ダブル・A ②なにもない 

2018/03/04


 それからのコピーの行動は早かった。
 家に着くなりあたしのクローゼットを勝手に漁ると、一張羅のワンピースに身を包む。

「あっ! ちょっとそれ、あたしのお気に入り……っ!」
「いいじゃない。どうせ見た目は一緒なんだし」

 そして短いスカートの裾をひらひらとなびかせ向かった先は道場だった。中には頭の混乱を振り払おうと、乱馬が一人汗を流している。
 が、そんなのお構いなしというようにあたしの制止を振り切って扉を開けると、開口一番 図々しいことを口にする。

「ねえ、あたしとも手合わせしてよ」
「はあ!?」
「ダメ?」
「ダメって、それ以前におめーのその服が武道する格好じゃねーだろうが」
「ああ、これ? ちらっと見えてかわいいでしょ」
「な……っ!」
「どう? ちょっとはドキドキしたりしない?」

 そう言ってちらりとスカートの裾を持ち上げてみせるコピー。小さな花柄模様のワンピースからは無防備な太腿が堂々と晒される。
 なにバカなことしてんのよっ。
 コピーの腕を引っ張り冗談じゃないと雷を落とす、まさに寸前だった。

「ばかやろうっ! 言っとくけど格闘は遊びじゃねーんだぞっ!?」

 いつになく激しい剣幕で乱馬が一蹴する。
 その勢いに圧倒されたのはコピーだけではなく、隣にいたあたしも同様で。

「ったく、せっかく人が真面目に修行積もうとしてんのに茶化すくれーなら帰れっ!」

 語気を荒げた乱馬の声が板間に響く。
 これは……まずい。本気で怒ってる。
 何はなくともここは一度退散しよう。そう判断し、隣で固まるコピーの服を掴んで連れ帰ろうとした──のだが。

「……素敵」
「は?」
「そうやって真剣に打ち込むあんたってかっこいいと思うわ」
「へ? あ、あの、今のおれの話聞いてた?」
「もちろん! だからかっこいいって言ってるの」
「ちょっと!」

 ああ、もう一体なんなの!?
 あたしと全く同じ姿かたちをしながら そんな歯の浮くような台詞を言っちゃって、まるで目の前で罰ゲームを見せられているような恥ずかしさったらない。
 大体、あたしの顔でそんなことを言ったところで乱馬のことだ。せいぜい盛大に噴き出してバカにするか、露骨に眉をしかめるかのどちらかしかあり得ないわけで。勝手なことばかりのたまうコピーの腕を引っ張り、乱馬の反応を見ないまま扉に向かう。

「い、いいからコピー、帰るわよっ!」

 しかしコピーもめげない。
 あたしの手をいとも簡単に振り解くと、両手を顎の下で組みながら女の子らしくお願いのポーズを取ってみせる、その瞳は我ながらキラキラだ。

「じゃあ あたしがちゃんと道着に着替えたら手合わせしてくれる?」
「あ、あかね?」
「お願い。だってあんたの動き、無駄がなくてかっこいいんだもん」
「かっ、かかかかっこいいって、」
「ねえ、ダメ?」
「べ、別にダメってこた―ねえ……けど……」
「やったぁ! じゃあ今すぐ着替えてくるから待っててね!」
「あっ、ちょっと!?」

 最後は強引に約束を取り付けるや否や、道場を飛び出していく。
 バタバタと小さくなっていく足音。それを聞きながら、そこに残されたのは乱馬とあたしの二人きりで。
 一言で言えば台風だ。
 そんな暴風雨の余韻にしばし呆然とし、はっと我に返る。
 ちょうどいい、ここらでしっかり釘を刺しておかなくちゃ。
 意味もなくスカートの前を整え、コホンと一つ落とした咳払いだけが道場に響いた。

「あのね、念のため言っとくけど あれはコピーであってあたしじゃないんですからね!?」
「……」
「ちょっと乱馬、聞いてるの!?」
「あ、ああ、わりぃ。で、なんだって?」
「だからっ。あれはあたしじゃなくってコピーなんだからね?」
「わかってるって」
「わかってないから言ってるのよ。大体、あたしがあんたのことかっこいいなんて言うわけないじゃない」
「だ──っ! わかってるよ、いちいちうるせーなあ!」
「な、なによ、その言い方」
「ったく、おめーもちょっとはコピーみてーにかわいげある態度をとりゃいいのによ」
「な……っ、」
「人の顔見りゃわざわざ喧嘩売るようなことばっか言いやがって。大体、おめーにかっこいいなんて言われたところで嬉しくもなんともねーよ」
「あっそう。ならデレデレ鼻の下伸ばさないでよね!」
「どわぁれが鼻の下伸ばしてるってんでい!」
「だからあんたが──」
「お待たせー」

 そこにやって来たのはきっちり道着に身を包んだコピーの姿で、「よろしくお願いします」なんて両手を合わせ、ぺこりと頭を下げる。
 あたしの道着に身を包んだ、あたしそっくりの姿……。

「それにしてもあんたに手合わせしてもらえるなんて感激だわ」
「言っとくけどおれからは手ぇ出さねーぞ?」
「それでもいいわ。今日のところはね」
「今日のところって……おめー、まさか明日も道場に来るつもりかよ!?」
「当然でしょ」
「あほっ、当然なわけねーだろ!? んなことされたら稽古になりゃしねえ」
「だって……」

 コピーが乱馬の道着の裾を掴む。
 そしてクイッと自分のほうに引き寄せると。

「気になる男の傍にいたいと思うのがそんなに迷惑?」

 確かめるように見つめる、その目は真剣そのものだ。

「え……っ!? あ、あの、き、きき気になるって、え……!?」
「あたし、本当にあんたのこと好きになっちゃったみたい」

 だからよろしくね、と無邪気に笑ってみせる。
 それは恋する女の子の表情そのもので、不覚にも“かわいい”と。
 まるであたしじゃない別の女の子を見ているような、そんな気分だった。
 


 その晩、あたしのパジャマに身を包んだコピーとあたしは同じベッドで休むことになった。
 けっして広くはないシングルベッドに二人も横に並べばぎゅうぎゅうで。これから一週間、この状態が続くのかと思うと正直気が滅入ってくる。

「ちょっとー。狭いんだけど」
「それはこっちの台詞よ。文句があるなら床で寝る?」
「嫌よ。あかねこそ、毎日ベッドで寝てるんだからたまには床で寝たらどう?」
「あんたねえ」
「……あっ! もしかして」
「なによ」
「なんでもないとか言いつつ、実はあの人の布団の中に毎晩忍び込んで」
「そんなわけないでしょっ!」

 ああ、もう頭が痛い。お願いだからあたしと同じ顔でそんなこと言わないで。
 おかしいわねぇと首を捻るコピーに、おかしいのはあんたのほうでしょう? と言ってやりたいところだが、それをぶつけたところできっと質問攻めになって返ってくるのがオチだろう。
 やれやれと言葉を飲み込み、枕元のスタンドの明かりを消す。
 ふ……っと訪れた静寂の暗闇。そこに布団が擦れる音がし、続けてぽそりと聞こえた。

「ねえ」
「なに?」
「なんであんないい男が許婚なのに何もないの?」
「……バカバカしい。大体、今日会ったばかりでいい男も何もないでしょうが」
「意地っ張り」
「いいからもう寝るわよ。おやすみっ」

 なんで何もないのですって?
 そんなの あたしが聞きたいわよ。
 大体ねえ、あたし達の初対面なんて最悪だったんだから。
 お互い全裸で、しかも二回も見られて、挙句の果てにプロポーションまでバカにされて。
 こんな奴が許婚だなんて冗談じゃない。あたしは絶対親の思い通りになんてならないからね!
 そう心の中で固く誓ったあの日。
 
 ──気になる許婚の傍にいたいと思うのがそんなに迷惑?
 
 どこかで聞いたことがあるような台詞だった。
 ……そう。最初は嫌で嫌でたまらなかったのに、不思議と放っておけなくて。
 いつの間にか気になる存在として、あたしの心の中に乱馬が住み着いたのはいつからだろう。

 ──好きだって言わせてくれよ!

 あの時。呪泉郷で動けなくなった時、確かにそう聞こえたような気がしたのに、あれからあたしと乱馬の関係は何も変わっていない。

「……」

 ぎゅっと目を閉じる。
 早く一週間が過ぎますように。
 あたしと同じ顔をして、乱馬の前であんなかわいいことを言いませんように。

 シャンプーにも右京にも小太刀にも感じることのない、この焦りにも似た苛立ち。
 これが俗に嫉妬と呼ばれるものだということを、その時のあたしはまだわかっていなかった。




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comment (4) @ 高校生編 ダブル・A

   
ダブル・A ③隠したヤキモチ  | ダブル・A ①突然のライバル誕生 

comment

ぐぬぬ… : kimmy @-
これはホントに強力なライバル出現ですね!
あかねちゃんが三人娘の時と感じ方が違うのは、きっと乱馬の態度が三人娘の時とは違うと感じたからなんでしょうね。

タジタジの乱馬と押せ押せのコピーとモヤモヤのあかねちゃん、みんな目が離せませんね!
2018/03/04 Sun 00:25:27 URL
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2018/03/04 Sun 13:53:29
Re: ぐぬぬ… : koh @-
kimmyさん

原作後期の頃には、正直シャンプーや右京・小太刀に関してはあまり焦りを感じていなかったように思うんです。なんていうか、もう“妻!”みたいな佇まいで。
どっこい、そのライバルが自分自身になってくると相当戸惑うんじゃないかな、と……。
それまでは素直になりきれないやり取りを楽しんでいた部分もあるのに、そんな悠長なことも言っていられないというか。それでいて、素直なコピーに対して羨ましいと思う気持ちも募っていくと思うんですよね。
あかねちゃん頑張れ~と思いつつ、恋敵もあかねちゃんなので気持ち的には楽ちんです笑。
2018/03/05 Mon 00:02:26 URL
Re: 続き楽しみにしています! : koh @-
m~コメント主様

突然 目の前に素直なもう一人の自分が現れたらきっと戸惑いますよね。
しかも自分が出来ないことをして、言えない思いも簡単に言ってのける……。
そこら辺も乙女心としてはとっても複雑だと思います
しかしながら、前半は完全なるコピーのターンであっても…………
そこでまたお互い気付くこともあったらいいなぁ、なんて。
正直、私は他キャラがギャグでも乱馬に抱きついたりするのはイラッとしてしまうのですが(笑)、相手があかねちゃんだと思うと寧ろ「見せつけてやれ~」という気持ちにもなってしまったり。
原作ネタを摘みつつ、メビウスの輪のようにいつの間にか立場も視点も変わって巡って……となったら嬉しいです。
軽い気持ちで書き始めたのに、いざ投稿し出すと楽しくて広がる妄想……ふっふっふ////
2018/03/05 Mon 00:08:21 URL

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