ジンクスの行方 

2016/04/22


…それは、とある夜のこと。
静まり返った居間の中で、テレビだけが賑やかな音を奏でる。



『春の出会いは恋の予感を唇にのせて。輝くうるうるリップに彼の視線はもう釘づけ♪』

ふわり、ショートカットの愛らしいアイドルの顔がアップに映る。

『あなたにだけ…キス、されたい…』






…ゴロン。

自分以外、誰もいない居間に寝ころびながら大きく床に寝転がる乱馬の姿。
格闘家のくせに意外とテレビっ子な彼は、授業中睡眠をとり過ぎたせいで変に眠れなくなってしまった自分を持て余しながら、何を観たいでもなくテレビのリモコンのチャンネルを操作していた。

と、そこに最近頻繁に流れている新作リップのCMが目に飛び込んできた。
それはいわゆる大人の口紅ではなく、学生をターゲットとしたリップクリームらしい。
新学期が始まったこのシーズン、新たな恋をスタートさせようというコンセプトを元に、それは教室の中でもちょっとした話題のCMだった。








「よー、乱馬」

「何だよ?」

俺の机の前には、意味ありげに含み笑いをしたヒロシの姿。

「今年も愛しいあかねと同じクラスで良かったなぁ」

冷やかすように、俺の肘を小突いてくる大介。

「るせぇ!別に家でも毎日顔を合わせてるし、今更クラスなんてどうでもいいっつーの」

内心、またあかねと同じクラスになって安堵していた俺は、その気持ちを悟られないようにいつもの通り悪態をつく。

「っかー!聞いたかヒロシ?『家でも毎日』だってよ!」

「やらしーわね、大介さん」

「見せつけてくれるよな~」

「だーーーッ!だから違うっつーの!」



高校2年生になった俺達も、あかねとの関係は相変わらず何の進展もない。
強いて言えば、大介はゆかと。
ヒロシはさゆりと。
この春休みにちゃっかり、その距離を縮めることに成功していたらしい。

「ところで乱馬、知ってるか?」

「?何がだよ」

「今、女子の中で話題のリップのCMだよ。そのリップを塗ってキスをするとその恋が叶うらしいぜ」

「ってか、元々キスは好きなやつとするもんだろ―が。んなもん、キスしてる時点で叶うも何もねぇだろ」

くだらねぇとばかりに俺が言うと

「ならば乱馬。お前は既に三千院やシャンプーと恋をしてるってことだな?」

「ばっ!ばか野郎!んなわけねぇだろ!」

余りにも突然に奪われた俺のファーストキスや、強引なシャンプーのキスを思い出して思わず声を荒げる。
あー、今思い出してもむかっ腹が立つぜ…。

「それがただの両想いじゃないらしーんだよな。なんでも1000個に1個、蓋の中にハートマークが付いてて、その効力は一生続くらしいぜ」

「あほらし。いちいち大袈裟なんだよ。大体 一生なんて、発売されたばっかで何言ってんだ?って感じだよな」

俺はにべもなく吐き捨てる。
まったく、胡散臭い謳い文句にどいつもこいつも簡単に踊らされやがって。




「でも女子はそういうの好きだよなぁ。ちゃっかり、さゆりも買ってたもんな」

ヒロシが意味ありげにつぶやく。

「……待て、ヒロシ。今の話の流れから行くと…お、お前、まさかさゆりと…?」

「優しい俺からは、かわいそうな乱馬の前でなんか言えねーよ」

おいおい!同情してんじゃねーよ!

「そうだったのかヒロシ!黙ってるなんて水臭いぞ」

なんてニヤニヤ笑いながら大介が続ける。

「でもさぁ、実は俺も最近、ついにゆかと…だな。」

「なにぃーーー!?」

ヒロシはともかく、だ、大介までもがいつの間に…!!



(こいつら、何だかんだ言ってちゃっかり要領よくやってんじゃねぇか…!)

素直になれない自分だけが遅れを取っている現状に小さな焦りを感じながら、親友たちのノロケ話に付きあう羽目となった乱馬。

「でもまぁ、流石にさゆりが買ったリップの蓋にはハート柄は描いてなかったみたいだけどな」

「ま、しょせん作られたジンクスだろ。そんな事より、幸せはやっぱり素直に行動あるのみだよなぁ」

わははははと笑い合う親友共の姿がやけに眩しい…。




「…で、そのCMに出てる子がちょっとあかねに似てるんだよなぁ」

「あー、分かる分かる!俺も最初、いよいよあかねが芸能界デビューしたのかと思ったぜ」

「けっ!あんな可愛くねぇ女がアイドルなんかになれるわけねーだろぉ」

「乱馬、お前の目は節穴か…」

「あかねが可愛くなかったら誰が可愛いっつーんだよ」

「ホントホント。全く、あんな可愛い学校一のアイドルと一緒に住んでる乱馬が羨ましすぎるぜ」

「俺だったら3日と我慢できないかもなぁ」

「お、お前ら、ゆかとさゆりがいんだろぅがッ!」

思わず机の天板をバァンと叩く俺の姿に、あかね達が何事かと振り返る。

「冗談冗談。怒るなよ、な?」

「まったくヤキモチやきでちゅね~、乱馬君は」

振り上げた拳をまぁまぁと宥められながら

「とにかく、今度CMが流れたら観てみろよ。かなり可愛いからさ!」

なんてやり取りをしながら昼休みを終えたのだ。









プツッ!

俺はおもむろにテレビの電源を落とすと、ぽいっとリモコンを放った。





…ゴロン。
もう一度寝返りを打ちながら、俺は先程のCMを思い浮かべる。

(まぁ、確かにあかねに似てなくはない、よな…)



ゴロン。

(でもやっぱり、俺はもう少し化粧っ気が無い方が…って。べ、別にあかねのことじゃねぇけどさッ)

己の心の中でまで素直になれない難儀な俺。

(…『あなたにだけキスされたい』って、最高の殺し文句だよなぁ)

そんなこと、あの可愛い唇で言われたら…って、あほか!あのあかねがそんな事、言うわけねーだろ!?




「あー…言われてみてぇ…」

「何がよ?」


ビクゥッ!!!
寝転がっていた俺の身体がバネのように跳ね上がる。
声の主は、たった今想像していたばかりのあかね。

なッ!いつからそこに居たんだよ!?か、確実に寿命が縮まったわぃ!!
………心の声、だだ漏れしてねぇよな!?


まだドクドクいっている俺の心臓などお構いなしに、あかねがよっこらしょと少し間を開けて隣に腰を下ろす。
…ふわり、甘い香りがサラサラの髪の毛から俺の鼻先をくすぐった。

「何よ、びっくりしちゃって。さては何か良からぬことでも考えてたんじゃないでしょうね?」

やらしーと言いながら、あかねが憎まれ口を叩く。

「べ、別にそんなんじゃねーよ!そ、それより、どうしたんだよ?こんな時間に」

「んー、なんか本を読んでたら変に目が冴えちゃって。お水でも飲もうかな、と思って来たらあんたがいたのよ」

冷蔵庫から出したばかりのお茶を注ぎながら、あかねが俺の分もグラスを用意して「はい」と渡す。

「サンキュー」

「あんたはどうしたのよ?こんな時間に」

「まだ眠たくねぇんだよ」

「そりゃ、あんだけ授業中に睡眠をとってりゃねぇ」

「ほっとけ!」

相変わらず、いいムードなど微塵も感じさせない。


(はぁ…ヒロシと大介はどう上手くやったんだ?)

俺はそんなことを思いながら、面白くないというようにテーブルに顎を乗せる。




あかねはというと、新しいクラスの友人の話や駅前のアイス屋の話など、たわいもない話をしている。
そんなあかねのお喋りに「ああ」とか「うん」とか当り障りのない返事をしながら、ちらりとあかねの横顔に視線を向ける。
白い肌にほんのりピンク色の頬、楽しそうにころころ笑う口はどこまでも可憐で、まるで採れたてのフルーツのようだ。

『あかねが可愛くなかったら誰が可愛いっつーんだよ』

大介の言葉を不意に思い出す。



(…んなこと、俺が一番分かってるっつーの)

認めるのが癪なほど、益々あかねは可愛くなって。
いや、可愛いというよりかはキレイに、か?
とにかく、なんてゆーか女が可愛くなるのってすげー早いなって素直に感心する。
今までも充分に魅力的だったあかねだが、最近はそんな言葉じゃ足りないほど俺の胸を高鳴らせるんだ。

(あんまり遠くに行くなよ、な…)

そんな事を思いながら、素直になれない俺はあかねの顔を真っ直ぐ見ることも出来ず、再びテーブルに視線を落とす。








…と。

「…あー、喋ってたら唇ががカサカサしてきちゃった」

そう言ってあかねが取りだしたのは、あの例のリップクリームだった。

「それ…」

思わず俺がそれを指さすと

「ああ、これ?今ね、女子の間ですっごく人気なんだ。もしかして乱馬も知ってた?」

「べ、別に…」

「なんかねー、このリップの蓋にハートの柄がね…」

そこまで言って、はっとしたように話すのを止めるあかね。

「…ハートがなんだって?」

俺は顎をテーブルに乗せたまま、ちょっと意味ありげにあかねに目をやる。

「う、うん、別に大したことじゃないの」

あははと取り繕うように笑うあかねの顔は、心なしか赤い。

「…それ、塗らねーのかよ?」

「え?」

「口がカサカサしてきたって、おめーが言ったんじゃねぇか」

「あ、う、うん。そうね」

そう言いながら、ポケットに仕舞いかけたリップクリームを再び手にして、あかねが手の中でそれをクルクル持て余す。




…ちょっとからかってやるか。
そう思ったら急に面白くなってきて、俺は姿勢を正してあかねの方にずいっと間を詰めながら向き合った。

「そう言えば昼休み、大介たちが言ってたな」

「何を?」

「そのリップを塗って好きなやつとキスすると、なんでも両想いになるらしいんだと」

「へ、へー…」

「まぁ、効力が『一生』ってのも大袈裟な話だけどよ」

「そ、そう…」

「あれ?あかね、知らなかったのかよ?」

「あ、あんまり、詳しくなくって…」

「おかげでヒロシとさゆりも上手いこといったみたいだぜ。ついでに大介の聞きたくねぇノロケも聞かされたしな。ったく、あいつら、いつの間に…」

「で、でも、さゆりとゆかのキャップにはハート柄はなかったから、一生なんてあんまり関係ないんじゃない?」

赤い顔をして、何やら早口で言い訳するようなあかねに俺はすかさず突っ込む。

「別に俺は『キャップのハート柄』なんて一言も言ってないぜ?」

「ッ!!!」

「っつーか、あかねはあんまり詳しくないんだろぉ?なのに、ハート柄がどうだとか先に言いだしたのはおめーの方だよな?」

「あ…!」

しまった!とばかりにあかねが大きな瞳を更に大きく見開く。




ばーか。気付くのがおせーんだよ。

「ん?顔が赤いぞー、あかねちゃん?」

そう言いながら、俺はニヤニヤしてあかねへの追及の手を緩めない。
いつも言い負かされることが多い俺の気持ちを、ちったぁ味わえってんだ。

ほれほれ、どうした?と言わんばかりにあかねの顔を覗き込むと

「……意地悪ッ!」

うっすらと涙で目を潤ませながら、真っ赤に染まった顔で俺をにらみつける。



……ッッッ!!!

…やられた。ノックダウン寸前。

からかってやるはずの俺の心臓を、こいつはいとも簡単に鷲掴みにしやがる。




ドクドクドクドク…。







「……いーから。さっさと塗れよ、それ」

「…やだ」

「なんで?」

「なんでも」

「…もう、からかわないから」

「…ぃや」

「…じゃあ、」

……俺が塗ってやろうか?
気が付くと、俺は勝手にそんなことを口走っていた。



………。
………。



カァアと自分の顔に熱が集中するのを感じる。
ヤバい、何言っちゃってんだ?俺。
くっそー、このままじゃ形勢逆転じゃねぇか。
こんなことで赤くなんじゃねぇ!
頭の中でうるさいほどに思考が叫んでいるのに、俺の口から出てくるのは「あ、あの…その…」とか情けない台詞ばかり。





「……乱馬が」

不意にあかねが口を開く。




「乱馬が、コレ…塗って欲しいって言うんなら…塗る……」

最後は聞きとるのが難しい程、尻つぼみに小さくなる声で呟く。






「ッ!!…べ、別に、俺は…!」

「………」

「い、いや、その…あかねさえ…」

「……」

「……あかねさえ、良ければ、俺は、その…」

「…」




その時、すっとあかねの細い指先が俺に伸ばされた。
その華奢な手の平には、あのリップクリーム…。



「…どうする?」

「…どうする?」

俺達はお互いに同じ言葉を繰り返す。
きっと期待していることは…同じ。







俺はグッと意を決し、あかねの手の中にあるそれを奪った。

「…塗ってやるから、じっとしてろよ…」

「…ッ!!」

右手でリップクリームのキャップを外し、器用にクルクルと回して先端を少し出す。
俺の左手は、あかねの右肩の上。




「う、動くなよ…」

あかねが熟れた様な真っ赤な顔でじっと俺の顔を見る。

「あの、そ、それじゃ、い、いいかな…」

…かっこわりぃ。
もっとスマートにいきたいのに、臆病な俺の最後の迷いがあかねに返事を促すような真似をさせる。



…ギュッ。
返事の代わりに、あかねはギュッと目を閉じた。


ッ!!!!!


…緊張で冷たくなる指の震えを必死で隠しながら、あかねの小さい唇をリップで撫でる。
そして…ふわりと。
本当に一瞬だったが、俺とあかねの間の距離が0mmになった。










はぁ…と小さく息を吐いて、そっと目を開けるあかね。
その顔は、今まで見たどんな表情よりも可愛くて…
気付いた時には再びあかねの身体を引き寄せ、先程よりももう少しお互いの存在を感じるように唇を合わせた。


今までずっと我慢してきて。
でも本当はずっとこうしてみたくて。
可愛くねぇことばっかり言う唇が最高に愛しくて。
俺は一つ一つのキスを噛みしめるように、何度もあかねの顔にあかねの顔に触れるだけの口づけを落とした。




…もぞり、と腕の中であかねが動く。

「……しちゃった、ね」

「…うん」

「…えへへ」

「な、なんだよ!?」

「ううん、何でもない…」

そう言ってふわりと笑う、可愛い許嫁の姿。



「…あのね、さっきの話だけどね」

「うん」

「このリップ、ジンクスがあってね。蓋の内側にハートの柄が付いてると…その、すっ、好きな人とキ、キスを…」

「知ってる」

余りにどもりながら話すあかねに堪らない愛しさを感じながら、俺がそれを遮る。

「え、えぇ!だ、だって……!い、いつから知ってたの!?」

そんなの、全然興味なさそうなのに…と言いながら、俺を見上げるあかね。

「たまたま昼休みに知ったんだよ。言ったろ?大介達にノロケ話聞かされたって。ま、さゆりもゆかもハート柄は付いてなかったみてぇだけどな」

「そ、そうだったんだ…」

「…で?あかねのには付いてんのかよ?ハ、ハート柄…」

「…ッ!!」

「ん?」

「……分かってるくせにッ!」

これ以上無いというくらいに顔を火照らせてあかねが拗ねる。

「なにが?」

「…もう、嫌い!」

「まだ好きとも言われてねーよっ!」

言ってしまった後、ハッとしてあかねの顔を見る。
同じくあかねも俺の顔を見て驚いたような表情だ。



「あ、あたしだって、まだ……」

「い、いや、その…」

ギシ…ッと床のしなる音が聞こえる。



………。
………。



だーーーッ!ちくしょう!!

「だ、だから…ッ!このリップのジンクスなんだろ!?す、好きなやつとキ、キスしたら!両想いになるって!」

「あ…」

「だッだから!つまり、その、そーゆーことだ!!」

そう言うや否や、俺はもう一度強引にあかねの唇に俺のそれを落とす。
そんな俺の手から落ちたリップの蓋から覗くのは、淡い小さな、ハート柄……。



何だかんだで、一番が俺がジンクスに踊らされてるじゃねーか。クソ…ッ!







でも。

…こんなジンクスなら、乗ってやってもいいかな。




俺の隣には、あかね。
あかねの隣には、一生、俺。


< END >





♪ CANDY CANDY / きゃりーぱみゅぱみゅ



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