きっかけ(高校生編) 

2017/03/07
こちらは眼鏡にまつわるお話で、高校生編・大学生編・社会人編と
それぞれ別物のお話としてのシリーズとなります。
尚、大学生編に関しては時系列は特にない読み切りとしてお楽しみください。

+ + + + +



お弁当を食べ終わった昼休み。
今月発売されたばかりの雑誌を広げながら、熱弁を奮っているのはあたしの親友ゆかとさゆりだ。

「今流行りは眼鏡男子なのよ!」
「眼鏡男子~?」
「そう。眼鏡を掛けたちょっと草食系で知的な感じの男の子」
「どう?あかねもキュンとこない?」
「まあ…かわいい、とは思うけど…」

でもあたしの周りにいる眼鏡男子って言ったらムースと東風先生、それに乱馬のおじさまくらいだものね。
東風先生は元祖眼鏡男子なのかもしれないけれど、男子って呼ぶには憚(はばか)れるほど大人で包容力があって知性もあって…うん、眼鏡男子と言うよりは眼鏡を掛けた男性って感じ。あ、でもこれじゃあ何の捻りもないかしら。
あとはムースでしょ。
確かに眼鏡は眼鏡でも、あの瓶底眼鏡じゃあね。
ついでに草食系どころか、超の付く情熱屋さんだもの。といっても相手はシャンプー限定だけど。
あんな風に想ってもらえるなんて羨ましいなと思いつつ、ムースとみんなの想像する眼鏡男子とではかなりかけ離れてるからこれもちょっと違うでしょ。
あとは乱馬のおじさま…も無しってことで。(そもそもあれは眼鏡と言っていいのかしら?)


「あー、でも眼鏡男子とする時って、鼻がぶつかったりしないのかしら?」
「鼻がぶつかる?なにが?」

手に持った雑誌をくるくると丸めて胸の前で抱えながら、大袈裟に悶えるさゆりを前にあたしは一人冷静なツッコミを入れる。そこにすかさず答えるのはゆかだ。

「もう、あかねったら鈍いわねえ。キスよ、キ・ス!」
「キ、キスぅ!?」
「そうよ。眼鏡があると邪魔でぶつかっちゃわないかって話」
「あ、ああ、そっか、そうよね、うん」

昼休み中とはいえ、思わず教室の真ん中でキスだなんて大きな声で叫んでしまったことが恥ずかしくなり、あたしは慌てて取り繕ったような返事をする。
が、ここでゆかとさゆりからの思いがけない質問にあたしは再び叫ぶことになる。

「で?あかねは?」
「あたし?あたしがなによ」
「またまた、とぼけちゃって~。乱馬くんとのキスよ」
「キ…ッ!」
「実はとっくにしちゃってるんでしょ?…あ、もしかして、まさかその先まで……」
「す、す、するわけないじゃないっ、あ、あたしが乱馬とキスなんて…っ!!」
「しーっ!あかね、声が大きい!」
「あ…っ」

今度こそあたしは両手で自分の口を塞ぐ。
その様子を見て呆れたような声を出すのはゆかだ。

「こりゃ演技じゃなくて本当に何もなさそうね」
「だ、だからそう言ってるじゃないっ」
「うーん。でもさぁ、好き合ってる若い男女が一つ屋根の下で暮らしてるわけでしょ?」
「ちょっとさゆりまで!だ、大体、なによ、好き合ってるって――」
「でも実際、あかねは乱馬くんのこと好きでしょ?」
「う…っ」

…そう。
最近は自分の気持ちを誤魔化しきれず、大っぴらに宣言することこそないが、それでもこの親友二人の前では素直に自分の想いを認めている。
小さくコクリと頷くあたしに、満足気にさゆり達も顔を見合わせると

「じゃあやっぱり好き合ってるんじゃない」
「そ、そんなこと…」
「だぁって。傍から見てたらバレバレよ、二人とも」
「そうそう。あんなあかねに対して独占欲剥き出しで、あれで好きじゃなかったら一体なんなんだって話よね」
「…」


…そりゃあ、あたしだって。
時々は。
ほんの時々は二人になった時にドキッとすることはあるし、不意に抱きかかえられた時に胸の鼓動がトクンと跳ねるのも痛いくらいに感じている、けれど……。
乱馬がそこから踏み出そうとしない以上、あたしだってどうしていいのかわからない。
というより、ああ見えて実は他の女の子にも面倒見のいい乱馬の様子を見ていると、みんなが言うほど自分だけが特別な存在とはどうしても信じることが出来ないのも事実で。

ちらりと教室の隅に視線を走らせる。
そこにはひろし君や大介君達と一緒にトランプをして大口開けて笑う乱馬の姿。
…あ、難しい顔した。きっとババを引いたんだわ。
…でもって大介君はババを避けたわけね。そんな分かり易く顔に出しちゃって、ほんとポーカーフェイスが出来ないんだから。

一瞬見るつもりが、ついその姿に目を奪われる。
と、そこにすかさずゆかがあたしの脇を小突いて茶々を入れてきた。

「ちょっとぉ、見惚れるなら家に帰ってからにしてよね」
「み、見惚れるだなんてそんな…っ」
「はいはい。全く素直じゃないんだから」
「もうっ」

拳を振り上げるフリをして、くしゅんとクシャミが出る。
どうやら誰かが窓を開けたらしい。
外から教室の中に入ってくる風に乗って、また鼻がむずむずしてクシャミを一つ。

「やだ、あかねって花粉症だったっけ?」
「え、ううん。そんなことはないと思うけど…あ、でもなんだかちょっと朝から目が痒いかな」
「あら、それまずいわよ。本当に花粉症かも」

そう言って何やらゆかが自分の鞄の中をごそごそ探ると、じゃーんと眼鏡ケースを取り出した。

「これ、何か知ってる?」
「眼鏡でしょ?」

あれ?でもゆかも視力はいいはず…。

「惜しい。眼鏡は眼鏡でも花粉症用の眼鏡よ。ほら、縁が完全に覆われてるでしょ?」
「へえー。一見すると普通の眼鏡と変わらないように見えるわね」
「そうなの。実は私もつい最近買ったばっかりなんだけど、結構楽になるわよ」
「なるほどねぇ。ね、ちょっと掛けてみていい?」
「もちろん」

思えばあたしが眼鏡を掛けるなんて視力検査の時のいかにも機械的なあれくらいだ。
少しドキドキしながら両手でフレームを持ち、そっと顔に掛けてみる。

「どう?」
「あー、あかね、すっごい似合うわよ!」
「そ、そう?」
「眼鏡姿のあかねなんて何だか新鮮ね。でもいい、いい。すごく似合ってる!」
「本当?ありがとう」

へへっと笑い、眼鏡を外して返そうとした時だった。


「おい!もうとっくにチャイムは鳴ってるんだぞ!」
「あ、しまった!じゃあね!」
「あ、ちょっと!」

すっかり盛り上がっていたあたし達は予鈴も聞き逃し、気が付くと古文の先生が教壇に立っている。
お互い「後でね!」のジェスチャーを送り、何はともあれ自分の席に着くあたし達。
慌てて教科書を開くあたしの姿を少し離れた席から面白くなさそうに乱馬が見つめているだなんて、あたしはこの時、気付きもしなかった。










「ふう…」

図書委員の会議を終えて放課後の教室に荷物を取りに行く。
帰りのホームルームを終えてから優にニ時間は経つ教室の中は誰の姿もなく、ガランとした空き箱のよう。
それでも一つの机だけ通学用の鞄が置きっぱなしになっており、それは特定の部活に籍を置かない乱馬のものだとすぐにわかった。
どうやら今日はまだ学校にいるらしい。
その理由が部活の助っ人なのか補習なのかは分からないが、少なくとも帰る時に教室に荷物を取りに来ることは間違いないわけで。
ここで少し待っていたら、もしかしたら一緒に帰ることが出来るかしら。
そう思ったあたしは自分の荷物をまとめるだけまとめておこうと、自分の席に向かい机の中の物を鞄に移す。
と……。


「あ、これ。ゆかに返し忘れちゃったんだわ」


机の中から出てきたのは、昼休み中に貸してもらった花粉症用の眼鏡。
ピンクと透明のセルフレームで出来たそれは一見普通の眼鏡にしか見えず、シンプルながらもゆかに似合う女の子らしいデザインだ。

「……」

あたしはなんとなくその眼鏡を掛けてみると、教室の中をぐるりと見渡す。
特別度の入っていないレンズ越しに見える景色はいつもと何の変わりもない。


(あーあ。眼鏡を掛けて見た相手の気持ちがわかればいいのにな)


そうよ。
そしたら今、乱馬が誰を好きで、どうしたいのかがわかるのに。

そこに含まれる淡い期待と、期待通りに事が運ばないことへの不安な気持ち。
東風先生を想っていた頃はどんなに胸が痛んでもご飯だってしっかり食べれていたし、笑うことだってできていたのに、悔しいけれど今のあたしは乱馬の一挙一動に浮かれたり落ち込んだり、何かと心が忙しい。


(そりゃあね。流石に嫌われてるとは思わないけれど)


だけど乱馬があたしを女の子として好きかどうかと聞かれたら、その答えは曖昧で。
もしかしたら許嫁だから仕方なくとか、呪泉郷での死闘を一緒に乗り越えてきたもはや戦友みたいな感覚なんじゃないのかしらと思うことも一度や二度ではなかった。


(本当はね。あたしだって……キスくらい、してみたいなとは思うけど)


だけどいくらあたしがそう思ったって、一人だけがそのつもりでも出来ないのがキスなわけで。
おかげであたしの中でのキスは猫化した乱馬に唇を重ねられた、あのちょっぴり悲しい記憶だけ。
あれだって乱馬はまったく覚えてないわけで。
…あ、やだ。
思い出したらまた少しだけ胸が切なくなっちゃった。
それを誤魔化すように、あたしは自分も猫になったつもりで強がって鳴いてみる。


「…にゃ~ん」
「あ、あかねっ、それは一体なんの嫌がらせだっ!」
「…って。やだ、いたの!?」


ガタタ…ッと派手に机にぶつかりながら、あたしに睨みを利かせてくるのは今しがた考えていたばかりの乱馬の姿。
その恰好は動きやすい服装でも何でもないいつものチャイナ服だから、どうやら部活の助っ人ではなかったらしい。
あたしは取り繕うように早口で聞いてみる。

「な、何してたの?部活…じゃないわよね。補習?」
「補習じゃねーよ」
「じゃあ委員会?…なわけもないわよね、まさか」
「うるせーな。俺が放課後残ってたら何か都合がわりーのかよ」
「別にそういうわけじゃないけど…」


なんだろう。
こうして二人きりで残る放課後の教室って、やけにドラマチックな気がしてならない。
校庭から聞こえてくるランニングの掛け声とか、校舎のどこからか聞こえてくる吹奏楽部の演奏とか、そんなもの全部含めてあたしと乱馬がこの扉の閉まった教室の中で二人きりでいることを演出しているみたいで。
サア…と窓から吹く風に一瞬目を閉じて髪の毛を押さえると、その窓を閉じた乱馬がいつの間にかあたしの目の前に立っていた。

「あ…、ありがと、窓、閉めてくれて」
「……」
「あの…」
「……」

…どうしよう。
ただ、立っているだけなのに。
目の前に乱馬が立っているだけなのに、情けない程に自分の鼓動が速くなってくるのを感じる。
それを誤魔化すためあたしは適当な話題を探すけど、こんな時に限って都合よく口から出てくる話題なんて一つもなくて。


「そ、そろそろ帰ろっか。あたしも委員会が終わったし、帰りに――」
「おれとするわけないってどーゆー意味?」
「え…?」

不意に乱馬の声で遮られる。
いつものふざけた調子とは違う、少しだけ緊張したような低い声。
あたしが突然の質問に意味がわからず固まっていると、「鈍いな」と言わんばかりに溜め息をつき、今度は少し苛々した様子でまた口を開いた。

「だ、だからっ、昼休み言ってただろーが!お、おれとは、その、キ、キスなんかするわけねえって」
「あ、あれは…っ」

聞かれてたんだ。
そう思ったら全身の血が上ってカアッと顔が熱くなる。
が、そんなことはお構いなしというように乱馬があたしから目を逸らしながら

「お、おれとしねーんだったらあかねは誰とそーゆーことするつもりなんだよっ」

なんて見当外れなことを言うものだから、あたしもついムキにならざるを得なかった。


「はあっ!?なんであたしが他の誰かと、キ、キスなんかしなくちゃなんないのよ!」
「だ、だっておめーが言ったんだろーがっ!お、おれとはするわけないって!」
「そ、それは会話の流れで…っ」
「会話の流れだぁ?」

そうよ。
あの時はただ、ゆかとさゆりにからかわれて。
まるでそんな雰囲気になんかならないあたし達を冷やかすような発言に、照れる反面、少し悲しくて感情的になってしまったあたしのつまらない強がりだ。

「も、元はと言えば、眼鏡を掛けてると、その、キ、キスがしにくいとかそんな話で…」
「……」
「そのうち、あたしと乱馬のことをからかわれたから、ちょっとムキになっちゃっただけ」

「もういいでしょ!?」そう言うように今度こそ帰り支度をしようとする。が、咄嗟にあたしの手首を掴んだ乱馬の手が熱くて。
その熱に一瞬気を取られていると、確認するように乱馬が再び口を開いた。

「じゃ、じゃあ、ほんとはどうなんだよ」
「本当って?」
「だ、だから、その…っ」
「…」
「…だーっ!鈍い女だな、おめーはっ!」
「なによそれ。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」

だってあたしは恥ずかしかったけれど正直に昼休みの会話を白状したもの。
それなのに鈍いと怒られるだけではたまったものじゃない。
ふんっと鼻息を荒くするあたしを前に少し力が抜けたように乱馬が溜め息をつき、空いた手で自分の頭をガリガリ掻き毟って何やら呻いている。
と、突然何かを思いついたようにあたしの肩を掴み、今度こそ切羽詰まって語り掛けてくるその声は心なしか上擦っていた。


「じゃ、じゃあ、試してみるか…?」
「え?」
「め、眼鏡、で…は、鼻がぶつかるかって…」
「そ、それって、あの…、」
「だ、だから、その、……スすんの」
「え…」
「……」



…どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。

まさかこんな展開になるなんて思わなくて、今更ながらあたしはゆかに借りた眼鏡を掛けっぱなしだった間抜けな自分に気が付く。



「あかね……」
「ウソ…、」
「……」
「…あ、ちょ、ちょっと……ダメ…っ」
「…っ!」


気が付くと迫る乱馬の胸を押し返していた。
恐る恐る顔を上げると、そこには今まで見たこともないような傷付いた乱馬の表情…。
それを見てしまった瞬間、ズキンとあたしの心臓が鷲掴みされたみたいに痛くなる。


「あ…あの、あたし……」
「…、」
「ら、乱馬…あの……」
「………………わりぃ、突然……」
「ち、違うのっ!」


くるりと踵を返そうとする乱馬の腕を慌てて掴む。
違うの、そうじゃない。
そうじゃなくって。


「あ、あの、この眼鏡はゆかのだからっ」
「……、」
「なんか乱馬が他の女の子とキスするみたいで嫌で、だから…っ」
「っ、…そ、それって…」
「あ…っ」

勢いとはいえ あたし、すごいことを口走っちゃった。
今度こそ全身の血が逆流するような恥ずかしさで火照る頬の熱を自覚するも、再び乱馬があたしの顔を覗き込んでくるからあたしには逃げ場がない。
カチャリと。
かろうじて掛けていた眼鏡を外して手に持つと、鼻の付け根の痕を撫でるように乱馬の指先がちょんと触れる。


「それって、その…」
「…」
「お、おれが他の奴と、その、そーゆーことしたらやだ…ってことだよな?」
「…だ、だったらどうだって…」
「ったく素直じゃねー」

へへっと嬉しそうに笑うその顔が。
やっぱりあたしは大好きなんだって、こんな至近距離で見つめて思う。
トクトクと急速に早鐘を打つ鼓動が自分の恋心を表しているようで。
徐々に顔の上に影が落ちてくる中、あたしはギュッと自分の胸を制服の上から押さえると、照れ隠しのように呟いた。


「…め、眼鏡。関係なくなっちゃったけど……」
「…いーんじゃねーのか、別に」
「そっか」
「そーだよ」
「あ、あのね、乱馬――」
「…頼む、ちょっと黙ってて…」













…あ、











重なった唇は想像よりも柔らかくて。
最初の猫化キスとも違う、温かく気持ちのこもったキス……。







はぁ…と安堵のような吐息とともに、触れたそこがゆっくりと離れていく。
まるでこの部屋だけ時間が止まってしまったような感覚だ。



「……し、しちゃったんだけど」
「お、おう」
「どうしよう…これからゆか達に、その…き、聞かれたら…」
「聞かれるって何を」
「だ、だから、その、乱馬と、キ、キス…したことあるかって……」
「あー…」
「……なんて言ったらいい?」
「………あかねに任せる」
「なにそれ。じゃあ乱馬は大介君達に聞かれたらなんて答えるの?」
「うー…まあ、そーだなー……」
「……どうしよっか」
「…………とりあえず事実通りでいーんじゃねーの?」



え。
でもそれって。



…そういう意味になっちゃうわよ?



「で、でも、もしもみんなにバレたら、その…」

キスまでしておきながら、まだどうしても確信の持てないあたしは乱馬の腕を取ると遠回しにそれを伝える。

「なに?」
「あ、あらぬ誤解をされちゃうっていうか、その…」
「なんだよ、そのあらぬ誤解っつーのは」
「だ、だからっ!あ、あたしと乱馬が、その、……つ、付き合ってる…とか……」

ああもう。
なんでこんなことをあたしに言わせるのよ。
そんな八つ当たりにも似た感情で顔が真っ赤に染まっているのを自覚しながら、あたしは下を向いてもごもごと口籠る。
と、突然その頭の上から「はあ…」と深い溜め息が落ちてきた。


「…………付き合ってるって思われたら なんか問題あんのかよ」
「問題っていうか、だ、だって実際、付き合ってないし」
「ほおー…。あかねは付き合ってもねーやつとあーいうことすんのか。そーかそーか」


ってちょっと。
いくら恥ずかしくて照れてるとはいえ、そんな言い方はないんじゃないの?
堪らず反論しようと試みるも、思った以上に胸がズキンと痛む乱馬の態度につい声が震える。
あたしはただたった一言、決定的な言葉が欲しかっただけなのに。


「な、なによ、あたしばっかり悪者にしてっ!」
「…って、あ、あかね、おめー泣いてんのかよ!?」
「泣いてないわよ、バカっ!ただ頭に来てるだけっ」
「いてっ!な、何なんだよ、急に!」
「だって…っ」
「だって?」


…だってずるい。
あたしばっかり不安で、肝心なことは何一つ言われずキスだけされたって、悔しいけれど乱馬は他の子ともキスはしたことあるわけで。
これでまたあたしだけが期待して勘違いなんてことになったら、今度こそやり切れない。
そんな言葉にならない思いをぶつけるようにドンッと硬い胸を叩き、二発目を繰り出そうとしたらすかさずその手を掴まれた。

「ったく、あかねは相変わらずじゃじゃ馬だな」
「お、大きなお世話よっ」
「あのなぁ、おめーが何を勘違いしてんのか分かんねーけど」
「…」
「お、おれは、そんないい加減な気持ちで…その……」
「…いい加減な気持ちで?」
「だ、だからっ!い、いい加減な気持ちで、お、おめーにキ、キスしたわけじゃねーしっ」
「乱馬……」
「相手があかねだったから、その、し、したかっただけであって…」
「…………それ、本当?」
「こ、こんなことで嘘ついてどーすんだよ、バカっ!」


ひどい。
こんな時くらい、もう少し優しい言葉を掛けてくれたっていいじゃない。
そう思う反面、どこまでもスマートじゃない乱馬の告白がじわりとあたしの胸の中を温めていく。



「…ねえ」
「なんだよ」
「じゃあもう、他の女の子とキスなんかしたら絶対許さないんだから」
「バーカ。それはおれの台詞だっつーの」
「なによ、あたしが一体いつ他の男の子とそんなことしたって言うのよ!」
「……いーからもう黙れって」
「…っ」






まだまだ全然ぎこちなくて。
カチッっと当たった前歯に一瞬驚いて唇を離した後、思わず笑ってまたくっついて。
だけどとびきり幸せでポカポカするこの気持ちは、まるで空でも飛べそうな勢いだ。
唇の表面上だけじゃなくって心の距離まですっぽりと乱馬の懐に飛び込んだような、そんな気分。
ぎゅうっと抱きしめられた腕の中に身を任せながら、耳から伝わってくるのは、あたしに負けずとも劣らないほど速くなった乱馬の心臓の音だけ……。


「……ねえ」
「…なに」
「すごい…ドキドキいってるね」
「そりゃあかねもだろ」
「しょうがないじゃない……嬉しかったんだから」
「…っ」


なによ、そんなびっくりしたような顔して。
もぞりと腕の中から見上げると慌てたようにあたしの顔を自分の胸に押し付け、「見るんじゃねえ」なんて威張ってるんだからほんとタチが悪いと思う。
どのくらいそうしていたのだろう。
不意に廊下の向こうからバタバタと走る音が聞こえたような気がして、反射的にパッと身体を離す。



「…か、帰ろっか」
「そ、そーだな、もう夕飯の時間だしなっ」
「きょ、今日のおかず、なんだろうね」
「さーな」


お互い、無駄に元気よく声を出して無駄に笑って。
それでも隠しきれない嬉しさが溢れ、鞄を持っていない手をどちらからともなく繋いで教室の扉のところまで歩いて行く。
その瞬間、バタバタと廊下を走り去るような音がしたのははたして気のせいだろうか。
扉に手を掛けた乱馬が一瞬躊躇い、言いにくそうにボソボソと呟いた。



「…あー、あかね。さっきのあれだけど」
「あれ?」
「その…周りに聞かれたらなんて答えるかってヤツ」
「ああ、うん。それがなに?」
「……多分、考えるだけ無駄だと思うぞ」



「ま、どーせバレるなら手間が省けていっか」と溜め息をつきながら。
隣の教室の扉をバンッと一蹴りすると「んじゃ、帰ろ―ぜ!」と振り向いた乱馬の隣を歩くあたしの頬は、きっと桜の花の色に染まっているに違いない。


「そーいやおめー、クシャミはもう出ねーのかよ」
「あ、そう言えば。昼休み以来、出てないかも」
「ってことはやっぱ花粉症じゃねーんじゃねえの?」
「そうかもね。もしかしたら誰かがあたしの噂話でもしてたのかしら」
「……」


そう言えば、窓辺でゆか達と話すあかねの姿を見てひろし達が「やっぱあかねはかわいいよなぁ、なあ乱馬」「なんでおれに聞くんだよっ」なんつー話をしてたっけなんて。
そんなことを乱馬が思い出してると露ほども知らないあたしは、黙ってしまった乱馬の後を少し早足で追い掛ける。

「もうっ、少しは待ってくれたっていいじゃない!」
「やなこった。悔しかったらさっさと歩け、短足」
「なんですってぇ!?」

まったく、これがファーストキスをしたばかりの会話とは思えない。
だけど、そんな素直じゃない乱馬の後を駆けるあたしの影はスキップするように跳ねているんだから、恋って本当に単純だ。



その晩、「本当は早く二人きりになりたかった」とあたしの部屋で素直に白状されるまであと四時間。
一つの眼鏡が繋いだ、こんな二人の始まり方 ――。







< END >




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comment (16) @ Omnibus 眼鏡狂想曲

   
あかね先生(大学生編・健全ver.)  | 揺らめく陽炎⑧ あとがき

comment

No title : 縞 @-
Kohさんの高校生編はどうしてこうも(♥ω♥*)キュンキュン♡*゜するのでしょう…!!
大人になってみればたかがKissもこの頃には大事件ですよね~♡♡
大人になって、あれやこれやしてる乱あも大好きだけど、Kissだけでひと騒動な乱あも可愛くてたまらにゃい…!!
高校生編大好き~♪( 'v' و(و "
2017/03/07 Tue 01:28:50 URL
可愛い!!! : りょこ @-
ふたりとも、とっても可愛いです。初々しい高校生いいですね!メガネをかけたあかねちゃんも、新鮮でした。大学生編、社会人編と続くのですね、うれしいです。金魚シリーズも大好きなので、2人の変化が見られるのを楽しみにしてます。
おまけの翌日の恥ずかしがる2人も気になります。
2017/03/07 Tue 06:20:32 URL
管理人のみ閲覧できます : @
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017/03/07 Tue 06:51:20
Re: No title : koh @-
> 縞さん

おはようございます。
(昨日はお騒がせしました~💦)

縞さん…このシチュエーション、どっかで見た記憶がありませんか?
実はこの高校生編を捻り出そうとした時、真っ先に浮かんだのが縞さんの10/1のワンドロお題(?)の
「眼鏡、じゃま」で、そこから妄想した話なんですよ✨。
でもいい加減、本気でストーカーっぽいので言うのは自重しました(´▽`;)。←結局白状してる奴
なんかあかねちゃんって視力が良さそうなイメージなのですが、どうせ大学生編・社会人編とあるなら
高校生編も書いてみたい、と…。
キスまでが遠い…高校生編ならではですよね~♪
2017/03/07 Tue 08:01:43 URL
Re: 可愛い!!! : koh @-
> りょこさん

おはようございます。
かわいいと言っていただけた高校生編、嬉しいです♡
元はと言えば社会人編を真っ先に妄想し、でもなぜか大学生編から書き始め(社会人編だけで終わるには
惜しいと判断したエコ妄想 笑)、だ、だったら高校生編も…と誕生したこのシリーズ。
ちなみにまだ社会人編だけ書いてないのです💦。

金魚シリーズと違い、次回からは「え…ええ…っ 汗」と、少しずっこけてしまうかもしれませんが、
それぞれの視点でお楽しみいただけたら嬉しいです(´▽`*)✨。
2017/03/07 Tue 08:08:28 URL
Re: No title : koh @-
> 2017/03/07 Tue 06:51:20 コメント主様

おはようございます。
私も普段の家の中では100%眼鏡なのですが、外ではほぼコンタクトなのでたま~に眼鏡を掛けていると
「え?それ伊達眼鏡?」と驚かれます。
私はレーシックを受けに行って施術出来ないと診断されたので、視力の良い人が本当に羨ましい…✨。
裸眼ではまず生きていける気がしないので、家の中の各部屋や車の中、職場、避難袋にこれでもかって程
眼鏡を置いて過ごしているド近眼です💦。

それにしても、普段は裸眼の子が眼鏡を掛けるとなぜだか萌えるっていうのはなんなんでしょうね。
我が家は主人が驚異の視力の持ち主ですが、半年ほど前とうとうリーディンググラス(要は老眼鏡 汗)に
頼ることになり、意外にも眼鏡姿はちょっと新鮮です。まあ、でも中身が……。
大学生編・社会人編は似たような話ですが、それぞれ視点が変わるので楽しんでいただけたら嬉しいです♡
2017/03/07 Tue 08:17:56 URL
ぱあ:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*ああ : RA♪ @-
読んで心がぱああああ・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*っとなりました♡
もー
せ・い・しゅ・ん♡
キスする時男らしかったわよ‼︎乱馬‼︎
はーー
キュンキュンしたー(*´꒳`*)♡
無事公認カップルになれて良かった良かった♪
しっかし教室で初キッスなんて…最高おおおおおおお٩( ᐛ )و♪
2017/03/07 Tue 09:49:30 URL
Re: ぱあ:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*ああ : koh @-
> RA♪さん

こんにちは。
思えば教室でのキス、初挑戦でした…✨。
いやー、意外とベタなシチュエーションほど書いてないものですね。
ふふ、先日の保護者会に出席した教室での妄想が役に立ったわ♡←親失格

たまにはこうやって一つのアイテムをテーマにこねくり回すのも楽しいですね♪
高校生編は毎回"挑戦!"って感じなのですが(苦手意識が拭えない💦)、今年に入って高校生編を書くのが
妙に楽しい私です。
やっぱり心がピュアで清らかなのかしら…✨✨。(……)

今はシリーズにまだ踏み出せない狭間の時期なので、ちょっとした短編や、シリーズでは書けない遊びを
ちょこちょこして行こうと思います(*‘ω‘ *)。
あ、もしも萌えポイントやシチュエーションがあったら是非是非教えてくださいね♪←引出し少なめ
2017/03/07 Tue 12:31:57 URL
カワ(・∀・)イイ!! : 憂すけ @-
最初、乱馬がダテ眼鏡でもかけるのかなー?と拝読。・・・したらば!あかねちんでしたかー!・・・見たいねー。メガネなあかねちん。(>_<) 何か、初々しい焼きもちの焼き方が、可愛くてすっごい好きです!「俺と出来なくてじゃー、一体誰とおめーはキスすんだ」と。片やあかねちんは、目の前で乱馬と猫娘の接吻を見ちゃってるわけだし。色々、簡単に納得や割り切れないっスよね。「言ってよ!ちゃんと!」と、思いまさーね。ウンウン。・・・あと、個人的にツボったのが。帰り際、走り去る足音に気が付いた乱馬が、隣の教室の扉をバンって蹴るじゃないっすか!?あそこが好きです!何か、好きです!(≧◇≦) 明日からまた!仕事、頑張れます!有り難うです、kohさん!<(_ _)>
2017/03/07 Tue 14:51:46 URL
やっぱり(*´艸`) : ようこ @-
あかねちゃんの発言しっかり聞き耳たててたぁ〜(*´艸`)キャそんな乱馬君が大好き(*/∀\*)イヤン

誰かに見られたのわかってて見せつけたのかな
(*/∀\*)イヤン

微笑ましいというか初々しいというかなんかもう2人とも大好きだよって言いたくなっちゃいます|柱|qω〃)ポッ

大学生編、社会人編がたのしみ〜┣¨キ(〃゚ω゚〃)♥┣¨キ
2017/03/07 Tue 15:59:24 URL
Re: カワ(・∀・)イイ!! : koh @-
> 憂すけさん

こんばんは☆
私もね、真っ先に思いついたのは乱馬の伊達眼鏡だったんですよ。
でも多分、そこはみんな想像するところだろうと思って、まさかのあかねちゃんターンでした。
わたくし、元祖ひねくれ者でございます(笑)。
なんか乱馬にしてもあかねにしても視力の良いイメージしかないんですよね。
それなのに眼鏡がテーマ……。
初々しい高校生編はともかく、大学生編や社会人編は「なんじゃこりゃっ!?」な感じに転んでいますが
(しかも社会人編はまだ想像だけで書いてもないの…クスン)、「相変わらずこいつの妄想はおかしいなぁ」と
生温かい目で見守ってやって下さい♡

あ、あと、私も個人的に隣の教室の扉バンッ!はツボなんです(´▽`*)。
なんか照れ隠しでありそうだな~と思って。
ああ、やっぱ高校生乱あはかわゆいわ…♡(あ、なんか大学生編・社会人編が怖くなってきた…)
2017/03/07 Tue 23:52:15 URL
Re: やっぱり(*´艸`) : koh @-
> ようこさん

こんばんは☆
そりゃあ「キス」なんて言葉があかねの口から飛び出したら、嫌でも聞き耳を立ててしまうのが
当サイトの乱馬です(笑)。
あ、でもヘタレな高校生乱馬は流石に人のいる前では手を出せないと思うので、覗かれてたことに
気が付いて「見せもんじゃねーぞッ!(かああ)」って感じでしょうか。
普段だったら気配とかにもっと敏感な気もするのですが、あかねちゃんとのキスを前に周囲どころじゃ
なくなってしまった二人です(/ω\)///。

あ、でも高校生編でこんな初々しいお話を書いておきながら、大学生編・社会人編は…。
ほ、ほら、あの、揺らめく陽炎がちょっぴり切ない終わり方でしたからねっ!
そ、その切なさを補うために、その…っ。
えーっと。
……読み終わった後も、どうか引かないでいただけると嬉しいです(小声)テヘッ。
2017/03/07 Tue 23:57:42 URL
師匠~(≧∇≦)💦 : ひなた @-
こんばんは✨めがね、メガネ、眼鏡~💦
まさに、やっぱりドストライク✨あぁ~悶えました。
高校生ならではの初々しさ(≧∇≦)💦あたしもね、学生だった時どうなんだろう?なんて可愛かった時代がありましたよ!多分……
友達の眼鏡に「乱馬が他の女の子とキスするみたいで嫌」だ!なんて、あかねちゃんなんて可愛いの💦師匠の話はも~!溜め息だらけです。はぁ、高校生かぁ、師匠の話で補給させていただいてるから満足感✨
胸いっぱいになりました!さぁ、次の話に行ってきます✨
2017/03/08 Wed 20:22:12 URL
Re: 師匠~(≧∇≦)💦 : koh @-
> ひなたさん

こんばんは☆
このシリーズを書くにあたり、大学生編・社会人編を書くなら高校生編も入れてシリーズにしたい!と
思うまでは良かったのですが、結果 初々しくお話としての形になっているのが高校生編しかないという
この事実…。
おいこら、社会人編はとっくに諦めたとして、大学生編。貴様、何を血迷った!?という感じです。
ああ、あんなに大学生編=R-18とこだわっていたのに… 恥。
なんかねえ、最近高校生編を書きたくてしょうがないのですが、その反面自分の高校生編に自信が持てなくて
心が迷子中💦。
それでも可愛いと言っていただけてホッとしました♡
引き続き、大学生編~もおたのしみください✨
2017/03/08 Wed 23:12:28 URL
: yoko @-
ε=\__〇_ズサーッ
遅ればせながら滑り込んでまいりました。どうもyokoです☆
眼鏡一つが原因で乱あだけでなく、クラスメート達も大騒ぎになる感じが正に狂想曲って感じですねっ
しかも結局、眼鏡関係なくなってるとこが、恥ずかしいながらもお互いに相手への想いが溢れてて愛しい♡♡
そして、私もラストのドア蹴りがっ!もう!可愛くてっ(笑)

さぁ、続きは明日のお楽しみに……スライディングの準備運動しておかなければ(*゚∀゚)

ありがとうございました☆
2017/03/10 Fri 01:01:51 URL
Re: タイトルなし : koh @-
> yokoさん

も~っ!!
1行目から笑わせないでっ💦💦。
スライディング yoko、私の気持ちを受け止めてくれて嬉しいわ♡♡♡

やっぱり高校生乱あは初々しくてなんぼっていうのが私の中であって。
だって、ほら、このサイトの大学生編や社会人編って……ねえ?
そんな中、ギリギリでピュアの砦を守ってくれている高校生編が最近書いていて楽しいです(´▽`*)。
とはいえ、高校生編にしても当サイトの乱あは甘め仕様ですよね💦。
たまには辛口を書きたいと思いつつ、妄想はしてもそこ止まりで…。
もう少し花粉がおさまってきたらまた妄想します(^▽^;)。
ドア蹴り、かわいいでしょ?(笑)
翌日の二人の様子を想像するとついニヤニヤしちゃいます(´艸`*)♡
2017/03/11 Sat 23:55:13 URL

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