R’s Birthday 

2016/07/01
こちらは【縁側で休日を】、【お出掛けしましょ】の続編になります。
乱馬の17回目のお誕生日という捏造設定になっています。
単話でも通じるかもしれませんが、シリーズを通して読んでいただくとよりわかりやすいかと思います。

余談ですが。。。
いきものがかりさんの『コイスルオトメ』があまりにも可愛くて
あかねちゃんの気持ちで聴いてみると甘酸っぱい気持ちになります。

+ + + + +



「うーん…」

誰もいない深夜の自分の部屋であたしは悩んでいた。
腕を組むあたしの目の前には、小さなミントブルーの紙袋。
その中には更に小さな、半分透明になったフィルム素材の袋が入っている。
袋の左上には小さなリボンが銀色のシールで留めてあり、その中でグレーがかった青いレザーのキーホルダーがお行儀良く収まっていた。



約三週間前、乱馬と一緒に出掛けたあの日。
あたしは最初、本当に音楽プレイヤーを買うつもりだけで乱馬にお伺いを立てていた。
なぜならいつも女の買い物は長くなるから嫌だと渋る乱馬、もしかしたら今回も断られてしまうかもしれない…そう思い、半分ダメ元で声を掛けていたからだ。

けれど予想に反し、乱馬の返事はあっさりOKだった。
実は付いて来てもらうためにエサとなる条件をあれこれ考えていたあたしは、その反応に思わず拍子抜けをしてしまう。

すると今度は急に嬉しい気持ちが込み上げてきて、気付いたら買ったばかりのワンピースに身を包んでいた。
少し気恥ずかしい気持ちを隠すと、何でもない風を装って乱馬を呼びに行く。

『ごめんね、遅くなっちゃって』

遅いと文句を言いかけて、振り返った乱馬のセリフを思い出す。

『…まあ、寸胴隠しにはちょうどいいよな』

ワンピースの裾をつまんで見せたあたしにぼそりと呟いた。


(まあったく、なにが寸胴隠しよ。あんな顔で言ったって、ちっとも説得力無いんだから)

とはいえ、照れ隠しでついハイキックをお見舞いしちゃったんだけど。
こういうところ、あたしも乱馬のことをあまり強く言えないかもしれない。
それでも、一瞬見惚れるような乱馬の表情はあたしの気のせいではなかったと思う。



制服じゃない姿で二人っきりでのお出掛け。
最初こそ近所の電器屋で充分と思っていたあたしだったけれど、家を出た瞬間あまりのお天気の良さになんだかもう少し足を延ばしてみたくなった。

それは地元で知り合いに遭遇して冷やかされたくないという思いもあり、単純に少しでも一緒にいたいという思いでもあり。
それにせっかくおろしたての新しいワンピース。
要するに、ちょっとしたデート気分を楽しみたかったのだ。

とってつけたように「他にも見たいものがある」と言って、実は電車の中でその理由を探していたなんていうことはとてもじゃないが乱馬には言えない。
そして思いついたのがこれだった。

「なびきお姉ちゃんの誕生日プレゼントを選びたいの」

うん。
我ながらすごくいい理由を見つけたと思う。

乱馬のことだからきっと人の誕生日なんて気にも留めていないだろうし、それがなびきお姉ちゃんなら尚更だ。
後で「なびきの誕生日はまだ先だったじゃねえか」と言われても、ごめん、勘違いだったと言えばきっと納得するだろう。というか、それまで乱馬が覚えているかも正直あやしい。

なびきお姉ちゃんのプレゼント選びに雑貨店を選んだのにもワケがあった。
そう。
本当の目的は今、あたしが最大限に頭を悩ませている乱馬への誕生日プレゼント。

別に絶対プレゼントをあげなくてはならないわけではないし、くれと頼まれているわけでもない。
でも去年は何もしなかったぶん、今年は……

おめでとうって伝えられたら。
気持ちばかりでもお祝い出来たら。
ついでにプレゼントなんかも渡せちゃったりしたら。
どうせだったら、喜んでもらえると嬉しいな…


そんな風に、いつの間にかお祝いしたいという気持ちに淡い期待が入り混じって、勝手にドキドキしていたあたし。
普段、あまり物への執着を見せない乱馬の目に何か留まるものがあればいいな。
そう思っていた時、乱馬がふと手に取ったのがこのキーホルダーだった。

いつもの乱馬のチャイナウェアを思わせるグレーがかった青いレザー。
そこにさり気なく施されたスクエア型のシルバー細工がちょっと大人っぽくて、乱馬だけじゃなくあたしも一目で気に入った。
聞けば何もつけず剥き出しの状態のまま、いつもの家の鍵を持ち歩いているらしい。
呆れた半面、これしかないと直感的に思った。
これなら渡す時も

「はい、誕生日プレゼント!」

「え、おれに?なんだよあかね、そんなに祝いたかったのか」

「別に深い意味はないわよ。ただ、あんたが家の鍵を落としたらあたし達家族だって困るじゃない。一応ここ、あたしの実家なんですからね」

なんて自然に渡せるかもしれない。
想像の中でさえも素直になれない自分が情けないが、乱馬相手だと甘い雰囲気になるなんて到底想像できないから仕方ない。


じゃあ一体いつ、どこで、どんな風に渡したらいいんだろう?
何でもないことのように家族がいる前でさり気なく?
ううん、どんなに自然体を装っても絶対に冷やかされるのは目に見えている。

じゃあ二人っきりになった時?
でもそしたら今度は妙に真剣モードになる…ことは流石にないだろうけど、元々素直じゃないあたし達が二人きりになったらまた別の問題が起こりそうだ。
そう、例えば…



「な、なんだよ、話って。別におれはあかねから祝ってもらわなくてもいーんだけどよ」

「なによ、その言い方」

「でもどうしても祝いたいって言うんなら祝ってもらわんこともない。さ、その手の中のものよこしな」

「誰があんたにプレゼントなんてあげるもんですかっ!」

バキッ!

……。
取りあえず、この路線は出来れば回避で。
もっとこう、もう少し二人の距離が縮まった感じだったら…



「乱馬、あの…ちょっと渡したいものがあるんだけど…」

「え、お、おれに?」

「うん」

「な、なんだよっ」

「あの、誕生日おめでとう。これ、喜んでもらえるかな?」

「あ、あかね…」

~30分経過~

「あーもう君たち!いい加減、抱き合うなりキスするなりしたまえっ!」
「乱馬、男らしくないわっ」
「なんだか足が疲れてきちゃったわ…」
「もー。観たいテレビがあるんだからさっさと写真撮らせて終わりにしなさいよ」
「パフォッ!」

……。
ダメだわ。
いつの間にか登場人物が一気に増え過ぎてる気がするもの。


っていうか、そもそもこの家で二人きりになる機会なんてあるのかしら。
かと言って学校も…絶対邪魔が入るわよね。
家。
学校。
通学路。
猫飯店、お好み焼きうっちゃん…
あらためて考えてみると、あたし達が過ごす場所に二人きりで静かな時間なんて偶然を除いてはほぼ皆無なように思える。



それに ―。

あたしはちらりともう一つの小さな包みに目をやる。
それは乱馬と同じ、半分透明のフィルム袋に入った黄色いレザーのキーホルダー。

『この色、今日のあかねのイメージにぴったりだよな』

乱馬があんなことを言うから。
あたしは乱馬となびきお姉ちゃんの誕生日プレゼントとしてではなく、気付いたら乱馬と自分の分としてこっそり購入していた。

(乱馬にお誕生日プレゼントとして渡すことは出来ても、あたしとお揃いなんてバレたら…きっと笑ってバカにされるわよね)

「なんだよあかね。そんなにおれとお揃いで持ちたかったのかよ」
「ったく素直じゃねーんだから、仕方ねえ女だぜ」
「お、お揃いなんて、そんな恥ずかしいもん使えるかっ!」

…あたし、もしかしたら未来を読む力があるのかもしれない。
乱馬が口にしそうなセリフがこんなにすらすらと出てくるなんて、あたしってば乱馬のことよく理解して…って、違う違う!にしても、なんでいつもケンカ腰になってるのよ。

(あの時、店員さんが変なこと言うから妙に意識しちゃうじゃない…)

目の前の紙袋をベッドの下に再び隠すと、あたしはクッションを抱えて再び頭を悩ませた。






結局これといったいい案も浮かばないまま、乱馬の誕生日を二日後に迎えた日のことだった。
帰りのホームルームを終えた教室で何やら右京と乱馬が話しているのが聞こえる。

「なあなあ、乱ちゃん。確か乱ちゃんの誕生日って明後日やろ?」

「ああ、まあ。にしてもうっちゃん、なんでおれの誕生日知ってんだ?」

そう。
シャンプーや小太刀の襲来を恐れてか、自分の誕生日のことをあまり口にしない乱馬。

「そんなん愛の力に決まってるやん。ってほんまは小さい頃に乱ちゃんが自分で言うてたのを覚えてただけやけどな」

でもこれも愛やろ?と右京が笑う。


「なあ、誕生日はなにか予定はあるん?」

そう言ってちらりとあたしを見る右京と一瞬目が合った。
あたしは慌てて目を逸らす。
べ、別に後ろめたいことは何もないんだけど…。

ドキドキしながら乱馬の返事に耳を澄ませていると「あー、うん…」とか「まあ、ちょっと」なんて曖昧な返事で適当にお茶を濁らせている。
が、そこで引き下がるような右京ではない。

「なあ、その用事って絶対なん?」

「いや、そんなぜってーってわけじゃないんだけど…」

「…もしかしてあかねちゃんと約束がある、とか?」

予想していなかった自分の名前が急に出てきて心臓が跳ねる。
それは乱馬も同じだったようだ。

「べっ、別におれはあかねと約束なんて…っ!」

必要以上にムキになる乱馬。
そりゃ確かに約束なんてしてないけど。
なによ、そんな力いっぱい否定しなくてもいいじゃない。
それに気を良くしたのは右京だった。

「ほな、誕生日はうちがお祝いしたげる!」

「え、いや、いいよ。うっちゃん、店もあるし忙しいだろ?」

「確かに夜は忙しいけど、ランチを臨時休業にしたら夕方までは暇や。な、決まり!」

そう言ってちゃっかり乱馬の腕を取る右京。
誕生日が休みの土曜日なんてラッキーやなあ、なんて嬉しそうに笑っている。

なによ。
なによ。なによ。
教室で腕なんか組まれちゃって、デレデレしてみっともない!
相手があたしだったらすぐさま払いのけるくせに(教室で腕なんか組んだことないから分からないけど)、右京にはホント甘いんだからっ。

そりゃあね、特に乱馬と何か約束があったわけじゃなかった。
でも。
最近の乱馬の態度を見ていると、少しは期待をしてもいいのかな。
そんな風に思えていたのに。

(あたし一人の勘違いだったなんて…ばかみたい)

それ以上二人のやり取りを見ていたくなかったあたしはさゆりとゆかに声を掛け、乱馬を残してそのまま学校を後にした。




その夜、久し振りに乱馬があたしの部屋にやって来た。
めずらしくノックなんかしちゃっていつもの乱馬らしくない。
とはいってもそこは乱馬。
一歩あたしの部屋へ入るなり、偉そうな態度は健全だ。

「あかね。明日提出の英語のノート見せてくれ!」

「提出は来週の月曜日でしょ?まだあたしもやってる途中よ」

「そ、そうだったけ?まあいいや」

えー、早くやっちまえよ。そう言われるかと思ったが、あっさりと引き下がる。

「で、なに?他になにか用事でもあるの?」

きぃ…と回転した椅子がしなる。
放課後の光景を思い出し、ついかわいくない言い方をしてしまうあたし。

「おめー、今日なんで先に帰ったんだよ」

いねえから捜したじゃねーかよと口を尖らす。

「だって乱馬、右京と楽しそうに話してたから邪魔しちゃ悪いと思って」

そう言うと途端に乱馬の歯切れが悪くなった。
親指をくっつけたり離したりしながら、もごもごと口籠る。

「あ、あの、今日のうっちゃんとのことだけどさ…」

それを遮るようにあたしが口を挟む。

「よかったじゃない。右京がお祝いしてくれるんでしょ?」

「へ?」

「さすが幼馴染。小さい時に乱馬が言った誕生日をずっと覚えてくれてるなんて愛よね」

「な、なんだよ、その棘のある言い方っ」

乱馬の表情がムッとする。

「べつに。ただ、教室であんな腕なんか組んじゃって仲良さそうだなと思っただけよ」

「あ、あれはうっちゃんが無理矢理…っ」

「言い訳しないでもいいわよ。だってあたし達、付き合ってるわけでも何でもないんだから」

無理矢理にしたって、あたしが良牙君と腕を組んだら怒るくせに。
まったく都合のいい時だけ勝手なんだから。

「おめー、またかわいくねえヤキモチ妬いてんのかよ」

はぁ…とため息をつく乱馬の言い方に今度はあたしがカチンとくる。

「別にヤキモチなんか妬いてないもん。教室でイチャイチャしてみっともないって思っただけよ」

「それがヤキモチっつーんだよ」

「違うってば」

「違わねーよっ。あのなあ、ヤキモチも度が過ぎるとかわいくねーぞ?」

「…かわいくないもん」

「え?」

「どうせあたしは右京みたいにかわいくないもん!」

「って…、べ、別におれは右京のことをかわいいとか言ってんじゃ…」

「なによ。かわいくないあたしなんか放っておいて、かわいいほうの許嫁と仲良く誕生日を祝ってもらったらいいじゃない!」

ああ、また。
またいつもの繰り返し。
慌ててあたしが訂正しようとした時には、既に乱馬はあたしの部屋から出て行こうと背中を向けていた。

「ったく。ほんとかわいくねーな」

いつも言われ慣れているはずなのに、その言葉がぐさりと胸に刺さる。



「……せっかく部屋に来てやったのによ」

「え?なに?聞こえなかっ…」

「もういいよ」

そう言うと同時にバタンと扉の閉まる音が響く。



あたしが悪い。
今のは完全にあたしが悪い。
わかっているけれど、乱馬と腕を組んで楽しそうに笑う右京の顔が頭から離れない。

(あたしだってほとんど腕なんか組んだことないのに…)

誰のせいにも出来ない自分の不器用さを恨みたくなる。
結局 翌日の金曜日も乱馬と仲直りのきっかけを掴めないまま、誕生日当日を迎えた。




乱馬の17回目となる誕生日は雲一つない快晴だった。
そんな空模様とは裏腹に、あたしの心はどんよりと暗いものになっている。
朝食を食べながら、隣に座る許嫁の様子をちらりと伺う。
普段と何も変わらない表情。ただ、いつものようにあたしに話しかけてくることはない。

(右京との約束、どうなったのかな…)

昨日の放課後、何やら右京とこそこそ話していたのは知っているが、何を話していたの?なんてそんなこととても聞けない。
あたしがのろのろを端を口に運んでいると、おもむろにお父さんが口を開いた。

「そう言えば乱馬くん、17歳の誕生日おめでとう」

「あ…ありがとうございます」

他の家族もつられるように祝福する。が、どうしてもあたしは意識してしまっておめでとうの言葉が出てこない。
そんなあたし達の空気を無視するようにお父さんが呑気に続ける。

「で、今日はあかねと一緒にお祝いするのかな?」

「はあっ?」
「な、なに言ってるのよ!」

思わずあたしと乱馬の声が重なる。
おじ様はと言うと「照れるな照れるな」とプラカードを掲げてパフォッと頷いている。
相変わらずデリカシーの欠片もないこの家族。


「んなわけねーだろうが」

わざとらしく大きなため息をついて乱馬が答える。

「そうよ。乱馬はもう用事があるみたいだし」

つんと相槌を打った後にあたしも続ける。

「大体あたし、今日はゆかとさゆりと出掛ける約束したんだもん。朝ご飯食べたらもう行くから!」

この宣言に驚いた顔をしたのはお父さん達だけではなく乱馬もだった。


「なによ。あんただって右京と約束してるんでしょうが」

「お、おめーなあ…っ!」

「あたしのことはお構いなく。せいぜい楽しんできてね」

ショックを受けて放心状態のお父さん達の隣でこそこそやりあうと、そのままあたしは食器を下げて居間を後にする。

そう。
こんな日に一人で家に居たらきっと泣いてしまう。
だからあたしはさゆりとゆかと一緒に出掛けることにしたのだ。
今日は土曜日。
楽しみにしていた映画もちょうど公開されるし、デパートだってバーゲンが始まっていて何か素敵な掘り出し物が見つかるかもしれない。
何より、一人でうじうじ過ごすよりかはマシだろう。
そう思ったあたしはさっさと身支度を済ますと、待ち合わせの場所へと急いだ。







「あかね、どうしたの?」

「え?なにが?」

さゆりの言葉ではっとする。

「さっきから時計をちらちら見てるから。お家で誰か待ってるの?」

そのセリフに他意はない。

「う、ううん、なんでもないの。ごめんね」

そう言って慌てて笑顔を取り繕う。
出掛けてしまえば乱馬のことなんて気にならないと思っていたのにそうではなかった。

(今、何をしているのかな)

あたしの頭にあるのは乱馬のことばかり。

今頃、二人でどこか出掛けてるのかな。
右京のことだから美味しいご飯を作ってご馳走しているのかもしれない。
うっちゃんの料理は相変わらずうまいなあ!そう言って笑う乱馬。
その横には頬をピンクに染めて嬉しそうに微笑む右京の姿。
また腕でも組んで楽しくやってるのかな…。

そんな想像をすると胸の奥がきゅうっと痛くなってくる。


意地なんて張らなきゃよかった。
かわいくないヤキモチなんて妬かなきゃよかった。
もしも素直になっていれば。
もしもあたしがもっと素直になっていれば、今日は違ったものになっていたかもしれない。

自業自得とは言え、今更どうすることも出来ずに時間だけが過ぎて行く。
喉の奥でため息を押し殺していると、ゆかが気付いたように口を開いた。

「そう言えばあかねのその服、この前一緒に出掛けて買ったやつだね」

「うん、そう」

「やっぱりあかねに良く似合ってる」

そう言うゆかも、その時に買った水色のシャツが爽やかでよく似合っていた。

「なんだかその色ってあかねっぽいよね」

あ…。

『この色、今日のあかねのイメージにぴったりだよな』

乱馬に言われた言葉を思い出す。
何でもない日曜日。
最初は音楽プレイヤーを買いに行くだけのはずだったあの日。
あたしがほんのちょっと勇気を振り絞ったことで、一日がすごく楽しかった。

…。

あたしは持っていた鞄の取っ手をぎゅっと握る。

「さゆり、ゆか、あのね……」









あたしが家に着いたのは、まだ夕方と呼ぶには少し早い時間だった。
左手に持った小さな箱を揺らさないように気を付けながら、あたしは歩く足を早める。
もしかしたら乱馬はまだ帰っていないかもしれない。
それでもいい。
今度こそ、乱馬に謝っておめでとうを言おう。
例え一緒に過ごせなくても、365日のうちの一番大切な日くらいは素直になろう。
そう思っていた。

「ただいまー…」

ガラガラと玄関の引き戸を開ける。
が、いつもはすぐに聞こえるはずの家族の声がしない。

「誰もいないの?」

返事を求めて居間に向かう。けれど、やはりそこにも姿はない。
こんなに良いお天気だ。
もしかしたら買い物にでも出掛けているのかもしれない。

そんなことを考えていると、わずかにダン…ッと踏みしめるような音が聞こえた気がした。
今度は集中して耳を澄ましてみる。

バンッ!

…やっぱり聞こえる。
どうやら道場に誰かがいるらしい。
今でもお父さんとおじ様が組み合うことはたまにある。
あたしは手に持った小さな箱を冷蔵庫にしまうと、そのまま道場へと足を向けた。

道場へと続く渡り廊下はむわっとした空気が立ちこめている。
デパートや電車に乗っている時には気にならなかったが、一歩外に出ると容赦なく照り付ける陽射しはすっかり真夏のものになっていた。




カラカラカラ…

「お父さん?」

そっと道場の扉を開ける。
…と、そこに居たのはお父さんとおじ様ではなく、乱馬一人だった。
急に通った一筋の風に驚いて乱馬が振り返る。

「あ、あかね!?」

「乱馬っ!?どうしたの、こんなとこで」

「そりゃこっちのセリフでぃ。ゆかとさゆりと出掛けたんじゃなかったのかよ?」

いつもに比べて随分と帰宅が早いあたしを訝しがる。

「う、うん、そうなんだけど……あの、お父さん達は?」

「ああ。なんか外で飯食ってくるらしい。夜には帰るっつってたけど」

多分、あたしと乱馬を二人で過ごさせるために前もって予約でもしていたのだろう。
それに乱馬も気付いているようで、ったく余計な気を回しやがってとブツブツ言っている。

「乱馬は?」

「あん?」

「今日、右京と約束してたんじゃないの?」

「…」

「あ、別に嫌味で言ってるわけじゃないの。ただ、乱馬が家に居たからちょっとびっくりしちゃって…」

あたしは慌てて言い訳のように釈明する。


「…別に約束なんてしてねえよ」

ぼそりと呟くと。

「さて、と。稽古終り!おれ風呂入ってくるわ」

そう言って乱馬はさっさと道場を出て行ってしまった。
よく聞こえなかったけれど…乱馬、今 約束なんかしていないって言った?
でも確かに右京と話しているのを聞いたのに…。
…。


どのくらい道場で汗を流していたのだろう。
決して狭くはない道場に乱馬の熱気が充満している
あたしは先程の決意を思い出すと、乱馬を追うように慌てて道場を後にした。



平屋の道場に比べると家の中は幾分か暑さがましなように感じた。
何はともあれ、一先ず荷物を置きにあたしは自分の部屋へと戻る。
エアコンのリモコンスイッチを押すと、しばらくして涼しい風が吹き出してきた。
じっとりと汗が湿るうなじに風が直接当たって気持ちがいい。
デオドラントシートで首や耳の裏をなぞると、そこに空気が触れてぞくりとする程の清涼を感じる。
同じように上半身をささっと拭いた後、あたしはベッドの下に隠してあったミントブルーの小さな紙袋に目をやった。

あの日、レジで店員さんに掛けられた言葉を思い出す ―。



『こちらはプレゼント用にラッピングされますか?』

『はい。お願いします』

『素敵ですね。きっと彼氏さん、喜んでくれますよ』

そう言ってにこにこ笑う店員さん。

『い、いえ、そんな彼とか…そんなんじゃないんです』

慌ててあたしは手を振る。

『そうなんですか?すごく仲が良さそうに見えたもので…失礼しました』

『い、いえ…』

『でもお客様が店内をご覧になったいる間、とても嬉しそうに見つめていましたよ』

『え?…って、乱馬が?』

驚いて思わず乱馬の名前を口にする。
店員さんもクスクス笑いながら、何かを察したのだろう。

『このキーホルダー、カップルの方にとても人気なんですよ。うまくいくといいですね』

そう言ってにっこりと笑いながら渡された小さな紙袋。
あたし達って傍から見たらそんな風に見えるんだ…。
そう思ったらなんだかすごく嬉しくて。
いつもは絶対素直になれないあたしから乱馬の手を取って歩いたっけ。
あの時、乱馬はあたしの手を振り解かず握り返してくれたのよね。

ほんのちょっとの勇気。
あたしがほんのちょっとの勇気を振り絞ったことで、目に映る全てがきらきらと楽しく感じたあの日…。

あたしは自分の頬っぺたをパンッと軽く叩くと、そのまま一階に降りて行った。





居間ではお風呂上がりの乱馬が縁側で寛いでいた。

「お疲れ様」

「おう」

短いやり取りの後、また沈黙が訪れる。

「あ、あの…この部屋、暑くない?」

いくら縁側を開けっ放しにしているとはいえ、夏の夕暮れ前は地面からの熱気がむわっと立ち昇るようだ。

「しょーがねえじゃん。おれの部屋、クーラーねえし」

あちー、そう言って手でうちわを真似てパタパタと仰いでる。


…。

「あたしの部屋、今クーラーを付けてきたんだけど…」

「…」

「…良かったら、来る?」

「え?」

振り返ったその乱馬の顔が赤かったのはきっとお風呂上がりのせいだけではなくて。
それを肯定の返事として受け取ったあたしは、乱馬の返事を待たずに「あたし、ちょっと飲み物を用意するから先に行ってて」と二階の自分の部屋へと促した。


カランカランとグラスに大きめの氷を上まで入れると、その上から濃いめに作ったコーヒーをなみなみと注ぐ。
ミルクのポーションを落とすと、白い渦を描くようにゆっくりと下へ沈んで広がった。
あたしはトレーに二人分のアイスコーヒー、お皿とカトラリー、それから先程買ってきた小さな紙箱を乗せると、慎重に二階へと上がって行く。

「乱馬―、開けて」

両手がふさがっているあたしは部屋の前で声を掛けると、すぐに内側から扉が開いた。

「ありがと」

「おう」



あたしがトレーを机の上に置いても乱馬はそわそわと落ち着かない。
所在無さげにうろうろとする姿はとても格闘に長けた男の子とは思えなくて、思わず小さく笑ってしまう。

「とりあえず座ったら?」

机に向かってもう一つ並べてある椅子をポンポンと叩く。
いつの間にか用意されたこの椅子は、最近ではすっかり乱馬専用となってしまった。
ギシ…と椅子を軋ませてあたしの隣に乱馬が座る。

「「あの…」」

同時に声が重なった。

「な、なあに?」

「あ、あかねから話せよ」

「乱馬こそ」

二人の間にぎこちない空気が流れる。
それを破ったのはあたしだった。



「あの…」

「ん?」

「お誕生日…おめでとう」

「お、おう」

机の上には二人分のアイスコーヒーとケーキの箱。
あたしがお祝いしようとしていることは乱馬の目にもバレバレだ。

「あのね、ここのケーキ美味しいって評判なの。一緒に食べよ?」

そう言って箱を開ける。
一つはシンプルなショートケーキで、一つは夏を思わせるマスカットと巨砲が涼しげなムースゼリー。

「乱馬はどっちがいい?」

「どっちでも」

「もう。今日はお誕生日なんだから好きな方選んでよ」

「…じゃ、苺のほう」

「りょーかい」

あたしは一つずつお皿に取り分けると、その片方を乱馬の前に差し出す。


「17歳、おめでとう」

もう一度お祝いの言葉を口にする。
こんなシンプルなことがなぜ朝は言えなかったんだろう。


「食べよっか?」

「そうだな」

「あ、お祝いの歌でも歌ってあげようか?」

「いらねーよっ」

さっきまでのぎこちない空気が嘘みたいに、二人顔を見合わせるとくすりと笑った。
乱馬がケーキにフォークを入れて一口 口にする。

「あ、うまい!」

「ほんと?良かった!」

「ゆか達と食ってきたんじゃねーのかよ?」

「ううん。ランチはしたけど、甘いものは買ってきただけ」

だって今日は乱馬と一緒にケーキを食べたかったんだもん。
そう、素直に言えたらかわいいのに。
それを口に出来ないあたしが自分のムースにスプーンを入れる。
と、

「ほれ」

そう言って乱馬のフォークがあたしの目の前に差し出されていた。
そのフォークの上には、美味しそうなクリームとスポンジが乗っかっている。

「前、あかねがおれにくれただろ?」

照れくさそうに目を逸らしたまま、食わねえんなら別にいーけどと素直じゃないことを言うものだから、あたしは慌てて食べるわよっと口を開ける。

「本当だ、美味しい!」

「だろ?」

嬉しそうに笑う乱馬の顔。

「はい」

あたしも自分のスプーンを差し出す。

「美味しい?」

「…うまい」

思わずふふっと笑みがこぼれる。

「なんだよ」

「ううん、何でもないの。ただ、こうやって美味しいって言い合えるのってなんか嬉しいなと思って。ほら、たまにいるじゃない。美味しくないって文句を言えば自分が味をわかってると思ってる人。でもどうせならあたしは美味しいって言って食べる方がいいなと思って」

「まあ、確かにな」

そう言うとまた一口ケーキを口に運んで「うまい」と言う。
それが嬉しくてにこにこ見ていると、またフォークの上にケーキを乗せてあたしの前に差し出される。

「そんないっぱいいいよ。乱馬の分、なくなっちゃうでしょ?」

「おめーも前、ほとんどおれにくれたじゃねーか」

「ほとんどじゃないわよ」

「細けえことはいいから、ほれ」

あーんとフォークで迫られたら口を開けざるを得なくて。
代わりにあたしも自分のムースを乱馬の口に運ぶ。

「なんか鳥の雛の親になった気分」

「おれも前、そう思ってた」

くすくす笑いながら食べさせ合うケーキは、やっぱり格別に甘かった。





空になったお皿を重ねると、疑問に思っていたことを聞いてみる。

「あの、今日、右京と…よかったの?」

「へ?」

「だって…学校で約束してたじゃない」

カラン…と氷が溶けてグラスの中で音がなる。
と、乱馬が頭の後ろで手を組んで面白くなさそうに口を開いた。

「だから約束なんてしてねえっつーの」

「え?だって…」

「あれはうっちゃんが勝手に言ってただけだろ?おれはうんなんて返事一つもしてねえよ」

「でも…」

「わざわざランチタイムの書き入れ時を休ませるのもわりいしな」

「…」

黙っているあたしの様子に乱馬がに早口になる。

「だ、大体、商売がどうとかじゃなくっても、おれがうっちゃんとわざわざ誕生日を過ごす理由なんてねえだろーが」

だから昨日、はっきりと断ってきた。そう弁解のように言い捨てると一気にアイスコーヒーを飲み干す。

「だ、だったら言ってくれればいいのに」

「言おうと思ってあかねの部屋に行ったのに、おめーが聞こうとしなかったんじゃねーか」

「あ…」

あたしは一昨日の自分の態度を振り返る。
あの時、やっぱり乱馬はあたしに説明しに来てくれたんだ。
なのにあたしったら…。



「あのな、ヤキモチ妬くにももうちっとかわいい態度で…」

「ごめんね」

「へ?」

「乱馬の話、ちゃんと聞かないで…ごめんなさい」

ずっと後悔していたあたしは素直に謝る。
これに慌てたのは乱馬の方だった。

「や、べ、別におれも本気で怒ってるってわけじゃ、その…」

指先をくるくる遊ばせながら、ま、まあ、済んだことだし…なんてもごもご口籠る。
が、これでおとなしく終わらないのがあたしと乱馬だ。


「でもそうさせた乱馬も悪いんじゃない」

「…あん?」

「だってそうでしょ?あんな目の前で右京といちゃいちゃ」

「い、いちゃいちゃなんてしてねえっ!」

ほらね。
やっぱり一筋縄ではいかない。

「だって嬉しそうに腕まで組んでたし」

「おめーなぁっ」

「そりゃ、乱馬にとっちゃ手を繋いだり腕を組んだり…そんなの大した問題じゃないのかもしれないけど」

あたしは自分で言っていて急に恥ずかしくなってくる。
これじゃあ、まるであたしがヤキモチを妬いているみたいじゃない。
っていうか、実際妬いてるんだけど。
彼女でもないのにこんなことを言ったらまた喧嘩になってしまうかもしれない。
だけど、素直になろうと決めたからこそ、我慢していた想いが爆発する。


「あの、だから、あたしがそれをどうこう言う権利はないってわかってるんだけど…」

「…」

「で、出来れば目の前でああいうのはあんまり見たくないっていうか、その…」

ああ、もうどうしよう。
自分で着地点が見えない中、なんて言ったらいいのか分からず必死で言葉を探す。

と、膝の上に置いていた手に温かい感触が走った。
驚いて顔を上げると、目の前には真っ赤に染まった乱馬の顔。

「え…」

「あ、あのなぁっ!腕を組んだりってのはべつに大したことじゃねーじゃねえかっ」

「…はぁっ?」

何を言い出すのよ。
っていうか、腕を組むことが大したことない?
それって、別に乱馬は悪いとも何とも思っていないってこと?
あたしの口調が刺々しいものに変わる。


「あっそう、よーくわかったわよ!じゃあ右京と仲良く腕でもなんでも組んでればいいじゃない!」

「おいっ!いいから最後まで話を聞け!」

「やだ!もう、手を離してよ!!」

さっきまではそっと触れるか触れないかくらいの乱馬の手が、今はあたしの指を上からぐっと握って離さない。
あたしはそれを振り解こうとぶんぶん振ってみる…が、びくともしなかった。


「あのなー、腕を組むっつってもあんなの一方的にウっちゃんがおれに掴まってきただけだろうが」

「…」

「それにおれはちゃんとそれを振り解いてんだろ?」

「…知らない。そこまで見てないもん」

つんと答える。

「振り解いてんの。っつーか、おれがウっちゃんと腕を組んだまま歩いてるとこなんてみたことあるか?ないだろ?」

「…良牙君と行ったお化け屋敷で見た」

「な、なんつー昔のことを覚えてやがるんだっ!」

思わぬあたしの返答に乱馬が狼狽する。

「だ、大体あん時はおめーだって良牙とベタベタしてたじゃねえかっ!」

「ベタベタなんかしてないわよっ」

「おれだってそうだよ。うっちゃんと別にいちゃいちゃなんてしてねえだろうがっ!」

「~~~ッ」

暫くお互い顔を突き合せた後、はぁ…と乱馬が息を吐いた。


「あのな?さっきも言ったけど、腕組むっつーよりもただ勝手に掴まれてるだけで、そんなの全然大したことねーだろ?それより…」

「それより?」

「こ、こうやって…っ!あ、歩く方がずっと大したことあんじゃねーかっ」

"こうやって"をアピールするように、肘を折って繋いだ手を掲げて見せる。

「なんで?」

「へ?」

「手を繋ぐのも腕を組むのもそんなに変わらないじゃない」

「ば、ばかっ!全然違うだろうがっ」

「どこが?」

「どこって…だ、だからっ!」

「…」

「~ッ!腕は勝手に掴まれても、て、手を繋ぐってのはお互いの意思がねえと無理じゃねえか!」

そう言って握った手にぎゅっと力を入れると耐えきれないといった感じでそっぽを向く。

「あ…」

「だ、だから、その……そ、そういうことだっ」

途端にぱっと離されるあたしの手。
その表情は窺い知ることが出来ないけれど、耳の裏から首の下まで真っ赤に染まっているのがわかる。

「…なによぅ。素直じゃないんだから」

「それはこっちのセリフでぃ」

「もー」

「なんだよ」

「…せっかく手、繋いでくれて嬉しかったのに」

「え゛っ」



…あーあ。
かたまっちゃった。

頭から湯気を出しそうな勢いで「い、いきなり今度は素直になんなっ!」なんて凄んでる。


「素直になれって言ったり素直になるなって言ったり、一体どっちなのよ」

「お、おめーは極端なんだよっ!」

「あんたほどじゃないわよ」

「あのなー!」

やっとこっちを向いたその顔は、口は尖っていてもあたしを見る瞳はひどく照れて優しくて。
お互い吊り上がっていた眉がだんだんと下がってくるのがわかる。

……。


あたしは椅子から降りるとベッドの近くに行ってぺたんと床に座り込む。そのまま手で、ねえねえと招いて乱馬を呼んだ。

「なに?」

素直に乱馬があたしの前に座り込む。

「あのね、実は…あの…」

「だからなんだよ?」

ど、どうしよう。
急に緊張して恥ずかしくなってきてしまった。
あたしはベッドの下に手を入れて例の物を手に取ると、言葉の代わりにそれを乱馬に渡す。

「こ、これっ。せっかくだから、誕生日プレゼント…!」

「え、あっ?お、おれに?」

「あんた以外いないでしょーが」

「あ、そ、そうだな」

両手でちょこんと受け取る。


「…開けていいの?」

「うん」

ガサ…と上質な紙の擦れる音がした後、クシャ…という乾いた響きがする。


「あ…これ……」

「うん……乱馬に、似合うかなって…」

その手にあるのは、あの日一緒に見たあのキーホルダー。

「あ…ありがと………」






なんとなく恥ずかしくて乱馬の顔を見れずにいると、沈黙を破るように乱馬が口を開いた。

「おめーさ、あの時、店員となんか話して焦ってただろ?」

「あの時って?」

「レジで会計してる時」

「っ!見てたの?」

「べ、別に見たくて見てたわけじゃねえよっ」

慌てて乱馬が弁解する。

「ただ、なんかえらい時間が掛かってたし」

「あ、うん。ラッピングしてもらってたから」

「みたいだな。で、たまたま見てたらあかねがなんか手ぇ振って笑ってるからさ、なんかあったのかと思って」

「あ…」

「別に嫌なら言わなくていいけどよ」

「別に嫌ってわけじゃ…」

あたしは膝の上で組んだ自分の手にぎゅっと力を込める。


…。

ほんのちょっとの勇気。
これを「ほんのちょっと」と言うにはあたしには随分ハードルが高い気もするけれど…意を決してあたしは切り出した。


「あ、あのね。あの時、あたしと乱馬が、その、付き合ってると店員さんに思われたみたいで」

「つ、付き…っ!?」

「そう。なんかね、そのキーホルダー、恋人同士で持つのにも人気なんだって。だからそう言われてちょっとびっくりしただけ」

あたしはわざと明るく説明する。
本当はね、そう言われて嬉しかったんだよ。
こんな風に言ったら乱馬はどんな顔をするんだろう。

「…あかねは?」

「え?」

「あの黄色いやつ。自分の分は買わなかったのか?」

「あたしは……」




黙ってしまったことが答えになってしまった。
あたしは観念したようにもう一つの袋を見せると、照れ隠しに釈明する。

「べ、別にね、お揃いとかじゃなくてあたしもすごく気に入っちゃったから」

「あかね」

「あ、でも一緒だと使いにくいなら無理しないでいいよ。あたし、他のを使うから…」

「あかね」

「あ……」

膝に置かれたあたしの左手を、再び乱馬の体温が包み込む。







「…別にお揃いでもいーんじゃねえの?」

「乱馬?」

「ふ、服とかならちょっとアレだけど…キーホルダーなんて誰も見ねえよ」

「…」

「あ、その、見ねえってのは別にどうでもいいとかじゃなくてっ、その…」

乱馬の言いたいことが分かって、その不器用さに思わず噴き出してしまう。



「あたしね。店員さんにあんな風に言われて…実はちょっと嬉しかった」

そう言って乱馬の顔を覗き込む。
途端にその顔がますます赤くなっていくのがわかった。


「やっぱりあたしもお揃いで使っていい?」

「…だからいいっつってんだろ?」

「なにその言い方。嫌ならいいわよ」

「べ、別に嫌なんて誰も言ってねえだろうがっ!」

「じゃあ嬉しい?」

「ッ!」

「ねえ、どっち?」

「お、おめえ、遊んでるだろっ!?」

「遊んでないわよ。真剣よ?」

わざと真面目な顔を作って答えると「その顔が遊んでるっつってんだよ!」と怒り出す。
もう。本当に素直じゃないんだから。
そのくせ、繋いだ手は離される素振りがない。


「ふーんだ。せっかく乱馬のお誕生日だからちょっと素直になったのに」

「おめーは普段がひねくれ過ぎなんだよ」

「それはあんたでしょうが」

「けっ!おれのどこがひねくれてるんだっつーの」

「そうねえ。例えば…」

そう言って乱馬の顔を覗き込み

「今とか?」

右手の人差し指でつんとつつくと、今度こそ乱馬は壊れたロボットのように動かなくなってしまった。
なによ。普段は超が付くくらい自信満々で言いたい放題のくせに。

「もう。そんなに照れないでよ」

「べ、別に照れてなんかねえっ!ただ、お、おめーが変なこと言うからっ!」

「はいはい」

「っておい!流すな!」

「もー。注文が多いわねぇ」

まったく。これじゃあ埒が明かない。
あたしはまた別の方向に話を振る。



「それにしてもあたしの誕生日、楽しみだなぁ」

「?なんで?」

「だって乱馬からのお返し。確か男の人は三倍返しなんでしょ?」

「ばかやろう!誰がそんなこと決めたんだっ」

「いつもなびきお姉ちゃんが言ってるじゃない。男の人は三倍返しが基本って」

ねー?と顔を覗き込むと忌々しげにため息をつく。
うそ。
なにも三倍返しなんて期待していないし、そのくらいきっと乱馬もわかってる。








「…で?」

「え?」

「だからあかねの誕生日、おめーは何が欲しいんだよ?」

「そんな急に言われても…」

「あ、言っとくけどあんま高いもんは無理だからな」

あくまで常識の範囲内でだな、とかなんとかブツブツ言っている。

「冗談よ冗談。あれはちょっと言ってみただけ」

大体、乱馬が金欠なんて知ってるもの。そう言うと大きなお世話だと口を尖らす。



「あ、でも…」

あたしの頭に浮かんだのはたった一つだけ。

「?なんだよ?」

「あ……ううん。なんでもない」

「いーから言えって」

どうしよう。
ちょっとの勇気。
ちょっとの勇気…。



「あ、あのね?」

「な、なんだよ」

心なしか、乱馬も緊張しているような気がした。



「別にプレゼントとかはいらないんだけど…でも」

「…」

「また一緒にどっか出掛けたいなぁ、なんて」

もうダメ。
思わず照れ隠しにへらっと笑ってしまう。
乱馬はと言うと、おめーなあっ、とか顔を赤くして何やら怒っている。

「なによ。誕生日の希望を聞かれたから答えただけなのに」

ちょっとくらい優しく了解してくれてもいいじゃない。
乱馬につられてあたしも拗ねた口調で言い返す。






「……それってあかねの誕生日じゃなきゃダメなのか?」

「え?」

「だ、だからっ、そのお出掛けってやつ!」

「え…あ…っ」

「おれ、一応今日、誕生日なんだけど…」

「うん、知ってる」

「明日も一応、その…空いてんだけど」

繋いでる手の力がぎゅっと強くなったのを感じた。
返事の代わりにあたしもそれを握り返す。
どちらともなく顔を見合わせ、そしてどちらともなく笑い出す。



「…じゃあどこ行く?」

「そうだなー。っつってもどこも暑そうだよな」

「そうね…あ、そう言えば前話してた映画が今日から始まったわよ」

「んじゃ、決まりだな」

隣でにっと笑う乱馬を見て、あたしもつられて笑う。

なんだ。
こんなシンプルなことだったんだ。



「ね、明日またついでに甘いものでも食べに行こうよ」

「おれ、明日はかき氷が食いたい」

「賛成!」

明日もこうやって手を繋いでくれる?
恥ずかしくってとてもそんなことは聞けそうにないけれど。

昨日より今日。
今日より明日。

あたしと乱馬の距離が近付いていくのを確かに感じた。




< END >


♪ コイスルオトメ / いきものがかり




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