甘くない距離 

2017/11/12
すみません。やや遅刻ではありますが、せっかく書いたのでポッキーの日にまつわるお話を……。
こちらは【今夜、赤い月の下であいましょう】【学校のカイダン】と同じ、保育士さんを目指すあかねちゃんと4年制の大学に通う乱馬のシリーズです。
内容的にはさして重要ではないのですが、

通常の大学生編→大学生になってからのお付き合い
こちらのシリーズ→高校2年生からのお付き合い

というわけで、2人の関係や考え方がやや進んだものを想定して書いています。
ほぼポッキー関係のないお話となっておりますが、拍手話(R-15程度)と一緒に楽しんでいただけたら幸いです。



【 甘くない距離 】



「なー乱馬、本当に行かねーの?」
「しつけーな。パスったらパス」
「言っとくけど今回の相手はすごいぞ? 聞いて驚くな、あのお嬢様学校の」
「あー、わりーけどそーゆーの一切興味ねーから」
 
 喧々囂々と非難を浴びせられる背中を一度だけ振り向き「タダで飯が食えるんなら考えてもいーけど」と調子に乗ったことを言ってみれば、「バカ野郎っ! 男がタダになる合コンなんてあるわけないだろ!?」と尤もな台詞が返って来る。
「んじゃ、やっぱいーや」
「後で後悔しても知らないぞー! なんせ今日はポッキーの日なんだからな!?」
「それがどう関係あんだよ」
「そりゃかわい子ちゃん達が咥えるポッキーを唇ごと奪えるチャン」
「ま、せーぜー頑張れよ」
 
 あほらし。
 これ以上付き合ってられんと今度こそ踵を返し、大学の門をくぐる。
 授業の後に自主練だなんだと残っていて、時刻はもうすぐ八時を回ろうとしていた。
 足元に落ちている枯れ葉を踏む。くしゃりと薄いクッキーを踏むような踏む音が、もうすっかり秋が深まったことを物語っていた。
(ポッキーゲームかぁ)
 思い浮かべるのはただ一人。残念ながら、それは頬をピンクに染めて恥じらう様ではなく「はぁ? あんた頭でも打ったわけ?」と怪訝な表情を浮かべる許婚の姿で。
(あいつ、こーゆーの興味なさそうだよなぁ。あ、でも勝負だと持ち掛けた途端ムキになるかもしんねーな)
 ここにいない存在を思い出し、ニヤリと口の端が上がる。しかし、そのあかねともここ二週間以上会っていない。それもそのはず、二学期早々の教育実習を無事終えたと思ったら今度は教育の理論や心理など、四年制大学のおれと比べて短大のカリキュラムはおそろしくタイトに詰め込まれている。それに対する不満はないが、寂しくないかといったら少し語弊があるのも正直なところだった。
 が、そんな女々しいことなど言えるわけもない。強いて言うなら そんなこんなであかねが合コンに行く暇もないと捉え、やせ我慢程度に気が紛れるくらいだろう。
 それにしても腹が減った。いつもだったらあるもので何なりと自炊するところ、今日はそんな気も起こらない。
(なんか適当に買って帰るか)
 まるで吸い寄せられるように明々と電気の付いたコンビニのドアをくぐり、まずは雑誌コーナーで発売されたばかりのそれらを立ち読みする。そこにもお決まりのように「11月11日はポッキーの日」と大袈裟な謳い文句が踊り、やれ合コンの秘訣だの女の子と近付く方法だのが詳細に綴られていた。
 そのどれもがおれの住んでいる世界とは別の次元で行われていることのように思え、文字を追っているのにちっとも頭に入って来ないのはさして興味がない証拠か。結局大した収穫もなく雑誌を閉じると今度は弁当コーナーに移動し、牛乳とパン、それから無くなりかけていた歯磨き粉だけをカゴに納めてレジに並ぶ。一人暮らしをして約1年半、シビアな金銭感覚が身に付いたことは確かだった。
 やっぱり今日は家で麺類でも茹でて食べよう。味付けはなんなとある。
 寂しい冷蔵庫の中をぼんやりと思い浮かべ、ポケットから財布を取り出した時だった。
「こちら、500円以上で1回引けるクジとなっております」
 すっと差し出された四角い箱。どうやら店のキャンペーン期間中らしい。
(そういやあかねってクジ運はめっぽう強かったよな)
 まあ、当たったところで貰える景品などたかが知れているだろうが。
 しかし、無欲の勝利とでも言うのだろうか。こんな時に限ってクジを開いた店員が大袈裟に笑顔を作り、「おめでとうございます」と声を掛けてくる。そして選ぶ余地もなく渡われたのは、チョコも何もついていない1番シンプルなポッキーの箱だった。その顔はどことなく別の意味を含んで笑っているようにも思え、「どーも」と短く礼を述べるとガサガサと袋を手に店を後にする。
 言っとくけどおれはポッキーゲームなんてそんな俗的なこと、ぜってーしねーからな。寧ろ頼まれたってやるもんか。あんなの、要は企業戦略にまんまと乗せられたチャラい奴らのすることでい。
 頭の中でこれでもかってくらいの理由と自分の硬派な一面を並べ立てるも、それを聞いてくれる相手はどこにもいない。
 はあ……と溜め息を落とし、首をすくめると風を避けるように家路へ急ぐ。
(といっても、急いで家に帰ったとこで別にやることなんかねーんだけどさ)
 せいぜい撮り溜めたお笑い番組と深夜の格闘試合をチェックするくらいだろうか。勿論これだって悪くない。が、せっかくの明日からの週末を前に迎える金曜日の夜として、それも少しだけ寂しいような気がした。
(……………………あかね、何してんのかな)
 今頃レポートに追われてるんだろうか。それとも苦手なピアノの実習か。
 具体的に何をしているか聞いても学部の異なる課題についてはわからない話題のほうが多かったが、毎日山積みのようにやらなきゃなんねーことがあることだけは確かなわけで。それを知っている以上、安易に会いたいと言って困らせることも出来ないまま、もうすぐ3度目の土曜日を迎える。
 そういや前に会った時はまだハロウィン前だったよな。なのに今や、町はちょっと気の早いクリスマスムードを迎えようとしていた。こうして瞬く間に季節が過ぎていくこともまた、会えない寂しさを助長しているのかもしれない。
 浮かれてやがる。そんな意地悪い思いで灯りを目で追っていると、不意にポケットの中が震え出した。
 これは以心伝心か。
 表示される名前を見る前に顔が綻べば、口から発せられる声まで丸くなるのは必然だった。
「もしもし」
「もしもし。あたし」
「あたしって誰だよ」
「あたしよ、あかね」
「なんでい、あかねかよ」
「あたしで悪かったわね」
「いやー、おれはまたてっきり、おれおれ詐欺ならぬあたしあたし詐欺かと」
「バカっ!」
「電話してきて早々バカって言うんじゃねーよバカ」
「バカバカバカバカ」
「カバ」
「子ども」
「ずん胴」
「ねえ、今何してる?」
「電話してる」
「もうっ、そうじゃなくって」
「なんだよ、聞かれたから素直に答えてやったのに」

 他の奴らだったら到底しないようなこの長ったらしいやり取りもお決まりで。

「今ガッコーから帰ってるとこ」
「今? 随分と遅いのね」
「まーな。金曜だし、残って雑用してたらこんな時間になっちまった」
「なーんだ。あたしはてっきり……」
「なんだよ」
「金曜日だから飲み会という名の合コンにでも誘われてるのかと思った」
「バーカ」
「いい若者が金曜日の夜に一人ぼっちだなんて寂しいわねえ」
 そりゃおめーのせいだろうが。
 そう言い掛け、寸でのところで言葉を飲み込む。
「あかねはどうなんだよ」
「え?」
「合コンとか誘われねーの?」
「まあ、声は掛けられるけど」
「な……っ!?」
「あいにく時間の都合がつかないのよねぇ」
「へ、へえー……。じゃあ都合がつけば行くのかよ?」
 無意識に低くなる声。しかし、そんなことなどお構いなしというようにあかねがあっけらかんと答える。
「大学生だからね。そういうのを経験しとくのも悪くはないかもって」
 おいおい、なにをそんな当たりめーみてーに答えてんだよ。
 大学生だろーと社会人だろーと付き合ってる奴がいんのにダメなもんはダメだろっ。
「おっ、おめーなぁ……っ!」
「でもあたしには口うるさい許婚がいるからね」
「へ?」
「万が一あんたが合コンに参加したら、その時はあたしも合コンデビューしてみるわ」
 ……こんにゃろう。電話越しに聞こえてくる笑い声が随分と自信満々じゃねーか。大体、おれが行ったらあかねも行くなんて究極の交渉術にも程がある。
 それってあれだろ? おれがあかね以外眼中にねえってこと、全部お見通しだって言いてえのかよ。
 ふーっと無音の溜め息をつき、話の方向転換を図る。
「で? 何の用だよ」
「用がなくっちゃ電話しちゃいけないの?」
「そ、そんなこたねーけど」
「そうよね。だって1人寂しくとぼとぼ歩いてるんだもんね」
 なるほど、今日のあかねは妙にご機嫌らしい。
 おれと会えないのに寂しい素振りなど全く見せない態度は面白くないものの、あかねのこんな声を聞いているのは純粋に楽しくて。今にも踊り出しそうにころころ弾むあかねの調子は無条件におれの心まで軽くしていく。まるで冷えた体に熱いココアを飲んだみてーだ。
 車の音にかき消されないよう、歩道の内側に寄って携帯持つ手を持ち替える。
「あかねは今何してんの」
「電話してるの」
「それはもういいっつーんだよ」
「へへっ。あのね、今大学から帰ってるとこ」
「一人で?」
「そう」
「気を付けろよ。金曜の夜は酔っ払いだって多いんだからな」
「あ、そういえばこの前、絡まれちゃって大変だったわ」
「はあっ!? んでどーしたんだよ」
「それが……」
「なんだよ」
「……怒らない?」
「内容による。いーから言えって」
「あのね、あまりにも相手がしつこかったから ついカッとなっちゃって」
「ああ」
「…………ちょっと小突いたらのびちゃった」
「……」
 今度こそ腹の底から大きな溜め息が漏れた。
「おめーなぁ、おれと違って普通の奴は殴られ慣れてねーんだからな?」
「う……っ、そうみたいね」
「あと……」
「あと?」
「よくやった。んな酔っ払い、蹴り上げられても文句は言わさねえ」
「ありがと。あんたならそう言ってくれると思ったわ」
 まったく。ホッとしたような呆れたような、おれが傍にいないと酔っ払い1人からも守ってやれねーもどかしさのような、なんとも言えない感情が湧いてくる。
「…………ぁいてーな」
「え?」
「な、なんでもねえ。それより、もう家に着くのか?」
「うん。あと5分くらいかな」
「そっか」
 この時間ならまだ実家の近くの道も人通りがあるだろう。
 一先ず安堵し、それから残りの時間を惜しむように心持ちゆっくりと足を動かす。
「あのね、乱馬知ってる?」
「なに?」
「今日、ポッキーの日なんだって」
「へっ、くだらねー。どいつもこいつも企業の戦略にまんまと乗せられやがって」
「とかいって本当は興味があるくせに」
「ねーよっ」
「絶対?」
「絶対」
「あ、わかった。もしかして乱馬、今まで1度もポッキーゲームしたことないんでしょ」
「……」
「図星なんだ」
「……るせーな、おれはあんなチャラチャラしたのが嫌いなんだよ」
「またまた、カッコつけちゃって」
「そーゆーあかねはどうなんだよ」
「え? あたし?」
「おう。あかねはそのポッキーなんちゃらとかしたことあんのか?」
 まさかな。
 “そんなわけないでしょ、バカ”、“ははは、こいつぅ”なんてテンプレ通りの台詞が返ってくるに違いない。そう踏んでいたおれはまたしても驚かされる。
「失礼ね。あたしだってポッキーゲームくらいしたことあるわよ」
「えっ!?」
なによ、その声だなんて、いやいや、これは普通に驚くだろ。
「い、いつ?」
「あんたと出会う前」
 おれと出会う前って……それってあれか、中学校の同級生とかか? なんてマセたガキ共だ。
 いや待てよ。おれと出会う前って……それってまさか…………東風先生っ!?
 まさかな、まさか。いや、でも東風先生だってあ―見えて大人の男だ。少なからずかすみさんに似たかわいいあかねにせがまれたら つい魔が差して誘いに乗ってしまわなくもねえ。大体、丸い眼鏡はムッツリだって昔から相場が決まってやがるんだ。まさか、まさかとは思うが、まさかそれであかねの唇を……!!
「ちょっとー。聞いてるの?」
「な、なんだよっ」
 しまった。一瞬意識が遠い彼方に行っちまってた。
 電話口の向こうからはいかにも頬を膨らませていますというような、ツンと尖った声が聞こえてくる。
「なによ、いくら興味がないにしたって無視することないじゃない」
「べ、別に無視したわけじゃねーけどよ」
 そう。ちょっと落ち込んでただけだ。
 それによりおれの心とポッキーがちょっと元気なく下を向いてしまっただけだ。それだけだ。
「気になる?」
「へ?」
「あたしのポッキーゲームの相手」
「べ、別に気になんねーよっ!」
「あ、そう。ならいいの」
「……」
「もしもし? あれ? もしかして電波が悪いのかしら。もしもーし」
「……………………れなんだよ」
「え?」
「きょ、興味はねーけど一応聞いてやるっ。だ、誰としたんだよっ」
「あ、やっぱり気になるんだ」
「だから気になんねーっつーってんのっ! た、ただおれは おめーが言いてえんなら聞いてやろうと」
「別にいいわよ、無理矢理聞いてくれなくったって」
「だ――っ! い、いいから素直に吐きやがれっ! 誰としたんだよっ!?」
「まったく。素直じゃないんだから」
 あー頭に来る。なにそんな嬉しそーな声出してんでぃ。
 いーからさっさと吐け、吐いちまえ。言っとくが、相手によっちゃ容赦しねーからな!?
「聞いて驚かないでね」
「いーから早く言え」
「おねえちゃんよ」
「……へ?」
「テレビを見てたら特集でやっててね、なびきお姉ちゃんが“こんなのやって息苦しくないのかしら”って言うから試しに2人でやってみたの」
「……」
「でもダメね。なんかポッキーで口の中はもそもそするし、近くに寄って来る顔がお互いマヌケで笑っちゃって悲惨だったわ」
「そ、そーかよ……」
「ねえ、ちょっとはヤキモチ妬いた?」
「ずえんぜん。どーせそんなこったろ―と思った」
「よく言うわよ」
 ふふっと笑う声は全てを見透かしているようで、小さく舌打ちをすればごめんねと甘い反省が返ってくる。ずりいよなぁ。
「……あ」
「なあに?
「今日、空がすげーきれいだ」
「本当ね」
「こっちは雲1つ見当たんねえ。そっちは?」
「こっちもそうよ。その分、三日月が真っ白に光ってる」
「あーわかる」

 不思議だった。こうして離れてんのに見上げた空は繋がってて、こんな会話をしてると今すぐにでも会えるんじゃねーかと錯覚してしまう胸の高鳴りがまた少し切なくなる。

「あかねさ、大学の研修って終わったのか?」
「どの研修?」
「なんかみんなの前で発表してどーたらとか言ってたじゃねーか」
「ああ、社会的養護研修ね。ちょうど今必死でまとめてるとこよ」
「そっか」
 あかねの言う必死は相当必死だ。
 頑張ってんだな。すげーな。こっちのことは気にしないでいーから頑張れよ。
 そう言ってやりてーのにその先の言葉は口から出てこなかった。
「あか――」
「でもね、今日は頑張ってたご褒美にちょっと自分を甘やかそうと思って」
「褒美って?」
「そうねえ。たとえば甘いおやつを目いっぱい食べたり、お風呂でのんびりしたり、夜更かしして映画を観たり」
「夜中に甘いもんばっか食ってたらまた太るぞ」
「またってなによまたって、失礼ね。ちゃんと体だって鍛えてるもん」
 そりゃあんたほどじゃないけど、と悔しそうに続く台詞が妙にくすぐったい。
「なんなら11月11日にちなんでポッキーも食べちゃおうかな」
「まさか誰かとポッキーゲームしようってんじゃねーだろうなぁ」
「さあ、それはどーかしら」
「やめとけやめとけ、なびきとしたって虚しいだけだぞ」
「あら、誰がおねえちゃんとするなんて言ったのよ」
 なにぃっ? まさか、いくらおれがいないからっておじさんや親父とするわけじゃねーだろうなぁ!?
「ちなみに質問なんだけど、あたしがしようって言ったら乱馬はしてくれる?」
「あ?」
「だから。ポッキーゲーム」
「くっだらねー」
「そう言うと思った!」
「大体おめーがさっき言ったんじゃねーか。ポッキーゲームなんて息苦しくってマヌケだって」
「そうだけど」
「わざわざポッキー咥えて恥ずかしー思いすんなら普通にした方がずっといいっつーの」
「……へえ」
「なんだよ」
「乱馬は普通にキスしたいんだ。ふーん。へえー」
「バ……っ、バカ野郎! 今のは会話の流れで、その、」
「なんか意外。あんたでも素直にキスしたいとか思うのね」
「おめーなぁー……」
「ねえ乱馬」
「……」
「乱馬ってば。電話で無視しないでよ」
「なんだよっ」
「乱馬はあたしに会いたいって思ったりする?」
「は?」
 突然、何を言い出すのだ。
 唐突な質問の意図が見えない。
「なんだよ急に」
「いいからいいから。会いたい? 会いたくない?」
「会いたいって……」
 
 そりゃ会いてえよ。
 会って直接顔見てえよ。
 直接触れて、直接キスして、ポッキーなんて物すら邪魔ってくれえ、あかねの中を味わいてーよ。
 でもさ、前におれが週末会えるか? って聞いた時、言葉に詰まったのはあかねのほうだろ?
 あん時思ったんだよ。おれが聞きてえのはあかねの困った声じゃなく、こうして笑ってる声なんだって。
 だから。
 そのためには、おれの本心をそっと闇に隠す。
 
「バーカ。今あかね忙しーんだろ」
「まあ、それはそうなんだけど……でもそういうの抜きにして、乱馬はどう思ってるのかなって」
「お、おれだってその、今は稽古もきついし、なんだかんだでやることもあるし」
「そっか」
「週末は溜まってた家事もやんなきゃなんねーしな。こう見えておれだって忙しくしてんだぜ」
「やることいっぱいなのね」
「まーな」
「寂しがる時間もないって感じ?」
「寂しがるって何言ってんでい。い、言っとくけど明日だって自主練しに大学行こうかと思ってたとこだし、あとレポートだってやんなきゃいけねーからこの週末も予定がぎっちりでよ」
「……じゃあ、やっぱりあたしには会いたくないってこと?」
「ちが……っ」
 
 なんでわかんねーんだよ、このバカっ!
 そりゃあかねの気持ちもわからねえことはない。ここで素直に寂しい、会いたいと言えば一時的に心は満たされるのかもしれないだろう。
 けどそれを言ったところでどうなるってんだ。
 口にしちまった思いは加速をつけて眠らせてた感情を揺さぶり起こす。
 だから言いたくねえ。なんでそれがわかんねーんだよ。
 
「お、おめー なに急にムキになってんの」
「だってあんたが正直に言ってくれないから」
「あのなー。別に会いたくねーなんて一言も言ってねーだろーが」
「じゃあ会いたい?」
「……っ、だから!」
 
 はぁぁ……と肺ごとこぼれ落ちてしまいそうな溜め息をつく、その空気で顔の前がほわりと温かくなった。
 そしておれは観念し、群青色の星空を仰ぐ。
 
「…………会いて―よ」
「え?」
「あかねに会いてえ。どうだ、これで満足か?」
 
 もうとっくに足は自分のアパートへと到着していた。
 それでも中に入る気にはなれなくて。
 あかねと同じ空の下で繋がってる。そう思ったら、もう少しだけこの寒空の下で星を見上げていたかった。
 熱くなった耳と反対側に携帯を持ち替え、空いた手をポケットに突っ込む。
 
「もういーだろ。おれ、家着いたからあかねも気ぃつけて帰れよ」
 
 楽しいのに。
 話してるとこんなに楽しいのに、会えないことへの寂しさが淡雪のように積もっていく。
 距離になんか負けねえ。そう余裕で構えていたはずなのに、離れている時間と距離に心が負けそうになっているのはあかねではなくおれのほうだった。
 
「ねえ」
「なに」
「今、周りに何が見える?」
「周りって……だから言ったろ? もうアパートに着いたんだって」
「ふーん。じゃあ隣の自動販売機も通り過ぎちゃったんだ」
「ああ」
「えーっと、確かアパート横の電柱って“伊藤内科”の案内だっけ」
「おめー、よくそんなこと覚えてんな」
「まあね。あんたと違って注意深く観察してますから」
 いやいや、だからといって電柱に何が書いてあるかだなんて、普通は気にしたりなんかしねーだろ?
 呆れ混じりの声を漏らすおれに気を良くしたのか、「まだまだあるわよ」とあかねが続ける。
「乱馬のアパートの前にある駐車スペースは6台分」
「すげえ、正解」
「でもって1番手前は軽自動車専門スペース。違う?」
「正解」
「その奥に駐輪場があるのよね」
「……おめえ、立派なストーカーになれるぞ」
「失礼ね。じゃあここからはもっと別の才能を見せてあげるわ」
「別の才能?」
「そう、これからなんでも言い当てちゃうから。まず、今日は星空がすごくきれいでしょ」
「アホ。それはさっきおれが言ったんじゃねーか」
「えーっと、それからいつもアパートの前に停まってる黒い車が今日はないのね」
「……へ?」
「でもってなになに、携帯電話片手にコンビニの袋ぶら下げた男の人が自分の部屋に入らずアパートの前でぼーっと立ってて」
「ちょっと……」
「今日の服装はジーパンにパーカーに……やだ、コートも着なくて寒くないの? まあ、あんたって暑がりだし」
「ちょっと待て」
 
 嘘だろ?
 そんなバカな。
 こうして期待して、それが勘違いだったことなんか何度もあったじゃねーか。
 だけど。
 
 ゆっくりと後ろを振り向く。
 そこに立っていたのは、逆光でよく表情の見えねえショートカットの女のシルエットで。
 
「……へへっ、来ちゃった」
「……なんで」
 
 びっくりした? だなんて。
 おれの頬に伸ばす細い指を思わず掴み、また「なんで」とアホみてーに繰り返す。
 
「ヒント、今日は何の日だっけ?」
「何の日って……」
「11月11日。ポッキーの日でしょ?」
「……」
「だからせめて、ポッキーゲーム出来るくらいの距離で会いたいなぁって思って」
 
 ああ、なんだよ。
 バッカじゃねーのって強がってたいのに、気が付けば腕の中にすっぽりあかねの体を閉じ込めてて。
 ここにいんのが嘘じゃねーことを確かめるみてーに、その存在をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「苦しいんだけどっ!」と遠慮なく胸を叩く腕がほどなくして背中に回され、代わりにスンと鼻を鳴らしながら「……久し振り」と呟いた。
 首筋に埋めたおれの頰に冷えた髪が掛かる。もうすっかり冬の匂いだ。

「……言っとくけどおれはポッキーゲームなんてやんねーからな」
「知ってる」
「けどそれ以外のことは叶えてやる」
「それ以外のことって?」

 あかねだってわかってるくせに。
 まるで相撲でも取るように互いの体をゆらゆらと揺らしながら、片手であかねの背中を抱えるともう片方の手でポケットの中の鍵を弄る。
 なんかもう、溢れ出す。

「さっきの電話でさ、今日は自分へのご褒美っつってただろ」
「うん」
「甘いもん食って、一緒に風呂でのんびりして、夜通し映画観て……ってこれは出来るかちょっとわかんねーけど」
「なによそれ」
「だって時間がもったいねーだろ?」
 ニヤリと意味ありげに笑ってみせれば、また「バカ」と小突かれた。
「ちなみにお風呂は一緒に入らないからね」
「遠慮すんなって」
「遠慮じゃない」

 このバカバカしい会話からして蕩けそうになる。けどあと一歩。
 やっとの思いで玄関の鍵を開け、あかねの腕を引くように中へ招き入れるとそのまま扉を手前に引っ張る。
 バタンと騒々しい音を立て、暗闇に閉じ込められる2人。
 その距離はとっくに0になっていて、重ね合わせた唇は外の空気のように冷たくなっていた。それを温め合うよう、何度も角度を変えては靴を脱ぐ間も惜しんで貪り合う。久し振りの感触に頭はヒート寸前だ。
 ドサリと鞄を下ろし、コンビニの袋もそのまま床に落とす。
 コツコツと靴底の鳴る剥き出しのコンクリートが、堪えていた理性を丸ごと押し流していくようだった。
「ここ……玄関……」
「……知ってる」
 互いの吐息すら飲み込む、唇の表面が触れた状態でそんなこと言ったってもう手遅れだろ?
 だってあかねが言ったんだ。ポッキーゲームが出来るくらいの距離で会いたいって。そのゲームの終りは当然こうなるわけで、逆上せあがった頭でそっと瞼を開き、ほとんど何も見えない暗闇に白く浮かぶ首筋に舌を這わせる。
「……あかね」
「…………ん。今日はいっぱい、甘やかしてね……」
 そんなの。
言われなくても目いっぱい甘やかして、目いっぱい食らってやる。

「上等じゃねーか」

 これがおれ達なりのゲームのやり方なら、きっとどちらが勝者になっても悔しくない。
 抱擁して重ねた唇はいつしか熱を伴い、甘さの代わりに性欲の香りがした。
 滑らかな舌を絡めて喉を鳴らし、ひとつ、またひとつと服のボタンを外していく。こんなとっておきの褒美が待っているなら いくらでも企業の戦略とやらに乗ってやろう。
 早く早くと急き立てる衝動。
 その足元に、空気を纏ったパーカーがバサリと三和土に脱ぎ捨てられた。
 
 
 
 
 < END >
 
 
 
comment (16) @ 大学編  短編・番外編

   
Twitterの140字 乱馬×あかねSS・60編  | 今日、はじまる冬 

comment

管理人のみ閲覧できます : @
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017/11/12 Sun 09:48:21
管理人のみ閲覧できます : @
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017/11/12 Sun 12:23:13
管理人のみ閲覧できます : @
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017/11/12 Sun 16:50:01
No title : トロ @-
待ってました~❗ポッキーの日❗www
本編の可愛い二人のやりとりにほっこりした後の拍手話…まさかのポッキーゲーム新ルールww笑わせていただきました(^-^)
Twitterでも拝見したお話は腹筋が崩壊しました…乱馬くん下どんな事になってるのかしらwww
2017/11/13 Mon 06:50:49 URL
Re: タイトルなし : koh @-
ひ~コメント主様

こんばんは。
昨年もカミングアウトしたことですが、実は私はポッキーが食べられないんですよね……。
あの歯の隙間に挟まる感じともそもそ感が少し苦手なんです💦。あ、でもチョコたっぷりバージョンとか色々な種類が店頭に並んでいると「美味しそう~♡」と思うのですが(*^^*)。
なのでいわゆる王道のポッキーゲームは他の作者様にお任せということで。
ポッキーゲームってお互いのパーソナルスペースに踏み込む距離だと思うんです。
そんなことを考えていたら遠距離だったり、でも同じ星空を見上げられる距離だったり、はたまた実はすごく近くにいたり……という距離のお話を書きたい衝動に駆られまして書いちゃいました♡
お互い何かとバタバタしていますが、私のお話を読んで癒しと言っていただけることが私にとっては癒しになっています✨✨
書くだけ書いてなかなか読み返すことの出来なかったこちらのシリーズですが、久々の創作でとても楽しくて。今回もお付き合いいただきありがとうございました♡
2017/11/14 Tue 03:55:44 URL
Re: ありがとうございました!! : koh @-
m~コメント主様

こんばんは。

>  あかねちゃんが乱馬の愛を素直に受け止めているこのお話もいいですね。この乱馬の振り回されている感じが気持ちいいというか安心します(笑)

そうそう!まさにコメント主様の仰る通りで、高校時代は何かと乱馬に振り回されていたあかねちゃんがいつの間にか立場逆転しているような大学生編って書いていて単純に楽しいんです(*^^*)
特に通常の大学生編だとまだまだ不安な部分も垣間見えたりする二人ですが、こちら保育士さんパターンの場合はお付き合いが3年を超えてそれだけ積み重ねてきた信頼があるというか……。
細かいことを、って自分でも思うのですが、なんとなくこういったベースが自分の中でないとしっくり書けないのが難儀だったり楽しかったり(笑)。ガーッときてワーッと一瞬でいけないめんどくさい私です(^^;。
寝落ちまで電話とかバイバイを言いたくないとか、今思い出しても胸が疼くような時間をこの2人は過ごしているんですよね。そう思うと無性に愛おしくて、書いていてとても楽しいお話でした。
そして私、いつもコメント主様の温かいコメントに本当に励まされています✨✨。
ただ一言感想をいただくだけでも嬉しいのに、「あ、そこ。そこなんです、感じて欲しかったの///」と思うツボを見事に伝えてくださって毎回どれだけ読み返していることか……。
こんな風に言ってコメントを書くことが強制やプレッシャーに感じてしまわれたら本当に申し訳ないなと思うのですが、多分コメント主様の思っている10倍は喜んでいることだけお伝えしたくって。
本当にありがとうございます(´艸`*)♡
2017/11/14 Tue 04:06:21 URL
Re: ほわんとしました : koh @-
ゆ~コメント主様

こんばんは。
あちらこちらのコメント返信でも書いているのですが、私は冬のお話を書くのが好きなんです。
もちろん、読むのも。(なので「揺れるシーソー」シリーズとか「もうキスを数えない」とか大好きなんですよねぇ///)
私だけかもしれないですが、外にいる時に掛かって来た電話って部屋に入る瞬間に電波が悪くなるのが嫌で出来れば外でずっと話していたいんです。もちろん周りに迷惑でなければ、ですが。
なのでいつもよりもゆっくり歩く乱馬に対し、会いたくて早足で歩くあかねちゃんとの距離がだんだん近づいてきてアパートの近くで乱馬の背中を捉えたのかな、とか。
それとも「とぼとぼ歩いてる」と言って否定しなかっただけに「もしかして今急いで行ったら家に着く前に追い付けるかも」と思ったり。こういう何でもないことをあれこれ想像してみるのがすごく楽しかったりします(*^^*)。
お仕事もそうですが、ご家族って一緒に暮らしているだけに一度振り回されるとちょっとしんどい時期がありますよね。
きっと年末にかけてお忙しいと思いますが、またたまに息抜きしに来てください♡♡
2017/11/14 Tue 04:16:57 URL
Re: No title : koh @-
トロさん

こんばんは。
本編はね、めずらしくしっとりムードで書いていたのです。
乱馬の強がった優しさや、乱馬に会うために密かに無理を重ねて頑張ったあかねちゃんなど、「ああ、乱馬とあかねちゃん可愛い……」ってキュンキュンしながら会えるまでのやり取りをもどかしく思いつつも2人になったつもりで書いてみたり。
なのに。
なのに拍手でまさかの新ルールです(ギャフンっ!)
というのも実は私、ポッキーがちょっと苦手なんです汗。
なのでポッキーゲームでキュンとする図がどうしても想像出来なくて……。唇に細かな欠片が付いていたり口に物が入った状態でキスするっていうのがどうもわからない。
ならば新ルールを設けようと(笑)。うん、きっと乱馬くんもこっちのほうが楽しいに決まってる!
あ、ちなみにTwitterネタの方は一応パンツは履いています(*^^*)。じゃないとあかねちゃんのお部屋お出入り禁止になっちゃう(笑)。
2017/11/14 Tue 04:24:38 URL
管理人のみ閲覧できます : @
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017/11/14 Tue 12:56:47
Re: 白旗 : koh @-
青~コメント主様

こんにちは。
いただいたコメントを拝見して「そうそう!そうなのっ」と何度も頷いてしまいました。
今でこそ“すれ違い”って聞かなくなりましたが、昔は実際行ってみないと分からないこととか電話1つ繋がらないことでシュンとしたりしましたよね。なんせGPSも無い時代ですもん。
なんだか こんなことを言っていると「きっと君はこない~」のJRのCMを思い出してしまいます。
ポッキーの日だけどあくまで主軸は乱馬とあかねちゃんということで。王道(?)のゲームではなくどこまでも天の邪鬼な私(と乱あちゃん)です。
あ、でも拍手とそのまた拍手は完全に遊びに走りました笑。
シャレとしてぬる~くお付き合いください(^^;。ふふふ。
(お手すきの際にメールを確認してみてください……♡)
2017/11/14 Tue 17:48:23 URL
: 憂すけ @-
堪能させて頂きましたぁぁぁ!!
離れてる筈の2人が電話で繋がっていると思ってのやり取りが可愛くて。
「会いたい」そう言われることがこんなにも幸せなんだと思い知ったお話です♡
拍手も含めて、「いやぁ、乱あって本当に良いですね!」状態の自分です!(#^^#)
ポッキー、食べたくなっちゃったよ。息子とゲームしたら「キモ!」と言われるので一人淋しく食べます。・・・何ならkohさん、一緒にポッキーゲームします?(爆)( ̄▽ ̄)
2017/11/15 Wed 19:31:37 URL
No title : nebosuke @RO2y0j8g
(≧∇≦*)✩* ごちそうさまでした!!
2017/11/21 Tue 01:37:03 URL
Re: タイトルなし : koh @YbCInW7E
憂すけさん

こんばんは。
お返事が遅くなってしまってすみません💦。
ごめんなさい、わたしにはもう決めた人がいるので(だれ?)憂すけさんとはポッキーゲーム出来ませんが、叩いて被ってじゃんけんぽんなら今度受けて立ちましょう✨。
ズバリなポッキーゲームのお話ではありませんが、このくらいが自分の中で想像する二人の距離で。
イベント苦手の天の邪鬼な私ですが、想像しながらほっりしたお話なので楽しんでいただけて嬉しいです(*^^*)。
2017/11/25 Sat 17:22:53 URL
Re: No title : koh @YbCInW7E
nebosukeさん

こんばんは。
お返事が遅くなってしまってすみません💦。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)///♡
2017/11/25 Sat 17:45:07 URL
管理人のみ閲覧できます : @
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017/11/27 Mon 03:16:33
Re: タイトルなし : koh @YbCInW7E
y~コメント主様

こんばんは。
うふふ。なんとなくコメント主様はこんな空気感がお好きなんじゃないかなぁって書きながら顔が浮かびました。
私も冬のお話好きなんです。冬というか、季節が移ろう時というか。
日中はそうでなくても夜は肌の表面がひりりと冷たいような、そんな中ロボットみたいに左右に揺れながら体を離さず歩いたりとかね。寒い時期ならではだなぁという体温を感じる距離感が好きなのだと思います(*^^*)。
言葉にしてしまうと余計に切なくなることもありますが、それでも口にした乱馬の気持ちを組んでくださってとても嬉しかったです。
ありがとうございました✨
2017/11/29 Wed 23:34:46 URL

コメントを送る。

URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する