つんと尖って、ほろりととける。 

2018/03/14
まだ付き合っていない高校二年生、ホワイトデーのお話です。
先月の【たったひとつのバレンタイン】の対になっておりますので、そちらと併せてお楽しみください。
拍手には簡単なあとがきとコメント返信兼ご挨拶があります。



 おれ、早乙女乱馬 十七歳は悩んでいた。
 人から愛される星の下に生まれてこのかた、ずば抜けた格闘センス、非の打ちどころのない完璧な容姿、たとえ女になろうともその美貌は変わらずで、こんなにも恵まれているのに一体どんな悩みがあるのだと妬まれるかもしれない。
 が、そんなおれにだってやはり、悩みの一つや二つはある。

 ひとつはこの呪われた変身体質のこと。
 そしてもうひとつは、明日迎えるホワイトデーのことだった。
 
 あかねの部屋で宿題している時。
 みんなで卓袱台を囲んで食事をしている時。
 テレビを見ている時。
 ふとしたタイミングでカレンダーや今日の日付が目に入る度、おれの心はドキンと跳ねた。
 おかしいな。ちょっと前までは「もう三月か。まぁまだ時間はあるし大丈夫」などとのんびり構えていたものの、気付けばもう明日に迫っているのがホワイトデーなわけで。
 
「乱馬。ホワイトデーは明日あるぞ。わたしと一日デートするよろし」
「今日はあったかいな、乱ちゃん。……と思ったらもう三月も半ばかいな。今日は三月十三日っちゅうことは明日は三月十四日やね。三月になってもう十四日も経とうとしてるなんて早いわぁ」
「乱馬様! 私の心は既に乱馬様のもの。明日、熱いお気持ちを期待しておりますわ!」
 
 などと好き勝手言うあいつらはこの際置いといて、おれはあかねにどう切り出すかを悩んでいた。
 といってもここは布団の中。
 そう。元来慎重でナイーブなおれは考え過ぎるあまり声を掛けるタイミングを逃し、こんな間際になってしまったのである。
 あと一時間弱でホワイトデーを迎える。その現実を前に、なかなか眠りの波が訪れようとしないおれ。仕方がないので豆電球に照らされた天井の木目を見つめながら、ぼんやりと昨年のことを思い起こしていた。
 去年、学校帰りにあかねから渡された小さなチョコ。普段だったらなんてことない、一口で飲み込んじまうようなハートのチョコ。それがおれは堪らなく嬉しくて、実は未だに箱に入れたままとってある……なんてあかねが知ったらどんな顔をするだろう。
 ひとつ言い訳すると、これは何も絶対にとっておこうと思ったわけではない。
 ただ、ホワイトデーの返しを終えたら食おう、何もすぐに腐るもんでもあるめーし、それまではこっそり持っておくのも悪くない。そう思っただけだった……のだが。
(昨年のホワイトデー、おれ なにしてたっけ?)
 ……ああ、そうだ。
 あの日もいつものように三人娘に追いかけられてて。
 それこそ借金の取り立てか? ってなくれえの勢いでしつこく付き纏われ、家に辿り着いた頃には使い古したボロ雑巾の如く疲れきっていたおれは飯もそこそこに布団に潜り込み、そのまま朝まで寝ちまったんだ。
 あかねは何も言わない。
 もともと「こうして欲しい。ああして欲しい」と大っぴらに言うタイプではないが、翌朝洗面所で出くわした時も「あら、おはよう」なんて澄ました顔してさ。
 おれの顔に残った傷跡にちらりと視線をやりながら、「昨日は災難だったみたいね」なんて、まるで他人事みたいに言って絆創膏を一枚渡してきただけだったっけ。情けねーことにおれはその時初めてホワイトデーのお返ししそびれたことを思い出し、かといってどうすることも出来ないまま、また一年後の三月十四日を迎えようとしている。

 っつーか、ホワイトデーってなんだよ。そもそもの由来がわかんねーし、はっきり言って何をどうしていいのもわかんねえ。たとえばバレンタインだったらチョコって明確な答えがあるところ、ホワイトデーときたら やれクッキーやら、やれマシュマロやら、なんとなく女が喜びそうなもんってくらいの定義なだけで。
 しかもあれだろ? その代物によっては本命だの友達だの片思いだの意味合いが異ななってくるらしく、そうなると正直、おれはもうお手上げだ。
 本命だと思われるのも妙な恥ずかしさがあるし、かといって要らぬ誤解も招きたくない。いや、その前に そのくだらねえ意味すら調べる気力が湧いてこねえ。
 …………とまあ、散々自分に言い訳してきたのだが。
 あの日──一カ月前、あかねの部屋でのことが頭を過ぎる。

「これ」

 そう言って、ぴいーんと投げられた四角い小箱。
 昨年同様、それはすげえ小さくて特別にデコレーションされたものではなかったけど。
 それでもおれは、華やぎ過ぎないシンプルなチョコがあかねらしくて嬉しかったんだ。
 いや……チョコじゃない。
 チョコじゃなくて、あかねが呆れたように眉を下げながら、それでも照れくさそうに笑うから。
 だからおれ、すげえ嬉しかったんだ。
(……にしても どうすっかなー)
 こんな時、急に自分が気が利かねえ男になったみたいで何とも情けねえ気分になる。その一方でイベントに振り回されるちゃらちゃらした奴にはなり下がりたくないという思いも捨てきれず、堂々巡りを繰り返すおれ。
(いっそ、あかねのほうから欲しいもんでも言ってくれりゃあ気が楽なのにな)
 そこまで考え、ハッと閃いた。
 そうだ。なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。灯台下暗し、傍目八目。
(よしっ、今年こそばっちり決めてやるぜ!)
 わはははと笑いそうになる声を布団の中に隠す。
 こうしておれの、三月十四日が始まった。
 
 

 
 【 つんと尖って、ほろりととける。】




「行ってきまーす」
 
 居間にいるかすみさんとおふくろ達に聞こえるように声を張り上げ、玄関を潜る。
 遅刻するほどではなく、それでいてめちゃくちゃ時間に余裕があるかっつったらそうでもない。
 ただ、一カ月前に比べて吐く息が白くならない青白んだ朝の空気の中、あかねは用水路沿いの道路を、おれはその横のフェンスの上を歩いていた。
 とにかく、こういうことは落ち着いてだな。
 自然に。自然な感じで切り出すに限るわけで。
 コホンとひとつ、あかねに聞こえない響きの咳払いを放つ。
 そしてまっすぐ前を向いたまま、さも今気づいたと言わんばかりに声を掛ける。

「そ、そーいえばよ」
「なに?」
「きょ、今日ってあれだな。その、」
「今日? あれ?」
「だ、だから、その、ホワイトデー……」
「ああ、そういえば昨日からシャンプー達が騒いでたわね。なに? 今日はあの子達と過ごすの?」
「だ──っ! そ、そうじゃねーよっ!」
 
 なんてニブいんだ、クソっ!
「なによ、いつもはっきりしないで追いかけられてるくせに」と溜め息をつかれれば、それに対して尤もらしく反論する台詞も出てきやしない。
 が、ここで無駄な言い争いをしてる場合じゃねえ。
 なんとか気を取り直し、ひとまずあいつらの件は抜きにして話を続ける。
 
「そ、その、一カ月前、おめーもおれにくれただろ?」
「あら。一応覚えてたんだ」
「一応ってなんだよ、一応って。こう見えてもおれは義理がてーんだぜ?」
「そうかしら。そのわりには去年はなんのお返しもなかったけど」
「あ、あれは……っ! その、」
「なんてね、冗談よ冗談」
 まるで何でもないことのようにさらっと流すあかねの目は、おれじゃなく道路の先を見つめたままだ。

「あたしだってあんな小さなチョコしかあげてないし、元々あんたからのお返しなんて期待してないもん」
「おいこら。どーゆー意味だよ」
「だからそういう意味よ。いちいちイベントに惑わされて律儀にお返しするようなガラじゃないってこと」
「ま、まあ、そりゃ面倒くせーとは思うけどよ」

 けどさ。そーやっておれが面倒くさがるのを知ってて、それでもあかねはおれのためにチョコを用意してくれてたんだろ?
 そう思ったら、それを面倒という言葉だけで片付けちゃいけねえ。そんな風に思う自分がいた。

「あのよー」
「なに?」
「おめー、なんか欲しーもんとかねえの?」
「欲しいものって?」
「だ、だからっ、その、ホ、ホワイ…………のお返しとか、」
「乱馬、お金あるの?」
「へ? 金?」
「そう。ついこの間もなびきおねえちゃんに弱みに握られてたみたいだし、一昨日は大介君達とラーメン食べに行ってたでしょ?」
「それは、その……」
「あんたが万年金欠ってことくらい知ってるから別にお返しなんて気にしなくていいわよ」
「おいっ」

 なんだそれ。
 おめーはおれのおふくろか。はたまた財布の紐を握る嫁ってか。
 達観したように話す、その言葉に嫌味めいた響きはない。

(こいつの、こういうとこだよな)
 普段は言いたいこと言って、遠慮なしにぼかすか人に手を上げやがって。
 だけどどうだ。
 いざ自分が要求できる立場になると途端にその影を潜め、誰よりも物分かりのいい奴になっちまう。
 尖っているようで先は丸く、甘くないようで周りに優しい。
 我が我がと主張するあいつらの中で、そっと自分の気持ちを隠すあかねはきっと自分で思っている以上に不器用な女に違いない。
 だけど…………。

「いーから言えよ。飴でもパフェでも いっこだけおめーの希望を叶えてやるから」
「だからいいってば」
「たまには人の言うこと素直に聞けっつーの」
「だってよく言うじゃない。タダほど高いものはないって」
「だ──っ! とにかく、今回だけは真面目に言ってんだっつーの! いいから」
 
 そこまで言った時だった。
 ────殺気。
 ハッと後ろを振り返った瞬間、ぶぎゅるとおれの頭にタイヤの跡が刻まれる。
 
「乱馬! 約束のホワイトデーの返し、もらいに来たぞ!」
「乱馬様! 乱馬様が勇気を振り絞れるようにわたくしからやってまいりましたわっ」
「乱ちゃん! 放課後は店が忙しいからに今 話つけようやないの」
「おめーらなぁっ」
 
 朝っぱらから人の頭を轢いた上にヘラやらクラブやら投げつけてなに言ってやがんでい。
 そんなおれの前方には「先行ってるわよー」と我関せずを貫いたあかねの後ろ姿。
 
「待てっ、あかね!」
「遅刻しないようにしなさいよね」
「さっきの話っ! ちゃんと考えとけよっ!」
 
 聞こえていたか聞こえていなかったかはわからない。
 ただ、波乱の幕開けで始まったこの日の学校生活はそれ以降特に変わったところもなく、
「あ、乱馬。今日 委員会があるから先に帰ってて」
「おう」
 忙しい忙しいと手に書類を抱えたまま廊下を早足ですれ違っていくあかねは、まるで今朝のやり取りなど忘れてしまっているようだった。
 
 
 

「ただいまー」

 いつもよりも一時間以上遅く帰った玄関先で、目にしたのは意外にもあかねの靴だった。

「あら、おかえりなさい。あたしより帰りが遅いなんて何してたの?」
「い、いや、別に、その」
「あ、わかった。またあの子達に追いかけられてたんでしょ」
「違うっつーの。その、とにかくおれにも色々やることあんだよっ」
「ふーん……色々やることあるんだ」
 
 朝と違い、じっとおれの瞳を見つめてくる。
 正直、心臓に悪い。なんか全部見透かされてるみてーで、全身が太鼓になったみたいにバクバク脈を打つ。
 
「朝のあれ、本当?」
「へ?」
「なんでも……ひとつだけ言うこと聞いてくれるってやつ」
「おう。男に二言はねえ」
 
 とはいってもべらぼうに高いもんは無理だけどと頭を掻くおれに、そんなの頼まないわよとあかねが笑う。
 
「じゃあね、リクエストしてみてもいい?」
 
 パチパチと期待を含んだ瞳。
 その思いがけないお願いに、おれのほうが意表を突かれたのは言うまでもなかった。
 
 
 *
 
 
「でやぁぁぁぁああああああ──っ!!」
 
 ぶぉんと足で風を切る音が聞こえる。
 すかさず耳の横に繰り出される拳。
 後ろで腕を組んだままそれを避ければおれの腹目掛けてもう片方の足が飛んでくる。
 
「ちょっとぉっ! 少しは打ってきてよ!」
「やだね。言ったろ? おれは手を使わねえのが条件だって」
「あんまりそんなナメたこと言ってると……」
 
 ぐっと効き足を踏みしめる。
 汗で湿った板の間がキュイッと音を立てた。
 
「後悔するんだからっ!」
 
 ダンッと一際強い響きがした。
 勢いのまま突進するよう、あかねの拳が顔の真ん前に突き出される。
 その様、まるで怒り。
 見た目こそ華奢で男のおれとは違う骨格だが、その胸の中には強くなりたいという闘志が燃え上がっている。
 そこから放たれる撃は、女のものとは思えない。
 眉間を目掛けて空を切る拳は一切の容赦なく、空気を模振動させた。
 おれは極少ない動きで身を引き、風圧を感じる距離でそれをかわす。
 あかねが動ならおれは静。
 あかねが炎ならおれは水というように、対極にある二人の動きは肉と肉の衝突を許さない。
 
「どーした。もう降参か?」
「っ、まだまだぁっ!」
 
 残像を斬るあかねの掌。
 悔し気に寄せた眉の下からのぞく瞳は野性的な光をぎらつかせていた。
 が、抑えきれない気は次なる攻撃を容易に予感させ、たまには受けてやろうと思おうにも自然と体が避けてしまう。
 
「おめーさ、いつも攻撃が単調過ぎんだよ」
「なんですって!?」
「確かにおめーの攻撃はきれいなんだけどよ、良くも悪くも型通りなんだよな」
「どういう意味?」
「空手みてえな型っつーか。見てる分にはそれなりでも、実戦では無理があるっつってんの」
「……たとえば?」
 
 息を乱したあかねが帯を締め直す。
 その顔は先程の激情している様ではなく、ひたむきに武道を志す一人の少女のものだ。
 見れば顎の下からは透明の汗が伝っている。
 床に落ち、ポツッと弾けるあかねの汗。
 その汗を道着の袖でグイッと拭うあかねの額が露わになり、少しだけ大人びて見えた。
 
「まずな、おめーは相手が常に前にいると思い過ぎ」
「え?」
「確かに試合の時は真っ直ぐ向き合うかもしんねえ。けど実戦となると話は別だ」
 
 ああ、おれなに言ってんだろ。
 あかねがそんな危険な場に出くわさねえよう願ってんのに、一方でこのじゃじゃ馬が余計なお節介で首を突っ込み、自ら危険を被りそうでついムキになっちまう。
 
「目の前の敵から攻撃を繰り出されて素直に受けてもらえると思うか? ちげーだろ。大抵の場合は防御か、かわす姿勢を取る」
「それは……確かにそうかもしれないわね」
「だろ? そして放った攻撃ってのはたとえ防御だったとしてもどっかに当たる方が断然楽なんだよ。その点、一番まずいのがおめーのやってる空振りだ。体力が倍削り取られるだけじゃなく相手に隙を与えちまうんだぜ」
「あ……」
「だからおれが手ぇ使わねーでおめーの攻撃をどこまで避けられるかってのも、あながち間違った特訓じゃねえってわけ」
 
 よし。なんとか上手くまとめられたな。
 あかねときたらタオルとスポーツドリンクを凝視しながら、それから納得したように頷いた。
 
「……すごいね、乱馬は」
「あん?」
「あたしが基本の型通りだとしたらあんたは実戦。なんかずっと先を行かれちゃってる気分」
「実戦には基本がなきゃ勝てねーんだぜ」
「うん。そうなんだけどね」
 
 へへっと笑ってみせる、その顔には悔しさがにじんでいて。
 きっと学校の奴らが思っている以上に、おれだけが知る格闘家の表情をしたあかねの姿がそこにあった。
 
「にしても あかねも物好きだよなぁ」
「なんでよ」
「せっかくおれがなんでもひとつ言うこと聞いてやるっつってんのよ。よりによってまさかの手合わせだもんな」
「いいでしょ。どうせあんた、お金もないんだし」
「まぁそーなんだけどよ」
 
 ぐ……っ。なんか情けねーな。
 いまいち決まりきらねえっつーか、最初からおれの懐具合を察して遠慮されてんのかと思うと、それはそれで男の沽券に拘るってもんで。
 悪かったなと不貞腐れそうになるのを誤魔化して水を口に含めば、意外な言葉をあかねが口にした。
 
「でもね、もしも何かの間違いであんたがお金を持ってたとしても、手合わせをお願いしようとしたのは本当よ」
「へ?」
「だって考えてもみてよ。もしもどこかに出掛けたって結局誰かしら邪魔が入りそうだし」
 
 ……確かに。
 それは三人娘のみならず、学校の悪友共、なびきやおじさん、その他諸々。
 油断ならねえったらありゃしねえ。
 
「ましてや、ホワイトデーなんて言ったら あの子達が黙ってなさそうじゃない」
「あの子達って」
「シャンプーや小太刀たち。まあ朝のうちに楽しくやってたみたいだし? もしかしたらそれ相応のお返しももう済んだのかもしれないけど」
「待て待てっ、なんの返しをするってんでぃ」
「さあ?」
 
 言っとくけどなー、おれがホワイトデーを意識した相手なんてあかね一人だけなんだからな!?
 大体バレンタインっつったって、あいつらが勝手にチョコをおれの口に突っ込んだだけで、正直どれが誰からなのかもさっぱりだ。そんな奴らに義理でも返しなんかしてみろ。今度こそそれを理由に血を見る争いが繰り広げられるのは間違いなく、みすみす危険な真似をするほどおれは愚かじゃない。
 言えねーけど。
 こんなこと、口が裂けてもあかねには言うつもりねーけど。
 
「でもね、道場(ここ)なら少なくとも周りの邪魔は入らないでしょ?」
「え?」
「だからその間だけ乱馬を独占…………なんてね」
「あ、あかね?」
「あら、もうこんな時間ね。そろそろあがる?」
 
 タオルで汗を拭った素肌は赤みが引き、肩を大きく上下していた呼吸の乱れもすっかりおさまっている。にもかかわらず、頬を染めてそんなかわいいことを言うのは反則だろう?
 ぺろりと見えた舌の赤さに、思い出したように左の胸が高鳴った。
 
「ま、待てよっ」
「なに?」
「そ、その……さ、さっきの実戦の話! おめー、まずは上下の動きを取り入れてみろっ」
「上下?」
「そう。どんなに相手がすばしっこくったって、その足元は地面についてる時のほうが圧倒的に長いわけだろ?」
「うん」
「だからな、顔や腹ばっか狙うんじゃなくて足を狙え」
「足……」
「あともっと緩急つけろ。相手にぴったりはりついときゃいいってなもんじゃねーぞ」
「たとえば?」
「たとえば一歩間合いを詰めたら必ずまた距離を取る。あ、言っとくけど規則正しくすんなよ? あくまでランダムに、今までそこに居たと思ったらパッと身を引く駆け引きが大事になってくんだからな」
「不規則に……」
「そ。そんでうまいことタイミングを掴めばどんな奴でも必ず隙が出来る。わかったか?」
「……うん。うん。うんっ! すごいっ、なんか妙に納得しちゃった!」

 まるでその場で飛び跳ねるようにあかねが両手を前で組んで頷く。
 いつもこんくらい、素直でかわいけりゃなぁ。
 ……まあ、それはそれで心配が尽きねえ気もするけど。

「ならついでに試してみるか?」
「え?」
「“実戦”として。その代わり、いざとなったらおれも手を使うけどな」
「そ、それって、本気で向かって来てくれるってこと?」
「言っとくけど無駄な攻撃はしねーぞ。ただ、隙があれば手加減はしねえ。どうだ? やってみるか?」
「やるっ! やりますっ! 望むところよっ!」
「つっても制限時間は三分な」
「えーっ!? たった三分だけ!?」
「あほ。たったって言うけどプロのボクサーだって三分が限界だっつーの」
 
 だから本気で掛かってこい。
 目で挑発する。
 もちろんあかねもそれに視線で返し、互いの口角がふっと上がった。
 壁に掛かった時計の秒針が頂上に着くのを目で追い、あかねが構える。
 
「行くわよっ!」
「どっからでもかかってきやがれっ」
 
 しん……と空気が張り詰めた気がした。
 刹那、あかねの体がおれの懐に入り込む──ものの、それも当然のことだった。
 なんせ おれはガードをしていない。
 その代わりにあかねの足を払い、漫画のようにあかねの体が床に転がる。
 
「足元。狙ってけっつった意味がわかったか?」
 
 これがおれなりのやり方だ。
 すかさず低い位置で防御の姿勢をとりながら、あかねが頷く。その目は確かに悦んでいた。
 
「はっ!」「やぁっ!」

 腹に込めた気を発するよう、短く発せられる掛け声。
 それは先程までの響きではなく、自らの気を操ろうとするあかねの意思を感じた。
 チッとあかねの爪の先がおれの道着を掠る。
 前を向いた瞬間に短い髪が縦の線となって消え、代わりに脹脛への衝撃を覚えた。
 
「……やるじゃねえか」
「手加減なしよっ」
 
 こいつのこーゆーとこ。
 絶対に諦めない姿勢がおれは好きだ。
 素直じゃねえくせに武道はとことん真っ直ぐで、手が早いくせに決して周りを傷付けない。
 格闘家としての純粋さと優しさ、その両方を兼ね備えていて、だけど決定的に足りねーのものが一つだけ。
 
 こめかみを風が切った。
 ひりっと空気が冷たく感じる。そこで片目を顰めれば、次の一手が同じ場所にくることはない。
 
「もっとずるくなれよ」
「え?」
「実戦だったら遠慮したその瞬間、負けるぞ」
「べっ、別に遠慮なんかしてないもん! 大体、格闘にずるさなんてどう必要なのよっ」
「そーだなぁ」
 
 さぁて。それを残り一分で教えるのに最も有効な方法はなんだろう。
 挑発するようにへらりと笑えば、またさっきと同じように縦の動きが留守になる。
 
「ガード。がら空きだぜ」

 ポンと軽く膝裏を押すだけで前のめりに折れる体。
 カクンと音が聞こえそうなぎこちない動きに「まだまだだな」と挑発を重ねれば、グッと息を飲む細い喉が異性を感じさせた。
 
「悔しかったらおれの両手を使わせてみろっつーの」
 
 ほれほれと目の前で揺らしてみる手の平。
 どうだ?
 悔しいだろ?
 頭にくんだろ?
 あかねを包み込む気がぶわりと膨らみ、髪は逆立つような勢いで。
 
「どーした? もう終わりか?」

 ────残り三十秒

 早くも肩で息しているあかねに向かって声を掛けた、その時だった。
 それまで半身。いや、少なくとも腕のリーチが届かない距離を保っていたあかねが再びおれの正面に突っ込んでくる。
 が、それはいつものように頭を下げての姿勢じゃなく。
 
「ずるくって、こういうこと?」
 
 顔の真ん前で呟かれる、その距離わずか数センチ。
 そして一瞬きょとんととぼけた顔を見せた後、
「やぁっ!」
 腹の位置から捩り出される拳が飛んでくるのを視界に捉えた。
 
 ────十五秒前
 
 思わず両手であかねの拳を封じる。
 右手と左手。左手と右手。
 汗で湿った肌がべったりと重なり合い、あかねの拳丸ごと飲み込むように上からおれの指を食い込ませる。
 瞬間、勝気な瞳がにやりと笑った。

「……両手、使ったわね」
「やかましい」

 
 十秒前。
 
 九、
 
 八、
 
 七、
 

「言っとくけどな、勝負は最後までわからねーんだぜ?」
 

 六、
 
 五、
 
 
 ふっと吹いた息であかねの濡れた前髪が浮く。
 汗の伝う額。
 白い剥き出しの素肌。


 
 三、
 
 
 二、
 
 
 一、
 
 
 



 
「……っ!?、」






 ──────ゼロ。








「…………どーだ。ちょっとはわかったかよ」
「ず……ずるいわよっ! 今のは反則で──」
「ばーか。ずるくなれってちゃんと最初に言っただろうが」
「でも……っ!」
「おれ、先に風呂入ってくるな。電気消しといてくれよ」
 
 そのままクルリと背を向け、道場を後にする。
 とてもじゃねーけどあかねの顔なんか見れなくて。
 唇の表面に付いた汗を舐めとるよう、舌で拭う。
 
「……しょっぱ」
 
 それがおれのものか、あかねのものかはわからない。
 ただ、一人残された道場で額を押さえて赤くなり──そのままずるずると板の間にしゃがみ込んだあかねの顔は、まるで知恵熱に侵された少女のものに変わっていた。
 
 
 *
 
 
 あかねの部屋を訪れたのは、九時半を回ったとこだった。
 夕飯を食い終え、お互いとっくに入浴も済ませている。
 にもかかわらず、夕方風呂に入ったおれはパジャマには着替えず、普段通りのチャイナ服に身を包んだままだった。
 なんつーか、パジャマ姿であかねの部屋を訪れちゃいけない。そんな気がした。
 こっそりと自室を出る前に確認し、そしてもう一度ポケットの中を確かめる。
 そこに忍ばせていたのは、他でもない今日の放課後、寄り道して手に入れたブツで。
 ──はたしてこんなもんで喜んでもらえるものなんだろうか。
 まったくもって自信はなかったが、今のあかねにはこれがぴったりだと。心のどこかでそう確信しているおれがいた。
 いつになく扉を開ける前から緊張し、手の平に薄っすらかいた汗をズボンの脇で拭ってドアを開ける。
 
「おい、あかね」
「あんたねぇ。いつもノックくらいしなさいって言ってるでしょ?」
「わりーわりー」
 
 とかいって。
 その表情はどことなくおれが来るのを予感していた。
 そんな気がしてしまうのは図々しいだろうか。
 
「で、なに?」
「あー……えっと、その」
「宿題もないのにあんたがこの部屋に来るなんてめずらしいわね」
「ま、まーな」
 
 くそっ。今日になって宿題がないとか、確かに上級生も卒業してしまった今、授業といったら云わば適当に消化しているような状況で。よほど勉強熱心でもない限り、予習の必要すらないような有り様だ。
 ここにくるまで散々シュミレーションを重ねてきたおれ。にもかかわらずなかなか次の言葉が出てこない様子を見て、困ったようにあかねが笑う。
 
「ま、いいわ。あたしもちょうど勉強に一息ついた時だったし」
「おう」
 
 ってことはやっぱ、あかねは大学受験するんだろうか。
 机の上に視線を走らせればそこには分厚い参考書が開かれたままで、なるほど嘘をついているわけではなさそうだ。
 ポケットの中でシャリ……と音がする。
 なんとなく歩幅が狭くなるのを自覚しながら、なんとなく部屋の真ん中まで進み、なんとなくそこで胡坐を組む。
 かくいうあかねも勉強机の前の椅子に座ったまま、なんとなく左右に尻を振り、その度に椅子の支えがキュウキュウ鳴った。
 
「あの……」
「あの……っ」
 
 ほぼ同時に声が重なる。
 こういうとこ、つくづくおれとあかねは気が合うらしい。
 一カ月前に少しだけ素直さを持ち寄って気持ちを通わせたこの部屋で、同じ十四日にもう一度あかねと向き合うというのはなんともイベントに踊らされているようで癪に障る。だけどそんなきっかけがないとなかなか進展しない二人にはやっぱりこういうイベントも必要なのだろうかと、おれ対おれで自問した。
 もじ……っと黙り込んでしまった時間をやり過ごすよう、椅子の軋む音だけが規則的に聞こえる。そして椅子に掛けてあったカーディガンを肩から羽織ると、あかねも床の上に正座した。
 
「ねえ」
「なんだよ」
「さっきの……あれ」
「さっきって、」
「とぼけないでよ。その……道場でのこと」
 
 わー、バカバカ! 
 んなあらたまって切り出されたら恥ずかしさ倍増じゃねーかっ!
 
「あれってわざと? それとも偶然?」
 
 ん?
 
「そりゃ あんたがあたしに そんな気でしたわけじゃないってわかってるけど」
 
 ……おいおい。
 なに言ってんだ?

「け、けどね、いくらずるさも必要だって、やっぱりああいうことは冗談でもびっくりす──」
「だ、誰が冗談だっ、誰が!」
 
 通じてねえ。
 まったくもってこのウルトラスーパー鈍感女には通じてなんかいやしねえ。
 思わずムキになって言い返せば、照れるどころかあからさまにムッとした表情で口を尖らせる。
 その表情からしてニブちんだっつーの!
 
「なんであれが冗談だって思うんだよ!?」
「だってあんたが自分で言ったんじゃない。時にはずるさも必要だって」
「そ、そうだけど……っ!」
 
 そうりゃそうだけど。
 けどそこでまるっきり冗談にするこたねーだろ!?
 
「あ、あのなぁ! おめー、おれのことそーゆー風に思ってんのかよ!?」
「そういう風って?」
「だ、だからその、勝つためなら手段を選ばねえとか……」
「そうね。確かにあんたの場合、勝つためなら手段は選ばないでしょうね」
「おいっ!」
 
 こいつの中でおれのイメージは一体どうなってるんじゃっ。
 いよいよ怒りで身体が震えはじめ、勢いのままに怒鳴り返す。
 
「だからって好きでもねー奴にキスなんぞするわけねーだろうがっ! あほっ!」
「え?」
「あ……っ!」

 おれ、今なんつった!?
 好きな奴とか、キスとか、なんかとんでもねーことを口走っちまった気がしてならねえ。
 そんなおれの前では、同じく動揺を隠せないあかねがペタリとカーペットに足をつけたまま、ずりっと膝を擦り合わせる。

「乱馬?」
「な、なんだよ……っ」
「今、なんて言ったの? その、す、好きな奴とか──」
「だ──っ! ん、んなこと言ってねえっ! 聞き間違いだっ!」
 
 どさくさに紛れてなに言わすんじゃ こいつはっ!
 しかし、あかねも譲らない。
 
「あっそ。じゃあやっぱり勝つためなら誰にでも乱馬はああいうこと出来ちゃうんだ」
「ち、違……っ! あれは、その、」
「そっかそっか。あれが乱馬の言う“ずるさ”なんだ」
 
 ならあたしも試してみよっかなーなんて おいこら! 一体誰に試す気だよ!?
 
「お、おめーなぁっ、あんなこと簡単に他の野郎にするつもりか!?」
「なによ、あんただってあたしにしたくせに」
「おれはいーんだよっ」
「なんでよ」
「な、なんでってその、だから、えと……わ、わかんだろっ!?」
「全然わかんない」
 
 こ、このアマ……っ!
 ナイーブなおれが初めて素直に歩み寄ってやってるというのに……
 
 か゛わ゛い゛く゛ね゛──!!
 
 ぷちぷちと沸き立つ怒り。
 もういいっ! そっちがそーゆー態度ならおれももう知らねーからな!?
 なんだか一方的に負けた気になり、すくっと立ち上がる。
 そしてずかずかと扉の前まで行き、ドアノブに手を掛けた時だった。
 
「嘘よ。冗談」
 
 別段 慌てた様子のない声が背中に掛けられる。
 
「あんなこと、いくら勝つためだからって他の人にするつもりもさせるつもりもないわよ」
 
 それは独り言のようで、しっかりとおれの耳に届く響きだった。
 そして次に続いた言葉に、思わずおれは振り返る。
 
「びっくりしちゃったけど嬉しかったから。だから乱馬の口から聞いてみたかっただけ」
「え……」
「なによ、その顔」
「嬉しかったって、えと、」
「なに? そんな驚くようなこと言った?」
 
 その頬はピンクに染まってて、「悪い?」と言わんばかりに尖らせた唇の態度とは裏腹におれの心をノックアウトする。
 つまり、その、
 
(か、かわいい……っ!)
 
 ふらふらと引き寄せられるように再びあかねの前に腰を下ろすおれ。
 そんなおれの姿を見てふっと口元を綻ばせ、それから少しだけ期待を浮かべた瞳であかねが下から覗き込んできた。っつーか近い近い。近くてなんかいい匂いがする。
 
「さっき乱馬が言ったこと、本当?」
「さ、さ、さっきって……」
「だから、その……」
 
 みし……と床がしなったような気がした。いや、もしかしたらおれの体のあちこちがギシギシと固まっちまっただけなのかもしれない。
 それでも両膝に手を突き、精一杯の強がりを見せてみる。いわば質問返しってやつだ。
 
「お、おめーこそどうなんだよ!?」
「え?」
「さっき言ってたじゃねーか。そ、その、びっくりしたけど、う、嬉しかったって……」
「ああ」
「そ、それって、ほんと……?」
「そんなことで嘘ついたってしょうがないでしょ」
 
 べーっと舌を出すあかね。
 あっ、こら! そんな素直になられるとおれのほうが意気地がないみてーじゃねえかっ!
 それにほら。
 そんな素直になられると、かわいくて、困る。
 
「……っ、こ、これっ!」
 
 そこでようやく思い出して、ポケットから取り出したのはガラスの小瓶だった。
 
「あかねにやるよ」
「え……」
「い、言っとくけど、あいつらにはやってねーからな!?」
「あいつらって……あの三人娘?」
「おう」
「他には?」
「他って、他に誰がいるってんでぃ」
「……あたしだけ?」
「だ、だったらわりーかよ!?」
 
 あーもう順番がめちゃくちゃだ。
 っつーか、なんでこうなるかな。ほんとはもっとこう、スマートに渡してこの場を立ち去るはずだったのに。
 コルク製の蓋で閉じられた小瓶を両手で握りしめるあかねがかわいいから。
 ピンクを通り越して真っ赤な顔に染まりながら、おずおずと見上げてくるその表情がいちいちかわいいから、まるで尻に根っこが生えてしまったようにその場から動けなくなっちまう。
 
「あの……開けていい? これ」
「おめーのもんだから勝手にしろよ」
「もう。素直じゃないんだから」
 
 キュポン……っと小気味よい音が響いた。
 そのまま上下に小さく瓶を振る。
 ころころと。中からあかねの手の平に転がってきたのは、色とりどりの金平糖だった。
 
「かわいい……」
「お、おう」
「これ、どうしたの?」
「おめーな、そーゆーことはいちいち聞くんじゃねーよ」
「だって……もしかしたらおば様が用意してくれたのかな、なんて」
「あほ。高二にもなってなんでおふくろに用意してもらにゃならんのじゃ」
「ってことは やっぱりあんたが用意したってこと?」
「……っ!」
「ふふ……っ、そっか。そうなんだ」
 
 ころころ転がる金平糖。
 それを手の平で弄びながら、食べるのを惜しむように目を細めるあかねの涙袋に影が落ち、今更ながら睫毛の長さにぽうっと見惚れた。
 
「ね。あんたもひとつ食べる?」
「え? あ……」
「はい」
 
 次の瞬間、ぽんと口の中にほおり込まれた一粒の金平糖。
 歯に当たってカリカリ小さな音を鳴らすその存在は、甘くてどこか懐かしい素朴さで。
 
「美味しい」
 
 ピンク色の金平糖をひとつ口に含んだあかねが頬に手を添える。
 その口からはやっぱりカリカリ舌で転がす音が聞こえてきて、二人で目を合わせ、どちらからともなく笑った。
 
「ねえ、だけどなんで金平糖なの?」
 
 一粒を惜しむように舐めながら、あかねが聞く。
 なんでかって。
 そんなの、おれにだってわかんねえ。
 だけど華やかなクッキーや飴の中で控えめに陳列されていたそれ。
 下が透明になったビニール製のパッケージから覗くその存在は、まるであかねそのものみてーな気がして。
 
 普段は素直じゃなくて怒ってばっか。
 けど超がつくほどお人好しの真面目で不器用で。
 目新しさはなくてもホッとする。
 尖って見えるその形ですら、よく見るとその先は丸くなっていて誰も傷付けることはしない。
 ただ自然な甘さが口の中で広がり、ちょっと噛んだらほろりと崩れてしまうその存在はどこまでも繊細だ。
 桃色、黄色、緑に白。
 色とりどりの小さな粒がキュッと詰まった小瓶の中身は、見ている者を幸せな気持ちにさせる魅力がある。
 もっと器用になればいいものを、時々立ち止まるみてーにまん丸にはなれねえあかね。
 それはまるで、いびつな金平糖そのものだった。
 
「……別になんでもいーだろ。素朴なおめーにぴったりだと思ってよ」
「素朴で悪かったわね!」
 
 そんなこと、言えるわけもねーんだけど。
 ころんころん、口の中で音がする。
 それを奥歯で噛んだらクシャリっと崩れ、あかねがおれの右頬を指差した。
 
「あ、今噛んだでしょ」
「わりーかよ」
「別に悪くはないけど。でももったいないなぁって」
「ならもう一個くれ」
「やだ」
「けちくせー」
「いいでしょ。あたしのなんだから」
 
 あげないわよと言いたげに瓶を隠す。別に本気で奪ってやろうだなんて思わねーけどよ。
 そんな態度を取られるとついムキになりたくなるもんで。
 要はその、嬉しかったんだよな。
 
「いーからひとつ寄越せ」
「いやよ」
「なら全部返せ」
「やだってば」
「あかねっ」
「もうしつこい!」
 
 わざと挑発するように手を伸ばせば、背中の後ろにサッと隠す。
 そこに右からフェイントを掛け、すかさず左の腕をあかねの腰の横に突いた。
 
「へっ、おれをかわそうなんざ百年はえーんだよ」
「言ったわね?」
 
 あかねがわりーんだぞ。そーやってムキになるから。
 ただの冗談のつもりだったのに、意地でも瓶を離さねーから。だからおれもつい、余計な真似をしてしまう。

「あっ! Pちゃん!」
「えっ!? どこどこ?」

(引っ掛かったな……!)
 背中に隠した瓶を強引に奪おうと手を伸ばす────その時だった。
 ゴツンと鈍い音がし、同時にあかねの短い悲鳴が上がる。
 いたたたたた……と頭の後ろを押さえるあかね。どうやら今の攻防でベッドのフレームに頭をぶつけてしまったらしい。
 そんなに強く押したつもりはなかったんだけど、それでもこの痛がりようだ。もしかして打ちどころでも悪かったんじゃねーかと思い、さぁっと体温が下がっていく。
 
「お、おい、あかね、大丈夫かよ!?」
「うん、だいじょ、ぶ……いたたた……」
「わ、わりぃ、ちょっと手ぇどけて」
「大丈夫、」
「いーから見せてみろって!」
 
 多分、焦ってた。
 後頭部を押さえるあかねの手を取り、そこに手をやってコブの有無を確かめる──はずのおれの手が逆に掴まれているのに気付いたのは数秒後。
 その間、ちゅ……っと。

 

 「…………え?、」

 
 おれの左の頬で柔らかな感触がしたのは、気のせいなんかじゃない。
 
 
 

 


「……へへっ。確かに時にはずるさも必要かもね」
「あ、あかね……!?」
「なによ。まさか、自分だけしといてあたしからは嫌とか言うんじゃないでしょうね」
 
 ぶんぶんと首を振る。
 ビシビシと自分のおさげが顔に当たった気もしたけど、そんなのどうでもよかった。
 はにかんだ表情でふふっと笑う。その唇から漏れる空気がほんのり甘く感じるのは錯覚だろうか。思わず頬を押さえるおれの顔の表面は、きっとあかねに負けず劣らず真っ赤に染まっていたに違いねえ。

 
「これでおあいこね」
「お、おう……っ」
「でも次は……」

 
 次は?


 
「勝負じゃなくって、普通にして欲しいな……なんて」
 


 
 あかね…………。


 
 

 床に転がった小さなガラス瓶。
 その中で、少しだけ余白のできた金平糖がしゃらりと転がり、音を奏でる。
 桃色、黄色、緑に白。
 懐かしい柔らかな甘さは、一粒噛みしめるごとに二人の気持ちを素直にして。
 
 
 
 お守りのようにあかねの細い指が小瓶を握った瞬間。
 蛍光灯の作る二つの影が、ゆっくり一つに重なった。
 
 
 




 
こんぺいとう1


  < END >
 
 

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comment (10) @ 高校生編 イベント編

   
ダブル・A ⑥おれは嫌だ  | ルンバ、きみのことは忘れない。 

comment

キュンキュンが止まらない… : kimmy @-
わぁぁぁ…私このお話めちゃくちゃ好きです!!

当然乱馬くんの方が格段に強いんだけど、真剣に挑むあかねちゃんも、多少手加減しながらもしっかりアドバイスしながら相手をする乱馬くん。純粋に格闘が好きな二人の手合わせ、読んでてすごくワクワクしました。
kohさんの作品のあかねちゃんは高校生、大学生、社会人と通して「格闘が好き」っていうのが伝わってくる所ががすごくあかねちゃんらしいなぁと。
私、スポッチャとかでガチ勝負してるカップル見ると乱あの二人っぽくてすごく微笑ましくて大好きなんです(*^^*)

確かに金平糖ってあかねちゃんっぽい!トゲトゲしてそうで先が丸くて意外と柔らかくて優しい甘さ。小さな瓶をポケットに忍ばせるのも、すごく乱馬くんらしくて納得です!

やきもき、手合わせ、デコちゅー、言い合いから溢れる本音、照れながらのプレゼント、あかねちゃんからの頬っぺちゅー、そして最後は…(//∇//)ダハーッ!!

高校生編の萌えポイントがこれでもかと詰まっていてキュンキュンしっぱなしでした(*≧∀≦*)

バレンタインといいホワイトデーといい、kohさんには素敵なプレゼントを戴いてばかりですね♪
萌えという素敵なプレゼント、ありがとうございます!
2018/03/15 Thu 02:11:40 URL
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2018/03/15 Thu 07:24:42
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2018/03/15 Thu 07:57:50
管理人のみ閲覧できます : @
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2018/03/15 Thu 15:01:37
うん、うん・・・! : 憂すけ @-
今私はあなたの肩に手を置いて涙目で頷いています。(ハイ、浮かんだね?)
先ずは、二人の稽古のシーンがメッチャ好きです。具体的なアドバイスに激しく前のめりになった自分です。(笑)
そして後半は・・・もうヤダー!!( *´艸`)💦
金平糖って綺麗で素朴で、可愛いですよね。二人にピッタリー!!
意地っ張りな2人を残しつつ、一年分、前進した2人にあたしの萌がMax最高潮です・・・っ!!( ;∀;)
こんな風にちょっと行っては戻ってまたちょっと進む、まるで「365歩のマーチ」の様な二人が、らしくて好きです・・・っ!!////

最後に金平糖で「いろはにこんぺいとうbyくらもちふさこ先生」が頭に浮かんだ自分。バリバリ昭和っす。<(_ _)>

2018/03/20 Tue 13:58:11 URL
Re: キュンキュンが止まらない… : koh @-
kimmyさん

ありがとうございます////
久々にパッと妄想からの創作だったので自分の好きをアレコレ詰め込んでしまいましたが、らんまの世界の根底にあるのはやっぱり格闘で。
乱馬のみならずあかねちゃんも武道を極める者として、甘いだけではない二人のやりとりって個人的にとても好きなのです。とはいえ、拙い文章だけでその臨場感を表現するのは四苦八苦するんですけどね(^^;。だけど書いていてとても楽しかったです♡
そして金平糖があかねちゃんっぽいっと言っていただけて嬉しいです。
派手ではないですが、唯一無二であり、不変の存在ですよね^^。
2018/03/20 Tue 22:52:05 URL
Re: No title : koh @-
り~コメント主様

今までも何度か言っているのですが、(自分比で)原作寄りの高校生編って一番難しいんです。
こんなことはしないかな、こんなこと言わないだろうな、あ、でもここまでは頑張れるかなって。
モダモダする二人を想像しながら、そっと背中を押してあげる。そんな感じでいつも想像していて、急にキスは出来なくても勢いでおでこなら、ほっぺなら……と書いてしまいました////
そして私のお話を癒しと言っていただき、感激です……。二次って楽しみを求める場で、だからこそ私もこの場では出来るだけ楽しい気持ちのみでやっていきたいなぁと^^。
(花粉には負けそうですが……💦💦)
またのんびり再会しますので、よろしくお願いいたします♡
2018/03/20 Tue 22:58:17 URL
Re: No title : koh @-
ゆ~コメント主様

お返事が遅くなってしまってすみません。
一日ハッピー、そう言っていただけて私もすごくハッピーです♡
自分の話も他の作者様のお話も、二次に関係ないただのニュースだって嬉しくなる話題を目にすると それだけで気持ちがウキウキしますもんね^^。
私もこのお話を想像しながら、一人で幸せな気持ちに浸ってました。←おめでたい
今のシリーズがまだほんのり切ないので余計かもしれませんが、最後はきっちり笑顔で終われるように、花粉に負けずに頑張りたいと思います♡
2018/03/20 Tue 23:02:29 URL
Re: ありがとうございました!! : koh @-
m~コメント主様

乱馬って、ただ単に見た目じゃなくてあかねちゃんの人間性に惹かれてると思うんです。それは格闘に熱心なところも含めて。
見た目だけならかわいい子は他にもいるけれど、構いたくて仕方ない子はあかねちゃん一人だけなんだろうなぁって。だからこそのこの手合わせで、真剣な表情に不覚にもドキッとしてるんじゃないかな、なんて思います^^。
いざっていう時にはあかねちゃんのほうが男前な気がしますよね。そして更にその先へ進むとまた逆転したり……そんなシーゾーゲームを繰り返す二人はいつまでも対等な関係であり、やっぱり素敵だな、と。
年度末の行事や旅行、花粉でなかなか創作する時間を確保できずにいましたが妄想だけは尽きなくて、つくづく私はこの二人が好きなんだと痛感しています^^。
2018/03/20 Tue 23:07:23 URL
Re: うん、うん・・・! : koh @-
憂すけさん

格闘シーン、書くのは群を抜いて難しいのに、それでも時々書きたくなっちゃうんですよね。やっぱりこれがらんまの原点だからでしょうか。道着姿で真剣に汗を流すあかねちゃんって最高に美しいと思うのです。
そして金平糖。実際、私もデパートのお菓子コーナーで色々見て回ったのですが、どうしても高校生のあかねちゃんにピンとくる物が見つからなくて……。
そんな時、スーパーで目に留まったのがこのカラフルな金平糖だったんです。
お祝い用の真っ白なものではなく、色とりどりのカラフルな金平糖。決して派手ではないのですが、飽きない、それでいて懐かしくみんなから愛される存在ですよね。
そしていろはにこんぺいとうbyくらもちふさこ先生がばっちりわかる私も負けず劣らず昭和です笑。
2018/03/20 Tue 23:12:14 URL

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