぅ!この2人!乱馬も、先輩に相談するなんて、あれねー、大人になったのねー。意地張ってた高校生のガキンチョ乱馬とは一味違うのねー。母さん、感心しちゃった。(誰の母か)メールでのやり取りも良いです!思わずニヤニヤしちまいました。素直さと、何時もの2人の言い合いが絶妙な匙加減で、堪りません!!(^^)!しっとり乱あ、美味しくゴチになりました! m(__)m
2016/10/05 Wed 11:28:19 URL
Re: す・て・き!キャッ♡ : koh @-
> 憂すけさん

そうなんですー!お互い、「自分だけが…」みたいな不器用感。こういうの、個人的に好きなんです♡
でもって 先輩に相談するのも、高校生までの乱馬だったら考えられないじゃないですか。
それが「あかねちゃん=大事な人」とはっきり認識することで自然とそういうことが出来るようになるっていう…。
(『何度でも~』でだいぶ乱馬が成長した気がします✨)

メールでも甘くなれない二人。
いいよ いいよ~♡
2016/10/05 Wed 14:20:44 URL

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