おやすみ 

2016/10/15
夏の三部作・揺れる金魚シリーズの【3. 重なる指先】と同じ設定(社会人編)です。
こちらは時系列として【3. 重なる指先】の二年前になり、まだあかねちゃんが事務職をやっている前提です。
重なる~を知らなくても短編として読めますが、あかねの会社や乱馬の現状など知っていただくと より楽しんでいただけるのではないかと思います(*‘ω‘ *)。

+ + + + +



「ちょっとこっち来い」


そう言って突然人の部屋に入ってきたと思ったら あたしのベッドの上で胡坐を組んで、その膝の上をポンポンと叩いてる。
そんな乱馬は長袖のパジャマ姿。
そしてあたしも お気に入りのネル地のパジャマに身を包んでいる。
時刻は既に0時を回っていて、あと数時間後にはまた起きて身支度をし、満員列車に揺られなければならない。
それは新入社員のあたしにとって逃れられない日常でもあり、更に憂鬱な木曜日でもあり。
今日でまだ週の折り返し地点だなんて、どう考えてもおかしいとカレンダーを睨みつけるも 現実は残酷だ。
そろそろ寝なくちゃいけないな、と思う反面、毎日仕事と自宅の往復。これで自分の人生いいのかしら、なんて一丁前に悩んでみるお年頃でもある。
そこへやって来た この能天気な恋人。
怪訝な顔をしているあたしの様子なんてお構いなしに もう一度「来いっつってんの」と言うと、その言葉と同時にあたしの腕を掴んで強引にベッドの上へと引きずり倒した。


「いったーい!なにすんのよ、乱暴者!」
「さっさと来ねえあかねが悪い」
「あのねー、言っときますけど あたし、明日の朝も早いんだからね?」
「知ってる」
「だから、その。今日はもう寝るつもりなんですけど?」
「うん、知ってる」
「だったら――」
「あー、もうガタガタうるせーな!いーからちっと静かにしろっつーの!」


なによ。
なんなのよ、突然!
乱暴な言葉とは裏腹にふわりと膝の上で体勢を変えられると、乱馬の右足を枕にするようにして横向きに寝かされる。

「手、出せ」
「手?」

ワケがわからないまま、パーの形にした手の平を乱馬の顔の前に差し出す。
と、親指と人差し指、それから薬指と小指の間から乱馬の親指が挟み込まれた。
ぎゅうーっと左右に開かれる手の平。
そのまま、両手の親指であたしの手の平の腹部分をぎゅっぎゅっと指圧される。


「あ……気持ちいい……」


ぎゅっぎゅっ。

ふっくらとした丘をぐりぐりと押されれば、またじわりと血が巡るような心地よさを感じる。



「…凝ってんな」
「え…?」
「あかねの手」
「あ、そうかも。一日中パソコンと格闘してるからどうしても――」
「喋んの疲れんだろ。いーから黙ってろ」


そう言って 今度は指の付け根を親指と人差し指でつまむように挟むと 少しずつ指先に移動しならがらぎゅうっと圧を掛けていく。


「はぁ……」


それがすごく気持ち良くて。
思わずため息が漏れると、顔に掛かった髪の毛をそっと耳に掛けた後に今度はもう片方の手を取って同じことを繰り返す。


それにしても一体どうしたんだろう?
まだ週の半ばだというのに すっかり疲れ切ってしまった身体と、乱馬のマッサージの心地よさでぼんやりしだした頭で考える。
急にこんなことしてくれるなんて めずらしいな。
ああ、それにしても気持ちが良くてなんだか眠たくなってきちゃう…。



どのくらい そうしていたんだろう。
思わずもぞりと体勢を変えて乱馬のお腹の方を向くと、そんなあたしを甘やかすように今度は頭の上からぎゅっぎゅっとツボを刺激してくる。

「あ……っ」
「ばーか。んな体勢で悩ましい声出してんじゃねーよ」
「べ、別にそんなつもりじゃないわよっ。ただ気持ちよく…って……」
「ほれ また」

お腹の方を向いて半分目を閉じてしまってるあたしから乱馬の表情は伺えないけど、多分きっと少し怒ったような苦笑い。
照れを隠すそんな表情が 実はあたしは好き、だったりする。





ぎゅっぎゅっ。



頭が小刻みに揺れて。





ぎゅっぎゅっ。



疲れがぽろぽろ取れていく。





ぎゅっぎゅっ。



乱馬の身体ごと伝わる振動に。





ぎゅっぎゅっ。



ずしんと重たくなった身体が少しずつふわふわ軽くなるのを感じた。







「…ちっとは楽になったか?」
「え…?」
「さっき。帰って来た時にひで―顔してたからよ。一瞬 幽霊が入ってきたのかと思ったぜ」
「うそっ。そんなひどい顔してた?あたし」
「してた。あのな?ただでさえ色気がねーのに あんな顔してたら ますます寂しそうな女になっちまうぞ?」
「色気がないっていうのは余計よ」
「しょうがねーじゃん、事実なんだから」


くつくつと笑う声が頭の上から聞こえてくる。
うん、やっぱりこの声 好きだなあ。




なんとなく乞うように目の前のパジャマをぎゅっと手で掴んでみる。


「…今日ね、会社でちょっとポカしちゃって」
「うん」
「みんなは大丈夫だよって言ってくれたんだけど、なんか自分が情けなくなっちゃって」
「…」
「それでちょっと落ち込んじゃってたの」
「そっか」




乱馬は何も言わない。
ただゆっくりと 膝の上に転がるあたしの髪の毛を撫でて甘やかす。



「…ねえ、乱馬は落ち込むことってある?」
「俺?落ち込むことは…あんまねえな」
「だと思った。いいわよね、自分に自信のある人は」
「あのなー。人をアホのように言ってんじゃねーよ」


そう言うと あたしの頭を手で押さえたまま、乱馬もベッドに仰向けに寝っ転がった。
ぼすんとベッドのスプリングが沈んで、乱馬の腕の中にいるあたしごと小さく身体が上下に揺れる。


「俺は仕事のことはわかんねーけどさ。みんな特に怒ってはねーんだろ?」
「まあ、一応。表面上はね」
「だったらあんま気にすんな。おめーのことだから うじうじ気にしてたらまた同じ失敗すんぞ」
「…それはちょっと言えてるかも」
「それより、明日は同じ失敗しないで挽回しよーと思った方がなんぼか楽だろ?」
「そう…かな?」
「そーなの」
「そっか。…………うん。そうかも」
「だろ?」


あ。
ししっと笑う顔。
なんだか久し振りに乱馬の顔を見た気分。


「なんか変なの」
「なにが」
「今日は乱馬が優しい」
「俺はいつも優しーだろーが」
「あんたね。優しいの言葉の意味、一回辞書で引いた方がいいわよ?」
「ったくかわいくねーな」
「そんなの知ってる」


だけどそんなかわいくねー女の髪の毛なんか撫でちゃって、背中ポンポン甘やかしてる男は誰よ。
乱馬の腕の中から少しだけ身体を起こして その天の邪鬼な唇にキスをする。


「なによ。そんなかわいくない女が好きなくせに」
「はあ!?なんだよ、その自信は」
「じゃあ違うの?」
「…っ」
「あたしのこと 好きじゃないの?」
「っ!」

実はこういう切り返しに乱馬が弱いっていうことも知っていて。

「う、うるせーなっ!」

そうやって怒りながらキスで返してくることも想定済み。




「…ふふっ」
「んだよ」
「別にー」
「変な奴」


うん。
今日は変な奴で結構。
ぎゅうっとパジャマの上から力を込めて抱きつけば、同じくらいの強さで抱きしめ返してくれるその温かさが なんだかすごく安心する。
きっとお腹の中の赤ちゃんもこんな気持ちなのかもしれないわね。
そんなことを思いながら、すうっと目一杯 鼻から息を吸い込めば いつもの乱馬の匂いと、それから仄かに石鹸の香りがした。



「…ね。今日、ここで寝ていく?」
「めずらしーな。あかねからそんなこと言うなんて」
「あ、言っとくけどこうやって寝るだけだからね?」
「まだ何も言ってねーだろーが」
「明日はまだ木曜日だし」
「…」
「あたしが疲れてるの乱馬も知ってて 部屋に来てくれたんだもんね?」

よし。
牽制ばっちり。
これで朝までゆっくり休んで……




「疲れてんなら今日は俺が奉仕するからあかねは寝てていーぞ?」
「え?」
「ってまあ、寝てられたらの話だけど」
「え?ちょ、ちょっとちょっと…!」
「んだよ。そーゆー話を先に振ってきたのはおめーだろうが」

ってバカバカ、どこ触ってんのよ!

「ちょっとなに考えてんのよ!さ、さっきまであんなに紳士らしかったのに!」
「あのなー。紳士だって褒美が欲しいに決まってんだろーが」
「バカッ!」
「あ、あとさっき ついでに胸のデカくなるツボ押しといたからな?それも効いたか確認しねーと」
「そんなすぐに効くかぁっ!」



どすっ。



…あーあ。
せっかくさっきまであんな和やかな雰囲気だったのに。
隣で脇腹を押さえて悶えている乱馬の姿を見ながら、やっぱりそのまま終われないのがあたし達なのかしらと小さく溜め息をつく。



「じょ、冗談じゃねーか冗談!」
「あんたが言うと全く冗談に聞こえないのよっ」
「ったくジョークの通じねえ女だな」
「それは日頃の行いがモノを言うんでしょー」

負けず嫌いな二人が顔を突き合せれば言いたいことをポンポン言い合って。
そのくせ、身体は正直でまたお互いの背中にちゃっかり腕を伸ばしている。







「…………明後日。金曜日の夜になったらね」
「え、それって…」
「…」
「わ、わかった。金曜だな、うんっ!」

…そんなわかり易いくらいに喜ばれると、つい「やっぱり今日、仲良くする?」なんて絆(ほだ)されちゃいそうだけど。
確実な睡眠と明日の体力を確保するために 乱馬も我慢、あたしも…我慢。


「あかね」
「ん?」
「…」

そっと触れるだけの、この温かいキスが何よりもあたしの特効薬。
ちゅ…っとくっついては離れる音すらも愛おしくて。



「…おやすみ」
「おやすみ」


朝起きても あたしはこの腕の中にいる。
そう思ったら もう眠る前から心が満たされていくのがわかる。
好きって言う言葉だけでは言い表せない、あたしだけの場所。




おやすみ、乱馬。
またね、乱馬。





この後訪れる 金曜日の夜の暴走など知る由もないあたしは、今度こそゆっくりと目を閉じた。





< END >




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comment (12) @ 社会人編 短編・前後編

   
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comment

えへへ : yoko @-
うふふーって顔がにやけてしまいました\(//∇//)\
優しい乱馬に甘やかされるあかねが、微笑ましくてラブラブでほっこりいたしました…。
乱馬の指圧とか、気持ちいいに決まってるやーん!でも、あかねにしか、しないよねっ笑っ
今日は運動会でクタクタでしたが癒されました〜(#^.^#)
ありがとうございました!
2016/10/15 Sat 18:22:16 URL
好きだーー!! : やぎこ @-
いやーん!乱馬クンやさすぃーー!!
脚でも背中でもなく、ハンド&ヘッドマッサージなところもラブくて良いです♡

「あかねに優しい乱馬」好きの私にはもーーたまらなーい。

でもやっぱり優しいだけで終わる男ではなかった(笑)でもそこはやっぱりkohさんの乱あですもんね(?)

しかし、あかねちゃんの寝言。。。私の住んでる地域ではちょうど今日の朝ソレやってまして。息子がソレ観てる脇で『おやすみ』読んでたので、あまりのタイムリー感についビクッとなってしまいましたw
2016/10/15 Sat 21:29:35 URL
Re: えへへ : koh @-
> yokoさん

こんばんは。
運動会、お疲れ様でした☆
今日は天候にも恵まれて良かったですね(*^^*)。
運動会…子供の一生懸命な姿は可愛いんですけど、親はクタクタですよねぇ(^▽^;)。
私は家に着くなり爆睡していたような気がします💦。
そんな頑張ったyokoさんの元に指圧師乱馬をお届けしたいのですが、あいにくあかねちゃん専門なので
雰囲気だけでも(笑)。
絶対 力の加減が気持ちいいに決まってる~♪
2016/10/15 Sat 22:49:23 URL
Re: 好きだーー!! : koh @-
> やぎこさん

こんばんは☆
私も「あかねちゃんに優しい乱馬が好き」な乱馬スキー(と言っていいのだろうか?)なので
そう言っていただけて嬉しいです♡
このハンドマッサージはどこでも出来るし、やってもらうと本当に気持ちがいいんですよ~(*^^*)。
なんか大学生とか社会人になった乱馬にはとことん あかねちゃんを甘やかして欲しい願望です。
でもって必ず乱馬に暴走させたい私です(笑)。

拍手小話もチェックしていただいたんですね(´▽`*)ワーイ♪
エプロンといい、最近 幸せな勘違いが多いここの乱馬くん。
いいんだよ、ちょっとおバカな子の方が可愛いっていうからね。
いつか いい思いをさせてあげるからね。(あ、でも私、生粋のドSだったわ)
2016/10/15 Sat 23:06:55 URL
おうふっ!(๑´ω`๑)♡キュン : はづき @-
週末のほっこりした話に癒されましたぁ!
いいですなぁ。私も乱馬くんに指圧されたい…。
リラックスしながらよめました〜。
金曜日が何気に楽しみ( *´艸`)
でも金曜日の話うpされるのか?←
2016/10/16 Sun 01:32:35 URL
Re: おうふっ!(๑´ω`๑)♡キュン : koh @-
> はづきさん

おはようございます。
週末休みだと金曜日の夜ってすごくワクワクしますよね。
それで月曜日が祝日だったりしたらもう♡です。
でもって火曜日~木曜日は色々とつらい💦。お勤めあるあるですよね(>_<)。
乱馬の暴走は毎回の事ながら、金曜日の夜って何気にネタは宝庫な気がします(笑)。
2016/10/16 Sun 05:47:18 URL
管理人のみ閲覧できます : @
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2016/10/16 Sun 06:06:04
管理人のみ閲覧できます : @
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2016/10/16 Sun 06:57:43
Re: No title : koh @-
> 2016/10/16 Sun 06:06:04 コメント主様

おはようございます。
この時期は皆さん、運動会など行事が盛りだくさんですよね。
かくいう私も今月頭、運動会で緑色のベストを着させられて駆けずり回ってました💦。
短い時間帯とか関係なく親はクタクタになりますよね。
コメント主様もお疲れ様でした☆

なんか乱馬君の指圧は絶対気持ちいいだろうな~と確信しています。
ちゃんとツボを心得ていそうな感じ(´艸`*)。
コメント主様も雰囲気だけでも癒されてください(笑)。
社会人乱あ、これからもちょこちょこ登場するかもです♡
2016/10/16 Sun 07:16:23 URL
Re: おはようございます~! : koh @-
> 2016/10/16 Sun 06:57:43 コメント主様

おはようございます。
10月は何かとバタバタしますよね💦。
私も何やかんやと落ち着かず、なかなかPCの前にどっかり座って創作出来ずに
アイディアのメモばかりが増えていきます(笑)。

それにしても、卒業後のお話が好きといってくださってすごく嬉しいです。
私自身、原作になぞって高校生乱あを…という思いはあるのですが、いかんせん高校を卒業してからの
人生のほうが長いので あの初々しさをなかなか思い出すことが出来ず(笑)。
原作が完成されているため、その世界から少し離れた大学生や社会人のほうがぱっとお話が浮かびやすいんです。
多分、こういう二人が見たかったという願望なんでしょうね。
私は「あかねに優しい乱馬」が好きなので、特に未来のお話が多いのかもしれません(´艸`*)♡

そして…そう、コメント主様の仰る方ですよ!例の【kohです】の件。
私も最近は滅多にpixivは覗かないのですが、たまたま目にして「なんじゃこりゃ!」と思いつつ、
つい読んでしまった結果が「…わけわかめ」です(笑)。
お返事不要とのことでしたが、思わず笑っちゃったのでご報告まで☆

2016/10/16 Sun 07:25:58 URL
お疲れ様! : 憂すけ @-
分かるよー。あかねちん。お疲れだったんだねー。仕事でミスっちって落ち込んだんだねー。あかねちんはきっと真面目だから、気に病んじゃうんだよね。(:_;)でも、あかねちゃんにどこまでも甘い乱馬、最高!一緒に読んでる自分も癒して頂きました。( *´艸`)
2016/10/23 Sun 15:31:09 URL
Re: お疲れ様! : koh @-
> 憂すけさん

こんばんは☆
憂すけさんの言う通り、あかねちゃんって何でも真面目に頑張りそうですよね。
だからこそ、癒してあげたくて。
なんか大学~社会人の乱馬にはあかねちゃん(だけ)に優しくあって欲しい願望の塊りです♡
そして出来ればこのおばちゃんの肩も揉んで欲しい…。
お、お小遣いあげるから…。(←卑屈)
2016/10/23 Sun 23:44:01 URL

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