冬が来る前に 

2017/11/05
付き合う前の 余裕がありそうで余裕のない乱馬と、口には出さなくともしっかり乱馬の本心を見抜いているあかねちゃん。
当サイトのお話の中では微糖ですが、こんな二人の関係も大好きです。
拍手拍手に小話を置いてあります。



【 冬が来る前に 】



「すごーい! これ、サッカー部の小林君からじゃない!」
「ちょっと ゆか!」
「下駄箱にラブレターってことはもう決まりね」
「さゆりまで何言ってのよ。いいから返して」
 
 いつもと変わらない金曜日の朝。
 ただ一つ違ったことといえば、昇降口でのこの一件だった。
 靴箱を開けた瞬間、薄い紙飛行機のようにはらりと床に落ちた真っ白い封筒。それをゆかとさゆりが拾い上げたことから、あかねがまた他の男に好意を寄せられていることは白昼のもとに晒された。
 何より気の毒なのはサッカー部の小林君とやらである。まだ告白する前にもかかわらずあかねにラブレターをしたためたことが知られてしまい、ましてやそれを知った大多数の人が早くも小林君の失恋を確信しているからだ。
 
「まあ、でも真っ直ぐぶつかって来るその勇気だけは認めるわよね」
「そうそう。いつまでも優柔不断な態度を取り続ける許婚より、誠実な自分の方が相応しいって立ち上がったんじゃない?」
「今回は相手が悪かったけど、でも小林君の思いはしっかりあかねの胸に響いて――」
「もうっ! さっきからなに勝手なことばっかり言ってるのよ二人とも!」
 
 一方的にどんどん話が進んでいくのをあかねがピシャリと戒める。
 
「あのねえ、まだ告白されるなんて決まってないでしょう?」
「あかねってば。あんまり謙虚が過ぎると嫌味になるわよ」
「別にそんなんじゃないってば」
「じゃあなんて書いてあったのよ」
「そ、それは、その……」
「その?」
「……ほ、放課後、屋上で待ってるって……」
「ほら、やっぱり決まりじゃない」
「だ、だからっ、それはもしかしたら委員会のお手伝いをお願いされるのかもしれないし」
「はいはい。私達は小林君の傷心を癒す準備でもしておくわ」
「ゆかっ! さゆりっ!」
「何よ。それともあかね、少しは小林君のことが気になってるとでも言うんじゃないでしょうね」
 あかねの額を指差し、そんなわけはないだろうと決めつけながらもゆかが挑発する。
 そう。祝言こそお流れになったものの、誰がどう見てもあかねと乱馬は両想いなのだ。そこに割って入れる猛者など、少なくともこの学校内にはいないだろう。それはゆかやさゆりだけではなく、乱馬も当然のようにそう信じていた。しかし、そこであかねの口から思いもよらぬ言葉が返ってくる。
「そんなの、ちゃんとお話してみないとわからないわよ」
 
 思わず「えっ!?」と声が出そうになったのは乱馬だった。
 今あかね、なんつった? ちゃんと話をしてみなきゃわからねえだと!? それってつまり、少しは考える余地があるってことかよ。
 あの浮気女め、おれというカッコいい許婚がありながら……っ!
 
 思わず握りつぶした牛乳パックからぴゅるると白い液体が溢れ出す。
 それを咄嗟に避け、「あーあ、牛乳拭いた雑巾は臭くなんだぞー」「乱馬君えんがちょ」などと小学生レベルで冷やかしてくるのは大介とひろしだ。
「おまえなぁ、勢いよく白いの飛ばすのはアノ時だけにしとけよ」
「なっ!? お、おめーらなななな何言って……っ!」
「おや? 白いのって次の体育でやる野球ボールのことだけど?」
「一体 乱馬君は何を想像したんでちゅかねえ」
「のわーっ! じょ、冗談っ! 冗談だって!」
 メリメリと関節技を決められ、大袈裟に降参のジェスチャーを取るひろしと大介。それを教室の隅でまだ弁当を広げながら、「また男子たちがバカなことやってるわね」と冷ややかな目で見ているのはあかね達だ。
 一方、大介達も「いててて……」と肩を回しながら、あからさまに気付かれないようチラリとあかね達のほうに視線をやる。そして男衆三人にしか聞こえない響きで口を開いたのはひろしだった。
 
「で、どーすんだよ。乱馬」
「あん? なにが」
「なにがってあかねのことに決まっとるだろうが」
「どうするって?」
「だから。放課後、あかねがサッカー部の小林に告白されるんだろ?」
「へっ。別に告白と決まったわけじゃねーじゃねえか。もしかしたら委員会の手伝いかもしんねーし、それとも」
「ほー。ということは乱馬、きさまはあかねが他の男に呼び出されようが全く気にならんというのだな?」
「ぜーんぜん。っつーかあんな色気のねえ女呼び出して何が楽しいんだろーな」
 くわああと欠伸をしながら「あほらしい」と返す。要は全然気にしてないというささやかな乱馬なりのプライドだ。
 しかし、悪友共も容赦ない。
「じゃあ乱馬。もしもあかねが小林から告白されたらちゃんと応援してやれるんだな?」
「へ?」
「だってそうだろ? あかねに興味がないと言わんばかりの態度を取るってことはすなわちそーゆうことだぞ」
「お、おい」
「それともあれか、やっぱり乱馬もあかねのことを――」
「ん、んなわけねーだろっ!? あ、あかねは親が決めた許婚だけであって、なんでおれがあかねのことなんて」
「だろ? なら小林のことを応援してやってもいいじゃないか」
「そうそう。乱馬は知らないかもしれんが、小林といったら品行方正、成績優秀。運動神経も乱馬ほどじゃないが、それでもサッカー部のキャプテンを務めるほどには優れている」
「それに顔だっていいしな」
「おまけに育ちがいいというのか? 男にも女にも親切で誰からも好かれる奴だし、男のおれが言うのも癪だが客観的にみると相当優良物件なのは間違いない」
「ちょ、ちょっと……」
「それになんたって、あかねはおれ達風林館高校の大事なマドンナだからな」
「マドンナぁ!? あのずん胴で色気のねえ凶暴女が!?」
 思わず声が荒くなる。それを白けた目で見つめ、やれやれと肩をすくめるのは今まで散々乱馬の強がりを聞いてきた親友共だ。
「まあな、こんな憎まれ口ばかり叩く許婚より、女としての幸せな道を選ぶのを応援したくなるというのが人情だ」
「な、なんだよおめーら、今日はやけに突っ掛かってくるじゃねえかっ」
 思いの当てが外れ、急に仲間がいなくなった事態に悪あがきをする乱馬。そんな乱馬に食べ終わったカレーパンの包みをクシャクシャと丸めた大介が呆れ顔を向ける。
「あのな、乱馬。女心と秋の空という言葉を知っとるか?」
「へ?」
「秋の空みたいに女心も移ろいやすいという意味だ。こんなの今時の小学生でも」
「バ、バカにするなっ、おれだってそのくらいの意味知っとるわい!」
「なら話は早い」
 すっと肩に腕を回してくるのは勿論ひろしである。
「あかねだって年頃の女の子なんだぞ?」
「だから?」
「いつまでもはっきりしない許婚に振り回されるより、歳相応の青春をエンジョイしたいという気持ちがあったって不思議ではなかろう」
「な……っ、な、なに言って……!」
「わからなければ自分の胸に手を当てて考えてみることだな」
 
 なんだよ。
 なんなんだよ。
 なにみんなしてあかねと小林をカップルにしようとしてやがるんだ。いや、そもそも小林があかねに告白するとまだ決まったわけでもねーじゃねえか。
 そこまで考え、ぶんぶんと首を横に振る。
 流石に手紙で放課後屋上に呼び出しておきながら委員会の勧誘などで話が終わるはずはない。そのくらいのこと、乱馬にだってわかっているのだ。
 けれどじゃあそこで自分が「行くな」とでも言えるのかと考えた時、答えはNOだった。
 いくら許婚とはいえ、親が決めただけのもの。そこで自分があかねに対してあれをするな、これをするなと口出しするのは何か違うと思っている。
 けれど……。
 
 
『あかねが小林から告白されたらちゃんと応援してやれるんだな?』
 
 ……けっ、ばからしい。
 なんでおれが応援してやんなきゃいけねーんだよ。
 別に好きなら好きで勝手にすりゃいーじゃねえか。
 
 
『いつまでもはっきりしない許婚に振り回されるより、歳相応の青春をエンジョイしたいという気持ちがあったって不思議ではなかろう』
 
 みんな勝手なことばっか言いやがって、おれがいつ他の女に優柔不断な態度を取ったってんだよ。
 大体、あかねもあかねだ。簡単に他の男の前で隙ばっか見せやがって、なーにが「話してみなきゃわからねえ」だ。いくら小林が優秀だか誠実だが知らねーが、所詮下心の塊りに決まってる。
 
 
『ちゃんと応援してやれるんだな?』
 
 
 なんだよ、その応援って。
 男と付き合うのがそんなに大事なことなのかよ、くだらねえ。
 恋だの愛だの、そんなもんにいちいち縛られるくれーなら一人で自由気ままにしてた方がよっぽど楽しいに決まってる。そもそも格闘家になろうという男が恋愛にうつつを抜かしながら強くなれるかってんだ。
 
 ……そう。頭では強気で思うのに。

『あたしには乱馬がいるから』

 てっきり こう返ってくるものだと心のどこかで信じていたあかねの気持ち。
 それがまさかの態度に、乱馬は釈然としない気持ちのまま牛乳パックを投げ捨てた。
 
 
 *

「あら? あんたまだ残ってたの?」
 教室の扉を開けた途端、とっくに帰ったと思っていた赤いチャイナ服が机に突っ伏しているのが目に飛び込んでくる。
 もしかしてまた補習でも受けていたのだろうか。壁に掛かった丸い時計に目をやれば時刻はとっくに四時半を回っていた。
 やれやれと溜め息をつき、向かいの椅子を引いてあかねも腰を下ろすと、顔を上げようとしない乱馬に向かって声を掛ける。
「ねえ、乱馬」
「……」
「起きてるんでしょ? 下手な狸寝入りしたってバレバレなんだから」
「……誰が狸寝入りだ、誰が」
「やっぱり狸寝入りじゃないの」
 ほら、前髪がはりついてるわよと当たり前のように乱馬の髪に触れるあかねの指。
 その手首をはしっと掴み、出てきた声は自分でも思ってもみないほど低い声だった。
 
「……付き合うのか? 小林と」
「は?」
 
 何を言ってるんだというように、大袈裟に眉を顰めるあかね。そんな表情ですら気を遣われているような気になって、乱馬としては正直面白くない。
 
「誤魔化すんじゃねーよ」
「別に誤魔化してなんかないわよ」
「その……こ、告白されたんだろ?」
「え?」
「だ、だからその、こ、小林に呼び出されてたじゃねーか」
「……まったくゆかとさゆりったら。月曜日に会ったらとっちめてやらなくちゃ」
「そんなことより」
「なによ」
「な、なんて答えたんだよっ」
「あれ? もしかして乱馬、気になるの?」
「気になんねーよっ!」
 
 二人以外に誰もいない教室で乱馬の強がりだけが虚しく響く。
 もちろん、そこで優しく下手に出るようなあかねではない。
 
「あっそ。気にならないならほっといてよ」
「だ――っ! 待て待てっ! お、おれは別に気になんないけど、でもそのっ、」
「その?」
「あっと…………お、おれ達、一応は許婚同士なわけだろ? だからその、ど、どーなったかくらいは知っといたほうがいいんじゃねーかと思って」
「まったく素直じゃないんだから」
「なんか言ったか?」
「別に」
 
 開けっ放しの窓がベージュのカーテンを揺らす。その下から聞こえてくる掛け声はサッカー部のものだろうか。時折わっと大きくなる歓声がいかにも青春という感じで、いつになく耳を塞ぎたい気持ちになってくる。
 考えまい、考えまいとすればするほど、思い出してしまうのは先程の台詞だ。
 
『歳相応の青春をエンジョイしたいという気持ちがあったって不思議ではなかろう』
 
 歳相応の青春ってなんだよ。
 男と女が付き合うことが歳相応の青春なのか?
 付き合ってデートして、手を繋いでキスをして…………。
 そこまで考え、これ以上先のことを想像するのを乱馬の脳が自然と拒否する。
(ふざけんなよ……)
 自分があかねの手首を掴んだままというのは棚に上げ、胸の中に渦巻くのはドロリとした醜い感情だけだった。
 
「……サッカー部のキャプテンなんて碌なもんじゃねーぞ」
「え?」
「だってそーだろ。サッカーなんてチャラチャラしてるし、キャプテンってことはきっと今までだって他の女とも沢山付き合って、きっとおめーにだって軽い気持ちで――」
「乱馬」
 
 シン……と静まり返る室内。「どうしちゃったの?」と、まるで子どもを諭すような口調で仕切り直すのはあかねだ。
「あのね、別にサッカーはチャラチャラしてないでしょ? 小林君がプレイボーイなんて話も聞いたことがないし、それに」
「だ――っ、もーいーよ!」
「乱馬?」
「……わかってるっつーの」
 
 そう。全部わかってる。
 サッカーがチャラチャラしてねーのも、小林がプレイボーイじゃねえのも、軽い気持ちであかねのことを呼びだしたんじゃねえってことも、本当は全部わかってる。
 わかってんだけど。
 
『ちゃんとお話してみないとわからないわよ』
 
 あかねのあの台詞がいつになく乱馬を弱気にさせていた。
 
 
「乱馬」
「……なんて答えたんだよ」
「え?」
「え? じゃねえ。い、いーからなんて返事したのか答えろよっ」
「なんでよ」
「へ?」
「別にあたしがなんて答えようとあんたは気になんないんでしょ?」
 
 だったらあたしの勝手じゃない、なんて。
 つんと澄ますその唇に自分以外の誰かが触れてしまうかもしれないなんてこと、考えるだけで不快感が胃の底から込み上げ広がっていく。
 しかし、それを素直に言えないのが乱馬たる所以なのだ。
 こんな時こそいつものように返せばいい。
 そう。いつものように
「自惚れんなよバカ」
 そう言って何食わぬ顔でいればいいんだ。
 
「べ、別におめーがどう答えようと気になんねえ」
「はいはい」
「…………なんておれが本気で言ってると思ってんのかよ」
「え?」
 
 手首を掴んだ手にぎゅっと力を入れる。
 痛いだろうな、離してやんなきゃな。頭では思うのに、その反面 離してなるものか、このまま跡がついちまえばいい。そう思ってしまうのは己のつまらない独占欲なのだろうか。
 
 放課後の教室は妙にドラマチックで、窓からカーテン越しに射し込む日差しは薄っすらと赤みを帯びている。いつもは白く目に映る壁も、黒板も、そのどれもが茜色に染まり、まるで青春という名のカプセルに二人だけ閉じ込められてしまったようだ。
 教室の隅に設置されたスピーカーからチャイムの音の後になにやら連絡事項を伝える声が聞こえてくるが、ボソボソと喋る内容は二人の頭に入ってこない。
 そしてそれを最後まで聞き終えた頃、先に口を開いたのはあかねのほうだった。
 
「今の、どういう意味?」
「……」
「あたしがなんて返事したか、乱馬は気になるの?」
「……」
 
 だけどこんな時でも素直な言葉が見つからないのがこの厄介なおさげの許婚で。
 返事の代わりに手首を掴んだ手を離し、今度はあかねの指を握り直す。
 
「……なんて答えたんだよ」
 
 それは暗に「あかねの返事が気になっている」と伝えたのも同じで。
 掴まれた指先をきゅっと握り返すと、拗ねたように机の天板を見つめる乱馬にあかねが笑い掛けた。
 
「あんたの想像通りよ」
「え?」
 
 想像通りって……もしかして、やっぱりあれか?
 歳相応の青春を送るべく前向きな返事をしたってことか? いや、でもこう見えてあかねは誰にでも期待を持たせるようないい加減なことはしないヤツで、だからこそきっぱり断って……。
 だけどわかんねーぞ、なんせ話してみなきゃわかんねえって言ってたもんな。もしかしたらもしかすると、話してみてやっぱいいヤツだなって思って、そんで、その…………。
 
「…………るさねえ」
「え?」
「お、おれという許婚がありながら、他の男にいい顔するなんて許さねーぞっ! も、もしも他の男と付き合いてーんならちゃんとおれとのことをはっきりしてから――」
「だからそう言ったわよ」
「へっ?」
「あたしには許婚がいるからお付き合いは考えられませんって。どう? これで満足した?」
 
 べーっと舌を出すあかねと、予想しない回答に一瞬虚をつかれる乱馬。
 ああ、頭にくる。満足なんかしねーよ、このずん胴! そう言ってやりたいのに。
 
「な、なんで?」
「え?」
「だって小林っつったらサッカー部のキャプテンでモテるんだろ?」
「うん、そうみたいね」
 そうみたいって……。
「それにおめーが言ってたんじゃねえか。ちゃんと話してみなきゃわかんねーって」
「そうよ。ちゃんとお話してみないと告白なんだか委員会のお誘いなんだかわからないでしょ?」
「あ……っ」
「で、その……どうやら委員会のお話ではないみたいだからあたしもちゃんとお返事した。それだけよ」
 
 ……なんだよ。そういう意味かよ。
 どっと肩の力が抜ける。思えばあかねがラブレターを貰ったと知った今朝からずっと言い様のない負荷が掛かっていたような気がするのだ。
 はぁぁ……と溜め息をつけば、ちょっと愉快そうに「あれ? もしかしてちょっとは不安になった?」だなんて嬉しそうに聞いてくるその笑顔が憎たらしいったらありゃしない。
 
「別に不安になんかなってねーよっ」
「あっそ。まあ、あんたならそう言うと思ったわ」
 
 そう。別に不安になったんじゃなくて。
 ただ、自分がどんだけあかねに惚れてるか。
 それをまざまざと突きつけられた気がして、それに対する驚きと安堵が一斉に襲い掛かってきた後、湯でふやかされたみてーに緊張が溶けてきただけだ。
 
「こんな手の掛かる許婚がいるのに他の人とどうこうなる余裕なんてないでしょ」
「え……?」
「なによその顔。それともあんたは他の女の子と付き合いたいとか思ったりするわけ?」
「バっ、バカ野郎!」
 
 今さら何言ってんでいっ!
 全力で否定する乱馬の態度にあかねがクスリと笑い、それからやや呆れたように顔を覗き込んでくる。
 
「そういう台詞はもっとはっきり態度で示してから言ってよね」
「は、はっきりって、」
「ま、いいわ。今日のところは許してあげる」
「なんだよそれ」
 ああ、やっぱりあかねには敵わない。
 何もかも見透かしたように笑い、己の指を握り返してくるこの存在に乱馬が敵うはずなどなかったのだ。
「それより早く帰りましょ。待たせちゃってごめんね」
「別におれはあかねのこと待ってたわけじゃねーぞっ!」
「素直じゃないわねぇ」
 
 だったらこの手を離せばいいでしょう? そう指摘してやりたいところだが、あかねは繋がれたままの手を見て苦笑いを浮かべるほかない。
 
「ねえ。帰りに肉まん食べて帰ろっか」
「お、賛成!」
「言っとくけど乱馬の奢りだからね」
「げ。なんでだよ」
「いいじゃない、そういう気分なんだもん」
「……言っとくけど今日だけだからな」
「やったぁ、ラッキー!」
 
 その前に日誌だけ職員室に出してくるから待っててね。
 そう言ってパッと離された手を見つめ、急に秋の冷たい空気を感じる。
(いつまでもこの関係に甘んじてるなってことかよ……)
 ついさっきまで手の中にあった温もりを繋ぎ留めるよう、ぎゅっと拳を握りしめる乱馬の中に小さな火が灯る。
(壊したくない関係から壊さなきゃ前に進めねえ関係……か)
 もうすぐ二度目の冬がやってくる。
 あかねと出会って、二度目の冬――。
 
 一方、職員室に日誌を届けたあかねもまた口には出せない思いを抱えていた。
(乱馬が一言、あかねはおれのものって言ってくれればいいのに。ホント不器用なんだから)
 そしたらあたしは初めてあたし以外の誰かのものになるのにな。
 だけど当然、そんなことは言えるはずもなくて。
 
 教室に向かう足を止め、ふと鏡に向かってリップを真一文字に引くと「これは誰かのためでもなく女の子のたしなみよ」と自分に言い聞かせる、そこに映る顔はほんの少しだけ赤く染まっていた。
 先程まで繋いでいた指先だけがジンジンと痺れるような熱を帯びているのは気のせいだろうか。
 
 
「お待たせ」
「おう」
 
 触れそうで触れなくて。
 しかし寄り添いたくなる季節は、もうすぐそこまで近付いてきている。
 
 
 
 
 < END >
 
 
【今日、はじまる冬】に続きます。




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comment (14) @ 高校生編 短編(日常)

   
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comment

: はづき @/Dova3jY
南無🙏✨😇まるで私のためにあつらえたかのような(いやいや言い過ぎ)モブキャラ大活躍の素晴らしいお話をありがとうございます。乱あ甘々のお話も大好きですけど、モブキャラによって二人の関係が際立つんですよね…!!コレをわかってくださってるkohさん🤝ガシィさせていただきたいです。そして白い牛乳のくだりも、バンバン(*≧▽≦)ノシ))とウケました!!うん!さすがひろしとだいすけコンビブレないなぁ!青春だなぁ!!なんだか取り留めのない感想になってしまいましたが、ありがとうございます😆😆😆
2017/11/05 Sun 00:31:35 URL
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2017/11/05 Sun 00:37:47
(付き合ってない) : Kimmy @-
もうこれは端から見ればイチャイチャ以外の何モノでもないでしょ!
気付いてないのは二人だけで、いわゆる(注:付き合ってない)←ってやつですよね。

ドキマギする乱馬とシレッとしてるあかねちゃんの構図って、結構好きだな~って今回のお話読んで再確認しました(//∇//)


『そしたらあたしは初めてあたし以外の誰かのものになるのにな。』
この一文すごく好きです!
恋人になるってこういう事なんだってすごく響きました。

あかねちゃんは乱馬に格闘スケートの時みたいに、ハッキリ「手ェ出すな!」って言って欲しいんですよね。
無意識なら言えるのに、まだまだ乱馬くん素直になれないお年頃…

拍手話もかわいくてかわいくて…(*≧∀≦*)
四人衆と一緒に乱あ見守り隊として、二人のそんな焦れイチャをずっと見ていたいな~(*´ω`*)

…でもやっぱずっと焦れイチャじゃだけじゃなく、時には前進した甘々のご褒美もお待ちしてます♪
2017/11/05 Sun 01:10:58 URL
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2017/11/05 Sun 08:48:04
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2017/11/05 Sun 14:47:57
No title : トロ @-
わ~い❗大好きなゆか、さゆり、大介、ひろし、の4人衆だぁ❗もう本当に大好きですこの4人…(//∇//)私も同級生の1人になりたい…w牛乳のくだりみたいな年相応の会話してるの大好きです❗あぁ…シリーズ終わったばかりなのに…ありがとうございます(‐人‐)
2017/11/05 Sun 17:44:46 URL
Re: タイトルなし : koh @-
はづきさん

こんばんは。
お返事が遅くなってしまってすみません。
このお話を書こうと思った時、ふとはづきさんの事を思い出しました。
何も力になれないけれど少しでも楽しんでいただけたら嬉しいな。そんな風に思いながら書いたお話だっただけにコメントをいただいてすごく嬉しかったです。
素敵な友人に恵まれるって学生時代で一番幸せなことですよね。
乱馬もあかねちゃんも沢山のよき友人に囲まれてワイワイしていたらいいな(*^^*)♡
2017/11/12 Sun 19:13:47 URL
Re: タイトルなし : koh @-
y~コメント主様
こんばんは。
お返事が遅くなってしまってすみません。
相手の気持ちがわかっているのに決定的なことは言えなくて、だけどお互い信じ切っているようなこの焦れったく甘酸っぱい時期もまた学生時代ならではですよね。
踏み出したいのにどこかでこの会話の駆け引きを楽しんでいたりして。
冬の初めとか放課後の教室って少し寂しさを感じる半面、何かが動き出しそうでとっても好きなんです。
やっぱり高校生も好き……////
2017/11/12 Sun 19:17:32 URL
Re: (付き合ってない) : koh @-
Kimmyさん

こんばんは。
お返事が遅くなってしまってすみません。
「※付き合ってません」っていう注意書きがいる二人ってどうなのよって感じですよね(^^;。
周りはやれやれって感じなのに当の本人達はいっぱいいっぱいというか。特に乱馬くん、君だよ君。
あ、ちなみに今、「付き合ってません」が「突き合ってません」とナチュラルに出てきましたからね。
うん、確かに突き合ってはない、まだ。←
(ああ、ピュアピュアなのになんて破廉恥な……////)
「初めてあたしはあたし以外の誰かのものになる」
この台詞にあかねちゃんの思いと覚悟が凝縮されていますよね(*^^*)。
あー、背中押しに行ってあげたいです♡
2017/11/12 Sun 19:22:17 URL
Re: No title : koh @-
り~コメント主様

こんばんは。
お返事が遅くなってしまってすみません💦。
私も!私も秋冬のお話書いているとコメント主様のイメージが強く湧いてきます。
やっぱり金木製のイメージがあるからでしょうか(*^^*)
それとも人肌恋しくなるせい??
頭の隅っこにはあんな事やこんなことをしている乱あの二人がいるのですが、冬の初めはちょっとだけ原作寄りなモダモダも書きたくなります(´艸`*)♡
2017/11/12 Sun 19:25:29 URL
Re: 私の心もほかほかです(*^▽^*) : koh @-
m~コメント主様

こんばんは。
お返事が遅くなってしまってすみません💦。
私は寒さにめっぽう弱いのですが、寒い時期のお話を書くのは好きなんです。
そしてコメント主様からのコメントにほっこり温かい気持ちをいただいているという……♡
甘い二人や既に出来上がった関係もとても楽しいのですが、このくっつきそうでくっつかない関係、なのにたまらなくかわいくて萌えるっていうのがらんま1/2の真骨頂ですよね。
私の作品でそれを100%表現……とはとても恐れ多くて言えませんが、ほんのちょこっとでも原作の続きを見ているような感じを味わっていただけることがとても嬉しいです////。
あたし以外の誰かのものになる。
乙女の心、そろそろ気付いてあげてねって思いながらこっそり応援しています(´▽`*)♡
2017/11/12 Sun 21:18:59 URL
Re: No title : koh @-
トロさん

こんばんは。
お返事が遅くなってしまってすみません💦。
この友人4人衆、書いてても本当に楽しいんです////
そりゃあれだけ慌ててたら牛乳もぴゅるるるしちゃいますってば笑。
わちゃわちゃ過ごすお昼休みっていかにも学生っていう感じですよね。
そして秋から冬にかけてオレンジ色に染まっていく教室もまたドラマチックで好きなんです。
最近やたらと学校に行く機会が多いせいか、ついつい高校生のお話ばかり妄想してしまいます……。
(先生の話を聞け)
2017/11/12 Sun 21:23:02 URL
管理人のみ閲覧できます : @
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2018/07/18 Wed 15:27:40
Re: こんにちは。 : koh @-
Y~コメント主様

高校生の出来上がっていない二人はなぜこうも遠回りするのでしょう。
それを考えた時、今の関係を大事に思うからこそ壊すのが怖いのと同時に、結局はお互いを信用しているからだと思うんです。
乱馬が不安になるとあかねが冷静に、あかねが焦ると乱馬が飄々とその不安を拭う二人が好き……ってコメント欄で暑苦しくすみません汗。
放課後の教室、妙にドラマチックな雰囲気がありますよね。
そして拍手話―!
投稿以来初めて読み返して「す、すごい……過去の自分はこんな妄想をしてたのか」と初めて読んだように(色んな意味で)ドキドキしました////
先日の投稿通り、実はリアル生活がバタバタだったのと手首の不調で投稿が儘ならなかったのですが、またぼちぼちと創作出来たらと思います^^。
2018/07/22 Sun 22:33:01 URL

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