四月の嘘はコピーの恋 (エイプリルフール) 

2017/04/01
こちらは昼にTwitterで見つけた一之瀬けいこ様(@gesan11)のご提案される#今夜は乱あエイプリルフール大会のタグに便乗して。
原作終了後、高校二年生から三年生になろうとしている二人になります。

拍手話と共にお楽しみください。



【 四月の嘘はコピーの恋 】



おれは鏡の前の自分に言い聞かせる。

いいか?
今日のお前は早乙女乱馬であって早乙女乱馬ではない、いわば別の人間だ。
この日ばかりはいつものシャイなおれではない。
もちろん、どこをどう取り繕おうともこの生まれ持ったカッコ良さを隠すことは出来ないが、ならば今日はそれを存分に発揮しようではないか。
なぜなら今日は四月一日。
そう、エイプリルフールだからだ。


思えば去年は散々だった。
忙しく超人気者のこのおれが ちょっとあかねに構ってやろうとサービスしてやったにもかかわらず、ものの十秒でおれの嘘を見抜いた上に

「あんたって暇人ね。悪いけどあたし、やることがあるから」

そう言って、まるで虫を追い払うようにあしらわれた。
まったく、今思い出してもなんてかわいくねー女なんだ。
普通だったらたとえ嘘だとわかっても、そこにかわいらしく乗っかってくるのが許嫁たるものなのではないかと大きな声で主張したい。

だがしかし。
同じ相手に二度負けるのを許さないのが格闘家。
ましてや、相手はあのあかねだ。
ちなみに──まず断っておくが、何もエイプリルフールに嘘をつく相手があかねしかいないわけじゃない。
ましてや構って欲しくてあかねを選んでいるわけでもない。
いかんせん、おれの周りを見渡してみると右を見ても左を見ても曲者しかいないのだ。


まず、流石におじさんに嘘をつくわけにはいかないだろう。
何といってもおれ達は一応居候の身。
更にここで下手な嘘なんぞついた日には、その仕返しとばかりにまた強引な祝言騒動を起こされかねない。
おやじもそうだ。
おふくろも言わずもがな。
時として我が子を子とも思わぬような図々しさをみせるおやじに、底抜けの天然仕様なおふくろ。
そこに一つの嘘というスパイスが混ざり合った日には、どんな化学反応を起こすか知れたものじゃないだろう。
そしてかすみさん……は、かすみさん自身に掴みどころがなさ過ぎてこっちの方が痛いしっぺ返しを食らっちまいそうだし、なびきに関しては一やったら十返されることは目に見えている。
まったく、なんて三姉妹だ。
これで容姿に恵まれているからまだ救いようがあるものの、よく考えてみたらとんでもねー曲者揃いだぜ。

もちろん、エイプリルフールの笑える嘘を春休み中でも部活のある学校に持ち込んでも構わない。
が、あいにく今年は暦の上で土曜日。
それを翌々日まで持ち越しちまったら、まるでいちいちイベントに浮かれる間抜けなお祭り野郎になっちまう。それは余りにも寂し過ぎるし、全校のおれのファンのためにも回避したいところだ。
じゃあウっちゃん…の店にわざわざ足を運ぶのもなんだし、猫飯店に行くのもちょっと違う。
大体 詳しいことは知らねーけれど、中国にエイプリルフールなんてあるのだろうか。
もしもシャンプーがそれを知らなかったとして一年で一日だけ嘘をついていい日があるなんて知っちまった日には、翌年からおれの身にとてつもない災いが降りかかるのは火を見るより明らかだ。
小太刀に関しては…あいつは毎日がエイプリルフールみたいな奴だから論外だろう。
流石 九能の変態と兄弟だけのことはある。


というわけで。
しょうがねえからな。
仕方がないから、今年のおれもターゲットはあかねに絞って作戦を決行することにした。
ほら、なんつーか「自分、そんなくだらないイベントになんて興味ありません」と澄ましてみるのもちょっとつまらねーだろ?
何といっても人生楽しんだもん勝ちだ。
そう、何もおれがあかねに構って欲しいからとか、去年は寂しかったからとかそんなつもりは毛頭ない。
ないといったら微塵もない。
ただ、ちょっと驚いてくれたりしたら……嬉しい、なんて思っちまうかもしんねーけど。
まあ、何はともあれ 賽は投げられた。
おれは鏡の中に映るいつも通りのイケてる顔を確認すると、もう一度念を押すように言い聞かせる。

「いいか?今日のお前は早乙女乱馬であって早乙女乱馬ではない。だから照れは厳禁だ」

よーし、待ってろよあかね。
今日こそ おめーの恥ずかしがって悶絶する様を横目に去年の雪辱を果たしてやるからなっ!







「邪魔するぜ」

おれは屋根伝いにあかねの部屋の前まで行くと、からりと勉強机の前の窓を開ける。
数学の参考書を開いたあかねが怪訝な顔をしておれを見つめるのもお構いなしに窓枠に足を掛けると、「よっこらしょっと」とわざとらしく掛け声を掛けながらカンフーシューズを脱いで机の上に一歩踏み込んだ。

「ちょっと。一体なんなのよ」
「なにが」
「部屋に入る時は扉をノックするのが常識でしょ」
「おっとそうか。わりーわりー」

そう言ってコンコンと窓ガラスを拳で叩いたら「だからそうじゃないでしょ…」と溜め息混じりに冷ややかな目を向けられた。


「で?」
「へ?」
「あんたが窓から入って来るなんて何があったの?」
「何って…」
「またおじ様と喧嘩したの?それともおば様を怒らせるようなことをした?」
「ち、ちげーよっ!」
「ああわかった。右京…はお店の準備があるから違うわよね。じゃあまたシャンプーに追われたりしてるのかしら」
「おめーなぁ…」
「何よ。あんたがあたしの部屋に突然やって来るなんてそんな理由くらいしかないじゃない」
「ん、んなことねーぞっ!おれだってちゃんと目的を持って――」
「そうね。確かに宿題を写したいっていう明確な目的を持ってやって来ることはあるわね。でも今日はノートも手に持ってないみたいだし」
「だ、だからそーじゃねーって!」

っかー!
なんてかわいげのねー女なんだ。
普通、おれが部屋に訪ねて来てやっただけでも
「忙しい中、わざわざあたしに会いに来てくれたの?あかね 感激!」
そう言って泣いて喜ぶとこなんじゃねーか?
いや、泣くまでいかなくても頬をピンクに染めてニッコリ笑うくれーのことはしてくれたって罰は当たらねえだろう。
…こうなったら本当に容赦しねーからな。
なんつったって、今日のおれはいつものおれとは違うんだ。
そんな強気でいられるのも今のうちだぜ。


おれはふ…っと前髪を手で整えると、わざとらしく寂し気な表情を作ってみせる。
なんといっても女性には生まれつき母性本能というものが備わっている。
寂し気な奴を見るとついつい放っておけなくなるというのならば、そこに付け込んでみるまでだ。

「寂しいぜ…」
「…は?」
「おれは純粋におめーに会いたくて来たのによ。それを親父やシャンプー、挙句の果てには宿題目的なんて言われちまうとはな…」
「しょうがないでしょ。普段の行いが悪いんだもの」

く…っ、こ、このアマ。
人が下手に出れば調子に乗りやがって。


「あかねは?」
「はい?」
「あかねはおれに会いたくねーの?」
「会いたいも何も、さっきだって隣同士で昼ご飯を食べたばっかでしょうが」
「だーっ!!そ、そうじゃねえよっ!」

まずい。
こいつが超がつくニブい女だってことをすっかり忘れてたぜ。
これがシャンプーやウっちゃんなら喜んでおれの腕に纏わりついてくるところだが、この鉄の女は一筋縄ではいかねーらしい。
おれは早くもポッキリと計画が頓挫しそうな予兆を感じながら、そうはさせまいと今一度自分に喝を入れる。
しっかりしろ、今日のおれは早乙女乱馬であって早乙女乱馬ではないのだ。
今年こそ、このかわいくねー許嫁のこっ恥ずかしい表情を拝んでやるぜっ!
そしてあかねがその気になったところでワハハと大声で笑い飛ばしてやるんだ。


おれは「はあ…」と思わせぶりな溜め息をつくと、じっとあかねの瞳を射るように見つめる。


「理由がなきゃ、会いに来ちゃいけねーのかよ」
「え…」
「普段は素直に言えねーけど、おれはいつだっておめーに会いたいって思ってんのに」
「…」
「そんなつれない態度取られて寂しいぜ……」


これでどうだ!?
ちらりとあかねの様子を覗き見る。
と、

「ら、乱馬がそんなこと言うなんて…」

両手を胸の前でぎゅっと握りしめながら、少し戸惑ったようにあかねが口籠る。
これは……効いたか?



「あんた、もしかして変なものでも食べた?」
「…へ?」
「わかった!やっぱりシャンプーね?また変な媚薬でも騙されて飲んだんでしょ?」
「ち、ちげーって!シャンプーは関係ねえっ」
「じゃあ強く頭を打ったとか?あんたって注意力散漫だから――」
「頭を強く打ったわけでもねえっ!おれはいたって正常だっ!」
「だっておかしいじゃない、あんたが突然そんなこと言うなんて」
「バカだなぁ、あかね。さっきも言ったろ?普段は素直に言えねーけど、おれはいつだって――」
「わかった!!」


自信満々というようにパンと両手を叩き合わせる。
そしてこれ以外の答えはないという様に自信満々に瞳を輝かせると、ここで予想外の言葉を口にした。




「あんた、乱馬のコピーでしょ!?また鏡屋敷から抜け出してきたのね!」



こ、こいつは……っ!


一体全体、何をどうしたらそんな結論に結びつくんだ。
と同時に日頃の自分の信頼のなさに少しばかり反省する。まあ、少しだけど。
本当に微々たる反省で風が吹けば呆気なく飛んでいく羽毛よりも軽い反省だけど。
そんなおれの胸中など知ったこっちゃないというように、あかねはどんどん話を進めていく。

「どうりでおかしいと思ったのよ。乱馬があんなこと言うわけないもの」
「あんなことって?」
「だ、だからその、あ、あたしに会いたいとか…」

お?
ちょっと顔が赤くなったんじゃねーのか、これ。
なんだかなあ。普段もこんぐれー かわいげがあれば二人の関係ももう少し違ったもんになるかもしんねーのにな、なんて。
おれは自分のことを棚に上げ、一瞬見惚れそうになったあかねの顔から視線を外すと速やかに頭の中を切り替える。


(よし、こうなったらとことんコピーのフリしてあかねをからかってやるか)


なんつったって、コピーだったら多少歯の浮いた台詞を言おうとも全て偽者のせいに出来るからな。
こう考えてみりゃ、願ったり叶ったりじゃねーか。
おれは小鼻がピクピク震えそうになる興奮を隠すと、敢えて決め顔を作ってあかねを振り向く。

「やっぱりあかねに嘘はつけねーな」
「で?あんた、鏡の世界でらんまと仲良くしてたんじゃないの?」
「ああ、まあそーなんだが…」
「そうなんだけど?」

…しまった。
突然のことで何も細けえ設定を考えていないおれとしては早くも しどろもどろだ。
元々嘘をつくことに慣れていない純粋ピュアで正直者のおれとしてはこういった類が最も苦手なことの一つで。
それでもこの冴え渡る頭をフル回転し、口から出任せを並べ立てる。

「い、いや、だからね?確かにあいつはかわいくて世界一魅力的な女だ。あの愛らしい顔、黄金のプロポーション、小悪魔的でおちゃめな性格。どこをとっても非の打ち所のない女と言えるだろう」

おめーと違ってな、という言葉はかろうじて飲み込んだ。

「ふーん。で?」
「へ?」
「あんた、わざわざそれをあたしにノロケに来たわけ?」
「だーっ、ち、違うっ!そうじゃなくて」
「だってそうでしょ。ご丁寧に人の勉強の邪魔までしてくれちゃって、わかったからそろそろ――」
「だからそうじゃねえっつってんのっ!」

ったく、相変わらず人の話を聞かねー女だぜっ!
思わずムキになると、おれは咄嗟にあかねの肩を掴んでいた。
えーい、嘘には勢いも必要だ!
躊躇う前におれは歯の浮くような台詞を言ってのける。

「お、おれはっ!あかねに会いたくて屋敷を抜けてきたんだよっ!」
「……は?」
「は?じゃねーだろ。もっとこう、"きゃー!嬉しいっ"とかねーのかよ」
「ばっかじゃないの。あんたが今言ったんでしょ。あんたの彼女のらんまが世界一かわいいだとかなんとかって」
「ばかだな。あれはまあ、ちょっとした照れ隠しみてーなもんだ」
「ふーん」
「あ、おめー、信用してねーな?」
「信用するわけないじゃない。大体何よ、あたしに会いたいってその目的はお金?それともらんまと喧嘩してその仲裁?」
「だ、だからそうじゃなくって!」


ダメか?
やっぱりこんなニブい女には直接的な言葉をはっきりと投げかけなきゃ伝わんねーのか?
じわりと背中に汗が伝う。
バカ野郎、これはちょっとした冗談じゃねえか。そう、四月一日のエイプリルフールのかわいい嘘。
何も緊張することはない。
だってこれは遊びなんだから。

おれはカアッと赤く染まりそうな熱を必死でやり過ごしながら、至極真面目な表情を作ってあかねの顔を覗き込む。
先程よりも間合いの詰まった距離感に、少しだけあかねが顎を引いて怯んだ気がした。


「おれはおめーに…あかねに会いたかったんだよっ」
「乱馬?」
「おれ、その、鏡屋敷でおめーのこと見たその時からずっと忘れらんなくて…」
「…」
「で、とうとう我慢できずに屋敷を飛び出して会いに来ちまったってわけだ」
「ちょっと…」

黒目がちの大きな瞳が揺れる。
おーい、そんな顔すんなよ。
これは冗談なんだからな?
近くで見つめた瞳に思いがけず心臓を撃ち抜かれそうになりながら、いやいや、これは別人格だと自分に言い聞かせて胸の高鳴りに気付かないフリをする。


「ねえ、冷静になってよ。あんたにはらんまがいるじゃない」
「わかってる」
「それにあんたはコピーでしょ?こっちの世界には本物の乱馬がいるのよ?」
「それもわかってる」

くそ…。こうやって聞くとなんだか切ない気分になるのはどうしてだろう。
予期せぬ真面目なあかねの口調に、思わずおれの胸の奥がズキンと痛んだ。

「大体、あんたなんてあたしのこと何も知らないクセに」
「知ってるよ」
「例えば?」
「へ?」
「例えば、あたしのどんなところを知ってるっていうわけ?」
「え、い、いや、だから、その…」
「ほらね。何も答えられないじゃない」
「ん、んなことねーよっ!」

コピー相手とはいえ、容赦ねえな。
やっぱりあかねはあかねだったか。
そんな妙な感心を覚えながら、おれはじっと目の前のあかねを射るように見つめ返しながら口を開く。



「一目惚れだったんだ」
「……は?」
「らんま以外でこんなかわいー子がいんのかって、おれビックリしたんだぜ」
「な、何言って…っ」



ほんと、何言ってんだろーな、おれ。
おれのほうがビックリだぜ。



「もっとあかねのことが知りてえ」
「ちょっと…!」
「もっとあかねと色んなこと喋って」
「乱馬」
「もっとおめーに近付いて」
「あ…、」
「ずっとこうしたいって思ってた」
「…っ!」



…おれ、本当に何やってんだろ。
あかねの髪を一束手に取って。
それに顔を近付けるようにしたら、爽やかなシトラスの香りが鼻先をくすぐった。




「あかねは?」
「な、にが…」
「おれのこと、好き?」
「す、すすす好きって…、あ、あんたコピーじゃないっ」




くくく。
そうそう、この表情を見たかったんだよな。




「いくら見た目が乱馬でも、中身は別の人で…」




ほら、こーやって頬をピンクに染めてさ。





「んじゃー、おれのこと嫌い?」
「ば、ばかね、嫌いも何もないでしょうっ!?」
「じゃあやっぱ好き?」
「だからそうじゃなくって…っ」



「ああもう、なんて言ったらいいんだろう」なんて両耳を押さえながら慌てふためく様といったら てんで間抜けで笑えてくる。
そう、これこそがおれが求めていた悪戯で。
だからこれ以上仕掛けるのはあかねにとっても、そしておれの今後の身の安全のためにもよくねーってことはわかってる。
わかってる…ん、だけど……。


……。






「あかね」
「な、なに…」





そんな。





「おれのこと、好き?」





そんな目で。





「な、何言って…、」





そんな耳まで真っ赤に染めた顔で、そんな反応するなよ。

頼むから。






「おれ、あかねのことが…」






……ほらな。








「好き…、なんだ……」






冗談じゃ、済まされなくなる。






そんならしくない空気をわざと壊すように、目を泳がせながらあかねがおどけてみせる。
その喋るスピードはいつもよりずっと、速い。

「ら、乱馬?…あ、正確にはコピーよね。ねえコピー、あんたやっぱりらんまと何かあったんでしょ」
「あかね」
「だっておかしいもの。突然そんな」
「あかね」
「ね、だから落ち着いて――」
「あかね…っ」



気が付くと両足とも机の上に置いてあかねの上に覆い被さっていた。
勉強机にしゃがみ込んであかねを覗き込むおれに、椅子に腰を掛けたままのあかね。
両肩を掴まれた状態のあかねは身動きを取ることも叶わず、大きな目を更に大きく見開いておれの顔を見つめ返す。
あかねの黒い瞳に反射して映るのは、コピーでも何でもない、素のおれの姿で。
その表情は自分でも笑っちまうくらいに余裕なんてどこにもなかった。


ごくり、と、
喉が上下して音が鳴る。
瞬間、二人の前髪が微かに触れた。
こんなはずじゃなかったのに。
自分の嘘に囚われてしまったのは、結局間抜けなおれの方。



触れたい、と思った。
その桜色の唇に。
自分のものを重ねてしまいたい、と。


体重を前に掛けたことで木製の天板がミシ…としなりを上げる。
キュイ…と椅子のキャスターが僅かに動く音がし、机の下で強張っているのはあかねの足だろうか。




「ちょ、ちょっと…冗談でしょ…!?」
「…、」





あと5cm。

4cm。

3cm。


2cm。


1cm……





そして互いの唇が触れるか触れないかといったところで、おれの身体は激しい轟音と共に漫画のように吹っ飛ばされる。



「や、やっぱりダメーッ!!」
「いってー!!な、何しやがるっ!」
「何するんだはこっちの台詞よっ!あ、あんた、今あたしに…っ」
「なんだよ、キ、キスくれーいいじゃねえか!」
「キ、キ、キスくらいって!そ、そりゃあ、あんたにとってはキスくらいなのかもしれないでしょうけどねえっ、あたしにとってはそうじゃないの!」
「なんで」
「な、なんでって…」
「だっておれのことが嫌いじゃねーんだろ?だったらいーじゃねーか!」


おれは自分が今、コピーという立場ということも忘れて単純にショックだった。
なにがって?
勿論、拒絶をされたことがだ。
まるでおれの存在を全否定されたような衝撃に、思わず強がりにも似た台詞が口を突く。
キスしたい。
あかねはおれが好きなんだってことをあかね自身に知らしめてやりたい。
四月の嘘はいつの間にか、おれの意地へと変わっていく。


「あかね」
「ダ、ダメ!いいから離れてっ!」
「やだ」
「なんで」
「好きだから」
「嘘ばっかり!」
「嘘じゃねーって」
「嘘よ、大嘘!大嘘つきっ!」


嘘つき……。
そりゃあ、確かに始まりは嘘からだけど。
引き際を誤った自分の嘘と思いがけないあかねの反応でまたおれの胸がぎゅっと痛んだ気がした。


「なんで嘘って決めつけんだよ」
「だ、だって…」
「おれはおめーが好きっつってんだろ?で、おめーもおれが嫌いなわけじゃねえ。だったらいーじゃねーか」
「よくないっ!」
「だからなんで」
「なんでもっ」
「納得いかねえ」
「納得しなさいよっ!だって…だってキスって…!、」
「キスって?」
「キスって本当に好きな人とするものでしょっ!?」



…って。



「…あかね。おめー、今 他に好きな奴いんのか?」
「あ…っ、え、えっと」
「答えろよ。そのくれー、おれにだって聞く権利はあんだろ?」
「なんの権利よ」
「だからその、許嫁のコピーとしての権利」
「なにそれ、意味がわからない」

そりゃあな。
おれだって意味がわかんねーよ。
でももっとわかんねーのはあかねの気持ちだ。
おれを拒絶してまで、唇を守りたい相手。
そんな男が傍にいた気配など、今までこれっぽっちも感じたことなどなかった。
それなのに。
おれは裏切られたような勝手な思いに内心ぐつぐつと腸が煮えたぎるような感情を滾らせながら、精一杯のやせ我慢を掻き集めて冷静な表情を顔に貼り付かせる。


「いいか。もう一度聞くぞ?」
「…」
「あかね。おめー…今、好きな奴がいんのか?」
「えっと…、」
「あかね」
「…」


…こくり、と。
細い首が小さく前に振れる。


「ど、ど、どんな奴なんだよ、そいつ……」
「え…」
「だ、だからっ、あかねの…おめーの好きな男って奴!い、いるんだろ!?」
「な、なんでコピーにそんなこと教えなきゃいけないのよっ」


頬に朱が走る。
だからそんなの おれだってわかんねえ。
っていうか、出来ることならあかねが他に好きな男がいるなんて知りたくもなかった。
けどなあ、知っちまったからにはしょうがねえじゃねーか。
もしかしたらその相手を知って更に傷つくことになんのかもしんねーけど、今更後になんか引けるはずもない。


「い、いーから答えろよっ」
「だからなんで…っ」
「あかねが正直に答えたら」
「なに?」
「あかねが正直に答えたら……そしたらおれも諦める。おめーのこと」
「コピー……」


…本当は。
おれ、コピーなんかじゃねーんだぞって今すぐ言っちまいたかった。
だけどもうそのタイミングはとうに逃していて。

やっぱりな。
慣れねえ嘘なんてつこうとするからだ。
こんなつまんない嘘さえつかなきゃ、知りたくねえ事実も知らずに済んだのに。
全て身から出た錆とはいえ、知らなければ知らないでまた傷が深くなっていただけだと自分に言い聞かせ、半ば自らを痛めつけるようにおれは敢えて聞きたくねーことを聞きだそうと試みる。



「その相手って、おれが知ってる奴か?」
「…」


…こくりと。
また小さくあかねが頷いた。
おれの見ている景色が一段暗いものに変わる。



「相手はその…お、おめーが好きってこと、知ってんのかよ?」
「…」


少し迷ったような素振りを見せた後、肯定とも否定とも取れる曖昧な態度で首を傾げ、困ったように薄く笑うあかね。
誰なんだよ、あかねにこんな顔をさせるのは。
男なら男らしく女の気持ちの一つや二つ受け止めてやってもいーじゃねーか。
おれは名前も知らない架空の人物を思い浮かべながら、そこにやり場のない怒りをぶつける。



「…どんな奴なんだよ、そいつ」
「え?」
「いいだろ、少しくれー教えてくれたって」
「…」
「もう二度と聞かねーからさ」
「…そうね」


そうね、か……。
なぜだかその言葉が、一生おれとあかねが気持ちを交わすことなどない宣告のように聞こえてくるから不思議だった。





「……あたしの好きな人はね」



ぽつり、ぽつりと。
目の前のおれを見ず、まるで遠くに視線を走らせるように目を逸らしたままあかねが口を開く。





「優柔不断でいい加減で女の子相手だと…ううん、男の人相手でもすぐに調子に乗っちゃう困り者」




なんだよそれ。最悪じゃねーか。





「口は悪いし、優しい言葉の一つも掛けてはくれないし」




ろくでもねーな。





「ちょっと見た目がいいからって それを謙遜するでもなく自信満々にひけらかす人で」




更に救いようねーじゃねえか。





「自分に都合が良ければ女男関係なく利用する、いわゆる自分第一主義ね」




…………あかね。
お前、そんな男のどこがいーんだ?








「でもね」




でも?





「粗忽で無神経でバカでセコくても いいところはあるのよ、一応」




……確認だけど、それ 本当に好きな奴のことだよな?





「例えばどんなとこだよ」
「どんなって?」
「だから、その粗忽で無神経でバカでセコい野郎のことでいっ」


だーっ!
もう聞いてるだけでイライラするぜっ!
そんな奴ならまだおれで手を打っておいた方がずっと幸せになれんじゃねーか!?


が、あかねはというとなぜだか少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべ、またぽつりと続ける。



「例えばね。意外にも義理堅いとことがあったりとか」
「…ほう」
「素敵な男友達にも恵まれてるしね」
「まあ、確かに友情は宝だっつーもんな」
「それからね」


すう…とあかねが大きく息を吸いこむ。
その姿になぜか、好きな奴を誇る自信みてーなものを感じて。



「どんなことがあっても、いざという時には必ず助けに来てくれたりとか」
「へえ…」


良牙…じゃねえよな?
確かにあいつも気は良いが、なんせ極度の方向音痴だ。
あかねがピンチだからといって毎度正確に辿り着ける保証はない。
いや、寧ろ辿り着ける方が奇跡に近えじゃねーか。



「極限の時にはね、絶対にあたしのことを責めないの」
「極限って?」
「例えば……あたしのせいで自分の身にとんでもない不幸が降りかかった時とかかな」


ん?
なんだか抽象的過ぎてよくわかんねーな。
きっと顔にもそれが表れてたんだろう。
「ふふっ、コピーに言ってもわからないわよね」なんて楽しそうに笑うんだ。
あー、もうそんなかわいい顔して笑ってんじゃねーよ。
そんなあどけねえ顔でさ。
細い指を口に当てたりなんかしちゃったりしてさ。
…んなの見たらまた我慢が出来なくなんじゃねーか。



「普段は図々しくて口が悪くて遠慮なんてこれっぽっちもしないくせに」
「…」
「いざとなったらしどろもどろになって全然男らしくないんだから」
「だったら…!」
「だけどね、それでもやっぱり」




…やっぱり?






「……好きなの。その人のことが」





……ああ、そうか。
あかねの中ではそいつの良いとこも悪いとこも全部丸ごと受け止めてて。
そんでも好きだっつーのかよ。
あーそうかよ。
そうなのかよ。

そんなの。

そんなの、もう。
入り込む余地なんて全然どこにもねーじゃねーか。






「……………わかった」
「コピー?」
「じゃあ、おれもそろそろ鏡屋敷に戻るかな」
「そうしてあげなさいよ。きっとらんまも喜ぶわよ」
「…そーかもな」


確かに。
鏡の中のあいつだったらきっと喜んでくれんだろうな。
もしも。
もしもあかねのコピーがいたとしたら、そいつはおれのことを選んでくれるんだろうか。
そんな情けねーことを考え、すぐにらしくねえと首を振る。

それにしても、あかねの好きな奴って誰なんだろうな。
おれじゃなくて良牙でもねえってことは、あれか。
まさかパンスト太郎ってわけでもねーだろうし、やっぱり真之介の野郎か。
そうだよな。
あいつも忘れっぽいだの何だの欠点がないわけじゃねーが、命を掛けてあかねのことを守ったんだもんな。
それに顔だっておれほどじゃないが、悪くもねえ。
そうだよな……。




……。



おれは自分の中で点と点が結ばれたような感覚を覚え、と同時に気付きたくなかった胸の痛みに堪えながら、このつまらない嘘のやり取りにピリオドを打とうとする。
そう、おれがこの部屋を出て行ったらあかねはまたいつも通りに過ごすだけだ。
おれ一人が心の傷を抱えたまま。



「…じゃあな」

入ってきた時と同様、再び机の前の窓枠に足を掛けた時だった。

「あ、ちょっと!」

突然、思いがけずにおさげを力一杯引っ張られる。



「いてえっ!なんだよ、突然っ!」
「あ、ごめん。あのね、コピーにどうしても言っておきたいことがあって」
「なんだよ」

まさか、二度と会いに来んなとか?


「…ありがとう」
「へ…?」
「あたしのこと、その…ひ、一目惚れって言ってくれて…」
「…」
「好きって言ってくれて…嬉しかった」
「あかね……」


……ダメだ。
なんかダメだ。泣きそうだ。
自分でも予期しない感情と鼻の奥からくる鈍い痛みに耐えるよう、おれはあかねに背を向けたまま、短く「おう」と返事をする。






「だけどね、やっぱりあんたじゃダメなの」




知ってる。





「ほら。やっぱりあんたとあたしは住んでる世界も違うし」




だから知ってるっつーの。





「だからね、そんな同じ顔して好きだなんて言われちゃうと…あたしもどうしていいのかわからなくなっちゃうのよ」





しつけーなぁ。
同じ顔してって知って……――。




…………ん?






「あーあ。本物もあんたくらい素直に気持ちを言ってくれたら嬉しいのにな」





ちょっと…





「あ、でもそれじゃあ乱馬じゃないわね。乱馬がそんなこと言ったら世界がひっくり返っちゃうわ」




ちょっと待て。





「でも、せめてあんたの十分の一でも優しさがあったら嬉しいのにな」





それって…。






「そ、それって、えっと、」
「なによ」
「お、お、おれのことが好きってこと!?」
「は?だから言ってるでしょ?あんたはコピーであって乱馬の代わりにはなれないの」
「だーっ!お、おれはコピーなんかじゃねーよっ!!」
「はいはい。早く帰んないとらんまが待ってるわよ。あ、それとももうナンパに繰り出して――」
「昨日、おめーはクッキーを作ろうとしてオーブンを爆発させたっ!」
「……はい?」
「それから、えーっと…そうだ、昨日の晩飯はエビフライで朝のおかずはアジの開きと目玉焼き!」
「ちょっと…」
「あ、あと思い出したっ!ハーブとの決戦な。あれは別におめーのせいじゃなくて、たまたま売られた喧嘩を買ったのがあーなっただけで」
「ちょ、ちょっと待ってよ!どうしちゃったの、コピー」
「だからっ!おれはコピーなんかじゃねーっつーの!正真正銘、早乙女乱馬でぃっ!」


思いつくまま、コピーでは知り得ない共通の話題を喚き散らす。
どうだ、これでもまだ信用出来ねーか!?
まさかこんな形で種明かしをする羽目になると誰が想像しただろう。
だけどもう、限界で。
つまんねー嘘を押し通すより、嘘から生まれた真実を貫き通す方が何倍も重要だった。
おれはくるりとあかねの方を振り返ると、勢いそのままに華奢な肩を掴む。


「や、やだっ、またふざけてるんでしょう?」
「ふざけてねえっ!た、確かに最初はからかってやろうって思ってたけど、今はふざけてねえ!」
「じゃあコピーは…」
「コピーなんて最初っからいねーよ!おめーが勝手に勘違いしたからちょっとふざけただけで」
「な、なんでそんなこと…っ」
「しょ、しょうがねーだろ!?その、エイプリルフールだからほんの冗談のつもりだったんでぃ!」
「っ!?……あんたって最低!ついていい嘘と悪い嘘があるんだからっ!」
「だから謝ってんじゃねーかっ」
「謝ってないじゃない!どこが謝ってんのよっ」
「だ、だから、それは態度で示してるっつーか」
「はあ!?よく言うわっ、あんたなんてもう知らな――」


もう拒絶の言葉なんて聞きたくなかった。
いや、言わせてなるものかと思った。
眉間に思い切り皺を寄せて、これでもかというくらいに感情を爆発させ怒るのは色気のいの字もねえ凶暴な女。
気が強くて頑固で泣き虫で。
でもとびきりかわいい、おれの許嫁。


そのまま伸ばした腕を自分のほうに引き寄せる。
「ひゃ…っ」とおよそ色気のねえ声を上げながら、おれの胸にあかねが低い鼻を打ち付ける。


「いったーい!!何すんのよっ!」
「い、いいかっ?よく聞けよ!?」
「何よ。まだあたしを騙す気っ?」
「だーっ!だからちげーっつってんの!お、お、おれが、その、す、す、す、…きなのはなぁっ」
「…、」
「い、色気がなくってずん胴で凶暴なかわいくねー女のことなんだよっ!!」
「な…っ、」




い、言っちまった…!


自分の心臓がありえねーくれーにドクンドクンと音を立てて騒いでいる。
チャイナ服越しでも分かるほどに隆起するその部分は、なんだか別の生き物が住んでるみてーだった。
いくらニブいあかねとはいえ、流石におれの気持ちは伝わっただろう。
おれはこの後に続く甘い展開に早くも淡い期待を抱きながら、胸に閉じ込めた肩をちょっと押し返してその表情を覗き込む。
と、そこに見えたのは、ほんのり頰をピンクに染めて…………とは一筋縄にいかねえ、唇を鼻よりも高くツンと尖らせたあかねの顔。


「…………ちょっと」
「なんだよ」
「参考までに聞くけど、その色気がなくってずん胴で凶暴でかわいくない女って誰のことかしら?」
「はあっ!?お、おめー、わかんねーの?」
「わかんないから聞いてるんでしょうが」

やれやれ、こいつはどんだけ鈍感なんだ。
おれは込み上げる溜め息を隠すことなく大袈裟に吐くと、至極真面目な顔で教えてやる。

「あのな?色気がなくずん胴で凶暴でかわいくねー女なんて、おれの周りに一人しかいねーだろ?」
「…」
「どうだ?心当たりねーか?」
「…どうかしら」
「あ、じゃあ最大ヒントをやる。おまけに料理の腕は壊滅的で怪力の持ち主――」
「怪力ってこれのことかしらっ!?」


ズガンッ!と。

今度こそおれは窓の外に吹っ飛ばされた。
が、そこは運動神経のいいおれ様のこと、トランポリンよろしく投げ飛ばされた地面を蹴り上げると再びあかねの部屋の窓へと着地する。

「お、おめー、人をポンポン投げ飛ばすんじゃねーよっ!」
「なによ、今のはあんたが悪いんでしょ!?」
「おれのどこがわりーんでぃっ!」
「さっきから聞いてりゃ、人のこと色気がないだのずん胴だの好き放題言ってくれちゃってっ!」
「あー、そーだよっ!だからそんなおめーが好きだっつってんじゃねーかっ!」


しー…んと。
一瞬、辺りが静まり返った気がしたのは気のせいだろうか。


ふと視線を落とした机の上は、せっかくの数学のノートもぐちゃぐちゃで。
さっきまでぎゅうぎゅうと胸に押し付けていたせいか、ボサボサに乱れた髪の毛に、これ以上染まることなど不可能というほど真っ赤になったあかねの姿…。



「あ…、えっと……、」


なにか。
なにか言わなきゃいけねーと思った。
だけど勢い任せに出た本音に続けて何を言ったらいいのか分からず、金魚のように口だけがパクパクと動く。
その緩やかな沈黙を破ったのはあかねの方だった。



「…それも、エイプリルフールなの?」
「ち、ちが…っ、そーじゃねーよっ!」
「四月一日の嘘ってね。午前中しかついちゃいけないんだから」
「え、そうなのか?」

ちらりと壁の時計に目をやる。
その時計の針はもうすぐ三時を指そうとしていた。
だけどそんなの関係ない。


おれがあかねを思う気持ちは嘘じゃなくて。
この胸の鼓動にも嘘偽りなんてどこにもない。
まだおれを疑るような視線がチクチクと胸に刺さり、やっぱりしょうもねえ嘘なんてつくもんじゃないのだとあらためておれは思い知る。



「ほら」



おれはあかねの手を取ると自分の心臓の手の上に重ねてみせる。



「す、すげードキドキいってんだろ?だ、だから、その…」
「…、」



あ、なんかやっぱダメだ。
あかねに触れられたことにより、更に心臓がバクンバクンとあり得ない程に暴れ出す。
これじゃあ、本当に早死にしちまうかもな。
そんなどうでもいいことが頭を過ぎりながら、おれはようやく謝罪の言葉を口にした。



「そ、その…さっきは、ごめん」
「…」
「ちょっと調子に乗り過ぎた…………わりい」
「…」


あかねは何も喋らない。
これじゃあ、まるで怒られる前の子どもだな。
一体おれはいくつのガキだ。
そんなおれの顔と手の平を置いた胸の上を何度も交互に見ながら、あかねがゆっくりと口を開く。


「これ……このドキドキいってるのは、嘘じゃないんだよね?」
「あ、当たり前だろーがっ!んな器用な真似できっかよっ」
「じゃあ」
「…」
「さっき言ったのも……本当?」
「さっきって……」
「あたしのこと……」
「……」
「……」
「……」



きっと、言葉にして言った方がいいんだとわかってる。
だけどもう、これ以上喋ったらまたどっかおかしくなっちまいそうで。

溢れる。
自分の感情が溢れて制御が外れる。

開けっ放しの窓からは春の風が吹き込んで。
遠慮なしに前髪を乱す風のいたずらに思わずあかねが目を閉じたのを合図に、気が付いたら自分の唇をあかねのものに重ねていた。





「…っ、」





…ちゅっと。


押し付けた唇を離しながら、本当に漫画みてーな音が鳴るもんなんだなと頭の片隅で思う。
残念ながら、その瞬間のあかねの表情を見つめる余裕なんて全くなかったけど。





「あの……まだ、怒ってる……?」


自分の意思で初めてしたキスの直後の台詞がこれってどうかとも思う。
それでも聞かずにはいられず、その火照った頬に手を滑らせ覗き込めば、ウサギの目のように赤くなったあかねが上目遣いにちらりと睨んで唇を尖らせた。


「……怒ってる」


だけどその顔が最強にかわいくて。
思わずぷっと吹き出すと、「何を笑ってんのよ」と小突かれる。



「なあ、機嫌直せって」
「…直らないって言ったら?」
「んじゃー直るまでする」
「なにを?」
「…コレ」



そしてまた、春の空気をいっぱい吸い込んだ部屋に響く小さなリップ音。
一人では鳴らすことのないその軽やかな響きに伴う恥ずかしさを誤魔化すため、おれは目の前のあかねを挑発するように見下ろすと気になっていた部分を訂正する。


「ところでおめー、あれ。好きな奴の説明が粗忽で無神経でバカでセコいっつーのはいただけねえ」
「なんでよ」
「おかげでおれの事を言われてるとはさっぱりわからなかったぜ」
「よく言うわ。そういう自分こそ最低じゃない」
「どこがだよ」
「色気がなくってずん胴で凶暴でかわいくない女って、どこにも褒め言葉が入ってない!」
「待て待て。料理音痴で怪力っつーのを忘れてんぞ」
「ばかっ!」


ポカッではなくドスンッと。
やっぱり凶暴で怪力ってのは嘘じゃねーじゃねえかと言いたくなるような衝撃で振り落とされる左胸への拳。
ああ。やっぱおれ、こんなことばっかしてたら心臓麻痺で早死にしちまうかもな。
そんなバカなことを考えながら、もう一度パンチを食らう前にその腕を封じ込め、ついでにかわいくねーことばっか言う唇も塞ぐ。



「あのさ。さっきの話だけど」
「…なによ」
「その…まだ怒ってる?ってやつ」
「……怒ってないって言ったらもうしてくれないんでしょ?」
「え?それって…」
「…、」


そのまま乱暴におさげを引っ張られると、小さく開いた"え"の形の口にあかねの感触が降ってくる。



え。
エ。
エイプリルフール。

嘘か真か、二人の想いが交わる日 ―。




「……今年だけ特別、だからね。来年は許さないんだから」



恥ずかしそうに、だけど気の強さは相変わらずのあかねがペロリと舌を出す。
はっきり言ってそんなのコピーじゃなくてもイチコロだ。
だけどやられっ放しじゃ終われねえ。
だって同じ奴に負けっ放しなんて格闘家の名が廃るだろ?



「じゃあ来年もこーしてんだな?」


精一杯 余裕ぶってゴツンと額をぶつけると。





「どうかしら。乱馬がどうしてもって言うならね」



そう言ってふわりと笑う桜色の唇。
くしゃりと触れた前髪は、温かい春の日差しを浴びた日向ぼっこの香りがした。






< END >




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comment (8) @ 高校生編 イベント編

   
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comment

はじめまして : やあ @-
koh様
はじめてコメントさせていただきます。

世に二次小説なるものを知ったのが数年前、今回初めてらんま1/2の二次を拝見したのですが、私も昭和50年代生まれ、らんまを楽しんでいた身としては懐かしさが溢れました。

こちらのサイトを見つけたのが数日前、今のところ大学生編のみ読破したのですが、ありがとうございます~!お礼が言いたい(笑)

すごすぎる!!
感動ものです。

まるでホントに原作からそのまま続いているようなストーリー!!
乱あなら、このやりとり、このセリフ絶対あるある!!と思いながらニタニタ読みました。

ホントにストーリーに引き込まれました。
2人のセリフがすんなりと入ってきて、頭の中でリアルに情景が浮かび、時には乱馬サイドに、時にはあかねサイドに感情移入して、涙がポロポロこぼれました。
こんな胸が熱くなる素敵なサイトに出会えて、感謝します。
そして、なんといっても、拍手小話まで、楽しめるなんて、どんだけすごいんですか!!
どんだけお得なんですか!!

私も「乱馬スキー」です!
口下手でシャイな乱馬、あかねちゃんを大好きな乱馬が大好きです!

こちらの
あかねちゃんを喜ばせたくて、ロマンチックな乱馬♡
あかねちゃんが大好きで、すぐに食べたくなっちゃうオオカミ乱馬♡
あかねちゃんが可愛くて、ピンクの時はやけに素直に「かわいい。とか、好きだ。」と気持ちを口に出す乱馬♡

最高にかわいい。
脱帽です(笑)

これからも、大人として成長していく2人、そして、仲良しピンクな2人を、見守りたいです。

なんかだらだらかいちゃって、すみません。
言葉でうまく伝えられないのですが、ほんとに感動したので、この気持ちをどうしても伝えたくて。
これからも応援しています。
2017/04/02 Sun 00:12:43 URL
*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・* : RA♪ @-
きゃああああああああ
*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
2人のやり取り可愛すぎーーーー(≧∇≦)ーーーー‼︎‼︎
ほんっとおに素直じゃないこの2人大好き♡
キュンキュンが止まらなーーーーい(*´Д`*)
やっぱり最後は家族に知られちゃったかΣ(゚д゚lll)
拍手も楽しかったです♡
はあ〜(*´∇`*)kohさんのお話読むと幸せな気持ちになるぅ〜♡♡♡
今日も元気に頑張れそうです(*⁰▿⁰*)
2017/04/02 Sun 07:11:29 URL
かっ、可愛い❤ : ひなた @-
おはようございます✨
もー、ニヤニヤいや、ニンヤニンヤしました!
二人の可愛い嘘にσ(≧ω≦*)
あぁん!いい!✨💕好き過ぎる~💦💦師匠~!
この話も好きなんです~(。>д<)💕告白タイム!
好きばっかだ!
拍手話で、このあと間違いなく突っこみを入れられちゃうだろう!と、想像☆

あたし、まともなコメントできないなぁ(笑)💦
進歩なし!(*´∀`)♪エヘ
2017/04/02 Sun 07:21:10 URL
管理人のみ閲覧できます : @
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017/04/02 Sun 19:56:31
Re: はじめまして : koh @-
> やあさん

はじめまして、おはようございます。
先日はとても嬉しいコメントをいただき、感激しています✨。
嬉し過ぎて何から書けばいいのか迷ってしまうのですが、まずは大学生編を読破していただき、
ありがとうございました(´艸`*)♡
あんなにお話の数が多いのに拍手話までチェックしていただいて…もう本当に
ありがとうございます以外の言葉が出てきません💦。

色々な記事でちょこちょこ書いているのですが、私はまだ創作活動を初めて1年弱の若輩者
なので、初期の作品なんてそれこそ読めないような代物だったり(/ω\)。
大学生編も最初の辺りは特に「きゃああ~」と一人ゴロンゴロンしたくなってしまうような
拙い文章なのですが、それでも乱あ愛だけはぎゅうぎゅうに詰めているつもりなので
いただいたコメントの感想を拝見してただただありがたく受け止めています✨。

こちらのサイトは高校生編・大学生編・もう一つの大学生編・お隣編・社会人編と
季節のあれやこれな感じで創作しているのですが、それぞれカラーが微妙に違います。
ややシリアスだったりバカバカしかったりひたすらにR-18だったり(笑)。
どれがお好みに合うかは何とも言えないのですが、これからもこちらに足を運んでいただいて
息抜きに楽しんでいただければこんな嬉しいことはありません(*‘ω‘ *)。

いただいたコメントで本当に幸せな気持ちで週末を過ごすことが出来ました。
ありがとうございました♡

PS. お名前がかわいくて、そのネーミングセンスが羨ましいです(´艸`*)☆
2017/04/03 Mon 06:37:51 URL
Re: *・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・* : koh @-
> RA♪さん

おはようございます。
エイプリルフールと気付いたのがお昼過ぎで(^▽^;)。
それから娘の工作をちょいちょい手助けしながら、唐突に投げかけられる謎々にも
主人の観る爆音のTVにも負けず書き上げました💦。
久々の拍手も書けて楽しかった~♡
お話を読んで幸せな気持ちになっていただける…それだけでもうすっごく嬉しいです♡♡♡
高校生には高校生ならではの可愛さがあるのが乱あなんですよねぇ(´艸`*)♡
美味しいコピーネタも出てきたし、やっぱりお話を考えるのって楽しいです✨。
それもこれもこうして温かいコメントをいただけるからで。
いつも本当にありがとうございます✨✨✨。
2017/04/03 Mon 06:47:54 URL
Re: かっ、可愛い❤ : koh @-
> ひなたさん

おはようございます。
なんでしょう。
春だからか、無性に幸せなお話が書きたくなっちゃうんですよね~。
リハビリという名で好きなことだけをつらつら書いているのですが、なんだかとっても楽しい♡
高校生編・大学生編・社会人編・お隣編…どれも今は妄想が溢れてて、「どれから書こうかな~」
という感じです。(ヒマ人かっ!)
久々の拍手話、楽しんでいただけて嬉しいです。
そうそう、やっぱり私のHPは拍手がなくっちゃね(´▽`*)♪。←自らの首を絞める奴

なにはともあれ、しばらくは単発でパッと思いつきをちょこちょこ書いていきたいと思いますので
お付き合いください(´艸`*)♡
2017/04/03 Mon 06:52:45 URL
Re: タイトルなし : koh @-
> 2017/04/02 Sun 19:56:31 コメント主様

おはようございます。
高校生編はね、素直じゃないから時間が掛かるんですよ、この二人…(^▽^;)。
書いてて何度も「はしょったろか!」と思うんだけどやめられない。
あ~、やっぱり乱あの妄想はつきない(笑)。
っていうか、ジェラシーはこっちの台詞ですっ。
私にあんな透明感のあるみずみずしい文章が書けるだろうか?いや無理だ。(即答)
さ、そこは妄想力でカバーカバー♡レッツ ポジティブ✨。

そしてそして、春休みですものね(´艸`*)。
あのお風呂バッグ(私も呼び方がわからん 汗)、是非使ってくださいな~♪
っていうかコメント主様と会ってからもうすぐ半年だあ、早いね。
また夏に大阪に行く(つもりだ)からね☆
今日から楽しんできて下さい♡
2017/04/03 Mon 07:00:06 URL

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