青春リバイヴァル(プロローグ) 

2018/07/29
こちらは【侮れない制服事情オムニバス】の社会人編です。
前作の大学生編とは全く別のお話になり、繋がりはありません。



青春リバイヴァル・プロローグ

衣替え3




「わ、懐かしい……!」
 思わず感嘆の声を漏らしたのは、日曜日の午後だった。
 初夏の日差しがたっぷり差し込む自分の部屋で、埋もれそうな衣装ケースを前に格闘するあたし。
 ほんの数カ月前に入れ替えた冬物の洋服はすっかり季節外れとなり、中にはオフシーズンを持ち越すことなくお役御免となるアイテムだってある。
 なんといっても限られたクローゼットのスペースだ。
 これはクリーニングに。
 こちらはリサイクルショップに回し、残った山はまとめて資源の日に回収してもらおう。
 ガサガサと二つ分の袋をいっぱいにし、口を縛る。
 今年こそ服の買い物は控えなきゃ。
 不要になった衣類の山を目の当たりにしては毎年胸に誓うのに、羽根より軽い決意はまだ守られた試しがない。
 
 それにしても爽快だ。
 なんせ、季節が移り替わる時期のクローゼットはちょっとしたカオスでもある。
 冬物と夏物がミルフィーユのように折り重なり、僅かな隙間には仕舞いきれなかった洋服が所狭しと点在している。更にその上には季節外れのファー付きダウンが吊るされていたりするのだから、目的のアイテムをすんなり手に取ることも儘ならない。
 しかし、今はどうだろう。
 スペース三分の一ほど余裕を残し、どこに何があるかは一目瞭然で。心なしか洋服も誇らしげに並び、眺めているだけで自己満足にうっとりしてしまう。
 これぞ、有意義な休日の過ごし方とでもいうのだろうか。軽く一つに束ねていた髪を解き、よしっと腕を組む……と、そこであたしの目に留まったのが白い不織布のカバーが掛けられた丈の長い衣装だった。
 クローゼットの一番端っこで壁に張り付くようにしまわれていたそれ。
 はたしてなんの衣装だったかも思い出せないまま、気になって手を伸ばす。
 そして口から零れたのが、冒頭の台詞だった。
 
 白いカバーを外して中を覗く。
 そこから現れたのは初夏の青空を思わせる爽やかな風林館高校の制服で、膝下まであるワンピースにショート丈のジャケット、その下には白いパフスリーブのブラウスが一緒に掛けられていた。
 高校を卒業してから既に三年──、その間にあたしは短大に進学し、春からは就職して働き始めている。
 一方で乱馬は高校を卒業すると早々に中国へ渡り、正真正銘完全な男性として戻ってきた。
 あれから二年が経ち、帰国直後に気持ちを確かめ合ったあたし達は将来を誓う仲でもある。

「懐かしいな」
 ハンガーごと抱え、姿見の前で自分の胸の前に当ててみる。
 ある日突然現れた、デリカシーの欠片もない許婚。
 最初はなんていけ好かないやつだと思っていたのに、いつしか惹かれる自分がいて。
 賑やかな教室。騒動ばかりの毎日。
 見上げるフェンスの上にはいつも乱馬の姿があったっけ。
「卒業してからもう三年かぁ。なんだか信じられないわ」
 退屈だと溜め息をつく暇なんて一日たりともなかった、カラフルな日々。
 この制服を見ていると、当時の記憶がまるで昨日のことのように思い出される……と言いたいところだが、現実は甘くない。
 無論あのドタバタな青春を忘れたとは言わないが、鮮明に覚えているかといったらそうではなく、たとえばクラスメイト全員の名前を挙げてみろと言われてもそこで出てこないメンバーだって当然いるわけで。
「確か卒業アルバムもこの辺にしまってあったわよね……」
 こうして脱線するのも片付けのセオリーだろう。
 幸いクローゼットの整頓は終わったことから、あたしはかなり気分がいい。
 それにまだこんな時間だ。少しくらい、昔を懐かしむのも悪くないだろう。
 となれば早速クローゼットに半身を突っ込み、引っ張り出したのは懐かしの卒業アルバムと、更には乱馬と出会う前から──中学二年生頃からの写真が納められている個人のアルバムだった。それらを床に並べ、ページをめくる。
 ああ、やっぱり懐かしい。
 こうしてみるとゆかもさゆりもうんと大人っぽくなった。あたしは……うん。あたしだってそれなりに変わっていて、単にメイクを覚えたからとかの理由ではない。全体的に丸みを帯びた輪郭だって今とは違うし、写真から伝わってくる雰囲気はどう見たって幼いに尽きる。これでも当時は精一杯大人ぶっているつもりで、なのに卒業アルバムに写っているあたしからはアハハと豪快な笑い声が聞こえてきそうだ。
「こりゃ色気がないってバカにされるはずだわ」
 悔しいけれど妙に納得。そんな口の悪い許婚だってアルバムの中では随分と若く見え、青年というよりはまだまだ少年という言葉がぴったりだ。初めて出会ったのが高校一年生の初夏。にもかかわらず、この年頃の成長には目を見張るものがある。
 特に男の子ってズルいもので、高校を卒業してからの乱馬の変化は目覚ましいものがあり、ふとした表情を目にしては未だに鼓動が跳ねてしまうあたしは、少しだけ恋に素直になった証拠だろうか。
 そしてもう一冊───、今度は更に懐かしい、ともすればページをめくるのがやや躊躇われる中学時代のアルバムを開く。当然ながらそこに納められているのはどれもこれも幼いあたしで、ぷっくりした頬はお餅のようだ。
 あたしだけじゃない。一緒に写っているゆかやさゆりも。それからなびきお姉ちゃんにかすみお姉ちゃんもみんな初々しくて、たかが七年前だというのに詐欺みたいに別人に思える。
「あーあ、澄ました顔しちゃって……」
 そう。ふとした瞬間に激写されたスナップはともかく、正面から撮られたものはどれもこれもきゅっと唇を引き結んでいて。
 当時はこれがかわいいとでも思っていたのかしら。そこまで考え、首を振る。
 違うわ。そうじゃない。
 あの頃はたった一人に大人っぽいと思われたくて……だから必死でかすみお姉ちゃんの真似して澄ましてみせたっけ。
 前のページに戻り、かすみお姉ちゃんとあたしの写真を比べてみる。
「……全然似てない」
 そりゃ姉妹だから顔の作りは多少似たところがあるかもしれない。けれどお姉ちゃんの纏う柔らかな空気、自然な女性らしさ、穏やかに口の端を上げて微笑む表情。どこを切り取ってもあたしとは違い、当時のあたしがなりたい女性そのものの姿が納められていた。
 今ならわかる。東風先生も、かすみお姉ちゃんが醸し出す自然体の魅力に惹かれたのだろう。それに引き換え、このアルバムの中のあたしはどれもこれも小難しい顔を浮かべていて。

 ────笑うとかわいいよ

 ふと懐かしい台詞が頭を過ぎる。
 よく言うわ。笑わせるより、怒らせるようなことばかりしていたのは自分のくせに。
 ふふっと笑い声が漏れた。ねえ、乱馬。あたし、あんたに会ってから随分変わったんだから。
 好きな人の前で大きな口を開けて笑ったり怒ったり、時には遠い空へ投げ飛ばしたり。
 そんなこと、自分がするようになるなんて思いもしなかったの。本当よ。

 ページをめくる度、ペリリと引き剥がれる音がする。それは随分長い時間放置されていたことを物語り、毎日のように眺めていたこの写真を見るのも久し振りのことだった。
 いつからだろう。この写真の存在すら、記憶の片隅へ追いやられるようになったのは。
 透明のフィルムの上から白い台紙をそっと撫でる。そこに貼り付けてあったのは、当時のあたしにとってはどんな高価なお宝も叶わないとっておきの一枚で。
「変な顔」
 真新しい風林館高校の制服に身を包み、緊張した面持ちで真っ直ぐ前を向くあたし。
 桜の木の下でも、校門の前でもなく簡素なブロック塀の前で立つあたしの隣にいるのは、温和な笑顔を浮かべる作務衣姿の男性だった。
 肩の下まで伸ばした長い髪の毛。
 黄色いリボン。
 澄ました表情。
 先程の卒業アルバムと並べて見比べると、十五歳のあたしのほうが大人っぽい意志を感じるのは気のせいか。
 感情をひた隠しにして繕う顔は、まるで出来の悪い人形のよう。

 
 それにしてもこの懐かしい制服を一体どうしたらいいだろう。
 常識的に考えれば、大事に取っておいてもこの先袖を通すことはまず考えられない。
 これがお姉ちゃん達ならまだ、高校に在籍する(あたし)のためとして保管する理由にもなったのだろう。しかし、今となってはその必要性もないわけで。
 頭ではわかっている。不要な衣服など、とっとと手放してしまえばいいのだ。
 それでもそうすることが出来なかったのは、あの頃の思い出が遠くなってしまうような一抹の寂しさがあったからに他ならない。
(これ、まだ着られるかしら?)
 見たところブラウスに黄ばんだところはなく、クリーニングに出された状態のまま清潔さも保っている。白い靴下も持っているし、ローファーは既に破棄してしまったもののこの格好で外を歩くわけではないから問題ないだろう。
 にしてもなぜこんなことを思いついてしまったのか。それはもしかしたらハンガーのフック部分に軽く結ってある“これ”のせいかもしれない。
「……乱馬はいないわよね」
 きょろきょろと部屋の前を確認し、しっかりと扉を閉める。なんせこんなところを見られたら、向こう三年間は馬鹿にされること已む無しだ。
 すっきりと片付いたクローゼットに気を良くし、心が学生時代にトリップする。
(どうせ捨てるんだもの。その前にもう一度着てみるくらい、いいわよね)
 誰ともなく尋ねる、それはほんの悪戯半分な軽い気持ちだった。
 
 

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comment (4) @ Omnibus 侮れない制服事情

   
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comment

あれれ? : こ @RO2y0j8g
パスワード入れて入ったのに本文がない?みれない?のはなぜ?あれ?私だけですか…?
2018/07/10 Tue 07:15:17 URL
Re: あれれ? : koh @-
こ様

すみません!私のミスで予約投稿したままになっていましたが、もう少し手直ししたく本文を下げたままになっておりました(>_<)。
近々投稿出来たらと思いますのでもう暫くお待ちください。
→すみません。コメント返信していたら記事が公開されないとエラー扱いになっており……。
大変お待たせいたしました💦💦
2018/07/29 Sun 00:13:28 URL
管理人のみ閲覧できます : @
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2018/07/29 Sun 16:10:15
Re: 続き楽しみにしています! : koh @-
m~コメント主様

おはようございます。この度はお返事が遅くなってしまってすみません(>_<)。
少なくとも小学生だったあかねが東風先生を想って髪の毛を伸ばし始めるのだから、かすみさんとの歳の差を考えると4~5年は片思いしているんですよね。うーん、長い……っ!
だからこそこの貴重な設定は10回でも20回でも反芻して美味しくいただきます♡
ちなみに私の通っていた高校は驚異のダサさのブレザーで、元々上半身は私服のような格好で通学可能だったのですが卒業と同時に捨ててしまいました笑。
2018/08/08 Wed 05:47:27 URL

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