先生にだって秘密はある ⑥マリンブルーの道草(前編) 

2018/05/15
久し振り(?)の先生シリーズ。
ちなみにこのお話の舞台は、私が高校一年生の時の遠足場所だったりします。


先生にだって秘密はあるe06



「ええっ!? あんたも行くの?」
「なんでい、その嫌そうな顔は」
 かわいい生徒のため、絆創膏を調達する名目で保健室を訪れる早乙女先生。勝手にあかね用の椅子に腰掛け、お行儀悪く背もたれに顎を乗せながら、今日も日課となった許婚の後ろ姿をチェックする。
 髪の毛さらさら。
 下着の透け感、なし。
 ついでにタイトスカートから伸びた足ってなんかいいよなぁ……と、そこにワゴンの中からぺろんと一枚の絆創膏を取り出したあかねが振り返る。
「あんた、特にクラス担任なんかしてないじゃない」
「そうなんだけどよ。監視役の人手が足んねえってことで、おれにも召集がかかったわけ」
 面倒くさそうに乱馬が答える。
 
 要はこういうことだ。
 週末に迫った新二年生の春の遠足。といっても隣県にあるYの街をぶらぶら班で行動するだけだが、その引率教諭の補填として乱馬に白羽の矢が立ったのだ。もちろん、保健の教員であるあかねは、以前から同行することが決まっている。
 白衣から覗く胸の膨らみにさり気なく目をやりながら、乱馬が素朴な疑問を口にした。
「なあ。当日って怪我したり具合悪くなったりするやつなんていんのか?」
 あかね用の椅子に乱馬。その向かいの丸い椅子にあかねも白衣を揃えて腰掛ける。
「どうなのかしら。そんな事態になったことは今までほとんど無いって聞いてるけど」
「ふーん」
「ただ、そう聞いてたわりには去年は忙しくて大変だったのよ」
「なんで?」
「さあ? といってもあたしも初めての遠足同行だったから基準がわからないんだけど。あ、別に病院に搬送が必要なくらい具合が悪くなった子がいたとかじゃないんだけどね。やたらと頭痛くなったりお腹の調子が悪くなる子が多かったし、やっぱり暑かったからなのかしらねぇ。あとは擦り傷程度でもいちいち消毒しに来るから大変で」
「……ほお」
「きっと遠足だからってはしゃいじゃったのね。そう考えるとまだまだ無邪気でかわいいわ」
「ちなみにそれって男だろ」
「あら、よくわかったわね……ってそっか、一応あんたも教師だもんね」
 一応とは随分な言い方だが、あかねの持論は続く。
「やっぱり授業してても男子生徒のほうが無茶するじゃない? おかげでこの部屋なんて毎日野生病院みたいに男の子ばっかりだもの」
 ぬわぁにが野生病院だ。んな腹痛や擦り傷ぐれえ、唾つけて治しやがれ。っつーか、普通はわざわざ保健室に行く方が面倒じゃねーか。
 自分の学生時代を振り返ってみる。が、たかが擦り傷程度でいちいち消毒に行っていたら、そのまま保健室の住人になってしまったことだろう。
「それにしても今の男子って軟弱だからちょっと心配になっちゃうわ。あんたなんて三階から飛び降りようが空に投げ飛ばされようが、ピンピンしてたのに」
「待て。別におれは好きで投げ飛ばされてたわけじゃねーぞ」
「おかげで去年は一日中お世話ばっかりだったから遠足を楽しむどころじゃなかったなぁ」
 当時のことを思い出したのだろうか。うーんと伸びをし、げんなりとあかねが答える。
 もともと仕事に対しては人一倍熱心なあかねのこと。その生徒達の大部分が自分目当てだなんて疑う余地もない。
 一方で、これまた人一倍つまらないヤキモチ妬きの乱馬である。当然ながら男子生徒達の思惑などまるっとお見通しとくれば、面白くないのは当然で。
「へっ」と短く息を吐き、ついでに同行時の服装なんぞを聞いてみる。もちろん、いかにも会話の流れでさり気なくという風に。
「それなんだけどね、週末って初夏の陽気っていうじゃない? 暑くなりそうだから涼しい格好して行かなくちゃ」
「涼しい格好って?」
「そうねぇ、たとえばショートパンツにポロシャツとか?」
 無論、ここで言うショートパンツは膝丈程度のキュロットに決まっている。が、ショートパンツと聞いたら尻たぶの肉が見えるくらいにミニ丈を想像してしまうのは悲しい男の性だ。
 途端に乱馬のセコムが発動する。
「バカ! ショートパンツなんて小学生が履くもんだろうがっ」
「なんでよ。高校生の頃だってよく履いてたもん」
「そりゃおめーが色気のねえずん胴だからだろ?」
「誰がずん胴だっ!」
 メシリと床に叩きつけられるジャージ姿のおさげ。乱馬が赴任して来てからというもの、時折保健室から奇妙な打音が聞こえてくるという噂は密かに学校の七不思議となりつつある。
 しかし、こんなことは二人にとって日常茶飯事だ。
 ヨロヨロと、床から椅子にしがみついて身を起こした乱馬が尚も食い下がる。
「と、とにかくだな、ショートパンツはやめとけっ」
「なんでよ」
「なんでって……」
 このバカ、鈍感、アホ女っ! ショートパンツなんつったら他の野郎からジロジロ舐め回すように見られるのはわかりきってんじゃねーかっ。しかもそれは生徒だけではない。道ですれ違うおっさん。公園のベンチで寛ぐサラリーマン。どこのどいつが見るとも限らないのだ。
 しかし、それを言って素直に聞くような性格ではないし、そもそもこんなヤキモチめいたこっ恥ずかしいこと、乱馬に言えるはずはなかった。
 ならば言い方を変えるまで。
 ここまで僅かコンマ数秒で算段した乱馬は、尤もらしい表情をあかねに向ける。
「いいか? 五月って紫外線がすげーキツイんだぞ?」
「そのくらい知ってるわよ」
「そこでそんな格好のまま一日中ウロウロしてみろ。日焼けの跡がついちまってカッコわりーんじゃねえの?」
「そうかしら? でも夏になったら水着でもっと日焼けしちゃうし」
「水着は足全部が焼けるから気になんねーだろうが」
 その水着だって、二人きりの時以外はパレオで隠されてしまうに違いない。
「いい歳した女が足の途中で色変わってみろ。その後にスカート履く時も困んじゃねーの?」
「いい歳は余計よっ」
 バコンと。先程に比べるとやや加減されているものの、乾いた音が響いた。
「と、とにかくだな、悪いことは言わねえからショートパンツはやめとけ。な?」
「……わかったわよ」
 もうひとつコブの増えた乱馬の言葉に、渋々ながらあかねも同意する。が、まだ全ての問題が解決したわけではない。当然のように乱馬のダメ出しは続く。
「あ、あとポロシャツもやめといたほうがいいぜ。特に白いポロシャツなんつったら最悪だからな」
「えー。ポロシャツもダメなの?」
「ったりめーだろうが。あのな? 白いポロシャツっつったら紫外線を一気に吸収すんだぞ」
「嘘よ、そんなの聞いたことないもん」
「それにんな暑い日に屋外で白い色なんか着てみろ。たちまち小虫が集まって汚れちまうぜ」
「う、嘘っ!?」
「ほんとほんと。現におれ、中国の山奥で虫にたかられてすげー大変だったからな」
 一体どこまでが本気なのかは不明である。が、少なくとも白いポロシャツが紫外線を吸収するという口から出任せは否定しておこう。強いて言うなら、透ける下着の透け感に男の視線が集まるくらいというところだろうか。
 何はともあれ、心配事は少しでも排除するに限る。まだ何か言いたそうなあかねに対し、極力肌の露出を控えるような服装を促す乱馬。自分が女に変身した頃は数々の男の視線を釘付けにしてきた経験上、そういう目で見られる事情には人一倍敏感だった。
「そういうあんたはどんな格好していくの?」
「おれ? おれはまあ、適当に」
「まさか、それで行くつもりじゃないでしょうね」
 校庭の砂ぼこりで所々ベージュになったジャージを指差し、あかねが尋ねる。無論、そんなわけはないと思いながらも、念のため。
 ついでにもう一つだけ聞いておきたいこともあった。
「ねえ。当日のお弁当はどうするの?」
「弁当? そんなの、現地で適当に買って食やいいんじゃねーのか?」
「ダメよ。去年だって生徒達と一緒にレジャーシート広げてお弁当食べたもの」
「ほお……」
 当然、あかねの周りはむさ苦しい野郎どもが取り囲んでいたのだろう。想像するだけで気分が悪い。
 しかしながら、そこで素直になれないのが乱馬の癖で。
「おめー、まさか自前の殺人弁当を──」
「誰が殺人弁当だっ!」
 今度はドゴンと鈍い、それでいて味わい深い打撃音が保健室に響いた。
「まったくあんたって人は……せっかく用意してあげようと思ったのに」
「ま、待て待てっ! おめー、出先でおれを殺す気か!?」
「失礼ねっ! ちゃんとのどかおば様に頼むわよっ」
「な、なんだよ、おふくろ製か……ったく驚かすんじゃねーよ」
 大袈裟に自分の胸の前で身を守るポーズを取る乱馬。無論、再び鋭い制裁が下る。
 パンパンと手の衝撃を逃しながら、あかねが最後に確認したのは弁当の件だった。
「で、どうするの? いるの? いらないの?」
「あー、ありがてえけどいーや。家から適当になんか詰めて持ってく」
「……そう」
「それより、短パンとポロシャツはやめとけよ。特に白い服は」
「もうわかったってば」
 そこに授業のチャイムが鳴り、話は終わった。せっかくあかねが手渡したはずの絆創膏は机の上に置かれたまま、こうして今日もまた使われることなく救急箱にしまわれた。
 
 *
 
 金曜日の遠足は絵に描いたような晴天だった。
 空はどこまでも青く澄み渡り、まだ青白い朝の光を浴びて深緑の水面がキラキラ光る様は一足早く夏が来たようだ。その上空を舞うのは白いかもめであり、潮の香りがふわりと鼻をくすぐる。
 東京から電車で一時間弱もあれば来られるデートスポットは、近代的な建物と異国文化が混ざり合ってどこか気分を高揚させた。
 が、理由はそれだけではないかもしれない。
「おはようございます」
 やや遅れて集合場所に現れたのは、淡いコーラルのシャツに膝丈のチノパン、そして足元は軽快なスリッポンに身を包んだ乱馬だった。きっとどこぞのブランドなどに拘りは無いのだろう。それでも恵まれた骨格、鍛え抜かれた体、適度に日に焼けた素肌がラフな格好によく似合っている。
 お決まりのように袖はくしゃくしゃと捲り上げられ、これで足元がサンダルならばたちまち学生と間違われても無理はない。けれど初夏にふさわしいその服装は、海に面した街の風景にとても馴染んでいた。
 乱馬の姿など、普段から嫌というほど見慣れているはずなのに、外で目にする私服姿に不覚にもあかねの胸が高鳴る。しかし、それはあかねだけではなかった。
 途端に女子生徒達から黄色い悲鳴が上がり、瞬く間に乱馬の周りだけ黒い人だかりが出来上がる。
「やだー! 先生かわいい!」
「遠足に短パンで来た先生なんて初めてなんだけどっ」
「やばいやばい、超似合ってるし超かわいい!」
 出た。「超」に「やばい」に「かわいい」の嵐。
 なーにが”かわいい”よ、教師のくせに。あ、ほら、こっそり写メまで撮られちゃって、ほんと隙だらけったらありゃしない。なんでそんな簡単に腕なんか組まれてんのよバカっ! まったく、ヘラヘラだらしないんだから。
 こうしているとまるで学生時代に戻ったようだ。
 わあわあ囲まれる中で「離せ」だの「やめろ」だのと口先だけの抵抗は聞こえてくるが、それがどこまで本気かわからない。そうして乱馬が中途半端に反応するからますます面白がられているというのに、本人にその自覚がちっともないのも腹立たしい。
 ふんっと鼻を鳴らし、顔を背ける。気にしたら負け。こういうのは見ないに限るのだ。
 一方であかねの周りもまた、ぬぼっとした男子生徒達に取り囲まれている。
「先生、今日もかわいいね」
「どうも」
 短く返事をするあかねはお世辞にも機嫌がいいとは言えなかった。それでも彼らにめげる様子などない。
「白衣を着てない先生ってなんか新鮮だなぁ」
「そうよ。先生、今日は白衣着てないんだからあんた達も怪我なんかしないようにね」
「あ、じゃあ怪我はしないから先生一緒にデートしよ!」
「なに言ってるの。今日はクラスの班行動でしょ?」
「いいじゃん、細かいことは言いっこなしで」
「ダーメ。ちゃんと班で協力し合いなさい。言っとくけど勝手な行動して抜け出したりしたら怒るからね」
「おれ、天道先生になら怒られてもいい。っていうか怒られたい」
「呆れた。あ、ほら、担任の先生が点呼始めてるわよ。いいからあんた達も行きなさい」
 流石あかねである。どんな時でもさばさばと捌いていく手腕は教師という職業にぴったりだ。
 一方、教師としては精神的に何かが欠けている乱馬は面白くない。
(なんでい、あかねのやつ。おれのほうなんか見向きもしねーで男共とくっちゃべりやがって)
 ようやく人だかりが掃けた様子に安堵の溜め息をつきながら、その服装に目をやる。
 白地にネイビーのボーダーカットソーに、同じくきりっと濃紺が締まったアンクル丈のパンツスタイル。一見どこにでもあるような格好も、耳の下で切り揃えたショートボブの髪形と相まってなんともキュートに決まっていた。
(いつもおれにばっか自覚を持てっつーわりには自分だって隙だらけじゃねーか)
 結局どっちもどっち、似た者同士なのである。
 ヤキモチ妬きなところも、それを素直に言えない性格も。
 瞬間、バチンと目が合い、どちらからともなくツンと逸らす。
 穏やかな波の音色とは裏腹に、波乱を感じさせる一日のスタートだった。
 
 
 そして残念ながら、その予感は見事に当たった。
 一般的な買い物として足を運ぶようなショッピングモールへの立ち入りは禁止されている遠足のこと。そうなると必然的に目的地が限られ、どこへ行っても同じ学校の生徒達と鉢合わせする。
 現に別行動で生徒達の集団から後ろについて回るあかねと乱馬が偶然遭遇すること実に二回。当然だが、乱馬の周りには女子生徒が、あかねの周りには男子生徒が纏わりついている。
 先に喧嘩を吹っかけたのはあかねのほうだった。
「いいわね、早乙女先生は楽しそうで」
 無論、その言葉の間には“女子生徒達と”という嫌味が込められている。
 地獄耳よろしくそれをキャッチし、すかさず言い返すのは乱馬だ。
「ああ、誰かと思ったら天道先生じゃないっすか。あんまり色気がねーからてっきり中学生が歩いてんのかと思ったぜ」
「誰が中学生ですってぇ!?」
「ああ、わりーわりー。そうやってすぐムキになるとことか小学生の間違いだった」
 べろべろーっと舌を出してるあんたのほうが小学生並みじゃない! そう言ってやりたいのを辛うじて飲み込む。と、そこに隣の男子生徒の指が目に映った。よく見れば、指に巻いている絆創膏が半分ほど捲れている。だからといって、普段ならば気にも留めないようなことだ。
 が──。
「そこ。絆創膏剥がれかかってるから新しいの貼ってあげる」
「え? 天道先生が?」
「だってその状態だと気になるでしょ? ちょっと待っててね」
 ゴソゴソと背中の荷物からカット判を取り出し、薄い用紙の包みを開ける。いつもならば手渡すだけの絆創膏も、今日のあかねはやけに親切だ。
「動かないでじっとしててね」
「は、はい……」
 明らかに顔色がほんのり桃色に染まる男子生徒。それもそのはず、あかねの両手で包まれるように処置を施されるそのすぐ前には、ふっくらと柔らかそうな胸が二つの山を描いている。それでいて、丁寧に絆創膏を貼るあかねは長い睫毛を伏せ、男子生徒の視線には気付いていない。無論、それを殺し屋のような視線で見つめる乱馬にも、だ。
「けっ。いちいち大袈裟なんだよ。んなもん舐めときゃ治るっつーの」
 あほらしいというように悪態をつく乱馬。その両サイドでは「先生、やんちゃでかわいい」とこれまた女子高生特有の賛美が飛び交う。
「なにがかわいいよ。大の大人が、しかも男でかわいいって言われるのもどうなのかしらね」
 なんという大きな独り言なのだろう。乱馬と視線を合わせないまま、ハッと薄ら笑いを浮かべるあかねの表情は、初夏に似つかわしくないブリザードだ。
 もちろん、乱馬だってやられたらやり返すわけで。
「でもまあ、色気のねー奴に比べりゃ、かわいいほうがまだマシなんじゃねーか?」
 これにはあかねもカチンときた。こうなりゃとことんやるまでだ。
「まあね。噂によると早乙女先生、学生時代は赤毛でかわいく過ごされてたそうですし?」
「あー、まあな。けどそれなりにモテてたんだからしゃーねーだろ? どっかの不器用女とは違って」
「ちょっと。さっきから随分失礼ですね、早乙女先生!」
「あれ? おれは別に天道先生のこと言ったつもりじゃなかったんだけどおかしーなぁ」
 ギリギリと睨み合う二人。いつの間にかその距離は近付き、互いに一歩も引かない。
「ふんっ! いいから行きましょ、みんな」
「それはこっちの台詞だぜ! えーっとなになに、次は観覧車、と」
「あのねぇ、いちいち真似しないでくれます? うちの班が先に観覧車に行くって決めてたんだから」
「んなの知らねーよ」
「言っときますけどうちが先に乗りますからね」
「いや、こっちの班だね」
「うちよ!」
「こっちだ!」
「……」
「……」
 そこからはまるで競歩である。
 二班がずかずかとYの街を疾走する。無論、その先頭を切っているのはあかねと乱馬だ。
「ちょっと! ついて来ないでってば」
「だからそりゃこっちの台詞だっつーの! あ、もしかしてあか……、天道先生、観覧車までの道がわかんねーからおれの真似してんじゃねーの?」
「バカ言わないでよ、良牙君じゃあるまい……えっと、りょ、りょ、両替もしてあるからすんなりお金も払えるし!」
「ほー。おれはまたてっきり、どっかの豚の話かと思ったぜ」
「……なんでPちゃんと良牙君が関係あるのよ」
「え゛っ」
「前から思ってたんだけど、早乙女先生って時々良牙君のことをPちゃん扱いするわよね」
「そ、それは……、」
「それは?」
 並走しながら、めずらしくあかねが乱馬の顔をじっと凝視する。
 ああ、今日もやっぱりかわいいな……じゃなくて。途端にしどろもどろとなり、苦しい言い訳を並べる乱馬。
「そ、その、えっとだな、あ、あいつもほら、動物好きだったし、おめー……、あ、いや、天道先生の知らねーとこでP助をかわいがってたからな」
「そっか。確かに良牙君って優しそうだものね。誰かさんと違って」
 前言撤回、やっぱりかわいくねえ。
 ふんっと顔を背け、双方共に我先にと道を行く。その後ろをついていくのはかわいい生徒達の姿で、もはやどちらが引率役だかわからなくなっていた。
 かくして、無事観覧車に辿り着いた二組の班。その表情は皆、一様に疲れて見えるのは気のせいだろうか。はあ、はあ、と息が乱れる中、涼しい顔をしているのは乱馬とあかねの二人だけである。
「ったくなさけねーな。シャキッとしろ、シャキッと」
「おかしいわねぇ、みんなどうしちゃったの?」
 それは先生達のせい……とは流石に生徒達も言えない。ただ無言で苦笑いを浮かべながら、ぞろぞろと観覧車の列に並んでいく。
 とにもかくにも十五分の空中散歩時間、乱馬とあかねは地上で生徒達が手を振るのを眺めて待つことにした。
 
「今日は暑いわね」
 ぱたぱたと、右手を団扇の代わりにしてあかねが扇ぐ。
「そりゃおめーがムキになるからだろうが」
 そういう乱馬の額にもまた、うっすらと汗が滲んでいた。
 平日とはいえ、少なからず家族連れやデートを楽しむ若者達。適度に賑わった広場は日陰を求める人々が屋根の下に隠れ、あかねと乱馬もそれに倣う。ゆるりと吹き抜ける、海からの風が火照った肌に心地よい。
「あ……涼しい。日陰に入るだけでも随分違うわね」
「まーな」
 飲むか? と差し出された乱馬のペットボトル。ついいつもの癖で手を伸ばしそうになり、慌てて断る。こんなところ、もしも誰かに見られたら言い訳のしようなんてない。気にし過ぎなんだよと楽観的な乱馬をよそに、どこまでもあかねは慎重だった。
 ちらりと腕時計に視線を落とす。
 たとえ最初にゴンドラへ乗り込んだ生徒達が地上に戻ってくるにしても、まだあと七分ある。
 短いようで、長い七分。
 隣を見ればシャツの袖を折ったまま、柵にもたれ掛かって乱馬が遥か頭上を見上げていた。尖った喉仏にも汗が伝い、見ようによってはどこか厭らしい。
 それにしても、こうして二人で並んでいると、まるで平日仕事をさぼってデートをしているような錯覚をおこす。
 このまま、女子生徒につまらないヤキモチなんて妬かずにずっと二人でいられたら……。
 ふと浮かんでしまった自分の幼い願望にぶんぶんと首を振り、あかねも観覧車を見つめた。
「そういえばあんたとこういう所に来たことってないわよね」
「そうだっけ?」
「そうよ。いつも言うじゃない。あんな作りもんに乗って何が楽しいんだって」
「あー。まあ、タダならいいんだけどよ。わざわざ金払ってまで来ることねえっつーか」
 それよりもっとスリリングに屋根から屋根へと飛び移っていた乱馬にとっては、安全が確保された絶叫マシーンなど確かに物足りないのかもしれない。
「なに? あかねはこういうとこ来たかったわけ?」
 ボコンとペットボトルの中の音がする。水で濡れた乱馬の唇は、本当に夏が到来したようだ。
「べつにそんなんじゃないけど」
 あかねも自身の鞄から水筒を取り出し、一口飲んだ。
 そう。別にどうしても遊園地に来たいわけじゃない。ただ、観覧車だけは別物で。
 恋人と一緒に観覧車に乗って景色を楽しむ。それは女の子なら誰しも一度は憧れるシチュエーションであったが、そんなことを正直に言ったらどうなるか。似合わねえと一笑に付し、せいぜいバカにされるだけだろう。
 そんなあかねの乙女心など露知らず、くわぁと乱馬が欠伸をする。
「この観覧車が終わったらもう集合場所に戻るだろ?」
「うん。ちょうどお昼の時間だしね」
 ここから所定の集合場所までは五分とかからない。そこで一度点呼を済ませて昼食を取った後、再び班に分かれて街を探索するのだ。ちなみに午後は多少なら買い食いも許可されているため、生徒達のテンションも俄然アップする。が、すなわちそれは乱馬とあかね争奪戦を意味することでもあるわけで。
 ぶらぶらと足を揺らしながら、「あともう少しね」とだいぶ低い位置まで戻ってきたゴンドラを指差す。
「あのよー、今日の弁当だけど」
「ね、そろそろ下に行って生徒達を迎えなきゃ」
 乱馬が口を開くのと、あかねがぴょんと立ち上がるのはほぼ同時だった。
「ごめん、今なんか言った?」
「いや……別になんも。それより、こんなにおれを待たせてあいつらいい身分だよなぁ」
「しょうがないじゃない。あんたも一応は先生なんだから」
 しっかりしなさいよ! と小突きそうになり、伸ばした手を引っ込める。
 ゴンドラの中からは生徒達が満面の笑みを浮かべ、こちらに向かって楽しそうに手を振るのがはっきりと確認できた。
 
 
 
 〈 中編に続く 〉



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comment (8) @ 社会人パラレル 先生にだって秘密はある

   
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comment

そういえば… : kimmy @-
先生同士という事は、何も学校内だけではなく、こういった遠足や修学旅行なんかで外出したりもするんですね!!
何と美味しい設定なんでしょう!!

若い先生の普段と違う私服姿とか高校生だと盛り上がりますよねぇ。
そら二人ともきゃいきゃい囲まれるのも納得。
お互いやきもち妬いても素直になれなかったり、近い距離で口喧嘩しながらずんずん歩いて行っちゃう姿は先生になっても原作の乱あそのものでニヤニヤしちゃいました。

お弁当の事、気になりますねぇ…。
続き楽しみにしてます♪
2018/05/15 Tue 00:42:25 URL
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2018/05/15 Tue 11:54:36
うん。 :  憂すけ  @-
見事です。意地の張り合いといいね。どっからどう見てもあの「乱馬とあかねちん」・・・!!
年下の教え子たちに焼きもちを焼きあう二人はやっぱり似たもの同士です。原作でもずっと思ってました。「この2人って結局は似てんじゃね?」と。  初夏を思わせる様な爽やかな海に近い大きな観覧車を思い浮かべながら、あたしも心の洗濯機を回したよー。もう少しで昼食が始まんのかな~?後編も楽しみにしております♡(#^^#)
2018/05/15 Tue 13:36:31 URL
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2018/05/15 Tue 13:42:07
Re: そういえば… : koh @-
kimmyさん

そうなんです!!
なんで乱馬が体育教師であかねちゃんが保健医かというと、保健の先生=行事への同行が多く、クラス担任を持たない若い先生(特に体育教師など体力自慢で用心棒もどき)も監視役としてお声が掛かるんじゃないかなぁという読み、兼、私の願望です笑。
学校の先生の私服ってわりとみんな注目しますよねぇ。私の小学生の頃に母が父からティファニーのネックレスを贈られ、先生の誕生日明けに全く同じアクセサリーを身に着けていたことから「あれれ~?おかしいぞ~??」とコナン君ばりの推理を働かせていました。やな小学生だな……。
本当は一話でさらっと読みきりで終わりたいのです。
なのにこの二人がなかなか素直にならず、好き勝手するのでどんどん長くなって困ってます(>_<)
2018/05/16 Wed 01:39:06 URL
Re: タイトルなし : koh @-
ゆ~コメント主様

わー////、好きと言っていただけて、その言葉だけであと20話くらい書けそうな気がします。←
いや、でも本当に私もこのシリーズは書いていて楽しくて、もともと何書いていても楽しいのですが、大学生編や昔のシリーズをちょっと手直ししつつ書いていると「……あー、もっとお気楽なのが書きたいぞっ!」とついこちらに戻ってきてしまう有様…汗。
大人なんだけどもう一つの社会人編ほど大人でもなく、ちょっとおバカでエッチでゆるゆるな空気の二人が頭の中にいて楽しいのです^^。
もちろんRも楽しいですし、でもそれだけだと乱あじゃなくてもいい官能小説もどきになってしまいそうなので小出しに出していく作戦で笑。
といいつつ、書きたいネタは結構えげつなくあるんですよね……。
続きものんびりお付き合いいただけると嬉しいです^^。
2018/05/16 Wed 07:33:04 URL
Re: うん。 : koh @-
憂すけさん

ありがとうございます。
ちょっと真面目に語ってしまうと、たとえ年齢だけ大人になったところで人間の本質ってそんな変わらないと思うんですよね。もちろん、大人になって優しくなった、素直になった、スマートな振る舞いが身についた。
そういうことは大学生や一社会人としての常識としてあるかもしれません。
だけど子どものようにムキになる時だって当然あると思うし、未だに意地っ張りな面もあったりして……。
けど結局、相手を好きで、なおかつ信じているからなんじゃないかな、と。
私が一番素で「大人になった二人も変わらずこんな感じなんじゃないかな」と思ってのシリーズなので、「乱馬とあかねちん」と言っていただき、すごく嬉しかったです^^。
にしても高一の時、電車代節約のために東京からYまでチャリで来た男の子達いたなぁ。元気だ……。
(朝5時に家を出て、夜10時に到着したそうです……次の日学校!)
2018/05/16 Wed 07:38:53 URL
Re: ありがとうございました!! : koh @-
m~コメント主様

わー、ありがとうございます////
そしていつもの癖ながら、前後編にまとまらず三編になっちゃいました汗。お恥ずかしい……。
新任教師だなんてただでさえ注目度が高いのに、乱馬は目立ちそうですよね。素っ気なくても女の子はお構いなしのお年頃ですし、あかねちゃんは苦労しそう……。一方であんなことやそんなことで頭がいっぱいの男の子にあかねちゃんは毎日囲まれているわけだから、当然乱馬も気が気ではないでしょうし。
お互いヤキモチを妬いていることすら秘密なような秘密になりきれていないような、そんな関係が書いていてとても楽しいです^^。
普段は何気なく出来ていることに制限が掛かるってなんだか萌えます。ペットボトル然り、ちょっとしたスキンシップ然り。それが出来ない時、「ああ、自分達って先生同士なんだなぁ」なんて思っていると想像したらこれまた美味しい……。←もはや病気
余談ですが、このお話を書いているとサザンのLOVE AFFAIR(秘密のデート)が流れてきます。といっても二人は不倫ではないけれど、聴いているとまたお出掛けしたくなっちゃいます…♡
2018/05/16 Wed 07:47:45 URL

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