二度目は王道 

2017/06/08
こちらは先日診断メーカーで出たお題のお話です。
スクリーンショット (42)

1RTでこのお題…ホント鬼です 涙。
他シリーズで妄想が爆発している時ほど表現が迷子になっていますが、お蔵入りするか悩んだ末に思い切って投稿。
拍手共々 お暇つぶしに楽しんでいただけたら嬉しいです。
いいね、RTして下さった方、ありがとうございました。

《 追伸 》
本文一番下と拍手ページに素敵なイラストをいただきました。
那由他さん(@m_ir_oku)、ありがとうございました。



【 二度目は王道 】



「待って…っ!」
「…なんだよ」
「好きなの…あたし、あなたのことが…好――」


何が起こったかわからない。
ただ、気が付いた時には既に彼の胸の前で抱き締められていた。


「あたし…」
「…、」
「お願い。あなたの気持ちを聞かせて…」
「気持ち…?」
「そう…。あたしのこと、本当はどう思ってるの…?」
「お、おれは…」
「…」
「い、いいかっ!?一度しか言わねぇぞ、お、おれは…おめーが……」
「…」















「…だーっ!!ダメだっ!やっぱ言えねえっ!」
「ちょっとぉ!あんたこれで何度目よっ!?」
「う、うるせえっ!元はと言えばあかねがこんなくだらねーこと頼んでくんのがわりーんじゃねーかっ!」
「しょうがないじゃない。演劇部の友人にあれだけ頼まれちゃったんだもの。無下に断れないわよ」
「だからって何も台詞合わせにおれを巻き込むことねーだろ!?」
「あら。さっき数学の宿題写させてあげたのは誰だったかしら?」
「う…っ」
「夕飯の唐揚げだって一個あげたし」
「せこいこと言うなよ」
「そうそう、明日の英語はあんた当たるのよね。せっかく助けてあげようと思ってたんだけど…」
「き、きたねーぞっ!」
「なにが汚いのよ。台詞合わせに付き合ってくれるって言ったのは自分なんだから もう少し真面目にやってよね」

筒状に丸めた台本でパコンと乱馬の頭をはたき、一先ず休憩と称して机の上のグラスに手を伸ばす。
一時間前、氷をたっぷり入れて持ってきたはずの麦茶はすっかりグラスの周りに汗を掻き、こうしてあるシーンから一歩も進まないまま、時間だけが流れていたことが覗えた。
あたしの隣では苦虫を噛み潰しなような顔でストローの先を噛みながら、ズズーッと音を立ててグラスの中身を飲みきる不機嫌な乱馬の姿。要するに“なんでおれが”という、わかり易い不満を態度で示しているのだ。
だけど あたしにだって言い分の一つや二つはある。

「あのねぇ?たかがお芝居でしょうが、お芝居」
「へっ。たかが芝居ってんなら一人で練習したらいーじゃねーか」
「それだと感情が入らないからお願いしてるんでしょ」
「何が感情でぃ。芝居って言われりゃあかねは他の男に、こんな歯の浮くような台詞言えんのかよ」
「そりゃ言えるわよ。だってお芝居だもの」
「ほおー…」
「なによ。あんただって目的のためなら散々“好き”だの“愛してる”だの言ってたくせに」
「な…っ、お、おれが一体いつ んなこと言ったんだよ!?」
「そうねえ…。純粋な良牙君の心を弄んだのは数え切れないし、そうそう。あたしにも言ってくれたわよね。ほら、格闘チアリーディングの時に――」
「おい。それ以上言うんじゃねえっ」

まったく、勝手なんだから。
お芝居の台詞合わせを頼んだ時は「そんで宿題写させてくれんならお安いご用だぜ。で、出し物はなんだ?女三四郎か?」なんてヘラヘラ笑ってたくせに。
王道のラブストーリーだと知った途端にこれなんだから、面倒くさいったらありゃしない。


「とにかく。あんたが付き合ってくれないとお話が先に進まないでしょ」
「待て待て。別におれが相手しなくったって、勝手に練習すればいーだろーがっ」
「そ、そりゃそうなんだけど…」
「あ、それともあれか?もしかしてこのおれに、す、す、す、好き…とか言って欲しいとか?」
「バ…っ、バッカじゃないの!?そんなわけないじゃないっ」
「だ、だってよー、おめーがしつこくこのシーンにこだわるから、」
「それはあんたが毎回ここで止まるからでしょうがっ!」

ああ、もう頭痛い。
本番は明後日だというのに、このままじゃいつまで経っても役に入り込めずに舞台に立つ羽目になってしまうだろう。
そりゃあね、いくら相手役の子が盲腸で緊急入院してしまったからといって、演劇部でも何でもないあたしにこんな相談を持ち掛ける友人も友人だとは思うわよ?
だけど短い寸劇を併せてオムニバス形式での発表となると、他の部員は自分の配役分担で精一杯。現実的に代役どころではないのだ。
それにね。やっぱり、女の子なら憧れる王道のラブストーリー。
一度くらいは物語の主人公になった気分に浸らせてくれたっていいじゃない。
ましてやこれは二人舞台。
短い寸劇とはいえ、一対一のお芝居なのだ。
大勢の中で埋もれる役とは違い、一つ一つの台詞まではっきりと観客に自分達の熱量が伝わってしまう誤魔化しの効かない世界。
だから尚更…………

…………。



ううん、違う。
そんな難しいことじゃなくて。



あたしは手に持ったグラスの麦茶をストローで飲むと、じっと乱馬の顔を見つめる。
ここはひとつ、乱馬の情に訴えてみようじゃないの。


「ねえ。お願いだから ちゃんと練習に付き合ってよ」
「んなムキになることねーだろうが」
「乱馬」
「なんだよ」
「今さら過去のことをグチグチ言いたくはないけど、去年のロミオとジュリエットだって滅茶苦茶になっちゃったし」
「だ、だからそれは悪かったって、」
「ううん。別に乱馬を責めてるわけじゃないの。ただ、せっかく楽しみにしてお父さん達だって観に来てくれてたのにあんなことになっちゃって…うん、本当に責めてるわけじゃないんだけど」
「って おもいっきり責めてんじゃねーかっ!」

ふーんだ。
あの時は舞台降板しちゃおうかと思うくらい、頭に来たんだからね。
ささやかな乙女の夢をぶち壊した仕返しよ。


「だ、大体、あん時だって最終的には王道の恋愛ストーリーになっただろうがっ」
「あれ?そうだったっけ?」
「お、おめー、覚えてねーのかよっ!?」
「失礼ね、ちゃんと覚えてるわよ。確かあんたが“こんなことまでしておれはー”って覚悟を決めれずうろちょろ舞台を跳ね回ってたのよね」
「…あかね。おめー、いい根性してるって言われるだろ」
「本当のことでしょうが」
「う、うるうせえっ!でも その後にちゃんと――っ!」
「その後にちゃんと?」
「…っ、」
「“ちゃんと”?なにかなぁ」


…あーあ、固まっちゃった。
ちょっと意地悪したらすぐこれなんだから、格闘家の名が廃るわね。
つんつんと突っついてみれば「な、な、なんだよっ!?」なんて慌てちゃって、ほんとわかり易いったらありゃしない。


「ごめんね。冗談よ冗談」
「じょ、冗談っておめーなぁっ」
「なによ。それとも冗談以外に何かあるわけ?」
「か、かわいくねーっ!」
「はいはい、かわいくなくて悪かったわね。でもね、本当に明後日がもう本番なのよ」
「だからなんだよ」
「いくら急なピンチヒッターで引き受けたとはいえ、やるからには全力を尽くしたいの」
「だからってなんでおれが…」
「あら。じゃあ九能先輩にでも頼めば良かったかしら?」
「だーっ!あ、あいつはマズいだろっ!」
「なんでよ」
「い、いや、その、えと…」
「あんたが真面目に練習に付き合ってくれないなら明日にでも頼んでみようかしら」
「ま、待て待てっ!九能だけはやめとけっ!」
「だからなんで?」
「そ、そりゃ、その、」
「…」
「い、一応、ああ見えて九能も受験生だしなっ。勉強の邪魔するのは気が引けるっつーか、」
「あら、先輩なら推薦で大学決まってるみたいよ」

「あんたと違って勉強は出来るみたいだから」と付け加えれば、途端に悔しそうな顔をして「とにかくダメだ!」の一点張り。
そう。九能先輩がダメなら……

「じゃあ大介君に頼もうかな」
「へ?」
「ひろし君でもいいわね。二人ともちゃんと練習に付き合ってくれそうだし」
「なんでそこであいつらなんだよっ!」
「だって…乱馬、あたしの練習の相手は嫌なんでしょ?かといってゆかやさゆりは照明や小道具の打ち合わせで忙しいし、他に頼れる人なんていないんだもん」
「……な、なびき、とか」
「それこそ嫌よ。あとでいくら請求されるかわからないじゃない」
「けどよー」


ここまで来てまだ勝手極まりないワガママな許嫁。
じっと顔を覗き込めば「な、なんだよ」なんてたじろいてみせるけど、もしかしたらもしかして。


「…ねえ、乱馬」
「んだよ」
「あんた、もしかしてあたしが他の人と練習するのが嫌なわけ?」
「はあ!?」
「だってそうじゃない。九能先輩もダメ、ひろし君や大介君もダメ。じゃあ誰ならいいのよ」
「そ、それはだなぁ、」
「あ、言っておくけど一人で練習しろはナシだからね」

途端にグッと黙り込む。
そんな顔を見るとついからかいたくなってしまうあたしは、やっぱりいい性格なのかもしれない。
だけど状況としてはあまりにも時間がなさ過ぎる。なんせ明後日にはもう舞台の本番を迎えるのだ。
それに……。


「ねえ、お願い。一回だけでもいいから ちゃんと練習に付き合って?」
「けど、」
「それとも…」
「な、なに…」
「お芝居でも…言ってくれないの?」



ああ、もしかして これももうお芝居が始まっているのかもしれない。
だけどここまで来て引き下がるなんて出来なくて。
チャイナ服の袖をクイッと引っ張った乱馬の顔は、あの日と同じ 真っ赤な顔。


「わ、わわわわかったよ、きょ、協力すりゃいーんだろ!?」

さっきまで机の上にポンと投げ出してあった台本を乱暴にめくりながら、上擦った声で乱馬が視線を逸らす。
これはお芝居。
これはお芝居。

「おめー、本当にこんな劇 やる気かよ…」

心底げんなりしたように呟いているけれど、それもこれも見ないふり。
だってしょうがないじゃない。
引き受けたからにはやるだけでしょう?


「い、いーか!?じゃあ さっきのシーンからなっ」
「うん」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……おい」
「なによ」
「おめーの台詞からだろーが」
「なんでよ。乱馬があの決め台詞を言うところからでしょ?」
「あほ。いきなり告白のシーンなんて感情移入出来ねーだろうが」
「そうかしら」
「そーなのっ」
「じゃあ どこから始めたらいい?」
「ど、どこからって、そ、そりゃ、なあ…?」


って あのねえ。
そんな風に照れられちゃうとあたしまで恥ずかしくなっちゃうんですけど。

せっかくさっきからドキドキと高鳴る胸の鼓動を隠しているのに、そんな顔するなんて卑怯だと思う。
これはお芝居なんだから。
自分に言い聞かせている言葉さえ、なんて説得力がないんだろう。



「わ、わかったわよ。じゃあその前から通してやるから、そのかわり 乱馬も真面目にやってよねっ」
「わかってるっつーの」
「あ、でもその前にもう一度だけ台本を確認させて」
「あ、ああ、そーだな。おれも もう一回読んどこ」


これはお芝居だから。


コホンとわざとらしく咳払いを一つし、くるんと端が丸まった台本にあたしは改めて目を走らせる。



***

ヒロイン: 待って!
ヒーロー: …なんだよ
ヒロイン: 好きなの…あたし、あなたのことが…好き

シーン:
何が起こったかわからない。
ただ、気が付いた時には既に彼の胸の前で抱き締められていた。

ヒロイン: あたし…。
ヒーロー: …。
ヒロイン: お願い。あなたの気持ちを聞かせて…。
ヒーロー: 気持ち?
ヒロイン: そう。あたしのこと、本当はどう思ってるの?
ヒーロー: おれは…。
ヒロイン: (じっと顔を見つめる)
ヒーロー: いいか?一度しか言わねぇぞ。…好きだ、愛してる。
ヒロイン: (思わず顔を上げる)

シーン:
二人の顔が近付き重なる。
ヒロイン、相手の背中に腕を回し「うん」と返事をしたところで徐々に暗転。



***


…まず、この“気が付いた時には抱き締められていた”っていうのがねえ。
いくら台詞合わせとはいえ、確かに恥ずかしいことは否めない。

だけど何も実際に抱き合うわけじゃないんだし、必要以上に構えることはないんだわ。
そう。
これはお芝居なんだから。
さっきだってお互い台本の文字を追うのに必死で、乱馬に至っては殆ど棒読み状態だったしね。
ちらりと隣を見れば、何やらブツブツと口の中で繰り返している。
どうせ「なんでおれがこんなこと…」とかそんなところだろうけど、でもね、でも。


嘘でもいいから言って欲しい。


そんな風に言ったら、この許嫁はなんて顔をするのかしら。




…まあね、どうせ「どーした?なんか変なものでも食ったか?」って言われるのがオチだろうけど。
なんだったら「そーかそーか、そんなにおれのことが好きなのか」だなんて大きく話が飛躍しちゃいそうだけど。
……これはこれでなんだか頭に来るわね。
いいわ、もう細かいことは気にしない。
だってこれはお芝居なんだから。



「どう?もう大丈夫そう?」
「おう」
「じゃあいくわよ」
「お、おう」


あたしは気持ちを入れるために再び台本をくるんと筒状にして手に持つ。
これから十分限定の、なんちゃって恋人同士。
そしていよいよ、あの終盤のクライマックスシーンに差し掛かる。


『待って…っ!』
『…なんだよ』


じっと顔を見つめる。
さっきまで台本の文字だけを追っていた黒い双眼はあたしの瞳を捉え、ドキンと心臓が跳ねるのを慌てて打ち消す。
これはお芝居。あたしにじゃない。


『好きなの…あたし、あなたのことが…好――』


そこまで言った時だった。
何が起こったかわからない。
ただ、気が付いた時には、まさに乱馬の胸の前で抱き締められていた。


「ちょ、ちょっと…!?」
「…なんだよ。こ、こーゆー脚本じゃねえか」
「そ、そうだけど…っ」


そっか、そうよね。
乱馬は脚本通りにしてるだけなのね。
それにしても、まさかこんな本格的にスイッチが入るなんて 一体どんな風の吹き回し?
せめてドキドキと早鐘を打つ鼓動がバレないよう、あたしはそっと二人の間に手を滑らせると服の上から自分の胸の上をぎゅっと摑む。


『あたし…』
『…、』
『お願い。あなたの気持ちを聞かせて…』
『気持ち…?』
『そう…。あたしのこと、本当はどう思ってるの…?』


ああ、なんだか自分の声が震えている気がしてならない。
お願いだからどうか気が付かないで。
今だったらあたし、最優秀新人賞を貰えるくらいに演技派よね。
ドクドクと耳に響いてくるのがあたしの心臓の音なのか乱馬の心臓の音なのか分からない程にその距離が近くて、せっかく覚えた台詞がばらばらと飛んでいきそうになるのを必死で堪える。
これはお芝居。
お芝居なんだから。



「おめーこそ、そ、その、どう思ってんだよ」
「え?」


乱馬、もしかして台本を忘れちゃったのかしら?
確か さっきもその台詞は言ったはずだけど…。
あ、でもさっきは言葉を遮られる形だったからもう一度言った方がいいのかもしれないわね。

「だ、だから、その、あたしは…」
「…」

ちょっと。そんな風に黙られると 妙に緊張して言いづらいんですけど。
言い淀みそうになる己に喝を入れ、気を取り直して もう一度台本通りの台詞を口にする。


『好きなの…あたし、あなたのことが――』
「おめーはよ」
「なに?」
「そーやって、芝居だったら平気で他のヤツにもそーいうこと言うのかよ」
「そういうって?」
「だ、だからっ、す、好き、とかそーゆーことだよっ」
「あんたねー。お芝居だから言えるんでしょうが」
「けっ、この尻軽がっ」
「ちょっと、」


なによ。
なんなのよ。


「あんたねぇ、さっきから聞いてればまた台本無視しちゃって、真面目にやる気がないなら離してよ!」
「だから真面目にやってんだろーがっ」
「どこがよっ。これじゃあ ちっともお芝居の練習にならないじゃないっ!」

「もういいっ」と硬い胸を押し退ける。…ものの、その身体はビクともしない。
それどころか、更にぐいぐいと力が込められている気がするのは気のせいだろうか?

「離しなさいよっ!そんなにあたしのお芝居のに付き合うのが嫌なら――」
「あー、芝居なんて嫌いだねっ!」
「だったら練習相手なんて引き受けなきゃいいでしょっ」
「やかましいっ!元はと言えば おめえみてーなニブい女がヒロイン役なんざ引き受けるからだろーがっ」
「ニブいのは関係ないでしょっ」
「関係あるっつーのっ!」
「なんでよっ」
「こーやって!ほ、他の男にこんな、だ、抱きしめられて、それでもおめーは平気だっつーのかよ!?」
「そ、それは、」
「しかもよりによって台詞が好きだの何だの、くだらねえっ」
「くだらないとは何よ、くだらないとは。ラブストーリーなんだから仕方ないじゃない」
「仕方なくねえっ!おめーはおれの許嫁だろうがっ!」



はあ、はあ、と。
思ったままに感情を爆発させるけれど、そんなこと言ったらあたしにだって言い分はあるわけで。
渾身の力を込めてドンッと身体を突き飛ばせば、乱馬に負けず劣らずあたしも激しくやり返す。

「なによっ、都合のいい時だけ許嫁なんて言っちゃって、許嫁らしいことなんて一つもないクセに!」
「はあっ!?」
「悔しかったら許嫁らしい台詞の一つでも囁いてから そういうことは言ってよねっ!」
「言ったなっ!?そんなに言うなら言ってやるよっ」
「言えるもんなら言ってみなさいよっ!どうせ口ばっかりなんだからっ」


沸々と。
ぶつかり合う、意地と意地。
お互いギリギリと、前髪が触れ合いそうな距離で睨み合う。
結局いつもの繰り返し。こうしてあたしはお芝居でも好きだなんて言われることはないんだわ。
そう思って今度こそ諦めて台本を奪い取ろうとした時だった。

急に両肩をガシッと掴まれると、怖いくらいに切羽詰まった表情を浮かべる乱馬の顔が すぐ目の前まで迫っていた。


「い、言っとくけど、おめーが言えっつったんだからな!?」
「わ、わかってるわよっ。聞いてあげるからさっさと言いなさいよ!」

ああ、我ながらなんてかわいくない態度。
だけどそんなこと知ったこっちゃないというように、あたしの肩に乱馬の指がグッと食い込む。


「い、いいかっ!?一度しか言わねぇぞ、お、おれは…その…っ」



ゴクリ…と乱馬の喉仏が上下に動いたのが見えた。
それを目にした途端、ドクドクと高鳴る心臓の音がはっきりと自分で聞き取れる。
精一杯の強がりで「な、によ…」と言い返したつもりの声は、もしかしたらただの吐息にしかならなかったのかもしれない。
恥ずかしくて。
期待なんかしちゃいけないと思うのに、真っ直ぐ射貫くような視線から目を逸らせない自分がいる。


それはお芝居?
それとも、乱馬の本心?


「えと…、」
「…」
「と、とにかくっ、絶対一度しか言わねーからな!?」
「ぁ…」
「お、おれは、そのっ、」
「乱…、」
「お、おめーのことが――」
「…っ、ストップ!」


その唇の先を。

制したのはあたしの指先だった。
微かに触れたそこが、熱を奪い取ったようにジンジンと痺れてくる。
一瞬 何が何だか分からないといった表情の後、急に我に返ったように乱馬が声を荒げる。

「な、なんだよ、ストップって!」
「あ…、」
「あ、あかねが言えっつーからおれは――」
「だって」
「だってなんだよっ」
「……だって、」
「…」
「…………い、一度しか言わないんでしょ?」
「え?」
「もしこれがお芝居でも、お芝居じゃなくても」
「…」
「… 一度だけなんて、嫌なんだもん」



…あたし、何を言ってるんだろう。
お芝居を滅茶苦茶にしてるのは あたしの方なのかもしれない。
ううん、きっとそう。
だけど、こんな形で無理矢理言わせてもやっぱり嬉しくない。
そんな当たり前のことに、今さらながら あたしは気が付いてしまった。
自分のずるい感情を見透かされたような恥ずかしさにヘラリと笑うと、あたしはわざとおどけてみせる。


「ご、ごめんね。やっぱりお芝居の相手も もういいわ」
「なんでだよ。途中で投げ出してんじゃねーよ」
「いいの。乱馬の言う通り、一人で練習するから――」
「おめーが付き合えっつったんだろーが」
「だ、だからごめんてば」
「いや、許さねえ」
「ちょっと、」
「おれはなぁ、中途半端に投げ出すのは嫌いなんだよ」
「よく言うわよ。いつも適当に誤魔化してばっかりのくせに」

なによ、この期に及んで急にもっともらしいことなんか言っちゃって。
そんなあたしの態度にムッとしたのか、乱馬が露骨に眉を寄せた。と思いきや、今度は頭の後ろで腕を組み、まるで挑発するように独り言つ。


「…ま、所詮あかねも口先ばっかってわけか」
「なんですって?」
「だってそーだろ?芝居の練習に付き合えっつったり許嫁っぽいこと言ってみろっつったり、それでいざとなるとおじけついてんじゃねーか」
「べ、別におじけついてなんか」
「やーい、あかねの根性なし」
「あんたねぇ、」
「それでよくおれのことをバカに出来るよなぁ」

「やーい、やーい」と囃し立てる顔を睨み付ければ、「すげー凶暴な顔」と尚も止まる気配はない。
あっそう。
もういいわよ。
もう知らないっ。



「じゃあわかったわよ!お芝居でもなんでも付き合ってあげるわよっ」
「おい、付き合ってやってんのはおれの方でぃ。なんであかねがそんな偉そうなんだよ」
「うるさいわねえ。あんたが中途半端に投げ出すのが嫌って言うから相手してあげるって言ってんの!」
「おー、じゃあ覚悟しろよっ!?」
「のぞむところよっ」


ふんだ。
お芝居で愛の告白されても嬉しくないだなんて、乙女な発想したあたしがバカだった。
乱馬はこういう男なのよ。芝居は芝居、現実は現実。
そこに自分を重ねるなんてないんだわ。



「い、いいか?本当に一度しか言わねぇぞ?」


こくんと頷くあたし。
と同時に、お芝居と分かっていつつトクンと跳ねる心臓が健気だった。
さあ、次の台詞は“好きだ、愛してる”よね。間違ったって動揺なんかしないんだから。
まるで自己暗示を掛けるように何度も言い聞かせ、乱馬の台詞を待つ。
ところが、聞こえてきたのは予想外の台詞だった。



「…と思ったけど、やっぱ一度しか言わねーんなら言うのやめとこ」
「な…っ、」


なによそれ。

思わず台本通りに顔を上にあげて乱馬の目を見つめる。

と。




そこで目にしたのは予想外に真剣な表情で。
次の瞬間、あたしの上に影が落ちてきて、唇にあたしのものじゃない熱が降ってきた。






「…、」




まるで“カット”の合図のようにミシリ…と床がしなり、そっと二人の唇が離れる。




「……ど、どーだっ。一応 最後は台本通りだろうがっ」
「バ…、」
「バ?」
「バカッ!台本にはキ、キス…なんて書いてないもんっ」
「え゛っ!?」


途端に台本が破れるんじゃないかという勢いで乱馬がパラパラとページをめくる。
そこに記してあったのは


"二人の顔が近付き重なったところで暗転"の指示。



「ほ、ほら見ろっ!ちゃ、ちゃんと書いてあんじゃねーかっ」
「だ、だからそれは、フリよフリ!」
「フリ、だぁ!?」
「当たり前でしょ!?お芝居とはいえ、本当にキ、キスなんかするわけないじゃないっ!」
「え、だって…その、なあ?」
「なあ、じゃないっ!乱馬のバカァっ!!」


もう信じられない。
一度ならず、二度までも気持ちの込もっていないキスなんて。
ボカスカと胸を叩けば「わっ、バカ、やめろっ!」だなんて慌てるけれど、あたしの唇を盗んだ罰よ。
信じられない。
信じられない。
何が信じられないって、お芝居でされたことなのにドキドキと暴れてしまう自分の鼓動が信じられない。
あれはお芝居だったのに。
そう思うとなんだか悔しくて。
途端に瞼の縁にじわりと熱いものが込み上げてくる。

「も、もう知らないっ!いくら台本に書いてあると思ったからって、簡単にキスなんかしてくれちゃって――」
「簡単じゃねーよっ!」
「嘘よ!簡単にしたじゃないのっ」
「だから簡単にしてねーってばっ!!」


…これは、はたしてデジャヴかしら?
再び視界を真っ赤なチャイナ服が覆ったかと思うと、あたしは乱馬の胸に囚われる。


「い、言っとくけどなぁ、おれは芝居だからって、その、き、気持ちのねーやつには んなこと出来ねーんだからなっ」
「なによ、その気持ちって」
「だ、だから、その、」
「…」
「だ、台本にも書いてあっただろーがっ!い、一度しか言わねーぞってやつ」
「…って。“好きだ、愛して――”」
「だーっ!こ、このタイミングで言うんじゃねーよっ!」

ああ もう。
いちいち大声を出してうるさいのに、それ以上に乱馬の心臓の音がうるさくてなんだかまだ状況がよく飲み込めない。
まるで心が真っ白な綿あめに包まれて、ふわふわ宙に浮いてしまったような感覚だ。
そんなあたしの意識をかろうじて引き留めるのは、上擦った乱馬の声。


「あ、あのな、えと…」
「…」
「その…、さ、さっきのその台詞は、その、今言うと嘘くせーけど、」
「…」
「こ、これでおれの気持ちはわかっただろーがっ」
「乱馬…」



真っ白に浮遊する頭で考える。
…えーっと。
このお芝居の続きはどうだったかしら。
確か、相手の顔が近付いてきた後は。



そうだ。




あたしはそっと乱馬の背中に手を伸ばすと、



「………うん」




そう 短く返事をする。


やっぱりシナリオ通りには上手く事が運ばなかったけれど。
それでもこれは、王道のラブストーリーに違いない。











それからどのくらい その姿勢でいただろう。
それは何も離れがたいとかだけじゃなくて、恥ずかしくてどんな顔をしていいのか分からない。
まさにそんな感じだったと思う。


どうしよう、
いつまでもこうしているわけにもいかないけど、でも……。


グルグルと同じ思考を繰り返すあたしに、やっと口を開いたのは乱馬の方だった。



「…あのさ」
「な、なに…?」


あたしの返事は乱馬のチャイナ服に吸い込まれる様に声がくぐもる。


「わりーけどおれ、あかねの劇は観に行かねーからな」
「なんで?」


別に無理に観に来て欲しいわけじゃない。
だけどそう宣言されると気になってしまうのが人の常で。
あたしは胸の間から顔を上げると、じっと乱馬の顔を見つめる。が、再びボフッっと硬い胸に無理矢理顔を押さえ付けられる。


「ちょ…っ、痛いじゃないの!」
「う、うるせえっ!おめーが人の顔ジロジロ見るからわりーんだろうがっ」
「だって、いきなり観に来ないなんて言うから」
「それは…っ、」
「そんなに嫌なの?お芝居」
「べ、別に芝居が嫌なんじゃねーよ」
「じゃあなんで?」
「…あかね。おめー、あれだろ?わざとおれに言わせようとしてんだろ?」
「何がよ。もう全然意味がわからない」
「だーっ!相変わらずニブい女だなっ、おめーは!」
「ちょっと!?」



いたたたっ。
だから顔を見ようとしたら押さえつけるのはやめてってば。
おかげでドクドク跳ねてる乱馬の心臓の音が、まるでサイレンのように耳について離れない。


「だ、だ、だからっ」
「だからなによ」
「だ、だからなぁっ、その、わかんだろ!?」


あのねえ。
わかんないから聞いてるんでしょ?

…そこまで考えてハッとする。
もしかして。
もしかすると。



「…ねえ、乱馬」
「なんだよっ」
「もしかして、だけど」
「あ?」
「あたしの相手役の人、男の子だと思ってる?」
「…………へ?」
「残念ながら女の子よ。ちゃんと台本の二ページ目にも配役が書いてあるでしょ」



その瞬間、あたしの身体をパッと手放すと再び台本をめくり上げ、「あーっ!!」と叫び声を上げた。
……やっぱりね。
「まぎらわしーんだよっ!」なんて顔を真っ赤にしてるけど、誰も最初から隠してなんかいないもの。



「…ふーん」
「な、なんだよ…」
「そっかそっか」
「だからなんなんだよっ!」
「あたしが他の男の子とキスシーンしちゃうと思って拗ねてたんだ。そっかそっか」
「べ、別にそんなんじゃねーよっ」
「あのねぇ、あたし達 許嫁同士でしょ?」


くるりと乱馬の方を振り返って 真っ赤な顔を覗き込む。


「許嫁を差し置いて他の男の子とキスシーンなんてするわけないじゃない」
「……許嫁だからかよ」
「え?」
「じゃあおれと許嫁じゃなかったら、お、おめーは他の奴とキ、キスシーンとか出来んのか!?」




まったくもう。
そんなこと、本当は聞かなくってもわかってるはずなのに。




「…さあ。どうかしら?」
「おいっ」



素直じゃない許嫁には、素直じゃないお仕置きよ。
あたしはペロリと舌を出すと、乱馬との距離を一歩分詰める。



「さっきの、ね」
「え?」
「お芝居なのかわからなくて よく覚えてないから…」
「…、」
「もう一度してくれたら、答えてあげる」
「あ、あかね…?」



ありったけの勇気を振り絞ったあたしの肩を、再び掴むその手が震えているのが嬉しくて。



「今度はお芝居じゃないんだよね?」
「…ったりめーだ」





今度こそ、しっかりと感じる熱と柔らかさ。

少し躊躇いがちに離れた唇が呟いたのは、




「…あんた以外となんて、絶対するわけないでしょ」



なんて、王道の台詞だった。






< END >

   

那由他さん(@m_ir_oku)、ありがとうございました。





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comment (8) @ 高校生編 短編(日常)

   
お年頃 (R.ver)  | 天然猛暑 

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2017/06/08 Thu 01:41:25
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2017/06/08 Thu 05:20:33
流石っス!! : 憂すけ @-
ツイッター見て大急ぎで飛んできました。子供達居るけど構いません。えぇ、横で今、宿題なんかしているアホには目もくれません。(だからこんなになった)・・・凄いです!あのお題でこう来るのか!?高校生の二人の「らしさ」にニヤニヤが止まりません!そして!ロミジュリのリベンジを果たして頂き有り難うございます!何だかもう、色々とツボ過ぎて・・・!シッチャカメッチャカで済みません!
朝から可愛い素敵な乱あ!堪能させて頂きました!!(*ノωノ)
2017/06/08 Thu 08:07:46 URL
Re: も~っっっ! : koh @-
2017/06/08 Thu 01:41:25 コメント主様

こんばんは☆
こちら(本文)のほうへのコメントありがとうございます。
これでやっと個人的にお返事が叶いました。嬉しい~////

お伝えしたい気持ちはいっぱいあるのですが、何はなくとも二行目で笑い転げました。
そうか。私は殺○者でしたか 笑。
朝が早いのにお付き合いいただき、ただただ感謝です✨。

そして、久し振りにあかねちゃんの絵を描かれたとのこと。
もうそれがすごく嬉しくて…♡
何も イラストじゃなくてもいいんです。
お仕事でも家事でも何でもいいのですが、私のお話を読んで「こんなことしたくなったよ~」と言っていただけるのがすごく嬉しくて。
その中でもあかねちゃんのイラストを描かれたとあったからには、これは是非直接お礼を伝えたいなぁってずっとその機会を狙っていました。←

個人的に高速スクロールもツボに入って、一人ゲラゲラ笑ってしまいました(´艸`*)。
本当にどのコメントも嬉しくて毎回元気をいただいています♡
毎回コメントを残そうと思うとご負担になってしまうので、どうか無理のない範囲でこれからもサイトに遊びに来てくださると嬉しいです。
感想、ありがとうございました✨。
2017/06/09 Fri 01:57:02 URL
Re: No title : koh @-
2017/06/08 Thu 05:20:33 コメント主様

こんばんは☆
クラクラ…そう言っていただけて嬉しい////
お蔵入りしなくてよかったです(´艸`*)。
どうしても自分だと迷ってしまうことがあって…💦。
このお話は診断メーカーのお題を見た途端、パッと瞬間的に本文から拍手までの流れが頭に浮かんだのですが、それを文字化するのが難しくて(>_<)。
特に「拍手のあのシーンで一度だけを言わせる」のと「演技に付き合わせる」というのを真っ先に思いついたため、それまでの焦れ焦れが長いのなんの…。
高校生の乱馬はお芝居でも絶対素直に言わないだろうなぁと思ったので、なんとかそれを拍手で回収(?)できて良かったです 笑。
2017/06/09 Fri 02:09:36 URL
Re: 流石っス!! : koh @-
憂すけさん

こんばんは☆
そうそう、まさにロミジュリのリベンジで。
相手役が男だと信じ切っている乱馬は、たとえ歯の浮くような台詞は言えなくても独占欲だけは人一倍何だろうなぁと思ってこうなりました(*^^*)。
個人的には拍手のちょっと余裕のある二人が萌えです♡
もう勝手にして~と思いつつ、やっぱり乱馬にはあかねちゃん一筋で大事にして欲しいと思う私。
そしてあわよくば教会でオイタをしようとするちょっとおバカな子が好きなのです 笑。
またいつか、ちゃんとした結婚のお話も書きたいなぁ(´艸`*)
2017/06/09 Fri 02:13:25 URL
: yoko @-
ふわわ〜(*´ω`*)
可愛くて可愛くて幸せで幸せでほわわわ〜んな気持ちになれました〜☆(抽象的すぎる)
途中まで私も、あかねの相手役の男の子ぐぬぬっ、てなってたので乱馬と一緒にホッとしました(笑)
友達ーずとkohさんがそんな事あかねにさせるわけないかっ、と読み終わってから、ハッと気付く有様^_^;
拍手もすごく好き!♡
控室でなにをするつもりだい乱馬くん?(ㆁωㆁ*)きらーん
夜、いっぱい伝えてあげてね…(*´ω`*)

那由他さんの絵もきゅーん♡でした!
余裕ない乱馬とあかねが愛しすぎます……

お二人共、ありがとうございました〜☆
2017/06/10 Sat 18:04:38 URL
Re: タイトルなし : koh @-
yokoちゃん

こんばんは☆
診断メーカーのお題もRTをされた分に関してはきちんと覚えている私です(*^^*)。
ほら、意外と真面目でしょ?(ホントかよ)
あ、でもまだお題を抱えているのであった、、、

これは診断メーカーのお題を見た瞬間、本文→拍手までのお話がポワンと浮かんだので、「じゃあ1RTでもいっか♡」と気楽に呟いたのでした♪
妄想が降ってくる時って大体こんな一瞬のインパクトなので、書いてて楽しかったです。
ただ、高校生はもだもだが長いから文字数しんどいのですが💦。
個人的には拍手の控室乱馬に萌えです♡
那由他さんのイラストもキューンですよね~(´艸`*)♡♡♡
2017/06/14 Wed 03:20:24 URL

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