先生にだって秘密はある ⑦マリンブルーの道草(中編) 

2018/05/16


先生にだって秘密はあるe07



「先生、一緒にご飯食べよう!」
「ダメー、早乙女先生は私達と一緒に食べるんだもん。ね? 先生」
「あーうるせえ。おめーら友達同士でゆっくり食やいいじゃねーか」
「あー! 先生全然わかってない。遠足って先生と生徒との親睦を深める場でしょ?」
 はっきり言ってそんなの初耳だ。
 あの手この手と食い下がるかわいい女子生徒達。間近で五分も聞いていたら頭がキンキン痛くなるような声を張り上げながら、先ほどから仁義なき乱馬争奪戦を繰り広げている。
(あーあ、デレデレしちゃってばっかみたい)
 かくいうあかねは生徒達に声を掛けられる前から早々に木陰の下へとシートを敷き、教頭の隣に席を確保した。なにも教頭と一緒に昼食を取りたかったというわけではないが、ここにいれば流石に生徒達だってしつこく声は掛けてこないだろう。おまけにちょっと恰幅の良い教頭はそのふくよかな見た目通り、非常に大らかな人柄だ。それでいて教師としての経験値もあかねとは段違いであるため、いつも優しく指導してくれるあかねのよき理解者でもある。
 広場には眩しい日差しに照らされたサンド色のタイルと、その隣には緑の芝生が広がっていた。白いガードレールの向こうには青い海が広がり、そこから吹き抜ける風が柔らかくあかねの髪を揺らす。
(乱馬は…………)
 ああ、とうとう観念したらしい。生徒達──しかも見事に女の子ばかりの集団の真ん中にシートを広げ、「いーからとっとと食え!」と声をはっているのがここまで聞こえた。まったく、あれで教師なのだから未だに信じられない時があるが、信じられなくても実際そうで。そんな乱馬のシート上には弁当らしきものなど見当たらず、どうしたものかと更に注目していると突然乱馬と目が合った。
(やだ……これじゃあ、まるで監視してるみたいじゃない)
 慌てて視線を逸らし、自分の膝の上に顔を戻す。
 そこには花柄の包みに包まれたお弁当が乗っており、楕円の形をした曲げわっぱの蓋を開けるとバランスよく盛り付けされたおかずとごはんが現れた。
 これには横から覗き込んだ教頭も感嘆の声を漏らす。
「いやあ、実に美味しそうなお弁当ですね。まだお若いのに、さすが天道先生だ」
「あ、いえ、これはその、」
「これならいつお嫁に行ってもいい奥さんになれますよ」
「はあ……」
 五十も過ぎた男性だと、料理が出来るイコールいいお嫁さんと短絡的に決め付けがちなのかもしれない。無論そこに悪気など一切なく、いちいちそれに反論するほどあかねも子どもではない。
「おっと失礼。私はお茶を買ってくるので天道先生、先に食べててください」
「あ、ならあたしが買いに行きますよ」
「いやいや、どうせ私は午後もずっとこの場で待機ですからね。少しくらい歩かないと」
 よいしょっと膝に手をついて立ち上がり、百メートルほど先にある自動販売機に向かってのんびりと歩き出す。その後ろ姿を見送り、溜め息をついた時だった。
「よお」
「なっ、なに!?」
 すぐ背後から声を掛けられ、びくりと肩が跳ねる。そこにいたのは他でもない乱馬で、背中には自身のバッグを背負っていた。
 開口一番、にゅっと手を伸ばす。
「よこせ」
「……はい?」
「とぼけんなよ。どうせおめーのことだから持って来てんだろ?」
「ちょ、ちょっとなに!?」
「その弁当……なわけねーよな。ってことは鞄の中か」
 あかねの手にある弁当にちらりと視線をやり、勝手にあかねの鞄を開けようとする乱馬。それを奪い返し、乱馬にしか聞こえない響きであかねが反発した。
「勝手なことしないでよっ。大体あんた、あっちで生徒達と仲良くお弁当食べてたんじゃないわけ!?」
「だからその弁当を取りに来たんだろーが」
 わかんねー女だな、と乱馬がジト目で呆れる。が、当然ながらあかねは乱馬のためにお弁当を作ってきたなど、一言も言っていない。
「あのねぇ。別にあたしはあんたのためにお弁当なんて、」
「あー、そういうのもういーから。おめーのバカでかい荷物とその指見りゃ一発でわかるっての」
「あ……っ」
「ったく無駄な努力しやがって。けど残すのも材料が勿体ねーし、いいからさっさと出しやがれ」
「乱馬……」
「あん?」
 あかねの大きな瞳が乱馬を見上げる。もちろん、手は胸の前でクロスしたままだ。
「もしかしてあたしの作ったお弁当、食べたいの?」
「た……っ!? べ、別におれはそんなんじゃなくて、た、ただ腐らせちまったら食材が勿体ねえっつーだけで、何もぜってーあかねの弁当を食いたいってわけじゃ」
「ありがと」
「へ……?」
「本当はね、気付いてくれてちょっと嬉しい」
「お、おう……」
 幸い、ここは木陰で死角もある。生徒達に背を向けるようにしてあかねの鞄から速やかにそれを乱馬のバッグに移動し、ちょうどそこへ教頭が戻ってくる姿を目の端に捉えてわざと大きな声を出し合った。
「じゃ、じゃあそういうことで、クラス名簿の管理お願いします!」
「おうっ。ま、任せとけ!」
「あっ、早乙女先生!」
 立ち上がり、今か今かと女子生徒達が待ちわびる場所に戻ろうとする乱馬の背中に声を掛ける。
「あの……そ、それ! 今日のは自信作ですからっ。その“クラス名簿”」
「……わかった。んじゃ、しっかり確認しときます」
 お互いニヤリと目配せし、今度こそ乱馬の背中を見送る。シートに戻るや否や、まるで砂糖菓子に群がる蟻よろしく女生徒達に囲まれている状況はさっきと何も変わらないのに、それまでのもどかしいような苛立ちはもうなかった。いや、それどころか───
 そこへタイミングよく教頭が戻ってくる。
「おや? 天道先生、どうされましたか?」
「え?」
「なんだか、先ほどに比べて急に表情が元気になったから」
「やだ、そんなんじゃないんです。ただ、さっきはお腹が空いちゃってたから……すみません」
 そう。一緒にいるのにどこか満たされないような、そんな感じ。そのぽっかりと空いた穴を乱馬が気付いてくれたこと。それがあかねにとってはたまらなく嬉しかった。
 おしぼりで手を拭き、のどかが腕によりをかけて用意してくれた弁当を一口頬張る。
「んー、美味しい!」
「はは。いいですねえ、そうやってご自分の作られたお弁当を美味しそうに召し上がる人は見ていて気持ちがいいものだ」
「あ、はい。まあ……」
 曖昧な笑顔を浮かべながら、彩のよい弁当を口に運んでいく。冷めた弁当では少し濃い目の味付けくらいがちょうど美味しいというだけあって、大袈裟ではなく箸が止まらなかった。
 一方、乱馬のほうはちょっとした試練である。いくらかわいい許婚が喜ぶためとはいえ、男がカッコつけるには時に余りある勇気が必要になることもあるわけで。
「いただきます…………」
 先ほどから何度目になるかわからない掛け声を口の中で呟き、とうとう観念して弁当箱の蓋を開ける。
 もわりと。目を、鼻をダイレクトに攻撃してくるこの鋭い痛みはなんだ!?
 訊かなくともわかる。おそらくあかねの鉄板、酢なのだろう。ましてや、この陽気で遠足だ。きっと疲労回復だ、痛み防止だと理由をつけ、いつも以上に隠し味を利かせたに違いない。
 おそるおそる、試しに一口齧ってみる。
「う……っ!」
 なんということでしょう。弁当になっても、その破壊力や衰えなし。思わず額の前をぺしぺし叩き、遠くなる意識を辛うじて繋ぎ止める。そしてまた一口。……くぅっ!
(ダ、ダメだ……っ! あかねにはわりーが、もしかしたら完食できねえかもしんねえ……っ!)
 ダラダラとこめかみを流れる汗は、照りつける日差しのせいだけではないのだろう。これには周りの生徒達も異変を感じ、次第にざわめきだす。
「ちょっと先生、顔色悪いけど大丈夫?」
「そ、そーか? んなことねーと思う、けど」
「ねえ。それよりなにか臭わない? なんだか、ものすごく酸っぱいような痛いような」
「あ、それ私も思ってた。なんだろうね、海の匂いでもないし」
「……」
 さり気なく弁当の蓋を半分伏せる。が、時すでに遅し。女生徒の一人が目敏く乱馬の弁当箱を指差し、不躾にも「えいっ」と蓋を全開にした。
「あ、やっぱり! 先生、さっきから全然美味しそうに食べてないからおかしいと思った」
「な、なにが、」
「先生、実はお弁当作るのなんか初めてだったんでしょ。だってそれ、真っ茶色」
「どれどれ……あ、本当だ! なんだ先生、言ってくれればいくらでも美味しいお弁当作ってあげたのにぃ」
「あのさー。先生、それ捨てちゃえば? そりゃ確かに勿体ないけど、あたし達のおかずを少しずつ分けてあげるから」
「賛成! いいねそれ」
 きゃっきゃと盛り上がる生徒達。無論、悪気がないことは百も承知だが、それがかえって乱馬の漢気に火をつけた。
「おめーら、さっきから黙って聞いてりゃ勝手なことばっか言うんじゃねーよっ!」
「え?」
「言っとくけどなぁ、見た目と匂いはちょっとアレかもしんねーけど、こー見えて食えねえことはねーんだぞ! そ、それに酢は疲労回復にも効果があるしなっ」
 断言するや否や、ぐわっと大口を開けた。
 昆布の乗ったご飯も酢で煮絡めた上に更に“追い酢”をかけられた鶏肉も。カニだかタコだか、はたまた宇宙人かもわからないウインナーだって、甘くて茶色い玉子焼きだって、その全てが綺麗に乱馬の胃に納められていく。
 ガツガツガツガツ。
 まるで三日間何も口にしていないようなその食べっぷりに誰もが目を見開く中、うっすらと視界を滲ませた乱馬が箸を置いた。
「ご、ごちそう様でした! あー、うまかったぜ……っ」
 この目に浮かんでいるのは涙なんかじゃない。ただ、太陽の光が眩しかっただけだ。それだけだ。
 ごくりと固唾を飲んで生徒達が見守る中、「いーからおめー達も食えよ」と今日何度目になるかわからない台詞を口にする。


 
「天道先生。早乙女先生が倒れてます!」

 あかねの元に連絡が入ったのは、それから一時間後のことだった。
 
 *
 
「…………ごめんね」
「……」
 木陰の下にあるベンチで横になり、額に濡れたタオルを乗せて小さく訊き返す。その唇は幾分マシになったように見えたが、それでもまだ青紫色に染まっていた。
 昼食を終えた後、乱馬の姿が見えなくなったということで一時現場は騒然とした。そしてクラスの代表数名が手分けして各方面を探しに行った結果、男子トイレの水道の前で蹲っている乱馬を発見したのだ。
 ふらふらと、生徒達に両肩を支えられて戻ってくる乱馬。頑なに体調不良だと認めようとはしないが、それは誰がどう見ても病人そのものだった。
 結局午後の引率は教頭に代わってもらい、本部とされる集合場所で乱馬と、それから保健医としてあかねが残ることになった。生徒達の荷物が盗まれないよう見張りを兼ねながら、ぬるくなった乱馬の額のタオルをそっと取る。
「ごめんね」
 もう一度、蚊の鳴くような声であかねが謝った。
 これが家の中だったらまだいい。だけどここは出先で、ましてや学校行事の遠足だ。自分のせいで他の生徒達と先生、そして何より乱馬に迷惑を掛けてしまったことに、あかねの気持ちは地面にめり込むように落ちている。
 乱馬は何も言わない。時折苦しそうに胃を押さえる仕草を見せるが、それだってどこか遠慮がちで、あとはひたすらベンチの上でじっと横たわっていた。
「あたし、もう二度とあんな馬鹿な真似しない……」
 ごめんなさい、と呟くあかねの声は微かに震えているような響きだった。が、ここで泣いてしまえばますます乱馬を困らせることになる。だから泣くわけにはいかない。必死で頬の奥を噛み、込み上げてくる痛みのような感情をぐっと堪える。
「……ごめんなさい」
 そしてもう一度タオルを濡らしてこようと立ち上がった時、ふと後ろから乱馬の声がした。
「……おめーはいつも極端なんだよ……」
 少しは胃薬の効果が表れたのだろうか。さっきまでは喋ることすら儘ならなかった乱馬が、ベンチの背もたれ側に顔を向けたまま、ぼそぼそと続ける。
「酢だって……適量越えりゃ、疲労回復もクソもねーだろうが……」
「……うん…………」
「あと……米……あーゆーのは、ちゃんと冷ましてから詰めねーと……べちゃべちゃになる……」
「うん……わかった……」
「っつーか、隠し味に白ワインもやめろ……弁当にワインは……本気で、危険だ……」
「……ごめん」
「ウインナーは……味は悪くなかったけど、形が……」
「え、なに? 形がなんだって?」
 味は悪くないという乱馬の言葉に、少しだけあかねの表情が晴れる。といってもウインナーなど元々味がある上に茹でるか焼くだけなのだから普通は不味くなりようがないのだが、それでも今のあかねにとっては救いだった。
「……………………指」
「え?」
「おめーの指……そんなんなるくれーなら普通に焼け。頼むから……」
 左手の人差し指にある、真新しい傷。きっとそのことを言っているのだろう。
(……ここに来るまでに絆創膏は剥がしてあったのに)
 見たらまた余計なことを言われるから。
 意地悪くからかわれるだけだから。
 そんな風にしか思っていなかった自分がやけに浅はかに思え、あかねはそっと指を手の内側に隠した。
「あ、あの、あたし、タオル濡らしてすぐ戻ってくるから待っててね!」
「けど…………、…まご焼きだけは旨かった」
「乱馬?」
「見た目はその……アレだけど。おめーの濃い味付けも、弁当だと甘くて……まあ、食えねえことはねえ……」
「あ……」
 そう言ったっきりまた口を横一文字に引き結び、自身の苦しみと静かに闘っている。
 それからあかねがタオルを濡らし、ついでに冷たい飲み物と水を購入して戻ってきた時には、既に乱馬は目を閉じて寝息を立てていた。おそらくこの調子なら、あと数時間もすれば元気になるかもしれない。
 なんせ、今までだってこういうことは何度もあった。考えてみればそれはそれでどうかと思うが、その度に少しずつ回復が早くなってきているのは愛のなせる業……いや、類い稀なる強靭な胃袋と、日々の鍛錬の賜物だろう。
 潮風が乱馬の前髪を揺らす。
 誰がいつどこで見ているかわからない。だからこそ、あかねも乱馬とは体半分ほど間を空けてベンチの端ギリギリに腰を掛けた。タオルを換えるフリをしてそっと髪を撫でる。つんと真っ直ぐで、太い髪の毛。それを指で優しく掻き分け、囁きかけるように独り言を零す。
「今日……ごめんね、乱馬」
 一度額に置いたタオルを手に取り、宙で広げた。パタパタ扇いで熱を逃がしては、また小さな長方形に畳んでいく。
「だけどね、あたしのお弁当、食べてくれて嬉しかったよ……」
 集合時間まではあと二時間ちょっと。
 だからそれまで、もう少しだけこのままで。
「元気になったらなんでも言うこと聞いてあげるからね」
 心からの謝罪と本音だった。
「…………大好きよ」
 海の風にかき消されてしまいそうな、小さな小さな告白。
 その相手は今も静かに瞼を伏せたまま、そよそよと前髪をなびかせている。
 濡らしたあかねの白いタオル。それに軽く唇をつけ、その面が触れるように乱馬の額に置く。
 乱馬が寝込んでいるという事実を除けば、どこまでも穏やかな午後だった。
 
 *
 
「おーい、そこ! くっちゃべってねーでさっさと並びやがれっ。ほら、おめーらも。いつまでも写真なんか撮ってねーで早くクラスのとこ戻れっつーの!」
 ……いやはや、おそろしい回復力である。
 なんでも中国で仕入れてきたというあやしさ満点の胃薬。これが効くの効かないどころの騒ぎではなく、ちょっとやそっとの腹痛などたちどころに治してしまうあたりは、流石中国四千年の歴史といったところか。とはいえ、粉末状のそれを飲むには地獄のような苦さを伴うそうで、服用後もしばらく込み上げてくる強烈な漢方の匂いに、あくまで最後の切り札兼、お守り代わりとして持ち歩いているらしい。
 なにはともあれ、これが先ほどまで芋虫のように丸まっていた人と同一人物だとは思えない。
 それはあかねにとって何より嬉しいことでもあり、生徒達にとっても復活した早乙女先生と写真撮影を行う、またとないチャンスだった。
 生徒の一人が、乱馬のシャツを甘えて引っ張る。
「ねえ先生、元気になったんだったらこのまま残ってYの街をぶらぶらしようよ」
「そうだよ先生。せっかく中華街にも来たのに先生なにも食べてないじゃん」
「ね、いいでしょ?」
 媚びるような上目遣い。それを容赦なく一蹴する。こんな時、なにはなくとも毅然とした態度が必要なのだ。
「ぶわぁか、家に帰るまでが遠足だろーが。それを教師のおれが道草させてどうする」
「なによー。先生のくせにお腹痛くなって休んでたくせに」
「言っとくけど学校の遠足で引率役の教師が寝込むなんて前代未聞なんだからねっ」
 もはや言われ放題である。が、いくらねだられてもダメなものはダメだし、遠足を終えた生徒達と夜の繁華街を歩くなど、言語道断も甚だしい。
「おめーら、そんなにおれを退職に陥れてえのか!?」
「えー。別にそんなつもりじゃないけどぉ」
「だったら頼むから真っ直ぐ帰ってくれ。な? あ、言っとくけどダチ同士でも寄り道なんかすんじゃねーぞ」
 一応、教師らしいことなんかも言ってのける早乙女先生。そして解散時刻の四時半に集合場所から生徒達を見送ると、教員同士で簡単な反省会を行う。
 その後、真っ先に駅のほうへ向かったのは他ならぬ乱馬だった。
「今日はその、色々迷惑かけちまってすみません。また来週から気合い入れて頑張ります」
 そう言って笑顔で手を振る姿を、あかねは他の教諭達と一緒に見送っていた。
 もしかしたら、ああ見えてまだ本当はお腹が痛むのかもしれない。そう思うと何とも申し訳ない気持ちになってくるし、心のどこかでガッカリしてしまった自分を叱りたくもなった。
「では我々だけでも軽く一杯、ひっかけに行くとしますか」
「お、いいですねえ」
 幸い、明日は週末で学校も休みだ。それでなくとも一日中生徒のお守りで疲労した身体に流し込むアルコールは、さぞ美味いに違いない。
 けれど…………。
「……すみません。その……あたしも今日は日あたりしてしまったようで、申し訳ないのですが本日の打ち上げは遠慮させていただきます」
 事実と言い訳、半々を口にする。結局、無理に参加したところで、乱馬の様子が気になって気分よく酔えるとは思えない。
 一方で、帰るという者をわざわざひき止める物好きはいなかった。それよりなにより、早く琥珀色の液体にありつきたい。そんな思いがみて取れ、会釈してそそくさと駅に駆け出すと同時に、あかねの携帯が鞄の中で震える。
(誰? もしかして乱馬?)
 その予感は見事に的中した。
 簡潔に記されている、一行のメッセージ。
 自身の腕時計に視線をやりながら、その意味を理解しようとし───
(……いいわ。とにかく行けばわかるもの)
 手に持った鞄を持ち直し、人の流れに逆らいながら歩く足は自然と速くなる。
 二人分の弁当が空っぽになった鞄は、あかねの心のように軽やかだった。
 
 
 
 〈 後編に続く 〉



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comment (4) @ 社会人パラレル 先生にだって秘密はある

   
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comment

さすがwww : kimmy @-
さすがあかねちゃん、破壊力バツグンな殺人料理は健在でしたかwww
要らないと言われても作ってあげるあかねちゃんも健気だし、何も言わなくても乱馬のために手作り弁当を持参してる事をわかってる乱馬くんたらホント大人になったもんだ…(T^T)
そして周りには悪く言わせず完食する漢気…「たまご焼きは旨かった」って褒める事を忘れないとか…なんていい男!!(*≧∀≦*)
あかねちゃん反省しきりだったけど、きっとすごく嬉しかったですよね(*^^*)

いよいよ二人きりの道草…後編も楽しみにしてます♪
2018/05/16 Wed 00:36:15 URL
管理人のみ閲覧できます : @
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2018/05/16 Wed 14:00:22
Re: さすがwww : koh @-
kimmyさん

本当は大人になったあかねちゃんはなんとか食べられるお弁当を……とか思ってたんです。前半までは。
なのに気付けば乱馬倒れてた笑。
このくらい行き当たりばったりで書いている…というより頭の中で勝手に動き回る二人の好きにさせているのですが、乱馬くん漢をみせましたよねぇ。
自分が文句を言うのは平気なのに、周りから文句を言われると許せない典型なんじゃないかなって思います。
まだまだ子どもよのう^^。←そこが好き
でもそんな時でも玉子焼きだけ褒められたりしたら、あかねじゃなくても嬉しくて泣いちゃいますよね…。
私なんか自分で書きながら「乱馬、いいやつじゃん…!」って感動しましたもん笑。
それにしても、練馬区はあかねちゃんに酢とワインの販売を禁止する以外ないと思うんです。
いや、でもどうなんだろう。それか乱馬が人間の限界まで味覚と胃を進化させるとか??
なにはともあれ、とある曲のメロディーにあわせてあと一話だけお付き合いください^^。
2018/05/17 Thu 00:00:05 URL
Re: ありがとうございました!! : koh @-
m~コメント主様

いつもいつも丁寧なコメントありがとうございます♡
このシリーズをまさかのノンストップで楽しく書き終えられたのも、いただくコメントのお力のおかげでもあるので本当にありがたいです…////
そして「春の遠足」以外、なーんにも決めずに書き始めてみたお話でしたが、終わってみると自分でもすごく楽しいなぁと思える創作でした。なんて言うんでしょう……ちょっと二人のデートを覗き見しているような、そんな感じ?
お弁当もね、本当はすんなり努力してOKっていうことにしようと思ったのです。なのにどっこい、乱馬が倒れてました。
実はこの辺り、明け方に寝呆け眼で書いていたりするので、夕方娘のレッスン先で読み返して思わず吹き出してしまいました笑。「わー、倒れてる~!」って。
でも優しいですよね……絶対ノーダメージではいられないとわかっているのに意地を見せる乱馬。
こういう所が一番書いていて楽しかったりします。
ではでは、引き続きあと一話だけお付き合いください^^。
2018/05/17 Thu 00:00:22 URL

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