永遠の鬼ごっこ (らんま1/2・30周年邂逅記念) 

2017/08/05
8月5日はらんま1/2が少年サンデーに初めて掲載され発売された日。※1987年36号
らんま1/2の30周年おめでとうの日になります。
すなわち、乱馬とあかねが出会った邂逅日でもあります。
(ちなみに8月19日は誌面記載の日になります)
あらためて おめでとうございます。

さて、そんなおめでたい二人ですが、ある物を決めていたはずなのに口喧嘩へと発展。
そのある物とは?そしてその喧嘩の理由とは…?
高校三年生、十八歳になった二人のお話です。※キャラ崩壊、注意

事情を知らない方のために、拍手にとあるお話とリンクを置いてあります。

***

このお話は大好きなAimerさんの『カタオモイ』を聴いて思いついたお話です。
お祝いには相応しくない表現も含まれるかもしれませんが、もし宜しければこちらの曲も併せてチェックしてみてください。
歌詞はこちら




【 永遠の鬼ごっこ 】



「どうしてあんたってそう頑固なのよっ!」
「うるせえっ!この件に関してはおれは1mmも引かねーぞっ!」
「なによっ、一つくらいあたしのお願い聞いてくれてもいいじゃない!」
「それはこっちの台詞だ、この意地っぱりっ!」


ギリギリと睨み合う二人。他の家族(やつら)ときたら触らぬ神に祟りなしと言わんばかりにコソコソと居間を後にする。
「大丈夫かしら、あの二人……」
心配そうに呟くかすみさんに
「ほっときなさいよ。どーせじゃれてるだけなんだから」
茶化すようななびきの声が聞こえてきたが、これはじゃれ合いでも何でもねえ。
おれは点きっぱなしになっていたテレビのリモコンに手を伸ばし、ブツリと消す。途端に訪れる夜の静寂。それでもこの部屋の中には二人の唸る鼻息が聞こえてきそうだった。


「……おい」
「なによ」
「取り消せよ、さっきの言葉」
「嫌よ。なんであたしが折れなきゃなんないのよ」
「おめーなあ。たまには素直に“ごめんね”くれえ言えねーのか!?」
「あんたこそ こんな時くらい譲ってくれてもいいじゃない」
「ぜってーや・だ・ね!」


はああ……と、何度吐いたかわからない溜め息の数がもう一つ増える。
お互い向き合うようにして、胡坐を組むおれと正座をするあかね。その膝の上ではギュッと握りしめたスカートが皺になっちまってるけど、これだけはどうしても譲れねーんだ。
っつーか、そもそもなんでこんな話になったんだっけ。ついさっきまでお互い和やかな雰囲気で話をしてたのにな。なんだったらデレデレと緩みそうになる頬の内側にぐっと力を入れ、破顔するのを堪えていたくらいだ。
少しだけ悲しそうに、あかねが床のラグに視線を落とす。夏仕様のそれは畳のようになっていて、素足のあかねだったらきっと跡になっちまっているだろう。感情的になっているまま、それでもこの場から立ち去る気にもなれずおれも視線を逸らす。
そう、あれは……。






「みんな。スイカの用意が出来ましたよ」

おふくろとかすみさんに声を掛けられ、家族が居間に集合したのは夜の九時過ぎ。ちらりと時計に目をやれば、それからまだ一時間も経っていない。
最初は和やかな雰囲気だったんだ。居間の卓袱台の上に資料を広げながら、あーでもないこーでもないと頭を悩ますおれ達を横目に、風呂上がりのビールを楽しむ親父達、同じく台所仕事を終えて談笑するおふくろとかすみさん。なびきときたらスイカの甘い真ん中部分ばっかり取りやがり、おれの分も残しとけと言ったら「相変わらずせこいわねー」なんていつもの憎まれ口を叩かれて。
……そうだ。そのついでにあいつが点けた、あのテレビがいただけなかった。

四角いブラウン管からはいかにも感動的な音楽が流れ、やたら花でゴテゴテと装飾されたスタジオの中央では手に数枚の紙を持った爺さんが時折声を詰まらせながら何かを読み上げている。その後ろでは神妙な面持ちで小刻みに頷く中年の司会者と若い女のアナウンサーがいて、たまにアップになる女の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。


と、爺さんが手紙を読み終え懐にしまったと同時にスタジオの明かりが一段明るくなる。わざとらしく腹の底からゆっくりと声を出すようにしながら、司会の男が小柄な爺さんの肩にそっと腕を回した。

「いかがでしたか?お手紙にしたためて読んでみるというのは」
「はい。きっと家内も傍で聞いてくれていたと思います」
「今、奥様に伝えたいことはなんでしょう?」
「こちらのことは何も心配せず、天国で安らかに待っててほしいと――」

そこでまたポロリ涙を流すアナウンサー。
なんでい、こりゃ……と思いきや、画面の右上には“感動!今夜、あなたにもう一度会いたい”と番組名らしきもんが映っている。
ほー。まあな、夏休みだしな。もうすぐお盆だし、こういう感動系の番組の一つ二つがあってもおかしくはねーだろう。それにしてもよく他人事で泣けるよなぁ。そう思って周りを見渡した時だった。
既にあかねのおじさんはティッシュを箱ごと抱える勢いで号泣している。
……うん、まあそーだよな。おじさんにしてみりゃ、若くして最愛の人を失くしたんだもんな。当時の辛さを思い出して泣けてくるのも大いにわかる。が、その隣でオロオロと取り繕う親父、てめーはダメだ。おじさんに感化された様に涙ぐむおふくろの背中をさすりながら「母さん……」なんつってるけど、そもそも親父もおふくろもちょっとやそっとのことでくたばるような玉じゃねーだろう。
ついでにおれとあかねもな。
おれはへらりと笑顔を浮かべながら、「大袈裟だよなぁ」とあかねのほうを向いた時だった。
そこには目を赤くしたあかねが食い入るようにテレビに釘付けになっている。

「お、おい、何おめーまで泣いてんだよ」
「しっ!今いいとこだからちょっと静かにしてっ」
「んな真面目に――」
「いいからストップ!」


結局、番組がCMに入るまでお口にチャックを強いられたおれ。その隣では(ほう)けたように溜め息をつきながら、あかねがボロボロと涙を流していた。

「ほれ」
「ありがと」

受け取ったティッシュでチーンと鼻をかむ。ったく、相変わらず色気のねえ女だ。
そんなおれの視線に気が付いたのか、
「……へへ、泣いちゃって恥ずかしい」
なんて鼻の頭を赤くして上目遣いするその顔は、なんつーか、色気はなくてもかわいい。
…うん、かわいい。


「あのよー、」
「でも素敵よねえ……」

場の空気を変えようと、おれはさっきまで真剣にあかねと話し合っていた議題に話を戻そうとした時だった。うさぎみてーな目をしながらうっとりと両手を組み、「ほう…」と感嘆の声を漏らす。

「亡くなった後もああしてずっと愛してもらえるなんて、憧れちゃう」
「そーかぁ?」

はっきり言っておれは同意しかねる。その態度にムッと来たのか、あからさまに眉間に皺を寄せたあかねの声が鋭くなった。

「じゃあ何?あんたはそう思わないわけ?」
「思わねーなぁ。だって――」
「ふーん、ちょっとガッカリ。優柔不断だとは知ってたけど、その上 薄情だったのね」
「はあっ?おれのどこが薄情なんだよ?」

突然突きつけられた不名誉な言葉におれも思わずカチンとくる。が、そんなことはお構いなしというようにあかねが一方的に捲し立てる。


「だってそうじゃない。さっきから人をバカにしたような顔で一人澄ました顔しちゃって」
「別にバカにはしてねーだろーが」
「でも感動しないんでしょ?」
「いや、感動とか言う前に」
「あーあ、薄情よね。愛する人が死んじゃったら乱馬はもうどうでもいいんだ」
「バっ、バカ!んなこと一言も言ってねーだろーがっ!」
「でもさっき、あたしが“亡くなった後も想ってもらえるなんて幸せだと思わない?”って聞いたら“思わない”って即答したじゃない」
「あれはだな、ちゃんと理由があって」
「そっかそっか。乱馬はそういう人なんだ。この世に居なくなっちゃった人なんかどうでもいいんだ」
「だからちっとは人の話を聞けっ!」


別に本気であかねがおれのことを薄情だと思っているわけではない。そのくれーのことは分かるが、それ以前におれの言い分が伝わっていないことに苛々したおれの語気はつい荒くなる。


「っつーか、おめーの方が薄情だよなあ」

ふんっと鼻息荒く一言。これにはあかねの方が頭に来たようで。聞き捨てならないとばかりにズイッと間合いを詰めてくる。

「ちょっと!あたしのどこが薄情だって言うのよ!?」
「だってあれさ、先に奥さんが死んで天国行っちまうって話だろ?」
「それがどうしたのよ」

“それが”って、その言い方が既に薄情だろうが。

「んじゃ聞くけど、おめーはおれより先に死ぬ気かよ」
「は?別にそんなこと言ってないじゃない」
「そうかぁ?さっきの聞いてりゃ、自分が死んだ後も想ってて欲しいっつってるようにしか聞こえなかったけどな」
「そ、そりゃあ、もしもあたしが先に天国に行っちゃったとして、それでも想ってくれてたとしたら、その、う、嬉しい、っていうか……」
「言っとくけどおれはごめんだからな」
「はあっ!?」

今度こそあかねが素っ頓狂な声を上げておれを見返してくる。っつーか、その顔。今にも眉毛と眉毛がくっつきそうなほど寄っちまって、これが年頃の娘かと思うとつくづく色気とは縁がないみてーだな。
が、今はあかねの色気について語っている場合ではない。コホンと一つ咳払いをし、おれは小学生でも理解出来るよう簡潔に述べる。

「いいか?まず、おれを残して一足先に天国に行っちまおうっつーその考えが気に入らねえ」
「ってあんたねえ。そんなこと言ったってしょうがないじゃない」
「しょうがなくねえ」
「あのね?みんなあんたみたいに化け物並みの体力と運の持ち主じゃないのよ?」
「なんか褒められてる気がしねーな」
「別に褒めてないもの」
「へっ、かわいくねー」
「ごめんなさいね、かわいくなくて」


「ちょっとー。二人の声でテレビの音がよく聞こえないんだけど」なんてなびきが口を尖らせるけどこっちはそれどころじゃねーんだ。
おれは聞き流せなかったあの部分をもう一度確認してみる。

「んで?おめーはどうなんだよ」
「どうって?」
「まさか、おれより先に天国行く気じゃねーだろうなぁ」
「そんなのわからないわよ」
「わかんなくねえ、バカ」
「バカってなによバカ」
「おめーの長所なんて持ち前の根性と底抜けの体力だけだろーが。気合いで長生きしろ」
「ってあのねえ。そういう自分はどうなのよ?」
「おれ?おれがどーしたってんでぃ」
「あんたこそ、あたしを置いてさっさと天国に行っちゃうつもり?」
「さっさと行く気はねえ。が、おめーよりは先に行く」
「ちょっと!」
「んだよ」
「なんてこと言うのよ、あんたはっ」
「いーや、これは大事な事だからな。おめーには一度はっきり言っとかなきゃなんねーと思ってた」
「バカバカ、縁起でもないっ」
「だから別に今すぐ死ぬわけじゃねえっつってんの」

そう。何も今日明日のことを言っているわけではない。が、おれの中には一年半前の悪夢が今も忘れられない記憶として鮮明に刻まれている。

「とにかくだ。あかねがおれより先に逝くことは許さねえ」
「なんでそんな偉そうなのよ」
「万が一おれよりも先に天国行くようなことがあったら……」
「あったら?」
「そん時は生前のおめーの悪事を全てビラにして撒き散らしてやる」
「悪事って何よ」
「例えばガサツなとことか殺人的料理音痴とか凶暴ですぐ手が出るとことか」
「ちょっとっ!」
「ついでにずん胴鈍感で、間違って女に生まれた――」

瞬間、脳ミソが揺れるような衝撃が俺を襲う。


「いっ…………てぇぇぇえええっ!ほらなっ!?そーやってすぐ暴力に走る、」
「あんたが失礼なことばっか言うからでしょうがっ!」

いや、普通は頭に来ても卓袱台の天板で殴るような真似はしねーはずだ。多分。きっと。
空になった皿を各々器用に持ちながら、やれやれとおじさん達が流しに持って行くついでに居間を後にするのが見える。しかし、当のあかねは未だ鼻息の荒いままだ。

「大体何よ!自分だけさっさと天国に行っちゃって、残されたあたしのことなんてどうでもいいって言うの!?」
「別にそうは言ってねーじゃねーか」
「そう言ってるのと同じよ!」

ああ、まずい。
興奮して何を言ってるのかわかってねーようだが、あかねの目にはまた薄っすらと、先程とは違う種類の涙が浮かんでいる。

「あたしは嫌だからねっ」
「なにが」
「一人残されるの。だから絶対あんたの方が長生きしてよねっ」
「ずりーぞ!っつーか先に言い出したのはおれのほうなんだから、ここは一つあかねが譲っておれより長生きしろっ!」
「嫌よっ!大体あんたが先に天国行ったら(あたし)のいないとこで好き放題しそうだもの」
「へっ、そりゃお互い様だろーが。おめーだっておれの居ねえ天国(とこ)で若い男でも引っ掛けようとしてんじゃねーだろうなぁ!?」
「そんなわけないでしょ、バカっ!」
「言っとくけど、この条件をのめねーならおれは祝言なんて挙げねーからなっ!?」
「どうしてあんたってそう頑固なのよっ!」
「うるせえっ!この件に関してはおれは1mmも引かねーぞっ!」
「なによっ、一つくらいあたしのお願い聞いてくれてもいいじゃない!」
「それはこっちの台詞だ、この意地っぱりっ!」


ここら辺でなびきの溜め息が聞こえ、居間を出ていた気がする。が、今はそれどころではない。


「あのなー。じゃあ聞くけど、おれが一人になってもおめーは大丈夫だっつーのかよ?」
「大丈夫って?」
「それで呑気に天国でのんびりしてられんのかってこと」
「そ、そんなの、なってみなくちゃわからないけど、」
「あーあ、薄情だよなぁ。おれの気持ちなんかどーでもいいのかよ」
「何そんなわざとらしい演技してんのよ。大体、そういうあんたはどうなわけ?」
「は?」
「もしもあんたが先に天国に行ったとして、それであたしが一人寂しく取り残されちゃっても平気だって言うの?」
「平気とは言わねーけど、あかねにはなびきやかすみさんがいるじゃねーか」
「そんなこと言ったらあんたにだっておじ様やおば様がいるじゃない」
「バーカ。おれが百歳になった時には流石にあいつらだってこの世からいなくなってんだろーが」

「あんた、一体何歳まで生きる気よ」というツッコミは聞かなかったことにする。
うん、おれもあかねも健康が自慢だからな。長寿社会日本、これだって決して非現実的な想像ではないだろう。

「とにかくだ。おれのほうが先に逝くから せいぜい今から感動的な手紙の書き方でも練習しとけよ」
「やだ。あんたこそ、天国のあたしにとびっきりのラブレター書いてよね」
「やなこった」
「それはこっちの台詞よっ」
「大体、先に言い出したのはおれのほうなんだからな。っつーわけでこれは譲れねえ」
「何その小学生みたいなルール。あんたって思いやりとかないわけ?」
「重い槍?」
「うわ……っ、本当に小学生みたいなこと言ってるわ」
「う、うるせーなっ!ちょっと場を和ましてやろうと思っただけじゃねーかっ」

なのに人の好意をなんだと思ってんだよこいつは。「このわからず屋め!」と睨み付ければ、「乱馬の強情っぱり!」とデカい目で返ってくる。
そして思わず口走ってしまった、あの過去の出来事 ――。


「言っとくけどなあ、おめーはおれに借りが一つあんだからな?」
「なによ、その借りって」
「あ……っ、」
「なに?気になる」
「……、」
「いいから言いなさいよ。余計気になっちゃうじゃない」
「いや、だから……、その、」
「なによっ」


だ――ッ!もう!!なんでこいつはこんなじゃじゃ馬なんだ!
こんなこと言う気なんてなかったのに。
本当にこれっぽっちもなかったのに、蛇に睨まれた蛙よろしくあかねの真剣な眼差しの前では白状せざるを得ない。おれは胡坐の足を組み直し、もそもそと身体を前後に揺する。


「だ、だから、その、」
「……」
「……あん時」
「え?」
「あ、あかねが人形みてーに小さくなっちまった時だよ」
「あ……」
「水かけてもおめー、目ぇ覚まさねーし」
「あれは、」
「抱きかかえてんのに全然息しなくってよ」
「乱馬」
「あん時、おれ……」
「……」
「あかねが消えたって思ったあの瞬間、」
「乱馬……」



おれ、自分の魂が身体から抜けて無くなっちまったと思った。
いや。実際、無くなっていたのだろう。正直な話、良牙に担がれて宿に戻るまでの記憶なんか全くねえ。ただ覚えているのは、それまであかねが着ていた衣服が羽根のようにおれの上に降ってきた、あの恐ろしい光景だけ。
思い出した瞬間、ピリッと指先が冷たくなる。どんなに記憶から追いやろうとしても決して消えることのない、この世で一番の恐怖、悲しみ、絶望。
色も音もない。
ただ、無の世界 ――。



「……あんな思いは二度とごめんだからな」
「え?」
「そーゆーわけで、いいか?おめーはおれより長生きしろ」
「な……っ、そ、そんなの勝手よ!乱馬だって一緒に長生きしてよ」
「だから今すぐどーこーなるとは言ってねーだろーが。ただ、先に逝くなっつってんでぃ」
「……やだ」
「なにぃっ!?」

こ、このあま……っ、おれがこんな健気に頼んでやってるっつーのになんてかわいくねーんだ!

「あのなぁ、じゃああかねはおれのこと置いてさっさと逝っちまうっていうのかよ!?」
「そうは言ってないけど、あたし一人が残されるなんて絶対嫌だもの」
「だからおれもそうだっつってんだろーが!」
「あんたは図々しくて神経図太いから大丈夫よ」
「よく言うぜ。おめーこそ、そのずん胴と同じで図太さには……わーっ!ごめんっ、今のはおれが悪かっ……ぐはぁっ!」

本日二度目の衝撃がおれの脳天を直撃する。

「ふんっ!あんたを想って、泣いて暮らすなんてまっぴらごめんよっ!」
「こっちだってなあ、言っとくけどおれを置いて逝くようなことがあればおめーの書いた日記をコピーしてばら撒いてやるからなっ!?」
「おあいにく様。日記は天国行く前にちゃんと処分していきますから」
「ほー。ってことは日記を書いてるってわけか」
「あ…っ」
「まあな、あかねの書いてることなんてたかが知れてるんだけどよ」
「……なによ、その目は」
「べっつにー。ただ、“今日は乱馬が笑ってくれた”、“今日も乱馬がカッコよかった”、“今日も乱馬が”……」
「あんたね。寝言は寝てる時だけにしときなさいよ?あんたのことなんて書いてないし、書いたとしても“優柔不断のナルシスト”くらいですから」
「そーかそーか、そんなにヤキモチを妬いてたのか」
「人の話を聞けっ!」


ああ、もうずりい。
こんな頭にくんのに、ギリギリとデカい目で睨み付けてくるあかねに、おれは最大限の情けで歩み寄る。


「……仕方ねえ。ここは一つ、譲歩してやる」
「譲歩って?」
「もしもあかねが将来ボケておれの事を忘れちまっても許してやる」
「ちょっと。なんであたしがボケる前提なのよ」
「しょうがねーじゃん。既にぼけーっとしてるんだからよ」
「あんたねえ。大体、乱馬みたいにハチャメチャなやつのことなんて、そう簡単に忘れられるわけないでしょ?」
「でもって おめーがしわくちゃの婆さんになっても、まあ、それも我慢してやる」
「なによ、自分だってしわくちゃのお爺さんになっちゃうくせに」
「あほ。おれは幾つになってもダンディーな男に決まってんだろーが」
「その頃には自慢のおさげも出来なくなってるかもね」
「なっ!?お、おめーは何てことを…っ!縁起でもねえこと言うんじゃねえっ!」
「そんなのわかんないじゃない。おじ様だって……その、ねえ?」
「なんだそりゃ。もしかして親父が禿げてるって言いてえのか?」
「そ、そうじゃないのっ!そうじゃなくて、」
「ほー。後で親父に言っとくぜ」
「バカバカ、やめて!冗談よっ!」
「あかねは冗談のつもりでも親父はどう思うかなぁ」
「ごめんってば!」

慌てふためくあかねがおれの手を掴んでくる。おれよりも一回り以上小せえ手の平。それに指を絡めて一つの貝のように繋げば、冷えた指先はたちまち熱を持ち始めた。
急にドクドクと鼓動が早鐘を打つが、それでも素知らぬ顔をして話を続ける。


「と、とにかくっ。ここまでおれ様が譲歩してやってんだ」
「だから?」
「だからおれより先に逝くことは許さねえ」
「なんでそんなことばっかり言うのよ。そしたら残されたあたしはどうでもいいって言うの?」
「別にそーゆーわけじゃねーけど、」
「そういう意味じゃないっ!なによ、乱馬ばっかり勝手なこと言っちゃって!」
「お、おい、」
「居なくなっちゃったショックを知ってるくせに、あたしにもそんな思いをさせて平気なんだ!」
「平気だとは言ってねーだろーが」
「だったらそんなこと言わないで、男らしく“おれの事は心配するな”くらい言ってよっ!」
「やだ」
「意地悪っ」
「なんとでも言え。言っとくけど今さら何言われたって――」


そこまで口にした時だった。
不意に透明の雫が床に落ちる。

それがあかねの涙だと認識するのに一瞬の間があった。



「あ、あかね!?おめー、何泣いて――」
「もう乱馬なんて知らないっ!」
「おい、知らねえってなんだよ、知らねえって」
「だ、だって……、あ、たしのこと、置いて先死んじゃう、なんて……っ、」
「だ、だから今すぐ死ぬわけじゃねーっつってんの!」
「…っ、……ふっ、」


あー、もうっ!

おれはチャイナ服の袖でグイッと頬を拭うと、そのまま自分の膝の上に抱きかかえる。



「あのなー。こんな仮定の話で泣いてんじゃねーよ」
「だっ…て、あ、あんたが、ムキに…なるから、」
「悪かったって。けどんな泣かれたらまるですぐおれが死んじまうみてーじゃねえか」
「死ぬわけ…っ、ないでしょっ、あんたみたいなお、お調子、者…っ」
「おめーなあ。こんな時くれー、もうちっとかわいいこと言えねーのか」



流石だよなぁ、一筋縄ではいかねえこの感じ。
振り回してるつもりがいつの間にか振り回され。
そう簡単にはおれの思い通りにならない鬼ごっこ。




「……なあ」
「なによ」
「おれ達、今日なんの話してたか覚えてるか?」
「なにって……」
「引き出物を決める話してたんだろーが」
「あ、」
「おめー、すっかり忘れてただろ?」
「そ、そんなことないわよっ。ただ、ちょっとうっかりしちゃっただけで」
「ほらな?やっぱボケやすいだろ?」
「いちいち失礼ねっ!」


でも、とあかねが付け加える。
半分顔を隠すみてーに、ことっともたれ掛かってくる形のいい頭。
頭から肩にかけてのなよやかな線は男のおれのものとは全く違い、細い身体の柔らかさを任せるその重みはまるで赤ん坊のようで。
いつになく頼りなげな腰を引き寄せれば、零れた本音のようにポツリあかねが呟く。


「……出来れば忘れたくないなあ」
「あかね?」
「だってどれもこれも大切な思い出だもん」


そう。
あの日、最悪な出会いをしてからの この二年間。


「……これからもっと増えんだろ」
「え?」
「その、だから、その……っ、」


「…そうだね」なんて。
さっきまで鼻の頭を真っ赤にしてたくせに、泣いたカラスがもう笑うとはこのことだ。



「単純なヤツ」
「あんたほどじゃないわよ」
「言っとくけどなー。忘れたくても忘れらんねーくれえ濃い人生が待ってんだからな?」
「そっちこそ。途中リタイアなんて許さないんだから」
「バーカ。そりゃこっちの台詞だっての」



多分。



「覚悟しとけよ?」




いや、絶対。




「乱馬のほうこそ!」





こいつと一緒だったら、色んな景色を見れる。



それは大きな夢から、地面に落ちてる石ころみてーに小っちぇえ出来事まで全部を照らす光。
山も谷も全てがフルコースみてーに、きっと腹いっぱい満たされてくんだ。




特別なことなんて要らない。
ただあかねが隣りで笑ってくれているだけで、おれの人生は上々で。






「……あのさ」
「なに?」
「その、こ、今晩、」
「……」
「あかねの部屋に行っても――」
「…………ダメ」


な……っ、



「なんで?」



ふつー、こんな時くれー流されて“うん”つってくれてもいいだろーがっ!




「だって……」
「だってなんだよ」


もじもじと交差する指の動きさえ、くすぐったくておれの衝動に火をつける。


「もう。そんな怒った顔しないでよ」
「怒ってねーよ」
「じゃあ拗ねてる」
「拗ねてねーよっ!」


うそ。
ホントは盛大に拗ねてるけど。




「だってね、今日だとその、」
「今日だと?」
「……お、お姉ちゃん達が聞き耳立ててそうでしょ?」
「……あ、」
「だから、その……、」






「……十九日の祝言まで待っててね」と。



耳の横で小さく呟かれたら、結局もう我慢するしかない。





おれは大きな溜め息をゆっくりと吐き出すただの息に変え、あかねの肩に顔を埋める。
触れたくて、触れらんなくて。そもそも自分の抑えきれねえ気持ちを自覚した途端に祝言を口にしたのがつい先日のことだったからそうなる暇さえなかったっつーのが正確なとこなんだけど、それにしても年頃の男女が常に家族の目に晒されている環境というのはかなりしんどい。


「……鬼」
「ごめんねってば」
「言っとくけどおめー、祝言挙げたら覚悟しとけよ!?」
「覚悟ってなんの?」
「ほー。具体的に言って欲しいのか?」
「え、や、やだ、ちょっと、」


これはさっきの仕返しだ。
あかねの肩を押し返し、わざとじっくり顔を覗き込んでやる。と、みるみるうちに頬を染め、その様はまるで色付いた林檎のようだ。


「いやー、祝言挙げたら毎日楽しみだよなぁ」
「なっ、何言って……!」
「あかねがおれのために頑張って尽くして」
「きゃーっ!ちょっと待って!な、?何を尽くすって、」
「だから、」
「やだ、ちょ、ちょっと何――」


赤く染まった額をピンと指で弾く。


「料理に裁縫。あかねの不器用をビシバシ鍛えてやるから覚悟しとけっつってんの」
「な…っ!」
「ん?なんかおめー、変な想像しただろ?」
「あ、あ、あんたって人は……っ」
「スケベ」
「あっ!あたしのどこが、ス、スケベってっ!」
「バカっ、声がでけーっつーの!」
「ふぁ、ふぁって……っ!」




あーあ。
こいつがおれの前で色っぽい顔を見せることなんてはたしてあるんだろうか?
まさか、来たるべく時まで喧嘩しながら……なんてことはねーだろうな。
いや、それもあかねとだったらあり得る気がする。
………………大丈夫なんだろうか。おれ、ちゃんと最後まで出来るんだろうか?



「なにが“出来るんだろうか”なの?」
「へ?」
「今、ブツブツ言ってたじゃない。大丈夫かとか、最後までどうとか」
「えっ、お、おれ、んなこと言ってたか!?」
「うん」
「う、嘘だっ!こここここれはその、な、なんでもねーっつーか、えと、」
「……あやしい」
「あっ、あやしくねえ!全然っ!ちっともあやしくねえっ!」
「って充分あやしいわよ」


あ、ほらまたそーやって。
じっと見つめてきたかと思えば、ころころと笑い出す。
……取りあえず、限界。





「あかね」
「なに?」



ゆっくりとあかねの顔におれの顔を近付ければ、前髪の上に一段濃く影が落ちて。
あと十センチ、
五センチ、

三、

二、

一……、




そして唇の先が触れるか触れないかの距離まで縮まった時、戒めるみてーに肩をトントンと叩かれた。





「ここ…………居間、だから」
「……あー」
「、……あの、乱馬」
「…なあ」
「なに?」
「やっぱ今日、あかねの部屋行っちゃダメ?」
「…………………………ダメ」
「だ――っ!な、なんでだよっ!?」
「だって、」
「絶対変なことしねーから」
「…………ダメ」
「なんでっ」
「顔」
「え?」
「顔がやらしい」
「そっ、それは、しょうがねーだろっ!?お、おれだってその、い、一応は健全な男なんだからっ」





くそっ。
こーなったらテコでも“うん”と首を縦に振らねーのがあかねなわけで。
凄まじい勢いで膨らんだ欲望の塊は、空気の抜けた風船のようにシュルシュルと萎んでいく。
なんでぃ。どうせ近いうち、おれのもんになるくせに。
そんな邪な感情が腹の底に湧いてきた途端、思い出すのは先週のあの行為……。
そーいやこの前、おそるおそる舌を入れた時は気持ち良かったよなあ。薄っすらと上気する頬がまた色っぽくて、少し苦し気に吐き出す息すら熱く湿ってて…………ってまずい。んなことを考えてたらいよいよ我慢なんか出来なくなってきちまいそうだ。
これ以上くっついていることすら苦しくなって、抱きしめていた腕の力をそっと緩める。



「ねえ」
「…なんだよ」
「怒っちゃった?」
「怒ってねーよ」



がっかりしてはいるけど。
けど無理強いするつもりはねーんだ。
だけどどうにも尖りそうになる唇くらいは許して欲しい。
すると何を思ったのか、少しおどけたあかねがとんでもねーことを口にする。



「乱馬って意外と我慢強いわよね」
「が……っ!?ま、まあな、おれは紳士だからな、」



何だよそれ。もしかして敬遠してるつもりか!?
別に紳士なんかじゃなくていい。
何だったらケダモノと呼ばれようが構わねーんだけど、ただ嫌われんのが怖いだけで。





「まあ、優柔不断とも言うんだけど」
「おまえな……。そーゆーこと言ってるとホントに無理矢理するぞ!?」





だけど大事だから。






「あはは。冗談よ、冗談」
「へっ。ホント色気のねーヤツ」





こーして小鼻がピクピクするほど我慢に我慢を重ねてカッコつけてんのも。
ただ、傷付けたくねーだけで。







「あと二週間かぁ」
「なんだよ。今さら怖気付いたとか言うんじゃねーだろうな」
「そんなこと言わないわよ、バカ」



んな はにかんだ顔でバカって言うんじゃねえ、バカ。





「楽しみだね」
「え?」
「祝言」
「え?あ、しゅ、祝言な、おうっ、」
「……あんた、絶対違う事考えてたでしょ」
「べっ、別におれはそんな、祝言の後のこととかそんなこと、ちっとも考えてねーぞっ!?」
「バカ」
「…あ、」






クスクス笑って宥められる。
あー、やっぱ特別なことなんかなくてもあかねとこーしてるだけで楽しーなんて、おれはもしかしたらかなりお安い男なのかもしんねえな。
だけどせめて最後くらいはカッコつけたくて、本心を冗談に隠すようにいつもの顔を作ってみせる。



「言っとくけどおめー、腹出して寝んなよ」
「なによ急に」
「祝言までに風邪引かれると困る」
「言われなくてもちゃんとお布団かぶって寝てるもの」
「いや、どーかなー。おめーの寝相の悪さは――」
「もうっ!どうしてあんたってそう一言多いのよっ」
「なんでい、せっかく人が心配してやってんのに」
「はいはい」
「風邪引くなよ」
「はーい」
「歯ぁ磨けよ」
「どこのコントよ」
「いーから。ちゃんと布団かぶって寝ろよ」
「わかってるってば」
「あと、」
「あと?」
「おれより長生きしろよ」
「……」
「返事」
「……一応、覚えとく」




「もう、」と小さく聞こえたと思ったら次の瞬間、おれの両肩にあかねの手の平が添えられる。
ぐっと食い込むような指の感触。
“え”の口の形そのままのそこに、ふわりと触れる柔らかな弾力。
そして身体から、人ひとり分の体重がなくなった。





「……へへっ。おやすみなさい」


嬉しそうに微笑みながら、それでも恥ずかしそうに頬を染める。
その短い後ろ髪を見送りながら、ポカンと呆けるおれの顔は酷くマヌケに違いない。

い、今のって……。
今のって、あかねからってことだよな?そーだよな?


おれは誰もいなくなった居間で一人口元を押さえて放心状態。


うわ……、なんだこれ。
あと二週間後には祝言を挙げるっつーのにこんなことで喜んでるなんざ、きっと周りの奴らが知ったら笑われるに決まってるだろう。
けど。
それでもふわふわと舞い上がる気持ちは、まるで背中に羽が生えたみてーだ。






「あー……、勘弁してくれ」




今まで知らなかった自分の一面。
その感情の蓋をいともたやすく外し、何食わぬ顔でペロリと舌を出すのは 一筋縄ではいかないじゃじゃ馬で。

じわじわと込み上げてくる喜びに、不覚にも呼吸が苦しくなる。
キュウッと胸の奥が痛くなって、苦しくて。
この幸せな苦しさはクセになるし、これからもずっとこんな思いをしていくのだろう。




「……やっぱ長生きしねーとなぁ」


そう。
いくつになっても隣にいる存在に、この先 一生、悪い虫など付かないように。


“ 鬼さん、こちら。手の鳴るほうに ”


いつまでもおれを導く、その手を追いかけていられるように。






< END >

二人の初夜【ハジメテの早乙女さん】シリーズに続きます。



♪ カタオモイ / Aimer




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comment (2) @ 高校生編 イベント編

   
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2017/08/06 Sun 01:15:33
Re: あああ✨ : koh @-
2017/08/06 Sun 01:15:33 コメント主様

こんばんは。
ちょっと大人になるとこんな喧嘩って恥ずかしくて出来ない気がするのですが、そこは一度あかねちゃんを失いかけた乱馬ということで。
最初は何気ない一言のつもりでも意外とムキになるんじゃないのかな?と思ってのお話でした。
ましてや、あかねちゃんが命を落としかけたのは他でもない自分のためですものね。
乱馬の中であかねちゃんが生きていることの意味って、きっと並々ならぬ思いがあるんのでは?
そう思っています。
そして初夜編は会話形式の1000文字くらいでさらっと終わらせようと思っていたのに……。
まさかの続編として書き始めてしまいました。
ああ~、ピ、ピンクが……っ!
が、頑張りますっ!
2017/08/07 Mon 00:41:20 URL

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