うそつき(エイプリルフール) 

2018/04/01
四月一日はエイプリルフール。というわけで、風林館高校一年F組のこんなお話を。
拍手に続きの小話が置いてあります。
なお、昨年のエイプリルフールに投稿したお話は奇しくも男乱馬のコピーにまつわるお話でした……。


 
「あんたってほんといい加減なんだからっ!」
「おれのどこがいい加減だっつーんだよっ!?」
「自覚がないわけ!? まったく、毎日毎日隙あらば他の子といちゃいちゃしてっ」
「だから別にいちゃいちゃなんかしてねえっつーの。具体的におれがいつ誰といちゃいちゃしたってんでぃ」
「朝だってシャンプーに抱きつかれてたくせに」
「あれは向こうが勝手に抱きついてきただけだろーが。大体、その前におれは自転車で轢かれてんだぞ!?」
「ふんっ。そんなのも避けられないなんて格闘家失格ね」
「無茶言うなっ! フェンスの上歩いてたら突然後ろから自転車ごと降ってくるなんて想像出来るかっての」
「昼だってだらしない顔しながら右京に手懐けられてるし」
「しょがねーだろ、弁当だけじゃ足んねーんだもん。大体、おれはだらしねえ顔なんかした覚えねーぞ。ただ、新作のメニュー開発なんて言われりゃ協力すんのが友達ってもんだろうが」
「じゃあもしあたしが新レシピを開発したいって言ったら」
「却下。あのな? あかね。新レシピの開発っつー前にまずは料理のいろはを学んでから言え。ったくなんにでもすぐワインぶっこみやがって」
「あら、ワインだけじゃなくてお酢だって入れるわよ」
「威張って言うんじゃねえっ」
「なによー。お酢は体に良いんだからねっ」
「おめーの場合、量が問題なんだよ、量が! “体にいい”通り越して致死量じゃねーかっ」
「失礼ね! そんなに言うならもう絶対あんたになんか食べさせてあげないんだからっ」
「はい、結構ざんすー。おかげで命拾いしたぜ」
「ばかっ」
「かば」
「意地悪」
「ずん胴」
「ばかばかばかばか」
「ずん胴凶暴かわいくねー」
「なによ……っ、なによ、乱馬のばかぁぁぁああ!」
 
 
 
 
 【 うそつき 】
 
 
 
 
 ここは風林館高校、一年F組。
 今日一日を締めるホームルームを終え、家路に着こうという者、部活で汗を流そうという者、友人同士でファーストフードやショッピングに繰り出そうという者。みな銘々の目的に向かって鞄に荷物を詰め込むさなか、そこを微動だにしようとしない二人。そもそも、事の発端は何が原因だったのか。そんなことすら考えるのも馬鹿らしいと言えるくらい、もはや見慣れた光景で。
 特に誰も止める者がいない──いや、なんなら冷やかしついでにそっと静観してやろうじゃないか。そんな周囲の思惑に気が付かない二人は、いつもの押し問答を繰り広げている。
 
「いってぇぇええ! おめーなぁ、いちいち人のこと殴んじゃねーよっ」
「殴ってないもん。ちょっと小突いただけじゃない」
「あほっ、ちょっと小突いたくれーで吹っ飛ぶかっつーの! 大体おれはなんも悪いことした覚えねーぞ!? それを食って掛かってきたのはおめーのほうだろうが」
「よく言うわよ。あんたってほんと、都合の良い時だけ人に甘えるのが得意なんだから」
「それ、どーいう意味でい」
「覚えてないわけ? 昨日の晩だって、あたしはもう寝るって言ってんのに無理やり人の部屋に押し掛けてきて」
「あ、あれはそのっ、急に思い出したんだからしょうがねーだろ!?」
「ほら、そういうところが勝手だって言ってるの。言っときますけどあたしはあんたのお世話係じゃないんですからね!」
「ならほっときゃいーじゃねえか」
「あたしだって放っておきたいわよ。でも乱馬一人で出来るわけないじゃない」
「まあ、そりゃそうかもしんねーけどよ」
 
 …………昨晩、一体何があったというのか。
 クラス中の男子がごくりと唾を飲み込んだ──というのもここは教室のど真ん中。結論から言えば大っぴらにキャッチボールされる会話の中に色っぽい含みなどさらさらなく、就寝前、ふと宿題を思い出した乱馬があかねへSOSを求めたに過ぎない。しかしながら、このクラスにいる全員、まだ十五から十六歳の少年少女である。決して健全とは言い難い妄想を抑えることなど知らない彼らの脳内では、着衣を乱しながらあんな事やこんな事をしている二人の姿がありありと展開されるのも無理はなかった。
 
「おかげで今日は寝不足なんですからね」
「あー、だからか。授業中、死んだ魚みてーな目ぇしてたもんな」
「それはあんたでしょうが」
「残念でしたー。おれは眠いと思ったら素直に寝るから んな間抜けな顔しねーよ」
「威張って言うことじゃないでしょっ」
 
 じゃれ合い……きっとこういうことを“じゃれ合い”って言うんだろうな。
 近い将来、もしも動画入りの辞書が発売されるなんてことになったら、間違いなくこの二人のやり取りが掲載されるに違いない。そしてもしもそんな時代がやってきたら、その時は言い値で買おう。
 
「もういいっ。あんたと話してると疲れちゃう」
「なら少しは怒んのやめて女らしくしたらどーだ?」
 
 首の後ろで腕を組み、椅子をぐらぐら揺らしながらあかねの顔を覗き込む乱馬。
 そんなこと言って、いざ構ってもらえなかったら拗ねるくせにと呆れる者。怒らせてるのはお前のほうだろうと尤もなツッコミを入れる者。近い近い。顔が近い。もしも今マグニチュード三の地震が起きたらそのままマジでチューを三回ばかりしてしまうんじゃないかと案ずる者。「今日は乱馬のせいで寝不足……」そんな先程の発言に未だ囚われ、その激しさをうっかり想像しては前屈みになってしまいそうな者。
 みな表立って口にはしないが、胸中は様々である。
 
「……っ、………………はぁ……」
 
 先に小さくぷるぷる身震いしたのはあかねのほうだった。といっても、なにもナニしたわけではない。ましてや、どこか意識の向こうに飛んでいったわけでもない。ただ、頭の周りに浮かんだ怒りマークを手で払い、ふっと息を吐く。
 
「やめた。乱馬の言う通り、怒ったって無駄だもの」
「お。やっとわかったか」
「言っとくけど、これ以上あんたに付き合っても時間の無駄だと思っただけですからね」
「なんだよ。随分トゲのある言い方しやがって」
 
 そうだそうだ、これ以上言い争いを重ねたところで何も生み出しはしないとイエスのような面持ちで頷く者。近い近い。もしも今その椅子をクイッと押したなら、触れるだけのチュウでは済まされず更に深い舌同士のご挨拶になってしまうのではないかと案ずる者。はたまた「えっ? これ以上突き合ったらもう無理……?」などと、まだ先程の妄想の延長戦上に佇む者。
 あらためて言っておくが、ここは教室のど真ん中である。
 
「ったく、少しはそのガサツな性格直して女らしくしろっつーの」

 聞き捨てならないこの台詞に、ピクリとあかねが眉を顰めた。

「へえー……」
「なんだよ」
「じゃあ聞くけど、あんたの言う女の子らしい基準って何よ」
「そりゃ決まってんじゃねーか。まずはすぐ手ぇ上げねえことだな」
「その前に怒らす自分が悪いとは思わないわけ?」
「あん?」
「……なんでもない。で? すぐに手を上げない他は?」
「あとは……やっぱ優しいやつのほうがいいんじゃねえ? おれが何言っても笑顔で許してくれてよ」
「ふーん」
「こう、おれの後を三歩下がってついてくるっつーの?」
「あんたの後なんて三歩も下がって歩いた日には十メートルで見失うわよ」
「そうそう、あとはいちいち人の言うことに茶々入れねえってのも重要だな」
 
 すぐに手を上げないことが女らしい条件ならば、おそらく世の殆どの女性がそれに当てはまるのではないだろうか。いや、その前に手を上げさせるだけの理由が充分あるぞと尤もな答えに行き着く者。いいなぁ、一度でいいからおれもあかねに殴られてみたい。そんな少々Sっ気を抱く者。「い、いちいち、入れたり出したり……?」と、どこまでも言葉遊びの妄想を美味しくいただく者。
 とにもかくにも、このクラスのメンバーは“乱馬とあかね鑑賞部”という特殊な部活動に力を入れているらしい。そっと見守る。ただただ見守る。教室の壁と化して見守る。それが彼らの正しい活動ルールである。
 
「じゃあ見た目は?」
「へ?」
「見た目。なんかあるでしょ? 乱馬の理想の女の子」
「つってもなー。女のおれが充分かわいいからなぁ」
 
 これに関しては強く否定できないところが悔しいところで。
 もしかして乱馬のやつ、早く完全な男に戻りたいと言いつつ、実は女の自分も気に入ってるんじゃなかろうか。そんな穿った見方をする者も一人や二人ではなかった。
 今は男の姿でありながら、見せつけるようにクネクネと身を捩らせる乱馬。そんな乱馬に冷たい視線をやりながら、あかねが問い掛ける、その声が少しだけ真剣味を増しているように感じるのも気のせいではないだろう。
 
「やっぱりあんたも外見とか気にするんだ」
「そういうわけじゃねーけどよ」
「でも自分よりかわいくない子には興味ないんでしょ」
「別にそこまで言ってねえっつーの。ただ、女のおれは相当かわいいってだけで」
「ナルシスト」
「おれは事実を言ったまででい」
 
 確かに乱馬の言うことも尤もだった。ぱっちり愛らしいお目目に長い睫毛。コケティッシュな赤いおさげにキュッとさくらんぼのような唇。恵まれた容姿からは想像も出来ない乱暴な言葉がポンポン投げ出され、そのギャップがまた小悪魔感を増幅させてたまらない。黄金のプロポーションとも言うべき“ボン・キュッ・ボン”のスタイルに不思議と厭らしさはなく、それも健康的に日焼けした肌艶のおかげだろう。
 一方、あかねだって負けてはいなかった。シミ一つない白い肌。育ちの良さを感じさせる丁寧な言葉遣い。ふっくらと柔らかそうな女の子らしいプロポーションを引き立てる、綺麗に切り揃えられた短い髪の上には天使の輪が輝いている。ただ残念なことに、その魅力を本人だけが自覚していない──それもまたあかねの魅力の一つだった。
 
「じゃああんた、自分の顔がタイプなわけ?」
「つっても自分の顔だからなー。タイプかって言われたらなんか違う気もするけど……あ、でもケバいよりかはあんま化粧してねえやつのほうがいいな」
「まあね。だってまだ高校生だもん」
「そーじゃなくって。あとあれだ、あんまギラギラした格好も勘弁だな」
「ギラギラって?」
「だからボディコンとかそーゆーやつ」
「そんな格好してんの、あんたとあんたのコピーくらいよ」
「ばかっ、あれはコピーにナンパのなんたるかを教えるためであって──」
「はいはい。で? 他には?」
「ほか……ほか、そうだなぁ。身だしなみはちゃんとしてる方がいいよな」
「身だしなみねぇ。なんかあんたが言うと違和感あるわね」
「そうかぁ?」
「そうよ。いつもチャイナ服ばっか着てるくせに」
「おれは動きやすさ重視してんだろーが。なんせいつ誰に襲われるともしんねーしな」
「それもどうかと思うけど」
「うるせーな。文句があるなら九能やパンスト太郎に言いやがれ」
「で? ケバくなくて身だしなみがきちっとしてて、あとはデカい胸があればいいわけ?」
「なんだよ、そのデカい胸ってのは」
「だってそうじゃない。いつも自分のデカい胸を誇らしげに見せちゃって」
「別に誇らしげになんかしてねーぞ? ただ、あかねの小せえ胸にお裾分けしてやれたらっておれの親切心だけで──」
「小さくて悪かったわねっ!」
 
 めしゃりと机にめり込む乱馬の顔面。
 それを見て「あーあ、言わんこっちゃない」と内心舌を出しつつ、あかねとて決して小さくはないはずだと黙視する者。体育のぴっちりブルマ姿を思い浮かべて罪悪感を抱く者。「ち、小さい胸って、やっぱり二人はそんなところまで知り尽くした関係に……」と、もはやあちらの世界から帰ってこられなくなった者。みな様々である。
 
「どうせあたしは胸が小さいですよっ」
「待て待て。別に胸が小さくてずん胴だからって何もそこまで悲観するこたねえじゃねーか」
「ずん胴とは一言も言ってないっ」
「そうだったか? まあ、いーじゃねえか。小せえ胸が好きって男もこの世にはいるわけで」
「小さい小さいって何度も言うなっ」
「おめーのほうが言ってんじゃねーか」
 
 これがはたして本当に付き合っていない男女の会話なのだろうか。仮にここが職場だった場合、セクハラ案件待ったなしとして四の五の言わず労働組合に駆け込まれるのはまず間違いないだろう。
 しかし、二人のやり取りは尚も止まらない。寧ろキャンプファイヤーに灯油を継ぎ足す勢いで、ゴウゴウと熱い炎が燃え盛る。すると突然、ポンと乱馬が手を叩いた。
 
「あ、でもあれだ! どうせなら格闘に理解がある方がいいよな」
「理解?」
「そ。おれが修行で留守しても文句言ったりしねーで、もし一緒に修行についてきたとしてもテントがヤダとか我儘言わねえやつ」
「それは……まあ乱馬の場合、そうかもしれないわね」
「だろ? で、ちゃんと自分を持ってるやつがいい。おれが何してても自分は自分ってちゃんと打ち込めるもんがある方がいいと思わねえ?」
「うん。それはそう思うわ」
「だろ? あと根性なきゃ困るっつーか。すぐ諦めるやつってどうもおれとは合わねえ気がすんだよなぁ」
「そりゃあんたに付き合えるくらいだから相当の根性と忍耐力は必要でしょうね」
「あ? なんか言ったか?」
「別に」
「でもって安心出来ねーのは勘弁して欲しいぜ……」
「それ、どういう意味?」
「たとえばこれ食ったら痺れ薬で動けなくなるんじゃねーかとか、なんか呪いにかかんじゃねーのとか。いちいち怯えてたらキリねーもん」
「だったらつけ込まれるような隙を見せなきゃいいでしょうが」
「あほ。勝手にあいつらが仕掛けてくんだから隙も何もねえだろ」
 
 まったく恐ろしいやつらだぜと大袈裟に肩をさする乱馬。それが誰のことを指しているのかはあかねにもわかっていた。ならばもっとはっきり態度で示せばいいのにと思うが、相手に自分の考えを押し付け過ぎないところもまた、あかねの魅力なのかもしれない。
 あれ? でも待って。
 ここまでの乱馬の理想のタイプをまとめてみると……。
 
「へえ……じゃああんたの好みのタイプって右京なわけね」
 
 不意に沈みそうになる。悲観的にならないよう明るく振り絞った声が、尚更悲し気に聞こえたのはおそらく乱馬だけではないだろう。窓の外から聞こえる野球部の掛け声に視線をやる、あかねの横顔は先程よりも憂いを帯びていた。
 
「ガサツじゃないし、優しくて凶暴じゃなくて」
「あかね?」
「右京だったら乱馬が何言っても笑顔で許してくれそうだもんね」
「お、おい、急にどーしたんだよ」
 
 非常にずるい男である。
 さっきから散々あかねに当てつけるようなことを言っておきながら、一歩引かれただけでこのざまだ。しかし、元はといえば全て乱馬が言い始めたこと。その言葉一つ一つを整理しながら、確認するようにあかねは続ける。
 
「確かに右京ならあんたを立てつつ、三歩下がってもついて来てくれそうだし」
「それはまあ、そうかもしんねーな」
「化粧っ気がなくても美人だし、それでいて胸はしっかりあるし」
「そーかぁ? 美人はともかく、ウっちゃんの胸なんて気にしたことねーから知らねえけど」
「ギラギラした服装だってしてないし」
「まあ……普段は男もんの制服着てるしな」
「格闘に理解もあるし、修行にだって喜んでついて来てくれるしね」
「確かにウっちゃんが作ってくれた飯は助かったよなぁ。あそこまでとは言わねーが、せめておめーも普通に食えるもんのレベルを目指してくれよ」
「それでいてお好み焼き一筋でしょ。ちゃんと打ち込めるものもあるのよね」
「ああ。高校生であれだけ人生設計しっかりしてるとは大したもんだぜ」
「こ、根性も……ある、し……」
「すげえ。こうやって聞いてるとウっちゃん、完璧じゃねえか」
「……そうね」
 
 あかねの声が微かに震えたような気がするのは気のせいだろうか。
 あかね…………。
 クラスのみんながあかねの胸中を慮っては乱馬に厳しい目を向ける。
 乱馬のばかやろー! こんなかわいい許婚がいるくせにいい加減な態度を取りやがってっ。
 きさまなんぞ、ちょっと顔が良くて運動神経抜群の格闘に長けている調子がいいだけの男じゃねーか。言っておくが、乱馬じゃなくともあかねを幸せに出来る男なんてこの世にはごまんと……ごまん……と…………
 
 ……………………いる、のだろうか?
 このあかねを本当に幸せな笑顔にさせる男など。
 
 ああ、とにかくなんでもいい。
 あかねが切ない涙を流す前にたった一言謝れ、乱馬! なんなら強制的に土下座でもさせようか。そんな圧倒的あかねへの同情に、クラス中が固唾をのんだ時だった。
 
「そんな完璧なウっちゃんを射止める男ってどんな奴なんだろーな」
 
 へらりと。
 一ミリも悪びれることなく乱馬が笑う。
 
「ウっちゃんは幼い頃苦労したし、やっぱ幸せになって欲しいよなぁ」
 
 その苦労は他ならぬおまえの親父のせいでは……と思わずにはいられない。
 
「ウっちゃんが結婚するなんて聞いたらおれ、嬉しくてちょっと泣いちまうかもしんねえ」
 
 ……なんて残酷なことを言ってのけるのか。
 しかし、これは乱馬の飾らぬ本音なのだろう。
 そこに少しだけ冷静さを取り戻したあかねが問う。
 
「待ってよ、右京ってあんたの理想のタイプなんでしょ。他の男の子に取られちゃったら悔しいって思わないの?」
「だからさっきから言ってんだろ。おれ、別に女の理想とかそういうの全然ねーもん」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃねえって。っつーかおれの周りって変わりもんが多いせいか、女の基準ってのがいまいちわかんねーんだよな」
「それは……そうかもしれないけど」
「結局、自分がいいと思ったやつが理想のタイプになんじゃねーの?」
「そういうものかしら?」
「そうそう。……あっ、でも一つだけ絶対譲れねえ条件がある!」
「なによ」
 
 ゴクリ…………と。あかねのみならず、きっとそこにいたクラス中の誰もが、聞いていないフリをしてしっかり耳を傾けた瞬間だった。
 なんせ、この乱馬が絶対に譲れないと宣言するくらいである。はたしてその条件とはなんなのか、男女関係なく気になってしまうのも当然のことだろう。
 そんな周囲の緊張感を知ってか知らずか、キイキイとバランスをとって揺れる椅子。その上でポケットに手を突っ込みながら、乱馬が窓の外に視線をやった。
 
「おれが猫化した時になだめてくれるやつ」
「…………え?」
「じゃねーといつまで経っても猫のままじゃ大変だろ?」
 
「よっ」と器用に椅子から立ち、背中に鞄を背負う。と同時に窓から駆け抜けた風がカーテンを舞い上がらせ、春の日差しを浴びてベージュ色の波を描いた。
 
「そろそろ帰ろ―ぜ。おれ、早く道場で身体動かしてえ」
「う、うん……っ」
「あ、けどその前に肉まん買って帰ろっと。あかねも食うだろ?」
「そんなこと言ってあんた、お小遣いないんじゃないの」
「ばれたか」
「言っておくけど奢らないわよ」
「つめてえな、おれとおめーの仲じゃねーか」
「知らない」
「あかねー」
「そんなに食べたいなら猫飯店にでも寄っていったら?」
「そう言うなって。な? 荷物半分持ってやるから」
「まったく……」
「おーい、あかねさん」
「……………………仕方ないから半分こね」
「そうそう。ダイエットには半分くれーにしといたほうがいいっつーおれの優しさで──」
「ばかっ。そうやってすぐ調子に乗らないの!」
「へーへー」
 
 つんと澄ましたあかねの後を乱馬が慌てて追いかける。
 その様は自分の後を三歩下がって歩くどころか、三歩分の距離を置いていかれないよう、必死に取り繕うようで。
 
「なあ、それより今晩もあかねの部屋行っていい?」
「ダーメ。今日こそゆっくり寝たいもん」
「そこをなんとか……! 少しでいいから」
「ダメったらダメ。たまには一人で頑張りなさい」
「なんでい、あかねのために言ってやってんのに」
「なんであたしのためなのよ」
「だってあかねの勉強にもなっていいだろ?」
「もうっ。あんたって本当に口が減らないわね!」
 
 段々と小さくなっていく二人の声。やがて廊下の角を曲がり、完全にそれが聞こえなくなった。すると誰ともなくごそごそと動き出し、みな一斉に溜め息を落とす。
 
「くそー! なんだよ、乱馬のやつ……っ」
「なんだかんだで今晩もお楽しみかよ」
「あかねもあかねできっぱり断るでもないってことは、やっぱそういうことなんだよな」
「一人じゃデキない乱馬ってか」
「小太刀にシャンプー、更に右京まで……みんなあんな男のどこがいいんだよ」
 
 はぁぁぁ……と再び零れる男共の溜め息。おそらくこの教室の中だけぐっと二酸化炭素濃度が上がったことは言うまでもない。
 そんな中、一人の男子生徒がぼそり呟く。
 
 「とかいって、見たか? あのあかねの嬉しそうな顔」
 
 そうなんだよな。
 それなんだよな。
 どんなに自分達が甘い言葉を投げ掛けようとも、あのあかねにそんな顔をさせてやれるのはたった一人だけの存在で。
 
「なんせ、相手に求める唯一の条件が外見でも女らしさでもなく“猫化した自分を宥められるやつ”だもんなぁ」
「そんな特殊な技量を持ち合わせてるの、この世にあかね一人しかおらんだろうが」
「あれ、遠回しにプロポーズしてんのと同じじゃねえ?」
 
 溜め息はいつしか羨望に変わっていた。しかし、それはそれでなんだか悪い気はしない。
 ふふふと口角を上げては、話題の二人がいなくなった教室で囁き合うように笑い出す。
 
「っていうかさ。おれ、すげえことに気付いちゃったんだけど言っていいか?」
 
 言え言え。ぶちまけちまえ。
 クラス中がある一点に視線を集め、昇降口から出て行く二人の後ろ姿を見送る。
 
 
 
「あいつら、あれで付き合ってないとか言うんだから嘘つきだよな」
「「「「「確かに」」」」」
 
 
 
 これぞ、自覚がないってやつなのか。
 いやいや、もしかするともしかして。自覚がないフリしながら、乱馬から発せられる鋭い牽制なのかもしれないが。
 
「それにしっかり騙されてやるおれ達も優しいよなぁ」
 
 そう。結局、二人の際どい会話を楽しむのが“乱馬とあかね鑑賞部”の醍醐味なのだと言えよう。
 その証拠にほら、心なしかみんなの表情は呆れた中にもどこか満足さをうかがわせている。
 
 
 
 風林館高校、一年F組。
 
 そこは毎日がエイプリルフールなのだから。
 
 
 
 
 < END >
 



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comment (10) @ 高校生編 イベント編

   
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2018/04/02 Mon 00:29:32
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2018/04/02 Mon 08:03:14
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2018/04/02 Mon 10:00:56
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2018/04/03 Tue 07:30:29
お疲れ・・・! : 憂すけ @-
有り難う!仕事はまだ半分残っているけれど、お陰様で楽しかったー!!お疲れ、あたし!!(←そこ?)笑かして頂きましたー♡ヽ(^o^)丿
うんうん。みんな。あれでね、付き合ってないって言い張るんだよ、あの二人は。
・・・・萌えるだろう?( ̄▽ ̄)

エイプリルフール・・・騙されたふりしてあげる・・・気が付かないフリをしてあげるクラスメイト達が好きです!
意味深な会話に変換してしまう機能・・・グッジョブッス!(・ω・)ノ流石です、おねいさん!!
(#^^#)
2018/04/04 Wed 17:21:48 URL
Re: タイトルなし : koh @-
y~コメント主様

入部希望者、一名追加……と。φ(..)
ほんと、クラスメイトになりたい。モブでいいので。
というか、乱馬とあかねちゃんはあの二人にしかなれないので本当にクラスメイトでいいの。
ただヒューヒュー言って冷やかしながら見ていたい……(´艸`*)♡
でもって窓から乱馬がぶっ飛んでいくところを見てみたい。(えっ)
何度かちょろちょろ零していますが、わかり易いヤキモチより二人にしかわからない関係のほうが萌えるタチでして……////
独占欲も50:50。そんな拍手話から連想を広げたお話でした♡
2018/04/05 Thu 22:14:47 URL
Re: 入部希望します!! : koh @-
k~コメント主様

この関係を近くで見られるってだけで贅沢なクラスメイトですよね^^。
あかねちゃんだけを特別として伝えるシンプルな理由として、猫化かなぁと。
まさに乱馬の本能ですものね。うーん、留美子先生の設定、美味し過ぎる……。
素直じゃない乱馬だけど、このくらいの言い回しならできそうかな?
好きと言えるようになるまでには相当時間が掛かりそうですけどね(^^;。
このお話は当日の朝思いついて、それから家族の目を盗みながら突貫工事で仕上げつつ、なんとなくお気に入りのお話です。
やっぱり同級生たちにわちゃわちゃからかわれている高校生のふたりはかわいいなぁ^^。
2018/04/05 Thu 22:19:34 URL
Re: ありがとうございました!! : koh @-
m~コメント主様

おおっ!入部希望者が続々と……っφ(..)
乱馬の理想の女の子として真っ先に自分を思い浮かべなさそうなのがあかねちゃんっぽいかなぁと。
それは別に自分に自信がないとかじゃなく、自分の要望を強引に押し付けないよう冷静になろうとしているからだと思うのですが、三人娘と違って我が我がとならないところも好きだったりします。そのくせ、本当のピンチやヤキモチの時には真っ先に動いちゃうんですけどね^^。
乱馬の言動って素直じゃないようで素直というか、「え?それ天然?それともわざと?」と思うこともいっぱいあって。なんでもないフリをしつつ、牽制&あかねちゃんに伝わるように言ってるんじゃないかな、なんて思います。格闘家には作戦も必要ですからね!
そしてこのお話は拍手の嘘を思いつき、そこから妄想を広げていったのでドキドキしていただけて嬉しいです。原作の中でも読者には嘘をついてキスくらいしてたりして……なんて思いながら、またまた妄想する私でした笑。
2018/04/05 Thu 22:26:13 URL
Re: No title : koh @-
ト~コメント主様

わーん!大好き、ありがとうございます////。
そしてこのお話から「あなただけ」も思い出していただけるなんて……過去のお話も覚えていてくださってて驚き&感激してしまいました(ノД`)。
わかりやすいヤキモチもかわいいのですが、みんなの前では何食わぬ顔して喧嘩して、実は二人きりになったら違う顔を見せるって最高に萌えるなぁと。
他の異性に告白とかされるのを見て、内心舌を出しながらも夜はちょっとヤキモチ妬くとかもう最高じゃないですか……////(おや?何か妄想が降りてきそうな……)
そしてやっぱり暖かくなってくると気持ちも上向きになりますよね^^。ただ、新年度で気持ち的には忙しなかったりもして。
家事は手を抜いたところでどうにでもなりますので、コメント主様の体調と心の余裕のバランスを取りつつ、お互いこの春を乗り切りましょう♪
2018/04/05 Thu 22:32:13 URL
Re: お疲れ・・・! : koh @-
憂すけさん

お仕事お疲れ様です。今、インディージョーンズはまだ洞窟の真っ只中かしら?あ、でもそろそろ折り返し地点かな??(愛人ゆえ、憂すけさんの行動を把握してる奴…)
もうね、これで付き合っていないなんて詐欺同然ですが、これって高校生らしくてすごくかわいいなって。
実は私の高校時代、学年一を争う美男美女のカップルが親友でして。その二人は喧嘩ばかりなんだけどすごく仲が良くて、おまけに女の子のほうは家の事情もありお手伝いさんだけいる一軒家に一人暮らし。
どう考えても○ってるだろ~というクラスメイトの冷やかしに、頑として三年間認めなかったんですよね。
でも卒業してから「うん、一年の終りからしてた」と。ただ、学校にいる間はお互いそういう目で見られたくないし、周りのクラスメイトも気を遣っちゃうだろうってことで隠し通していたそうです。
それを聞いて、なんかいいなぁと思って。だって本当に誰にも言ってなかったんですもん。
ちなみにその子達、結婚しちゃいました。
こうと決めたら乱馬とあかねちゃんもそれを守り通す。そんな意思の強さを感じます(´艸`*)。
2018/04/05 Thu 22:39:50 URL

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