あともう少しだけ(前編) 

2016/11/04
時系列としては【揺れる金魚】よりずっと前。
あかねちゃんがまだ事務職に就いていた時のお話です。



「乱馬ー?まだ寝てるの?」


二階 廊下の奥の突き当り。そのドアの前で声を掛けてみるが、中から全く反応はない。

(結局 昨日は何時に帰ってきたのかしら)

もう一度控えめにコンコンと部屋の扉をノックしてみる。が、やはりウンでもなければスンでもないところをみると、どうやらこの部屋の住人は まだ夢の中で至福の時間を過ごしているらしい。
とはいえ、時刻はもう既に10時近くになっていて。
最近はお互い仕事と試合ですれ違いが多く なかなかゆっくりと顔を合わせる時間もなかったから、あたしとしてはほんの少しだけご機嫌斜めだ。


(お天気もいいし、買い物くらい一緒に行きたかったんだけどな)



そんなことを思いつつ、今度は音を立てないようにドアを開けるとそのまま後ろ手でパタンと閉め、ゆっくりと畳の部屋の真ん中にある膨らみに近付く。

「乱馬?まだ起きないの?」

そう言って筋肉質な肩に手を掛けた時だった。
不意にあたしの視界が回転して 気が付くと白い天井が目に映る。

「へへっ。捕獲成功ー」

そう嬉しそうに笑うのは お下げ姿のあたしの恋人。
もう季節はすっかり秋…ううん、もう既に冬に片足を突っ込もうかとしているのに 未だにその服装は上半身タンクトップという出で立ちだ。
あたしの身体の下にはじんわりと温まったふわふわの敷き布団。どうやら狸寝入りを決め込んでいた乱馬のお布団に まんまと引きずり込まれてしまったらしい。


「もう、いきなり引っ張ったら危ないでしょー?」
「わりーわりー」

まあね。どうせ乱馬のことだからあたしのことを受け身でキャッチしてくれるくらいのことは想定済みなんだけど、こんな台詞も一応決まり文句みたいなもので。
後ろからふわりと抱きしめられる太い腕に思いがけずドキリと心臓が跳ねるのを感じながら、その腕に自分の手を重ねる。


「昨日、何時に帰ってきたの?」
「あー…昨日っつーか今朝だな。5時くれーにようやく解放された」
「えー!それってもう朝じゃない。大変だったわね」
「まあなぁ。あの爺さん、人は良いんだけど酒が入ると話がなげーんだもん」

でも 何だかんだでそのお爺さんを無碍(むげ)にも出来ないんでしょ?
格闘の世界で少しずつ自分の居場所を見つけ出した乱馬は 時にこうして他の流派や大会主催者と一緒に食事に行ったりお付き合いで遅くなることもある。
そういえば前に一度、きれいなお姉さんのいるお店に連れて行かれてたこともあったわね。
そのことを追求してみたら途端に真っ赤な顔をしてしどろもどろになりつつ、結局お姉さん方とまともに目も合わせられなくて焦ったと白状したっけ。
その後の「やっぱ俺はあーゆーギラギラした女より 寸胴のおめーの方が落ち着く」の台詞は余計だったけど、そんな不器用なところは学生時代から変わらなくて。
怒るフリして内心嬉しさを隠せなかったあたしも相変わらずだ。


「お疲れ様」と腕を軽くぽんぽん叩けば「おー」とすりすり頭を首と肩の間に擦り付けてくる。
こういう仕草は なんだか人懐っこい子犬みたい。
多分、家に帰ってきてから さっとシャワーを浴びて自分の部屋に戻ってきたのだろう。
お酒の匂いも煙草の匂いもしないさらさらの前髪があたしの頬に掛かって なんだかくすぐったかった。

「どうする?もうすぐ10時になるけど もう少し寝る?」
「うーん、あと少しだけ寝よーかな。親父達は?」
「残念でした。縁側でおじ様と将棋を指してるわよ」
「なんだよ、その"残念でした"ってのは」
「だって あんたがそういうことを聞く時は大抵……ねえ?」
「なんだー?もしかしてあかね、何か期待してんのか?」

途端に嬉しそうな声で抱き締める腕に力を込める。

「そんなわけないでしょ。じゃあ 寝るんだったらまたお昼ご飯の時に呼びに来てあげるから」

そう言って乱馬の腕をどけるように立ち上がろうとするあたしの身体を再び引き寄せ、今度は自分の足をあたしの下半身の上に覆い被せると まるでいいことを思いついたと言わんばかりに口を開いた。


「まあ待てよ」
「なによ」
「さみーから あかねもここで一緒に寝よ―ぜ」
「寒いからって…そりゃタンクトップ一枚にこんな薄い肌掛けだけだったら寒いのも当然でしょうが」
「だって俺の掛け布団 まだ押入れの天袋にしまったままだし」
「だったら出せばいいじゃない。今日は良いお天気だから 干したらふかふかになるわよ」
「いやー、そのふかふかもいいけど 今はこっちのふかふかがいいんだな」

って、ちょ、ちょっと!どこ触ってんのよ!

「あー、ふかふかで柔らけ―」
「こらっ!ちょっと離しなさいっ!」
「んだよ。ちっと腹をつまんだだけでケチケチしてんじゃねーよ」
「は、腹じゃなくてそこは胸でしょうがっ!」
「まあまあ、どっちも似たようなもんじゃねーか」
「全然違―う!」

そんなあたしの抵抗すらも楽しむようにゆっくりとあたしの胸の上を大きな手が行ったり来たりしながら、後ろからふよふよと形を変えては「あー、すげー落ち着く」だなんて勝手な事を言っている。
乱馬が吐いた温かい息が首元にかかって思わず身体が震えると、今度はあたしの洋服にわざと口を付けながら また一つはあ…と息を吐いた。その湿った熱が布越しに伝わって あたしの背中をじわりと温かくする。

「ちょっと…いい加減にしないと大きな声出すわよ?」
「出せば?出せるもんならだけどな」
「まったく あんたって人はっ」

そう言って今度こそ乱馬の腕を引き離し、上から乱馬を見下ろすように上半身を起こす。
と、

「お、いい眺め」
「なにが」
「だって んな短けースカートで俺のこと跨いじゃって」

なんて言いながら、つうっとお尻の下から太腿をなぞってくる。
慌ててスカートの前を手で押さえるも、「ばーか。今更だろ?」そう笑って今度は頭の後ろを掴まれた形のまま、乱馬の胸の上に倒れ込むように引き寄せられた。



「もう……甘えた」
「お互い様だろー」
「…なんだか久し振りね、こういう時間も」
「だよな。なんだかんだでお互い忙しかったし」


「だから今日くらいはゆっくりしようぜ」。そう嬉しそうに言われてしまうと それを拒否するほどの意地なんかもう残っていなくて。
「しょうがないわね」なんて口では言いつつ 乱馬の胸の上にあたしの上半身の体重をかけると、そのまま どちらからともなく唇を重ねる。
もたれ掛かるようにタンクトップ越しの胸に頬をつけると トクトクと規則正しい心臓の音がした。



「…あったかいね」
「だろー?でもこうやってくっついてると もっとあったけーぞ」

まるで あたしの言葉を待っていたように自分の足であたしの足を挟み込む。そのつま先ですりすりと足の甲を撫でてくるのが 何だか妙にこそばゆい。思わずあたしも乱馬の足の裏を指の先でなぞり返し、ついでに無防備な脇腹をこしょこしょとくすぐると「わっ、やめろって!」と身を捩りながら、あたしの腕を頭の上で掴んで封じ込める。

「ったく おめーはこんな時までじゃじゃ馬だな」
「なによー。自分の修行がなってないだけでしょ」
「あほ、くすぐられんのに修行もクソもあるか。んなこと言うなら――」
「え…」

ごめんなさいというあたしの言葉も掻き消され、一切の遠慮なしにくすぐってくる乱馬の顔はすごく楽しそうな悪戯を思いついた顔。そのくせ一丁前に欲望だけは大人になっているんだから余計にタチが悪い。


「も、もうダメ…っあっ謝るから…!」
「なー?修行じゃどうにもなんねーだろー」
「わかっ…わかったから…っもう…っ」
「そーやって暴れてるとパンツ見えるぞ」

暴れさせてるのはあんたでしょうがっ。
ようやく くすぐりの魔の手から解放されてはぁはぁ呼吸を整えていると、妙に艶のある視線でじっと見つめられているのに気が付いた。


「いやー、そうやってハアハア言いながら 乱れた服を直すのってなんかいいよなー」
「な、なに言ってんのよ…!」
「もうダメ、とか言っちゃって。やっぱあかね、誘ってんだろ?」
「ばかっ!」


もう信じられない。
まだ息の上がってるあたしの背中をさする振りしながら、もう片方の手はちゃっかりあたしのお尻に触れていたりして。
「そんな怒んなよ」なんて言いつつ 嬉しそうに額にキスをされたら、叱る気持ちもしゅるしゅると萎んでいってしまうんだ。

(ずるいなぁ)

みるみる自分が絆されていくのを感じながら あたしの唇をなぞるその指先にかぷりと噛み付くと、「この凶暴女」と苦笑いしながら 乱馬もあたしの人差し指を取って同じようにぱくりと咥える。
だけどあたしと違うのは、ただ噛み付くわけではなくて その指先をちろ…と舐めると そのまま味わうように深く口に含み、ゆっくりと舌を動かすところ。
一体どこで こんなことを覚えたんだろう?
ざらりとした舌と生温かい粘膜に包まれる 独特なこの感触。
それがある行為を容易に想像させ、ちゅぱ…という小さな音に羞恥を覚えてぎゅっと目を閉じる。


「あかね…」


不意に呼ばれる熱を帯びた自分の名前に 下腹部の奥から這うような疼きを感じ、思わず短い吐息が口から漏れた。

「あ…っ…」
「……なに?その声」

ちらりと上目遣いで見るその目がやけに色っぽくて。
なんだか顔を見ていられなくて慌てて目を逸らすと、今度は指の付け根から爪にかけてつう…っと舌先で舐められる。

「ん…っ」
「やば……なんか変な気になってくる」
「ば、ばか…っ」

とはいえ、下にはお父さんとおじ様達もいるわけで。
流石に家族がいる家の中で、しかもまだお昼にもなっていないこんな明るい内からそんなことをする気分には到底なれない。
だけど……。



「…っ」

次第に二人の吐く息が熱く湿ったものに変わってくる。
乱馬の口から解放された指先はしっかり手と手で指一本ずつ絡み合い、布団の上でごろんと体勢を変えては唇を重ね 離れたかと思うとまた深い口付けを交わして互いの唾液をこくりと飲む。
上唇の先が微かに触れ合うような距離でそっと目を開ければ あたしを見つめる熱っぽい二つの光があたしを捉えて離さない。

久し振り、
好き、
会いたかった、

そんな言葉の代わりに何度も重なる唇が愛おしくて。
あたしの髪の毛にくしゃりと挿し込まれた指先にすら びくりと身体が震えるのを感じた。
聞こえてくるのは キスの音と洩れる溜め息みたいな吐息だけ。それがあたしの頭の芯まで痺れさせ、無意識にその欲が身体中に広がっていくのを感じる。







……したい。



けど 出来ないし、そんなことを言えるはずもない。




だけど身体は正直で。
いつの間にかあたしを見下ろす体勢になった乱馬にも欲情の色が浮かんでいるのが、髪の毛の間から覗いて見える瞳でわかった。


「あかね……」
「ダ、ダメよ…お父さん達だっている…し……」
「あかね」
「乱…」
「…っつーか無理。ここまできて我慢なんて」





「……出来るわけねえ」

そう耳元で囁くのと同時に。
あたしの胸を締め付ける下着のホックが背中で外されるのがわかった。





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comment (8) @ 社会人編 短編・前後編

   
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2016/11/04 Fri 06:33:35
: とま @-
kohさーん!おはようございます!今日は後方の安全確認も取れたので、電車の中で読むことができました。でも読み出したら2828が止まらなくて、前方注意が必要になりました(≧∀≦)もう、朝から幸せです。萌えの安定供給ありがとうございます!社会人乱あ大好きです。続きもお待ちしております。
2016/11/04 Fri 07:59:32 URL
管理人のみ閲覧できます : @
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2016/11/04 Fri 08:36:58
No title : 縞 @-
メッチャいい所で止められたwww
キャ───(*ノдノ)───ァ♡♡
2016/11/04 Fri 11:22:43 URL
Re: No title : koh @-
> 2016/11/04 Fri 06:33:35 コメント主様

こんばんは☆
何気に大胆なぶっちゃけ、ありがとうございます♡
思わず「わかるわかる~!」と頷いてしまいました(´▽`*)。
もう夏とかついつい男性の二の腕を見てしまいます。
(太過ぎず細すぎずプニプニせず、しなやか~な感じに弱いです✨)

でもって、後ろからのハグって気持ちいいですよね。
(ただし、好きな人に限る)
とか言いつつ、「えーと…どんな話だったかな?」と今慌てて確認してきました💦。
私って……orz。
昨日(今日?)はどうしても新しいお話をお礼に投稿したくて 子供達を寝かしつけてから
リビングの主人も無理矢理寝室に追いやり(笑)、慌てて書いたものだったので(^▽^;)。
こ、後半…頑張りまーす(汗)。
2016/11/04 Fri 18:54:39 URL
Re: タイトルなし : koh @-
> とまさん

こんばんは☆
2828していただけましたか、良かった良かった(´艸`*)♡
昨日だけはどうしてもドカンと甘いのを投稿したかったのです。エヘヘ。
ただ、余りにも時間が足りなくて〆の部分をまとめきれず……orz。

"本当は私だって社会人乱あでもピュアなほのぼのを書けるんだぞ!"と
鼻息荒く書き始めたものの、どうほのぼの終わらせていいのか分からず引っ張っちゃいました(笑)。
だって脳内乱馬の抗議がしつこいんですもの…クスン。

そんなわけで後半はひたすらイチャコラするだけのお話になってしまいましたが(^▽^;)、
でもお互い働いている休日ってこれが一番幸せかも~なんて思いながら書いています♡
宜しければまた今晩、背後と前方に気を付けて2828してください♡
2016/11/04 Fri 19:00:34 URL
Re: ニヨニヨしちゃう♪ : koh @-
> 2016/11/04 Fri 08:36:58 コメント主様

こんばんは☆
ねえ、もうどちらでしょう(笑)。
そのままひたすらに甘々か、はたまた家族の邪魔ありか…。
でもここで邪魔…となると自宅にカミソリが届きそうなのがこの社会人乱あの反響でして、
次回はパスワード付きのお話となります♡(ということは…?)

それはそうと、昨日はお騒がせ致しました。
ちょっと時間が経てば冷静になれたはずなのに、お恥ずかしい愚痴を聞いてもらっちゃってすみません💦。
でも皆様の優しさで こうして社会人乱あのお話が一つ、ポコンと生み出されました(笑)。
ありがたや ありがたや。
普段は家事に子育てに忙しい同じ世代ですね♡
手を抜けるところは適度に手を抜きつつ、これからも一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです✨。
2016/11/04 Fri 19:06:55 URL
Re: No title : koh @-
> 縞さん

こんばんは☆
だって私、自称"寸止め女王のドS仕様"ですもん♪なんちゃって💦。
今回は単純に時間が足りずに、むしろ読んでくださる方が寸止め状態ですみません(^▽^;)。
後半はパス付でひたすらイチャコラしていただきましょう。

そうそう、イチャイチャの表現がやや直接的なのは社会人だけの特権なんですよ~!
高校生乱馬がこんな器用に…と思うとなかなか書けず、「そして翌朝…」となることは間違いない(^^;。
R-18…そんなの書けない。きゃっ♡と恥じらっていた私はどこかで道を誤ったようです。
…ま、いっか♡
2016/11/04 Fri 19:20:14 URL

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