雨音のかくれんぼ 

2017/07/13
少し前に途中まで書き進め、放置していたお話になります。
まだ梅雨が明ける前に、こっそりと…。
拍手話と併せてお楽しみください。




【 雨音のかくれんぼ 】



すぐ目の前の景色に目をやれば、しとしとと線状の雨が降っていた。
庭先に突き出た短い廂(ひさし)を掻い潜るように、時折窓にポツンと打ち付ける水の雫。
結露が張った窓はうっすらと白くぼやけ、どんよりと曇った薄暗さと相まってどことなく時間がゆっくり流れているような気すらしてくる。
せっかくの日曜日だというのに生憎の雨続きとくれば、まずは学校の宿題を済ませるより他ない。

(あーあ。こんな時、デートする相手の一人でもいたらな……)

そんなことを思いつつ、どちらにせよ 雨の日のお出掛けは嫌がるに決まっているかとあたしは溜め息をついた。
その頭に浮かんだ人物は、今まさにあたしの後方にある人のベッドの上でごろごろと寛いでいる。



「……ちょっと」
「あー?」
「なんであんたが ここにいんのよ」
「しょーがねーだろー。今の時間はおじさんが指導で道場を使っちまってるし、おれの部屋には親父とおふくろがいんだから」
「だから?」
「だから……って、相変わらずおめーはニブい女だな。行く場所がねーんだよ」
「あんたもおじ様やおば様と一緒に家族団らんでも楽しめばいいじゃない」
「あほ言うな。寝る時はともかく、なんで起きてる時まであいつらと顔を合わさにゃならんのだ」

うつ伏せになって格闘雑誌に視線を落としたまま、露骨に眉をしかめる乱馬。
そりゃあね。確かに高校二年生にもなって、休日まで家族と同じ部屋で過ごすというのはちょっと息苦しい気がするのも分かるけど。

「だからって、何もこの部屋に来なくったっていいでしょうが」

そうよ。
しかもよりによって、ベッドの上で。
キイ……と椅子を半分回転させ、あたしは我が物顔で寛ぐ乱馬の顔を睨み付ける。が、そんなあたしの視線など、まるで気にする様子もない。
それどころか、「しょうがねーだろ。おれだって別に来たくて来てやってるわけじゃねーよ」と随分な口ぶりだ。大体なによ、“来てやってる”って。カチンときたあたしはずかずかベッドの傍に近寄ると、無防備な背中目掛けてぎゅむっと力一杯腰掛ける。

「ぐえっ!」
「あら。あたしのベッドがなにか喋ったわ」
「お、重いっ!どけっ、このずん胴っ!」
「ずん胴って誰のことかしら?」

反動をつけてもう一度腰の上でジャンプするように座り直す。と、またもや潰れた蛙のような短い呻き声が部屋に響いた。

「なんなんだよ、おまいはっ」
「それはこっちの台詞よ。せっかくの休日なのに どこか行こうとか思わないわけ?」
「へっ。女になっちまうのがわかってて、なんで雨の中出掛けなくちゃなんねーんだよ」
「濡れないように ちゃんと気をつければいいじゃない」
「それで変身しなくて済むなら苦労はねえっつーの」
「じゃあ身体を鍛えるとか」
「だーかーらー。今の時間帯はおじさんが指導して道場使ってるだろ?」

「おめーは人の話を聞いてんのか」とお尻の下から聞こえる声。
ふーん。
なんだかんだ言って あたしのこと跳ね除けないんだ。


……ふーん。



「大体よ、こんだけ雨が降ってりゃ流石にあいつらもやって来ねーだろ?」

うつ伏せのまま モゾリと僅かに体勢を変え、こちらを見ないで乱馬が独り言のように呟く。


「あいつらって?」
「シャンプーとか小太刀だよ。ウっちゃんだって日曜は書き入れ時で忙しいだろーしな」
「なにそれ。自分がモテるとでも言いたいわけ?」
「ばか。雨の日くれー、おれだって家でのんびりしたいっつってんの」
「はいはい。人気者は大変ね」
「なんでぃ。またヤキモチか?」
「そんなわけないでしょ、ばか」


だからって、なにもわざわざ人の部屋でのんびりする理由にはならないじゃない。
乱馬の答えに一瞬納得しかけそうになるも、拭えない疑問にふと口を噤むと、つられる様に乱馬も静かになる。
窓の外では一層 雨脚が強まってきたらしい。先程までは音もなく降っていた雨が、今は窓を閉じていても分かるほどにザーザーと激しく地面を叩きつけている。
おまけに机上のスタンドしか照明の点けていない室内は、日中とは思えないくらいに どんよりと薄暗さを増していた。


(やだなぁ、この雨。一体いつまで降り続くのかしら)


去年までの梅雨とは違い、切り揃えられた短い髪の毛は湿気を含んでペタペタと頬に貼り付く。
それに加えてこの蒸し暑さだ。
少し動くとじっとりと汗ばむような、それでいて冷房をつけるほどでもない どっちつかずなこの天気は、どこかの誰かにちょっと似ている。


(あ、でも雨上がりの紫陽花だけはキラキラしてて好きなのよね)


予報では午後にかけて天気は回復すると言っていたっけ。ということは、これは雨雲が通過する最後の勢いなのかもしれない。そんなことを思いながら、あたしは外の雨音に耳を澄ませる。
その下では、あたしを背中に乗せたまま 呑気にぺラリと雑誌のページをめくる音が、やけにはっきりと聞こえた気がした。



「……ねえ」
「あ?」
「あんたって、彼女とか作る気ないの?」
「か…っ、彼女って、い、いきなりなんだよっ!?」

わかり易いくらいにギクリと跳ねる背中。
思わずバランスを崩しそうになり慌ててベッドカバーを掴むと、あたしはずっと気になっていたことを聞いてみる。

「だってあたし達って高校二年生でしょ。普通は恋人の一人でも欲しいと思う年頃じゃない?」
「な、なに……っ、」
「せっかくの休日には恋人と一緒にお出掛けしたりとか」
「おめーとだってたまに出掛けてんじゃねーか」
「それはかすみお姉ちゃんに頼まれたお使いとかじゃない」

もう。ちょっと言ってることが違うのよね。
相変わらず色気のいの字もない回答に呆れながら、尚もあたしは続ける。

「一緒に映画とか観たり」
「だから居間で一緒にテレビ観てんだろーが」
「違うのっ。もっとこう、オシャレしてお出掛けしたり映画館に行ったり、あたしはそういう事を」
「そういう事を?」


……やだ。これじゃあ、まるであたしがそうしたいみたいじゃない。
なんだか急に恥ずかしくなってカアッと頬が熱くなる。なにはともあれ、これ以上 深く掘り下げることは危険だわ。幸い、乱馬の返事も心ここにあらずといった様子だし、あたしは何でもないように会話を閉じようとする。
が、ここで予想外の反応を見せたのは乱馬のほうだった。


「おめーは?」
「え?」
「おめーは、そ、その、恋人っつーか、その、……か、彼氏とか、欲しいと思ったりすんのかよ」
「あたし?あたしは……どうかしら」
「おいっ、人には聞いといて誤魔化してんじゃねーよ」

彼氏……。彼氏ねえ。
確かに憧れないわけではないけれど。
でも勝手に親が決めただけの関係とはいえ、一応許嫁がいる身としては他に彼を作るのも忍びなく、そもそもそんなこと考えたこともなかったわ。
だけど ここで「別に」と答えれば、また「かわいくねー」だの「寂しい女」だの言われることは目に見えている。
咄嗟にそこまで想像がつくのもどうかと思うけれど、あたしはわざと含みを持たせ、余裕があるように答えてやった。


「そりゃあ恋人の一人や二人、あたしだって欲しくなる時はあるわよ」
「くおらっ!一人や二人ってなんだっ。あかねのくせに二股でも掛ける気かっ!?」
「ばかね、そんなの言葉のあやじゃない。ただ、恋人の存在には憧れるって言っただけよ」
「ほー……」
「……なによ、その反応」


不思議ね。
もっとばかにしたり茶化されるかと思ったのに、お尻の下で座布団と化した乱馬は何やら押し黙ってしまった。


(さてと……。せっかくの日曜日だし、ちょっと本屋さんにでも行ってこようかな)


外に出る億劫さは、意外と行動に移してしまった方がスッキリしたりするものである。
そしてようやく乱馬の上からどいてあげようかと腰を浮かしかけた時、普段よりも幾分低くくぐもった声が聞こえてきた。


「……おめーは?」
「え、なに?よく聞こえない」

背中に乗ったまま、少しだけ乱馬の顔に近付くように身体を横に傾ける。

「おめーは、その、か、彼氏が出来たら どーしたいんだよ」
「あたし?あたしは……」

本当はそんなに深く考えたこともない……なんて言ったら、絶対バカにされるわよね、やっぱり。


「そうねぇ。たとえば、休日一緒にお出掛けしたりとか」
「だからおれ達だって一緒に出掛けてんじゃねーか」
「それはお使いとか断れない理由があってでしょ」
「……別にぜってー断れねえわけじゃねーけど」
「なに?」
「なんでもねえ」

うつ伏せになり、更にその上にあたしが乗っかっているせいかしら?
今日の乱馬の声は、時々聞き取りにくいのよね。
そんなあたしの難儀している様子など気付く気配もなく、ぼそぼそと乱馬が続ける。

「他には?」
「他にはって……あとは一緒に映画を観たり」
「それだって毎週金曜日に居間で観てんじゃねーか」
「あのね、それはテレビの金曜ロードショーでしょう?そうじゃなくって、」
「そうじゃなくって?」


そうじゃなくって。えっと、その。
ああ、もうなんて言ったら通じるのかしら。まるで宇宙人と会話している気分だわ。
そもそも、なんで乱馬とこんな話をする羽目になったんだっけ?
少なからずグルグルと思考が乱れる中、あたしはちょっと拗ねたように答える。

「だ、だからその、あたしだってたまにはオシャレしてお出掛けしたり、映画館に行ったり、近くの公園にお散歩に行ったり、とにかく歳相応にデートとかしてみたいなって思っただけよ」

一気に早口で捲し立てると、今度こそ乱馬の背中から……ううん、ベッドの上から降りようとした時だった。急に視界がぐるりと回転し、目の前の景色が一層暗くなる。
それが乱馬の影によるものだと認識するまでには、優に一拍の間があった。
瞬間、トクンと心臓が跳ねる。
多分 それはこの体勢だけではなく、思いの外真剣な表情を浮かべる乱馬のせいだろう。
言い淀む時の癖でほんの少し口を尖らせ、頬は僅かに赤く染まっている。


「あ、あかねは、その、」
「ら、乱馬……?」
「今みてーに、一緒に買い物行ったりテレビ観たりするだけじゃ不満なのかよ」
「えっと、そ、それって……」



それって、乱馬と……っていう意味よね。

乱馬と一緒に、買い物したりテレビを観たり。



…………うん。
決して嫌じゃないけれど、不満が無いかといったら嘘になる。





きっと、いつものあたし達だったら こうはならなかったかもしれない。


だけど今日は雨だから。




窓に打ち付ける雨音と ねずみ色の雲に飲み込まれたような仄暗(ほのぐら)さを味方にし、少しだけ素直な気持ちを打ち明けても許されるでしょう?
どこか他人事のように逡巡し、あたしはゆっくりと口を開いた。



「……そうね。不満が無いわけじゃないわ」
「え、な、なんで、」


なんでって……そんなこともわからないわけ?
というか、その前にこの姿勢はどうなのよ?
ベッドの上で年頃の女の子が好きな人の膝の上に横抱きされたこの状態。それに乱馬が違和感を覚えない時点で、やっぱりあたしだけが乱馬のことを異性として意識している。そんな現実を突きつけられたみたいに、チクンと胸の奥が疼いた。
その痛みを誤魔化すよう、あたしは敢えて強気な態度を崩さない。

「だって乱馬が言ってることって、全部“家族から頼まれたお使いだから仕方なく”、とか 成り行き上そうなってるだけじゃない」
「ばかっ。別におれは頼まれたからじゃなくて、」
「それより、好きな人と自分達だけの意思で約束してみたいって思ってもおかしくないでしょ」
「自分達の意思って?」
「だから、たとえば一緒にお出掛けしたりとか」
「それはさっき聞いた」
「たまには映画館とか行ってみたり……」
「それもさっき聞いた」
「そ、それから……」
「それから。なんだよ?」



それから。


恋人同士らしく、手を繋いだりとか。
顔を見つめ合って笑ったりとか。


…………猫の時じゃなく、ちゃんと気持ちを通い合わせてキスしたりだとか。




だけどそんなこと、本人を前に言えるはずもないでしょう?




急におたおたと口籠るあたしに、形勢逆転とばかりに乱馬が畳みかけてくる。


「それからなんだよ」
「なんでそんな偉そうなのよ」
「言っとくけど自分から言い出したんだからな?最後までちゃんと答えろよ」
「そ、それは、」
「あ、それとも人にだけ聞いておいて自分は答えねーつもりかよ」

って、なによそれ。
まるで人のことを卑怯者呼ばわりでもするようにニヤニヤ笑う、その顔が憎らしいったらありゃしない。
あたしはキッと睨み返すと、もうどうとでもなれというように開き直ってみせる。


「だ、だからっ!素敵な彼が出来たらちょっとオシャレしてお出掛けして」
「お出掛けお出掛けって、さっきからそんなに出掛けて―のか、おめえは」
「ものの例えよ。そこでオシャレした格好を褒めてもらったりなんかして」
「おれだって褒めてんだろーが。こんな道着の似合う女、そうそういねーぞ?」
「ばかっ!このデリカシー無し男っ」
「なんだよ、せっかく褒めてやったのに」
「全然褒め言葉になってないっ!」


「で?それから?」と覗き込んでくる黒い双眼。近い近い。近過ぎるんですけどっ。
だけどここで変に逃げれば それこそあたし一人が意識してるみたいで、それもなんだか悔しくて堪らない。


「それからなんだよ。その“恋人らしーこと”っつーのはよ」
「だ、だから、たとえば…………、て……手を繋いだりとか、」
「……ふーん」


ぎゅっと摑まれる指先。
そこから一本一本が絡み合うように、ゆっくりと指の間が押し開かれていく。


「……それから?」
「そ、それからって……」
「言えよ。あかねが想像する恋人らしーこと」
「……っ、」
「それとも言えねーようなことなのかよ」



ドクン、ドクンと鼓動が暴れる。この胸の音と窓の外の雨音と、一体どちらが激しいのか。
眩暈がしそうなほどにくらくらと熱に侵された頭で、そんなことを考えるあたしの顔はきっと真っ赤に染まっているに違いないだろう。
何か言い返したいのに、パクパクと唇だけが動いて声にならない。
そんなあたしの様子を茶化すわけでもなくじっと見つめていた乱馬が、不意に口を開いた。





「………………ス、」
「え……?」
「してみるか?その……、……っぽいこと」
「あ、あの、それって……」
「……、」








ゆっくりと。

影が一段と濃く迫ってくる。








よく雑誌とかである、キスする時に目を瞑るタイミングとかっていうやつ。
クラスメイトが持ってきた雑誌の特集を見ては、キャアキャア教室の隅でゆか達と一緒に騒いでいたけれど。


なんのことはない。



その瞬間は、意外と素直に目を閉じてしまうものなのね。









猫化した時とは明らかに違う、しっかりと意思を持って押し付けられた唇。
その弾力がゆっくりと離れていき、二人の間には雨音以外に何も聞こえない。


思わず目の前にある乱馬の胸元をぎゅっと摑む。
庭の紫陽花と同じ、雨が似合う水色のチャイナ服。
はあ……と吐いた自分の息で、少しだけ空気がほわりと緩んだ気がした。







「……まだあたし、何も答えてなかったのに」
「……んじゃ、嫌だったのかよ」






照れくさくて ついかわいくないことを言ってしまうのは、もう直らない癖かもしれないわね。
そんなあたしの様子を伺うように、乱馬が少しだけ口を尖らせているのがわかる。






「……乱馬は?」
「へ?」
「乱馬はその、……か、彼女とか、やっぱりまだ欲しくないの……?」




これで欲しくないだなんて言われたら、それこそ落ち込むしかない。だけど勝手に一人で勘違い出来るほど、恋には強気になれなくて。
なんとなく顔を見れないまま 胸の留め具を見つめていると、どこか気の抜けたような回答が返ってきた。


「あー、まあ、彼女が欲しいとはあんま思わねーけど」
「…っ、そ、そう……」


だったらどんなつもりでキスなんかしたのよ。
本当は今すぐにでも突っかかってやりたい言葉をぐっと飲み込む。
……ううん、違う。飲み込んだんじゃなくて、言葉にならなかったんだ。
あたしは短く相槌を打つと、すっかり皺になってしまったチャイナ服を掴む手を離す。と、次の瞬間、 ボールを持つように頭の後ろを抱えられ、そのままギュッと硬い胸に押し付けられた。


「だ、だってそーだろ?おれには、その、もう かわいくねー許嫁がいるし、」
「……っ、」
「だ、だから、今さら、か、彼女とかそんなんはどーでもいーんだけどっ」


ぎゅうぎゅうと力任せに圧迫される身体。
あのねえ。いくらあたしが頑丈に出来てるからって、こんな目一杯抱き締められたら流石にちょっと痛くて息苦しくて。


ほらね。
だから、目から勝手に涙が零れてきちゃうじゃない。



じわりと縁が熱くなった目元をさり気なく手でグイッと拭うと、あたしは聞き捨てならないとばかりに反論する。



「ねえ。その許嫁って、もしかしてあたしのこと?」
「は?おめー以外に誰がいんだよ」
「もう一人いるじゃないの。料理の出来る かわいいほうの許嫁」
「あのなー。あんなの、おやじが勝手に決めただけだろーが」

よく言うわ。それを言ったらあたし達だってそうじゃないの。
その矛盾点に気付いていない乱馬がなんだか妙におかしくて、愛おしくて。


「それにしたって、“かわいくねー”は余計よ」
「なんだよ。かわいくねーのはホントのことだろーが」
「だったら手を離せばいいでしょ」
「ほら、そーいうとこがかわいくねーっつってんの」


ああ、もうダメ。
嬉しさが後から後から湧いてきて、心をいっぱいに満たしたと思ったら、今度は外に溢れ出る。


思わず顔を見上げれば「なんで目が赤いんだ?」とつっこまれ。
恥ずかしくてギュッと瞼を閉じれば、何を勘違いしたのか また唇に熱が重ねられる。





「……言っときますけど、こんなことして他に彼女とか作ったら許さないんだから」
「ばーか。そりゃこっちの台詞だ」



クスクス笑う二人の声は、まるで暗闇の中かくれんぼしている イタズラ好きな子どものよう。




「……んで?」
「え?」
「結局、これからも許嫁ってことでいーのか?そ、それとも……」
「……そうねぇ」



自分でも意外だったけれど、いつの間にか“許嫁”という響きが あたしの中で当然のようにしっくり馴染んでいたみたい。だって今時、なかなか聞かないでしょ?許嫁だなんて。
かといって、人生初の彼という呼び名も捨て難く。



「許嫁、兼、か……彼、……かな」


言葉にして言ってみた途端、その破壊力におののいた。




「な、なんてね!やっぱり今のなしっ!えっと、や、やっぱり許嫁ってことで、」
「お、おう、」



あ。でもさっきの会話の流れからすると、恋人じゃない以上、一緒にお出掛けしたりはないのかしら。そんなあたしの心の中を透かして読んだように、乱馬が先回りして言い切った。


「ま、まあ、おれは呼び名なんてどっちでもいーんだけどよ」
「う、うん」
「その……た、たまにはそれっぽく、出掛けてみたりとかするか?」
「え?それっていつ?」
「……たとえば今日、とか」



今日って。
だって、外はこんなにも雨が降っているのに?
ちらりと窓の外の様子を伺うと、先程までの叩きつけるような激しい雨の音はいつの間にか聞こえなくなっていた。机の前の窓は結露でじっとりと濡れ、ここからでは外の様子はよく見えない。だが 先程よりも薄っすらと明るさを取り戻した窓の光からわかるように、おそらく雨脚は随分と弱まっているのだろう。いや、もしかしたらもう、とっくに雨は降り止んでいるのかもしれない。


それでも……。




あたしは揺れるおさげの先を掴む。







「……うん。じゃあ、後で公園の紫陽花 見に行きたいな」





だけど今は、もう少しだけこのままで。

その気持ちを代弁するように、そっと顔を上げる。






お願い、神様。
あとちょっとだけ雨のせいにして、この薄暗い部屋の中に二人を隠していてね。





あたしよりも一回り以上大きい、紫陽花色のチャイナ服に包まれながら。

許嫁 兼 彼の唇の柔らかさに触れ、あたしは心の中で六月の空に願った。







< END >





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comment (10) @ 高校生編 短編(日常)

   
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2017/07/13 Thu 06:51:36
: yoko @-
ああっ、素敵…(´∀`*)
気持ちを探り合って近付いていく描写に胸がきゅんきゅんです♡
kohさんの書かれる微妙で絶妙な距離感、好きだぁ(/ω\*)
雨がしとしとと降る中、薄暗い部屋で二人…映像が浮かんですごくどきどきしました。まさにかくれんぼ!読み終わった後にタイトルを見て、ぴったしだと思いました。
拍手の雨垂れ石を穿つには、あかねの辛抱強さが見え隠れして少し笑ってしまいました(´>∀<`)
2017/07/13 Thu 11:08:11 URL
Re: No title : koh @-
2017/07/13 Thu 06:51:36 コメント主様

こんにちは。
自分が六月生まれのせいか、私も紫陽花が花の中で一番大好きなのです(*^^*)。
コメント主様も紫陽花が大好きと言って下さって嬉しい~♡
紫陽花って表情豊かで本当に綺麗ですよね。
そして年に一度くらいは そんな大好きなモチーフを軸にしたお話を書きたくなります。

アニメを観ていた方は特になのかもしれませんが、赤チャイナのイメージの強い乱馬。
だけど梅雨時は水色のイメージでして……。
雨の景色に染まって隠れるような、高校生編だけど少ししっとりとした今回のお話は、書いていてとても楽しかったです(´艸`*)♪
2017/07/13 Thu 13:43:55 URL
Re: タイトルなし : koh @-
yokoちゃん

こんにちは。
梅雨時の薄暗い室内って、ともすれば少し寂し気じゃないですか。
だけどお互いの表情がいつもよりもはっきりしない分、ちょっとだけ素直に距離を縮められたらなぁと思って(´艸`*)♡
個人的に何だかんだでナチュラルにあかねちゃんを受け入れてる二人の関係が好きなんです。
きっと重い重いと言いつつ、どいたら寂しいんでしょ?みたいな。

それにしてもタイトル~💦
ほんと毎回苦戦します、タイトル付けるの。
あんまりドンピシャのキーワードでもネタバレになってしまうし、かといって小洒落た題名が思い浮かぶかといったらそうでもない。
らんまの世界観ってあんまり英語のイメージがなくて(中国系が舞台だからかな?)出来るだけ日本語で…と思うと毎回似たようなセンスになってしまいます(´▽`;)。

雨上がりの拍手話、ちょっとかわいいでしょ?(笑)
カタツムリ、食べるんかーいっ!みたいな。
“雨垂れ石を穿つ”は、絶対に乱馬からは出てこないことわざですよね(^^;。
2017/07/13 Thu 13:51:30 URL
雨の音が聴こえてきそうです : クリ @-
少しずつ近くなっていく二人が見れて、嬉しかったです。
コメント書けずにいましたが、またkohさんのお話が読めることが嬉しいです^_^
2017/07/13 Thu 22:08:20 URL
かわゆい♡ : 憂すけ @-
何がかわゆいかって?そりゃー!あかねちんですよぉぉ!!最初っから拍手まで!!あかねちんのカワユサにクラクラしっ放しなのは乱馬だけじゃねーです!<(`^´)> (何故威張る)
そして梅雨の情緒も良いもんだなぁ・・と。
好きな人が一緒なら。きっと、ジメジメ薄暗い日も、何処でも何でもキラキラ何ですよねぇ・・・!そして、主導権を握ったかのようで、最後は結局、「あかねちんの言う通り」な「あかねちんに激甘い乱馬」が堪らなく大好き!!でございます♡
雨上がりのキラキラした風景の様に自分の心もスッキリと洗い流して頂きました!<(_ _)>
2017/07/14 Fri 16:33:26 URL
管理人のみ閲覧できます : @
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017/07/15 Sat 08:27:06
Re: 雨の音が聴こえてきそうです : koh @-
クリさん

おはようございます。お返事が遅くなってしまってすみません。
またお読みいただき、私のほうこそ感激です(*^^*)。
乱馬にとって普段は厄介な雨も、この時ばかりは恋心を応援する味方になればいいなと思って書きました。
雨の音が聴こえてきそうと言っていただき、嬉しかったです♡
2017/07/18 Tue 08:45:50 URL
Re: かわゆい♡ : koh @-
憂すけさん

おはようございます。お返事が遅くなってしまってすみません💦。
よく乱馬はあかねちゃんのことを素直じゃねえと言いますが、もしもあかねちゃんが素直になったら乱馬なんて一発ノックアウトですよね(*^^*)。
っていうか、本当は君、格闘雑誌の内容なんか頭に入ってなかったよね?
そうツッコミを入れたくなる私です。

梅雨って厄介なことの方が多いので(特に乱馬にとっては)、ひとつくらいこんなご褒美があってもいいのかな~なんて。
そんな関係になった途端、少しだけ素直になりそうな二人がやっぱりかわいいです♡
2017/07/18 Tue 08:53:56 URL
Re: タイトルなし : koh @-
2017/07/15 Sat 08:27:06 コメント主様

おはようございます。
先日は心温まるコメントをいただき、ありがとうございました。
激しい雨音の響く薄暗い部屋では少しだけ素直に自分の気持ちを曝け出せるんじゃないかな。
平気で背中に乗って乗せたままにしちゃう関係のくせに不器用で、でもそんなアンバランスな二人が少しずつ気持ちを通い合わせていけたらいいなあと思いついた雨の日のお話でした。

また、拍手話を好きと言っていただき嬉しいです。
何だかこの二人、カタツムリみたいだな、と思っていて(*^^*)。
時には殻の中に隠れて気持ちを誤魔化してしまうけれど、きっとゆっくり進んでいく。
そんな予感がしてなりません♡
2017/07/18 Tue 09:00:50 URL

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