3. 好きな人 

2017/01/17


「なにもなかったって…」


おれはあかねの言葉のまま繰り返す。
聞いていることに頭の思考のスピードがまるでついていかない。そんな気分だった。
そんなおれを前に、あかねはその先を言おうか言うまいか迷った素振りを見せるが、このままで納得いくわけがねえ。
「いいから言えって」と三回促したところで、ようやく重たい口を開く。


「最初のきっかけはね、呪泉洞から戻った後の祝言だったの」
「…」

…多分、そう言われるだろうとは思っていた。
はにかんだようにあかねが「あたしのこと、好きなんでしょ?」と言ったあの時。
どうしておれはたった一言、「好きだ」と答えてやれなかったんだろう。
自分の愚かさにぐっと奥歯を噛みしめると、まるで慰めるようにあかねが続ける。

「別にね、責めてるわけじゃないのよ」
「…」
「乱馬の人一倍照れ屋な性格くらい、あたしだって一応はわかってるつもりだし」
「…」
「あんな風に全てをお膳立てされた状態で、祝言を挙げることにならなくて良かったって…あたしもどこかでそう思ってる」
「あかね……」


だったら…っ。
そう言いかけてハタと気付く。
だったら……何て言うつもりだ?
おれの性格をわかってんならいいじゃねーか、とでも言うつもりか。
…流石にそれは図々しいだろう。
口だけが虚しく動くのに声が出ないおれを見て、あかねが再び話し始める。


「最初はね、別に気にしてなかったの。そりゃちょっとは期待してたからショックだったけど、でも乱馬の気持ちを待とうってそう思ってたわ」
「期待してたって……」

おれの気持ちを待つ……?

「だけどね、春休みに乱馬が変身体質を治して帰って来た時。あの時、今度こそ二人の間に何か変化があるかなって思ってたんだけど、結局何もなかったじゃない」
「あかね…」
「それどころか、完全な男に戻れた乱馬はすごく自信に満ち溢れてるみたいに見えて」
「え?」
「かっこわるいでしょ?あたし、本当は心の中で期待してたくせにわざと平静を装って、意地を張ったまま何もないんだもの」


へへっと自嘲気味に笑うあかねが痛々しかった。
こんな悲しい笑い方をさせているのが他ならぬおれ自身だと思うと、自分のことを殴りたくなってくる。
「せっかく完全な男に戻れたのに、なんでそんな素っ気ないんだよ」とおれがガキみてーに拗ねてる一方で、あかねがそんな風に悩んでいたなんてちっとも気が付かずに。
自分からは何もしねーで、肝心なことは何一つ伝えずに。
あかねの出方を待っていただけのおれは、ただの卑怯で弱い男だ。



「ちょっと。そんな顔しないでってば」

おれを励ますようにあかねが優しく笑う。

「さっきも言ったけど、別に責めてるわけじゃないの。乱馬には乱馬の考えがあるし、あたしにはあたしのタイミングがあったのよ」
「…」
「ただ、それが噛み合わなかった。それだけのことじゃない」
「それだけって……、そんな簡単なもんじゃねーだろ!?」

なんで今になってそんなこと言うんだよ。
自分の非なんか全て棚に上げて、思い切り八つ当たりしそうになる自分がいる。
無様でカッコ悪くて。
そんなおれにあかねが愛想を尽かせて離れていくのも当然なのに、おれはそれが許せなかった。
あかねがおれから離れるなんて、そんなこと絶対にあってはならなかった。


「なんで今言うんだよっ!あの時言ってくれたら、おれだって…!」
「おれだって……なに?」
「おれだって、あかねのこと…っ」

おれだって。

…そこから先の言葉にグッと詰まる。
もしもあかねが正直に気持ちを言ってくれたら、代わりにおれも気持ちを打ち明けたというのか。


おれは ―


ずっと男に戻りたかった。
一刻も早く、純粋な男の姿に戻りたかった。
それはなにも自分のためだけじゃない。
いつからかは忘れるくらい、気が付いたらあかねの隣に並ぶに相応しい完全な男のおれで在りたいと願って止まなかったんだ。
それなのに。
そこまでの想いを抱えて中国まで渡ったというのに、あかねのアクションがないと何一つ行動に起こせなかったおれに、「あかねが正直に言ってくれればおれだって気持ちを伝えたのに」なんて、そんな都合のいいことは言えなかった。
黙ってしまったおれを見て

「…そういうのが、もう嫌だったの」

困ったようにあかねが眉を下げる。



「あたしがこう言ったら乱馬がこうする、乱馬がこうしたらあたしもこうする…そんな考え方に疲れちゃったのかもしれない」
「あかね…?」
「呪泉洞の時ってね。確かにもう二度と体験したくない怖い思いもしたけど、お互い自分の気持ちに素直だったわよね」
「素直って?」
「…乱馬がどうとか、あたしがどうとかじゃなくて、ただ助けたいから助ける。気持ちがすごくシンプルだったと思うの」
「あ……」
「だけどいつの間にか、乱馬にこうしてもらおう、こうされたらこうしよう……そんな風に駆け引きしたり欲張りになっちゃって」
「…」
「そんな時ね、完全な男に戻って自信に満ち溢れた乱馬を見て「これが本来の乱馬だなぁ」って思ったのよ」


…なに言ってんだ。
なに、勝手なことばっか言ってんだ。
本来のおれ?
そんなの、どのおれだっておれに変わりはねーじゃねえか。それのどこがいけねーんだ。



「あ、あかねは……おれといて無理してたのかよ……」

情けねーことに、おれはあかねの気持ちがすっかりわからなくなっていた。
今までの話の流れを聞いていると……いや、聞かなくても、互いの気持ちが惹かれ合っていた時期は確かにあって。
だけど今はそれがわからない。
あかねの気持ちがわからない。



「あたしは……」


おれの問い掛けに、天井を見上げるようにしてしばらく悩んだ素振りを見せた後、

「…うん。無理、してた」

そうはっきりと答えた。
だけどこんな時でもあかねはあかねで。
普段は凶暴で加減知らずのくせして、おれが傷ついた顔をしないようにわざと明るい声を出す。


「下級生の女の子達に囲まれてる乱馬を見てるとね、あー、歳相応の男の子で楽しそうだなぁって」
「た、楽しくなんかねーよ!」
「ウソ。乱馬、満更でもなさそうだったもの」
「そんなの、あかねが勝手にそう思ってただけだろうが!大体 おれは全部断ってたぞっ!」

そうだ。
今は誰とも付き合うつもりなんかねえって。
それに、おれにはちゃんと許嫁がいるって…。
そんなおれの心の内などお見通しというように「じゃあ何て言って断ってたの?」と聞いてくる。
そんなの、決まってんじゃねーか。

「だ、だからっ、おれには許嫁がいるって…」
「…やっぱりね」

ふうっと小さく息を吐いた。
そしてまた笑いながら言う。


「結局、乱馬にとってあたしは“好きな人”じゃなくて“許嫁”なのよ」
「あかね?」
「乱馬はきっと、自分が思ってる以上に許嫁っていう言葉に縛られちゃってたのね」
「ば、ばかっ、何言って…!」
「だから」


だから?


「もう乱馬のこと、自由にしてあげようと思って」


そう微笑むあかねの瞳には、悲しいくらいに強い意志が宿っていた。




なんだよ。
なんでこんな話になってんだよ。
さっきまで、あかねと一緒に飯を食うことになって浮かれていた気持ちが、今は軽い吐き気を伴うほどにざわざわと波打っている。
これは何かの悪い夢なんだろうか。
そう思いたいけれど、ドクドクと暴れる自分の鼓動が「これが現実だ」と容赦なく突きつける。



「ちょっと待てよ、許嫁解消って…そんなの、急に言われたって納得できねえ!」
「…大丈夫。今日、いきなりは無理でもすぐに気持ちの整理がつくわよ」
「つかねーよっ!」

気付けば大きな声で怒鳴っていた。
なんだ、これ。
なんだ、このかっこわりー男は。
冷静なあかねの前で一人オタオタして。
こんなとこで怒鳴られたって、あかねが困るだけじゃねーか。
だけどもう、感情が爆発するのを止められなかった。
苦しいような。
吐いてしまうような。
胸につかえた想いが、今にも形を変えて目から零れてしまいそうだった。
だけど間違っても涙なんか見せらんねえ。
そんなことをしてしまったら、お人好しのこいつのことだからまた自分の気持ちを誤魔化してしまうに違いない。
言葉を振り絞る度に震えそうになる声を堪えながら、それでも必死で食い下がる。
様々な感情が頭に浮かんでは一瞬の花火のように散っていく。
かっこいい言葉なんて見つからない。ただ、あかねを失いたくない一心だった。



「…あかねは?」
「え?」
「あかねは?それでいいのかよ。許嫁解消して、おれと会わなくなって」
「会わないって、そんな大袈裟な…」
「大袈裟でも何でもねーよっ!こんな別れ方して平気な顔して会えるほど、おれは神経図太くねーぞっ!」

くそ…っ。
なんでこんな言い方しか出来ねーんだよ。ほら、またあかねが困ってんじゃねーか。
もしかしたら、たった一言「今も好きなんだ」と言えばいいのかもしれない。
だけど温め過ぎたその言葉を今言うのは余りにも安直で。もしかしたら勢いだけで言っているだけと思われるのが恐くて、結局その言葉も言えずにおれはあかねを責めているだけだ。
あかねがちらりと窓の方に目をやる。



「…そんなに帰りてーのかよ」
「え?」
「さっきからちらちら窓の方ばっか見てんじゃねーか」
「ちが…、そうじゃなくって。ただ、雪で電車が止まっちゃうと困るから、だから…」
「こんな時に余計な事考えるのやめろよっ!」

ああ、もうおれ、滅茶苦茶だ。
すげー勝手なことばっか言ってる。
あかねは何も悪くねえ。
わかってるのに、こんな二人きりでいて、おれ以外のことにあかねの神経が遣われていることすら嫌だった。
冷静でいようとすると途端に目の奥が熱くなって、だから思ったことをガキのように口にしてなんとか泣きそうな感情をやり過ごす。


もしかしたら外は雪が降り始めているのかもしれない。
壁に備え付けてあるエアコン以外には炬燵しか暖房器具のないこの部屋で、今はそのエアコンもついていない中、こんなにも興奮して頭が熱くなっているのに、先程よりも深い冷気が背筋に抜けてぶるぶると身体を震わせる。
さっきまであんなに早く降って欲しかった雪なのに。
もしも今、あかねが降雪に気が付いたらすぐにでも帰ってしまうと思と「どうか降らないで」と身勝手なことを願う。
そんな胸の内に気付かれたくなくて、おれはもう一度あかねの意識をこちらに集中させるように問い掛けた。


「あかねはおれと許嫁を解消したいのか?」
「…そのほうがいいと思ってる」
「そうじゃねーよっ!解消したいのかしたくねーのか聞いてんだよ!」
「…っ」


一瞬、大きな目を更に見開き、きゅっと口元を引き結ぶ。
ああ、こんな表情ですらやっぱりかわいいな。そんなこと考えてる場合じゃねえと頭ではわかっているのに、あかねから目が離せないおれがいた。

「…」


いつまで経っても答えようとしないあかねに、おれは別の質問をぶつけてみる。



「じゃあ質問をかえてやるから正直に答えろよ」
「……」
「あかね……もしかしておまえ、他に好きな奴がいんのか?」


その瞬間、びくりとあかねの身体が強張った気がした。
炬燵布団の柄を見るように下を俯き、長い髪の毛があかねの表情を隠す。
前屈みになった髪の毛は胸の更に下まで届き、どれだけあかねの傍から離れていたかをあらためて物語っているようだった。



「…他に好きな奴が、いるのかよ」


おれはもう一度ゆっくりと聞いてみる。
本当はずっとずっと不安だった。
だけどどうしても聞けなかった。

不慮の事故であかねの髪の毛を切ってしまったあの日。
あんな言葉で許されることだなんて到底思っちゃいないが、おれは短くなったあかねの髪の毛を見て、お世辞ではなくよく似合っていると思ったんだ。
おれはあの日の会話を今でもはっきりと覚えている。




『とにかくおれは絶対短い方が好…』
『…』
『いや、だから、おれの好みなんてどーでもいいけど』
『……乱馬』
『……』
『ありがとう。嬉しい』
『は…?』
『ウソでも嬉しい』




それから、どんな時でも肩につく前には髪を短く揃えるあかねを見て、おれはそれが密かに嬉しくもあり、おれの好みに合わせてくれているのだと勝手に自惚れていた。
だけど。
心の中でなんの変化があったのか、突然髪の毛を伸ばし始めたあかね。
最初は受験勉強のせいで忙しいだけかとも思っていた。
けれど受験が終わっても、春を過ぎてもあかねが髪の毛を切る気配は全くない。
もちろん定期的に毛先を揃えてはいたようだったが、長さの印象が大きく変わることはなかった。
それどころか、もともとかわいらしい顔立ちに加えて艶やかに伸ばした黒髪はあかねの色の白さを強調し、大袈裟ではなく何人もの男があかねを振り返るそのサマに、おれは内心 気が狂いそうになった。
まさか、今でも東風先生のことを想っているとは思わない
思わないが、これだけ二人の心がすれ違っていたんだ。
他に好きな奴でも出来たんじゃないか…。
そう思うことはごく自然で、だけど「そうよ、よくわかったわね」と言われるのが恐くて、今の今までずっと聞くことが出来ずに来たんだ。



「あかね……」
「…今は、好きな人はいない」


小さな声で、あかねが呟いた。
今はって…。



「じゃ、じゃあ、前は他に好きな奴がいたっていうのかよ」
「…っ」

ぶんぶんと首を横に振る。
そして



「あたし、もう好きな人は当分いらない…」



そう言うと、瞬きをした目から一粒の涙がこぼれた。








グイッと目元を拭い、濡れた指先をあかね自身が確かめると、

「…あたし、本当にもう帰るわね」

「ご馳走様でした」と小さく手を合わせ、炬燵から出て食べた食器を流しに持っていく。

「そんなのいーから置いとけよ」
「ううん。このくらい、していかなきゃ」

その台詞が、「これで最後だから」と言っているようで。
これでいいのか。
このまま。
このまま、あかねの意思を尊重する振りをして、そのくせ自分の気持ちは何一つ伝えないままで。
こうしてただあかねが去っていく後ろ姿を見ているだけで、おれは本当に納得できるのか。
聞きたいことの半分も聞けないまま、先程の涙に怯んだおれはどうしていいのかわからず、ただ呆然と突っ立っていた。


(まるであの時みたいだな…)

こんな時なのに、気持ちは数ヶ月前に遡る。
昨年十月、こっそりとあかねの大学の文化祭に一人足を運んだあの日 ―。




“よ、偶然だな”
“ひろし達と来るつもりが、急にあいつらの予定が悪くなったみたいでよ”
“もし時間があんなら一緒に見て回んねーか”


自分に都合のいい台詞をいくつも用意して、意気揚々と足を向けたあかねの通う大学。
そのくせあかねの姿を見つけると、おれはそのショックに何も声を掛けられずに帰ってきた。
瞼を閉じれば今もあの日の痛みが甦る。
胸にズシンと重くのしかかってきたのは、おれなんかいなくてもあかねは充分楽しそうに過ごしている現実だった。

…あかねってあんなかわいい顔で笑うんだったっけ。
あんな無防備に。
おれ以外の男の前で、あんな笑顔で。

おれの隣にいる時は当たり前過ぎて気が付かなかった。だけど大勢の中に紛れて、やっぱり目を惹くのはあかねの存在で。
男のみならず同性までも魅了するような笑顔で、あかねは焼そば屋台の売り子をしていた。
おそらくクラスかサークルで催している模擬店なのだろう。
その隣りで、まるで彼氏ヅラするようにデレた視線をあかねに向ける眼鏡をかけた男の姿。
会話のやり取りまでは聞こえなかったが、隣の男があかねの耳元で何やら口を動かし、顔を赤らめたあかねが男の口元へ焼そばを運んで食べさせる。
あんなこと、おれだってしてもらった覚えはない。
傍から見てたらまるで恋人同士じゃねえか。
催促の合図でまたあかねが一口焼そばを男の口へ運ぶ。
その代わりというように、首に掛けたタオルであかねの鼻の上の汗を拭う男。
何を言われたのかあかねが男の胸をドンと小突くのを目にして、なぜかおれの胸に鈍い衝撃が走った。


(そういえばおれ、いつからあかねに殴られてないっけ…)


あんなに毎日ばかすか蹴られて殴られて、口を開けば「凶暴女、かわいくねえ!」と罵っていたのが嘘みたいだった。
自分の足が鉛のように重い。
まるでずぶずぶとその場に身体が沈んでいくようで。
以前だったらここぞとばかりに声を掛け、ついでに「おめーが食いもん屋なんて客を病院送りにする気か」と軽口の一つも叩けたのに、その時のおれはただ負け犬のように少し離れたところからあかねの姿を見ているしかなかった。

作業しているあかねの邪魔をしたくないから?

違う、そうじゃない。
「なんで乱馬がこんなところにいるの?」
ただ、自分が否定されたくなかっただけだ。


― 何があっても あかねの好きな人はおれだけ。

おれはいつの間にか、想像の中であかねの気持ちを自分の願望のままに捻じ曲げていたことに、その時初めて気が付いた。







食器を下げたあかねが手を洗い終え、「じゃあ…」と短く発した声でハッと我にかえる。
それがもう二度とこの部屋を訪れない別れの言葉だということくらい、おれだってわかっていた。


「…っ」




つま先を伸ばして壁に掛かったハンガーに手を伸ばすあかね。
少し迷ったが後ろから取ってやると、薄く色付いた唇が「…ありがと」と呟いた。
ゆっくりと。
ショート丈のPコートの前ボタンを三つ留めると、中に入り込んだ長い髪の毛を掻き上げるように両手で払う。
ふわりと漂う、甘い香り。
いつも天道家のあかねの部屋で香っていた、あの香り…。

ちらりとあかねがこちらを向き、ゆっくりとマフラーをしめる。
おれはただ引き止める言葉を探し、それでもあかねを前に何も出来ずただ見惚れていた。
そう、見惚れていた。
この部屋にいるあかねを。
この古ぼけた部屋の中に突然咲いた花のようなあかねの姿を。


高校時代は二つに折ったマフラーのループに先を通すだけの簡単な結び方をしていたあかねが、今は複雑に左右の手を動かしている。
思わずじっと見ていると、

「…これね、ミラノ巻きって言うんだって。鏡がないとちょっと難しいのよね」

そう言って無理におどけるように舌を出す。
鏡がないと難しいというなら、今すぐ部屋中の鏡を隠してしまいたかった。
ゆっくりゆっくりと動くあかねの手が最後の輪をくぐり、憎たらしいほどに綺麗におさまったチェックのマフラー。
そのマフラーの下に隠れるように長い髪が数束、背中に垂れている。



これで終わりなのか。
これがおれ達の終わりの形なのか。
思い出すのは、かつて気持ちを伝えられず見送ったあかねの後ろ姿。


また来てくれると信じて疑わなかった六月。
何かを言いたそうにしているあかねの出方を伺ったまま、互いに言葉が少なくなっていった九月。
もう一度ちゃんと話をしたくて会いに行ったのに、結局声も掛けられないまま逃げ帰ってきた十月。




何度もチャンスはあったはずなのに、そのチャンスをむざむざ放棄してきたのはおれのほう。
あかねを困らせたくないとう大義名分を掲げて。
本当はただ自分が傷付きたくないだけだったんだ。
そして今、最後の決断をあかね任せにして、おれはまた逃げようとしている。
このまま無かったことに出来るほど、ちゃちな想いなんかじゃないくせに。




『結局、乱馬にとってあたしは“好きな人”じゃなくて“許嫁”なのよ』





違う。
おれは。





「……そうだ。あたし、乱馬にもう一つ渡さなきゃならないものが――」
「あかねっ…!」


靴を履きかけたあかねの後ろ姿に、おれは突き上げられる衝動のまま手を伸ばす。
カッコ悪いとかみっともねえとか、もうどうでもよかった。





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comment (8) @ 記憶に咲く六花(もう一つの大学生編)

   
4. 賭け  | 2. 終りの始まり 

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2017/01/17 Tue 00:24:06
ふんわぁーーー!! : やぎこ @-
悶えます!めっちゃ悶えますよ!何なんですか、もう。。。大好き♡

あかねの背中に手を伸ばしてどーするのー!?どーなるのー!?教えて、koh先生!

原作では乱馬よりあかねちゃんの気持ちの方が見えにくいので(私には)、二次では恋人未満シチュならあかね目線の話の方がより好きな傾向があるのですが、これは。。。イイ!

続きがめちゃくちゃ気になり過ぎて苦しいですよーーー

どうか「しないしない詐欺」でありますよーに!!
2017/01/17 Tue 00:36:50 URL
…… : ひなた @-
あかねちゃんの想いに泣きました。
乱馬にとって自分は好きな人じゃなく、許嫁なのよ。って……。あか、あかねちゃん……もーだめだぁ(泣)
止まらない(ToT)切な過ぎる。

ひっそりと続き待ってますねm(__)m
2017/01/17 Tue 00:38:39 URL
Re: タイトルなし : koh @-
> 2017/01/17 Tue 00:24:06 コメント主様

いやいやいやいや、あったかいお布団入って~💦。
ほんとに、もう。
読んでいただけてるだけで充分嬉しいんだからぁ(。>ㅅ<。)。

どのお話はその時は自分の全力を注いでいるつもりなのですが、他の方が読んだ時にそれが独りよがりに
なっていないかといつもわからなくなってしまうので、冷たい空気感とか乱馬とあかねの気持ちが
伝わっていると言っていただけるとすごく励みになります。

二人には幸せになって欲しい。
だけど幸せになるには、きちんとプロセスを踏んで欲しくって。
こうして書いていると、やっぱりわたしはらんまが好きなんだなーって思います(´艸`*)。
2017/01/17 Tue 01:19:36 URL
Re: ふんわぁーーー!! : koh @-
> やぎこさん

こんばんは☆
やぎこさんの「悶えます!」に私もメチャクチャ悶えてます。
このシリーズは、二人の気持ちが根拠不明な自信と不安な気持ちの狭間で揺れながら少しずつ変化していく
感じでして。
正直、私自身も乱馬視点とあかね視点によって「自分が乱馬・あかねだったらどうするか」とすごく迷うのですが
すっきりきれいに行かない感じもこの年代の二人ならありかな、と思っています。
(なんじゃ、この分かりにくいコメント返信は)

前回がオールあかねちゃん視点だったので今回は乱馬視点中心ですが、もしかしたらどこかで
あかねちゃん視点でのお話と交差するかもしれません。
相変わらずもだもだしている二人ですが、引き続き見守って下さい♡
2017/01/17 Tue 01:27:44 URL
Re: …… : koh @-
> ひなたさん

こんばんは☆
そうなんですよね。
「好きな人じゃなく、許嫁」。
この台詞を言うまでにどれほどの葛藤があったのか…考えると私も切なくなりました。
でもあかねちゃんは、いつまでも白黒つけずに…という性格ではないかな、と。
乱馬のことを想っていつかははっきりケリをつけようとする。
強い優しさを持っている女の子だと思うんです。
そして乱馬も、男であり女でもあった高校一年生の少年のままではない…。
難しいけれど、寝ても醒めても二人のことばかり考えてしまう今日この頃です。←いや、寝ろよ
2017/01/17 Tue 01:31:36 URL
乱馬ーーーーっ!! : 憂すけ @-
拝読後のあたしは、良牙君の気分。そう、心の中に今、渦巻いているのは・・・「乱馬ー!貴様ー!!あかねさんにこんな顔させたままで良いのか!?」です。そりゃーね、ショックだった乱馬の気持ち、想像は出来ますよ。自分がいた位置に違う男が入り込んでんの見ちったら。読みながら、胸がシクシクしたっスよ。(そう。無い胸が)だけどー!いかん!いかんよ、乱馬くーん!(ここで早雲登場)その時点で、「あ、なんかやべー」って!気付いておくれよー!そんで、動いておくれよぅー!・・・はっ!そ、そしたら・・・物語にならんのかー!!うぅっ。分かっちゃいるけどっ。可愛い子ほど、ハッパかけたくなっちゃうの。だって幸せになって欲しーから! 頑張れ、乱馬!! あかねちんを幸せにできるのはおまいだけだと信じてるぞぃ!!(^^)/~~~
2017/01/17 Tue 08:10:25 URL
Re: 乱馬ーーーーっ!! : koh @-
> 憂すけさん

こんばんは☆
そうですよね~。
お互い素直じゃなく意地っ張りなので、はたから見てるとまさに良牙化しちゃうんですよ(´▽`*)。
ただ、多分このシリーズは今までの中で一番心理的な駆け引き(?)が含まれるお話なんじゃないかなって
書いていて思います。
感情のままに暴走する言動、一見意気地なしだけど相手を思うがゆえにブレーキがかかる心情…。
それが互いにわかるまでは右往左往して後悔したり、一人になる時間が必要なのかなぁ、と。
あー、もうサクサクいかないよう…!ともだもだしつつ、でも時間が掛かってもやっぱり
乱あは乱あにしかない葛藤を乗り越えて欲しくて。
ああ、なんだか何を言っているのかわからない💦。
ホント、乱あの妄想させる魅力って底なしですな(´艸`*)✨。
2017/01/17 Tue 20:35:42 URL

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