あまえんぼ 

2017/10/07
拍手にも続くので、併せてどうぞ……。



【 あまえんぼ 】



「ねえ、この新しく出来たアミューズメントパークってちょっと気にならない?」
「うんうん、アミューズメントパークな。確かでかいベッドがある場所だろ?」
「バカ。体験型科学美術館よ」
「……おー」
「なに、その気の無い返事は」
「いや。おれ、科学とか物理とか聞くと頭痛がするアレルギーみてーで」
「何言ってんの。そんなことより今度行ってみようよ」

 平日の夜ならそんなに目立たないかもと誘えば、仕方ねーなぁと渋々了承する。

「んじゃ、そこ行った帰りに寄ってこ―ぜ」
「どこに?」
「決まってんだろ? もう一つのアミューズメントパーク」
「……やだ」
「なんで」
「だってそんな約束したら そっちがメインになりそうだもん」
「そっちがメインってあかね、おめーそんな期待して――」
「それはあんたでしょうがっ!」

 もうっと抓れば大袈裟に痛がる素振りを見せる服装は、まだ夏物のTシャツで。

「ね、それよりここ! 行列の出来るケーキ屋さんだって」
「げぇ……たかがケーキ食うのに並ぶのかよ」
「でもすっごい美味しいらしいわよ。この前テレビでも取材されてたもの」
「あー……取材とかそーゆー言葉、今は聞きたくねえ」
「相変わらず忙しそうねぇ」
「夏だからなー。これから冬にかけて本格的にシーズンも始まるしよ」
「……やっぱりお出掛けはちょっと無理そうね」
「バーカ。そんくれー、なんとかなんだろ?」
「そうかしら?」

 ──こんな会話を交わしたのはいつだったか。
 結局、雑誌に載っていた期間限定のアミューズメントパークは終わってしまったし、話題のケーキ屋さんだって当然のことながら行けたはずもない。おまけに大きなベッド……かどうかはさておき、乱馬が目をキラキラさせて話していたある種アミューズメント施設にもお泊りすることはなくって。
 つまり、最近の乱馬はそのくらい多忙を極めていた。



(あ……帰って来た……)
 
 現在、あたしと乱馬しか住んでいない天道家の二階はひっそりと静まり返っている。もちろん、階下にはお父さんもおじ様もおば様も住んでいるけれど、この時間ではとっくに夢の中だろう。
 暗闇の中、なかなか開こうとしない瞼をなんとか抉じ開けて時計を見ると、次第にぼんやり 長い針と短い針に焦点が合っていく。
(二時……? ううん、もうすぐ二時半か……)
 思えば朝だってあたしよりも早く家を出た乱馬。やれ雑誌のインタビューだ、やれチャリティーだのの合間に 何があっても稽古を欠かせないのが格闘家の宿命で。
 一度、辛辣なまでに試合内容を誌面で叩かれた時には、この世の怒りと悲しみを全て受け留めたような顔でグッと唇を噛み、まるで自分自身を痛めつけるかのように道場に籠っていたっけ。
 そんな時、あたしは何も言えない。
 慰められたいわけじゃないのだろう。
 ましてや、同情されたいわけでもない。
 その場凌ぎで甘やかすことは簡単だ。けれどそれでやっていける程、甘くはないのがこの世界で。
 だからこそ、あたしは何も知らない顔して普通に過ごす。ただ それだけだ。
 何が正解かはわからない。
 時々何か言いたげに面白くないような顔をしたかと思えば、変わらないあたしの態度にホッとしたような表情も見せる。その微妙な変化を感じつつ、やっぱり普通に過ごすこと。
 それがあたしに出来る、おかえりの場所の作り方だった。
 
 いつもならば一度寝てしまえば朝まで決して起きることがないほど、熟睡型のあたし。が、今日に限って不思議と目が覚めてしまったのは、どうやらあたしも限界が近付いてきていた証拠だろう。枕から頭を離すようにじっと耳を澄ませば、控えめながら、それでも床を軋ませて洗面所の扉を開ける音が聞こえてくる。
 おそらくこれからシャワーを浴びようといったところか。
(そういえば お風呂のお湯はまだはってたかしら? 寒くなってきたし、ちゃんと肩まで浸かって疲れを取らないと……)
 微かに聞こえる意識を傾けながら、それにしても疲れの溜まる木曜日の身体は正直で。薄いベールが膜を張るような睡魔に誘われると、あたしは再びうつらうつらと舟を漕ぎ始めた。
 
 
 それからどのくらい経ったのだろう。
 不意にベッドの端がギシリと沈み、ほかほかに温まった体温があたしの身体を包み込む。

「乱馬……?」

 それに対する返事はない。
 ただこの部屋にやって来るのが精一杯というように人のベッドに潜り込むと、遠慮なしに後ろから抱え込んで腕を回す、その手はお腹の下にしっかりと交差されている。
 こういった事はなにも初めてではないが、ここ暫くなかった事態に不覚にも早くなる鼓動。が、そんなことは知ったこっちゃないというように、太い腕はバッテンの形を描いたままビクともしない。
 
「乱馬」
「……」
「乱馬ってば」
「…………なに」
「ねえ、ちゃんとお布団かぶらないと風邪引くわよ」
「んー……」

 ほとんど無意識のように返ってくる短い声。おそらく乱馬の背中は掛け布団が掛かっていないままだろう。しかし、それでも絡めた腕を離すことなく、あろうことか片方の足でがっしりと固定されているものだから、あたしは壁に面して横向きのまま身動きを取ることもままならない。
 
「乱馬。聞いてる?」
「…………ーキ」
「なに? ケーキ食べたいの?」
「……ん」

 首の後ろに顔を埋めるようにしたそこから、ふわりと息が耳朶に当たる。まだ湿り気すら感じる身体からはいつもよりも濃い石鹸の香りがし、濡れたままで乾かしてもいない髪の毛は朝になったら大変なことになっているだろう。
 
 「乱馬?」
 
 その問い掛けに返事はなく、聞こえてくるのは すやすやと規則正しい寝息だけ。
 どうやらよっぽど疲れていたらしい。
 チャランポランでいい加減そうに見えて、だけど外では弱さを見せられないのもまた事実で。ましてや猫が苦手なんて世間に知れたら何をされるかわかったもんじゃないと妙な意地まで張っているのだから、真剣な中にもどこか笑いが込み上げてきてしまうのは乱馬ならではなのかもしれない。
 ほら、今もこんな風に身体を擦り付け甘えてくるくせに。
 まるで自分の匂いを移すようにすりすりと身を寄せてくる様はさながら猫のようだけれど、本人は頑としてそれを認めようとはしないのだから同族嫌悪とはよく言ったものだ。
 
「……あまえんぼ」

 本当は抱きしめてキスの一つでもしたいのに、これじゃあ顔も見れやしない。
 髪を撫でて、キスをして、全身をハグするように抱きしめて。
 してあげたいことのどれ一つも叶わないどころか、弛緩しきった腕と足の重みが容赦なくあたしの身体に圧し掛かる。
 けれど。
 
「これも惚れた弱みなのかしら……」

 きっと今、乱馬はあり得ないほど無防備な顔をして眠っているのだろう。
 なんだったらそのうち、あたしの肩に涎を垂らされるのも時間の問題かもしれない。それでも。
 この安らかな時間の一時を与えられているのが自分なのだと思うと堪らなく幸せな気持ちが込み上げてきて、笑いそうになる声をくっと噛み殺してはお腹に回された腕を取り、その手の甲にそっと口を付ける。
 
「おやすみなさい」

 甘えているのか、それとも甘やかされているのだろうか。
 心地よい体温を寄せ合いながら、温かな腕の中であたしはゆっくりと瞼を閉じる。
 この腕の重みも、温もりも、今は全部あたしだけの独り占め。
 明日は仕事帰りにケーキでも買って来て、二人で夜中の甘い背徳を犯すのも悪くないかもしれない。

 おかえりなさい。
 お疲れ様。

 今日もそう言えることに柔らかな幸せを感じると。
 あたしもまた、緩やかな眠りの坂を下っていった。
 
 
 
 
 < END >




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comment (14) @ 社会人編 短編・前後編

   
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2017/10/07 Sat 06:58:47
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2017/10/07 Sat 09:45:23
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2017/10/07 Sat 12:43:45
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2017/10/07 Sat 23:04:26
Re: ほっこり(*^▽^*)ポカポカ : koh @-
m~コメント主様

こんばんは。
お返事が遅くなってしまってすみません💦。
最近少し私も周りもバタバタとしていたので、そんな時こそ自分が欲しい癒しをそのまま二人に当てはめちゃいました。
ただそこに居て触れるだけで充電できるって幸せですよね♡
それは何も夫婦や恋人だけに限らず、子どもでも可愛いペットでも同じで。
でもきっと今の乱馬にとってはあかねちゃんが、あかねちゃんにとっても乱馬が一番の癒しであり心のガソリンなんだろうなと(*^^*)。
お話を書いている時っていつも殆ど無意識みたいな状態なので勝手に手が動くのに、どうしてコメントだと上手く伝えられないんでしょう(恥)。きっとこれは自分の素の言葉だからかもしれません。
でも充電できたと言って下さって、私もとても嬉しく三連休を過ごすことが出来ました////
ありがとうございました✨✨
2017/10/10 Tue 23:36:33 URL
Re: あぁ✨ : koh @-
ひ~コメント主様

こんばんは。お返事が遅くなってしまってすみません💦。
疲れた時はなんとなく温かいお話が恋しくて。
ベッドの中で半分眠りに落ちたような意識でも楽しんでいただけるといいな。そんな風に思いながら浮かんだお話になります。
特に何をするわけじゃなくても、ただそこに居れば幸せってすごくいいですよね。
色んな事を乗り越えてきた二人だからこそ、たまには何もないこんな朝を迎えていることと思います(´艸`*)。
秋って忙しいのにどんどん日が暮れるのが早くなってちょっともの悲しくって。
そんな時、このお話でふっと温かさを感じていただけたら嬉しいです////
2017/10/10 Tue 23:45:46 URL
Re: 好きだわーーーーー : koh @-
や~コメント主様

こんばんは。
お返事が遅くなってしまってすみません💦。
この時期ってなんだか忙しさに追われて身体がクタクタですよね(>_<)。
それでいて外が暗くなるのは早いわ、夜は寒くて寂しさを感じるわで。
私はその時の感情がわりとストレートに作品に出る方なのですが(←特に短編~短いシリーズ)、今回はまさに「癒されたい願望」が手を動かした作品でした。
どうしようもなく疲れて半落ちのままベッドに入った時、安心して読めるお話が恋しくて。
コメント主様にも元気が出たと言っていただき、とても嬉しかったです。
ありがとうございました✨✨
2017/10/10 Tue 23:55:11 URL
Re: 乱馬め!(笑) : koh @-
ゆ~コメント主様

こんばんは。
ほんと、「乱馬め!」ですよね笑。
甘くもあり、ほんの少しだけ切なくて、でもやっぱりいつまでも学生時代のようにはいかなくて。
色々な時間を共に過ごしてきたからこそ、こんななんでもない時間の大切さが身に沁みるのかななんて思います。
学生時代ってイベントだったり勢いだったりそんな感じでウキウキしていたことも、時間と共に変わっていくというか。
昔 父に「喧嘩をしているうちは若い証拠」と諭され、いつか何も言わずただ傍に居るだけで幸せだと感じる相手を見つけるようにと言われたものです(^^;。
未来の為に少しの我慢とたゆまぬ努力と。だからこの二人が愛おしくてあれこれ想像してしまうのかもしれません✨✨
2017/10/11 Wed 00:00:35 URL
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2017/10/11 Wed 01:00:10
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2017/10/11 Wed 23:14:14
大好き : 憂すけ @-
あたしやっぱ、kohさんのこういうお話って好きだわー。何だろう。幸せなのに切なくなるの。うまく表現できないけど、「思いやり」に胸がジワる。自分が、多忙な彼の拠り所。これってあかねちんにとっても、凄く幸せを実感できますよね・・・!
・・・あとケーキ。忘れて無かったんだね。
一緒に行きたかったんだね。
きっと、ずっと、こんな風にいつも何処かであかねちんを気にかけている(しかも無意識)乱馬があたし、とても好きです!!
(あとケーキも好き♡)(*^^)v
2017/10/13 Fri 08:20:35 URL
Re: タイトルなし : koh @-
y~コメント主様

こんばんは。
きゃー、まさかまさかのコメント3回目!
ごめんなさい~💦💦
送信ボタンを押して「あれ?送れてないかな?」と2度押してしまうとエラーにはなりやすいみたいです。
あとは電波状況が微妙だと途中で切れてしまうみたい(>_<)。にしてもなんてお手間を……💦。
とはいえ、内容だけはのんびりほっこりで。
このお話を書いていた時、自分自身少しお疲れモードで、きっとコメント主様はもっと寝不足な日々を過ごしているんだろうなぁなんて思ったらふっと浮かんだお話なんです。
特別なことがなくてもただそこに居るだけで癒されるって最強ですよね。
しんどい時も寂しい時も、それを乗り越えた時を想像して乗り越えていきましょう✨✨
2017/10/15 Sun 00:36:18 URL
Re: No title : koh @-
み~コメント主様

こんばんは。
お返事が遅くなってしまってすみません💦。
この時期ってなんだかバタバタと慌ただしいですよね。
そして急に寒くなってきたせいか、少しの寂しさと共になんとなく感じる蓄積した疲れ。
私自身 慌ただしい日々でややお疲れモードだったため、癒されたくて書いたお話でしたので、同じ様に読んでくださった方に楽しんでいただけると凄く嬉しく思います✨✨
コメント主様も毎日お疲れ様です✨✨
これから年末に向けてますます忙しくなるかと思いますが、お体に気をつけてお互い頑張りましょうね(´艸`*)♡
2017/10/15 Sun 00:59:41 URL
Re: 大好き : koh @-
憂すけさん

こんばんは。
自分がお疲れモードだと、自然にこんな薄暗闇の中で交わされるやり取りが恋しくなるんです。
ただそこにいるだけで自分が満たされ、そして相手を癒してあげられるなんて最高ですよね。
原作ではとてもじゃないけどそこまで気持ちを曝け出せなかった2人が少しずつ想いを重ねてこういう日を迎えられたらいいなと願っています。いや、きっと延長戦の先にあるに違いない。
ずっと相手のことだけを考えるだけの人生はあり得ないけれど、ふとした瞬間に思い出すのがお互いの存在であって欲しいな。そう思っています(*^^*)////
2017/10/15 Sun 01:38:53 URL

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