だからこっちを向いて 

2017/01/08


クラスの他の男共にはちょっと言えないが、おれには毎朝ひそかな楽しみがある。


それは言うまでもなく、あかねが起こしに来てくれることだ。
もちろんそこに「乱馬、起きて。起きないとキスしちゃうわよ」なんて甘い響きはどこにもなく、ドスドスと廊下を勢いよく踏み鳴らしながら遠慮なく襖を開けては「いい加減にしないと遅刻するわよっ!」と一喝されるだけなのだが。
それでもおれは毎日一番にあかねを目にしてスタートする朝が好きだから、時にはわざと寝たフリをしてまであかねが起こしに来てくれるのを待っている。
もちろん今朝だってそうだった。
…が妙なことに、今日に限っていつになっても廊下の奥からあかねの気配が近付いてくる様子はない。
流石にこれ以上はのんびりしていられないと思い、仕方なく身支度を整えてみんなのいる居間へとのろのろ向かう。

「あかねー。おい、あかね知んねーか?」
「あら乱馬くん おはよう。あかねならもう先に学校に行ったわよ」
「へ?もう?」
「もう?じゃありませんよ。乱馬も急いで朝食を食べないと遅刻しますよ」
「げっ、まじかよ」
「お先に、乱馬くん」

嘘だろ。なびきのやつもとっとと朝飯を食って家を出るところらしい。ったく二人揃って薄情な姉妹だ。


(にしても……)


おかしいな。
昨日は特に朝の用事があるようなことは一言も言ってなかったのに。
まあ、何もあかねが一から十までおれに報告する義務なんてないのだが、こうしてあかねが黙って先に登校するのも珍しい。


(大方、忘れ物かなんかってとこだろ)


その時のおれはさして気にすることもなく、かすみさんとおふくろの作ってくれた朝食を胃に詰め込むと急いで家を飛び出した。









何かがおかしい。

本格的にそう思い始めたのは三時限になる頃だろうか。
隣に机を並べるあかねに、ちょっと数学のヒントを貰おうと声を掛けた時だった。

「なあ、この問2だけどよー」
「あ、うん…」

…なんだ?
上手く言えねーが、妙に他人行儀なあかね。

「ちょっとヒントくれ。おれ、次当たりそうなんだよな」なんて持ち掛けると、普段だったら間違いなく「あんたねー。だったらちゃんと授業を集中して聞きなさいよ。いい?この問は公式を当てはめて…」と、小言を言いつつも親身になって教えてくれんのに、今日のあかねはどこか違う。

「取りあえずこれ。答えだから」

そう言ってノートごとおれの方に寄越す。だが、決しておれの顔を見ようとはしない。
もちろん、いつもの小うるさいくらいの解説もなしだ。


「さんきゅー」
「うん」
「…」
「…」
「……なあ」
「なに?」
「なんか怒ってんのか?」
「なんで?別に怒ってないわよ」
「じゃあなんで…」
「今、授業中だから」
「……」

あのな。
授業中ってことくらい、おれだってわかってるよ。
そうじゃなくて、おれが知りてーのはなんでそんな素っ気ねーんだってことなんだけど、まさかこの場でこれ以上問いただすことも出来ない。

「…」

おれは一人釈然としない思いを抱えたまま、やけに長く感じる三時間目の授業を終えた。




あいにく次の四時間目は体育だった。
更衣室に移動して着替えるため、授業中に感じたあの違和感をあらためてあかねに確かめることも出来ないまま、おれ達はグラウンドに向かうと男女別々に分かれる。
この寒空の下、女子はソフトボールで男子は鉄棒。その距離は微妙に遠い。
そんな中、いつもの悪友共が目ざとくおれを捕まえて聞いてくる。



「なあ、乱馬。おまえ、あかねと何かあったのか?」
「はあ?なんだよ、唐突に」


答えながらも、おれの心臓はどきりと跳ねていた。
そんなおれの胸の内など、知ったこっちゃないという風に大介も続ける。

「だっておまえら、朝から全然話をしてないだろ?」
「別におれとあかねがいつも仲良く会話してないといけねー理由なんてねーだろうが」

条件反射のように虚勢を張るおれ。

「いや、誰も仲良くとまでは言っとらんが…まあいい。ただ、傍から見てても妙に不自然だぞ?」
「不自然って…」

そこでまた、おれの胸がどきどきと張り詰めてくるのを感じる。

「なんかさ、朝からあかねの元気がないんだよな」
「…」
「乱馬が話し掛けても素っ気ないし」
「や、やっぱそう思うか?」
「ああ。かといって怒っているのとも違う気がするが…もしかして乱馬、またシャンプーちゃんと何かあったか?」
「またって何だよ、またって。なんもねーよ」
「じゃあ余計におかしいよな。なんていうか、あかねの目が虚ろっていうか」
「え……」
「心ここにあらずとはまさにあのことだな」

心ここにあらず…。

「それに俺、さっきゆか達と話してる内容がちらっと聞こえちゃったんだよ」
「話してる内容って?」
「それが…――あ、やべっ、集合だってよ。取りあえずこの話はまた後でな!」
「お、おう……」


結局、その後もつまらない意地が邪魔をして、おれの方から大介達に話を持ち掛けることは出来なかった。
だけど最後にひろしが言った台詞。

『さっきゆか達と話してるのがちらっと聞こえちゃったんだよ』

その時のあいつの表情からして、少なくともおれにとって嬉しい内容ではないことは確かだった。


考え過ぎ。
考え過ぎだ。たかが半日や一日のことじゃねえか。


自分にそう言い聞かせてみる。
だが、そう思おうとすればする程、おれの中では言いようのない胸騒ぎが広がっていく。
このしっくりこない感覚は一体なんなんだろうか?
少し離れた斜め向かいにちらりと目をやる。そこにはいつものように、ゆかとさゆりと机をくっつけて弁当を食べるあかねの姿。
その横顔におれはこっちを見ろと言わんばかりに視線を送る。
が、ショートカットの頭がこちらを向くことはない。

(なんだよ。いつもだったら気配でこっちに気付くものなのに。それでも格闘家の端くれかよ)

いつもならおれのやることなすこと、真っ先に気付いて声を掛けてくるのはあかねの方なのに。
おれはまるで仲間外れにされたような気持ちになりながら、クラスの雑音に掻き消されそうな三人の会話に真剣に耳を澄ます。
よく通る声で元気に話しているのはさゆりだ。


「えー、あかね、もう食べないの?」
「うん、なんだか食欲が…」
「あ、もしかして昨日の……」

昨日の…なんだ?
肝心なところがよく聞こえねえ。
やや声を潜めるように顔を突き合せてひそひそ話し、同情するような声を上げたのはゆかだった。

「……っかあ、それはショックよね」
「うん…」
「それにしても、この歳になって初めてっていうのが珍しいのよ」
「そうかな…」

この歳になって初めて?それが珍しい?

「……」

不意にあかねが髪の毛で顔を隠すようにして俯く。

「大丈夫よ、あかね。時間が解決してくれるから」
「うん…」
「……馬くんには」
「いやっ、絶対知られたくない!」
「そうよね…だけど……」

そうしてまた声のトーンを抑えると、飯を食い終わった連中が途端に暴れ回る教室の中で、その声は全く聞き取れなくなってしまった。



…なんだ?

ショックで。
この歳で初めてなのが珍しくて。
その上、時間が解決してくれる……。

絶対知られたくないって。
あれって……おれのこと、だよな。
なんだよ。
そんなおれに言えねーような秘密があるっていうのかよ。


ぞわりと。
まるで自分の座っている椅子の脚が一本なくなってしまったように、気持ちがぐらぐらと動揺を見せる。
落ち着け。
こんなにうるさい中だし、きっと何かの聞き間違いだ。
まるで暗示を掛けるように自分に言い聞かせてみるものの、悲しいくらいに説得力がない。



(なんなんだよ、急に。意味がわかんねえ)


そんなムカムカする態度を隠さず、おれは大介達に声を掛けた。

「大介、ひろし!食い終わったんならバスケしに行こうぜ!」

多分、自分が思っている以上にでかい声だったんだろう。大介達のみならず一瞬あかねがこちらを振り向いた。が、おれと視線が合ったと思った瞬間、まるで見てはいけないものを見てしまったかのように慌てて顔を背ける。
その時、おれははっきりと違和感の原因がわかった気がした。

そうだ。
おれとあかねは、昨日から一切目を合わせていないんだ。









午後の授業の内容がどうだったかなんて覚えていない。
ただおれは、ずっと隣の席のあかねのことを考えていた。


(そういえば、昨日の晩から様子がおかしかったんだよな…)



夕方過ぎ、飯はいらないとあかねからの電話を受けたのはかすみさんだった。
前もってではなく突然、食事がいらなくなるということもあかねにしては珍しいと思ったが、高校二年生にもなるとそれなりに用事や友人付き合いもある。
おれ自身、そんなことはしょっちゅうだったからその時は特に気にも留めずに、あかねの分のおかずを親父と取り合ったりしながらその日の夕飯を済ませた。
結局あかねが帰ってきたのは八時頃だっただろうか。
からり…と控えめに玄関の扉が開く音が聞こえ、おれは手を洗いに行くフリをしながら、さり気なく洗面所にいるあかねの所へ向かった。
うがいをするあかねの背中に声を掛ける。



「おめー、随分遅かったな」
「あ、乱馬……うん、ちょっとね」
「委員会かなんかか?」
「ううん、そうじゃないんだけど……ちょっとゆかとさゆりと」
「ふーん」
「…」
「…」

…なんだ?
薄暗い洗面所にいるせいかもしれねーが、心なしかあかねの表情が暗いものに感じる。

「…なあ、あかね、おめー……」
「あたし、今日はもうお風呂入って休むわ」
「え?まだ9時前だぞ?」
「…ちょっとしんどいの。幸い明日提出の宿題もないしね。じゃあ…」


その台詞は暗に「今晩はあたしの部屋に来ないで」と言っているようだった。それはもちろんやましい意味じゃなくて、宿題だろうとただ漫画を読むだけだろうと、今夜は自分の部屋には来ないで欲しいということだろう。もちろんおれだって、あかねの具合が悪い中 無理矢理邪魔するようなことはしない。
休み明けの疲れでも出たのだろうか?
あの時はそう思っていた。
だが、一切おれの顔を見ようとせず、用件だけを言って自分の部屋に戻るあかね。
思えばあの時からどこか様子がおかしかったんだ。




おれはもう一度隣の席のあかねにちらりと視線を走らせる。
真っ直ぐ前の黒板を向き、いつもと変わらない真面目な授業態度を見せるあかね。
その横顔は、特に体調が悪いようには思えない。

(こっち向かねえかな…)

じっと見つめる。
多分、後ろから見たらおれの態度は不自然そのものなのだろうが、幸い最後尾の席なので遠慮せずに顔ごとあかねの方を向いて見つめてみる。
しかし、どうやってもあかねがこちらを向くことはない。

(…んだよ。本当はとっくに気が付いてるくせに無視しやがって)

こうなりゃ我慢比べといわんばかりにあかねを見つめるおれと、おれの方を見ようとしないあかね。
そうこうしているうち、小さなメモに何やら書き込むとおれの方に投げて寄越した。
そこに書かれているのは"授業に集中しなさいよ”の文字。
集中したくても集中出来ねーようにしてんのはおめーの態度だろうが!と八つ当たりにも似た感情が湧き上がり、すかさず“なに無視してんだよ”とやり返す。


“無視してないわよ”

“嘘つけ”

“嘘じゃないわよ。でももう返事はしないから!”



…なんだよ、それ。
そんなにおれが何か怒らすようなことをしたっていうのかよ。
結局あかねがおれの方を見ることはないまま、この日の授業はすべて終了した。
もちろん、こんな状況で一緒に下校するという雰囲気にもならない。
突然わけもわからず無視される現状を飲み込めないまま、おれは校舎の窓から外をぼんやり眺めて時間を潰す。こんな日に限って三人娘の襲撃もなく、素直に家に帰る気分にもなれないおれは完全に時間を持て余していた。


さっきまで背後で賑やかだったクラスメイト達の声が徐々に静かになっていく。
どのくらいそうしていたのだろう。
ふと廊下の向こうから、聞き慣れたゆかとさゆりの話す声が近付いてくるのに気が付いた。
おれは咄嗟にポケットに手を突っ込み、さも偶然というように二人に声を掛ける。

「よう。おめーら、今帰りか?」
「そうよ。乱馬くんは補習?」
「おう…ってちげーよ!」

なんでおれが部活の助っ人以外で居残ってたらそうなるんだよ。
完全に間違ったこいつらの認識を正したくなるのを堪え、さり気なく聞いてみる。

「今日はあかねと一緒じゃねーのか?」
「うん。あかねならもう先に帰ったんじゃない?」
「そ、そっか……」
「じゃあ――」
「あ、あのよー、なんか今日のあいつ、おかしくねえか?」

多分、自分が思っている以上に深刻な表情をしていたんだろう。
普段と違う様子のおれに思わず顔を見合わせ、そして…。
いつになく真面目な顔で、ゆかが口を開いた。



「乱馬くん、気付いてたんだ」
「え…」


気付いてたって……なんだよ、それ。
思いがけないゆかの台詞にドキンと鼓動が跳ねる。
適当な言葉が見つからず短い沈黙が流れた後、それを打破するようにまたゆかが落ち着いた口調で話し始めた。



「あたし達からは勝手に言えないけれど…」
「乱馬くん、あかねに優しくしてあげた方がいいわよ」

その隣りでさゆりも真剣な眼差しをおれに向ける。

「や、優しくって、べ、別におれは……」
「とにかく。今ならまだ間に合う…かもしれないから」
「そうよ。もしもあかねに言いたい事があるなら、後悔しないようにはっきり伝えた方がいいわよ」

後悔って…そんな大袈裟な。
そのくせ、おれの心臓の鼓動はいつの間にか大太鼓のように音を立てて全身に響き渡っていた。
親指を隠すようにぎゅっと握り拳を作ると、自分の足が震えないよう指の先に力を込める。


「なんだよ、それ。意味がわかんねえ…っ」
「…わかってあげて、乱馬くん。あかねだって――」
「さゆり!」

さゆりの言葉をぴしゃりとゆかが遮る。

「…とにかく。あたし達から言えることはそれだけ。じゃあね、乱馬くん」



そう言って。
おれの横を通り過ぎる二人をこれ以上引き留めるなんて、とてもじゃないけど出来なかった。











この日の夕飯は、一見いつも通りの光景だった。
おれとあかねが隣同士で並んで座り、家族みんなで食卓を囲む。
そんな極々当たり前の日常なのに、なにかが違う。
なにか。
それはさっきと同じ、あかねが決しておれの顔を見ようとしないんだ。
それどころか顔を隠すように伏せがちな姿勢になると、いつもは耳に掛けている髪の毛で頬を覆う。

「あら?もうご馳走様なの、乱馬」
「あ、ああ…」
「あかねちゃんも食欲がないのね」
「ごめんなさい、おば様、かすみお姉ちゃん。ちょっと疲れてて…」
「なによ~、二人で何か疲れるようなことでもしたわけ?」
「なびき」

いつもだったら「はあ!?ふざけたこと言ってんなよ!」と反論する下世話ななびきの冷やかしにも、まともに相手をする気にもなれなかった。








その晩、おれは風呂を終えたあかねが部屋に戻ってくるのを飼い犬のように待っていた。
頭にあるのは、放課後ゆかとさゆりが言っていたあの台詞だけ。


『今ならまだ間に合う…かもしれないから』
『もしもあかねに言いたい事があるなら、後悔しないようにはっきり伝えた方がいいわよ』


…とにかく話をしなくちゃなんねえ。
何度目になるか分からない深呼吸を繰り返すと適当に教科書類を手にし、意を決して二階のあかねの部屋に向かう。
気後れする自分を奮い立たせるように勢いよく扉を叩くと、そのままノックの返事を待つことなくあかねの部屋のドアノブに手を掛けた。



「おい、あかね」
「きゃ…っ、ちょ、ちょっとなに?」

そこにいたのは、パジャマに身を包んだあかねの姿だった。すっかり乾いた髪の毛はきれいにセットされているから、きっと風呂上がりにそのままブローして上に上がってきたのだろう。
いつもと何ら変わらないあかねの部屋。
それなのに、あかね一人が妙に慌てた様子で前髪を手で梳きながら一歩後ずさる。


「なにって、宿題しに来たんだけど」
「あのねえ、たまには自分でやったら――」
「なら自分でする。だからわかんねーとこだけ教えてくれ」
「あ…」

その顔は明らかにNOと物語っていたが、そんなの関係ねえ。
おれはまるでやる気のない英語の教科書とノートをバサリと広げると、いつもの定位置とも言えるあかねの椅子のすぐ横に陣取った。
だけど……



「おい」
「な、なに?」
「なんでそんなとこいんだよ」

そう。
あかねといったらベッドにもたれ掛かるようにクッションの上にぺたりと座り、顔の高さまで雑誌を掲げて読んでいる。
が、殆どページをめくる音がしないことから、読んでいるフリをしているということは明白だった。

「なんでって…別にいいじゃない、あたしの部屋なんだから」
「そりゃそーかもしんねーけど、いつもだったら並んでおめーも勉強してんだろうが」
「だって隣で雑誌読んでたら集中できないでしょ?」
「そこにいると質問も出来ねーんだけど」
「じゃあ質問があったら呼んで――」
「はい、じゃ質問」

こんな早く呼ばれるとは思っていなかったんだろう。
雑誌を持つ手がギクリと音を立てるように強張り、「もうちょっと自分で考えてみたら?」なんてかわいくねーことを言うけれど、今だろうと後だろうと聞きたいことはたった一つだ。
まさに渋々というようにあかねが隣りの椅子に腰掛けるのを確認すると、おれはすう…と一度呼吸を整える。


「で?なにがわからないの?」
「…あかね」
「なに?」
「だから、あかねだよ」

別に勉強の質問があるとは一言も言ってねーからな。
「ちょっと!英語の質問じゃないわけ?」とムッとしたあかねの台詞を無視して構わず続ける。


「おめー、なんでおれのこと無視してんだよ」
「べ、別に無視なんか……」
「してんだろーがっ」

これが無視じゃなかったら何が無視っつーんだよ。
あかねの視線は手元のノートを覗き込むような形のまま、決しておれの方を見ようとしない。
その態度がおれをひどく苛々させる。



「なあ、おれ、何かしたか?」
「…」

首を横に振るあかね。

「じゃあ、なんかヤなことあったとか?」
「…」

今度は一瞬迷った後、また小さく首を横に振った。
なんなんだよ、本当に。
いつもだったら大抵のことを「ちょっと聞いてよ!すごく頭に来たことがあってね…」とあかねの方から言ってくるくらいなのに、頑なに口を閉ざすその様子が解せない。
そして、そんなあかねの態度がおれの不安を警告するように、ドクンドクンと更に鼓動を波立たせる。


「あの……」
「…」
「もしも、その…おれがなんかしちまったんなら、正直に言って欲しいんだけど…」

いつになく弱気になってくるおれ。
いっそ、「あれが嫌だった」と言ってくれた方がどんなに気が楽になったかわからない。
だが、あかねは「違うの」と俯いたまま首を振るだけだ。
このままじゃ埒があかない。
おれは内心ドキドキしながら、あかねを揺さぶるように余裕ぶって聞いてみる。


「あ、わかった!もしかしておめー、あれだろ」
「なによ、あれって」
「恋だ、愛だで悩んでんだろ」
「…っ!」
「…え?ま、まじで…?」


まるで予想外の反応だった。
「はあ?そんなわけないじゃない、バカ」とでも言われると思っていたおれは、一瞬反応するのが遅れる。
あれ?冗談のつもりで言ったのが、まさか本当にそうだったのか?
あ、でも待てよ。
もしもあかねが恋愛で悩んでるとしたら、やっぱりそれはおれのことであって……。
そう思いついた瞬間、カアッと体温が上昇した気がした。
しかし、戸惑うおれを前にあかねが冷たく言い放つ。



「別に恋だ愛だで悩んでるわけじゃないわよ」

ほーそうか。
だよなあ、あかねのガサツな性格で。



「大体、万が一あたしが恋愛で悩んでたとしても、あんたに言う義務はないじゃない」


…へ?



「お、おれに言う義務がないって…」

気が付いたらあかねの台詞を声に出して復唱していたらしい。
そんなおれをちらりと一瞬だけ見ると、
「なに驚いてんのよ。当たり前でしょ?」
とこれまた素っ気ないことを言う。


当たり前…。



「それより、もう放っといて」
「ほ、放っとけって、おめーなぁ!」
「なによ、あたしが誰を好きでも別に構わないでしょ!?」



なんだよ、その言い方。
あかねが誰を好きでも構わない?
誰が?
…おれが、か?

それってつまり、おれがあかねの好きの対象じゃなくって。




あかねの“好き”の対象は、他にいるっていうのか……?








いや、待て。
そんなはずはない。
今までこうやってあかねの様子を見てきて、自惚れではなくおれが一番あかねの傍にいたという自負がある。だからそんなこと、ありえない。
ありえないはずなんだ。
だからきっと、少し突っ込んで聞いてみたら
「な、何言ってんの?そんなわけないでしょ、ばか!」
なんて顔を赤らめながら、答えるに決まってる。




ごくり、と。

自分の喉の鳴る音がはっきり聞こえた。






「あ、あのさ、あかね」
「なに?まだ何かあるわけ?」
「そうじゃなくって…」
「じゃあなによ」
「いや、その……」
「なによ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」
「だ、だから…っ」
「だから?」
「…」
「…」
「あの…あかね、さ」
「……なに?」
「ほ、他に……好きな奴でも出来た……とか……?」
「…っ」





一瞬。
ほんの一瞬、あかねが驚いた表情をしておれの顔を見る。
それなのに。
そのふるりとした唇からは、おれの欲しい言葉が続かない。

「他に好きな人なんていないわよ」

その一言が、聞こえない……。




急にぐらりと視界が歪んだ気がした。
なぜだか妙に息が苦しい。
必死で平静さを装おうとしているおれを嘲笑うように自分の手が小さく震えているのに気付き、慌てて机の下の足の間に挟む。
落ち着け。
何もそうと決まったわけじゃない。





『今ならまだ間に合う…かもしれないから』


思い出すのは、ゆかのあの台詞。
おれはぎゅっと拳を握ると、なんとかいつも通りの声を絞り出す。



「なんだよ…一体何があったっていうんだよ…」
「…」

声が震えないように。ただ、それだけで精いっぱいだった。
尚もあかねは黙っている。
こちらを見ないまま、何か言葉を探しているようで。
なんなんだ。
そんな言いづらいようなことなのかよ。
おれは一歩一歩暗い階段を下りていくように、胸に鉛を飲み込んだような息苦しさを感じていた。




(ちくしょう……っ)


机の下では自分の爪が手の平にグッと食い込んでいる。
その痛みが何とかおれを正気に保ってくれているようだった。


「……お、おれはそんな簡単にあきらめねーからなっ!」
「え…?だ、だって、もう…」
「もうじゃねえ!なんだよ、もうってっ!」
「だ、だって、仕方ないじゃない!あたしだって、気付いたらこうなっちゃってて…」


気付いたらって……。
おれという者がありながら、気が付いたら他の野郎に気持ちが移っていたとでもいうのかよ!
だけど、おれだって。
おれだってなぁ……っ


「気付いたら、だぁ!?ふざけんなっ!おれだって、気付いた時にはもうおめーに――」
「大体、乱馬には関係ないじゃないっ!」

そんなおれの心の叫びを遮るようにぴしゃりとあかねが跳ね除ける。

「乱馬には関係ないでしょ…」

そう言って顔を覆うように手で隠す。
なんだよ、それ。
関係ないって…
関係ないって、こんな簡単に言い切れるほど、おれ達はチャチな関係だったのかよ。


「関係ないってなんだよ!そんなにおれには言えねーことなのか?そんなおれは頼りになんねーのかよっ!?」
「乱馬だからっ!」
「…っ」
「乱馬だから…嫌なんじゃない……」




おれだから、嫌……。



今まで。
今まであかねに言われてきた台詞で、こんなにもショックだったことはあるだろうか。
おれがそうであるように、あかねもおれが一番だと思ってた。
良いことも悪いことも、その全てを真っ先に相談できるのはあかねだけだと思ってた。
隣にいるのも。
ふさぎ込んだ時に傍にいてやれるのも。
あかねの笑顔を一番近くで見ていられるのは、おれだと思ってたんだ。

「乱馬にだけは知られたくなかったのに…」

顔を伏せたまま、もう一度あかねが小さく呟く。




いつまでもあると思っていたものがなくなっていく。
それまであった当たり前が当たり前じゃなくなっていく。
それがこんなに呆気ないものだったなんて。
怒りなのか、悲しみなのか。
おれはどこにぶつけたらいいのか分からないこの感情を持て余したまま、それでも諦めきれずに尚もあかねに詰め寄る。
カッコ悪いとか恥ずかしいとか。
そんなもの、もうどうでもよかった。

「お、おれは…っ」
「きゃ…っ」

今、あかねにこの気持ちを伝えないと、もう二度とこの手を掴めない。
そんな気がして、おれは勢いのままにあかねの腕を引き寄せていた。
そのまま、あかねの顔を自分の胸に押し付けるようにして強く抱き締める。



「どんなあかねだっておれは、おめーのことを諦めるなんて出来――」
「痛いっ!」

瞬間、演技ではないあかねの声にはっと我に返るおれ。

「ご、ごめん…っ」
「~っ…!」
「わ、わりー、痛かったか?」

額を押さえながら、涙目でおれを見上げるあかね…。
…そっか。そうだよな。
好きでもねー男に、急に抱き締められたら嫌に決まってるよな。
わかってたのに。
わかってたのに、自分の衝動を止められなくて。


(おれ、本当にフラれるんだな…)


まさか、こんなにも呆気なく、突然その時を迎えるなんて思いもしなかっただけだ。
これが、最後……。
まるで他人事のように頭の片隅で思いながら、それでも目を潤ませて下からおれを見つめるあかねが…不覚にもすげーかわいいと思った。


「痛い…あんまり乱暴にしないで……」
「わ、わりー……でも」
「でも?」



これで最後だから。



そう言いかけて、その言葉を呑み込む。

これで最後?
……そんなの、嫌だ。
こんな簡単に…
こんな簡単にあかねのことを割りきれる程、おれの気持ちは簡単なものではなくなっていた。
想いが溢れる。
そこにはただ、あかねが好きだという気持ちだけ。

なんで今まで気付かなかったんだよ。
呪泉洞の時だって、あかねを失うと思ってあんなに苦しかったじゃねーか。
なのにおれはまたやっちまった。
大切なものは、いつも失くしかけてからその存在に気付く。



「あの…乱馬?」
「…っ」

少し無理のある姿勢で、それでも腕の中からあかねがおれを見上げてくる。
長い睫毛が縁取る黒い瞳が愛しくて。
この瞳が見つめるのはこれから先もおれだけであると信じていたし、そう願っていた。


今度こそ抱きつぶしてしまわないように気を付けると、もう一度あかねの柔らかな身体をぎゅっと引き寄せる。
震えているのはあかねなのか、それともおれの方なのか。
ドクドクと、まるでかくれんぼをしている時の子供のように激しく鳴る動悸を感じながら、おれはゆっくりと口を開いた。


「おれは……諦めねーから」
「乱馬…?」
「どんなあかねだっていい…おめーがもう一回おれを見てくれるまで、おれ、絶対何があっても諦めねーから」
「どんなあたしでもって……やっぱり、もう気付いてたの…?」
「っ!」


…ばかやろう。
おれはあかねが思ってるより、ずっとおまえのことを見てるんだぞ。

本当はそう言ってやりたかった。
だけど咄嗟に言えなくて。
そんな台詞がすらすらと口から出てくるほど、器用になんかなれなくて。
腕の中で急に力が抜けたように「なんだ。知ってたんだったらわざわざ隠さなくてもよかったのね」なんて早々に諦めるあかねに、そんな簡単に諦めんなよ!と伝えたくて腕の力を込める。




「………き、だ…」
「え?」
「おれ…あかねのことが……」
「ねえ、いつから気付いてたの?」
「い、いつからって……」

…なんだよ。
そんなにおれの気持ちなんか……告白なんか聞きたくねえっつーのかよ。
内心ガックリときそうな胸の内を隠しながら、仕方なしにボソボソと答えるおれは、きっとどうしようもなく情けない顔をしていることだろう。

「いつからって…何となくわかったのは今日の数学の時間だけど…」
「ええっ?もうその時から?」

っておい。
なにをそんな楽しそうに笑ってんだよ。
「なんだ、なのにあたしったらバカみたい」って、バカみたいなのはフラれるのがわかっててあかねのことを抱き締めたままのおれの方じゃねーか。

「……っ」


…聞きたくない。
聞きたくないが、お返しと言わんばかりにおれも聞いてみる。


「…で?相手は?」
「え?」
「とぼけんなよ。おめーの、その……す、好きな相手だよっ!」
「え?ちょ、ちょっと…!?」

なに今更照れてるんだよ。
だってそうだろ?
おれ、さっき聞いたじゃねえか。

「“他に好きな奴でも出来たのか”って。そしたらあかね、否定しなかったじゃねーか」
「あ、あれは…っ」
「い、言いたくないんだったら別にいーけどよ!ただ、おれ達は仮にも許嫁同士で…」
「…」
「お、おれは…」


そう。
おれは。


「おれは、親が決めた許嫁同士とか関係なくおめーのことが、す、…きだから…っ」
「…っ!」
「だ、だからっ、おれにはあかねの気持ちを聞く権利があると思ったんでいっ!」


くそ…っ、かっこわりい。
きっとおれ、耳まで真っ赤なんだろうな。
そんなことを思いながら、尚も未練がましくあかねの体温を感じる。
これが最後かもしれないと思うと、心臓が痛いくらいに苦しかった。



(こいつの髪…すげー甘い匂いがする…)


ふわりと鼻先をくすぐるのはいつもよりも近い距離感からだろうか。
…おれ、ばかだ。
こんなに好きだって、今頃気付くなんて。

なんで今までもっと素直になんなかったんだろう。
なんでもっとあかねに優しくしてやんなかったんだろう。

ゆかとさゆりの言葉を思い出しながら、後悔してもしきれずに、ただ目の奥にじわりと熱く込み上げてくるものを必死で堪えるしか出来ないおれ。
こんなところで泣いちゃダメだ。
泣くわけにはいかない。
そして。
この腕を放す時が、あかねから決定的な言葉を言い渡される時になるのだと覚悟を決める。




ふ…と。
胸の前であかねの動く気配がした。


「あのね?乱馬」
「…っ」

なに?と聞いたつもりだった。
だけどそれはうまく声にならなかった。
口だけが虚しくパクパクと動くおれを前に、あかねがゆっくりと言葉を紡ぎ出す。



「乱馬があたしのことを…ううん、何を誤解してるのかはわからないけど…」
「…」
「あたしが好きなのは…」
「…」




ついにその時がきてしまった。




そっと。
あかねの華奢な腕がおれの背中に回される。



「あたしも…乱馬と同じよ」
「うん……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……っておい」
「なに?」
「い、今…、おめーなんつった…っ!?」
「え?ちゃ、ちゃんと聞いてなさいよっ!だ、だから、あたしも乱馬と同じって…」
「はあっ!?」


待て。
待て待て待て待てっ。
これは一体全体どういうことだ!?
さっきまで泣きそうになっていたおれのナイーブかつセンチメンタルな雰囲気をぶち壊すように、おれの胸に頬を寄せて顔を赤く染めるあかね…………ん?おれの胸に頬を寄せて?
おれはあかねの肩を押すように少し身体を離すと、まじまじとその顔を覗き込む。

と、

「ちょ、ちょっと!そんなにニキビばっかり見ないでよ!」
「へ?」
「しょうがないじゃない!昨日、調子に乗ってゆか達と特大チョコパフェ食べちゃったんだもん!」
「え……ちょっと待て。そ、それって……」
「ひどいわよ!からかおうとして一日中あたしの顔ばっかり見るんだからっ」

「もうやだ!やっと胃が落ち着いてきたのに」だの、「だから乱馬には知られたくなかったのに」だの、真っ赤になって口を尖らせているけれど、はっきり言ってあかねの言葉が耳に入って来ねえ。


ニキビ…って。
特大チョコパフェって……。

もしかして。
昨日の晩 具合が悪そうにしてたのも、おれを避けてたのも、全部それが原因かよ!?


(う、う、嘘だろ〜っ!?)


鏡なんか見なくてもわかるくらい、顔の皮膚がカアッと熱を持っているのがわかった。
途端に恥ずかしさから逃げ出したくなるような決まりの悪さを感じながら、それを誤魔化すようにあかねを責める。




「お、おめーなぁっ!」
「きゃ…っ!ちょっとなによ!」
「おれが今日一日、どんな思いで過ごしたかわかってんのかよ!?」
「はあ?意味がわからない!あんたこそ、幼稚ないたずらであたしのことからかってたくせに」
「~っ!」



は……





はあああぁぁぁ…………。






「なによ。わざとらしくそんな大きな溜め息ついちゃって」
「……」
「…ねえ、ちょっと?」
「……」
「やだ、大丈夫?ねえ」
「…………………はは」
「乱馬?」



なんだよ。
なんだったんだよ、さっきまでのあの葛藤は。
苦しくって。
痛いくらいに苦しくって。
息すんのがこんなに苦しいのかってくらい、胸が締め付けられて心臓が暴れ回って。
その緊張感が解けたせいか、今度は力という力が全身から抜けて、自分の鼓動がやけにゆっくりに感じるようだ。
もしもおれが心臓だったら、多分もう寝込んじまってるだろうな…。
一気に力の入らなくなった両腕でズルズルともたれかかる様にしながら、あかねの肩に顔を埋める。



「乱馬?ねえ、どうしちゃったの?」
「……ははは」


どうしたもこうしたもねーだろ!?
とてもじゃねーけど恥ずかしくって、こんな勘違い言えるかっつーんだ。
頼むからおれの気力が回復するまでしばらくこうさせてくれ。
既に目を開けるのも億劫に感じるほどの虚脱感を覚えながら、それでもおれはあることをハッと思い出す。


「……なあ」
「なに?」
「おめー、なんで最初におれが“他に好きな奴出来たのか”って聞いた時、否定しなかったんだよ」

そうだ。
もしもあの時、あかねがはっきりと否定してくれたらこんなことにはならなかったのに。
現金なもので、ホッとした後にはやり場のない怒りのようなものがふつふつと湧いてくる。それを隠さずあかねに聞いてみると、意外な答えが返ってきた。


「だって…」
「だって、なんだよ」
「“他に好きな奴”って…それってまるで今、あたしが乱馬のことを好きって言ってるみたいで」
「あ…」
「で、でも乱馬の気持ちだって聞いてなかったし」
「…」
「だから、なんて答えていいのかわかんなかったんだもん」
「あかね……」



なんだそりゃ。
きっと普段のおれなら「バカじゃねーの」って呆れちまったかもしんねえ。
でも今日は。
あかねの言っていることが……ほんの少しだけわかる気がした。


また一つ、大きな溜め息が漏れる。



「…ニキビってどこ?見せて」
「え?やだやだ、どうせもう知ってるんでしょ?」
「知らねーよ。いーから見せろって」
「やだっ、絶対笑うから!」
「笑わねーから」

そう言って、額の前を隠そうとするその手を掴み、フウッと息を吹き掛ける。
その前髪の下から現われたのは、ぷくりと赤く腫れたニキビが一つ…。


「…これか?ニキビって」
「やだ、ちょっと見ないでってば!」
「なんでい。んな大袈裟なもんじゃねーじゃねえか」
「だ、だって。こんなおでこの真ん中に出来ちゃったから恥ずかしくて…っ」
「……」
「~っ、もういいでしょ!?いいから離して――」


ふ…っと。

気が付いたらあかねの額に唇を落としていた。
ニキビに触れないように、その上に一瞬だけ触れてまた抱き締める。


「あの、乱馬……」
「笑わねーよ」
「……」
「別にこんなニキビくれーで……」


そう。
呪泉洞でも言っただろ?
別におれは、あかねだったらどんな姿だって構わないって。
だから、こんな小さなニキビ一つくらいでおれのことを避けるんじゃねーよ。

…だめだ。
なんか知んねーけど鼻の奥がジンと痛んで、これ以上喋ると胸につかえた想いが目から流れ落ちてしまいそうだった。
黙ってあかねの肩を抱き寄せたまま、くしゃりと髪の毛をかき混ぜる。
…と。



「……ありがとう」


不意にあかねが口を開いた。




「嬉しかった。さっき、乱馬があたしのこと…好きってはっきり言ってくれて」
「え…っ!」

思わず変なところから声が出る。
それにあかねがやや怪訝そうな表情を見せた。

「なによ。言ったじゃない、あたしのこと好きだって」
「あ、あ、あれはだなぁっ!」
「それとも、やっぱり嘘なの?」
「い、いや、その……」
「言ったよね?親が決めた許嫁同士なんか関係ないって。世界で一番あたしを愛してるって」
「だぁーっ!んなこと言ってねえ!ただ、好きだっつっただけだろーがっ!」
「ほら、やっぱりあたしのこと好きって言ったんじゃない」
「お…っ」

おめーはぁ~~~!
楽しそうに笑ってんじゃねーよ!
そんなかわいい顔で。
そんな幸せそうな顔してさ。
んな表情されたら、もう……


「わ、わりーかよっ!?」
「きゃっ」
「い、言っとくけどなぁっ、おれは諦めがわりーからなっ!」
「…うん、知ってる」
「だから今更、ずん胴で凶暴なあかねにニキビの一つや二つ増えたくれーで何とも思わねーし」
「…」
「もともと色気がねえおめーのことだから、ニキビなんかあっても特に変わんねーしな」
「……ちょっと。あんた、ケンカ売ってんの?」

ケンカじゃねーよ。
ケンカじゃねーけど、でもこんなやり取りが出来ることすらも もう嬉しくて。
反射的に出てくる冷やかしの言葉を吐いたついでに、おれはありのままの気持ちを素直にぶつける。


「とにかくっ!んなくだらねーこと、いちいち気にすんなって言ってるんでい」
「く、くだらないって、くだらなくないわよっ!人生初めて出来たニキビがこんな額の真ん中で」
「だからっ!おれが気にしねーっつてんだからそれでいいだろっ!?」
「あのねぇ、言っとくけど女の子は――」
「~っもう黙れよ…っ」


そのままあかねの後頭部に回した手を引き寄せ、今度は唇同士を重ねた。



「…っ」


ぐっと一瞬、背中にしがみついた腕が震える。
押し付けた唇を離し、もう一度。

柔らかくて。
おれを惹き付けて止まないそこ。
触れたくて触れたくて、でもあと一歩の勇気が踏み出せなかったあかねの唇…。




「……は…」


ゆっくりと解放した唇から、小さく息が漏れる声が聞こえた。
ぎし…と二人分の体重が掛かった椅子の背もたれがしなる。
二年掛けてやっと素直な気持ちを伝えることが出来た、おれ達に与えられるとっておきの甘いご褒美…。



痛くないようにそっと額の髪の毛を手で払い、またひとつフウ…っと息を吹き掛ける。

「…おめーさ、前髪で隠さねー方がいいぞ」
「だって…気になっちゃうんだもの」
「バカ。髪で隠してたらますます治りが悪くなっちまうじゃねーか」
「そうなんだけど…」
「明日から土日休みだろ?その間、触んなきゃちっとはマシになるだろ」
「…かなぁ?そうだといいんだけど」


不思議だよな。
普段はあんなにガサツで凶暴で女らしくねえとこだっていっぱいあんのに、こうしてみるとやっぱりあかねは女で、おれは根っからの男なんだと思い知らされる。
おれにとっては些細な、それこそ笑い話にもならないような悩みでも、あかねにとっては深刻で。
それがおれに見られるのが恥ずかしいところから来ているのだと思うと、くだらねえ誤解すらもかわいいとすら思ってしまうんだから重症だ。


「乱馬はいいわよね。吹き出物一つないツルツルお肌で」
「別の想像するからツルツルって言うんじゃねーよ」
「なにもおじ様のことなんか言ってないじゃない」
「おれも親父のことだとは一言も言ってねーぞ」
「あ…っ」


「違うの!今のなし!」と慌てて訂正するけどもう聞いちまったしな。
「言ってやろーっと」とふざければ、また涙目で「やめてやめて、ごめんなさい!」と胸にしがみついてくる。あーくそ、そんなことされたらまた止まんなくなるじゃねーか。
思わず邪な考えが頭を過ぎったところで、おれは懐かしいことを思い出した。

「そう言えばあかね、知ってるか?」
「なにが?」
「ニキビの出来る場所によって意味があるってヤツ」
「あ、知ってるわよ。”想い、想われ、フリ、フラれ”よね」

そう言って額、顎、左の頬、右の頬を指差す。
確か昔、CMでちょっと流行ったんだったよな。
おれはあかねの額に視線を落とすと、ニヤリと口の端が上がるのを止められない。

「…なによ」
「いやー、別に。ただ、あかねちゃんかわいいなーと思ってさ」
「バ、バカじゃないのっ!誰が乱馬のことを想ってなんか…!」
「だから、おれはんなこと一言も言ってねーだろ?」

わはは、この悔しそうな顔。
そんな表情されたら、額に「おれの事が好き」って書いてあるのも同然だ。
おれはさっきまでのショックもどこへやら、かわいくねーことばっか言うあかねが愛おしくて堪んない。

「ふん!きっとそのうち、あんたにもニキビができるんだからっ」
「おー、できるとしたら顎にだけどな」
「バカ。おでこに決まってるでしょ?」

こーんなおっきいの!とあかねが親指と人差し指を曲げて丸を作ってみせるけど、あほか。
そんなの、ニキビの域を越えてんだろーが。

「ま、おれ様の場合、頬にできねーのだけは確かだけどな」
「はぁ?なんでよ」
「鈍いなー、あかねは。おれがフルこともフラれることもねえからだろーが」
「な、何言って…っ」
「だからまあ、あかねも心配すんな」

そう言ってまたわははと笑うと、今度は少し照れたように「あんたって…時々すごい天然よね」と胸にゆっくり顔を埋める。


「ん?おれ今、なんか言ったか?」
「…ううん、なんでもない」


額をつける代わりに頰を寄せながら、目を閉じて微笑むあかね。



もしかしたら。

もしかしたら、明日の朝にはおれの額と顎にもニキビが出来てんのかもしんねーな。




そんなことを思いながら、おれはまた一つ あかねのつむじにそっとキスを落とした。






< END >





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2017/01/08 Sun 08:04:45
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2017/01/08 Sun 09:08:26
Re: No title : koh @-
> 2017/01/08 Sun 08:04:45 コメント主様

おはようございます☆
投稿して早々にコメント、ありがとうございます(´▽`*)。

なんだか、スランプとか言ってお気遣いさせてしまってスミマセン💦。
ごめんなさい、正直に白状しちゃいます…。
もう、今年は冬休みが長すぎる~っ!(涙)
来る日も来る日も気が付けば台所に立ってご飯の準備…あうあう。
おまけに部活だ塾だ習い事だで、送迎やお弁当でなかなかまとまった時間が取れなくて。
私、ドカーンと座らないと、ちまちまとは書けない性格なんです💦。←我慢がきかない
なので、スランプというかストレスというか。
それをちょっと言い訳してみただけでした。すみません(^▽^;)>。
あ、でもなんとか一話書けてちょっと息抜きできたかもしれません(笑)。

高校生乱あは長くなって難しいわ~。
(でも書きたい)
2017/01/08 Sun 09:21:02 URL
Re: おはようございます? : koh @-
> 2017/01/08 Sun 09:08:26 コメント主様

おはようございます☆
おおぅ!ちょうど今、コメントが入れ違いに💦。
ちなみにプレッシャーだなんてそんなこと、全然ないですよ!
寧ろいつも背中を押されてます♡
もちろん、毎回のコメントなんて大変なので無理はしないでいただきたいのですが、
コメント主様からコメントが届かなくなっちゃったらそれはそれですごく寂しい…(涙)。

そして大袈裟に”スランプ”なんて言っちゃいましたけど、何てことはない。
ただのストレスです(笑)。
もうね、子供達はまだいいんです。
冬休みですからね。
明後日からは嫌でも学校が始まりますからね。
問題は主人ですよ。
昨日も休日出勤して家のHELPが一切なかったのに(←これは仕事なので別に構わない)、深夜帰宅してから
3時過ぎまでずっとリビングでTVを観ている。
これがもう、私的にすごくストレスで(笑)。
しかもちょいちょい話し掛けてくるので創作することもままならず、必死にネコ被って
「ねえ、疲れてるからもう休んだら?(訳:とっとと寝ろよ、コンニャローっ! 怒)」と言っても
伝わらない主人の鈍感さに軽くイラッとした夜でした(´▽`*)。←いや、ニコ♡じゃないしw

あ、そうそう、お話の感想でした💦。
私、いつもらんまを読んでいて「二人の顔の距離感近いなぁ」と思っていて。
でもあんなに近いとお肌のお手入れも大変だなぁ、と。そんなところからひょっこり思いついたお話です。
ただ、タイトルが難しかったです💦。
青春~とかにしちゃうとすぐにネタバレしちゃいそうで、必死に捻り出したのがこれかよっていう。
やっぱり私にはハードルの高い高校生乱あなのでした(^▽^;)。←でも書きたい
2017/01/08 Sun 09:33:18 URL
お久しぶりでーす! : みにとど @-
あけましておめでとうございます^ ^コメントはお久しぶりでも、小説は欠かさずちゃんとずーっと読んでおりましたよ‼︎出勤途中の私の大切なオアシスですもの♡
高校生の初々しい乱あ、やっぱりいいですね〜^ ^にやにや♪(´ε` )ええ、そりゃもうバスで乗り合わせた隣の客に顔を二度見されるくらいにニヤニヤしながら読ませていただきましたよ。ニキビかぁ…懐かしい^ ^そして、思い思われ振り振られ‼︎って‼︎その世代ど真ん中でしたー‼︎そっか、そっか、乱馬くんのほっぺたには右も左もニキビできないんですね〜❤︎そりゃそうだ、ベタ惚れですもんね。
スランプとは思えない相変わらずの素敵なお話でした。ごちそうさまです‼︎
今年もkohさんワールドに癒されながら一年頑張れそうです⤴︎
2017/01/08 Sun 11:00:45 URL
Re: お久しぶりでーす! : koh @-
> みにとどさん

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします✨。

昨年はみにとどさんからのナイスコメントにより、思いがけず広がった感のある社会人編乱あ。
そうか…こうして考えるとこのサイトのピンク化現象の一端をみにとどさんが担いでいたんですね(笑)。
っていうか、いただいたコメントがどれだけ嬉しいんだっていう(´▽`*)。しつこく覚えてます💦。

そして出勤途中に読んでいただいているんですね。
嬉しい♡でもそんなの聞いたらエゲツナイR-18を放り込みたくなりますわ(笑)。エヘヘ。

初々しい高校生乱あ、しょっちゅう妄想だけは浮かぶのですが、文章に起こすのが難しい(^▽^;)。
ニキビってなんだか青春のシンボルチックですよね。
私なんか今顎に何かできても吹き出物で片付けられてしまうというのに…。

今年もこんな妄想をばら撒いてまいりたいと思いますので、また通勤のお供にして下さい♡
コメントありがとうございました✨。
2017/01/08 Sun 16:40:24 URL
ドキドキ! : 憂すけ @-
えぇっ!?い、一体何がどーなってるの!?・・・そう思いながら拝読。途中、乱馬の苦しさに一緒に切なくなりながらも、「謎」が気になって仕方なく。ゆかたちの台詞も意味ありげで増々、引き込まれました!乱馬の一世一代の告白も、その胸の内も!ジーンとしました!〝あかねならどんな姿だって”・・・萌えましたー!キター!(≧◇≦)
くっつく前の高校生乱あもかーいくて好きですー!
乱馬の視線の意味を勘違いしてるあかねちんも〝らしくて”笑いながらも納得です。(;^ω^)
2017/01/12 Thu 15:09:51 URL
Re: ドキドキ! : koh @-
> 憂すけさん

こんばんは☆
最近、私の中で乱あの友人がキテます(笑)。
でもね、以前憂すけさんのコメントにもあった通り、良い友達って何よりの財産だと思うんですよね。
そしてあかねちゃんはゆかとさゆりに、乱馬はひろしと大介に 良い所も悪い所も全てひっくるめて
愛されてるだろうなぁ、と♡

それにしても、学生時代って小さなニキビ一つでも「絶対相手に見せられない!」ってドキドキしたなぁ。
たかがニキビ、されどニキビで、当時はあかねちゃん並みに元気がなくなったり。
今なんて平気で主人にはすっぴんも晒すし、ほうれん草の胡麻和え食べた後でも笑えるというのに。
ああ、私にもかわいい時代がありました…。時の流れっておそろしい。
2017/01/16 Mon 01:31:31 URL

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