ダブル・A ③隠したヤキモチ 

2018/03/05


 翌朝の目覚めは最悪だった。
 何度あくびをしても足りないというように口に手を当て、一階の洗面所へと階段を降りる。
 そこでぐいっとあたしの手を引いてきたのは他ならぬ乱馬だった。

「おめー、あかね……で合ってるよな?」
「あ、おはよう乱馬。今日は随分早いのね」

 くわぁ……とまたあくびが一つ、込み上げる。

「なんでい、流石のおめーでも心配で眠れなかったのかよ」
「そういうわけじゃないけど、コピーの寝相がひどくって」
「そりゃ本家のおめーもだろうが」
「嘘よっ、そんなの聞いたことないもん」
「いや、実際あんだけ暴れててよくベッドが壊れねーなと」
「っていうか、あんたあたしの寝てる部屋に忍び込んだことがあるわけ?」

 そうよ、人の寝相が悪いと決めつけるなんて失礼しちゃう。
 途端に「い、いや、だからな? ほ、ほら、あれだ! ウっちゃんの前で結婚してるフリでおめーの部屋で寝た時とか」なんて誤魔化すけど、あの時だって気付けば部屋の外で寝てたくせに。

「んなことより、大事な話があんだよっ」
「なによ、ケチ付けてきたのは自分のほうじゃない」
「く……っ、い、いいからよく聞け。おれ、あれから鏡屋敷のじいさんに電話して聞いたんだよ」
「聞いたって何を?」
「コピーの消し方。鏡の世界に戻すほかに何か方法はねえのかって」
「そしたら?」
「いっこだけあるって」

 乱馬の目は真剣そのものだ。
 あたしとしてもこの奇妙な共同生活をあと六日間も送ると思うと正直気が遠くなるわけで、次に続く乱馬の言葉を期待して待つ────と。

「キスすんだと」
「え?」
「だからな? 姿を映した本人がコピーにキスすれば、また本人の中に吸収されて戻って行くんだとよ」
「なにそれ。ずいぶん安直ね」
「安直でもなんでもいいじゃねーか。幸い、コピーはまだこのことを知らねえ」
「ってことは?」
「隙を見てあかねがコピーにキスすりゃ、何も一週間待たなくっても問題解決ってわけだ」

 どうだ、おれの情報も役に立つだろ? と乱馬が胸を張る。
 ちなみに、他の想い人とコピーが先にキスを交わせば本人の中に吸収することは不可能と知り、それはそれでなんとリスクの高い話なのだろうと驚愕した。
 けれど…………。

「……嫌よ。自分で自分にキスするなんて変な感じだもの」
「おめーなぁ」
「そんなに気になるならあんたがキスすればいいでしょ」
「あほっ! おれがキスしたってなんの解決にもなんねーだろうがっ」
「とにかくあと六日間でしょ? そしたらカーテンも出来るし、なんの問題もないじゃない」
「バ、バカやろうっ! おめーはよくっても おれが……っ!」
「おれが? 乱馬がなによ」
「い、いや、その、」
「とにかく学校に行く準備しましょ。遅刻しちゃう」
「あっこら! 言っとくけど期限は一週間以内だからな!?」
「はいはい」
「それを過ぎちまったらもう二度と吸収することは出来ねーんだぞ!?」
「わかったってば」

 この時、なぜあたしは素直に乱馬の言葉に耳を傾けられなかったんだろう。
 コピーが可哀想? ううん、そんなんじゃない。
 ただ。
 あたしが普段、乱馬に見せることの出来ない素直な姿。
 それをどこかで羨ましいと思う、もう一人のあたしがいたのかもしれない。

 
 *

 
 幸い、学校の制服は知人のお下がりがあったので大きな問題ではなかった。
 しかし、当然というのか、それとも予想以上というのだろうか。
 学校に着くやいなや瞬く間にあたしとコピーの周りには人だかりが出来上がり、その中心ではコピーが呑気に笑顔を振り撒いている。

「これがあかねのコピーかぁ」
「うん。よろしくね」
「すごいっ! 声までそっくりね」
「だって“あかね”だもの」
「何か目印がないとわからなくなりそう」
「ふふふ。なんせあかねとはホクロの位置まで全部一緒だもんね」
「え? ホ、ホクロって……、」
「そういういかがわしいこと言うのやめなさいよっ!」

 ざわめく教室ですかさずツッコむ。なんていうか、あたしのようであたしじゃなく。
 自分では到底言えないようなことばかりポンポン口にする、言わばリミッターが外れた爆弾を前にあたしは朝から消耗しきりだ。

「にしてもいいよなー、乱馬は」
「あん?」
「こんなかわいい許婚二人に囲まれてよ。あー、羨ましいぜ」
「けっ。かわいくねー許婚が二人に増えたとこで何が羨ましいってんでぃ」
「お、そういうこと言うのか。ならせめてどっちか寄越せ。おれはコピーでも構わんぞ」
「おめーらなぁ……」

 本気か、はたまた冗談か。
 クラスメイトの冷やかしに憮然とした態度を取る乱馬だったが、あたしだって言われっぱなしでは終わらない。

「あたしだってこんな優柔不断の許婚なんてまっぴらごめんですから」

 お互い「いーっ!」と舌を出し、威嚇し合った時だった。
 突然黒板が丸く膨らみ──その向こうから現れたのは惜しみなくにょっきりとさらけ出された生足で。その腰の後ろではよく手入れされた紫色の長髪がしなやかに揺れている。

「ニーハオ、乱馬」
「シャ、シャンプーっ!?」
「これ。出前のついでに愛妻弁当届けるあるね」
「愛妻弁当っておまいなぁ」
「愛する男の胃袋掴むの、妻の大事な役目ね」

 ごろごろと猫が喉を鳴らすように乱馬の首に腕を絡ませ、その膝の上に腰を下ろす…………
 …………のを、べりっと引き剥がしたのはあたし。ではなく、あたしのコピーだった。


「あかね!? 突然 なにするかっ」
「なにするはこっちの台詞よ! いきなり人の許婚にベタベタしてくれちゃって、悪いけどくっつかないでちょうだい」
「おまえ、あかね……じゃない……?」
「半分正解、半分不正解ってとこね。あたしは正真正銘 天道あかねから生まれた天道あかねよ」
「何言ってるかわからないある」
「別にわからなくていいわ。それより、あたしの許婚にちょっかい出すのはやめてくれる?」
「ふんっ。許婚なんて、そんな名ばかりの薄っぺらい関係──」
「あら。名ばかりの薄っぺらい関係かどうかは見て確かめたら?」

 そして次の瞬間、あたしそっくりの姿をしたもう一人のあたしが乱馬の膝に腰を下ろし──あろうことか、その両手を乱馬の首の後ろに絡ませた。

「ねえ、乱馬」
「え? あ、あの、コ、コピー……?」
「乱馬。あたし達って正式な許婚同士よね?」
「う、うん……」

 ワントーン甘えた声を出し、ぎゅっと胸を押し当てるように抱きつくコピー。反射的にそれを支える乱馬の腕はコピーの腰に回されている。

「それにしても昨日の晩は いっぱい汗かいて楽しかったわ」
「コ、コピー?」
「乱馬、見かけによらず激しいんだもん」
「ちょ、ちょっとあんた、何言って──!」
「ちょっとだけって言ってたのに、あんなムキになっちゃって」

 待って待って! これ、絶対勘違いされちゃうやつだから!!
 ほら、シャンプーだって鬼の形相で二人を睨みつけている。

「乱馬っ! これは一体どーゆーことあるかっ!?」
「い、いや、誤解だっ! おれだってまだそこまで……っ」
「昨日の晩 激しいとは何か!? ……まさか乱馬、私という者がありながらそんな色気のない女と」
「と、とにかくシャンプー! こっちもそれどころじゃねーから今日のところは帰れ、な?」
「言われなくても帰るあるっ!」

 ぷりぷりと頭から癇癪の湯気を立てるように教室を飛び出ていくシャンプー。そんな姿を見るのは初めてかもしれないと一瞬呆気にとられ、それからハタと現実に引き戻される。

「ちょっとあんた達、なにやってんのよっ!」

 ぐいんと引っぺがしたのはもちろん、乱馬の膝の上で腕を絡ませるあたしのコピーだ。

「ひどーい! なにすんのよっ」
「うるさいわねっ! あたしの姿でそんなみっともない真似するのはやめてよっ!」
「あら。とかいって本当は自分だって面白くないくせに」
「はあっ!?」
「そうやって物分かりのいいフリしててもかわいくないわよ」
「な、なに言って……! ちょっと乱馬、あんたからもなんとか言ってよっ」
「え? あ、えと、そ、そーだな! こ、ここは学校で周りに人もいるから」
「って そうじゃないでしょ!?」
 
 面白くない。
 面白くない、面白くない、面白くない。

 なによ、あんなデレデレした顔しちゃって。
 これじゃ、まるで学校じゃなければその続きをするとばかりにしか聞こえない。
 第一そんな真っ赤な顔して、いつもだったらかわいくねーとお決まりの台詞を吐くところも、今日は友人にからかわれるまま「うるせえっ」と返すのが精一杯だ。
 そんな乱馬の横では「照れない照れない」とあたしそのままの姿をしたコピーが、ちゃっかり乱馬の腕にしがみついている。
 なに いいようにされてんのよ。
 いつも三人娘にだって言うじゃない、離せって。なのにそんな気配は一向になく。
 それどころか、照れてる顔もかっこいいなんて言われてしどろもどろになっている乱馬は、もはや糸の切れた凧のよう。
 言っときますけどそれはコピーであってあたしが言ったんじゃないんですからね!?
 ましてや、あたしの意思でもなんでもないんだからっ!

「いやー、それにしてもまさか乱馬とあかねが堂々といちゃつく姿を教室で見られるとはなぁ」
「う、う、うるせえっ! 見せもんじゃねーぞっ」
「だったらきさまもコピーを振り解いたらどうだ?」
「やだっ! あたし、乱馬とこうしてたいんだもん!」
「え? あ、あの、そう……?」

 なーにが「そう?」よ。
 普段は人の顔見ればやれ ずん胴だの、かわいくないだの、言いたい放題のくせに。
 結局こうしてちょっと甘えられたら鼻の下伸ばしちゃって、これじゃあ あたしとあの三人娘、何も変わらないじゃない。

「とにかく離れなさいよっ」
「きゃ……っ!」
「ったく、おめーは相変わらず乱暴だな」

 …………なんなの、一体。
 無意識にコピーを庇うような素振りを見せる乱馬に腹が立った。
 普段はあたしのことなんて女の子扱いなどしないくせに、コピー相手だとまるで違う。
 引き離されるやいなや そんな残念そうな顔して。そんな真っ赤な顔で憎まれ口叩いたって、ちっとも説得力なんてありやしない。

「ふんっ」
「おーこわっ」


 おかげでその日の午後の授業は集中出来るどころの騒ぎではなかった。
 ノートを取ることすらも儘ならず、隣の席で何やら耳打ちし合う二人の様子を見ていないふりしてそれとなく観察する。
 あたしのノートはもちろん、乱馬も、そしてコピーのノートも依然として白紙のままだった。
 そこから察するに、どうやらコピーは勉強が苦手らしい。が、突然現れて高校二年生の授業を受けるとなったらそれも当然のことなのかもしれない。
 コピーといえどどこまであたしの内面を反映しているのか。外見は言わずもがなだが、中身は似ているようでまるで違う。しかし、本当に違うかといったら、同じ人に惹かれている時点で全く違うとも言いきれず……そんなコピーはクルクルと指の上でシャーペンを回し、全くわからないと頭を抱えている。

「なんでい、おめー勉強苦手なのかよ」

 それにちょっと嬉しそうな顔で声を掛けるのは乱馬だ。

「悔しいけどさっぱり。あんたは?」
「おれ? おれは……たまたま数学だけはちょっと苦手で」

 よく言う。あんたなんて体育以外オール教科苦手じゃないの。
 いっそ消しゴムでも投げてやろうかしら。
 そんなあたしの胸の内など、知る由もないコピーは勝手なことを口にする。

「別にいいじゃない」
「へ?」
「格闘家に学歴なんて関係ないわ。それよりも大事なのは強さと顔よ」
「コピー……」
「だから大丈夫。あんたが勉強できなくてもあたしはあんたを信じてるから」

 なにを勝手なことを……。喉元まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。
 だってそこで目にしたのは、なんの計算もない乱馬を信頼しきったコピーの言葉に、乱馬が感動したような表情を浮かべていたからだ。

「おう、格闘家はやっぱ強さだよなっ」
「それから顔ね」
「そこはなんの問題もねーだろうが」

 ふふふと笑い合う二人のやり取り。
 やめて。
 あたしと同じ顔をして、あたしと同じ姿でそんなことを言うのはやめて。
 あたしに向けられる乱馬の視線がいつになく優しい。けど、あれはあたしじゃない。
 あたしじゃなくて、コピーに向けられた優しい視線……。

「……」

 ぐっと力を込めたシャーペンの芯がパキンと折れる。
 そのままペンの先がノートに小さい穴を開けた。小さい小さいその穴は、まるであたしの心に生じたブラックホールのようで。
 当たり前だと思っていたことが、ほんのちょっとでひっくり返る。
 乱馬が他の女の子にあんな優し気な表情を見せるだなんてこと、一昨日までは想像すらしなかった。ましてやそれが、あたしと全く同じ姿だなんて。

 やめて。
 やめて。

 やり場のない思いが負の感情となってみるみる広がっていく。
 その真っ暗な穴に自ら引きずり込まれていくことに、あたしはまだ気付いていなかった。

 


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comment (8) @ 高校生編 ダブル・A

   
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comment

何だろ… : kimmy @-
何だろ…kohさんのおっしゃる通りあかねちゃんを応援する気持ちもありつつ、反面他のキャラではあり得ない「いいぞ!もっとやれ!」と思ってしまうこの気持ち…(--;)
kohさんの術中にまんまとハマってますwww
2018/03/05 Mon 00:29:49 URL
管理人のみ閲覧できます : @
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2018/03/05 Mon 10:44:28
最高です・・・! : 憂すけ @-
ヤダモー!あたしこのシリーズも好きですわー!!
だって誰が一番最強のライバルって事に頭が回らなかったけど、三人娘なんて目じゃないでしょうよー!
「あかね」ちゃん!!声も身体も「あかね」ちゃんでしょう!?
そんなの誰が勝てるって言うんですか!?
・・・そらーね・・・一人だけいるけどね・・・でも何だかその子は、傷ついちゃっているしさ・・・。あたしも一緒に焦れ焦れ中なんですけどぉぉ!!( ;∀;) 
明日からまた頑張ります!!あぁ続きが楽しみで、何も手に付かないなぁ・・・!!💦
2018/03/05 Mon 13:09:08 URL
管理人のみ閲覧できます : @
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2018/03/05 Mon 13:59:15
Re: 何だろ… : koh @-
kimmyさん

乱馬とあかねちゃんの間に入り込む存在に対してお猪口二杯分くらいの器しか持ち合わせていない自分が唯一ライバルだと認められたのは、他でもないあかねちゃんのコピーでした(^^;。
原作を読んでいる時、一度くらいはスカッとあかねちゃん側から関係をアピールしてみたい。
そんな願望で思わず書いてしまいました笑。
コピーなんだけど。
コピーだからモヤモヤするしあかねちゃん頑張れ!って思うんだけど、反面「もっとやれ!」と思ってしまう私です。
2018/03/06 Tue 17:11:53 URL
Re: 続き楽しみにしています! : koh @-
m~さん

そうそう。リアルタイムで原作を読んでいた時は「ああ、もうあかねちゃんも“乱馬は私の許婚なのよ!”ってアピールしちゃえばいいのに」なんてヤキモキしたもので。
もしも実際そうなった時、乱馬の背後には例の「くらくら」という文字が並ぶのではないかと思うだけでご飯三杯いける妄想ですよね^^。
ただ、コピー。
コピーなんですけど……。
そして本物のあかねちゃんが見ている前なんですけど……。
ただ、まだ週の真ん中ちょい手前。勝負はここからだと私的に思っているので、引き続きニヤニヤお付き合いください♡
2018/03/06 Tue 17:16:21 URL
Re: 最高です・・・! : koh @-
憂すけさん

ありがとうございます////
誰だって一度は妄想しちゃうであろう、コピーネタ。
ましてや あかねちゃんが世に二人なんて贅沢過ぎません??
考えただけでウッホウッホですよ。まあ、若干乱馬が羨ましけしからんなのですが笑。
突然ライバルが現れたらそりゃ戸惑うし、その勢いに一歩退いてしまう時もあると思うんです。
けど……けど、です。
最後まで読み進めていただければ、私の書きたい意図も少し見えてくるかな、と^^。
好きって言ってもらえるの、すごく嬉しいです!ありがとうございます✨✨
2018/03/07 Wed 00:18:34 URL
Re: モヤモヤ : koh @-
青~コメント主様

返信不要とのことでしたが、嬉しくて少しだけ……^^。←我慢出来ない人
このシリーズ、部分的にスカッとすることはあってもやっぱり あかねちゃんが切ないですよね。
だってどんなに乱馬がデレても相手はコピーなんですもん。いや、自分のコピーだから余計に切ないのかな。
私、コメント主様の言葉で笑っちゃったのが「(学生時代にはわからなかったけど) あかねに連日夜這いかけないだけでも十分男らしかった」です笑。
でもその反面、色仕掛けのシャンプー達にはなんだかんだでギクッとしながら あかねちゃんにはかわいくねーを連呼する乱馬が昔は私もムカッときて。
大人になると「ああ、なんだかんだ言っても男子高校生だし」とか「寧ろ我慢するところは耐えに耐えて偉いよ」とか色々わかるのですが、当時はわからなかった笑。
な・の・で、当時の気持ちを振り返りつつ、お互い少しやり直して(?)もらおうと思います^^。
今はまだ切ないですが、そのうち二人の変化も書いていけたらいいなぁ、なんて。
ああ、少しとかいって長々と失礼しました(´▽`;)
2018/03/07 Wed 00:27:13 URL

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