先生にだって秘密はある ③赤いたぬきと黒いきつね 

2018/04/22

 
 
先生にだって秘密はあるe03

 
 
 
 女の子はお喋りが好きだ。
 たとえ初対面の者同士だとしても、同じ室内で五分と顔を突き合わせていれば嫌でも話し始め、その三十分後にはまるで昔からの友人のようにお喋りが止まらなくなる。流行りの歌、昨日のドラマ、噂のスイーツ。次から次へと話題を拾い集めてまた相手へと投げ返し、終わりのないキャッチボールをしているようだ。
 ましてや、それが高校生なんていったらどうなるか、わざわざここで説明する必要もないだろう。ひょっとすると彼女たちは十分間口を閉じていたら窒息死してしまうんじゃないだろうか。そんな心配を本気でしてしまうほど、いつでもどこでも賑やかな彼女達。それでいてきらきらと輝く眩しさは、縁日で競うように音色を鳴らす色とりどりの風鈴みたいな存在だと思う。
 話している内容など、さして問題ではないのだ。ただ、その場が楽しく盛り上がることが一番であり、誰もが自分の話題に食いついてくるのを、垂らした糸の先に美味しそうな餌を用意して待っている。
 四月も半ば──あの衝撃の始業式から早十日間、どこかよそいきの顔をしたようなぎこちないオリエンテーション期間も終わり、先週末からはようやく通常授業も始まった。そして今、あかねはいつものマグカップ片手に、一階の保健室と校庭を結ぶ出入り口横の窓から外のグラウンドを眺めている。
 思えばここしばらく、どっしり保健室に腰を据えることも儘ならなかった。というのも、新学期に提出が必須となっている生徒達の健康カードやアレルギー調査票、検尿、それに伴う検査機関や病院との連携ならびに、誰も真剣に読まないであろう保健室便り……こう見えてやることは山積みなのである。
 カップに口を近付ける。白くくゆる湯気と一緒に、鼻先をくすぐるコーヒーの香り。サーバーで淹れたような本格的な味ではないけれど、この香りを嗅ぐとホッとする、あかねにとって大切な息抜きの儀式でもある。
 それにしてもいい天気だ。春の光が白く散り、ベージュ色のグラウンドも周りを囲む新緑も、全てがハレーションを起こしたフィルムのように揺らいで目に映る。とても眩しくて、まるで自分が澄んだガラス瓶の中にいるようだ。
 そこにチャイムが鳴り、ジャージに着替えた女子生徒達がぞろぞろとグラウンドに集合する。あかねが高校生の頃と違い、今はブルマではなくハーフパンツと呼ばれるやや長めのショートパンツが体育着として定められている本校。それでも春のせいなのか、足を全て覆うジャージを脱いでいる者は一人もいなかった。
 その中でただ一人、学校指定のものとは違う、黒地にワンポイントの入ったジャージ姿の乱馬が号令をかける。
(ふーん……なかなか様になってるじゃない)
 思えば乱馬の授業をじっくり拝むのはこれが初めてかもしれない。なんせ、先週は忙し過ぎた。おまけに乱馬が校庭で指導している時はあかねが雑務に追われ、あかねが保健室にいる日に限って天候に恵まれず体育館での授業になったりと、なかなかタイミングが合わなかったのだ。
 首から銀色のホイッスルをぶら下げ、点呼を取る乱馬。その間にも生徒達のお喋りが止む様子はない。
「石井―、岩谷―、遠藤―、」
「ねえ、先生」
「あん?」
「先生、そんなジャージ捲って寒くないの?」
「若いからな。むしろ暑いくれーだぜ」
 これで一応は教師なのだから世も末……じゃない、生徒達がとっつきやすさを感じるのも頷けた。すかさずあちらこちらから「二十三は充分なおじさんですぅ」だの、「新任だからってはりきっちゃって」だの、中には「先生、かわいー!」なんて声も聞こえてくる。
(なにが“かわいい”よ。その正体を知ったら口の悪さに驚くんだから)
 いい加減、女子高生のノリには慣れたつもりのあかねだったが、みんなが浮足立つ年度初めはもれなくこうだと溜め息を落とす。大体、二十三歳で年寄り扱いされてはたまらない。そのうちあんた達だって通る道なんだからね。チクリと心の中で制しながら、もしかしたら自分も高校生の頃はあんな具合だったかもしれないと少しばかり反省する。
 それにしても、乱馬という男はどこにいても目立つ存在だ。もうとっくに見慣れているはずなのに、つい目を奪われ、そのまま視線の先で追ってしまう。かといって外ばかりを観察していると思われないよう、換気の体で保健室の窓を端から順に開放していく──と、また別の生徒が手も上げずに質問を飛ばした。
「なんで先生って髪の毛伸ばしてんの?」
「おれ? 別に深い意味はねーけど……ただ、高校の時からずっとこの髪だしなぁ」
「えー、ださーい」
「だ……っ!? おまえ、罰としてグラウンド十周!」
「うそうそっ! 冗談です!」
「はい、言い訳で五周追加な」
「早乙女先生、最高、素敵、かっこいい! その髪型も似合ってます!」
「ったく、調子のいいやつ。まあ、おれくらいカッコいいとなんでも似合っちまうんだけどよ」
 まんざらでもなさそうに答える乱馬。それを見て、とても黙ってはいられない。
(調子がいいのはあんたでしょうがっ)
 なに、まんまと生徒のおべっかに乗せられちゃってんのよ。でもって髪を伸ばしているのに深い意味はないですって? よく言うわ。本当は竜の髭のせいで伸ばさざるを得なくて、挙句の果てには髪の毛が尽きる恐怖に半分涙目になってたくせに。
 ふんっと鼻息を荒くするあかね。その手の中のカップはとっくにぬるくなっており、それをグイッと一気に飲み干す。
(ばからしい。こんなことしてないで仕事よ、仕事)
 そう。なんせ、やることは山ほどあるのだ。いつまでも校庭とを繋ぐ外扉の前に立っていないで、まずは書類をやっつけてしまおう。むんと気合いを入れて伸びをする。そして校庭に背を向けた瞬間、突如ワアっと甲高い歓声が聞こえてきた。
 そういえば先程、大きな緑色のマットとバーを運び出していたっけ。ということは、今日の授業は走り高跳びに違いない。おそらくお手本として最初に乱馬が跳躍してみせたのだろう。すごい、すごいと興奮の入り混じった騒ぎをぼんやり眺めながら、見逃してしまったことを少しだけ悔やんだ。
「いいか? んじゃ、今のをイメージして──」
「先生。これよりもっと高いのって跳べる?」
「もっと高いの? そりゃ跳べるけど、おめーらにはちょっと難しいんじゃねえの?」
「いいの! 先生の跳んでるところが見てみたいだけ」
「おれが跳んでるとこ見たってしょうがねーだろうが」
「お願い、先生~」
「やだね」
「あ、それとも本当は口ばっかりで跳べないんだ」
「ん、んなわけねーだろ!?」
「だったらパッと跳んでみせてくれたっていいじゃない。それが出来ないんならやっぱり先生って嘘つき──」
「誰が嘘つきだ、誰がっ! そこまで言うなら見せてやろーじゃねーか!」
 途端に顔つきの変わる乱馬。この乗せられやすい性格はきっと一生治ることがないだろう。肘までジャージを捲り、足もふくらはぎ半ばまでくるくると裾を折るその姿は、学生と言われても遜色ないほどその場によく馴染んでいる。
 バーの高さは変えていない。乱馬がそのままでいいと言ったからだ。その代わり、しっかり見とけよと軽く肩を回してバーから数メートル離れる。
 助走するまでもなかった。軽やかにとんとんと地面を蹴り、バーの手前三歩分で加速するとそのまま勢いよく踏み切る。無重力を体現するならば、きっとこんな感じなのかもしれない。
 ふわり、バーの遥か上を軽々と越えた体はマットへ体を預け──ることもなく、そのままストンと両足から地面に着地した。体全体がしなやかな弓のようにしなって空を舞う姿は、どこか水族館のイルカ達を想わせる。
「……っと、しまった。うっかりいつものくせで着地しちまったけど、お前らはちゃんとマットから落ちねーように気を付けろよ」
 当たり前のように言ってのけるが、そもそもマットから大きくはみ出すほどの跳躍も、ましてや背中からマットに沈むことなく いとも簡単に立ってみせるのも、全てが規格外で。
 瞬く間に校庭は、さっきと比べものにならない程のお祭り騒ぎをみせる。
「す、すごーいっ、先生!」
「見た見た!? やばい、やば過ぎるっ!」
「超かっこいいんだけどっ!」
 もしかして、今の女子高生の語彙の九割が「超」と「やばい」で成り立っているんじゃないだろうか。呆れを通り越して妙な感心すら覚えるほど、生徒達の目は乱馬に釘付けだった。こうなるともう、彼女たちの勢いを止めることなど出来やしない。
 他の生徒が跳ぶ姿を黙って見守るなんて高等技術のない彼女達のお喋りは、嫌でもあかねの耳まで聞こえてくる。
「早乙女先生、かっこいいー!」
「足とか腕とかジャージ捲っちゃってんのも、なんかやんちゃ坊主って感じでかわいいよね」
「うん、かわいいかわいい!」
「だけどそれで他の先生に注意されてた」
「やだ。なにそれ、かわいい!」
「でもすぐまた捲ってた」
「かぁわいいっ!」
 ……さっきの言葉、一つ訂正。彼女達の語彙は、超とやばいの他にもうひとつ、「かわいい」。
 この三つで成り立っているらしい。
(気にしちゃダメ。今は集中。そう、目の前の仕事に集中よ!)
 そう思えば思うほど、外の勝手なやり取りに気を取られてしまうのは学生時代の名残だろうか。と、そこに聞き捨てならない台詞が飛び込んでくる。
「あー、あたし早乙女先生のジャージになりたい!」
(はぁっ!? なに言ってんのよっ)
 念のため断っておくが、乱馬のジャージはどこかの超高級ブランド物でもなければ、色気たっぷりのフレグランスが香る代物でもない。どこにでもある数千円のジャージは他の体育教師らとなんら変わらない出で立ちで、それでもスポーツマジック、おそるべし。この年頃といったらやはり運動が出来る方が断然見栄えがするし、そこで顔もそこそこ良くて話しやすいとなったら、生徒達が夢中になるのも無理はなかった。
(なーにがかわいいよ! 言っとくけど本当の乱馬を知ったらみんな驚くんだから。いつも人のことをずん胴呼ばわりするわ、二言目には憎らしいことばっかり言うわ、おまけに調子に乗りやすくって単純でナルシストで、謙虚さの欠片もないようなやつなんだからね!)
 思わず手元の書類をぐしゃりと丸める。このままじゃいけない、今度こそ保健室の窓を閉めて自分の仕事に集中しなければ。そう思った時だった。
「ねえ、先生って彼女いるの?」
「あん?」
「まさか童貞じゃないよね?」
 がたた……っと椅子からあかねが転げ落ちる。
 同じく、校庭ではどっと笑い声が湧いた。その輪の中心で、顔を赤くした乱馬が汗を拭う。
「ど……っ、ど、ど、童貞って、」
「照れてる、かぁわいい!」
「あほっ! 女がそんな言葉簡単に口にすんじゃねえっ!」
「やだー、先生、意外と古風」
「だ──っ! い、いいから授業に集中しろっての!」
 やんややんやと収拾のつかなくなったグラウンド。その隣にある保健室では、こちらももはや仕事どころではない。
(乱馬が、ど、童貞なわけないでしょうっ!? ダメだって言ってるのに一昨日だって強引に押し倒してくるし、一度したらなかなか離してくれないし、童貞どころか猿よ猿っ!)
 叫びそうになるのをなんとか堪える。気付けば上下逆さまになった保健室のスタンプが書類の枠から大きくはみ出し、崩れたプリントの山が床に散乱していた。これは本格的にダメかもしれない。
 はああ……と大きく溜め息をつき、両手を上に伸ばす。ついでに椅子から立ち上がり、ジロリと校庭のほうに視線をやった。瞬間、示し合わせたようにバチンと目が合う。
「お。あか──」
「(バカっ! 学校では天道先生でしょ!?)」
 無言のサイン。それを見て、慌てて乱馬も口を噤むも、生徒達の地獄耳は誤魔化せない。
「なに? “あか”がどうしたの、先生」
「い、いや、その……あ、赤いきつね! 今日の昼、久し振りに赤いきつねが食いてえなぁ、なんて……」
 非常に苦しい説明だった。が、先程も述べたように彼女達の九割は超とやばいとかわいいで成り立っているわけで。またもやグラウンドはかわいいの大合唱である。
「かわいー!」
「先生、やっぱり彼女いないんだ!」
「はあ!? なんでそーなんだよ」
「だって普通、彼女がいたら美味しい手料理作ってもらえるはずだもん」
「あのなー。世の中には普通じゃねえ彼女だって存在す……あ、いや、なんでもねえ」
 バカっ。
 バカバカバカバカっ!
 そんなデレデレしちゃって、どうせあたしはお料理が苦手よっ!
 乱馬なんか……乱馬なんか赤いきつねでも緑のたぬきでも勝手に食べたらいいじゃないっ。
 心の中でありったけの罵声を浴びせるあかね。もちろん、乱馬が本気で言っているわけではないということくらい、百も承知だ。それでもこうして目の前で生徒達にからかわれ、いいように遊ばれた挙句、中には冗談なのか本気なのかわからないような熱っぽい視線を送る生徒に囲まれている姿を見ると、胸中穏やかではいられない。
(なによ……なによ、なによっ。言っとくけどあたしなんかみんなの知らない乱馬をいっぱい知ってるんだからっ。女なんて興味ないような顔しておきながら、ホントはすっごいエッチだなんてみんな知らないでしょう!? 普段は意地悪いことばっか言うくせにあんな事もこんな事もしてくるし、この前なんか恥ずかしいって言ったのに無理矢理あんな、あんな……ってバカバカ、こんなとこでなに張り合ってんのよっ。そ、そうじゃなくって、とにかく乱馬なんて全然王子様でもなんでもないんだからっ!)
 運動しているわけでもないのに全身から汗が噴き出しそうだ。はあ、はあ、と肩で息をし、ぐったりと壁にもたれ掛かる。そこにまた黄色い声援が飛び交い、もはやあかねの体力ゲージは赤く点滅信号を発している。
 乱馬が生徒達にからかわれる分だけ、あかねの頭の中では一昨日の濃密な情事の声がよみがえる。それはとても生徒達には聞かせられないような劣情で。ダメだと思えば思うほど、脳裏を過ぎるあかねしか知らない乱馬の姿。まさかこんな形で負けず嫌いが顔を覗かせるとは、それに一番驚いたのは他でもないあかね自身だった。
(こ、これは早く慣れなくちゃ心臓が持たないわ……っ)
 と、そこに救いの手ならぬ、授業終了のチャイムが鳴る。こんなにも鐘の音を待ち焦がれたのは、もしかしたら学生時代振りかもしれない。ふう……と息を吐き、机に両手をついて項垂れる。あかねにとって、あまりにも長い一時間がようやく終わった。
 


「よっ」
「あら。赤いきつねを召し上がってるはずの早乙女先生、どうかされましたか?」
「なんでい、聞いてたのかよ」
「ええ、そりゃもうばっちり」
 ついでにあんたが童貞疑惑を持たれていることもね。
 そう言ってやりたいのをなんとか飲み込み、「で?」と促す。
 校庭と保健室は向き合うように隣接している。それは突発的に怪我や病人が現れても、速やかに移動できるようにだった。そんな校庭と保健室を結ぶ勝手口では、扉を開けたまま外に乱馬、室内にあかねが立っている。
「料理が苦手の普通じゃない彼女になにか御用ですか、早乙女先生」
「おめー、地獄耳だなぁ」
「おめーじゃなくって先生。天道先生です」
「天道先生、わりーけどこれ置かせてくんねえ?」
 そこでずいっと差し出されたのはジャージの上着だった。
「嫌よ。ここは荷物置き場じゃなくてかわいい生徒達のための保健室だもの」
「ケチくせえこと言うなよ」
「なにもわざわざここじゃなくても、校庭の隅っこに置いておけばいいでしょ」
「やだね。あんなとこ置いといたら一時間で埃っぽくなっちまう」
「じゃあかわいい女子生徒にでも預かってもらったら?」
 かわいくない態度を取っている自覚は充分にあった。もちろん、あれが乱馬の仕事であることも、そしていわゆる女子高生のノリだということも承知している。それでも面白くないものは面白くないわけで。
「なに怒ってんだよ」
「べつに。怒ってなんかないもん」
「ほー。怒ってんじゃねえとしたら拗ねてんのか」
「だから拗ねてなんかないってば」
 これが拗ねていないといったら一体なにが拗ねていることになるんだろう。子どものようにプイッと顔を逸らしてしまう自分は、もしかしたらどこかで生徒達と張り合っているのかもしれない。けれど引っ込みどころがわからず唇を尖らせるあかねに、乱馬がおどけた調子で保健室の中に入ってくる。
「あーあ。やっぱモテる男はつらいよなぁ」
「ちょっと。なに勝手に入ってきてんのよっ」
「いーじゃねえか。外あちーんだもん」
「だったら職員室で涼めばいいでしょ」
「あほ。あと五分でまた授業だっつーのにいちいち移動してたら勿体ねーだろうが」
「言っとくけどここはあんたの休憩室じゃないんですからね」
「おい。学校では“早乙女先生”じゃなかったのか?」
「あ……っ」
「ま、あかねがそういう態度ならおれもそれに合わせてやらねーでもないけど」
 言うや否や、頭の上からバサリとジャージが降ってくる。一瞬にして真っ暗になる視界。そこに頬を掴まれ、体に馴染んだ唇の感触が走った。

「──どーだ。ジャージもちょっとは役に立つだろ?」
「……バカっ! こ、こんなとこで、」
「っつーわけでここに置かせといて」
「もうっ」
 こんな時、一体どういう顔をしていいのかわからない。
 嗜めなけらばならないのに心は踊る。
 驚きの後に全身を駆け抜けるのは甘酸っぱいときめきで。
 おまけに今の自分はきっと、嬉しさを隠しきれない顔をしているに違いない。
 ジンと痺れる唇を指でなぞり、まるで初めてキスをした日のように高鳴る胸の上をぎゅっと押さえる。こんならしくないことしちゃって。その思いは乱馬も同じなのだろう。照れくささをなすりつける様、あかねの額を指で弾いてわははと笑う。
「あかねの顔、すげー真っ赤。あれだ、あれ。赤いきつねじゃなくて赤いたぬき!」
「学校では先生だもん。天道先生!」
「へーへー」
 なによ、自分だってほんのり赤くなってるくせに。せいぜい、生徒達にからかわれないようにと心配すれば、次は男子の授業だと聞いてほっと胸を撫で下ろす。
「ほら、予鈴が鳴ったから行きなさいよ」
「わかってるっつーの」
 キョロキョロと辺りを見回し、癖のように窓から出て行く。その姿はまるでさっきから校庭で準備でもしていたかのような佇まいで、なるほど、乱馬もそれなりに少しはポーカーフェイスが出来るようになったらしい。それでも弾むようにぴょこぴょこ揺れるおさげは嬉しさを隠しきれないように見えるけど、それはあかねだけの秘密にしておこう。無造作に押しつけられたジャージはまだ乱馬の体温を残し、それをぎゅっと抱きしめた後に小さく畳んだ。

 ──なんで先生って髪の毛伸ばしてんの?

 確かに昔は龍の髭のせいだったかもしれない。でも今は……。
 二人で微睡むベッドの上で、波打つ黒い髪の毛。それにあかねの指を絡ませる度、気持ち良さそうに目を伏せる乱馬の姿など、誰も想像つかないだろう。
(“かわいい”っていうのはああいうことを言うんだからね)
 思わず胸の中で勝ち誇る。乱馬が髪を長く伸ばす本当の理由。これもやっぱり、あかねと乱馬だけの秘密なのかもしれない。
 本鈴が鳴ればまた外が賑やかになり、先程とはうって変わって野太い男子生徒達の声が聞こえてくる。新しくいれたコーヒーをお供にその様子を眺めながら、
「これってあたしだけの特等席よね」
 ふっと笑みが零れてしまう視線の先には、黒いジャージにTシャツ姿の乱馬がまたもやズボンの裾を捲っていた。校庭を忙しなく行き来する白と黒のサッカーボール。いつしかその輪の中に乱馬も交じっており、あれじゃあどちらが生徒だかわからない。
(あたしが赤いたぬきなら、乱馬は黒いきつねがピッタリだわ)
 そのきつねと過ごす時間を確保するには、何はともあれ目の前の仕事を片付けるしかないのだが、その前に。
 おそらく黒いきつねさん、これから事あるごとに理由をつけては、ここに荷物を置きにやってくるだろう。
(まったく世話が焼けるんだから)
 ブツクサと文句を腹で唱えつつ、自分の口角が上がっているのは大目に見て室内をぐるりと見渡す。そして自分以外はまず触ることのないロッカーの上段を一つ空けると、そこに新入りのジャージをそっと忍ばせ、扉を閉めた。
 校庭ではボールが白いゴールネットを揺らし、その集団の真ん中でガッツポーズをとる乱馬の姿が見える。
「……よしっと」
 それにつられるように口元を綻ばせ、あかねもまた自分の机の前に腰を据えた。

 赤いたぬき。
 黒いきつね。

 二匹のたぬきときつねがこれからどんな秘密を共有し、はたまた乱馬の就任の謎はいつ明かされるのか。
 それはやっぱり、また別のお話なのである。
  


 < To Be Continued >
 
 
 

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comment (14) @ 社会人パラレル 先生にだって秘密はある

   
先生にだって秘密はある ④嘘つきマドンナ  | 先生にだって秘密はある ②放課後の内緒話 

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2018/04/22 Sun 06:50:16
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2018/04/22 Sun 11:45:29
新緑の季節 : レモンのいれもん @RO2y0j8g
このシリーズ好き過ぎてたまりませんっ!
ちょうど今の季節のお話ですね。
グランドの木々は青葉で、サワサワと揺れてる中で体育の授業がされてるんでしょうね。
新学期の何もかもが始まったばかりの雰囲気が感じとれて私もフレッシュな気持ちになりドキドキしました✨
私も学生に戻りたーい🍀
続きを楽しみに待ってます💕
2018/04/22 Sun 16:12:59 URL
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2018/04/22 Sun 16:34:05
Re: No title : koh @-
り~コメント主様

胸キュンですか?ありがとうございます////
体育教師=これはもう絶対保健室の先生だーっ!と個人的には思ってまして^^。
教師×教師だけど二人が二人とも専門科目の教師じゃないというのが天の邪鬼な私の出した答えでした笑。
そしてジャージの中で隠れて……は、このシリーズを妄想した際まっ先に浮かんだシチュだったんです。
それだけにドキドキしていただけて嬉しい……そしてあかねちゃんの胸の中でだけ張り合っちゃうのもまたかわいいかなぁとか。
ベッドの上で乱馬の髪を下ろした姿はまさにあかねちゃんだけの特権ですよね。
その描写に羨ましいと思っていただき、思わず乱馬のようにガッツポーズです♡
ありがとうございました^^。
2018/04/22 Sun 21:25:29 URL
Re: 楽しかったです(*^▽^*) : koh @-
m~コメント主様

このシリーズを思いついた時、何をどうしても乱馬は体育教師以外思い浮かばず……。だったらあかねちゃんはなんの先生だと一番関連性があるかな?と思った時、校庭に近い保健室だと思ったんです。
逆に専門科目の教諭同士じゃないからこそ、ちょっとしたヤキモチを妬くシチュも美味しいかなと思ったり。
そしてコメント主様の高校の先生、面白いですね~!そのノリ、ちょっと拝借したいです笑。
これを言ってしまうと身バレしそうで怖いのですが、私の二番目の中学校ではなんと先生と生徒が本当に結婚しました……。といっても生徒が二十歳を過ぎてからですが。在学中は徹底的に教師のほうが生徒を避けていたのに、恋のパワーってすごいねと盛り上がったのが懐かしいです^^。
それにしても、もうひとつの社会人編とはまた違う秘密の楽しさがあって、隠れるシチュを想像しては一ニヤニヤしている私です。乱馬の髪を梳く姿も色っぽいですよね。こういう何気ない一文って、意外と投稿十分前にふと思いついて足したりすることが多いので、萌えていただいて嬉しい……♡
自分の中で揺るぎないゴールが見えているシリーズなので是非最後まで楽しんでいただきたいと思う反面、簡単に終わらせてしまうのが少し惜しくなってきちゃいました笑。
2018/04/22 Sun 21:36:05 URL
Re: 新緑の季節 : koh @-
レモンのいれもんさん

レモンさんのコメント、すごく嬉しいですっ!
前回のコメント返信でもあった通り、新しいシリーズ投稿の際は毎回ドキドキするのですが、そこで「楽しい、好き」と言っていただけると一気に調子に乗ってしまう性格で……笑。
もともとはイベントの製本用に考えたシリーズなのですが、意外にもパラレル感がそこまでないと仰っていただく優しい声に甘えて、このままブログでシーズンごとに不定期投稿のシリーズ化してしまおうかと思ったり。
(要は当初の十五話予定から、もう少し他のお話も思い浮かんでしまったという事情なのですが汗)
読んでいただいた方に好きと言っていただけるのは、私にとって魔法のような言葉で本当に励みになります。
ありがとうございます。
学校で秘密の関係って萌えますよね~^^。
まだまだ謎も多く、そこに更に小さい小さい謎も秘めておりますので、最後までお付き合いいただけたら幸いです。
2018/04/22 Sun 21:45:24 URL
Re: No title : koh @-
名無しのコメント主様

こちらこそ、あたたかいコメントありがとうございます。
ただでさえ自分達と歳も近い上に、ノリも良くて運動神経抜群、さらには見た目もいいとなったら人気が出るのは当然ですよね。
大人になると面と向かってきゃあきゃあいうことはなくなりますが、高校を舞台にするとそれが可能になるので、書いていてとても楽しいんです^^。
そして製本のアンケートに関しても、あまりにリクエストが偏った場合は逆に本ではなくみんなが読めるブログで連載した方がいいんだろうかとか色々考える材料になったので非常にありがたく……。
まだまだ先のことなのでそれについてはまたおいおい考えていくとして、まずはこちらのシリーズをあたたかく受け入れていただいたことにホッとしています。
体調に関してもお気遣いいただき、ありがとうございました。
色々シリーズがあちこち飛び交って恐縮ですが、今後もまたのんびりお付き合いいただけると幸いです^^。
2018/04/22 Sun 21:53:00 URL
あ~楽しかった~! : 憂すけ @-
聞き耳を立てるあかねちんと一緒になってあたしも耳をダンボにしながら拝読。
乱馬の先生ぶりが目に見えるようです!
最初は目を丸くしながら、次の瞬間、熱視線に変わる女子生徒の顔すら見えるよう。(笑)
その女子の声に振り回されて焼きもちを焼くあかねちん。疲労困憊ぶりがまた何とも可愛いったら!・・・・良いなぁ。想われてんなぁ。

ほっこり、ニヤニヤ。大人乱あも又美味なり!
続き、お待ち致しておりますから!!<(_ _)>
2018/04/24 Tue 12:22:33 URL
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2018/04/24 Tue 21:52:29
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2018/04/25 Wed 19:15:55
Re: あ~楽しかった~! : koh @-
憂すけさん

ありがとうございます。この乱馬の先生っぷり、私も書いてて楽しかったです。というか、授業風景が容易に想像つき過ぎて……。
こりゃあかねちゃんも大変だわと同情しつつ、高校生たちには二人の良きスパイスになってもらいましょう笑
というか、元来 乱馬に張り合うくらいに負けず嫌いのあかねちゃん。きっとこんな風に対抗意識をメラメラ燃やしてしまうんじゃないかな、と。
きっと四月の間はちょっとしたことでぐったり疲労困憊している気がします(^^;。
でも大丈夫。そこはきっと乱馬が可愛がって……じゃない、いたわって。
え?どっちにしろアウト?ですよね~笑。
とにもかくにも このシリーズは製本化しないと決めた途端、遊びに走ろうとする私です。(要は話が増える)
2018/04/25 Wed 21:19:02 URL
Re: 楽しすぎです : koh @-
ゆ~コメント主様

図々しくコメント~だなんてとんでもない! とっても嬉しいです////
特にちょっと一風変わった新シリーズの場合、読んでくださる方の反応がコメント以外ではなかなかわからないだけに、いただくメッセージがすごく励みになっています。
そしてすぐに調子に乗ってしまう私……。実は製本化しようか迷っていた時はページ数の関係であれこれ話を削ったり、口調も三人称で統一したりと四苦八苦していたのですが、ブログで投稿となったらそのあたりはもういっかと笑。
なので五話目くらいからはもう少し自分らしく自由に書けたらいいなぁと思ったり^^。
あ、もちろん社会人編なのでそのうちR展開も出てきます。
「学校でそんなことけしからんっ!」と怒られないかビクビクしつつ、それはまあ、その時として。
何度も読み返してくださっていると言っていただき、私も何度もコメントを読み直しては感激しています。
またちょこちょこお仕事の合間に創作したいと思いますので、今後も楽しんでいただけますように……♡
2018/04/25 Wed 21:26:57 URL
Re: No title : koh @-
ト~コメント主様

コメントありがとうございます。
私のお話の中だと【お隣シリーズ>社会人編・教師編>大学生編>高校生編】という感じのパラレル傾向だと思うのですが、やっぱり最初の投稿の際は色々迷うところもありまして……。
もちろん二次=ALLパラレルではあるのですが、その中で出来るだけ違和感なく“乱あのお話”として楽しんでいただけたらと思っているので、抵抗がなかったと仰っていただきホッとしました^^。
そして皆さん仰る、乱馬君は体育教師以外の選択肢がない現実 笑。
本当は意表をついて数学教師……なんてのも脳裏を過ぎったのですが、綿毛が飛ぶように却下されましたからね。そりゃそうか。
学校は危険と秘密と隠れ場所がいっぱいなんですよ、うふふ////
あいにく今日の午後から仕事がドカドカっと舞い込んできてしまったのですが(涙)、またぼちぼち息抜きしに遊びに来てください^^。
2018/04/25 Wed 21:33:58 URL

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