二度目の春は、はじまる予感。(後編) 

2018/04/19
拍手には今後の投稿予定(念のため注意喚起)と、ちょっとしたアンケートが置いてあります。
お手数ですが、よろしければご協力いただけると幸いです。



 以心伝心とはこういうことか。
 その晩遅く、乱馬があたしの部屋にやって来た。おそらくおじ様やおば様が寝た後にこっそり部屋を抜け出してきたのだろう。お互いパジャマ姿のまま、ぺたりとカーペットの上に腰を下ろす。

「なあ」
「なに?」
「おめー、最近なんか変じゃねえ?」
「変ってどこが?」
 図星を突かれたと思った。
 が、そんなことはおくびにも出さず、絨毯のループを見つめる。
「なんか妙によそよそしいし」
「そんなこと……」
「もしかしてまだ体調わりーのか?」
「ううん。そんなことないわよ」
「じゃあ、また殺人的な飯でも作ったとか?」
「失礼ねっ! なんでそうなるのよっ」
「…………じゃあ」

 ふと、声のトーンが変わった気がした。

「……お、おれのこと。嫌になった……とか」

 それはいつもの乱馬からは考えられない程、小さな小さな声だった。
 一瞬言葉に詰まり、乱馬の顔を見上げ──そこでハッとする。それはまるで怒られるのを待つ子どものような顔で、普段の自信満々な様子はどこにも見当たらない。
「乱馬?」
 理不尽なあたしの態度が乱馬を酷く傷付けた。罪悪感が頭を過ぎり、なんとか声を掛けようとするも勢いのまま乱馬がつらつら続ける。

「だ、だってどう考えてもおかしーだろ? 突然おれのこと避けだして、その、キ、キ、キスだってしたがらねーし、なのに学校では他の野郎と楽し気に話してて」
「それは、」
「だから、その……も、もしかしてやっぱ、やになったんじゃねーかとか」
「乱馬……」
「わ、笑いたきゃ笑えよっ! そ、そりゃおれだってこういうの初めてだからわかんねーことばっかだし気の利いたことも言えねーけど、だったら嫌になる前にちゃんと言ってくんねーとおれだって」
「嫌じゃない」

 きっぱりと。
 ここだけは譲れなかった。

「嫌じゃ、ない……」

 ゆっくりと乱馬の背中に腕を回す。
 あの日観たビデオのように情熱的ではないけれど、おずおずと。

「あ、あかね?」
「嫌なんかじゃないもん」
 今度こそ、ぎゅっと力を込めた。
 久し振りの乱馬の感触。同じ柔軟剤の香りに、少しだけ汗が混じったようなその匂いがやけに落ち着く気がした。
 ああ、こうやって胸板の硬さを感じるのも久々かもしれない。そのまま自分の頬を心臓の上に重ね、顔を見ないまま呟く。
「ごめんね。あたし、勝手にあれこれ考え過ぎちゃって」
「あれこれって?」
 ぎこちなく回された乱馬の腕があたしの背中を軽く叩いた。ポン、ポン、と一回二回……。
(どうしよう。素直に打ち明けてみようか。でも……)
 トクトクと脈を打つ音が速くなったように感じるのは気のせいだろうか。
 ……ううん。そこで思い出したのはゆかの台詞だ。

 ──乱馬くんだって不安だと思うわよ

 本当に?
 それを確かめるよう、パジャマの背中をぎゅっと掴む。

「……あのね、なにを聞いても驚かない?」
「あ、ああ」
「絶対?」
「おう」
「絶対よ? 約束したからね?」
「そんな風に言われたらかえってビビるだろうが」

 鼓動は正直だ。
 ドクンと跳ねる心臓の音を聴き、あたしは正直に白状する。

「あのね。この前、さゆりの家に行って、その……観たの」
「観たって何を?」
「だから……、その」
「……」
「……アダルトビデオ」
「へっ!?」
「も、もうっ! だから言ったじゃない、驚かないでって」
 カアッと顔の表面が痛いくらいに熱を帯びるのを感じた。
 それを見られまいと、先程にも増してぐいぐいと自分の額を硬い胸に押し付ける。
「わ、わりい。でも、ど、どーして?」
「……乱馬と……その、キスしたこと、あの二人には相談してて」
「……」
「そしたらさゆり達が、その……」

 心の準備をしておいたほうがいいと言われたことまでは言えなかった。が、おそらくその意図は乱馬にも伝わったのだろう。ゴクリと、喉の奥で生唾を飲む音がした。

「で、そしたらなんか……」

 ああ、こんな時、一体なんて言ったらいいんだろう。
 興奮した?
 恥ずかしかった?
 どれも適切でない気がして、なかなか次の言葉が見つからない。
 するとこれまで口を噤んでいた乱馬が慎重に話し出す。

「あかねは……その、どう思った?」
「え?」
「だ、だから、その、それ……ビ、ビデオ観てどう思ったかって聞いてんの」
「どうって、そりゃびっくりしちゃって」
「そーゆうことじゃなくって」

 はぁぁ……と溜め息が聞こえる。

「……幻滅した?」
「え……」
「その……あーゆうこと、男がしたがってるって知って」
「え? あ、あの、それって」

 待って。頭が追いつかない。
 脳裏に浮かんだあの映像はもちろんのこと、それより驚くべきは今の乱馬の発言だ。
 男がしたがってるって言った? それってその、乱馬もしたいと思ってるってこと?
 軽くプチパニック状態のあたし。それに構わず乱馬が一気に捲し立てる。

「お、おめーらがどんなのを見たのかは知んねーけど、その、男だったら誰だって興味はあるし、好きな奴がいんならしてみたいと思うのも当然だろ!?」
「えっ」
「えってなんだよ。まさかあかね、おれがそういうのに興味ねーとでも思ってんのか」
「そ、そうじゃなくて」
「あん?」
「そ、その、男は好きな人とならしてみたいって……それって乱馬もってこと?」
「あたりめーだろ。ここでひろしや大介の話をしてどーすんでい」
「それって……」

 好きな奴って……それって、あたしのことでいいのよね?
 だけど今さらなんとなく聞きづらくて、もぞりと身を捩る。すると再び、今度は特大の溜め息が頭の上から降ってきた。
「おめー、本当にニブいのな」
「悪かったわねっ」
「言っとくけどなぁ、おれなんかここ来る時、隣になびきがいねーのを確認して来てんだぞっ」
「う、嘘っ!?」
「だから嘘ついてどーすんだよ。っつーか、他の家族が留守にしてるとか聞いただけで、その、」
「なに?」
「そ、そーゆうことばっか考えちまうっつーか……」
 だ──っ! 何言わせんだよ!? とガリガリ頭を掻きむしるけれど、“そういうこと”って……。

「ねえ」
「あ?」
「乱馬もそういうことに興味あるの?」
「だ、だからさっきから言ってんだろ!? おちょくっとんのかっ」
「で、でも」
「まだ何かあんのかよっ」
「あんたいつも言ってるじゃない。自分の体に見慣れてるから女の裸なんかなんとも思わないって」
「そ、それは、」
「だからてっきり、それで満足してるもんだとばかり」
「気色わりー話すんじゃねえっ! この世に誰が自分の裸で満足するアホがいるってんだよ!」
「だって」
「あのなぁ、確かに女のおれはかわいいし、抜群のプロポーションの持ち主だ。それに非のつけどころがねーのは認める」
「あんたねぇ」
「けどな? うっかり水被って女になっちまうことはあっても、わざわざ自分から水被って女の体を見るほど落ちぶれとらんわいっ」
「な、なによ。それにしちゃあたしのこと、ずん胴ペチャパイって言うくせにっ」
「しょうがねーだろ。おれは事実を言ったまでだ」
「な……っ!」
「っつーのは冗談で」
 ぎゅむっと顔を押し付けるように抱きしめられた、その腕はギリギリの力加減でコントロールされているのを感じる。

「そうでも茶化してねーと我慢出来なくなることぐれえ、いい加減わかれよ……」

 憮然と呟かれた言葉。
 それは飾らぬ乱馬の本音だった。


「……どうしよう」
「あん?」
「なんか恥ずかしい」
「あほ。おれだって恥ずかしーわ」

 わかってる。その証拠に腕を回した背中が薄っすら汗ばんでいる気がしてならない。が、それを言うならあたしも同じだろう。
 極度の緊張のせいなのか、それともこうしてくっついているせいなのか。
 せっかくお風呂に入った後なのに、もしも汗の匂いがしたら嫌だな。そんなことをぼんやり思いながら、ふわふわ浮遊しかける意識で言葉を繋ぐ。

「あんたがそんな風に思ってたなんて意外……」
「そりゃこっちの台詞だっつーの。まさかあかねがアダルトビデオ観てたとはなぁ」
「そ、それはっ」
「なんか想像しただけで興奮する」
「バカっ!」
「…………………………で?」
「え?」
「え? じゃねーよ。観てどう思った?」
「ど、どうって」
「嫌だった?」
「嫌っていうか……」
「……やっぱこわい、とか思った?」
「うーん。正直言うとね、よくわからなかった。隣にゆかとさゆりもいたし、みんな照れくさくて茶々入れたりふざけながら観てたから」
「そっか」
「そ、それに、その、そ、そういうシーンとか、ちょっと恥ずかしくてなんとなく視線も逸らしちゃってたし……」
「……」
「なんか画面いっぱいモザイクとかもあって、よくわからなかった部分も多いしね」
「っておめー、どんなの観たんだよ!?」
「や、やだっ! だからそんなんじゃなくって、」

 カアッと耳朶まで熱くなる。バカバカ、どさくさに紛れて一体何を言わせるのよ!?
 そんな乱馬の胸の音も、ドックンドックン、まるで乱れ打ちした太鼓のように暴れている。
 なによ。人に聞くだけ聞いて、そっちがその気なら……。

「乱馬は?」
「え?」
「あんたは観たことあるの? その、ああいうの」
「お、おれのことは別にいーだろ!?」
「ずるいっ、あたしにだけ言わせて」
「そんなの知らねーよ。っつーか、あかねが勝手に言い始めたんじゃねーか」
「う……っ。と、とにかく、いいから教えてよ」
「…………やだ」
「乱馬」
「やだ。ぜってー言わねえ」

 強情。頑固。意地っ張り。
 その全てを集結したような態度で、頑として口を割ろうとしない乱馬はまるで鉄壁の城塞だ。
 けど残念ね。だってあたし、気付いちゃったんだもの。

「…………ふーん。じゃあやっぱり観たことあるんだ」
「なんでそう思うんだよ」
「だって否定しなかったじゃない。ってことはきっと沢山観てるんだろうなって」
「たっ、沢山なんか観とらんわいっ! ただ、男にも付き合いってもんがあってだな、」
「へえ。お付き合いねぇ」
「…………なんだよ」

 脆くも城塞、破れたり。顔なんか見なくてもわかるジトッとした口ぶりに、形勢逆転を確信したあたしは尚も追及の手を緩めない。

「ちなみに、そのお付き合いとやらの一番最近っていつ?」
「えっ!?」
「いいじゃない。あたしだって正直に告白したんだから教えてよ」
「い、いや、でも……」
「乱馬」
「な、なんでそんなの、いちいちあかねに言わなきゃなんねーんだよっ」

 まるで浮気を暴く誘導尋問だ。だけどこんな話を面と向かって乱馬とするのも初めてで。深夜のテンションも手伝い、それを楽しんでいるあたしがいるのは間違いない。
「あっそう」と腕の力を緩め、あからさまに態度を硬化して乱馬の肩を押す。

「じゃあいいわよ」
「ま、待て待てっ。いいってなんだよ」
「その言葉の通りよ。乱馬が正直に教えてくれない以上、あたしだってもう真剣に考えるのやめる」
「真剣って……」
「さてと。そろそろ寝ようかな」
「だ──っ! わかったよっ! 観ました、観たことあります! どうだ、これで満足か!?」
「最後に観たのはいつ?」
「え?」
「どこで?」
「あ、あの、あかねさん?」
「だってあたしばっかりずるいじゃない。乱馬も教えてよ」
「それはその、男の友情と沽券にかかわる問題で……」
「あっそ。じゃあ今度こそ──」
「わ、わかったよっ! お、おめーとキスして、その後すぐっ!」
「ってそれ、最近じゃない!」

 哀れ、男の友情と沽券。そんなものは呆気なく押しやられ、目の前の乱馬は顔を真っ赤にして床にのの字を書いている。ゆらゆらと、いつになく落ち着きのないおさげ。はっきり言って、そこに男らしさなど皆無だ。

「もしかして、ひろし君と大介君もあたし達のこと知ってるの? その、キ、キスしたこととか……」
「う、うるせーなっ、あかねだって人のこと言えねーだろ!?」

 ……そっか。ひろし君と大介くんも知ってたんだ。あたしと乱馬のこと。
 にもかかわらず学校ではお互いなんにもない素振りして、女子が演技派なら男子もそれに負けてない。

「で?」
「あん?」
「その……乱馬はそれ観て、ど、どうだった?」
「どうって……」
「だ、だからその、」
「そ、そんなの、おめーと同じだろうが。な、なんかみんなふざけちまうし、モザイクだらけでよくわかんねーし」

 ハハハと空々しく笑ってみせるけれど、多分、男の子と女の子では微妙に違うんだろうなと。そのくらいの事情はあたしだって理解しているつもりだ。

「……なんで観ようと思ったの?」
「へ?」
「その……そういうビデオ」
「なんでって、そりゃまあ、誘われたから」
「本当にそれだけ?」
「……それ、どーいう意味だよ」

 だから。あたしとそういうことをしたいから? なんて。
 こんなこと、どう聞いたらいいのかわからないし、聞けるはずもないのだけど、それでも目で問い掛けるように乱馬の顔を覗き込む。
 多分、乱馬もあたしと同じこと考えてる。不思議よね。言葉にできない時ほど、目は口ほどにものを言うように、互いの言いたいことが伝わってくるような気がした。
 気が付けば口の中はカラカラに渇いてしまっている。さっきからずっと鳴りやまない鼓動は全速力の後のようにバクバクと暴れたまま、手の平にじっとりと汗をかいていた。
 暫く経って、観念したように乱馬が口を開く。

「……あー、そうだよ。そーゆうことに興味があったから観た! どーだ、おれは正直に言ったぞ!」
「アダルトビデオ観るのに、そんな開き直らなくったっていいじゃない」
「あのなぁ。さっきも言ったけど、おれだって十七の健全な男子高校生なんだぞっ!? そりゃ色々考えるわいっ」
「い、色々って、」
「なのに家に帰りゃ、無防備な格好でうろついてる奴がいるし」
「無防備ってなによ、失礼ね」
「無防備だろうがっ。風呂上がりで濡れた髪にタオル巻いたままフラフラ歩いたりとか、薄っぺらいタンクトップ一枚で過ごしたり」
「ちょっと待ってよ、タンクトップ一枚なのはあんたでしょ? あたしはちゃんと下に専用のカップが付いたものを着てるし、お風呂上がりに髪に気が濡れてるのだって当たり前じゃない」
「だからっ! おめーにとっては当たり前でも──っ」
 そこまで語気を荒げ、そして溜め息を落とし。

「…………おれにとっては当たり前で済まされねーんだよ……」

 最後は、降参するような声だった。


「……いつもあたしのこと、色気がないって言うくせに」
「うるせー」
「あ、まだそんな口きくんだ。じゃあいい」
「な、なんだよ、その言い方っ」
「どうせあたしは色気なんてないものね。残念でした」
「っ!? ざ、残念ってその、」
「あーあ。せっかくあたしも…………って思ったのに」
「ってそれ、も、もしもおれがあかねのこと、」

 そうよ。もしも乱馬があたしのこと。

「………………もう少し女の子らしく扱ってくれたらね」

 たったそれだけで、女の子だって勇気を振り絞る覚悟くらい出来てるのに。

「あかね?」
「あたしのこと、これからはずん胴とかペチャパイってバカにしないなら」
「し、しないしない! あかねのふくよかなウエストとかスリムな胸とか、もう二度とずん胴ペチャパイなんて言わねーから!」
「って言ってるじゃないのっ!」

 めしりと、あたしの肘の下で乱馬の顔が床に沈む。
 この期に及んでまだ余計な一言を言わない時が済まない性格に、もしかしたら本気で乱馬はマゾなんじゃないかと心配になるほどだ。

「ほんっと、あんたって減らず口なんだからっ」
「それはこっちの台詞だっ! せっかく人が時間の猶予を……」
「え?」
「っ、なんでもねえ」

 いてててて……とオーバーに頭を押さえて乱馬が顔を上げる。大袈裟なんだからと悪びれずに言ってみれば少しは手加減しろと返ってくるその言葉にムッと眉を寄せ──そこで久々に視線を合わせた気がして、どちらからともなくふっと笑みを零した。一本一本、指を絡ませるように人差し指から折り曲げ、小指までしっかり重なり合ったところでトンと左胸の上を突く。

「……少しずつよね」
「まーな。っつーか、今でも他の奴らに比べりゃ充分少しずつなんだけど」
「なにか言った?」
「別に」

 嘘。本当はちゃんと聞こえてた。
 その不器用な優しさが嬉しくて、だから今度はあたしからボールを投げてみる。

「…………ねえ」
「今度はなんだよ」
「その……正直に答えて欲しいんだけど、本当はどう思った? あたしがあの、そういうビデオ観たって知って」
「あー……、まぁびっくりしたっつーのが一番だけど、でも」
 でも?
「なんか嬉しかった。その……あかねもそーゆーこと、ちょっとは興味あんのかなー、とか」

 最後は照れ臭そうに笑って誤魔化す。
 それを見て「もうっ」と爪を立てるけれど、なんのことはない。

 ──乱馬くんに言ったら喜ぶと思うけどなぁ

 本当にその通りね。
 女の子だって期待をしてる。これはあたしから乱馬に送る、精一杯のサイン。
 思わずふにゃりと下がりそうな眉に力を入れ、最後に牽制するのも忘れずに。

「ついでに聞くけど、この前後輩の女の子に告白されたんだって?」
「え? な、なんであかねがそのこと知ってんだよ!?」
「残念でした。秘密にしておこうったって、あんたのことなんて全部お見通しなんだからね」
「よく言うぜ。おめーこそ先週、B組の奴に呼び出されてたくせに」
「あ、あれは……っ」
「言っとくけどおれだってなんでも知ってんだからな。唯一知らなかったっつったらあかねがアダルトビデオ観てたってことだけで」
「バカっ!」

 せっかく繋いだ手でポカリと頭に一発、そして二人の指がパッと離れた。これもあたし達流、お決まりのスキンシップで。
 そのまま「よいしょ」と立ち上がり、ぐいんと乱馬が腰を伸ばす。と同時にペキンと小さく骨が鳴り、どのくらい不自然な体勢でいたのかを如実に表しているようだった。
「じゃーな」
 短く言葉を発して乱馬が扉に手を掛ける。その後ろを追い駆けるようにあたしも立ち上がり、めいっぱい腕を伸ばした。そして
「髪の毛。埃ついてるわよ」
 おもむろにおさげを引っ張ると、乱馬の唇に自分のそれを重ねる。
 ちゅ……っと小さなリップ音を鳴らし、一瞬で離れる唇。そこで瞼を開けた時に見えた乱馬の表情は、これでもかってくらいに目を丸く見開いてて…………

「なによ、その顔」
「い、いや、ただ、あかねからなんて初めてだったから、その、」
「したかったからしたの。悪い?」
「し……!? べ、別に悪いなんて一言も言ってねーじゃねえか!」

 ああ、我ながらこんな時までかわいくない。
 だけど。こうでもしていないと、抑えきれない想いに流されそうな自分がいて。

「…………乱馬だけじゃないんだから」
「へ?」
「あたしだって、これでも色々考えてるんだからね」
 
 つんと澄ました捨て台詞。取りあえず今日の頑張りはここまで、そう満足した時だった。
 この言葉を言い終わるや否や、視界がぐるりと半転し──直後、背中に打ち付けるような衝撃が走る。
 バウンバウンと大きく揺れながら、上下に浮き沈みするあたしの体。それはまるで、リネンの波にのまれたようで。次第に小さくなる衝動波をやり過ごし、ここがベッドの上だと気付くのに一拍の間を要した。

「ちょ、ちょっと、なに……!?」
「うるせえ! おめーが焚き付けるようなことばっか言うのがわりーんだからなっ!?」
「な、なによ、あたしが一体何言ったって、」
「自覚がねーとはますますタチわりーぜ」

 チッと舌打ちをし、捕えられた両手首ごと肩がベッドに縫い付けられる。

「ら、乱馬?」
「あかね……おれ、もう……っ」
「な、なに考えてるのよ、こんな急に──」
「よく言うじゃねーか。据え膳は急げって」
「微妙にちがーう!」
「あかね……」
「ちょ……っ、」

 胸の上を掴まれるような何か……って、こ、これ、乱馬の手!?
 神経回路を駆け抜けるように頭が理解した途端、ビリリと電流が走った。
 この前 自分で触ってみた時とは明らかに違う、異性の感触。その手がやわやわと意思をもって動きだすのを捉え、あたしの頭はもはやヒート寸前で。
 ど、どうしよう……!
 こんなとこで、こんな急に。
 さっきから抱き合っていたせいですっかり汗もかいてるし、身につけている下着だってなんてことない普通のやつに過ぎない。大体、一階ではお父さんもおじ様達も眠っていて、なのに、こんな────
 混乱する頭で次から次へと止めどないことを考えては、パッパッと切り替わるコマのように思考が定まらない。そんなあたしの頭上には、少しだけ不安そうな、それでいて興奮の色を隠さない乱馬が伺うように顔を覗き込んでいる。

「あかねは……嫌、か?」

 嫌じゃない。嫌じゃないけど、今はダメ。
 そう思うのに、突っぱねなければならない口から漏れたのは、あろうことか「ぁ……」という小さな声で。
 理性が本能に押し流されるとはこのことか。
 まるでそうすることが自然なように、震える瞼をそっと伏せる……と、その時だった。
 


「ちょっとぉ。あんた達、お盛んなのはいいけど部屋の扉くらい閉めなさいよね」
 

 バタンとご丁寧に閉じられドアの向こうから聞こえてきたのは、なびきお姉ちゃんの……声…………。
 
「お、おねえちゃん!? 一体いつから……っ」
「あ……っ! そういえばおれ、さっき部屋から出ていこうとして、」
「バ、バカぁっ! お姉ちゃんに見られちゃったじゃないのっ」
「あ、安心しろ、まだなんもしてねえ!」
「まだってなによ、まだって!」
 







 ……結局、最後はこうなって。
 それでも部屋を出て行く間際、キョロキョロ辺りを見回した後に一瞬だけ唇同士を重ねると。
「…………………………、……悟しとけ」
 耳元で囁かれた言葉に、あたしは一人茹でダコのように腰が抜けたのだった。
 
 へにゃへにゃとその場に座り込み、這うようにしてベッドの上のクッションを手に取る。ぼすんと顔を埋めたコットンのカバーが、火照った肌の熱をじんわりと吸い込んだ。
 耳にジンと残るのは、いつもよりも少しだけ低い、乱馬の声。まるで魔法にかけられたように、何度も何度も頭の中で繰り返す。
 
 ──もう我慢しねーからな。覚悟しとけ
 
 覚悟だなんてそんなの、本当はもうとっくにできてる。
 ……こんなこと、やっぱり恥ずかしくて面と向かっては言えそうもないけれど。
 深夜に一人、「うー」っと陸地でバタ足をかくあたしの胸にあるのは確かな予感。それを認めた瞬間、また新たな熱に全身を侵された。
(あ……っ、そういえば……!)
 ガバッと身を起こし、机上に置かれたカレンダーのページをめくる。そこにはいつの間に書き込んだのやら、赤い丸が付いていて。
 五月の同じページの、二十三日と三十一日。そこにでかでか手書きの印を残す、その犯人は一人しか考えられない。
 もちろん、乱馬だってそういう意味で印を付けたわけではないのだろう。けれどこれが大きなきっかけになることを、お互い意識しないほど幼くはいられなくて。
 ひい、ふう、みい……、声に出して数えるあたしの部屋の階下では、同じく指折り数字を数えている乱馬の姿が目に浮かぶだなんて、これはひょっとするとひょっとしてしまうかもしれない。
 それにしても、こんなタイミングで翌月に誕生日が待ち構えてるなんて、なかなかだと思う。もしかしたらこれは、恋愛の神様から贈られたちょっとの試練とボーナスチャンスなんじゃないだろうか。
 それまでに出来る悪あがきとしてバストアップ体操やら、ウエストシェイプやらの計画を立て、おまけに新しい下着の心配までしてしまうのだからつくづく罪深いったらありゃしない。そして一通り妄想を巡らせると、爪の先でぱしんとカレンダーを弾いてみせる。

「…………乱馬こそ、覚悟しておいてよね」

 口にした瞬間、激しい羞恥に襲われた後で込み上げてくるのは、痛いくらいの幸福感で。
 期待、不安、それを上回るのは、誰かのものになる喜び。
 ああ、でももしかしたらちょっと誕生日までもたないかもしれない。が、それをなんとか引き延ばすのも楽しい気がするし、もしもそうなったらそうなったでまた記念日が一つ増えるだけのことと思えば、どこまでも前向きな自分の思考にいよいよ頭から湯気が噴き出しそうになってくる。

 カラカラカラカラ。
 動き出した歯車は、急斜面を転がるように勢いを増していく。
 あたしを変えたのは乱馬で、乱馬を変えたのはこのあたし。
 そしてこれからもっと、変わっていく──。

 そんな自分だけの特権に浸るあたし同様、ちょっとここでは言えないような興奮を乱馬も胸に抱きながら。
 二人の距離が近付くのを確かに感じた、二度目の春のことだった。




 < END……? >


二度目の春erizi




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comment (14) @ 高校生編 短編(日常)

   
先生にだって秘密はある ①秘密のはじまり  | 二度目の春は、はじまる予感。(前編) 

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2018/04/19 Thu 02:22:18
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2018/04/19 Thu 07:02:29
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2018/04/19 Thu 22:35:31
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2018/04/20 Fri 06:48:44
Re: 誕生日まで… : koh @-
k~コメント主様

そうなんですよね。ドアが開いててもガッツイてしまった乱馬君がお誕生日まで我慢出来ないに3000点。
でも思い出してください、天道家には様々な家族トラップがあることを。
ましてや一度なびきに見られてしまったため、その後はちょっと大変なはず笑。←ドS
でもって行き着くまでってゲームみたいなんですよねぇ、特に女の子にとっては「ただシタいだけじゃなく、ちゃんと自分のことを想ってくれているか」と見極める大事な時でもあり。流石に乱馬のことは信じているからそれは大丈夫だと思いますが、ちょっとずつ進んで寸止めしたい私です笑。(く……っ)
ただ、ここまでくると男の子も女の子もそうなりたいっていう気持ちの強さって同じですよね。それを今回乱馬には教えて上げられたので一歩前進ってところでしょうか。
この続きをあっさりいくか、じっくりいくかでまた迷い中の私ですが、気長にのんびりお待ちください^^。
2018/04/20 Fri 07:33:29 URL
Re: No title : koh @-
り~コメント主様

わーい、ドキドキしていただけてすごく嬉しいです////
このお話は書いている私もすごく楽しくて(AV連呼し過ぎててpixivには出せませんでしたが汗)、ついその先まで色々考えちゃいました。
女の子もこういうことって普通に興味ありますもんね^^。
そして……そうなんです!昔はとにかくあかねちゃん視点が難しくて、気が付くと乱馬視点ばかり書いていたのですが、今は気付くとあかねちゃん視点のほうが多いかもしれません。
バカバカしいお話なら乱馬視点、心理描写ならあかねちゃんのほうが入り易いっていう感じですかね。
それにしても過去の発言まで覚えてくださっているなんてありがたい……✨
また、お話の回答もありがとうございます^^。
すごく助かりました。参考にさせていただきますね!
2018/04/20 Fri 07:38:15 URL
Re: ありがとうございました!! : koh @-
m~コメント主様

このお話を書いてて楽しかったのは、乱あの二人はもちろん、友達のアシストだったりお節介だったり。
わーわー言いながら、きっとこの先も「じ、実は……」なんて相談して周りのほうが盛り上がるんだろうなぁって思っています(*^^*)
そんな友人達に大事にされている二人を想像するのもまた、我が子を見ているようで嬉しいんですよねぇ。
それにしても、彼氏のナイスバディで悩むって世界広しといえどあかねちゃんくらいですよ!あかねちゃんだってあんなにスタイルよくて美少女なのに……。
でもそこで乱馬に文句をぶつけるでもなくバストアップ体操とか努力を重ねながら、それでいて他の女の子達と同じように悩んじゃうあかねちゃんが健気でかわいいです。(原作のバストバトルとかもう可愛すぎて)
多分、この一カ月常にお互いドキドキしてるんでしょうね。いつの間にか乱馬君のポケットにはアレがあり、あかねちゃんのタンスには新しい下着がお目見えして……。
この続き(?)もちょっと考えてはいるのですが、お誕生日には間に合わなさそうなのでゆ~っくりお待ちください^^♡
2018/04/20 Fri 07:46:22 URL
Re: No title : koh @-
名無しのコメント主様

コメントありがとうございます♡
昔は大の苦手だった高校生編が、最近は自分でも書いていて楽しくて……。
高校生だとなかなか進展のない我が家の乱あちゃんですが、高校生編が好きと言ってくださり、とっても嬉しいです////
そして、昨年五月末に下げたあのシリーズですね。そうなんです。自分でも続きが気になって、幸せにしてあげたい……と思いつつ、大きなアクシデントが重なったシリーズに向き合うのってなかなか難しくて。
でもこうして読みたいと仰ってくださる声を聞くと、頑張ろうかなと思えます。
ありがとうございます✨
今はまったり幸せなお話を書きたいモードですが、翌日にはシリアスが書きたいモードに一転しているなんてこともめずらしくないので、気長にお待ちいただけると幸いです^^。
2018/04/20 Fri 07:51:53 URL
Re: No title : koh @-
ト~コメント主様

コメントありがとうございます。
男の子がAVを観るのはまあ普通として、この年頃って女の子も普通に興味津々ですよね。
いくら真面目だって、あかねちゃんだって女子高生で、しかも想いが実ったとなったら当然先を考えると思うんです。そして観るだけ観といて意識しちゃうっていう……。
個人的には「乱馬にもあんなのがついてて興奮すると……ってなに考えてるのあたし」と一人で勝手にわたわたするあかねちゃんが楽しくて。あんなのがついてる乱馬君……。
普段はあかねちゃんに強く出る乱馬ですが、こんな時だけ思いきり弱気になって悩んでいたら面白いですよね。「なんだよなんだよ、おれだって初めてなんだからしょうがねーじゃねえか」なんて心の中では悪態つきつつ、いざとなったら嫌われていないかおずおずしちゃう乱馬君。これが後の社会人編になるのかと思うと感慨深いです。(おい)
きっとあかねちゃんの部屋に来るまで相当悩んだんだろうな、乱馬君。
その姿を想像するだけでかわいくてごはんが進みます。←
2018/04/20 Fri 07:59:57 URL
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2018/04/20 Fri 11:58:31
ビデオテープ・・・!! : 憂すけ @-
ゴメン、もう、前編からやられっ放しでした・・・!昭和の高校生が、そこに居たの・・・!もしかしてこのお話を拝読して「へぇ~」と思う様な「テープって何ぞや」世代の方もいるのでは?
そう思うと自分が、化石になった気もしますが。良いんです。お話しの中をよりリアルに感じられましたから!

男の子と女の子。若干の事情の違いと”同じ好き”な気持ち。何だかすべてが可愛くて「乱馬、良かったね」の気持ちが止まりません!
最高に可愛い2人の一歩前進。メッチャ堪能させて頂きました♡ <m(__)m>
2018/04/20 Fri 12:42:17 URL
Re: タイトルなし : koh @-
青~コメント主様

こんばんは。お久し振りです!こちらだとお返事が出来るのでとても嬉しいです^^。
そして今までいただいたコメントも含め、まったく失礼など見当たらず…寧ろお気遣いいただいてばかりですみません💦。
そして二周年に際してあたたかいお言葉まで頂戴し、ありがとうございました✨
ちなみにですが、pixivは読み切りで、こちらのお話は(一応今のところ)前後編の別物なんです。すみません、わかりづらくて…(>_<)。私も同時期に「読切りだったらどちらのほうがスッキリ終われるかなぁ」と比べながら書いていた&二周年=二度目の春に掛けていたので紛らわしかったですよね(^^;。
何はともあれ、さわやかと言っていただいて「やった~!」と一人小躍りしています♪

あとアンケートの回答もありがとうございます。
私、以前も何度かコメント主様にお答えさせていただいていた通り、おそらくコメント主様と原作&二次のツボが非常に似ていると思うのです。なんせ、私は自他ともに認める偏食家。決して威張って言うようなことではないのですが、やたらと間口の狭い考えゆえ、つい細かなこだわりを持ってしまったり……でもそういったいわゆる私なりの「ここは譲れない!」というポイントをいつも賛同してくださり、本当に背中を押される思いです。
コメントの中にあった作品はあいにくまだ存じていないのですが、いずれ私もお休みした時には読んでみたいなと思いました。(他の読者さんからも過去に勧められたことがありまして…)
なのでどうか、よろしければこれからもお気軽にお声を掛けてくださいね。
あ、なんだったら青い波の件でも構いません笑。(頑張れ関西~!)

PS.燕は一度巣を襲われるとなかなか戻って来てくれませんものね……。私の住むマンションでは通りのど真ん中に巣があるのですが、毎年管理人さん達と住人で頑丈なゲートを作って巣立っていくのを見送っています。どこかで元気に子育てしてくれているといいですね^^。
2018/04/21 Sat 00:06:55 URL
Re: ビデオテープ・・・!! : koh @-
憂すけさん

そう! まさかのビデオテープですよ!
もしかして二十代の人とかわからないんじゃないだろうか……。そう思って支部に出せなかったってのも正直あります笑。でもね、らんまの世界はなんか「ビデオ!」って感じがして。
あの背面のシールで誤魔化したりとかね。その昔、中学生の私にクラスの男子が見逃した音楽番組のビデオを貸してくれて、再生したらまさかのAVだったってことがあったなぁなんて淡い記憶がよみがえりました。
(何気に初めてだったのでびっくりしました!)
聞きたいけど聞けない相手の本音とか、はっきり言うのは恥ずかしいけど伝えたい自分の気持ちとか。
付き合いたてから一歩踏み出す時ってゲームのように手の内を少しずつ見せて心を解放していくじゃないですか。そういう甘酸っぱい感じがちょっと古くさくて懐かしいなぁと、書いていてとても楽しかったです^^。
よかったね、乱馬。でも期待しちゃった分、ここからの一日一日が乱馬にとっては長そうだなぁ(^^;。
2018/04/21 Sat 00:19:54 URL

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