お出掛けしましょ 

2016/06/30
こちらは前作【 縁側で休日を 】の続編となっています。
次のお話【R’s Birthday】に続きます。

+ + + + +



「ねえ乱馬、付き合ってくれる?」

そうあかねに聞かれたのは早めにとった昼食の後だった。
…ふっ。おれだって学習能力くらいあるんだせ。

「どこに行くんだよ?」

「あ、やっぱりわかった?実はね、一緒に行って欲しいお店があるの」

なんでも昨日の縁側での一件以来、自分も携帯型音楽プレイヤー―に興味を持ったらしい。

「お年玉も使わず取ってあるし、思い切って買っちゃおうかなと思って」

「ふうん」

「でもあたし、こういうの疎いでしょ?だから乱馬、一緒に付いて来てくれないかなぁと思ったの」




特に予定のない日曜日。
午前中は走りに行っていたし、強いて言えば午後は筋力を鍛えるために道場にでも籠ろうかと考えていたが、それも絶対にというわけではない。
とは言え、女の買い物の長さと言ったら男の俺には理解しがたいほどのもので。
いつもだったら何らかのメリットが自分にもないと返事を渋るおれが、今日はめずらしく快諾する。
要はおれも嬉しかったんだと思う。あかねがこんな風に興味を示してくれたことが。

「別にいいけど」

そんな気持ちを悟られないようにそっけなく返事をすると

「ありがとう!じゃあ、準備が出来たら後で呼びに行くわね」

まるでそこにぱっと花が咲くようにあかねが笑う。

「お、おう」

…なんだ。やっぱりおれにもメリットあるじゃねえか。








「おまたせー」

それからあかねがやってくるまでに、優に40分以上は掛かったと思う。

「おせーよ…っ」

文句を言いかけて振り向いた先には、真新しい淡いイエローのワンピースに身を包んだあかねの姿。

「ごめんね、遅くなっちゃって」

「あ、うん…」

思わずじっと見つめてしまっていたんだろう。
あかねが「ああ、これ?」という風にワンピースの裾をつまんで言い訳するように続ける。

「この前、ゆかたちと出掛けた時に買ったの。かわいいでしょ?」

「…まあ、寸胴隠しにはちょうどいいよな」

「そう言うと思ったわっ!」

お決まりのようにハイキック。
っつーか、そんな短えスカートで足を上げるってどうなんだよ!?
残念ながらそのスカートの中が見える前におれの顔に足が蹴り落とされているため、未だその恩恵にあずかることは、ない。
にしても、これじゃあまるでおれがいつもあかねの洋服をチェックして把握しているみてーじゃねえか。
鈍いあかねがそこに気付く前に、おれは「もういいから行くぞ」とさっさと玄関に向かった。





「んで。どこまで行くんだよ?」

家を出たはいいが、目的の場所はまだ聞いていない。

「うん。K駅まで行こうかなあと思って」

「え…って、おい。プレイヤー買うだけならうちの近くの電器屋で充分じゃねーか」

「でも、ついでに見たいものもあるんだもん」

ついでにって…はあ、やっぱり長い買い物になりそうだな、こりゃ。

「だめ?」

っておーい。そののぞき込むような上目遣いは反則だろ!?

「…別にだめじゃねーけど」

「よかった!」

そう言うと軽やかな足取りでおれの少し先をスキップする様な足取りで歩いて行く。
だから。そんな跳ねるみたいにしたらスカートがひらひらめくれんだろうが。

「乱馬もはやく!」

「へいへい」

仕方なくその後を付いていく。
今日も抜けるような青空。暑くなりそうだ。








付いてきてと言ったのはあかねの方なのに、それは呆気ないほどあっさりと決まった。

「じゃあこれください」

電器屋に着いてあかねが選んだのはおれと同じ機種の色違い。

「もっと色々見なくていいのかよ?」

「うん。どうせあたし、見てもよく分かんないし」

それに乱馬と一緒の方が色々教えてもらえそうだもんね、と言って笑ってる。


なんだよ。
それじゃあ、別におれが一緒に来なくても良かったんじゃねえか?
そんなおれの疑問などお構いなしに購入した商品の入った紙袋を受け取ると、嬉しそうにその手をぶんぶんと振ってこちらに向かってくる。
ぷっ。まるで幼稚園生みたいだな。
膝丈のストンとしたワンピースのシルエットに無邪気で喜ぶあかねの様が、まるで幼い子供のようでなんだか微笑ましい気持ちになっちまう。
少し名残惜しい気もしたが、これでもう用事は済んだ。

「もう帰るか?」

「ううん。まだ見たいものがあるって言ったでしょ?」

そう言って「行こう」とおれの上着の袖口を引っ張る。
どうせなら手を繋いで引っ張ればいいのに…なんてことを思うけど、そんなことおれが言えるわけもない。



「んで、どこ行くんだよ?」

「えっとねー。なびきお姉ちゃんの誕生日プレゼント選びとか」

「げっ。なびきかよ!?」

「そういうこと言わないの。乱馬だって普段、お世話になってるでしょ?」

いやいや。
どう考えてもお世話になってるんじゃなくて搾取されてるんだけどな。

「あいつの場合、現金一択だろうが」

「またそんなこと言って…それにね、のどかおばさまにもこの前お料理を教えてもらったからお礼をしたいんだもん」

「そんなの別に気にしなくていいんじゃねーの?」

「そうはいかないわよ」


そう。
こういったところで意外とあかねは律儀だ。
初めておれがおふくろに対面するってなった時もさり気なくカーネーションを用意してくれてたしな。
結果的に渡すことは叶わなかったけど、こういう気遣いが出来るところは素直に尊敬する。
「礼ならあかねが習った料理を作ってやれば喜ぶんじゃねえの?」そう言いかけて、自身の考えに大きな危険を感じた俺は大人しくあかねに付いていくことにした。






「ねえねえ、これなんかなびきお姉ちゃんにどうかな?」

「うーん。なびきには可愛すぎるんじゃねえか?こっちはどうだ?」

「残念。ちょっと予算オーバーかな」

次に向かったのは若い年代を中心に人気の有名な雑貨屋だった。
二人であーでもないこーでもないと頭を悩ませる。
店内には男がいないわけではないけれどその殆どは女が占めていて、はっきり言っておれなんかは完全に場違いだ。
普段…といっても滅多に来ないけど、こういった店と甘いもんを食いに行くときは基本、女に変身して行くおれ。
隣で楽しそうに商品を手に取るカップルを見ながら、むず痒いような居心地の悪さを感じる。

「じゃあこれはどうかな?レザーのキーホルダー。ちょうどなびきお姉ちゃんのリングの部分が壊れてきたって言ってたし」

「お。いいんじゃねえの?」

それは型押しされたレザーの先にスクエアの金属が付いた、シンプルで少し大人っぽいデザインのものだった。
値段も自分で買うには少し贅沢で、かと言って高過ぎるということもない。
レザーには色んな色があって、男女どちらでも違和感なく使えるデザインだ。
剥き出しのまま鍵を持ち歩いているおれもなんとなくその一つを手に取ってみる。
おれだったらこの色だなぁ…なんてことを思っていると、隣からあかねがのぞき込んできた。

「あ、それ乱馬っぽいね」

「そうか?」

なんだか、趣味が合ったみたいでちょっと嬉しくなる。

「乱馬って今、どんなの付けてるっけ?」

「あー、おれ、鍵だけの状態で持ち歩いてる」

「えー!あぶないからやめたほうがいいわよ?」

「まあなぁ」

わかってるんだけどわざわざ自分で買うのももったいねえっていうか。
そう言うとあかねが呆れたようにやれやれと首を振った。

「それより、なびきのは決まったのか?」

「うん、この色なんかどうかな?」

「いいんじゃねーの」

正直なびきになんざ、どの色が良いかなんてあまり興味がない。

「おっ」

不意におれの目に飛び込んできたのは、今日のあかねと同じワンピースの色の黄色いレザー。

「なに?こっちの色の方が良さそう?」

「じゃなくて。この色、今日のあかねのイメージにぴったりだな」

手に取ってあかねの横でブラブラさせてみる。うん、やっぱりよく似合ってる。

「……あたし、やっぱりもうすこしなびきお姉ちゃんのは考えようかな」

「えー。なんでだよ?さっきので別にいーじゃねえか」

せっかくさくさくと買い物が終わると思ったのに。
おれがブツクサ言うのも構わずに、結局あかねはなびきにアロマオイルのセットを選んだ。

「買ってくるからちょっと待ってて」

そう言ってレジに向かったあかねを、おれは少し離れた場所から見ている。



…やっぱかわいい、よな。
この店の中にいても、あかねの周りだけ照明が当たっているようで。
気が付くとついつい目で追っちまう。
それは他の男も同じ様で、あかねに引き寄せられるようにふらふらと寄って来たその横におれの姿を捉えると露骨につまらなさそうな顔をする。
おれはそれがちょっとした優越感でもあり、不安でもある。
あかねはおれの許嫁なんだぞ、という誇らしいような気持ちもあれば、でも親が勝手に決めただけでおれ達の間には何もないんだけど…という若干の虚しさ。
何より、ひとたび学校を離れるとおれとあかねの関係を知らない奴らが下心を含んだ視線をあかねに送るのがムカついて仕方ない。

大体よー、あかねもあかねでそんなスカートなんか履いて世の男どもを喜ばせてんじゃねえよ。
そういうのはおれの前だけで履いとけ。
そう言えたらどんなに楽か。
まあ、言えるわけねーんだけど。


そんなことを考えていると、急にあかねが照れたように顔の前で手を振りながら店員と話をしている。
なんだ?
なんか嬉しいことでもあったのか?

「おまたせー」

店の入り口近くで立っていたおれに駆け寄って来たあかねの頬はうっすらとピンク色に染まっている。

「なんかあったのか?」

「なにかって?」

「いや…妙に顔が赤いから」

「べっ別に!なんでもないの。行こ?」

そう言って、自然におれの手を取る。

「お、おうっ」

カァァッ。
自分の体温が一気に上昇するのを感じる。
お、落ち着け、おれ!右手と右足、同時に出てないよな?
一人でギクシャクしているのが恥ずかしくなってそっと隣のあかねを見下ろすと、あかねの髪の毛からのぞく耳も俺と同じ様に赤くなっているのが見えた。





その後、デパートの一階に立ち寄っておふくろ用にと夏用の扇子を購入した。
本当はあかねからのお礼ということだったんだけど、こういった機会でもなければおふくろになんてプレゼントの一つもあげることのないおれが代わりに買った。
少し照れくさくはあるけれど、たまにはこんなこともあっていいだろう。

それにしても、扇子なんておれ一人じゃ絶対に思いつかなかったアイディアだ。
おれが思いつくのなんて、せいぜい花か食いもんかその程度だろう。
こういう時、やっぱりあかねは女でおれは男なんだな、なんて思う。

(おれの親のものを一緒に選ぶなんて随分と許嫁っぽいな)

我ながら単純な自分に胸がくすぐったくなる。






「さてと…これからどうする?」

「そうねぇ」

今度こそ本当に用事は済んでしまった。
今から帰れば夕飯までにまだ充分稽古も出来るだろう。
でも…

(なんとなく…もう少しだけ二人でいてえな)

隣を歩くあかねの横顔をちらりと盗み見る。




「ねぇ、乱馬。喉渇かない?」

あかねがどう思っていたのかは分からない。
いつもよりゆっくり歩くおれの袖口を引っ張ると「今日付き合ってくれたお礼にジュースぐらい奢るから、ね?」とやや強引に、そのまま一軒のカフェの中に入っていった。





「ここね、この前雑誌に載ってたの。だから一回来てみたくて」

そう言って向かい合わせたテーブルの正面でにこにことメニューをめくるあかね。

「ゆかやさゆり達と来たことねーのかよ?」

「うん。電車に乗ってまではなかなかね」

そう言ってどれにしようかと真剣に悩んでいる。

「乱馬は?決まった?」

「…おれ、アイスカフェオレ」

「なんで?甘いものは頼まないの?」

「だって今日、女の姿じゃねーもん」

そう。
いつもだったらあかねと甘いもんを食いに行くときはちゃっかり女に変身して行くおれ。
あかねは気にすることねえって言うけど、やっぱり男が可愛らしいケーキやパフェを店で食うってのには抵抗がある。ましてや、あかねと二人きりなら尚更だ。

「もう…変なとこで見栄っ張りなんだから」

呆れたように言うと「あたし、これにする」と大きなパフェを指差した。

「ちょっと待て。おめー、確か一昨日、ダイエット宣言したばっかじゃねえのかよ?」

あかね曰く、試験期間中の運動不足で太ってしまったらしい。
その微妙な違いはおれにはわかんねえけど本人にとっては重大な問題らしく、かすみさんにも食事の量を少なめにしてもらうよう頼んだばかりだ。
途端にあかねが決まり悪そうに答える。

「そ、そうなんだけど…いいじゃない。滅多に来ることないんだし」

そう言いきると、おれのからかう言葉を振り切るように店員をつかまえて注文した。
なんだよ。
おれだって甘いもん食いてえのを我慢してるっつーのに薄情なやつ。





「お待たせいたしましたー」

甲高い店員の声と共に運ばれてきたおれのアイスカフェオレとあかねのマンゴーパフェ。

「んー、美味しそう!いただきます」

ぱくりと一口頬張ると、やっぱり美味しい~とほっぺに片手を添えて目を細める。
こんな自然な仕草がたまらなくかわいい、と思う。
そんな自分の気持ちに気付かないふりをしておれはカフェオレに口を付けた。





「はい、乱馬」

「え」

おれの顔の前にはあかねが差し出したスプーン。その上には旨そうなクリームとアイスが乗っかっている。

「えっと…」

「もう。別に誰も見てないわよ」

ほら、あーんと言わんばかりに突き出されるスプーン。
いや、その、か、間接……。
か、考えるなっ!あかねにきっと他意はないのにおればっかドギマギしてバカみてーじゃねえか。
ぱくりと一口頬張る。

「……うまい」

「でしょ?」

そう言って嬉しそうに笑うと、今度はあかねが一口、その後またおれに一口…といった感じで二人の間でスプーンが行ったり来たりする。
今更もう一本スプーンをもらうのも気恥ずかしいし、変におれだけ意識してるようで癪だ。かといってにこにことスプーンを差し出すあかねを見ると恥ずかしさもどこへやら、つい口が開いてしまう。

(なんだかまるで鳥の雛にでもなってしまったような気分だな)

せっせと子供達の口に餌を運ぶ親鳥の姿を想像しながら食べるパフェは、今まで食べたどんなパフェよりも甘い味がした。






「あー、うまかった!ごちそーさん」

結局、しっかり半分近くおれもあかねのパフェを食った。
今にして思えば、もしかして最初からそのつもりであかねは注文したんじゃないんだろうか…なんてちらりと思う。考えすぎか?
素直じゃないのにいつも何だかんだでおれを甘やかす。
こういうところがずりーよなぁ。




「そろそろ帰るか?」

「あ、そうね」

ゆっくりと駅まで並んで歩く。

触れそうで触れないお互いの手の距離がもどかしい。
でも今日は…。
そう思って口を開きかけた時だった。

「あか…」
「あー!乱ちゃーん!!」

声のする方を振り向くと、そこには私服姿のうっちゃんが立っていた。
手には何やらいくつも袋をぶら下げている。
目が合うや否や、タタ…と小走りで目の前までやって来た。

「奇遇やねー。こんな所でなにしてたん?」

「ああ、あかねが買いたいもんがあるってんで付き合ってたんだよ」

「へぇ…。ええなー、あかねちゃん」

ちらりと横眼であかねを見ながら、そうだ!と言わんばかりにおれに提案する。

「なら、次はうちの買い物にも付き合ってくれへん?お店の細々したものが必要やねん」

な、ええやろ?と期待する様な目でおれを見上げてくる。

「えっと…」

隣にいるあかねは何も言わない。
ただ、少し困った様に眉を下げて薄く笑ってるだけだ。




……。

「ごめん、うっちゃん。今日はこれから家帰ってやんなきゃいけねえことがあんだよ」

おれは顔の前で両手を合わせて断りの意思表示をする。

「え?やらなきゃいけないことってなんなん?」

断られるとは思っていなかったうっちゃんが食い下がってきた。

「まあ、ちょっと」

「ちょっとじゃわからへん」

「えーと…」

「…もしかして、あかねちゃんとデートしてるからうちはお邪魔虫やって言いたいん?」

一瞬、うっちゃんの目が真剣なものになる。
慌てて「ち、違う違う」と否定しながら、納得いくような理由を探す。

「ほら、あの、おれ、久し振りにおふくろに男として再会しただろ?だ、だから今日はこれからおふくろと約束があるんだよ」

「ああ、そういえば乱ちゃんのお母さん、一緒に暮らし始めたんやったね」

乱ちゃんよかったなぁと笑う顔にチクリと胸が痛む。

「そ、そうなんだよ。だから今日はうっちゃん、ごめんな?」

「えーってえーって。そんな理由やったらさっさと帰ってあげてえな」

「うち、もう少し買い物してから直接店に戻るから」と言ううっちゃんと別れてそのまま駅に向かうと、ちょうどタイミングよくやって来た電車に滑りこんだ。




日曜日の夕方の車内は予想以上に混んでいた。
偶然一人分だけ空いたドアの横のスペースにあかねを立たせ、おれはその前に立つように向かい合う。

「…さっき、よかったの?」

うっちゃんと会ってからずっと黙っていたあかねが口を開いた。

「よかったって?」

「だから、かわいいほうの許嫁とのお買い物」

「なんだよ、それ」

「だって…おばさまとの約束なんて特にないじゃない」

そう言うとおれから目を逸らしてドアに貼ってある広告に目をやる。
あほか。
うっちゃんのお願いを断るなんて、理由は一つしかねえだろーが。

「…あかね一人じゃ鈍くさくて家まで帰れねえからな」

「なによ、失礼ね!そんなことないわよ」

ムッとしたようにあかねが答える。

「それにあれだ。おふくろにプレゼントも渡さなきゃなんねえし」

「そんなの別に今日じゃなくてもいいし、大体、扇子を渡すのなんて10分も掛からないでしょうが」

おれが考えた苦し紛れの用事は呆気なく一蹴される。
なんだよ、せっかく人が柄にもなくあかねと居たいって意思表示してやってるっつーのによ。

「あたしになんて気を遣わず、二人でゆっくり買い物でもすればいいのに…っ」

そんなかわいげのないことを言った瞬間、カーブに差し掛かって電車が大きく揺れた。

「きゃ…っ」

「おっと」

前のめりになってバランスを崩すあかねと後ろから圧し掛かってくる人の体重の間で、思わずあかねの隣に片手を付く。
急に近くなった互いの顔の距離感に心臓が跳ねるのを感じた。

「別におめーに気なんて遣ってねえよ」

「でも……きゃぁっ」

『この先、カーブが続きますので手すりや吊り革におつかまり下さい』
車内にアナウンスが流れる。



「ったく、どんくせえな」

「だ、だって…」

「いーからつかまっとけ、ほれ」

そう言って強引にあかねの手を取る。

「あ、ありがと…」

「おう…」

「…」

「…」




結局そのままうやむやに、降りる駅までお互い何も話さずやり過ごした。
繋いだ手からあかねの熱が伝わってくる。

(満員電車は苦手だけど…もう少しこのままでもいいかな)

そんなことを思いながら、最寄りの駅に着くと車内からホームに吐き出された。

「普段あんまり電車に乗らねえから知らなかったけどこの時間帯って混むんだな」

「そうね。高校が歩いて行ける距離で助かっちゃった」

先程までの閉塞感を拭いながらやれやれと改札に向かって歩き出そうとした時、繋いでいる手の存在にふと気付く。

ど、どうしよう。
でもあかねも振りほどかないしな…。
このまま手を繋ぎっぱなしってのも恥ずかしい気もするけど、今日くらいいいのか?
ぐるぐると頭の中で一人思案する。

と、

「あれ?切符どこやったっけ?」

おもむろにポケットやカバンの中をごそごそ漁るあかねにあっさりとその手を離されてしまった。


…なんだよ。ドギマギして損した気分だ。
急に解放された手の平に風が通るのを感じる。

(おればっか意識してるみてえでつまんねえの)




なんとなく面白くなくて一足先に改札を出てそのままゆっくりと歩く。
すると

「もう!少しくらい待ってくれたっていいじゃない」

そう言って、おれの指先に再び柔らかい感触が戻ってきた。

「お、おめーがトロトロしてっから…っ」

「なによケチ」

「かわいくねー」

「あんたに言われたくないわよ」

「凶暴女」

「男女」

軽口の一つでもついていないと、あかねを意識して固まっちまう。
それは多分、あかねも同じ…そんな気がした。
口では本心じゃないことを言いながら、その実心臓の鼓動はドクドクと早鐘を打っている。
今日くらいはもう少し、このままでいたい気がする…おれの飾らない本音が顔を覗かせる。




……。


「ねえ、どこ行くの?こっちは家と逆方向よ」

繋いだ手にぎゅっと力を入れ、急に方向を変えたおれにあかねが聞いてくる。

「ちょっとな」

「なぁに?」

「着けばわかるから」

目的の場所へは直ぐ到着した。
いわゆるCDレンタルのチェーン店だ。

「あ…」

「ついでだから借りて帰った方がすぐに使えるだろーが」

「うん、確かにそうね」

「おれ、適当にブラブラしてるから好きなの選んで借りてこいよ」

少し名残惜しかったが、あかねの手を離して店内を散策する。
おれは最近のヒットランキングとか新作の映画だとかを見て時間を潰した。
20分ほどして偶然隣の列にいるあかねの姿が見えたが、あかねはおれに気付いている様子はない。
唇の下に指を当てながら、時々パッケージを手に取っては裏面の曲を確認してかごの中にいれていく。

へぇ。あんなの聴くんだな。
っつーか、女子がカラオケで好きそうだよな。

最初はそんなことを思っていたが、見ているとなんとなくあかねの様子がおかしい。
ある一定の場所を何度も行ったり来たりしながら、曲名を確認しては棚に戻すを繰り返している。

「なに探してんだよ」

「うん、ちょっと…」

「そろそろ帰んねえとかすみさん達待ってるんじゃねーか?」

「あ、そうね。…じゃあ、とりあえずこれ借りて来ちゃう」

そう言って慌ててレジへと向かっていく後ろ姿を見ながら、ふと目の前の棚に目をやる。
なんだ?さっきまであかねが選んでたジャンルとずいぶん違うな。
そう思った瞬間、ある一つの予想が頭に浮かんだ。








「思いがけずいっぱい借りちゃった」

「そりゃあんだけ待たされたらなぁ」

「だからごめんってば」

片手に自分のバッグ、もう片方の手にプレイヤーやなびきへのプレゼント、CDを持って両手のふさがったあかね。
素直によかったな、と言ってやれないおれはやれやれと頭の後ろで手を組む。
そんなおれの手に小さいレンタルCDの袋がぶら下がっているのをあかねが見つけた。

「あれ?乱馬もなにかレンタルしたの?」

「まあな」

「なに借りたの?」

「別にいーじゃねーか」

「ケチ」

「おめーなぁ。一日付き合わせといてケチはねーだろ」

「だからカフェオレごちそうしたじゃない」

悪びれる様子もなく答えるその横顔は、なんだかとても楽しそうだ。

「でもたまにはこういうのも楽しくていいね。デートみたいで」

「デ…っデートって…!」

「なによぉ。一応デートはデートでしょうが」

そう言ってふふっとおれの顔をのぞき込んでくる。
こ、こいつ、わかっててわざと言ってやがるな!?

「また『デート』しようね」

「だ、だからデートじゃねぇっつってんの!」

「まったく、すぐ照れちゃうんだから」

「照れてなんかねぇっ」

「あんたって超が付くほど自信過剰なくせに変なところでシャイよね」

「るせえ!」

ぎゃんぎゃんとお互い言いたいことを言い合って家路に付く。
日が沈んでうっすらと夕方から夜の姿へと変わろうとしている空に、いつの間にかぽっかりと月が浮かんでいた。






夕飯を食べ終わると、あかねの部屋で音楽プレイヤーの設定とCDのダビング作業を始める。
こういうことにてんで疎いあかねはおれの後ろから興味深そうにのぞいて見ているだけだ。
こいつ、勉強は出来るくせにこういうのはさっぱりだよな。
そんなことを思いつつ、こんな風に頼りにされるのも悪くはない。

「…と、出来た。あとはこうやってCD入れたら勝手に読み込んでくれるから」

「わ、すごい!本当にありがとう、助かっちゃったわ」

にこにこと笑うあかねの顔。
いつもこんな顔してりゃあかわいいのにな。
あかねの喜ぶ表情を見ていると、体の中がふわっと温かくなるのを感じる。



あ…そういえば……

「ちょっと試しに読み込んでみるからその間にあかね、風呂入っちまえ」

「え、別にいいわよ。ここまでしてもらって悪いし、あとは自分でやるから」

いや、だからおめーがいると困るんだよ。

「おれもついでにダビングするもんがあるからここで済ましてえし。後で道場にも行くかもしんねーから」

な?そう言ってやや強引にあかねを部屋から追い出すと、おれは自分が借りてきた一枚のアルバムを手に取った。








「おまたせー」

ほかほかと湯気が立ちそうな姿であかねが部屋に戻ってくる。
その顔はうっすらと上気して、血色のよい唇の色がやけにそそる。

「おう。こっちも大体ダビング終わったぞー」

「え、もう?」

「まあ、読み込むのはあっという間だからな」

やれやれと一度大きく伸びをして、よっこらしょと立ち上がる。

「んじゃあ、後は自分で出来るよな」

そう言って部屋から出て行こうとすると、乱馬!と呼び止められた。

「あの、今日は本当にありがとう。すごく助かったし楽しかったわ」

うっすらとピンクに染まった顔でにっこりと笑う。
そんな表情、反則だろ?

「まあ、せいぜいジョギングでもしてダイエットに励んでくれ」

「せっかく人がお礼を言ってるのにほーんと素直じゃないんだから」

べーっ!と舌を出すあかねだけど、もちろん本気で怒っているわけではない。
今度こそあかねの部屋を後にすると、そのままおれも風呂へと向かった。
背中でもう一度ありがとう!と言うあかねの声が聞こえた。








* * *


「うーん、気持ちがいい」



あたしは一人、家の門の前で軽くストレッチをしている。
昨日買ったプレイヤーを早速使ってみたくて今朝はうんと早起きをした。
一通り体をほぐすと、耳にイヤホンをはめる。
白い家の壁にきらきらと朝日が当たって目に眩しい。

(さてと…行こうかな)

シャッフルとかリピートとか詳しい機能はまだ分からないから、単純に再生ボタンを押す。
― と、耳から流れてきたのは土曜日、縁側で乱馬と聴いたあのヴォーカルの声だった。



あ……

(…探してるのに気付いてたんなら言ってくれればいいのに。ホント素直じゃないんだから)

そう思いつつ、まぁそこが乱馬らしいんだけど、とつい頬が緩む。




今はまだあなたが 僕らにとってラヴぃだけ
今はただおれらが 君らにとってラヴぃだけ

誠心誠意 Boys & Girls. その気にさせて lovely. Lovely
今はただ…



(初めて聴く曲だけど…まるで乱馬とあたしのことみたいね)

男性なのにどこか柔らかくて可愛らしいメロディーが耳に心地よい。





『曲を聴きながら走るようになったら、これが結構楽しいんだ』


(確かに乱馬の言うとおりかも)



いつも走っている道なのに、今日は目の前が一段と明るさを帯びているのを感じる。
その楽しさが音楽だけのものだったかは分からない。
あたしは朝の光のきらめきを浴びると、乱馬と共有するようにメロディーに耳を傾けてまだ静かな住宅街を軽快な足取りで走り出した。









【後日談】

「そういえばなびき、誕生日が近いのか?」

学校から帰宅後、特にやることもない天道家の居間でなびきと二人きり。
ごろんとうつ伏せになって雑誌をめくっているなびきに、おれは昨日のことを思い出して聞いてみる。

「なんで?」

特に興味もなさそうに雑誌に目をやったまま、なびきが反応する。

「なんでって…」

あかねがプレゼント用意してたぞ。そんな種明かしを勝手にするわけにもいかずおれが言葉を濁していると、やれやれと言った様子でなびきが姿勢を変えて言い放つ。

「あたしの誕生日はまだ二ヶ月も先よ。まあ、それまでバイトする時間は充分あるから期待して待ってるわね」

うんうん、とわざとらしく頷きながら「あ、プレゼントに迷ったら現金のままでも全然構わないわよ?」とのたまってやがる。
誰がおめーにプレゼントやるなんて言ったよ!



っつーか……なびきの誕生日が二か月後?
ってことは、なにも昨日、無理に買い物に行く必要は無かったんじゃねえか?




おれの頭の上にクエスチョンマークが飛び交っていると、おもむろになびきが口を開いた。

「ていうか、その前に乱馬くんの誕生日じゃないの?」

あ、そう言えば。
これまでずっとおやじと二人で過ごしてきたから誕生日らしい思い出もないおれだけど、言われてみれば三週間後に誕生日を迎える。

「まあ良かったじゃない。誕生日に祝ってくれる人が今年は少なくとも一人いるんだから」

「?誰だよ?」

「そんなの決まってるでしょーが」

「へ?」

「乱馬くんを祝おうなんて奇特な人、あかねしかいないじゃない」

っておい。失礼なことをさらっと言うな。
あかねが?まさか、と素っ気ない態度をとるおれなど気にせずなびきが続ける。

「どうするー?いきなり『あたしをアゲル』なんて言われちゃったら」

「ばっ!ばかやろう!お、おれとあかねは別に…っ!!」

な、なにをいきなり言い出すんだ、こいつは!

「あら、なんでよ。そんなの分からないじゃない」

あんた達、もう高校二年生なのよ?ここで一気に関係が変わっちゃうかもしれないんだから、そんなことを言ってニヤニヤ笑っていやがる。
こいつ、完璧に遊んでるな。

「まあねー。プレゼントをもらうと男性はお返しが大変よね。なんたって三倍返しが基本だからね」

「なに勝手に決めてんだよ」

「なんだったらいいバイト紹介するわよ?ちょこっと写真を撮らせるだけでお小遣いゲット。どう?」

「結局、てめーはそれが言いたいだけじゃねえかっ」

あほらしい。
のろのろと道場に向かいながら、あかねがおれにプレゼントを用意するなんて…まさかなぁ、と自分に芽生えてしまった期待に慌てて蓋をする。




そんななびきの予言から三週間後。
あの時二人で見ていたお揃いのキーホルダーを本当にプレゼントされることになるとは、おれは夢にも思っていなかった。
少しずつ二人の関係が変わろうとしている、そんな高校二年生の夏が始まる ―。




< END >


R’s Birthday】に続きます。





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2018/06/25 Mon 20:49:52
Re: こんばんは。 : koh @-
Y~コメント主様

何度読んでも~だなんて嬉し過ぎます……ありがとうございます!
昔のお話で恥ずかしいことこの上ないのですが、ひとつひとつ丁寧に読んでくださって私のほうがお礼を言いたい気分です✨
あのハチャメチャな世界にいると忘れがちですが、騒動が起こらない日常の中ではあかねちゃんって一番普通の感覚を持った女の子だと思うんです。
歳相応の高校生の女の子というか。
一歩踏み出すまでが最高に焦れ焦れな二人ですが、だからこそこんなに一つの妄想で楽しんでしまえるのかもしれませんね^^。
いつも温かいメッセージに励まされています。ありがとうございました♡
2018/06/27 Wed 01:06:08 URL

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