不意打ち 

2016/05/26


それは余りにも突然のことだった。
いつものようにお昼休み、壁を壊しながらシャンプーが愛妻弁当ならぬ愛情弁当を強引に乱馬へと押し付ける。
「ニーハオ乱馬!新作の肉まん食べるよろし」
「おまぃなあ!」
いちいち校舎を破壊せにゃ入ってこれんのか!?と乱馬が説教する。
いや、ツッコむところはそこじゃないでしょ?
あたしは小さなため息をそっとつく。

いつもだったら全く乱馬の言うことになんか耳を貸さないシャンプー。
でも今日は何だか少し様子が違う。
「学校を破壊するな」だの「毎日毎日会いに来んな」だの、にべもない乱馬を前に急に黙り込んでしまった。
下を向いたまま、両手で顔を覆って俯いている。
「お、おい。シャンプー?」
滅多にない彼女のそんな様子に気後れしたのか、乱馬がシャンプーに一歩歩み寄る。
「どうした?いつもだったら…」
シャンプーの顔を覗き込む様に口を開いた瞬間


チュッ


シャンプーの愛らしい唇が乱馬に向けられた。
「なっ!なっ!なにして…っ!!」
突然のことに顔を真っ赤にしてオロオロする乱馬。
そんな乱馬の様子などお構いなしに、まるで祭りの如く大騒ぎとなる教室内。

「うぉぉぉおお!!乱馬とシャンプーちゃんがキスしたぞー!!」
「乱馬!貴様、教室でなんちゅうことしとるんじゃ!!」
「ま、待て!誤解だ!!」

違うっ、違うっ、と必死で言い訳をする乱馬を横目に
「既成事実をつくたある。乱馬とのキス、久々あるな~」
うっとり嬉しそうに頬を染めるシャンプー。
「ばっばかっ!なにを言っとる!!大体、触れてねぇじゃねぇか!!」
今のは唇が触れる直前だったとか、そもそも俺はシャンプーとキスなんかしてねぇとか、あたしの顔をちらちら見ながらごにょごにょとご託を並べている。

「細かいことは気にしないね。あんな近くで寄り添った二人の唇はキスしたも同じある」
「だからキスなんてしてねぇっつーの!未遂だ、未遂っ!!」
あっけらかんと笑うシャンプーに往生際の悪い乱馬。


…何よ、これ。まるで恋人同士の痴話喧嘩じゃない。
ゆらりと立ち込めるあたしの黒いオーラに気付いた乱馬が、両手をぶんぶん振りながら尚も言い訳を重ねる。
「あ、あのな、誤解すんなよ?お、おれは別にキスなんて…」
「別にあんたが誰といちゃつこうが構わないわよ?ただし…」


時と場所を選ばんか―――い!!!


にっこりとほほ笑んで。
その0.1秒後、あたしの拳が炸裂した。








うちに帰ったあたしは自分の部屋で机に向かってる。

(はぁぁ……宿題が全然はかどらないわ……)

結局あの後、乱馬は午後の授業に戻って来ることはなかった。
クラスのみんなも
「おー。今日は一段と遠くまで乱馬がとんでいくなぁ」
なんて言っていたから、もしかしたら戻るのが困難だったのかもしれない。

「結局、乱馬はシャンプーちゃんとキスしたのか?」
「さあなぁ。にしてもなぜ乱馬ばかりがモテるんだ。くっそー、羨ましいぜ」
男子達が口々に好き勝手なことをいいながら、二人の事の成り行きを振り返っている。
あたしはそんな声についつい耳を大きくしながら、気が付くと授業の予鈴が鳴っていた。




………なによ。乱馬のばかっ。
あんな簡単に他の女の子。ましてやシャンプーなんかとキスなんかしちゃって!
真っ赤な顔の乱馬と、うっとり嬉しそうなシャンプーの顔が思い出される。

なによ。なによ。なによ。なによ。
一体何回シャンプーにキスされたら気が済むのよ!?
し、しかも人の目の前で!!

一応、許嫁同士であるあたし達よりもずっと過剰なスキンシップを繰り返す可愛いシャンプー。
どんなに頭に来ても、結局あたしにはどうすることも出来ない。
なぜなら、シャンプーの好意をどうするのかは乱馬が決めることなのだから。

(ああ、もうイライラするっ!)

その原因はわかっているけれど、敢えて気付かないふり。
ちっとも進まない目の前の教科書を諦めて閉じ、あたしは机に突っ伏した。


…昼間の、あれ。
結局、キス…したの?しなかったの?
あたしの方からはよく見えなかった。
そもそも、仮に見える角度でも見たくはないけど。
乱馬があんなに必死になって弁解をしているところを見るとそれを信じたい気持ちもするし、でもシャンプーのあの嬉しそうな顔を思い出すと唇が触れる、触れないなんてどうでもいいことのようにも思える。

(大体、隙が多すぎるのよ)

悔しいけれど乱馬はモテる。
本人に自覚はなくても、その中途半端に振る舞われる優しさと屈託のない笑顔で、三人娘はおろか実は学校内でも密かに女子達が乱馬を見つめていることは知っている。
いいかげんで優柔不断。
ナルシスト。
口を開けば憎らしいことばかり言うあたしの許嫁。





「はぁ……」

何度目になるか分からないため息をついたあたしの頭の上に、不意に大きな影が落ちた。

「なに、ため息なんかついてんだよ?」

目の前に居たのは。
人の部屋の窓から我が物顔で入ってこようとする乱馬の姿だった。



「あのな?あかね。悩んだっておめぇの寸胴と凶暴は今に始まったことじゃないだろ?」

うんうんと頷きながら、もっともそうに腕を組んでいる。

「誰が寸胴と凶暴で悩んでんのよっ!」

あたしは窓枠に手を掛けた乱馬にパンチを繰り出す。
…が、ギリギリのところでひょいっと避けられてしまった。悔しい!

「っと、あぶねぇあぶねぇ。おまぃなぁ、ちっとは手加減しやがれ!」

ったく昼間もあんなところまで飛ばしやがって…とかなんとか言いながら、ブツブツと机の上に足を置く。

「ちょ、ちょっと待って!なんでここから入ってくるのよ!?」

「別に。たまたま屋根から屋根へと帰ってきたから」

「玄関から入ればいいでしょ!?」

「別にどっちでもいいじゃねぇか」

「よくないっ!」

いつもだったら「もう、一応女の子の部屋なんですからねー」なんて言いながら入れてあげるのだけど、今日はそれすらも癪で。
もっと言うと乱馬の顔を見たくなくて。
ぐいぐいと乱馬の体を外に押しやりながら、可愛くない態度をとる。

「んだよ。せっかく来てやったのに…」

ぼそりと乱馬が呟いた。…が、あたしはそれに気が付かない。
部屋の窓枠のところで繰り広げられる乱馬とあたしの攻防。
端から見ると、なんだかとてもシュールな光景だ。





不意に乱馬が口を開く。

「…あのよー。昼間のことだけど」

「昼間のことって?」

敢えて何も覚えてませんと言うようにツンっと答える。

「だ、だからっ!その、シャンプーとの……」

腰を浮かしながらしゃがみ込んだ膝の前で、所在なさそうに指を遊ばせる乱馬の姿。

「ああ、シャンプーとのキス?」

「だーッ!キ、キスなんかじゃねぇッ!!」

「どっちでもいいわよ、別に。で、久々のシャンプーとのキスは嬉しかった?」

「おめーは全く人の話を聞いてねぇな…」




はあぁ……。

フンッ!と鼻息を荒くして素直じゃない態度をとるあたしに、乱馬が大きなため息をつく。

「あのなぁ。もうちっと可愛く妬かないとヤキモチも可愛くねぇぞ?」

「だ、誰がヤキモチなんてっ!!」

「んじゃあ、なんでおめーがそんな怒ってんだよ。別におれのことだし、関係ねぇだろ?」


関係ない…。
乱馬のその言葉に、あたしの胸がズキリと痛む。
それを悟られないように、あたしはさっと下を俯くと「…そうね」と力なく答えた。
乱馬にとって、あたしは関係ない。
恋人でもない、ただ形式上の許嫁。






「……大体よ。昼間のあれは本当にキスなんてしてねぇんだ」

急に大人しくなってしまったあたしの様子に、乱馬が弁解を試みる。

「なんつーか、不意打ちで驚いたけど…でも、ちゃんと寸でのところで避けたから」

だからキスじゃねぇだろ?と。

「…でも。シャンプーは嬉しそうだったわね」

「っつーか、シャンプーが今までまともにおれの話を聞いたことがあるか?」

「……」


でも。
過去にシャンプーと乱馬がキスした事実は変わらないじゃない。
ううん、それどころか一緒に裸でお風呂に入っていたり、いくら変身体質同士とは言えあたしには我慢できないことが沢山ある。

でもそれを口に出せるほど、あたし達の関係はそういったものではない。
恋人でもなく、ただ、親が決めただけの許嫁。
乱馬の中では、シャンプーとのキスは記憶に残っているのに、猫化した時のあたしとのキスは覚えていないのが、なんだか自分達の関係性を表しているようでひどく悲しかった。




「あのな、聞いてる?あかね」

目の前で色々言い訳を並べている乱馬の言葉は殆どあたしの耳に入っていなかった。
何となく乱馬の顔を見れないまま

「…あたし。宿題の続きやらなくちゃ…」

そう言って目の前の教科書に手を伸ばす。



と。
一瞬、乱馬が窓枠から足を踏み外した。

「あ…っ」
「きゃぁっ!!」

スローモーションのように乱馬が頭から後ろに落下していく…そう思って咄嗟に顔を上げ、手を差し伸べた瞬間。




チュッ


唇に柔らかい感触が走った。





「なんちって」

そう言って、「だまされてやんの」などと言いながら乱馬があたしの部屋に入ってくる。

「…い、今のって……」

「ったくよー。もっとすんなり入れてくれてもいいじゃねぇか」

「じゃ、じゃなくてっ!」

「…あんだよ」

乱馬。
今、あたしに

「………キス、した…?」

静かなあたしの部屋に自分の声だけがコダマしたような気がした。
乱馬は何も言わない。
あたしは自分の唇にそっと指を当ててみる。
多分……きっと……。


「………」

「………」

ギシ…ッと二人の間にぎこちない空間がただよう。





その沈黙を破ったのは乱馬だった。

「…………不意打ちってさ。避けようと思っても…避けらんねぇだろ?」

「……」

「でもおれは。…シャンプーなんかと、その……そーゆーこと、する気になれねぇから…だから、ギリギリでもかわしたらそれはキスじゃねぇと思ってる」

「……………………じゃあ最初のは?」

「え?」

「最初にシャンプーとキスしたのは……あれはキスの認識でいいんだ?」

あたし、我ながら可愛くないことを言ってる。

「ばっ!あ、あれは…っ!あ、あれこそ不意打ちっつーか、そもそもあんなことしてくるなんて思ってもなかったし…!」

「…乱馬って。キスを軽く考えすぎ。そんなんだから…」

「そんなんだから?」

「……」

そんなんだから、あたしにしたキスだって簡単に忘れちゃうのよ。
いくら乱馬が猫になっていたからとは言え、すっかりなかったことにされているキス。
あたしは可哀想な自身のファーストキスを思い出し、じわっと涙が出てくるのをぐっと堪える。
下を向いていると涙がこぼれてしまう。
だからあたしは乱馬に背を向けながら、やれやれと伸びをするポーズをとって上を見上げる。

「……確かにおれは、自分でも不本意な、その…そういうこともあったけど…」

「……」

「…でも。おれの意思でしたキスだけ……キスとしてのカウントでいいんじゃねぇか?」

「え?お、おれの意思でって……」

「だ、だからっ!!い、今みたいに…っ!」

……振り向かなくてもわかる。
きっと今、乱馬もあたしも真っ赤な顔をしている。
あたしはどうしていいか分からず、ただ瞳の中の涙がこぼれないようにすることにだけ集中して上を向いたままだ。



「……なぁ」

「……なに?」

「こっち向いて」

「…やだ」

「なんで」

「なんでも」

これ以上。
これ以上喋ったらあたし…。





みし…と床を踏みしめる音。
それを耳が認識したと思った瞬間、乱馬があたしの腕をとって身体を反転させた。

ぽろり…と。
こらえていた涙が一筋こぼれる

「…なに、泣いてんだよ?」

「…わかんない」

「………そんなに嫌だった?おれと、その…」

「……」

「………ス、すんの…」

あたしは無言で首を横に振る。
その度にぽろぽろと涙が流れる。
乱馬の大きな手が、すっとその雫を指の腹で拭う。

「…泣くなよ」

「……」

「あかねに泣かれるとおれ…どうしたらいいか、わかんねぇ…」


そう言って。
困った様に呟いた後、今度はゆっくりと乱馬の唇があたしの唇に降りてきた。
一瞬触れるだけの、優しいキス。
抱きしめ合うわけでもなく、じっとした静かな時間が流れる。


「……い、今のは…」

「…うん」

「乱馬とキス、した…って…思っていいの…?」

「…これがキスじゃなかったら何がキスだって言うんだよ」

ボソリと答える。
自分からキスしてきたくせに、ほんと素直じゃない。
お互い、拗ねたような表情で目を合わせ、徐々に我慢できなくなったみたいにプッと噴き出す。




「あかね、ひで―顔」

「なによ。そんな赤い顔した乱馬に言われたくないわよ」

「相変わらず可愛くねぇ」

「可愛くなくて結構です」

「頑固」

「いい加減男」

「意地っ張り」

「ナルシスト」

でも、そんな可愛くなくて頑固で意地っ張りなあたしを好きなのが乱馬で。
いいかげんでナルシストな乱馬を好きなのはあたし。



先程までのしおらしい態度はどこへやら、乱馬は「不意打ちのキスを避けられる俺ってすごいだろ?」と的外れに威張っている。

「大体ねー。そもそも普通は不意打ちのキスなんてされないわよ?」

あたしが呆れたように言う。

「じゃああかねも普通じゃねぇんだな?」

「?どうしてよ?」

「おめぇだってさっき、おれに……さ、されてたじゃねぇかっ!」

カァっと顔を赤らめながら、乱馬が早口で言い放つ。
あ…確かに。

「そ、そう言えば、なに勝手にヒトにキスしてんのよ!?」

思わず照れ隠しで乱馬を責める。

「か、勝手にって…。じゃぁ、これからは「キスします」って許可とりゃぁいいのか?」

「そうよっ」

「え…」

「あ…っ」

売り言葉に買い言葉。
お互いの顔からは今にも湯気が立ちそうだ。





「あ、あの…」

両手の指先でくるくる円を描きながら、乱馬が口を開く。

「そ、それじゃぁ…い、いいかな…?」

「…………だめ」

「へっ!?」

おそらく快い返事を予想していた乱馬が間の抜けた声をあげる。

「お、お、おめぇ、よくもこんな時にそんな返事できるな…っ!」

わなわなと震えながら、やれ鬼だ、可愛くねぇだの口走る。

「あんたねぇ…」

そりゃ可愛くないのはそう簡単には直らないわよ。
でもね、もっと大切な話があるんだから。



すぅ…っと大きく息を吸う。

「…今度他の女の子に不意打ちのキスなんかされたら許さないんだから」

「だ、だからんなもん、しねぇって…っ」

「このキス…だって……忘れたら承知しないんだから」

「…あかね…」

「ちゃんと約束…してくれる?」

「あ…」

言葉の代わりに乱馬がうんうんと大きく頷く。
その様子が妙におかしくて、あたしはもう怒った顔を作ることが出来ない。

「じゃあ…」

「じゃあ?」

「乱馬が態度で示してくれたら…そのうち考えようかな」

そう言ってへへっと笑うと。

「おれはいつでも態度で示してんだろうがっ」

…全く往生際が悪いんだから。




「あのねぇ。あんたもう一度自分の生活態度、改めたほうがいいわよ?」

「るせぇ!」

「あ、そういうこと言うんだ。せっかく宿題、一緒に手伝ってあげようかと思ったのに」

「え…ホ、ホント?」

「…どうする?」

「やるやる!」

「じゃあ乱馬のおごりでアイスね。あたし、いちごとチョコの新発売のやつ」

「…んだよ。どおりで話がうまいと思ったんでぃ!」

「あたしは別にどっちでもいいわよ?」

あたしが悪戯っぽく乱馬の顔を覗き込むと。

「~~~卑怯なやつっ!」

そう言って。
窓からコンビニへとしゅたしゅたと掛けて行ってしまった。




あたしのファーストキスは不意打ち。
セカンドキスもやっぱり不意打ち。
でも。
今度は二人の距離がぐっと近くなったような気がした。





< END >






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