茜空に想いを馳せて 

2016/10/07
五月頃に書いてお蔵入りしていた高校二年生の二人のお話です。
当時の精一杯…なんだか恥ずかしいです……。

+ + + + +



あたしは今、学校の屋上で一人佇んでいる。
空は青く澄み渡り、その日差しは秋とは思えない陽気だ。
特に何をするわけでもない。
ただ 教室にはいたくなかったし、かといって真っ直ぐ家に帰る気分にもなれなかった。
放課後の屋上はあたしだけ。
校庭で部活動をしている野球部の掛け声が時折大きなかたまりとなって聞こえてくる。


「はぁ…」

無意識にこぼれる溜め息。
あたしは落下防止の柵にもたれかかりながら、ぼんやりと先程のことを思い出していた。










それはつい30分程前のことだった。
ホームルームが終わり、帰り支度をしていた時のこと。

「おい あかね。準備できたか?」
「うん、大丈夫」

朝から乱馬とあたしは 一緒に帰る約束をしていた。
実は今日の放課後、一緒に映画を観に行くことになっていたのだ。



先日 商店街のくじ引きでかすみお姉ちゃんが引き当てたC等の景品。
それは有名な俳優が出ている映画のペア招待券だった。
あいにく かすみお姉ちゃんもなびきお姉ちゃんも あまりアクション映画には興味が無いらしい。
ついでに 半分忘れ去られていたチケットの観覧期限も 今日までと日が迫っている。
かと言って、そのまま捨ててしまうのには流石にちょっと惜しい…。
結局 お父さん達に半ば強引に押し切られる形で あたしと乱馬が一緒に観に行くことになったのだ。

「乱馬くん。あかねを頼んだよ」

そう言って「これ、今日の夕食代」とちゃっかり軍資金まで渡されている。



「ったく。おじさんにも頼まれちまったし、しょうがねーからあかねと行ってやるか」

頭の後ろで腕を組みながら、そんな憎たらしいことを言う許嫁。

「あのねぇ。それはこっちのセリフよ!」

つられてあたしも可愛くないことを言う。


でも本当は。
本当は内心すごく嬉しくて、今日は朝から放課後が待ち遠しくて仕方がなかった。
今までも一緒に出掛けることはあったけれど、映画に食事なんてまるでデートみたい…。
例え それがお膳立てされたものであったとしても、あたしは浮き立つ心を抑えることが出来なかった。





それなのに。
さあ 出掛けようといったまさにその時、教室内に飛び込んできたシャンプーと小太刀。
さらに右京も参戦して、いつものように乱馬の争奪戦が始まった。

「ま、待てっ!今日はおれ、用事があるんだっ!」
三人の攻撃をひょいひょいと避けながら、乱馬が攻撃の制止を呼びかける。
「用事とはなにか!?」
「そうですわっ!わたくしよりも大切な予定ですの!?」
「はっきり言うまで逃がさへんでっ!」
脅しにも似た文句で手を緩めない三人娘。
乱馬といえば
「い、いや、だからね?本当にちょっと用事が…」
と 煮え切らない態度でのらりくらりしているだけ。

あたしはなんだか見ていられなくなって、
「…先に帰るわ。ごゆっくり!」
そう言うや否や、後ろを振り返ることなく教室を後にした。










あれからどのくらい経ったのだろうか?
あたしはちらりと腕時計の針に目を落とす。
時刻は4時12分。
そろそろ学校を出ないと 夕方の映画の上映時間には間に合わない。


はぁ…。



(大体、乱馬がはっきりした態度を取らないからいつもこうなるのよ)




そう。
呪泉洞から帰った後も あたしたちを取り巻く環境は何一つ変わらない。
乱馬は相変わらず優柔不断のいい加減男だし、あたしは意地っ張りで素直じゃない。
シャンプーや右京の熱烈なアタックは相変わらずだし、小太刀の迷惑千万なアプローチも健在だ。
変わったことといったら お互い高校二年生に進学したくらい。
それによって 元々校内で目立つ存在の乱馬は下級生からもキャーキャー言い寄られ、あたし達の仲は距離が縮まるどころか、寧ろその正反対だった。

いい加減はっきりしろと乱馬に言ったところで、あたしを選ぶ保証なんてどこにもない。
最近ではあたしの知らない後輩が乱馬を呼び出すなんてこともあるみたいだし、その全てを把握するなんていうことは到底不可能だ。
大体、それを知ったところであたしに一体どうすることが出来るというのか。



あたしは最近、タイミングの重要性を痛感している。
もしも呪泉洞から帰った後、すぐに形だけでも祝言を上げていたら 二人の関係は今とは違ったものになっていただろう。
もちろん、結婚だなんて今すぐには考えられない。
でも、お互いを繋ぎ止める証みたいなものが欲しかった。
乱馬がどこで誰に言い寄られようとも、信じて待っていられる気持ちの確証が欲しい。

うぬぼれだと言われても。
少し前までは、あたしと乱馬の気持ちは通い合っていると思っていた。
例え二人の間に特別な出来事がなくっても 乱馬が困っている時にはあたしが全力で助けに行くし、あたしがピンチの時は乱馬が絶対に駆けつけて来てくれる。
それは他の人にはない、二人の間だけのものだと信じていた。
でも。

周りの女の子達に対する余りにも煮え切らない態度に、あたしはすっかり乱馬の気持ちがわからなくなっていた ―。








誰もいない屋上。ふと思いを口にしてみる。



「……乱馬のばか」


胸をつかえさせる、小さな小さな欠片がぽろりと取れた気がした。







「乱馬のばか」


今度はもう少しはっきりと口にする。
またぽろりと。
欠片がこぼれ落ちていく。





………。



すぅ…と大きく息を吸う。


「乱馬のばか―――っ」



あたしの声はそのままグランドの雑音に掻き消されていく。
誰もあたしが屋上に居ることなんて気付いていない。







「乱馬のばか――っ!優柔不断―――!」


ぽろり







「いい加減でナルシスト――――っ!」


ぽろり







「誰にでもいい顔しちゃって、ばか――――っ!」


ぽろり


あたしの中で 痞(つか)えているものが少しずつ殻を吐き出す。






その時、ギギギ…と屋上の古びた扉の音が聞こえた気がした。
でもあたしは。
そこにいるのが誰だかわかるような気がして、敢えて気付かないふりをして続ける。






「乱馬の嘘つき――――!」


…。






「もう映画だって始まっちゃうんだから――――!!」


…。







「もう他の人と観に行っちゃうからね――――だ!!」

「…おい」







「乱馬のばか――――っ!!」

「おいっ!」




振り返らなくてもわかる。
それはきっと、拗ねた表情をした乱馬の姿。



「人の悪口 大きな声で叫んでんじゃねーよ!」
「………別に。あたしの勝手でしょ」

あたしは乱馬の顔を見ずに、柵にもたれて校庭の方を向きながら答える。


「どうしたのよ?今日はいつもみたいに外に逃げなかったわけ?」
「あ、今日は…校舎の中でしばらく隠れてた」
「そう」

外に出ちまうと時間が掛かるから…とかなんとかごにょごにょ言っているけれど、あたしはそれを聞き流す。



「で?どうしたのよ、こんなところまで来て」
「それはこっちの台詞でぃっ!早く行かねーと 映画始まっちまうぞ?」
「…今から行ったって、どのみち間に合わないわよ」
「そんなの、たかだか5分か10分だろ?」

まだ予告でも流れてる頃じゃねぇか、と乱馬が言う。


そう。
さっきまであんなに楽しみにしていた乱馬との映画だったのに。
なんだかあたしは風船がしぼんでいくみたいにその気持ちがなくなっていた。






「なぁ…なに怒ってんだよ?」
「別に」

あたしが怒ってる理由が 本当に分からないとでもいうの?
それはそれで、まるで乱馬があたしになんか関心がないようで 酷く傷つく。




と、不意に大きな溜め息が聞こえた。


「さっきのあれか?あんなの、いつものことだろ?」
「…」

いつものことだからこそ頭に来ているということに この許嫁は全く気付いていない。
すると今度は 何も喋らないあたしにお決まりの台詞を吐く。

「あのなぁ、ヤキモチも大概にしないとかわいくねーぞ?」

何度となく言われている「かわいくねぇ」。
…そんなの、自分が一番わかってる。




「別に。そんなんじゃないわよ」

自分の中で渦巻くドロドロしたようなものを消化できず、あたしはその言葉通りかわいくない態度で答える。

「でた。さっきから『別に』ばっかだな、おめー」
「……」
「その『別に』っつーの、やめねえか?」

そんなんじゃ話になんねーよ、と面白くなさそうに言う。




「…そうね。じゃあやめるわ」

そう言って大きく息を吸うと。








「乱馬のばかぁ―――っ!」


あたしは再び空に向かって叫んだ。




「なっ、なっ…!」

呆気にとられる乱馬。

「なによ?別にって言うのをやめて ただの独り言。気にしないでいいわよ?」

そう言うと

「乱馬のどんか――――ん!」

あたしはまた思いっきり声を出す。





「人の気も知らないで――――!」
「おい…」
「そうやって女の子とイチャイチャしてればいいでしょ――――――!」
「イ、イチャイチャなんてしてねぇっ!」

つられて乱馬も大声で否定する。



……。
……。


校庭からは野球部に加えサッカー部の掛け声が響き始めた。
音は上に上昇するから、屋上に居るあたし達のことなんて誰も見向きもしない。
ううん。本当は気付いているのかもしれないけれど、どうせまたいつもの喧嘩だと 特に気に留める程のことじゃないと思っているのかもしれない。








「…あかねの意地っ張り―――――!」


いつの間にか、あたしの隣に来て 肘をつくように柵にもたれかかった乱馬が叫ぶ。




「ずん胴―――――――!」
「…」
「料理音痴――――――――!」
「…ちょっと」


なんであたしが そんなこと言われなくちゃいけないのよ?
元はと言えば、今 あたしが怒ってるのは 全て乱馬の優柔不断な態度が原因じゃない。
それなのに、隣で気持ちよさそうに大きな声を出しているその姿に なんだか無性に腹が立つ。

「なんだよ。言いたいことがあんなら あかねも言やーいいじゃねーか」

そう言ってしれっとした顔をする乱馬。
…そう。そっちがその気なら…





すぅ…




「乱馬の優柔不断――――――!」
「あかねの頑固―――――――!」
「女ったらし――――――!」
「凶暴女――――――!」
「ナルシスト――――――!」
「色気がねえ――――――!」
「乱馬のへんた―――――いっ!!」
「おいっ!」


お互い、ありとあらゆる悪口を並べる。
空は抜けるような青空で。
あたし達の罵詈雑言は全て空に吸い込まれていく。


この終りの見えない悪口大会に、あたし達はなんだかおかしくなってきてしまった。





「大体 あかねの寝相はわりーんだよ」
「あんたこそ 毎日布団をはいでゴロゴロしてるじゃない」
「おまけに寝言もでけえ」
「それはあんたでしょっ!」

っていうか、なんで乱馬があたしの寝てる時のことを知ってるのよ!?
いつしか叫ぶのに疲れたあたし達は、柵にもたれかかりながら 互いの顔を見ずに まるで世間話をするように言葉の応酬を繰り広げる。
二人の間を通り抜ける風が 髪の毛をサラサラなびかせて心地よい。







不意に乱馬が予期しないことを口にした。


「そーいえば、この前もクッキーの砂糖と塩を間違えやがって」
「な、なんでそんなこと、乱馬が知ってるのよ!?」

確か あれはあたしが一枚食べて、そのあまりの衝撃にオーブンの上に置きっぱなしになっていたはず…。
後で見に行ったら既に無かったから、てっきりお姉ちゃん達が処分したものだと思っていた。




「………………もしかして、乱馬……食べてくれたの?」
「…………全部じゃねーけどな」
「…………うそ」


うそ。
ずるいよ。
こんな時にそんな事を言うのは反則でしょ?

あたしは急に言葉に詰まってしまう。
二人の間に訪れる沈黙。
下からぼんやりと聞こえる掛け声だけが耳に響く。







「あの…」

あたしが口を開こうとすると、それを遮るように乱馬が話し出す。

「おれさ。これがシャンプーやウっちゃんや小太刀だったら、こんな悪口出てこねぇや」
「え…」


ズキリと。
あたしの胸に乱馬の言葉がナイフの様に刺さる。

女の子の可愛さを前面に押し出せる三人娘に比べて、自分だけがひどく滑稽で可愛くない存在だと再認識させられるようだった。
急に足元から力が抜けていくようで。
いい雰囲気だと思っていたのはあたし一人で、一気に現実に引き戻されたあたしは その場にしゃがみ込みたくなるのを堪えるように、柵につかまる力を込めながら 乱馬に顔を見られないようにして言い返す。


「そっか。そうね。あの三人、何だかんだでかわいいし…」
「……」
「料理だって上手だし…」
「……」
「す、素直だし……」
「……」


乱馬は何も喋らない。
あたしは声が震えないように柵につかまる自分の手をじっと見つめながら、言葉を振り絞る。


「あれだけ素直にアプローチされたら……」
「……」
「男の子は……たまんないわよね……」


泣いちゃダメ。
こんな時に 涙を見せちゃダメ。
あたしはぐっと奥歯を噛みしめる。







「…そーかもな」

ようやく乱馬が口を開く。

「よく見りゃあの三人、世間一般的にはかわいいって言われる部類みたいだし」
「……」
「おまけに料理上手で素直だもんな」

…やめて。

「確かにたまんないのかも」


やめて。
やめて。
これ以上、言わないで。
あたしはせめて涙が頬を伝わないよう、真下を向いて堪える。








「……でもさ。それって一般的な男どもの話だろ?」

乱馬は真っ直ぐ校庭の方を見つめたまま話し続ける。

「それに必ずしもおれが当てはまるとは…限らねーよ」
「え…」



ゆったりと雲が流れていく。
あたし達の上を覆う空は、いつの間にか澄んだ青からうっすらと茜色に変わろうとしていた。
あたしはそっと瞳の中の涙を拭うと、そのまま乱馬の方に顔を向ける。





「あかねさ。あの三人のこと、どのくらい知ってる?」
「え?そりゃ みんな可愛くて料理上手でスタイルが良くて…素直で…………乱馬のことが好きで」
「他には?」
「ほ、他にはって…」
「だから他には?何か言えるか?」
「…………え、と…」
「おれもあかねと同じなんだよな。まぁ、ウっちゃんは幼馴染だから昔のことは少し知ってるけど、でも今あいつらがどんなことに興味があって どんなことが苦手なのか…全然知らねえ」

悪口をいうところまでもいかねーよと吐き捨てる。



「で、でも…それはもしかしたら、これから知っていくのかもしれないじゃない」

まるであの三人と乱馬を応援する様な自身の口ぶりに違和感を感じながらも、あたしは返事する。

「っつーか」
「なに?」
「あの三人が何考えてんのか知んねーけど、正直興味ねーんだよな、おれ」

さらりと残酷なことを言う。
好きな人にそんな事を言われてしまうなんて、もしかしたらフラれる以上に悲しいことなんじゃないだろうか?

「そんなこと言ったらかわいそうじゃないっ」

思わず三人をかばう言葉が口をつく。

「へぇ。じゃあ、あかねはおれがあの三人と上手くいく方がいいわけ?」

面白くなさそうに屋上の柵に腕を組み、そこに顎をのせた乱馬が あたしをちらりと見る。

「そ、それは……」
「大体あいつらだって似たようなもんだろ?おれの何を知ってるっつーんだよ」
「……」


ゆっくり。
ゆっくりと。
空が茜色に染まっていく。

その優しい暖色が 乱馬の横顔をくっきりと照らしていた。






「……………全員に百点満点の態度なんてのは不可能だけどさ」
「……うん」
「…おれは…一人のことしか考えらんねぇし、おれを理解してくれんのも……一人だけでいい」


そう言って。
こちらをに顔を向ける乱馬の真っ直ぐな目があたしを射貫く。





「頑固で寸胴で料理音痴で凶暴で」
「…」
「素直じゃなくって意地っ張りで色気もねえ」
「…ちょっと」
「おまけに口を開くとかわいくねえし」
「っ!い、言いたいことはそれだけ……っ」
「でも」

乱馬があたしの言葉を遮る。


「それ以上にあかねが……わいいこと、おれは知ってんだよ」




…いつの間にこんな影が長くなったんだろう。
そんな事をぼんやりと考えていると。
ふたつ伸びたそのうちひとつの影が、ゆっくりとあたしの背後に近付いてきた。




「…あかねは?」
「え…」
「あかねはおれのこと、どのくらい知ってる?」
「どのくらいって…」
「あ。言っとくけど さっき言ってたことは全部除くからな。あんな悪口繰り返されたんじゃ いくら時間があっても足んねえ」
「ずるい!自分はあたしのこと 散々言いたい放題だったくせにっ」
「おれはいいんだよ」
「なんでよ」
「代わりにあかねの言いたいこと、聞いてやるから」
「言いたいことって?」
「だ、だからっ。お、おれにその…なんか言いたいことがあんだろっ!?」

まるで怒っているように あたしの背中越しに早口で言い放つと。

「その、おれ…言われなくちゃわかんねぇこと多いから…なんかあるなら…言って欲しい…」

今度は少し弱気に声のトーンが落ちる。




………。

あたしの背中のすぐ後ろに乱馬が立っているのが 声の距離でわかる。
だけど お互いの顔は見えない。
あたしは ずっとずっと堪えていた気持ちを言葉にする。


「………いいかげん…はっきりさせたいかな…」
「はっきりって?」
「その言葉の通りよ。あたしとあの三人娘、どうしたらいいのかなって…」
「…」
「……………もし、ね。もし」
「もし?」
「…もし、乱馬が……その…あたしが思っていることと同じ気持ちだとしたら…」
「……」
「…………態度で示してくれないと………不安になる……」




あたしの手の上に影が落ちてくるのが分かった。
あたしは動かず、じっとそれを待つ。
肩の向こうから温かい大きな手が伸び、あたしの両手を包み込んでいく。


「おれだって不安だった」
「なにが?」
「………呪泉洞の時。もう二度と会えなくなるのかと思った」
「…」
「だから、もう絶対にあかねだけは危険な目に合わせちゃいけねぇって…ずっと思ってた」
「…それで?」
「え?」
「それがあの三人娘にどう関係あるの?」

あたしがそっと後ろを振り返りながら乱馬の顔を見ると、「なんでそんな鈍感なんだよっ!」と急に慌て出す。




「あのなぁっ、あの三人の攻撃をあかねだって散々見てきただろうがっ!」
「だから?」
「おめーみたいな鈍いやつ、絶対に巻き込まれて怪我するに決まってんだろっ」
「失礼ねっ!」

ムカッとするあたしの表情に「だからそうじゃねえよ」と乱馬が弁解する。

「お、おれがあかねのこと好きだなんつったら、その矛先が全部おめーに行くじゃねぇか!!」
「え」
「だ、だから、おれがオトリになって、その、三人の攻撃をだな……」

ぼそぼそと乱馬が「仕方ない」だの「おれだって考えてるんだ」だの言っているが、あたしの耳には殆どといっていいほど入ってこない。
まだ背後でブツブツと続ける乱馬の言葉を遮って あたしは大切なことを聞き返す。




「乱馬……あたしのこと、好きなの?」

あたしは先程の言葉が聞き間違いではないのか、もう一度確認する。

「え、っと……はぁっ?」

一瞬ポカンとした後、激しく乱馬が狼狽する。



「なによ。今、自分で言ったんじゃない」
「え。お、おれ、そんなこと言ったか!?」
「覚えてないの?」
「え、と…」
「…………………違うんならいい」


なによ ばか!!
せっかく、すごく嬉しかったのに!!
あたしが乱馬の腕をすり抜けようとすると、慌てたようにあたしの身体を乱馬が捕える。



「…なによ」
「あ、あの……」
「好きじゃないんだったら離してよ」
「っ!」

その瞬間。
あたしを抱きしめる乱馬の腕の力がぎゅっと強くなる。


「乱馬…?」







あたしから乱馬の表情は伺えない。
それでも。
あたしより少し高めの乱馬の体温があたしの身体を丸ごと包みこんで、カチカチに固まった心を優しく解していく。
さっきまで あんなに頭に来ていたのに。
あんなに意固地になっていたのに。
鋭い棘に覆われていたあたしの心がパラパラと痛みを解放させていくのを感じる。





「あの…乱馬…?」
「…なに」

なにも喋らない乱馬がようやく返事をする。
今なら。
今なら 言える気がした。
柵を握りしめる手にぎゅっと力を込める。


「さっき言ってた…乱馬の質問に答えるね」
「…うん」
「あたしが知ってる乱馬は…」
「…」
「いい加減で優柔不断で女ったらしのどうしようもないやつ」
「……結局悪口かよ」


はぁ…と背中で小さなため息が聞こえた。




「でも……」
「でも?なんだよ」

不貞腐れたような返事。
それを覆すようにあたしは続ける。

「信じてる。乱馬のこと」
「え…」
「あたしに何かあった時も…あたしがどんなピンチになった時も…」
「…」
「真っ先に助けに来てくれるのは 乱馬しかいないって信じてる」
「あかね…」
「……こんな答えじゃ、ダメかな?」


そう言って照れ隠しにへへっと笑うと。
「全然ダメじゃない」と耳元で乱馬が囁いた。


…多分、あたしも乱馬もいっぱいいっぱい。
背中から伝わってくる乱馬の鼓動の音だけが、これが夢ではないと教えてくれる。





空一面が染めたような茜色となり、その色を濃くしていく。
その夕日が、白い校舎もライトグレーの屋上の柵も、その全てを赤く染める。

「きれいだね…」

あたしのお腹の前に回された乱馬の腕。
それににす…っと手を添えて思わず呟く。


「……あかね」
「なに?」

返事をして ゆっくりと後ろを振り向く。
そのまま、スローモーションのように乱馬の顔が近付いてくるのを最後に。
あたしはそっと目を閉じた。




空は一面、茜色。
それは濃い黄色から橙色へとグラデーションを描いて 鮮やかなオレンジ色へと広がっている。
とても一言では表現できないその色は まるであたしの恋する心。
どこまでも広がる、あたたかい空の色。

夕焼けのあかりが ゆっくりと離れるその横顔の輪郭をくっきりと照らし出す。
まるで空に包み込まれるように、二人の頬も赤く染まっていた。












その日の帰り道。
いつもフェンスの上にいる乱馬が、今日はあたしの隣を歩いている。


「…あのさ。やっぱ映画、観に行かねぇか?」

乱馬が思い出したように口を開く。

「え、でももうとっくに間に合わないでしょ?」

そう。もう既に時刻は夕方6時を回っている。
5時前から始まっている映画を観るには余りにも遅すぎる時間だ。

「そうじゃなくてさ。その後の7時近くからのやつ」
「え?あ…ホントだ」

チケットをよく見ると、どうやらまだ最終の回があるらしい。
幸い明日は土曜日だし、9時前に映画が終了することを考えると遅過ぎるということもないだろう。



「なんだか意外。乱馬がそんなに映画が観たかったなんて」

そう言ってあたしがふふっと笑うと

「ばか。そうじゃねーだろ」

呆れたように乱馬がそっぽを向いて 面白くなさそうに答える。



「でも嬉しいな。こうやって乱馬が誘ってくれるなんて」
「あかね?」
「今日はまだ家に帰りたくなかったから…」
「…うん」
「ありがとう、乱馬」

にっこりとほほ笑むと、乱馬がギシ…と固まった表情であたしを見ている。

「なによ、その顔」
「い、いや。素直すぎるあかねも なんか気持ちわりーと思って…」


バキッ!!



すかさず乱馬の顔面にあたしの拳がヒットする。




「じゃあお望み通り、通常運転で行くわ」
「お、おまぃなあっ!!」

ふーんだ。せっかく、あの三人娘を見習ってちょっとは素直になろうと思ったのに。
結局、あたし達はいつだってあたし達のままだ。




「じゃあどうする?一度家に寄る?」

あたしが聞く。

「あー。でもなぁ、またおじさんやなびき達に騒がれんのも面倒だし」
「確かにそうね」
「飯でも食って、このまま行こうぜ」

そう言って。
乱馬の大きな手があたしの手を取ると、そのままスタスタと前を歩き出した。
後ろから見える乱馬の耳の先がほんのり赤いのが見てわかる。


「もうっ!そんな速く歩かないでよ!」
「あ、わりー。あかねの短足を計算してなかった」
「ばかっ!!」





きっと明日の放課後も三人娘とひと騒動あるだろう。
はっきりしない乱馬に、それを見て拗ねるあたし。

でも。

その優柔不断の理由を知ったあたしの目に映る光景は、今日と違ったものになるに違いない。
あたしは乱馬と繋いだ手にぎゅっと力を込める。



あたし達を照らしていた茜色の空は、いつしか深い群青色へと変わっていた ―。





< END >




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comment

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2016/10/07 Fri 06:53:24
うふふ : yoko @-
屋上でなんて…性、いえ青っ春っっ!!
(あれ、この文面だと違った話に見える)
なんだかこそばゆくなるような、ほっこりするような素敵なお話、ありがとうございました(#^.^#)
2016/10/07 Fri 17:44:51 URL
Re: No title : koh @-
> 2016/10/07 Fri 06:53:24 コメント主様

おはようございます。
昨日はコメントをいただいていたのにお返事できずにすみませんでした(>_<)。
金曜日ということもあり珍しく朝からずっと仕事でバタバタしていたのですが、コメント主様の
コメントを拝見して「すごくわかるな~」と頷いてしまったり。
なんだろう、私からのコメントも非公開にして送れたらいいのに。
そしたらもっと私の気持ちと言うか、経験談というか(←え?そこはいらない?笑)
お伝え出来るのにな~なんて。
実はコメント主様以外からも ありがたいことに同じような感想(?)をいただくことが
しばしあり、「そうそう、キュンキュンしたいよね~」と一人Pの前でうんうんしています。

今、すごく書きたいお話があってちょこちょこメモをしているのですが
それもこれも「読みたい」と言っていただく声のおかげです♡
少し籠るかもしれませんが、また投稿した際には是非息抜きしてくださいね(´艸`*)。
2016/10/08 Sat 05:18:52 URL
Re: うふふ : koh @-
> yokoさん

やだ~、性の春だなんて…大学生乱馬くんの頭の中じゃないですか♡←しかも一年中
私だって。
私だってまだまだピュアなお話が書きたいっ!
そりゃーoppaiにまつわる話とか考えちゃうけど?
ガールズトークに続き、ボーイズトークも考えては仕事中ニヤニヤしちゃうけど?
…っていうか、よくよく考えたら高校生乱あの話がこんな少ないサイトも珍しいかも(^▽^;)。
い、いいんだっ!書きたい妄想を突っ走るのみです☆
2016/10/08 Sat 05:47:01 URL
カワ(・∀・)イイ!! : 憂すけ @-
kohさーーん!何て初々すぃーのっ!やっぱり可愛いわ―乱あ!( *´艸`)乱馬のあの三人娘への煮えきえらない態度の原因が、あかねちゃんを守るため・・・そーっだったらマジで萌えますよねー!?留美子先生!そーだと言って下さい! 清々しくてほんのり可愛いお話、堪能させて頂きました♡(#^^#)
2016/10/10 Mon 11:24:12 URL
Re: カワ(・∀・)イイ!! : koh @-
> 憂すけさん

ありがとうございます♡
なんか妙に箇条書きっぽいというか、事件現場のリポートみたいな文章でお恥ずかしいのですが
気持ちだけは乱あ乱あ♡です。
あ、私にもまだ清い心が残ってたわ(´▽`*)。

そう言えば留美子先生、今日がお誕生日なんですよね。
これからもずっとお元気で、素晴らしい作品を世に送り出してください♡
2016/10/10 Mon 18:19:23 URL

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